あの九条綾人が、遠く出雲の地で没して、二週間が経とうとしていた頃。
吉野真由子は、天照郷が一望出来る藍碧台まで来ていた。
藍碧台には、先客が居た。
――伊波飛鳥。
「やあ。其処は君の指定席かい?」
真由子は飛鳥を認めて、彼に話しかけた。
飛鳥は真由子を一瞥しただけで、そのまま微動だにしなかった。
気持ち良い風が、真由子と飛鳥の横を通り過ぎていく。
真由子は気兼ね無しに、飛鳥の隣に陣取る。
「確か君は、九条君の生徒会執行部のメンバーだろう」
「……そうですけど」
九条の名を出しただけで反応する飛鳥に、真由子はくすくすと笑う。
「話に聞いた通りだ。本当に、九条君が好きなんだな」
「あんたは……」
飛鳥の問いに、真由子は人の悪そうな笑みを浮かべて答えた。
「私は吉野真由子。九条君のクラスメイトだよ」
「……」
飛鳥は真由子を見て押し黙る。
九条綾人にも、自分達以外の友人は居ただろうという当たり前な事を、飛鳥は真由子を通じて初めて思い知って驚きを隠せずにいた。
「何だその、鳩が豆鉄砲を食らったような顔は。九条君の世界は、執行部だけではないよ。……君だけが、被害者面をしているのは正直、腹が立つのだけど」
「……ッ」
顔は笑っているが目だけは真っ直ぐ飛鳥を捉えて離さない真由子と、真由子に真意を突かれて顔を逸らす飛鳥と。
「私達も、九条君を失って辛いんだ。九条君は、いつもクラスの中心的存在だったからな」
「……」
「それに私達は、九条君が死亡した本当の理由をまだ、聞かされていない。表では、遠く出雲の地で不慮の事故にあったとかいう話だけど。いつも周囲に気を配っている九条君が、不慮の事故という事は有り得ないと思っている。それにどういう訳があって、九条君が出雲に行ったのかさえ、分からない」
真由子は何も知らないのだ、と飛鳥は今の話を聞いて自身の精神を落ち着かせるために、目を閉じた。
吉野真由子は、天照郷の裏の顔を知らない人間である。
九条綾人率いる生徒会執行部が、裏で何をやっていたのかを。鎮守人という存在を。恐らく、真由子は天魔達が見えないだろうという事も、飛鳥は知ってしまった。
伊波飛鳥の当たり前の世界を、吉野真由子は体験出来ないから九条綾人の死の理由を話しても彼女には理解出来ないだろう。
飛鳥は閉じていた目を開けて、真由子を見詰める。
飛鳥は真由子を不憫だと思うと同時に、綾人を親身になって心配している真由子に何も言い出せない自分が嫌で、息が詰まる思いと緊張のあまり、額から汗が落ちた。
「伊波君」
真由子が飛鳥の顔を覗き込む。
「伊波君なら、九条君が死んだ本当の理由を、知っているんじゃないのか」
「……、皆と待ち合わせの予定があるので、これで失礼します」
飛鳥は居たたまれなくなり、真由子から逃げるように藍碧台を後にした。
「あれ、伊波君、どうしたんですか」
真由子を振り切って生徒会執行部に戻った飛鳥を待ち受けていたのは、紫上結奈であった。
「あの、紫上さん」
「はい?」
飛鳥は結奈なら、綾人から吉野真由子について、何か聞かされているかもしれない。そう思った飛鳥は結奈に真由子の事を、問い質そうとしたが。
書類の整理で忙しそうな結奈を見ると、飛鳥は今は聞くべき事ではない、と判断して聞くのを止めた、その代わりに。
「忙しそうだね、手伝おうか」
「あ、いいんですか。それなら、その棚にあるファイルを取ってくれませんか」
「ああ」
飛鳥は、真由子から『自分だけが被害者面するな』と言われた事を、結奈を見て思い出す。
飛鳥は結果的に自分のせいで綾人を失った罪悪感からか、あの出来事を思い出さないように努めて来たのに。
結奈の方も自ら仕事を作り、忙しさで九条綾人の存在を思い出さないようにしている。結奈は出雲から戻って来てからずっとそんな調子で、彼女を見ている方が痛々しかった。
ああ、もしかして自分も結奈と同じなのか。そして、真由子も結奈と同じなのかもしれない。飛鳥は、結奈と真由子を重ねてみる。するとどうだ、飛鳥は今までの真由子の言動が不思議と、理解出来た。
九条飛鳥、紫上結奈、そして吉野真由子。
三人の関係を掴んだ気がした飛鳥は、結奈ではなく、真由子に同情する。結奈が居るのに九条綾人が真由子に振り向く訳が無い。それは、当の本人である真由子も自覚している筈だ。最初から勝ち目の無い戦いに参加している不憫な真由子を思うと、飛鳥の胸が痛んだ。
「伊波君?」
「……何でも無い、続けよう」
急に押し黙る飛鳥を、結奈が心配している。飛鳥がそれに気付き、結奈を安心させるように笑顔で応じた。
何も知らない結奈を巻き込むべき件ではない、飛鳥はそう、判断した。
後日、放課後、飛鳥は九条綾人が居たクラスを尋ねた。
しかし、運悪く其処には吉野真由子の姿はなく。
飛鳥はもう一度、彼女と出会った藍碧台まで足を運んだ。
「――居た」
飛鳥の声で、真由子が振り返る。
「ああ、もう此処には来ないのかと思ったよ」
真由子も飛鳥を認めて、笑みを浮かべる。
「……此処は、九条先輩のお気に入りの場所でしたから」
「そう。私もそれを知ってるから、此処に来たら君が先客で居たんだ」
真由子の隣に飛鳥が腰かける。
「九条先輩とは、どういう縁があったんですか」
「同じクラスメイト……では、君も納得しないか」
飛鳥は真由子の言葉で頷いた。
少し迷った真由子は、真剣な声で飛鳥に言い放った。
「私は、九条君が好きだったんだ。憧れとかではなく、本気で」
「……ああ」
やはり、そういう事か。真由子の告白を受けて、飛鳥は自分の推測が正しかった事が少しだけ嬉しくもあり、少しだけ複雑な気分だった。
飛鳥は今も生徒会執行部で自分のための仕事を作っては忙しそうにしている結奈の事を思う。
飛鳥の気持ちを知ってか知らずか、真由子は話を続ける。
「だから私は、九条君が出雲の地で死んだ本当の理由を、知りたかったんだ。ただ、色々嗅ぎ回っていると、郷の爺さん達に目を付けられてしまいそうで、怖かったから、手近に居た伊波君に事の真相を問い質そうとした」
「……俺がたまたま、此処に居たからですか」
「そうだね」
悪びれもせず、真由子は飛鳥に応じる。
「実を言えば、私と九条君はただのクラスメイトで、接点があるといえばそれくらいか。会話も事務的なものしか無いから、九条君自身、私について覚えが無いかもしれない。だから私の事は、紫上嬢も知らないと思うよ」
「……紫上さんには、聞いていませんよ」
飛鳥の心を見据えるように、結奈の名を口にする真由子。真由子を安心させるよう、飛鳥は首を横に振った。
「そう。……伊波君の言う事は、信用してみるかな」
飛鳥に向けて、真由子が微笑む。
飛鳥は真由子の笑みを目の当たりにして、少しだけ心が跳ねた。
「さて、次は伊波君の番だよ」
「え」
「告白合戦。私だけが告白するのも、変な話だろう?」
にぃ、と口の端を上げて言う真由子を見て、飛鳥はもう逃げられないと覚悟を決めて息を吐いた。
「……、絶対、人に言い触らさないと約束してくれるなら」
「私は口は固い方だ、安心したまえ」
飛鳥は、真由子を何処まで信用していいか分からなかったが、真由子の自信満々な態度を見ていると飛鳥は何故だか、彼女を信用してみる気になった。
「少し、長くなりますけど」
「かまわないよ。此処なら誰も居ないし、落ち着いて話も出来るだろう。告白するには、絶好の場所だ」
飛鳥は観念して、真由子に九条綾人が没した理由を話し始めた。
「……という、訳です」
生徒会執行部の本当の仕事の内容と、天照郷の実態、鎮守人の事、そして九条綾人の役目と出雲の地においての激戦の果ての真実。飛鳥はタクミや月読学園の現状等、伏せるべき所は伏せながらも、真由子に全てを話して聞かせた。
真由子は飛鳥がそれらについて話している最中、茶々を入れる事なく静かに耳を傾けていた。
「……なるほどね。ありがとう、大体、事の内容が分かった」
「……吉野先輩?」
飛鳥の話を聞いた後で、真由子が立ち上がる。飛鳥は不安そうな顔で、真由子を見上げる。
「大丈夫。今の話は絶対、口外しないと誓う。もし私がその誓いを破れば、郷の掟に従って煮るなり焼くなり好きなようにしてくれ」
「……」
胸を張りながらも恐ろしい事を口にする真由子を、飛鳥はどう扱っていいか分からず困った風に笑う。
飛鳥は、郷のご隠居達なら真由子の言うような「罰」をあらかじめ、用意していると思わせる怖さがあった。
「さて、伊波君。君は、数日後に迫った九条君の追悼式典には出るのかい?」
「……多分、生徒会のメンバーとして、行くと思います」
「そうか」
飛鳥の話を聞いて、真由子が目を閉じる。
確か、天照舘の生徒は半ば強制的に出席を余儀なくされている筈だ。強制的ではあるが、内でも外でも人望の厚かった九条綾人の追悼式典だ、言われなくても出席を希望する生徒は少なくない。飛鳥も立ち上がり、今度は真由子を見下ろしながら言った。
「吉野先輩は、九条先輩の追悼式典に出席するんですか」
「……、伊波君、悪いけど、急用を思い出してね。そろそろ、此処を出なければいけないんだ」
「……」
真由子の残念そうなその表情は、彼女の本当の顔か今の飛鳥は、判断がつかなかった。急に変化した真由子の心理を飛鳥はこの時、別に気にしていなかった。飛鳥は真由子の感情を掴みきれなかった、それを後悔する事になるとは知らずに。
「それじゃあ」
真由子は素っ気無く、飛鳥に背を向けて行ってしまった。
飛鳥は真由子を引き止める理由が見付からず、そのまま彼女の背を見詰めていた。
それから数日が経ったが、藍碧台で別れて以来、吉野真由子は飛鳥の前に姿を見せなかった。
九条綾人の追悼式典の日も、真由子は出席しなかったと飛鳥は結奈から聞いている。
後で判明した事だが、飛鳥からその名を聞くまで、結奈や他の仲間達は、吉野真由子の存在さえ、知らなかったらしい。真由子が飛鳥から聞き知った事を外部に漏らした形跡も無かった。
飛鳥は真由子を心配して、彼女のクラスまで足を運んだ。飛鳥が尋ねた真由子のクラスメイトの話では、あれから彼女は無断で学校を休んでいるらしかった。
「吉野真由子さん、ですか?」
飛鳥は、教師である石見隼人ならば真由子の事を何か知っているのではないかと、職員室で彼から話を聞いてみる事にした。
石見は飛鳥達の担任であり、真由子達のクラスを受け持っていた訳ではない。それでも石見は飛鳥の真剣さを受けてか、余所のクラスの出席簿を借りてきてくれた。
石見は出席簿で、吉野真由子の状況を確認する。
「ああ……、確かに、此処数日、彼女は無断で休んでいますね」
「病気ではありませんか。詩月のように、持病を持っているとか……」
「それは無いですね。彼女は九条君と並んで、皆勤賞を取るほどの子ですから」
飛鳥の言葉を、石見は思い切り否定する。
「そうだ、伊波君。先刻、吉野さんのクラスの先生から頼まれたんですが、このプリントを彼女の家まで届けて来てくれませんか」
「……俺でいいんですか」
「かまいません。伊波君が適任だと思いますから」
石見に言われては断る理由も無く、飛鳥は真由子のプリントを受け取った。
吉野真由子の家は、通りから少し外れた所にあった。
真由子は天照舘にある寮ではなく、自宅から天照舘に通っていた。
放課後になって、天照郷の中でも比較的新しい物件に入るだろう真由子の家の前まで来た飛鳥は、意を決して玄関のチャイムを鳴らした。
「どちら様?」
家から出て来たのは、真由子の母だった。
「あの、吉野真由子さんと同じクラスメイトです。吉野さんが休んでいた間のプリントを、届けに来ました」
真由子の為とはいえ嘘を吐いている時は少なからず、緊張する。飛鳥は石見から手渡されたプリントを、真由子の母親に見せた。
「あら、わざわざご苦労様。真由子、真由子。お友達が来てくれたわよー」
母親が真由子が居るだろう、二階に向かって声を張り上げる。しかし、真由子から何の応答も得られなかった。
「ごめんなさいね。何があったか分からないけど、部屋に閉じこもったまま出て来ないのよあの子」
「……直接、俺が届けに行ってもいいですか」
「勿論、歓迎するわ。あの子もお友達なら、何か話してくれるかもしれないから」
母は快く飛鳥を家の中に招き入れた。
「吉野さん」
真由子の部屋まで来て、飛鳥は声をかけて戸を叩いた。さっきと同じよう、真由子から何の反応は無い。
「吉野さん、入りますよ?」
そう断って飛鳥は、恐る恐る真由子の部屋の戸を開けた。
飛鳥は真由子の部屋に入って、目を凝らした。
真由子の部屋は比較的、綺麗に片付いていた。いつも散らかっている御神の部屋とは大違いだな、と飛鳥は真由子の几帳面さに、そう感想を抱く。
辺りを見回した飛鳥は、ある一点に目を向ける。
部屋の中央。窓際に置いてあるベッドの上。不自然な毛布のカタマリ。飛鳥はそれに近付くと、毛布を勢い良く取り上げた。
其処に居たのは、うずくまって肩を震わす真由子の姿だった。
「吉野先輩」
「……酷い様だろう、笑いたければ笑うがいいさ」
向き合う飛鳥に、ひひひ、と不気味な笑みを浮かべる真由子。
飛鳥がいつも目にしていた真由子の姿と、今の真由子の姿は一八〇度変わっていた。いつもの真由子は自信に満ちていた筈だと、飛鳥はかつての真由子を思い浮かべながら彼女に声をかける。
「どうしたんですか」
「どうしたも何も無い。私は、恐れている、その結果がこれだ」
「……何を恐れているんです」
飛鳥は真由子が怖がっているものの正体が何であるか、検討がついていた。飛鳥はしかし、敢えて口に出さず、真由子に尋ねた。
「吉野先輩」
「ああ、全く、君には……、どうしようもないのは私か」
話を促す飛鳥を振り払う気力も無いのか、真由子は笑っていた。
飛鳥は真由子のベッドに腰掛け、真由子が話すのを待っている。真由子は飛鳥と向き合い、次第にぽつぽつと話し始めた。
「私は伊波君からこの郷の真実を聞いて、九条君達の世界を知って、最初は喜んだよ。これで私も、九条君と対等に居られると思うと。けれども、後から段段と、怖くなってきた。天魔という化け物が日常の世界に紛れ込んでいて、そいつらはあっさりと九条君の体をこの世から引き離してしまった。でも私には、九条君達と違って天魔の存在が何であるか分からない。伊波君のような力を持たない自分が悔しくて、代わりにそんな力を持っている伊波君達が怖くなった」
真由子の告白を、飛鳥は黙って静かに聞いている。
「九条君の事を考えていると、同じように伊波君の事も思うようになった。……それが今の私を形成している。バカみたいだろう? こんな女より、今でも九条君の為に奔走している紫上嬢の方が断然、九条君に相応しいじゃないか」
全てを吐き出して真由子は、また体を丸くする。
「吉野先輩」
「……もう、帰っていいよ。伊波君は、九条君の意志を継ごうとしている紫上嬢の手伝いで忙しいのだろう? 私の世話をしている時間は」
真由子はそれ以上の言葉が吐き出せなかった。
飛鳥が真由子の体を抱き締めているせいだ。
飛鳥は真由子の耳元に唇を寄せて、彼女にささやいたのは。
「俺は、いつも堂々としていて、その上、自信たっぷりの吉野先輩が好きです。……、ああその、恋愛とかではなくて、友達として、ですけど」
「……」
飛鳥が最後の断りを入れたのは、真由子への感情が嘘ではないと示す為、だった。真由子もきっと、飛鳥の思惑に気付いているに違いない。飛鳥もそれを狙って付け足している。
「そんな俺が怖いですか、吉野先輩は」
飛鳥が真由子の顔を覗き込む。
「……怖くはないよ、怖い筈、無いじゃないか」
少しだけ震えながらも真由子は、飛鳥を抱き締め返した。
「こんな温かな存在が、怖い訳がない」
「先輩」
「……大丈夫、大丈夫、大丈夫」
飛鳥の胸に顔をうずめながら、自分に言い聞かせるよう真由子は何度も繰り返す。
やがて。
「君は、九条君が認めた男だったな。それを、思い出した」
「……」
「九条君が認めた男は、私も認めなければいけないだろう」
飛鳥の胸から顔を上げた真由子はもう、いつもの自信満々な笑みを浮かべていた。
「私は、九条君の跡を継ぐ君の存在を、恐れてはいけないんだ。……そう思うと、心が軽くなったよ」
「……それは、良かったですね」
結局、自分は九条綾人というフィルターを通してでしか、この人の目には映らないのだろうか。飛鳥は真由子を、複雑そうな顔で見詰めていた。
「うん、もう大丈夫だ。折角来てくれた伊波君に、私の醜態を見せてすまなかったね」
「覚悟の上で来ましたから、大丈夫ですよ」
すっかり自我を取り戻した真由子を見て飛鳥は、苦笑する。
飛鳥が吉野家から外に出た時、空は闇に覆われていた。
「色々、ありがとう。一人で大丈夫か」
真由子は、飛鳥から夜になれば天魔が多く出没すると聞いていた。それを気遣って真由子は、飛鳥を心配して声をかける。
「ああ……、大丈夫ですよ。郷の門より中は強い結界で守られているし、力強い護衛も居ますから」
「護衛?」
真由子の言葉に応じるよう飛鳥の足元で宝蔵院鼎から預かっている妖猫、己魔がにゃあ、と鳴き声を上げる。
実は、吉野家に飛鳥が踏み込んだ時より前から、己魔も一緒について歩いていた。当然、真由子は己魔の存在に気付いていない上、可愛らしい鳴き声も届かない。真由子はしかし、飛鳥の言葉を信じるように頷いた。
「そうか、それなら心配いらないな。……、ああ、本当にすまなかった。伊波君も九条君を失って辛かっただろうに、私は君を気遣えなかった。所か、君に酷い言葉を投げた気がする。私は伊波君を一人残してそのまま、逃げてしまった」
「……吉野先輩」
「でももう、伊波君も大丈夫みたいだな。先日会った時より、顔が晴れ晴れとしているようで安心したよ」
真由子の寂しそうな言葉を聞いて、飛鳥は思う。
飛鳥には、生徒会執行部の仲間が居る。飛鳥にとって心強く、精神の支えにもなっている仲間達が居た。
では、彼女は。真由子には、飛鳥と同じような安心出来る仲間が居るのだろうか。真由子は九条綾人の報告を受けた時も、飛鳥が天照郷の裏の話をした時も、暗い部屋の中で一人きり、思い悩んでいたのだろう。その光景が簡単に思い浮かべる事が出来た飛鳥は真っ直ぐ、真由子を見詰める。
「伊波君?」
「……吉野先輩、先輩が辛い時は俺を呼んでください。俺は、今日みたいに吉野先輩の話を聞く事が出来ると思いますから」
それは友情から出た言葉か、それとも何か別の感情が働いているのか。飛鳥自身、分からなかった。飛鳥はしかし、真由子にその言葉を吐いた事は、後悔していない。
飛鳥の言葉を聞いた真由子は少し目を見開いた後、満面の笑みを浮かべて彼へ向けて手を差し出した。
「ありがとう。必要な時は、君の名を呼ぶよ」
「はい」
飛鳥は、真由子と握手をして吉野家を後にした。
真由子は、飛鳥の姿が見えなくなるまで、彼の背をずっと見詰めていた。
大丈夫。
もう怖くないよ。
君の夜が本当に明けた時、私の夜も明けるだろうから。