これは、ムスタディオがラムザの部隊に仲間として入った直後の話である。
金を稼ぐ為の戦闘中に魔物にやられて負傷してしまった時の事だ。
「おーい、こっちに回復魔法か回復アイテムをかけてくれ!」
ムスタディオは自分が怪我をしたので当然のよう、近場に居た白魔道師に声をかけた。
ただ、それだけの話である。
それなのに。
「あー、はいはい」
当の白魔道師はやる気の無い返事をして、まだ魔力も余っているにも関わらず、何故かアイテムの一番性能の低い「ポーション」を放り投げてきたのである。
「ちょ、ポーションじゃ回復量が足りないんですけど! せめて、ハイポーションにしてくれ! それか、ケアルラでも良いし!」
しかし白魔道師はムスタディオに答えるのも億劫だという態度で、あっさりと答えた。
「嫌です」
これには普段から女に甘いムスタディオも流石に呆れて、言い返せずにはいられなかった。
「はぁ? お前、アイテム士と白魔道師をマスターしてるんだろ。ハイポーションもケアルラもお手のものじゃないか」
「あんたにやれるアイテムと魔法はこれくらいで十分でしょう。後は自力で頑張って」
「この……!」
「あー、ストップストップ。ムスタディオ、後で訳を教えてやるから、今は堪えてくれ」
女でもこの態度は容赦せんぞ、と拳を振り上げるもそれを止めたのは、ラムザの部隊でも古株のラッドである。
ラッドが白魔道師の代わりにケアルラを唱え、ムスタディオを回復させた。
「ほら、もう回復したぞ」
「すまない、助かる」
ラッドは白魔道師から黒魔道師、時魔道師に至るまで、魔術系のジョブは既にマスターしてあった。次は召喚師をマスターしてやると意気込んでいるらしい。あの白魔道師も、ラッドと同時期に加入したというのに、未だにアイテム士と白魔道師しかマスターしていない。彼女だけ特別に成長が遅いという訳でもないようだ。
「ふん」
自分とラッドのやり取りを見た後で白魔道師は鼻を鳴らして、さっさと行ってしまった。ムスタディオの拳がわなわなと震える。
「何なんだあいつは……! 何で誰も注意しないんだ! あの態度じゃあ女だからって、遠慮はいらんだろ!」
「まあまあ。あの子、特定の人間以外は皆、あんな感じなんだよ。だから、ムスタディオだけ嫌われてる訳じゃないからな」
「特定の人間以外? 誰だそれ」
ムスタディオはラッドの言っている意味が分からず、眉を寄せる。
「まあ、あの子を注意してみてろよ。あの子を見ていれば単純明快だ」
「……はぁ」
ラッドに言われてから戦闘中はずっと、白魔道師の行動に注目するようになった。
そして、ラッドの言う通り、彼女を見ていてあっさりと分かってしまった。
彼女が好意を抱く、特定の人間が誰であるかを。
その日の晩。
ムスタディオはとある食堂にて、一人でもくもくと食事を続ける白魔道師を見付けた。
周囲にラムザ率いる隊の仲間も居るというのに、彼女の周囲にはムスタディオ以外、誰一人として近付く気配が無かった。
「よぅ、一人で晩飯か。まあ、あれだけ悪態をつきゃ、一人飯にもなるわな」
「……何よ。私は望んで一人で居るんだから。あんたには関係ないわ」
一人でスープを飲んでいる白魔道師の隣に遠慮なく座るムスタディオと、そんなムスタディオを睨みつける白魔道師と。
ムスタディオはそんな白魔道師を見て、溜息を吐き、そして決定的な一言を言い放ったのである。
「お前さあ、そんなにラムザが良いわけ?」
「なっ!」
ガタン! ムスタディオに図星をつかれたせいか、白魔道師は顔を真っ赤にして椅子から勢いよく立ち上がった。
何だ。周囲に居る人間達、とりわけ、ラムザと、その隊の仲間達が興味深そうに白魔道師とムスタディオに注目する。
ムスタディオは周りの視線を気にせず、机に肘をついて、面白そうに白魔道師を見やる。
「……本当、ラッドの言う通りだ。いつもはツンとして扱い難いと思うけど、ラムザについて話すと途端に分かりやすくなるのな、お前」
「な、ラ、ラッドめ、新入りに余計な事を……!」
白魔道師は顔を真っ赤にしたまま、体を震わせる。
「まあ、座れよ。ラムザもお前を怪訝そうに見てるぞ」
「……」
ムスタディオにどうどうと、たしなめられ、白魔道師は仕方なく彼の言う事を聞くよう、椅子に座り直した。
ムスタディオが言った。
「ラムザの何処に惚れたんだ」
「う、うるさい、お前に話す事じゃないわ」
戦闘中はいつも冷静に構えていたはずの白魔道師は、この時ばかりはすっかり動揺して、舌も満足に回らない。
なるほど、なるほど。いつも傲慢な態度の彼女が、ラムザに関してだけこうして女の子らしい態度を取られると、誰も何の文句も言えなくなってしまうなぁ。ムスタディオはラッドの解釈に大いに納得する。
ムスタディオはしかし急に真面目な顔つきになって、白魔道師に告げる。
「ラムザ――あいつは、止めた方が良い」
「……どうしてよ。お前に言われる筋合いは」
「あるさ。あいつは今、お家騒動で揺れ動いている。そして、そのせいで親友と戦う羽目になった。親友だけじゃない、身内とも戦わなくちゃいけない身の上だ。その話をラムザの隊に居るお前も知らない訳じゃないだろう」
「……知っている」
白魔道師は知っている。ラムザの置かれている境遇を。名家を出てまで傭兵を雇い、隊を作ってまで敵対する相手が誰であるかを。
「それでさ、お前が白魔道師とアイテム士しか選ばなかったのは、ラムザに近付く為じゃないのか。他の攻撃系ジョブでは、単体行動が多くて、ラムザまで近付けない。だが、回復系のジョブであれば何の疑問も持たれずにラムザに近付けるからな」
たったそれだけの理由で、ムスタディオは彼女にケアルラをかけてもらえなかったのである。
――彼女はラムザ専属の白魔道師だ。仲間内で密かに噂されている話を思い出し、ムスタディオはそれが何処か面白くなかった。
「……、お前はラムザであれば、白魔法のケアルガ、アイテム士のエクスポーションだって惜しみなく使うそうだな」
白魔道師はムスタディオの話を静かに聞いているだけで、これについても、何の反論をしなかった。
ムスタディオが話を続ける。
「ラムザは、お前では、相手にならない。そうだな、この隊の中でも、ラムザの相手になるといえば……」
「……」
いつからだろう、白魔道師は、ムスタディオを見ていなかった。彼女の視線の先にあるのは、ラムザと、ラムザと仲良さそうに話しているアグリアスの姿である。ムスタディオも彼女の視線の先に気付いて、それを追いかけて、そして。
間の悪い事に、ラムザと目が合った。
やば。ムスタディオは慌てて視線を逸らしたが、遅かった。
ラムザはアグリアスに断りを入れて席を立つと、どういう訳かムスタディオと白魔道師が座る席までやって来た。
「やあ」
「よ、よお」
ラムザはいつもの人懐こい笑顔で二人に近付くが、ムスタディオはそれに少し引き気味であった。
ムスタディオはチラリと白魔道師を見る。
白魔道師はラムザが来ると思わなかったのだろう、顔を赤くしたまま、固まってしまった。
ムスタディオはいつもは冷静で傲慢な彼女を此処までした犯人が誰であるのかを知っているぶん、内心ではラムザが恨めしかった。
「……どうして俺達の席に来た」
「彼女が誰かと食事をしている場面を見るのが珍しくて、つい、ね」
ラムザが苦笑しながらその理由をムスタディオに話した。
「……、お前は、彼女と飯を食ってやらないのか」
「ああ。僕は彼女に嫌われているようだから」
「え? そんなはずはないだろう」
あれだけ分かりやすい行動を取られて、当の本人は分からないのか。ムスタディオは眉を寄せるも、ラムザは肩をすくめて苦笑する。
「僕だって、一緒に食事をしようと彼女を誘ったんだけど、すぐに断られちゃってね。何度か誘っても一緒は嫌だって断られる始末でさ。僕の何処が気に入らないのかさっぱりで、打つ手が無かったんだ」
「……」
そういう意味に受け取っていたのか。多分、ラムザの近くに居るってだけで緊張してそういう態度に出てしまうとは、コイツは、微塵も思っていない。ラムザの勘違いを知ってムスタディオは、白魔道師を気の毒に思った。
ムスタディオの思いを知らず、ラムザが話を続ける。
「ムスタディオ。今回だけじゃなくて、いつでも彼女と仲良くやってくれないかな」
「……それだけを言いにわざわざ?」
「君も新入りだから、彼女の魅力に気付くかどうか分からなかった」
「……」
「皆もね、彼女の実力は認めてるんだ。だけども、彼女が皆を寄せ付けない態度を取るもんだから、皆は彼女を敬遠してしまう。ムスタディオ、君だけだ。そんな彼女と一緒に食事をとってくれたのは」
「……そうかよ」
ラッドもああは言うが、やはり、傲慢な白魔道師には近付き難かったのだろう。
ムスタディオが彼女について考えているうち、ラムザがすっと白魔道師の側に来ていた。
「君も、ムスタディオと上手くやっているようで、安心したよ。また僕の隊での活躍を期待しているからね」
「!」
にっこり。ラムザがいつもの人懐こい笑顔を浮かべて自然と白魔道師の頭を優しく撫でた。
それだけで、彼女は。
「それじゃあ僕は、アグリアスの所に戻るよ」
言ってラムザは、あっさりとアグリアスの元へ戻ってしまった。
……ラムザがこれじゃあ、彼女の特別扱いにも気付いてないっぽいな。ムスタディオは溜息を吐いて、隣に居る白魔道師に声をかけた。
「おい」
「……」
「おーい」
「……」
「おいってば!」
「!」
ムスタディオが白魔道師の肩を叩き、ようやく彼女が自分の方を振り返ってくれたのである。
「……お前さあ、これで分かっただろう。ラムザはお前に全然興味が無い。ただの使える隊員くらいしか思っていない。それから、あれ見てもまだラムザを見ているつもりか」
「……」
ムスタディオは肘を付き直して、アグリアスと仲良さそうに話しているラムザを改めて見る。
白魔道師の目はもう、アグリアスと居るラムザを見ていなかった。
諦めたのか? ……彼女は何を諦めたんだ? ムスタディオは何処か彼女について何かを期待している自分に少し疑問を抱く。
「私は」
その間にも彼女はラムザではなく、初めて、ムスタディオを見詰めて、
「――私はそれでも、まだラムザを諦めない」
言った。
言い切ったのである。
――驚いた。ムスタディオは、白魔道師の、今まで見た事の無い強い眼差しと、ぞくりとするようなその強いはっきりとした声音に、すっかりと心を奪われた。
その強い意志と、その想いに、囚われたのである。
「――」
ムスタディオは、自分のその心が信じられなかった。まさか。どうして。こんな一瞬で。バカはどっちだ。
白魔道師は自分の言いたい言葉を吐き捨てた後、目の前の食事に心を奪われていた。ムスタディオの方はもう見ていない。
「ご馳走様」
カシャン。白魔道師がフォークを置いた音とその言葉で、ムスタディオはハッと我に返った。
白魔道師は、ムスタディオに黙って席を立ち、会計をすますためにレジへ向かう。
それを止めたのは。
「待て」
ムスタディオが白魔道師の袖を掴んだ。
「……何、まだ何か用事でもあるの」
白魔道師がムスタディオを睨み付ける。
「――」
何か用事が。何の用事だ。此処で彼女を引き止めてどうする。こんな、人目がある場所で。ムスタディオは自分の行動に驚きを隠せなかった。
「何よ。言いたい事があるなら言えば良いじゃない。さっきから人の心に土足でずかずかと踏み込んでおいてさ」
「……俺が」
「だから何よ」
白魔道師はムスタディオの続きを待つ。
ムスタディオは拳を握り、そして、
「――俺が、お前の専属になるのは、どうすればいい」
言った。
言ってやったのだ。
白魔道師はジッとムスタディオを見詰める。ムスタディオも白魔道師に怯まず、見詰め返した。
白魔道師は溜息を吐いた後、困った風に笑って、
「……、私の専属になるのは並の男では駄目よ。そうね、あなたがラムザ、それ以上に強くなった時に、それに応じてあげても良いわ。それまでせいぜい、死なない程度に頑張って」
そう言った。
白魔道師はその後、ムスタディオに目もくれず、店を出て行った。
「ムスタディオ」
未だに呆然と立ち尽くしているムスタディオに声をかけたのはラッドである。ラッドは、白魔道師が店を出て行ったのを確認している。
「やっぱり、あの子に振られたか。どうやったって、ラムザ以外、あの子の目に適わないんだ。お前も好い加減、あの子については、あきらめ、」
ラッドは諦めろ、と忠告しようとしたその言葉を吐き出すのを止めた。
ムスタディオが肩を震わせ、薄気味悪い笑みを浮かべていたからである。
「おい」
「……、ラムザより強くなれ、ときたか。上等じゃねえか。これくらい言われなきゃ、面白くないよなあ」
ムスタディオはラッドに構わず髪をかきあげ、誰に言うまでもなく呟いている。
「強くなってやるさ。ラムザよりもな。そして、もう一度、俺の専属になってくれないかと、志願してやる。俺だって、彼女を諦めたくない」
ムスタディオのその意志とその想いは、白魔道師がラムザを見ている時と同じだった。
その時になって、彼女はどんな顔をして自分を受け入れてくれるだろう。
その時が楽しみだ。
ムスタディオは明日から早速、ラムザを追い越す為の訓練を始めようと決意したのであった。