秘密の花園

 ――この島は、ニンゲンは絶対に入ってこれないらしいから、ニンゲンの世界の街で暮らしているよりは安全だよ。

 その話を聞いたのは、いつだったか。
 実際、その話の通りだった。ニンゲンの世界にあって、しかし、ニンゲンが入り込めないというこの島で暮らしているぶんは、その安全が保証され、メイトルパに似通っているこの島では作物がよく育って食べ物にも困らないし、村の掟を真面目に守っていればそう酷い目にあわない。
 この島は確かに楽園と呼ぶに相応しい場所だと、浮かれていたのに。

 ――ニンゲンどもが、この島の宝を狙って攻めてきた。戦える奴は、戦いに出ろ。ニンゲンに遭遇したら、遠慮はいらん、その力で叩き潰してやれ。

 そう、護人でもあり村長でもあるヤッファから通達があったのは、いつだったか。
 実際、その話の通りだった。海にはいくつかの船があって、ニンゲン達はそこからやって来て、島を荒らしていった。
 一つは、海賊。もう一つは、帝国軍。どちらもニンゲンの中では相当な力を持っているらしい。
 ヤッファの言う通りで、ニンゲンに遭遇すれば最後、この力を持って相手に向かっていくしかない。そうしなければ――そうする事で、身を守るのだ。小さい頃にそう教わり、ニンゲンの男を一人ひねりつぶせるぐらい戦える自信はあった。

 しかし。

 しかし、その力を戦いに使いたくはないと思っている。


 私は、メイトルパの亜人では珍しい事に、争い事が嫌いだった。



 マルルゥの住処である秘密の花園は、その争い事から逃げる場所として重宝した場所だ。

「此処、使わせてくれる?」
「ふわふわさんなら、問題ないですよ」
「ありがとう」

 マルルゥに礼を言って、花園の中に設置されてある白いブランコに腰かける。
 因みに「ふわふわさん」はマルルゥが考えた、私のあだ名である。多分、私の金色の髪がふわふわしているせいだと思う。
 腰まで届くふわふわの金の髪に、赤い瞳。オルフルの特徴である獣の耳に、鋭い爪、髪と同じく金に輝く尻尾。私の姿から「豹」を想像するニンゲンも多い。
 今度は私が、マルルゥに聞いた。
「マルルゥは、どうするの」
「マルルゥは、シマシマさんについていくです」
 マルルゥは胸を張って自信たっぷりにそう、答える。
「そう、気を付けて」
 私は、これからヤッファを援護するために戦場に向かうと意気込むマルルゥを見送る。
 と。
「はいです。あ、ふわふわさん」
「何」
「シマシマさんが、好い加減、戦いに出てくれと話していましたです。シマシマさん、オルフルのふわふわさんが戦いに出てくれれば、ニンゲン達の戦いも有利になるとも言ってましたです」
「……」
 そう。
 私の種族は、戦闘が得意のオルフルだ。
 マルルゥの言うように、私一人が戦場に入れば、その戦況は一変するだろう。
 でも。
「私は、ニンゲンとの戦いに出る気はない」
「どうしてですか」
「戦うのが、嫌いだから」
「どうして、戦うのが嫌いなんですか。オルフルは、メイトルパのどの種族の中でも、好戦的なはずですけれど。シマシマさんもそれを思って、ふわふわさんに声をかけているです」
「……さあ、どうしてかな」
 私はマルルゥより、ニンゲンより鋭く伸びているケモノの爪を見詰める。ケモノの爪は、ニンゲンを傷付けるには十分な武器になる。
「……」
「……」
 沈黙が続く。
「……マルルゥ、そろそろヤッファの所に行けば?」
「……ふわふわさんなら、シマシマさんの役に立ってもらえると思ったんですけどね。仕方ないです」
 はあ。マルルゥにしては盛大な溜息を吐いて、未練がましく私を見ながら、秘密の花園を出て行った。
 マルルゥは、ヤッファに私を引っ張って来るように言われてるんだろうけど。

 ……。

 ああ、マルルゥの花園は、外の戦いが嘘みたいに思える静かな空間で、日差しが丁度良く降り注いで、気持ちが良い場所だ。

 私は、ニンゲンとの戦いが終わるまで、眠りにつく事にした。


「……ん」

 一体、どれぐらい眠っていたのだろうか。
 空を見れば、もう真っ暗だった。
 ニンゲン達との戦いも終わっているだろう。
 そろそろ、帰るか。
 背伸びをして、起き上がった。
 と。

「あれ、こんな所にメイトルパの亜人が――オルフルが居るなんて、聞いていなかった」
「!」

 これはニンゲンの声だと、瞬時に分かった。
 突然のニンゲンの侵入に身の毛が立った。全身が、ざわつく。
 どうして。
 マルルゥがニンゲンを此処に入れるとは、信じられなかった。
 マルルゥは、このニンゲンにやられたとでもいうのか。
 あのマルルゥが?
 ヤッファは、何をしている?
 考える前に体を動かせと、本能がいう。
「待って、俺は、」
 目の前に居るニンゲンは戦闘態勢に入る私を見て、慌てて両手をあげる。
 ニンゲンは、腰に、剣を持っている。
 戦う理由は、それだけで十分だと思った。
「ガアアッ」
 鋭い爪を、ニンゲンに振り下ろす。
 ニンゲンでも剣を装備しているし、その剣を使ってこれぐらいの攻撃、かわせると思った。
 それなのに。
「っ!」
「!」
 ニンゲンは剣を使わず、私の攻撃を直に受けた。
「う……」
 ニンゲンの腕に血がにじんだかと思えば、その場にしゃがみこんだ。
 私といえば。
「何で!」
「え?」
「何でその剣を使わなかった! その剣を使えば簡単に避けられたのに!」
「そうだね。だから、剣を使わなかったんだ」
 ニンゲンは襲って来た私を非難するどころか、にっこり笑ってそう答える。
「は? 言っている意味が、分からないんだけど。説明してくれる?」
「ちょっと待って、それを説明するのは傷の手当てをしてからだ」
 言ってニンゲンは鞄から薬と包帯を取り出すと、傷口に薬を塗ったあと、慣れた手つきで腕に包帯を巻いていく。
「こんなもんかな」
「……」
 ニンゲンは自身の手当てが終わると、あっさりと立ち上がった。
 ……なんなの、このニンゲン。
「そうだ。俺の名前は、レックスというんだ」
「え?」
 ニンゲンに呆れていると、そう話しかけられた。
 レックス?
「俺の事情を君に話すにも、お互いの名前を知らなければ始まらないだろう?」
「……ああ、そういう事ね」
 それもそうだと納得したので、私もニンゲンに名前を明かした。
「私の名前は、メノウよ」
「メノウか。うん。覚えた」
 ニンゲン――レックスは自分の頭に指を添えて、言った。
「さっきの続き。どうして俺が、君の爪を受け止めたのか、それの説明するとね」
 レックスは呆れかえる私に構わず、剣を取らなかった理由の説明を始めた。
「俺は、オルフルの君が侵入者の俺に対して手加減してるっていうのが分かったから、剣を使わなかったんだ」
「どうして私が手加減してるって、分かったの」
「リーダーでもあるヤッファが人間相手に必死に戦っているというのに、更に言えば戦闘が得意なオルフルだというのに、それには参加せずにこんな所に居るから」
「……」
 それは実に説得力あった。
「それからね」
 レックスは、優しい微笑みを向けて、言った。
「君と話をするには剣を取るより、それを受け止めた方が良いと思ったんだ。実際、こうやって会話出来てる」
「……」
 確かに剣を取って戦うより受け止める方が、効果あったのは事実だ。
 私は自分の鋭い爪を見詰める。
「……これで脅せば、あっさり出て行くと思ったのに」
「そうだね。普通の人間なら、君の姿を見るだけで逃げていくさ」
「……」
 優しそうに見えて、意外とはっきりと厳しい事を言うな。
「そうでもあなたは、私を見ても恐がらないし、逃げもしない。どうして?」
「俺は、ある事情で召喚獣と接する事が多くてね。そこで慣れてるから。それに君の姿は、恐いうちに入らないよ」
「……」
 私は顔を上げると改めて、ニンゲンと向き合う。
 赤い髪に、青い瞳。……見た目は、弱いニンゲンだと思ったんだけど。
「マルルゥとヤッファは、どうした? まさか、ニンゲンにやられた?」
「ああ。マルルゥとヤッファなら、帝国軍に初めて勝利したのを理由に、カイル――俺の仲間達と酒盛りしてるよ」
「は?」
 マルルゥだけならまだしも、ヤッファまでニンゲン達と酒盛りだって?
 レックスが頭をかきながら話した。
「ヤッファは酒が強いらしくて、鍋が終わってもまだ飲んでる。マルルゥはヤッファから離れなくてそのせいで、酒の臭いで目を回して休んでる。俺も酒は強い方だけど、ヤッファとスカーレルに付き合うほどじゃないんで、此処まで逃げてきたというわけ。ああ、ヤードもあそこまで強いとは思わなかったけれど」
「待って、話が見えてこない」
 レックスはマルルゥの花園まで来た状況を説明しているようだが、それを聞いてもピンとこないで少し、混乱している。
 あのヤッファとマルルゥが、あっさりとニンゲンに懐柔されている場面が想像つかないせいで。
 今度はレックスの方から私に質問してきた。
「君は、ヤッファの村の娘じゃないのか? それとも、はぐれで、そこから外れているのか」
「私は、はぐれじゃない。ヤッファの村の娘で間違いないわ。でも私は、ヤッファから、ニンゲン達に関して詳しい説明を聞いていない」
「何故」
「ヤッファは、戦闘に参加しない奴に事情を話す必要は無いと言っていた。多分、それ以外でニンゲンと関係を持つのを嫌ったせいでね。私もそれでよくて、必要以上にニンゲンに関わる気はなかった。……あなたが此処に入ってくるまではね」
「なるほど。それはヤッファらしいし、此処にオルフルの君が居る理由が何となく分かった」
 私の説明を聞いたレックスは瞬時にそれを理解し、納得しているようだ。
「しかし、君の見た目からしてその種族は、オルフルじゃなかったかな。戦闘種族のオルフルが戦闘に参加しないのも珍しいな」
 レックスは興味深そうに、ジッと私を見詰める。
 レックスのその青い瞳は何もかも見透かしているようで、おまけに顔が良いぶん、気恥ずかしくもあってそこから目を逸らした。
「……私は、戦いは好きじゃない。戦闘種族のオルフルだからといって好戦的だと思うのは、ニンゲン側の勝手な思い込みでしょう」
「そうか、それはすまなかった」
 ……。
 思い込み。そう言えば同じ種族でも「それはアンタだけだ」と反論がくるのだけれどね。
「何で、あっさり謝るのよ。さっきも――私の爪を受け止めた時も思ったけど、あなたの方もニンゲンにしては変わってると言われない?」
「あはは。それはよく言われるね。俺も、人間にしては変わってる方だって」
「……」
 調子が狂うのはレックスのせいか、それとも、私の方が調子が悪いのか。
 それよりも。
「マルルゥはともかく、あのヤッファが、あなたのようなニンゲンに屈しているとは思わない。どういう手を使った?」
 この時の私は、目の前に居るレックスの力の源に気が付いていなかった。召喚師が召喚獣を強引に服従させるような秘術を使っているものかと、それこそ思い込みで、彼を睨みつけている。
 しかしレックスは私の睨みもものともせず、あくまでも冷静だった。
「ああ。そうだった。君に、俺達の話をしなくてはいけなかった」
 一息。
「でも、良いのか?」
「何が?」
「君は、俺達、人間に関わる気が無いと言った。しかし、俺達の話をすれば人間に関わる事になる。それは良いのかと思って」
「あなたが此処に居る時点でもう、ニンゲンに関わったも同然じゃない?」
「……そうだね。俺が此処に居る時点でもう、人間と関わった事になるか。そうなら、俺達の事情を明かしても問題無いかな」
 レックスは私に参ったように笑って、彼等がこの島に来た理由を明かした。


 私はニンゲンから、彼の事情、そして、外から来た侵入者の正体を聞かされた。

 海賊と帝国軍、レックス。彼等を結ぶもの。それが、魔剣だという。

「俺は、海賊の襲撃で海に投げ出された生徒を守るために、力が欲しいかと呼びかけて来る、魔剣の声に応じてしまった。その時の俺は、魔剣の正体に気が付かなかった。単純に、俺は海に沈んでもいいから、俺の生徒を助けて欲しいと、それの力に頼ってしまったんだ」

 レックスは深い溜息を吐いて、魔剣を手にしたのは、単純に生徒を守りたいだけだったと、弁解する。
 ……レックスのその、生徒を守りたかったという想いは、本物だろう。
「まさか、俺の魔剣のせいで、海賊達と帝国軍がこの島を荒らしてくるなんて、夢にも思わなかったんだ。この事態を招いたのは、俺のせいだ。すまない……」
 レックスは深く、頭を下げて来た。ここで私がそれに応じなければ、土下座でもするような勢いだ。
「……どうしてそこで、あなたが頭を下げて来るの。前も思ったけど、簡単に謝るのはどうかと思うけれど」
「俺の魔剣のせいで海賊達が来て、それで帝国軍も来てこの島が荒らされて、君達の平穏な生活を壊してしまったんだ。そのせいで君も、此処まで追いやられている。全部、魔剣を手にした俺のせいだ……」
 レックスは肩を落として、沈み込む。
 ……私と対峙した時の勢いは、どこにいったのやら。
「全く。これだから、弱いニンゲンが嫌いなんだよ」
「え?」
「あなたは生徒を守りたくて、魔剣に頼ったのよね」
「それは、間違いないけれど……」
「それなら別に、島が荒らされるのは、あなたのせいじゃない。あなたの話を聞く限り、元は帝国軍から魔剣を盗んだ海賊達が悪いんじゃないの。それに、そこで嵐にあったのは、あなただけじゃないでしょう。その状況では、あなた以外にも、魔剣を手にする可能性はあった。それが帝国軍の誰かに宿っても、海賊の誰かに宿っても、おかしくなかった状況だった。総合的に考えれば全部が全部、あなたのせいじゃないと、思う」
「……あ」
「弱いニンゲンは、全部、自分のせいにしてしまうから嫌いなんだよ。自分が全部悪いと思い込んで、カラに閉じこもる。あなたもそんな弱いニンゲンなの? そんな弱いままで、話に出て来た生徒を守れるわけ?」
「君は……」
「何」
「いや。君の話は説得力があって、おかげで肩の荷が下りた気がした」
 レックスは自身の手で肩をならしながら、笑う。
 そしてレックスは、真っ直ぐ、私を見詰めて来た。
「俺は、君が思うような、弱い人間じゃない。俺は俺の運命を嘆くより、それを受け入れて、魔剣は帝国軍や海賊達のためではなくて、生徒を守るために使おうと思っている」
「そう……、それならあなたはもう、弱いニンゲンじゃないわね」
 私はレックスが気を持ち直したのを見て、笑った。
「……メノウ」
 と。
 何を思ったのかニンゲンが、私の自慢の髪に触れているのが分かった。
「!」
 それに気が付いた私はそこから飛びのいて、ニンゲンと距離を取る。
「な、何?!」
「ああ……、触られるの、嫌だった?」
 レックスの方は、酷く落ち着いた様子でそう言った。
「べ、別に嫌じゃないけど、いきなり、何」
「いや。君の髪、ふわふわで、気持ち良さそうだなと思って」
「そ、それはもう、自慢の髪だもの。触りたいと思うのも、分かる」
 私は自慢の髪をいじりながら、自慢げに答える。
 レックスは目を瞬きさせて、私を見る。
「そうなの?」
「そうよ。村一番の髪だって、その髪が羨ましいって、村の娘達から言われるぐらいにね」
「それなら、その髪に触らせてくれないかな? その自慢の髪以外でも、耳と尻尾も気持ち良さそうだから、その触り心地がどういうものか、興味あるんだけど」
「……駄目よ」
「どうすれば、メノウに触らせてくれるの?」
「私に触れるのは、そうね、一度でも私に勝った事があるニンゲンだけ」
「一度でも君に勝った人間だけ? それはつまり、君と戦うという意味?」
「そうよ。それ以外でニンゲンに髪に触らせるなんて――私に触れるなんて、とんでもない」
「それは、参ったな」
 レックスは本当に参ったように、呟いた。
 何が参ったのか、今の私ではそれを理解出来なかった。
「あなたが私に勝負を挑んで、私に勝ったら良いという、単純な話よ。私は、ニンゲンの召喚師が使う手を提案したまでよ。……魔剣を持っているあなたなら、それも難しくないでしょ?」
「……、魔剣の力をそういう事に使うのは、間違っている」
 レックスは私を前にしてハッキリと、そう言った。……やっぱり、ニンゲンの中でも変わってるな。
「ニンゲンの召喚師であれば、力に物を言わせて私達を服従させた方が早くないかしら」
「俺は召喚師じゃない」
「でも、剣を持っている。それが魔剣の正体というわけでもないでしょう。その剣はニセモノ?」
「……いや。これは、俺の剣だ。これで、帝国軍相手に、戦っている」
「そう。剣を持って戦うなら、それと同じ事よ。ニンゲンで戦える者は、その力を試したくて――その力で私達を服従させたくて、私達に勝負を挑んでくる。私達も、そのニンゲン相手には、手加減しない」
 一息。
「それで負ければ私の力不足ね。私はニンゲンの力を認めて、ニンゲンの言いなりになってあげる気でいる。ニンゲンが力試しするには丁度良い存在ね。これでレックスも、私に触りたい放題できるわよ?」
「……そうかい」
 それでも。
「それでも俺は何があっても、メノウと戦う気はない。そんな事でメノウに触れても、虚しいだけだ」
「……それなら必要以上に私に触れてこないで。私は、私に勝負を挑まないあなたを認めない」
 それでも戦う気が無いと言い張るレックスを拒絶するよう、そこから顔を逸らした。
 これで、レックスも諦めると思った。
 それなのに。
「俺はメノウと戦わずに、メノウに触れたいと思っている」
「……」
「力試し以外でメノウに触れられるようになるには、どうすればいいと思う?」
 私は。
「……力試し以外で私に触れようとするなんてそんなの、無理に決まっているわ。ああ、私を騙したり、驚かせて不意打ちで触れるなら可能と思うけどね、その時は、そんな軽い怪我ではすまないわよ」
 私は鋭い爪をレックスに向けて、脅しをかける。
 レックスは私の脅しに引く事なく、言った。
「俺はメノウを騙したり、不意打ちで触れたりなんてそんな卑怯な手は使わないよ。オルフルの力をなめていけないのも、分かっているしね」
「……そう、それならもう私に触れたいという思いは、諦めてちょうだい」
「嫌だ。力試し以外でその自慢の髪に――メノウに触れたいと思う気持ちは、諦めたくない」
 強い言葉でその気持ちが本物であると、嫌でも伝わる。
 ……どうして。
「ニンゲンの世界で私は――オルフルはそんなに、珍しい種族なのかしら?」
 私には分からないけれど、ニンゲンの世界では、希少価値があるとか?
「いや、オルフルはそこまで珍しくない。帝国軍でもオルフルを使う場面があるし、街中でも見かける事がある」
「それならどうして、私にそこまでこだわるの」
「それは……」
 それは?

「それはメノウがオルフルにしては、綺麗だったから」
「!」

 それは。
 その事実は。
「俺が帝国や聖王国で見かけたオルフルは、女の子でも、見た目が汚い事が多かった。それは人間の召喚師は、召喚獣を――中でもオルフルは、戦場の道具しか考えてなくて、たとえ女の子でもその手入れも、社会的な教育も受けさせず、戦場以外はほったらかしだ。まあ、オルフルという種族が、水が嫌いで、綺麗にするのを嫌がるというのは聞いた事があったんだけど。でも、君は違った」
「……」
「その自慢の髪も、その頭の良さも、俺が見てきたオルフルとはわけが違う。メノウはオルフルでも、召喚師に大事に扱われていたのが分かったから」
「……」
 ……その通りで、何の反論もできずに押し黙るしかない。
「……そういえば、君の召喚師は何処に居る? 多分、力試し抜きにメノウに触れるのに、召喚師と話し合うのが一番の近道だと思ったけれど」
 ……。
「メノウ?」
「……私をこの世界に呼び出した召喚師は今はもう、居ない」
「え」
「私の召喚師は、この島で死んで、もう、この世に居ないっていう意味」
「ごめん……」
「……また、そこでどうしてあなたが謝るの。あなたが私について何も知らなかったんだから、謝る必要は無いわよ」
 私はすぐに謝るレックスに呆れ、しかし、彼を気遣うようにそう話したつもりだったけれど。
「……やっぱり、メノウに触れたい」
 レックスがおもむろに、手を伸ばしてきた。
 私はそれを振り払うよう、彼と距離を取る。
 それを見たレックスがやけにハッキリとした声で、言った。
「メノウの事を、もっと知りたいと思った。召喚師以外の、メノウの事情も知りたい」
「……、私の事情はヤッファにでも聞いてちょうだい」
「それでは、駄目だ。メノウの声で、メノウの話を聞いてみたい」
 ……。
 最初は弱いニンゲンだと思ったけれど、どうやら違うようだ。
 このまま此処に居れば、このニンゲンの術にはまってしまって抜け出せなくなってしまう。
 だから。
「……もう帰る」
「メノウ」
 まだ引き止めようとするレックスに、言った。
「あなたが来る前から、もう帰るつもりだったのよ。あなたと話をしている時間はもう、無いわ」
「メノウは普段、ヤッファのユクレス村に居るのか?」
「そうね。でも、村の中であなたと話すのは、目立つから嫌。迷惑。来ても、追い返す」
「それじゃあ、此処――マルルゥの花園で会うのはどうかな」
「……此処なら、良い。でも、私は、あなた達ニンゲンが、誰かと戦っている日でなければ此処まで来ない」
「そうか……。それならもう少し、帝国軍に頑張ってもらうか」
 最後、レックスは笑って話した。
 そして。
「俺ももう、帰るよ」
「そう。それが良いわ」
 私達はようやく、違う道を歩き出す。
「メノウ」
「何」
 まだ何かあるのか、しつこいニンゲンだと思ったら。
「此処で俺と会った事、秘密にして。村の皆にも――ヤッファにもね」
「どうして」
 どうしてヤッファにも秘密にしろと言うのか分からず、首を傾げていると。

「俺が、メノウを独占したいから」
「!」

 その言葉の破壊力といったら。
「それじゃあ、また」
 私を震わすには十分だった。
 次にレックスは何事も無かったよう、マルルゥの花園を出て行った。

「……何なの、あのニンゲン」

 急に顔が、体温が熱くなるのを感じて、しばらく、そこから動けなかった。

今回の夢ヒロインは、メイトルパのオルフルの娘にしました。
召喚獣のヒロインも面白い、でも、人間に近いシルターン、機械人形では、人間の夢ヒロインと同じになってしまうので外見的にもインパクトのあるメイトルパにしました。
メイトルパ系の亜人は、ユエルやエルカみたいに人間の生活に馴染んでいないのが殆どですが、しかし、その逆、人間の世界に理解ある娘も居るのではないかと思ってこの夢ヒロインで仕上げました。
因みに彼女は、この島にはヤッファと同じように無色の召喚師に召喚されてきたという設定があります。護人達と共通の召喚師ではなくて、別の手段で島に来た召喚師です。

更新履歴:2016年03月01日