日常恋愛

 私が好きになった人は必ず、幼馴染という強敵が居た。

 私が好きになった人には必ず、幼馴染と呼べるべき女が居たのだ。彼女達は基準よりも上、美人だとか可愛いとか言われて少なくとも私より器量が良く、性格も勝気で男を相手にしても怯む事は無い強い子ばかりだった。凡人な私ではどんな武器を用いても彼女達には、太刀打ち出来ない。
 今回もそうだった。
 私が好きになったのは、日番谷冬獅郎隊長である。しかし、やはりというか、日番谷隊長には、大事な幼馴染が居たのだ。その幼馴染の名前は雛森桃。彼女はその例に漏れず、賢くて、若くして副隊長まで上り詰めた才能ある人だった。例えば十二番隊の中でも下の下、一桁にも名前を連ねる事が出来ず、二十番台以下に席を置いている私では、彼女に対抗出来るのかどうかは、答えを聞かなくても分かる。
 それでも私は諦めないのは、今回は本気だったせい。いつもなら、彼の幼馴染の存在があると知ればすぐに諦めもつくものだけど。幼馴染。字の如く、幼い頃から馴染みのある彼女と、未だに名前すら覚えてもらっていないだろう新入りとでは、雲泥の差がある。それと分かっていても、日番谷隊長への想いを簡単に諦めきれないでいるのは。

「命の恩人だから、てのは、単純だわね」

 そう、私の想いを知って笑うのは、同期の友人である。仮に友人Aとでもしておこう。友人Aは、私が日番谷隊長を諦めきれない理由を知っている数少ない人物でもあった。
「単純でも良いよ。私、日番谷隊長が居なかったら今頃、虚にやられてたもの」
「そうだねえ、それまでは日番谷隊長の事、背がちっちゃくて、子供っぽいから恋愛の対象外だとか言ってたくせにさ」
「う、それ、絶対、日番谷隊長の前で暴露しないでよ!」
 私は友人Aの肩を掴んで本気で怒鳴った。
 そんな私を見て、友人Aはけらけらと笑う。
「そんなに必死なら、日番谷隊長にさっさと想いを告げれば良いじゃない。それか、あの時助けてもらったの覚えてますか、とか言って、それを機にすれば幾らでも繋がりは出来るわ」
「無理、無理だって。十二番隊で違う隊だし、一桁に居るならまだしも、二十番台だよ。下っ端中の下っ端の私の事なんか、日番谷隊長が分かる訳無いじゃない」
「そうでも無いよ。案外、覚えてるもんだよ。人の命を救ったんだから」
「……」
 果たして、友人Aの言う通りだろうか。
 しかし、日番谷隊長は私一人を助けた訳じゃない。
 あの日。私を含めた二桁台の死神は総勢、十名ほどで、それらが虚の軍勢に襲撃されたのだ。その場で窮地に立たされた死神達は、実戦経験はこれが初めてだったので、突然の事に逃げる暇も与えられず、ただ唖然として絶句するしかなく。隊長を呼ぶにも、混乱していて呼べる状況ではなかった。ただ、その日に限って近場に居た日番谷隊長が颯爽と現れ、虚の軍勢をあっさりと撃退してしまった。あの時は本当、下っ端の人間と隊長の差を思い知らされたものだ。
「しかも、日番谷隊長は十番隊で、私達は十二番隊であったのに、助けてくれたんだよ。もし、私達があの時、涅隊長を呼べたとしても、涅隊長だったら私達を見捨てていたかもしれない」
「まあ、涅隊長だったら有り得るかも」
「だから、私は隊も関係無く、助けてくれた日番谷隊長を、格好良いと思った。でも日番谷隊長は、幼馴染が居るからなあ。しかも、彼女、副隊長だし。私ではとても適わない」
 はあ、と溜息を一つ。
 そこで友人Aが提案したのは。
「ふうん、そこまで言うなら私の為に、流魂街で一番美味しいって評判の屋台で、お饅頭、買ってきて」
「はい?」
 何で今の話でそうなるのか。
「何で私があんたの為に、饅頭を買わなくちゃいけない訳」
「今の背が小さくてバカにしていた話、日番谷隊長にばらされたくない訳? 私、あんたと同期で未だに席も下だけど、上の繋がりはあるんだよね」
「うっ」
 実は友人Aは、どういう経緯があったか知らないがあの九番隊の檜佐木副隊長と付き合っている。友人Aの彼氏、檜佐木副隊長は日番谷隊長を懇意としているらしいので、彼女の話を断る訳にもいかない。
「今、急に、お饅頭が食べたくなったのよ。あの屋台のお饅頭、美味しくて病みつきになるのよね。あんたの愚痴ばかり聞いている私に、これくらいはやってもらわないと」
「分かりましたよ、買ってくれば良いんでしょう」
「お願いね。あ、時間は一時過ぎたあたりが良いよ。客数も減って買いやすいから」
「ふうん。でもこの店、私は聞いた事が無かったけど。実は案外、有名でも何でも無いんじゃない」
 友人Aから手渡されたその店の位置は、商店街の外れにあった。普段なら行く事もないし、気にしない場所だ。果たしてこんな場所で饅頭屋が繁盛しているのかどうか、疑問だった。
「ふふ、行けば分かるよ」
 私が見れば友人Aはにこにこと、笑顔を浮かべていた。まあ、客数が減って買いやすいなら、その時間帯で良いか。私は何の気も無しに、友人Aの使いに出た。


「あ」

 友人Aに指定された時間帯の屋台で、私は日番谷隊長と遭遇してしまった。日番谷隊長は友人Aの彼氏、檜佐木副隊長をお供に連れている。二人は屋台の椅子に座り、饅頭を頬張っていた。
「何だお前、何で此処まで来た?」
 私を見るなり檜佐木副隊長は、あからさまに嫌そうな顔を向ける。そのトゲのある言い方はまるで、自分が此処に居るのは場違いであると、聴こえた。
「いやその、私は、彼女に饅頭を買ってくるよう、頼まれて……」
 檜佐木副隊長は私の言う彼女が誰か察したのか、ああ、と声を上げた。
「此処は、隊長クラスの御用達なんだよ。下の奴等は用事も無しに此処まで来ないだろ。だから、隠れ家的な店で重宝してるんだ。ただし例外はあって、あいつとは、たまに一緒に来てる」
 最後、檜佐木副隊長は照れ臭そうに私にそう、説明してくれた。
 なるほど、そういう訳があったのか。
「普段なら、一桁以下の下っ端連中であれば追い返してる所だけどな。あいつの使いなら、これとこれを買っておけ。あいつの好みだから」
「そうなんですか、ありがとうございます。あのこれ、お願いします」
 檜佐木副隊長は手馴れた手付きで指示を出し、饅頭の注文をさせて、私は金を払って店主からそれを受け取った。
 友人Aは、檜佐木副隊長に愛されてるんだなあ。檜佐木副隊長は、友人Aの好みを全て熟知している風だった。それが分かり、私は友人Aが羨ましかった。
 私なんか、日番谷隊長に名前を呼ばれる所か、顔を覚えてもらっているかどうかすら怪しいのに。私はちらりと、日番谷隊長を覗き見る。
「お前さ」
 覗き見がばれたのか私に話し掛けてきたのは何と、日番谷隊長であった。私はそれだけで自分の心臓が大きな音を立てているのが、分かって。
「な、何ですか」
 緊張の余り、思わず声が上ずってしまった。

「――お前なら、また来て良いぜ。俺達はこの曜日と今の時間帯なら大体、此処に居るしな」

 私は。
「な、何で私なんかを。私、十二番隊の二十一席なんですけど……」
「だってお前、檜佐木の彼女の友達なんだろ? そうなら、追い返す理由も無い」
 ああ、そういう意味ですか。
 少し期待した私がバカみたいで、笑える。
 これなら日番谷隊長が以前、私の命を虚から救ってくれたのも、忘れてるだろうなあ。忘れているなら、日番谷隊長への恋心も諦めがつく。友人Aはそれを見込んで、私を此処まで連れて来たのだろうか。
「それに」
 落ち込む私を前にして、日番谷隊長が続けたのは。

「それに、俺がお前を助けた縁もある」

 日番谷隊長は次にはもう、私など目もくれず、茶を飲みながら饅頭を食べる事に集中していた。
 呆ける私の頭に手を置くのは、檜佐木副隊長である。檜佐木副隊長を見れば、声には出さず口の動きだけで「良かったな」と言ってくれた。
 私は今日、友人Aの計らいに感謝しつつ、日番谷隊長と檜佐木副隊長に一礼してから、饅頭屋を後にした。

 今度ばかりは日番谷隊長に大事な幼馴染が居ても諦めず、無謀な賭けに出てみようか。
 それで玉砕しても、本望である。
 私が日番谷隊長を大事だと想う心は、変わらないのだから。

 饅頭の箱を下げている私の足は、軽い。

ヒロインの友人Aさんは、実は「月夜の晩に」のヒロインと同一だったりします。
こういう感じで色々繋がった話を書くのは面白いです。

更新履歴:2008年12月23日(拍手再録)