これはイスラが忘れられた島に来る前――帝国で暮らしていた頃の話だ。
「待った?」
「……全然」
イスラの前に現れたのは、同じ年齢の少女だった。
イスラは、喫茶店の隅の席に座っていた。少女も気軽にイスラの向かい側に座った。
外を見れば空は晴れていて、穏やかな日だった。
喫茶店にはイスラと少女の二人以外にも何人かの客が居るが、少女は周りを気にせずイスラに聞いた。
「さて、今日、私が此処に来たのは明日の仕事の打ち合わせのためだ。早速、本題に入るよ。良い?」
「ああ。構わない」
「決行は、明日。イスラは、イスラのお姉さんが乗り込む船に便乗させてもらい、そこに積まれてあるもう一つの魔剣を盗んだうえ、自身の力を発動させてあの島への航路を導き出す。此処までは分かってるかしら?」
「分かってるよ。今、そこの窓から見える港で、その準備をしてきたばかりだ。魔剣が積まれてある部屋の場所も、船内の地図を拝借して、把握している」
「その船内の地図は今、何処に?」
「もう持ち主に返したよ」
「書き写したものは?」
「そこまで時間が無かった」
「それで魔剣の保管場所の目星はついているとして、いざという時に速やかにその目的の場所に向かえる根拠は何処に?」
「ここ、僕の頭の中に入ってる」
「さすが。軍用ではなくただの客船でも、船内の地図を何の制限もなく持ち出せるなんてレヴィノス家でなければ、できない技だ。更には数分の間にそれを記憶するなんて、イスラしかできない」
少女――彼女は溜息を吐いて、イスラを称える。
それから彼女は、イスラの前に置かれてある苺パフェに注目する。
「イスラが私達のためにここまで分かってやってくれるなら、私もそれ以上に言う事はないかな。それで、此処の喫茶店、何かオススメある?」
「……知らない」
「それじゃ、イスラと同じ苺パフェを頼もう」
彼女は言う通り、イスラの前に置かれていた苺のパフェを注文した。
彼女は注文した苺のパフェが来るまでの間、何気なく言った。
「さっき、イスラのお姉さん――アズリアさんに、会った」
「……何処で?」
「そこの窓から見える港。君のお姉さんが、明日に使う船の荷物や人数確認のために、何人かの隊員を引き連れて港でその打ち合わせをしていたよ。それを目撃したってだけ」
「姉さんに会っただけで、会話なんかしていないのか」
「さすが帝国軍の部隊長というか、関係者以外を寄せ付けない威圧感があって近付けなかった。ただの一般人が彼女と会話なんて無理、無理」
「……そうか」
「あれじゃあ、男も寄り付かないんじゃないの。美人なのに、もったいないよね」
「……」
彼女は冗談っぽく笑うが、イスラは笑えなかった。
イスラは、自分の病気のせいで姉の幸せを奪っているのを分かっていた。
彼女はテーブルに肘をついて、イスラを見詰めて聞いた。
「……ねえ、イスラの理想の女性って、アズリアさん?」
「何で姉さんなんだ」
「軍の中で一番強くて一番格好良くて、何より、一番美人じゃない。あんな完璧な人、中々居ないわ。イスラのお母さんも美人でしょ。それで二人がイスラの理想の女性じゃないかと思ってね」
「……、確かに母さんや姉さんは美人だと思うけど、僕の理想とは少し違う。二人は、僕の理想とはかけ離れているかな」
「へえ。『私達』に会うまで寝たきり状態で外の世界を知らなかったイスラの事だから、女性といえば、お姉さんとお母さんしか知らないと思ったけど」
「君のその失礼な物言いと態度は、僕の理想の女性像からだいぶん外れているね。すれ違っても目もあわせないくらいだよ」
「はは、イスラも手厳しいね。でも興味無いと言いながら、どうして私とこうやって話してるのかな」
「……例の島に行く前の打ち合わせのために、オルドレイク様が、君を此処に――僕の前に派遣したんじゃなかったのか」
「そう、そうだったわね。私達は帝国軍に奪われ、保管されたというもう一本の魔剣を取り返しにきたのよ。それから、もう一度あの島に行く計画もある。私達――無色の派閥が率いる船があの島に行くには、魔剣の発動が必須条件だ。魔剣の導きであの島の航路を見付けられるし、その力で島の結界を破る事も可能らしい。それを実行するには、魔剣の適格者である君しか叶わないから、私が――イスラの友達として気軽に話せる私が、此処に来るのに相応しいと、選ばれたんだった」
「そこも訂正してくれ」
「訂正? どこか訂正する箇所はあったかしら」
「とぼけるなよ。気軽に話せる友達という所を訂正してくれと言っている。僕と外で会うのにオルドレイク様の計らいで、もし、軍の関係者か、僕の家族に目撃されても『ただの友達』であると言い訳が出来るような年齢の近い人間を選んだだけだろう」
「……、私の方は本当に友達と思ってくれても良いんだけどね。そうだ、私をイスラの彼女の一人としてアズリアさんに紹介してくれても良いわよ」
「冗談言うなよ。君の方こそ、自分の立場を分かってるのか」
「分かってるよ。無色の派閥の召喚師の小隊を率いる隊長だっていう事くらいね。君のお姉さんと同じ立場だけど、お姉さんが率いる隊と規模が段違いって事も」
「……、それでも僕とそう変わらない年齢で隊を任せられるのは凄い話だよ。特に無色の派閥では、オルドレイク様に特別扱いされる存在だ。君は、オルドレイク様――いや、セルボルト家に仕える家系だから、元から特別扱いを受けているな」
イスラの言う通りで、彼女は、無色の派閥の中でもオルドレイク個人ではなく、ツェリーヌのセルボルト家に仕える家系である。
彼女はそれを隠すわけではなく、むしろ、誇らしげに、胸を張ってイスラに聞いた。
「そう。私は、セルボルト家に仕える身で、一番、信頼されてもいる。イスラはツェリーヌ様に特別扱いされる私が、羨ましい?」
「……別に。僕は、僕を助けてくれたオルドレイク様の恩を返すために、今回のもう一本の魔剣を奪い返す作戦と、島の襲撃作戦に参加したに過ぎない」
「恩返し、ね。……恩返しのために、そこまでするのかって思うけど」
「何だよ」
「別に、何でもない。そうそう、一つ、気になる事がある。それもイスラの耳に入れておきたかった」
「何」
「海賊が――私達から一番最初に魔剣を盗み出したという裏切り者を匿っている海賊が、イスラ達が乗る船に目をつけているらしいから気を付けて」
「君達が大切に保管していた魔剣を最初に盗んだのが同胞であるとは聞いていたけど、それを匿ったのが海賊だって?」
「私も事の経緯はよく分からないけど、無色の派閥が――いや、セルボルト家が雇ってる赤き手袋の調査によればそうらしいよ」
「しかも、その裏切り者が海賊達の手を借りて、帝国軍がそこから奪い取った魔剣を取り返しに来るだって?」
彼女は意外だと首を振るイスラに、顔を近付け、笑う。
「魔剣は、帝国はもとより、召喚師の総本山である聖王国はもちろん、旧王国の連中も欲しがる力の象徴だ。帝国軍と聖王国は『危険物の保管』という名目で魔剣を欲しがるが、実態は私達や旧王国の連中と変わらず、それを国の切り札として使いたいんだよ。それだから裏切り者が魔剣を餌にすれば、一生暮らせるだけの大金が手に入るだろう。人間、金が絡むと人が変わる。イスラはそれを身を持って知ってるんじゃないのかい?」
「……、確かに僕はレヴィノス家の中で、金の力だけで、人が変わったようになるのはよく見ているさ。しかし、一番最初の裏切り者が金銭目的で、帝国軍の魔剣を取り返しに来るのか? 海賊達がその金目当てに動くのは分かる気がするけど」
「うん。海賊達は金目当てで、一番最初の裏切り者が別の目的があっての事かもしれないというイスラの見立てはあってると思う。……多分、裏切り者の一番の目的は島に関するものじゃないのかな。あれは――島の実験場については、帝国でも極秘中の極秘事項であって、イスラの件がなければ軍の幹部であるレヴィノス家も、知る事はなかった。あの島については蒼の派閥の連中だって、知らない話だからね」
「僕からすれば、一番最初の裏切り者の目的が金銭目的より、島の実験場に行きたいという、そっちの話の方が理解不能なんだけど」
「私は、裏切り者の気持ちが、理解できると思うかな。だって、あの島の実験場は、召喚獣を研究する人間にとっては、蒼の派閥の連中も欲しがる宝の山だ。私の親もその実験場に関わっていたけど、できるなら、もう一度、あそこに戻りたいとも話していた。人間の手を介さず、例の装置でやってきたという召喚獣のその後も魅力的だ。元でも、その探求心は無色の派閥らしいというか、なんというか」
「……」
「あ、やった、苺パフェ来た」
ここで注文していた苺パフェが、彼女の前にも置かれた。
彼女は一度話を中断し、イスラから離れ、パフェにあるクリームをすくいあげて、一口。
「んー、苺の果汁とクリームが混ざってて美味しい。イスラは美味しいもの、よく知ってるね。さすがはレヴィノス家だねえ」
「……、レヴィノス家ではなくても、苺のパフェが美味しい事くらい、誰でも知ってるよ」
イスラは本当に苺のパフェを美味しそうに食べる彼女を見て、苦笑する。
苺パフェにとろける彼女を見れば本当に十代の女の子で変わりない。
「こうやってイスラと苺パフェを食べていると、本当にイスラとデートしてるみたいね。アズリアさんと同じで、美人のイスラとデートも悪くないかも」
「……その笑えない冗談は、止めてくれ」
でもイスラは、彼女が普通の十代の女の子ではない事くらい、知っている。
彼女の正体を知れば、その冗談は最悪だ。悪夢だ。
「セルボルト家に仕える君の家は、彼等のやり方に反対意見を述べたり、噛みついてきたり、そういう具合に敵対する反逆者と分かれば、本家に代わって執拗に追い詰めて聞くに耐えない残酷なまでの処刑もやってのける事で有名じゃなかったか。あの島での実験場でも君の親が、抵抗する召喚獣相手に、活躍したと聞いている。君の家を知れば、その事実を聞けば、君と付き合うなんて狂気の沙汰でなければできない」
「……そうね。私の家は、セルボルト家に噛みつくような反逆者が出ればそれを追いかけて追い詰め、処刑する役目も買って出ていた。でも、同じく魔剣に興味があるのかそれを目的にした赤き手袋が現れてから――赤き手袋のあの女がオルドレイクに取り入ってからは、私達の出番が減ったのよ」
彼女は赤き手袋の『あの女』を思い浮かべたのか、悔しそうに、ギリ、と、歯ぎしりをする。
そして彼女は、苺パフェにのっている苺を容赦なく、フォークで突き刺して言った。
「一番最初に魔剣を盗んだ裏切り者もあの女の不手際で逃げられたのに、その尻ぬぐいを私達がやってるのよ! 赤き手袋の失態をどうして私達が補わなければいけないのよ!」
「……」
「全く。ツェリーヌ様もツェリーヌ様よ! オルドレイクが連れて来た汚らわしい女なんて、いつもの術で追い返せば良いのに、『主人のためになるなら』と言って、受け入れてるんだから」
「オルドレイク様とツェリーヌ様の二人、外では夫婦として認められているけど、二人の本心はどうか分からないよね……」
「そうね。外では二人は素敵な夫婦だと認められているけど、オルドレイクの手癖の悪さは本家のみならず、分家の私達の間でも有名なのよね。ツェリーヌ様も何か考えがあってあの赤き手袋の女を本家に招いているんだろうけど、それが分からないうちは私でも手が出せないのは悔しい。いつかあの女が本性を見せた時、私達の恐ろしさを分からせてやるんだから」
「……」
ヒヒ、と、笑う彼女の背後に怒りの炎が見えたのは気のせいではないだろう。
彼女の怒りはイスラも、分からないわけでもない。
長い間、主に仕えて来たというのに、一人の女に全てを持っていかれる、これほど屈辱的な事はないだろう。
しかし、彼女の話を聞けば聞くほど、赤き手袋の女に同情するのはどういうわけだろうか。
「……無色の派閥が赤き手袋を雇ってまで手に入れたというその情報は、信用出来るのかい?」
「……多分ね。あいつらの情報は、確かだ。私が言うのもなんだけど、赤き手袋の拷問の手口は背筋が震えるものばかりだからね。あれは人の業ではできないものだ。多分、赤き手袋の幹部は人間じゃないか、悪魔と契約してるか、そのどちらかだね」
「そういえば、無色の派閥が悪魔やそれ以外の召喚獣と何かと引き換えに契約しているなんて聞いた事がないな。君の家は、悪魔には頼らなかったのかい?」
「無色の派閥のプライドが、それを許さない。悪魔に頼るくらいなら、悪魔を使役してこき使ってやれというのが、うちの方針だからね」
「それは無色の派閥というか、君の家らしいな」
イスラは、彼女の言い分を聞いて、少し笑った。
彼女もイスラが笑った顔を見て、落ち着いた。
彼女はいつもの調子を戻して、イスラに言った。
「海賊がイスラの帝国軍が使う船に目を付けているという事は、最初に私達の宝を奪った裏切り者も乗っている可能性はある。イスラはそれがどういう意味か、分かるかい?」
「……、もし彼等と戦闘になった場合、裏切り者の手引きで僕以外の誰かが、魔剣の力を発動させる危険がある。そして、その使用者が僕達が知らない魔剣の適格者である最悪の可能性も出て来る」
「ご名答。私達は帝国軍に奪われた魔剣を取り返す事と、イスラの力を使って島に行く事を目的としているけれど、それ以外――もう一つの魔剣の適格者が現れてしまえば、私達の計画は台無しになる」
「君はその時に、もう一つの魔剣の適格者が現れると思うのか?」
「そうだね。あの魔剣に選ばれるのは何も、イスラのよう、心が弱い人間だけではないらしい。そして多分、その適格者は私達の裏切り者の仲間であるせいで、私達に敵対する人物である可能性も考えた方がいいね。私は無色の派閥の召喚師であるけど魔剣と魔剣の戦いは正直、勘弁してもらいたい。あれに巻き込まれてしまえば、命の保証はないからね」
「……オルドレイク様かツェリーヌ様が魔剣に選ばれなかったのは、どういうわけだ?」
「さあね。魔剣に関しては、私では分からない。私の家はそこそこ無色の派閥に貢献してきたというのに、何もね」
「……」
イスラはカラになったパフェのグラスを通して、彼女を見詰める。
彼女の姿は揺らめいて、どこか、儚い。
「私は代々続く無色の派閥の家系でセルボルト家に仕えていたのに、肝心な部分は何も知らされていない。まあ、それだから彼等に代わっての裏の仕事も引き受けて来たんだろうけどね。……最初に魔剣を盗んだ裏切り者も、何かを知り過ぎて、無色の派閥を裏切ったのかな」
「多分、その可能性が高いんじゃないか。世の中には知らない方が良い事だって、たくさんあるからね」
「イスラは魔剣を手にして、知りたくない事を知ったの?」
「……さあ、どうだろうね」
カラン、カラン。彼女がスプーンでグラスの底にたまるクリームを取る音だけが、やけに大きく響いた。
彼女はイスラではなくパフェを見詰めて、言った。
「イスラは、立派だと思うよ。病気がちでレヴィノス家の後継者候補から見放されたかと思えば、私達を頼って魔剣の力まで手に入れてこうやって外に出られるまでに回復して、その後継者候補に復活を果たしている」
「……、僕は家の後継者候補に手をあげたくて魔剣に頼ったわけじゃない。そこも訂正してくれ」
「それでもね、そこまでして『生』にしがみつくなんて中々出来る事じゃないよ。私達が拷問にかけてきた人間達は、私達に捕まった時点で全てを諦めてそれを受け入れていた。イスラのそれを、私も見習いたいね」
「……僕は、君がそこまでしてパフェのクリームを全部取ろうとしているのも見習いたいものだよ」
イスラはスプーンでグラスをかきまわしたり、傾けたり、ふちについたクリームを絡め取ったりして、わずかなクリーム一つを見逃さないで食べる彼女を見て、顔を引きつらせる。
しかしその姿が下品に見えず、上品に見ていられるのは、そこはさすが無色の派閥のお嬢様か。
「私ね、欲しいものは何でも手に入れないと気が済まない性格なの。ここのパフェ美味しいから、クリーム一滴も無駄にしたくない」
「それはそれは、無色の派閥らしいな」
最後、彼女は底にたまっていたクリームをスプーンですくいあげ、本当に、一滴残さず綺麗に食べ切ったのである。
見ていて気持ちが良いくらいに。
彼女はカラのグラスを指でつつきながら、言った。
「さっきの続き。私は、イスラの生にしがみつこうとしているその揺るぎのない思いを、買っている。私は、もし、イスラが魔剣の力で何かを知り過ぎて、それに畏怖し、結果、海賊に匿われた裏切り者と同じように私達を裏切っても、裏切りとは思わず、見逃してあげるわ」
「……それは僕を泳がして、いざとなれば首を切るという事か?」
「イスラが私達を裏切ったのが分かった時、ツェリーヌ様がその処分をどうするか、それは私が判断出来る事じゃあないけど、でも、私はイスラを執拗に追いかけて処分する側には回らないってだけ」
「それで君の立場が危なくなってもか?」
これは、イスラなりの挑戦のつもりだった。
彼女も自分の家や自分の立場を考えれば、あっさり、自分を捕まえる側に回るだろう。イスラはそう思って、彼女に聞いた。
しかし、彼女は。
「そうね。私は、海賊達の戦いに勝って無事に島についてそこで何かあっても、イスラの味方になってあげるわ。それでイスラがどこまで生きていけるのか、この目で――出来るならその隣で、見てみたいもの」
「……」
彼女の言葉は、その想いは、その心は。
「って今の、何か、イスラの彼女っぽい発言だったかしら。こういうの、イスラの彼女じゃないと中々言えないよね」
「……」
彼女は照れ臭そうに、くすくす笑う。
「僕は」
「あー、今の、忘れてくれて構わないから! イスラの迷惑だったら迷惑だと――」
「――迷惑じゃ、ない」
「イスラ」
イスラは身を乗り出して、彼女の細い手首を掴んだ。
彼女はイスラが手ではなく、手首を掴んだ所に注目する。
「……ここで私の手を握らない所がイスラらしいんだけど」
「……」
「私の今の言葉が迷惑じゃないというのは、期待していいのかしら」
「……その意味は、自分で考えたら」
「それなら、良い風に受け取るよ」
「……」
イスラは溜息を一つ吐いて、彼女の手首を解放して離れた。
ああ、どうしても彼女の方が一枚上手だ。イスラは、彼女に負けっぱなしなのが悔しかったがそれは表に出さずに冷静に応じている。
そして。
「……仕事の話だ。海賊の襲撃はなく無事に島についたと仮定して、その後は君達が来るまで身を隠した方が良いのか、そのまま島の調査に向かうべきか」
「ああ。無事に島についた後は私達の船が来るまで待機を――」
「――待った、その先はもう言わない方が良い」
「何よ、どういうつもりで、あ」
イスラから話を戻してきたのにそれを止められた彼女は不満そうだったが、彼があごで示した先を見て納得した。
そこに居たのは。
「――イスラ、まだ帰ってなかったのか」
「姉さん」
「アズリア・レヴィノス――」
彼女もイスラの姉、アズリアの出現に驚いたように声を上げた。
アズリアの隣には、彼女を慕うギャレオの姿もあった。
イスラはアズリアの方を振り返り、面倒臭そうに聞いた。
「姉さん達がどうして、此処に居るんだ」
「私達が今さっき、明日の準備でそこの港に居たのはイスラも分かっていただろう。休憩時間になったので近くの喫茶店で何か食べようと思って、ギャレオと来たんだ。この店を選んだのは、偶然だ」
イスラはアズリアの説明を聞いて、窓から覗ける港を見た。
「まさか、イスラも此処に居るとは思わなかったよ。用事が終われば、さっさと帰ったかと思った。しかも、友達も一緒か? 私は、見た事のない顔だが」
「私は」
アズリアの視線は、彼女に注がれている。
アズリアのその目は、彼女が何者かを見定めるような目だった。
ここは無難に予定通りに『お友達です』と答えれば良いのか、彼女はチラリとイスラを見て彼に助けを求める。
もし、イスラが助けてくれなかったら『お友達です』と答えて、アズリアにどういう友達かと追及されそうになったらそこから逃げればいいだけの話だ。
最初、此処に来たのは、イスラの関係者に会った時、友達として言い訳が出来るためじゃなかったか。
単純な話ではないか。
単純な――。
「――ああ、その子は僕の『彼女』だ」
「え?」
「えっ?」
イスラの紹介を聞いて、彼女の方が驚いた様子だった。
「何だって?」
「だからその子は僕の彼女だと言っている」
イスラは再度、すました顔で、そう答えた。
アズリアも少し動揺した様子で、しかしさすがそれを表には出さず、イスラではなく、彼女にその真実を問い質してきた。
「君がイスラの『彼女』というのはつまり――、イスラと男女の仲という事?」
「い、いえ、違います。ただの友達です!」
「友達? それでは君は、イスラが此処に居る理由を知ってるのか?」
「はい。イスラが明日、此処から船で旅立つと聞いたので、その見送りに……」
「……そう。君は、そこまで知ってるのか。それでも君は、イスラの彼女ではないと否定するのか?」
「は、はい。それは多分、イスラなりの冗談じゃないですか、ね?」
アズリアに問い質された彼女の方も額から汗がにじみ、落ち着かず辺りを見回し、そう答えるのが精いっぱいだった。
「イスラ?」
「……」
今度はアズリアは、イスラの方を見た。
イスラはアズリアにはそれ以上何も答えず、優雅に紅茶を飲んでいる。
アズリアは溜息を一つ吐いて、言った。
「……、イスラの様子を見れば、君の言う事が本当みたいね。まあ、冗談でも、イスラでもそう言いあえる友達が居ると分かって、嬉しいよ」
「あ……」
アズリアは、彼女に綺麗に微笑んだ。
彼女の方もアズリアの綺麗な微笑みを見て、それに見惚れてしまった。
そして。
「私は、アズリア・レヴィノスという。そこに居るイスラの姉だ。隣に居るのは、副官のギャレオ。よろしく」
「あ、よ、よろしくお願いします。イスラのお姉さんの話は、イスラからよく聞いていました」
「イスラから、私の何を聞いたの?」
「一番の美人で、一番強くて、自慢のお姉さんだって」
「そう、イスラが君にそんな事をね」
「イスラに聞いた通りのお姉さんですね!」
「ふふ、ありがとう」
彼女はアズリアから差し出された手を少し迷いながらも受け取って、挨拶を交わした。
彼女がアズリアとやり取りを終えた後にイスラを見れば、イスラはくつくつと笑っていた。
参った、やられた。彼女は、イスラのやり口を知って顔を引きつらせる。
その間にアズリアは彼女への警戒心が解けると、その視線は今度は二人のテーブルに置かれているカラのグラスに注がれた。
「二人は、何を食べていたんだ?」
「苺パフェです。ここの苺パフェ、凄く美味しかったです」
「それなら私も苺パフェを頼もうか。ギャレオ、空いている席に……」
「あ、席なら、此処、どうぞ」
アズリアが空いている席を探していると、彼女が席を離れてその席を譲ろうとした。
「まだ、イスラと二人で話していたのではなかったのか」
「え、ええと、その、此処であんまり長居する予定ではなかったので……」
そうだ。
此処でイスラと語り合うほど、長居する予定ではなかった。
そして姉の出現も、彼女の予定にはなかった事だ。
これ以上、此処に居てはいけない、二人と――特にアズリアに興味を持たれては、『仕事』に支障が出る。彼女の中で警告音が鳴っている。
「イスラ、私はもう行くから……」
「ああ。分かった」
イスラは元のイスラに戻ったよう、出て行こうとする彼女を引き止めもせず、冷たくあしらうだけ。
本当に期待して良いんだろうか、でも、とてもイスラらしいと思うのは、惚けているのか。
喫茶店を出る時、譲った席にアズリアが座るのが分かった。アズリアと一緒に来た大男の人は、自分のせいでアズリアと離れた席に一人で座って少し寂しそうだったのは可哀想だったかなとも思ったけど、イスラとアズリアが仲良さそうに笑っている姿を見れば席を譲って良かったとも思った。
明日、船に乗れば姉弟水入らずで話せる機会はもうなくなってしまうのだから、これくらいは許されるだろう。
喫茶店を出た彼女は、イスラが掴んできた手首を見詰める。そのせいで火照った体は、外の空気を吸ってようやく冷めた気がした。
海から来る風が気持ち良かった。
明日は、何が起こるか分からない。
でも。
イスラから伝わった熱だけは、忘れないようにしようと思った。