竜が当たり前のように空を飛んでいる世界、ドラヴァース。
「おお、今日も竜が居るから天気は良いな」
ドラヴァースの中でも小さな村、リンクで彼女――ハンナは空を見上げて言った。
空に竜が居る日は、一日中晴れが約束される。それは、ドラヴァースの世界では常識的な事だった。
ハンナは晴れた日、村の森へ入り、『竜の花』を取る事が日課だった。竜の花は淡いピンクの色をつけ、それはそれは美しいもので、甘い香りを放つ。竜の花は鑑賞用や薬用として街中へ出荷されるのだ。育て方は簡単だが、個人で取れる量は決まっている。それは、竜の花が竜の好物であるせいだ。
人間が竜の花を一定の量以上を取れば、当然のように、竜の餌が無くなってしまう。竜が空から居なくなれば、ドラヴァースの世界も消えてしまう――そういう言い伝えが、今でも信じられていた。
ハンナはドラヴァースの世界が無くなるのは信じていないが、ただ、空の竜が居なくなるのは嫌だと思った。
「竜が居なくなったら、天気が分からないから不便なんだよね」
ハンナは竜の花を摘み取りながら、量を確認していく。仕事とはいえ、ハンナは、竜の花を摘み取るのが一つの楽しみとなっている。
「さて、今日はこれくらいで十分だな。……ん?」
竜の花をカゴに入れて量を確認し終わったハンナは、奥の方で一人の子供が竜の花を摘み取ろうとしているのを発見する。
ハンナは思わず子供に向かって叫んだ。
「ちょっと! 何、やってるの!」
竜の花を摘み取るには、国の許可が必要だった。ハンナも竜の花について必死に勉強をして、花を摘み取っても良い証である免許を取るのに、一年はかかったのだ。竜の花を摘み取る仕事を、花摘み士という。ハンナは村の花摘み士の中でもまだ新人で、先日から師匠無しに一人で摘み取る許可をもらったばかりだった。
ドラヴァースの人間なら、子供の頃から竜の花を摘み取るには許可が必要だと、教わるものである。子供だからと言って、勝手に竜の花を摘み取って許されるものではない。子供でも、何の許可も無しに竜の花を摘み取れば罰せられる。子供が何の考えも無しに竜の花を規定以上の量を取れば、空から竜が消える可能性があるせいだ。
子供はハンナの声に驚き、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
「あ、大丈夫?」
ハンナは慌てて転んだ子供に手を差し伸べる。
子供は尻餅をついたまま、ジッとハンナを見詰める。
ハンナは子供を見て、息を飲んだ。金色の髪に、青い瞳。白い肌。まるで、絵本にある天使のように美しかった。女のような顔立ちではあるが、胸も平らで髪も短く、男か女か区別出来なかった。
ハンナはすぐに、この子が村の子供では無いと察する。
「何処の子かな? お母さんは?」
「……」
子供は答えない。
「竜の花は、許可無しに取っては駄目だよ。もし、勝手に取った場合、子供でも罰せられるよ。それに、空から竜の怒りを受けて竜に連れ去られて、二度と、お母さんに会えなくなるよ」
最後は子供をしつける方法として、大人が使う叱り方だった。実際、子供が竜の天罰を受けたという話は、ハンナは聞いた事が無かった。
「……最後のは、嘘だよ。竜が子供を連れ去る訳が無いし、竜が人間に影響を及ぼすのは、人間が竜を殺した時だけだから」
「え」
ハンナの前で子供はそれだけ言うと、起き上がった。
人間が竜を殺す? それは、有り得る話だろうか。確かに人間は、空を飛ぶ技術を持っているが、それでも竜に配慮して、空に竜が居る際は規定の方法で空を飛ぶ事、と、竜の為の航空法まであるくらいだ。ハンナは立ち上がった子供を見下ろす。
「それにね。僕は、自分の分だけしか竜の花を取っていない」
子供は竜の花をハンナの前で摘み取ると、それを口にした。
ハンナは子供の仕業に、呆気に取られる。
竜の花は、竜しか食べない。竜の花は薬用として用いられる事はあるが、それはすり潰したもので人間がそのままナマで食べると腹痛を起こしてしまう。
「ちょっと、大丈夫? お腹、痛くない?」
「……花摘み士のわりに君、勉強不足だね」
焦るハンナと違って子供は笑う。
そして。
「明日も此処に居るから、晴れるよ」
子供はそう言い残して、ハンナの前から姿を消した。
途端、空から竜の咆哮がハンナの元まで響いた。
「まさか、今のは……」
ハンナは口を開けたまま、空を浮かぶ竜一匹を見詰める。
ハンナは竜の花を食べる子供の事は、村に帰っても誰にも言わなかった。あの子供にまた会えるだろうか。もし、森でまたあの子供に会った時、今度は一緒に竜の花を摘んでみようか。
ハンナの楽しみがまた一つ、増えた。