ワードワールド ~白昼堂々の攻防戦~

 空。
 青い空が目の前に広がっている。
 鳥。
 空の中を、白い鳥が気持ち良さそうに旋回しながら泳いでいる。
 俺もあの鳥のように自由に空を飛べたらと思うのは、子供の時分だけである。人が自力で何の器具も使わずに空を飛べる訳が無いと、大人になるにつれ悟っていくものだ。
 俺もそんな気持ちは卒業したと思っていたが。

 ――ああ、この世界なら自由に空を飛べるかもしれない。
 
 仰向けになって倒れている俺は、子供のような事を考えている。
 そう、俺は地面の上に仰向けで倒れている。しかも、瀕死の状態で、だ。
 俺は、俺が相手にした奴等の偽装に気付かなかったせいで、こんな事態に陥ってしまった。俺のレベルでは適当な銀の鎧も兜も、何の役にも立たなかった。無理して高い金を払って買った上等の剣も、奴等には全く歯が立たなかった。畜生。
 ヤバイ。
 そろそろ、回復薬を使わないと命の危機に関わる。
 しかし、俺は運の悪い事に回復薬を持っていなかった。
 昼間の時間帯、このエリアを通る奴等は限られている。その中において俺には、助けを乞う仲間も居なかった。救助が来るのは絶望的だった。
 さて、どうする。
 このまま長い眠りにつくのも悪くないかな、と思い始めた時、だった。

「あの、大丈夫ですか」

 心配そうに俺の顔を覗き込むのは、僧侶の格好をした可愛らしい少女である。
 僧侶はしかし、外見は女でも中身は男かもしれない。この世界では良くある話なので、俺は気にせずに僧侶に応じる。
「俺に、回復薬をかけてくれたのは君か」
「そうです。通りかかった所で、あなたが倒れているのが見えたもので。……迷惑でしたか?」
 俺は僧侶の回復薬のお陰で、復活して起き上がる事が出来た。一方で僧侶は俺に余計な助けを入れたかもしれないと、弱気になっている。
「いや、助かった。ありがとう」
 俺は弱気の僧侶に礼を言って、その場から立ち去ろうとした、が。
「あの、あなたは見た所、一人で戦っていたんですよね。良かったら僕と一緒に、狩しませんか?」
「……」
 俺の事の顛末(てんまつ)を何処から僧侶に見られていたか不明な分、俺は僧侶の返答に迷った。
「俺は」
「一人で戦うより、二人の方が経験値も多く入るから、得じゃないですか。僕があなたに回復をかければ、あなたも敵と戦いやすくなるでしょう」
 僧侶の言い分は理に適っているが、俺はそれで断る決心がついた。

「俺は、一人で戦うのを好むから、誰とも組むつもりはない」

 助けてくれた僧侶には悪いが、これが俺のやり方である。
 俺は誰とも組まず、仲間を作らずに、この世界を旅していく孤高の戦士であった。
 今日も、その例に漏れず俺は僧侶の頼みを断ったが。

「あはは。それでクールぶってるつもりなんだ? ただのひきこもりのくせに」

 今まで殊勝だった僧侶の口調が、変わった。
「あんたをここではいそうですかと、退場させる訳には、仕事上、いかないんでね」
「……仕事上? あんた、まさか」
 まさかという思いが俺の全身を刺激し、手首を震わせる。
 僧侶は俺の問いに明確には答えず、逆に俺に問い質してきた。
「ブルーウィンド、ていうギルド、知ってる?」
「……」
 知っているも何も、ブルーウィンドといえば、今日、俺が襲った相手ではないか。
「そうそう。あんたが襲った相手の一人が、ブルーウィンドのギルドに所属しててね。そいつがあんたの凶行を、僕等に告発した訳」
「……」
 なるほど。
 俺は一応、僧侶の話に納得する。
「……何、その納得した反応は。俺はやってない、とか、あいつらのせいだ、とか、反論しないんだ?」
「その通りだからな」
 そう、全くもってその通り。俺が、ブルーウィンドに所属している仲間の一人を襲ったのは事実である。
「でも、あんた、誰かの依頼を受けてPK(プレイヤーキラー)してるんでしょ。依頼者が僕等に何も言わなければ、あんたの単独犯行として、自分が処分されるのに?」
「……、結局、手を下しているのは俺だからな。それが道理だろう」
 そうだ。依頼者が居ようが犯罪を考える人間が居ようが結局は、それを実行する実行犯が悪いと俺は考える。
 俺はその考えに基づいて、行動していた。
 俺の信念を聞いた僧侶は音声が付いていたら声を上げて笑っているだろう仕草で、僧侶は俺に言葉とは似合わない可愛い顔を近付ける。

「偽善者が」

 ……。
 僧侶は俺から離れて話を続ける。
「実を言えば、今日は最初からあんたの行動を監視していたんだよ」
「……」
 俺は僧侶の告白に対してそれは、薄々勘付いていたので、今更大袈裟に驚く事は無かった。
「あんたが今日、ここにログインしてからずっとね。朝からログインして、それからずっとブルーウィンドの<あさちゃん>を狙ってたんだろ?」
「……」
「あんたに<あさちゃん>のPKを依頼して来たPC(プレイヤーキャラクター)、ギルドは数多く居る、と僕等でも把握している。あさちゃんは、その名に反して露店でのぼったくりを始め、他人からレアアイテムを奪ったり、他人の誹謗中傷をしたりとある意味、PKよりタチの悪いPCだから」
 僧侶の言う事は全部事実で、俺に反論の余地を与えなかった。
「ブルーウィンドは、その件を知っていても、仲間であるあさちゃんを手放したがらない。何故か? 仲間だからか? 違う。ブルーウィンドの連中もまた、あさちゃんの恩恵を受けているからな、下手に手が出せないからさ」
「……それだけ把握していて、何故、あんた達で対処しなかった? それがあんた達、GM(ゲームマスター)の役目じゃないか」
 僧侶は、この世界を統括する存在であり、世界の住人であるPCを監視し管理する役目を果たすGMである。世界の秩序を乱す違反者を見付ければ、GMである僧侶が即刻、その権限を使い違反者を削除する事は、訳無い筈だが。

「証拠が無い」

 僧侶はあっさりと俺に白状する。
 こういう内容は、GM自らが俺のようなただのPCに内通すれば、どうなる事が起きるか、僧侶でも分かっている筈だ。
 俺が掲示板等に今、聞き知ったGMからの情報を書き込むとする。そうすれば、内部や外部からいっせいに俺に情報を漏らしたGMに非難の声が上がるだろう。そうなれば、GM個人の問題ではすまされない。WWを運営している会社にも、火の粉が降り掛かるだろう。たった一人のGMの不手際のせいで。
 しかし、俺の心配を余所に僧侶は、事の内容を話している。
「あさちゃんがそれをやっているという確証が、何処にも無い。僕等の所に、被害者から数枚のSS(スクリーンショット)は届いているが、どれも奴を抑える物的証拠には至らなかった」
「……」
「あんたに、あさちゃん潰しの依頼が来ているのは知ってたからさ。後はあんたが、あさちゃんを凝らしめれば、奴も少しは変わるかも知れないと思ったけど」
 ここで僧侶はいったん、間を置いた。恐らく、向こう側で何かあったのだろう。俺が待っていると、僧侶は数秒で戻って来た。
「結果は見ての通り。あんたが逆に奴にやられてしまった。僕は見ていられなくなって、あんたを助けたという訳」
「……、まさか俺も奴が偽装しているとは、思わなかった」
 偽装。
 それは100を超える、高レベルのPCがその身分を隠す為に、レベルの低い装備品で身を固める事だ。自分以外の人間(PC)のレベルを知るには、相手とPT(パーティー)を組むか、友達として自分のアドレスを登録してもらうしかない。
「あんたはそれ相応のレベルの格好をしてるのにね」
「……」
 俺は偽装せずに、相手に近付いてPKを行っている。
 それも俺の信念のうちだが。
「で、あさちゃんは、あんたよりタチの悪いPCな訳だ」
「……」
「僕達も正直、彼には手を焼いている。そこでだ。君も彼を陥れる為に、僕達に協力してくれないか」
 ……。
 GMがただのPCに協力を要請して来るとは。俺はWWをやり始めて結構な時間が経つが、GMからこういう話を持ちかけて来られるのは、初めてである。
 それでも、俺は。
「断る」
「……そう言うと思った。ま、あんたは僕達に監視されている立場だから、このまま逃がしても支障はないけどね」
 それも嫌な話だな。
「それから、あんたが今、僕との話を外部に漏らさないよう、制限をかけた上でやり取りをしてるんだけど。今、あんたの画面上では、SSも取れないだろ?」
 あ。
 なるほど、そういう訳か。
 僧侶の話は本当で、恐らく、俺との会話もログに記録させないようになっているんだろう。
 俺の僧侶への危惧と心配は、ただの杞憂に終わった訳だ。
「今回は、あさちゃんの件もあるし、僕の権限で見逃してやるけど。正義の味方気取りかもしれないけどさ、あんたのPKは規約違反だからね」
「肝に銘じておくさ」
 それは最初から覚悟の上なので、俺は特に僧侶の脅しに動じる事は無かった。
「次、僕以外のGMに見付かったら、あんたはこの世界から存在そのものが消えてしまうよ」
「……」
 この世界に居る人間は、それを一番恐れている。俺もその一人だ。
「ああ、これ、僕のアドレス。登録してよ」
「……、だから俺は誰とも組む気が」
「僕のアドレスは貴重だよ。一介のPCが現役のGMからアドレス貰うなんて、普通は無い事だよ。何かあったら、連絡入れてよ」
 僧侶は強引に、自分のアドレスを俺に登録する事を要求する。ここで断れば、僧侶は間違い無く俺の存在を消す気だ。俺は仕方無く僧侶に応じる。
 アドレス。PCを作成する際に、個人に振り分けられる英数の文字が、そのPCのアドレスになる。俺が僧侶のアドレスを登録すると、次から俺がWWにアクセスした時に、登録した僧侶がWWにログインしていれば、直ぐに俺と僧侶で会話が出来る。
 俺はそれもわずらわしく、PCからアドレスを貰うのは拒んでいたが。
 僧侶は、GMという権限を最大に使い、俺にアドレスを登録させたのだった。
「それじゃ、僕は別の仕事があるからこれで終わるけど。あんたも昼間からログインしてないで、ちゃんと仕事しなよ」
 ……余計なお世話だ。
 僧侶は言いたいだけ言って、俺の前から姿を消した。
 俺は僧侶に触発された訳じゃないが、久々にPCのモニターから顔を上げ、部屋にある窓から外を眺める。
 現実の空も青く染まっていた。

 
 俺は平日の白昼堂々、国内の会社が運営しているオンラインゲーム「ワードワールド」に熱中していた。
 ワードワールド、通称WW。これを普通にダブルダブルと呼ぶか、ダブルツーと呼ぶかで意見が別れている。ダブダブと略す事もある。因みに俺はどの派閥にも入っていない。何故なら俺には、音声でWWを発する機会が無いからだ。
 WWはオンラインにより世界中と繋がれたゲームで、俺は戦士のキャラクターを登録し、その世界を歩いている。
 WWの中で陸地に放たれている魔物を倒す事を「狩」と呼び、狩で倒した魔物から得られるお金やアイテムを得る事で、PCはWWの中を生活している。それ以外でお金を得る為には、狩で集めたアイテムを用いて、WWの中で自分で商売を開く。俺達はそれを露店と呼んでいる。上手く行けば一回で大金が手に入る事があるが、下手すれば何も売れずに退散するしかない。買う側、売る側のPC同士の駆け引きにかかっている。
 売る側は自由に値段設定出来るが、時には価値の無いものを価値あるものとして法外な値段で売る事がある。何も知らないPCは損はするが、誰かからその価値を聞き知っているPCであれば、騙される事無く、普通に素通り出来る訳だ。
 要は、オンラインの世界でどれだけ人脈を広げられるか否かがこのゲームの醍醐味である。
 ギルドは、その人脈を得るのに手っ取り早い手段として用いられる。リーダーを決めて、そいつに従って行動するだけで色々な情報が得られるからだ。団体行動が好きなPCは、広場にある募集を見てリーダーから話を聞き、良かったら同意書にサインするだけで晴れてギルドの一員として活動出来る。
 俺のように、何処のギルドにも所属せず、WWを堪能しているPCも少なくない。
 折角のオンラインの世界だ、ギルドという媒体を使わず、道端で見知らぬ相手に話し掛けて自分のアドレスを登録してもらえるのも悪くないという奴が大半だが、俺の場合はただ単に「人と馴れ合うのが面倒臭い」からだ。俺のような奴は、オンラインゲームでは少数派だろう。
 WWでどんな行動を取ってもそれは、PC個人の問題であるので、第三者が口を尖らせ吠えるような問題でも無い。
 ただ、WWのゲームを始める前に読まされる規約(ルール)に違反すれば、アカウント
停止――、つまりは自分が登録したPCが削除されてしまう。自分のPCが削除されるだけならまた新しいPCを作ればいいと思うかもしれないが、アカウントを削除されれば二度とWWにアクセス出来なくなり、その世界に自分が存在出来なくなってしまう。
 それだけで、今まで築き上げたものが、一瞬で消え去ってしまうのだ。
 どんな行為が規約違反になるのか。
 PKが、その代表格にあたる。
 PKは、PCがPCを殺すという、WWでは最も卑劣な行為として認識されている。
 その上で、PKで殺したPCの金品や経験値を奪えるという得点は一切無い。
 PKをやっているPCは、PCからの報告を受けたGMが出動し、PKはGMからの勧告を受けその行為を止める意思が無いと判断されれば、即座に存在が抹消されてしまう。
 WWでは、PKをして得られるものは何も無い。
 それなら何故、その危険性を冒してまでPKをやるのか。
 多くの場合は現実のストレス解消、あるいは優越感、趣味、様様な理由があげられるがどれも褒められるものではない。
 多くの危険性を秘めたPKをやるには、それなりの覚悟と器量が必要である。
 それでも、俺のように依頼者を募り、対象をPKするという行為は、WWでは稀な存在であった。
 今回も、複数の依頼者から受けた、あさちゃんという名のPCを朝からWWにログインして狙っていた訳だが。
 情けない事に、あさちゃんにやられてしまった。あさちゃんの方が、俺より一枚上手だった。
 俺が倒れている所を救ったのが、例の僧侶である。
 僧侶は、WWのPCを監視し管理する役目を果たしているGMであった。
 僧侶の手に落ちれば俺は、危うくその存在をWWから消去されていただろう。

 以上が、今日の昼間に俺の身に起きた出来事だった。

 俺は、僧侶が去った後も、懲りずにWWの世界へ飛び込んでいく。
 それが今の俺の楽しみの一つになっていると言っても過言ではない。
 俺は何も変わらない現実(リアル)より、日々変化していくWWの中に居る方が、居心地が良かった。
 ただ。
 今日知り合ったGMの僧侶との出会いは、現実でもWWでも、俺に何か変化をもたらすかもしれない――、少しだけ期待している自分に、自然と笑みがこぼれた。

2007年5月15日(了)