約束

 アティがみんなの目を盗んで、船を出てから目指す先は、青空学校である。
 しかし今の時間帯、空は闇へと、白い雲から星の海へと変わっているので、これでは青空学校、とは呼べないかもしれない。
 青空から名称を変えるなら、星空学校、かな? ぼんやりとそんな事を考えながらアティは、目的地まで辿り着いた。
 青空学校へ到着するなり、その人物が居るのを見て、アティは安心した。

「――こんばんは」

 アティの夜の挨拶を返す事無くその人物――男は、振り返る。
「怪我の具合はどうですか?」
「……だいぶん、良くなった。あんたのお陰でね」
 静かな声で男はアティに応じる。
 男は、上半身は裸で筋肉質の体をさらけ出し、下はギャレオと同じ装いである。そう、男は帝国軍の兵士だった。アティはそれを承知の上で、男と向き合う。
「痛みはありますか」
「……少し、あるな」
 男の肩から腹にかけて、包帯が巻かれてあった。その包帯は、アティが巻いたものだ。アティは男から経過を聞いて、頷く。
「うん、完全回復まで、もう少しですね。それじゃあまた、包帯を新しいのに取り替えましょうね」
 アティはいつもの笑顔で、部屋から持ち出した救急セットを男に見せた。
 と。
 男の目が細められ、森の奥を見詰めている事に、アティが気付く。
「どうしました?」
「お前、誰かにあとをつけられなかったか」
「え、大丈夫ですよ。ちゃんと、船の皆が寝静まったのを見計らって、来ましたから」
「――つけられてたな」
「あ」
 男がアゴで示した先には、アティも見覚えのある小さな体が隠れていた。子供は隠れているつもりだったらしいがアティからではある一部分だけが丸見えで、彼女の脳裏に頭隠して尻隠さず、という言葉が真っ先に思い浮かんだ。

「ナップ君!」
「うわわっ」

 後ろから思い切りアティに名前を呼ばれて、子供――ナップは召喚獣のアールをお供につけた状態で、姿を見せた。
「一人で夜の森まで来るなんて、駄目じゃないですか! 何かあったらどうするんです」
「大丈夫だよ、俺にはアールもついてるんだし! アールのお陰で此処まで来れたんだしさ」
「大丈夫じゃありませんよ。アールとナップ君だけじゃ、危険な事だってあるんですから。此処は、帝国とは違うんですよ?」
「……、そんなに言うなら先生はどうして、こんな真夜中になって此処まで来たのさ」
「そ、それは」
「最近、先生の様子がおかしかった。それは、先生がいつも俺が寝た後を見計らって部屋を出て行くのが分かってからだ。先生は、俺がそれを見抜けないとでも思ったの」
「……」
 ナップに強く言われても、アティは困った風に笑うだけで。

「あんたの負けだ。大人しく、俺の事を白状すれば良い」

 男が迷うアティの背中を押した。
「で、でも。あなたは、アズリアの所の兵士で……」
「え、コイツ、帝国軍の兵士なのか!」
 アティの言葉を聞いて、ナップが驚きの声を上げてアールを持ち上げ、戦闘態勢に入る。アールも意気込んで、ナップに加勢する気満々だった。それを止めたのは、アティである。
「ナップ君、それにアールも。いくら帝国兵士でもこの人に、危険はありませんからっ。私が保証します」
「アティ先生、コイツに何か弱みを握られていて、脅されているとかじゃあ」
「……弱みを握られているのは、俺の方だな」
 アティが男を庇うように立ち、ナップはそんなアティを心配する。男はしかし、アティから一歩前に出て、ナップに歩み寄る。
「この体を見ろ。こんな状態で、俺が彼女をどうにかできると思うか?」
「……」
 男の上半身全体に巻かれた包帯を見てナップは、大人しくなる。
「先生」
「……、仕方ありませんね」
 ナップに説明を求められてアティは、男と出会った経緯を話し始めた。


 男とアティが出会ったのは、狭間の領域内の事である。
 アティがフレイズやファルゼンと別れたあと、マネマネ師匠の所まで行こうとした時だ。
 道中、血まみれの男が倒れていたのは。
 男は、帝国軍の制服を着ていた。
 アティはどうしてこんな所に帝国兵が? と思うよりも前に、男を抱えていた。
「大丈夫ですか! しっかりしてください!」
「……せ」
「え?」
 良く聞こえなかった。男の掠れた声を聞き取ろうと、アティは彼の口元に自分の耳を寄せる。
「……殺せ、殺してくれ……、頼む……」
 必死に搾り出した言葉がこれか。アティは気付けば、男の頬を叩いていた。男は驚きの色を隠せず、アティを凝視する。
「あなたに何があったか分かりませんけど、此処は、生きたいと思う場面でしょう! そうですよね、そうだと言ってください!」
 アティの気迫にやられた男は生きたい、と言うしかないと思った。
「……生きたい」
「はい! 私が、あなたの面倒を見ますから、安心してください!」
 それからだ。
 アティは男を青空学校まで運ぶと、彼を治療した。


「それで、私は此処でこの人の怪我が治るまで、こうして真夜中、彼の様子を見に行っていたんです」

 ナップに全てを話したアティは肩を竦めて、苦笑する。
「へえ、先生らしいね。でもさ、昼間は此処を俺達が使ってただろ。その間、この人、どうしてたんだ?」
「ああ。俺は、あんた達に気付かれないよう、少し離れた場所で隠れてたんだ。この体だから、あんまり森の中をうろつかれなくてね。隊長の所までこの様で戻る気は無いしで。此処まで来てタチの悪い召喚獣にやられるのも、癪だったしな」
 ナップの疑問を男がアティを見ながら、答える。
 男は、森の中、アティの声が届く範囲で身を潜めていた。子供達に勉強を教えるアティの声は何所か心地良かった。
 ナップはふと、男をまじまじと見詰めた。
 筋肉質の体で、凛々しい顔つき。文句は無い、とナップは男を評価した。
「先生。この人、体が回復したら、此処を出て行くつもりなのか?」
「はい。彼は私が必要なくなったら、アズリアの所に戻ります。そうなったら彼と真夜中、此処で会う事は、もう、無いでしょう」
 アティは自分で言っていて、何故か悲しかった。どうしてだろう、と思うが、その答えは簡単には見付からない。
「ナップ君、それがどうしたんですか?」
「ふうん。あんた、剣、使えるの?」
 ナップはアティを無視して、男に尋ねた。
「一応、帝国軍の兵士ではある。断っておくが俺は、召喚術は得意じゃない」
「それじゃ体が回復してからで良いから、俺に剣術を教えてよ」
 ナップの思ってもみなかった言葉を聞いてアティは、思わず男と顔を見合わせる。
「召喚術は今まで通り、アティ先生で良いよ。でも剣術は、あんたから学んだ方が早そうだ。先生とあんたの関係を船の皆には内緒にしておくからさ、良いだろ?」
「あの、嫌なら断っても良いんですよ? 子供の言う事ですから、そう、真面目に考えなくても……」
 アティは恐る恐る、男の返事を待った。

「――引き受けよう」

 男が簡単にナップを受け入れた事に、アティは素直に驚く。
「良いんですか?」
「あんたの恩を返すには、これが丁度良いと思った」
「やったー」
 まだ信じられないアティとは違い、ナップはアールと喜び合った。
 男はアティにかまわず、話を続ける。
「剣を教えるのはやはり、真夜中になるがな。それで良いなら、子供に剣を教えてやる」
「ありがとうございます」
「その時は、あんたも子供の付き添いに来る事が条件だ」
「は、はい。分かってますよ、勿論っ。ナップ君一人で夜の森を行かせませんから」
 ナップのお陰でアティは、舞い上がっていた。
 怪我以外で、男と会える約束ができた。男の怪我が完全に治っても、その約束があるせいで彼と離れる事が出来なくなってしまったのだ。アティはそれだけで十分、幸せだと思えた。
 アティは男に包帯を巻き直してから、ナップと学校を出た。

「アティ先生。俺に感謝しろよー」
「え、何をです?」
「あいつ、俺との約束があるから怪我が治っても、アティ先生から離れられなくなっただろ?」
「……!」

 ニ、と意地の悪い笑みを浮かべるナップを見てアティは、自分の顔が赤くなっていくのを隠せなかった。
「うわ、オニビそっくり! 逃げろー」
「ナップ君!」
 あははと笑いながらアールと逃げるナップに、アティは大人気無いと思いつつ彼のあとを追いかける。

 星の海の下、三人の密約が交わされた日の事である。

サモンナイト3でアティとナップの場合の話。
因みにこの世界にはレックスは居ません。
サモンナイトだと男女揃って生徒も四人てのが夢の醍醐味だとは思うんですが。私では彼等を書き分ける技量も、その子達全員の見せ場を作る気力もないのでゲームと同じ、基本的に先生一人に対して生徒一人、でやってみました。
アティで初めてプレイしたときの生徒がナップでした。

余談:ナップがどうして存在しないはずのベルフラウのオニビを知っているのか、というのは、アティが持ち込んだ「召喚辞典」の鬼妖界のページにそれがあった、というのは・・・、どうですかね?

更新履歴:2009年01月31日(拍手再録)