花とミツバチ

 時刻は昼の十二時を過ぎた所だった。此処は公園の中で、今の時間、親子連れや散歩中の老人達が思い思いに過ごしていて、その中で俺は彼女とベンチに並んで座っていた。

 質問。
 俺はどうしてこんな、何の事件性もない、のどかな公園の噴水の傍にあるベンチに座っているのでしょう。

 答え。
 隣に居る女に無理矢理、拉致されたから。

 俺がどうして此処に居るのか、そして俺の傍にどうしてこの人が居るのか。それは至極簡単な問答である。
 彼女が問答無用で部屋で寝ていた俺を叩き起こし、何事かと聞けば「今からデートだ! この私とデートできるんだから幸せ者だなー、お前は」等と言って無理矢理連れ出されたのである。
 彼女が俺の隣で腕と足を組みつつ、煙草を吸いながら座っている。
 俺は彼女とこうして並んでいるだけで幸せで、十分だった。それだから心の広い俺は、彼女の暴挙を大目に見てやれるのだった。
 彼女は目を細めて、公園内ではしゃぐ子供達を見ていた。俺は横目で彼女の顔を盗み見る。彼女は煙草を吸うのに集中しているのか、俺の視線に気付かない。気付いているかもしれないが、彼女は俺の事に関して完全無視を決め込んでいる風だった。
 彼女が傍に居るだけで、俺の日常の世界が非日常の世界へと一変する。
 彼女はそれだけ異質で、異様で、異常だった。
 それでも、俺は。

「……俺は、あなたが好きかも?」

「何で疑問系な訳?」
 俺の言葉を聞いて、彼女が苦笑する。
 びっくりした、まさか俺の呟きを彼女が聞いているとは思わなかった。
 俺の驚きをよそに彼女はシニカルな笑みを浮かべる。
「此処は、私が好きだって断定する場面じゃないの」
「……あんまり、自信無いもんで」
「どうして」
「だって、あなたは――」
 人類最強の、請負人で。
 俺の言葉はしかし、最後まで言わせてもらえなかった。
 彼女が煙草を左手に持ち替えて、俺の口を自分の口で塞いだせいだ。
 それはほんの一瞬の事で、直ぐに体が離れた。
「本当は、舌入れて濃厚なヤツをやりたかったけどな、子供の目があるから止めた」
「……」
 くつくつと笑う彼女は再び煙草を吸い、俺は気恥ずかしくなって俯いた。彼女であれば子供の目が無ければ実際、やっているだろう。……実践済みである。
「どうした、私とキスをするのは初めてな訳でもないだろう?」
「そうなんですけどね。そうなんですけど――、一人の男として言わせて貰えば、此処は俺の方からあなたにキスがしたかった。今日は、これで最後でしょう?」
「……まあ、あんたに譲ってやっても良かったんだけどね、もう少ししたら仕事に行かなくちゃいけないから、急いだんだよ」
 彼女が煙草の吸殻を空き缶に入れて、立ち上がる。俺も彼女にならってベンチから立ち上がった。俺は自然と、彼女と向き合う。
「今度の仕事は、海外ですか」
「……相変わらず察しが良いね。その通り。当分、帰って来れないから」
 俺の指摘を彼女は否定せずに、肯定する。
 彼女の「当分」はこれから一週間以上なのか、それとも半年以上かかるものなのか俺には見当がつかなかった。
 けれども。

「俺は、あなたが帰って来るのをいつまでも待っていますから。そして、次に会った時は必ず俺の方から、あなたにキスをしてやりますよ」

 俺の宣言を、彼女は最初目を見張って驚いていたけど、やがて声を立てて笑い出した。
「これだから、あんたと居ると退屈しなくてすむ」
「……それはそれは、何よりです」
 彼女は散々笑い終わった後、急に真剣な顔付きになって俺に向かって
「仕事が終わって次にあんたに会うのを、楽しみにしてるよ」
 そう言った。
 俺はそれだけで満足して、彼女に微笑んだ。
 それから俺と彼女は公園から抜け出した。
「じゃあな」
 彼女はそれだけ言うと愛車に乗り込みエンジンをかけて発車させ、俺の前から遠ざかって行った。
 別れは実に味気無くあっさりしたもので、恋人同士なのにこれで良いのかと思うと同時に、それが逆に彼女らしいと感じる俺もどうかしているのかもしれない。
 これも戯言か。何処かの誰かさんの真似をしつつ、俺も自分の日常の世界へと戻った。

戯言シリーズの全シリーズを読破した記念の作品。
人類最強の哀川潤を相手にするのは、狐さん以外だといーちゃんでも無理な気がします。
哀川潤は意外にも一般の男を選びそうな、そんな感じがしたのでこれの主人公は「一般人だけども哀川潤の仕事は把握している」という設定です。
タイトルの「花とミツバチ」は哀川潤が花に見えるけれども、彼女の方が実はミツバチだった、という意味があったりします。

更新履歴:2008年04月09日(拍手再録)