夜中、午後八時を回ったあたりだった。
私は廃墟となったビルの中に居た。牛丼屋の袋をさげて。
目的の人物を廃墟の中で発見。私は浮かれて、その人物の名前を呼んだ。
「タカオー、夕飯だよー」
「……うるさい」
私の呼びかけにタカオは素っ気無く応じた。
「ほら、今日は、牛丼です!」
じゃじゃん! 効果音付きで私がタカオに無理矢理、袋から取り出した牛丼のパックを手渡す。フタを開ければ湯気が立ちこめ、美味しそうな臭いが辺りに漂う。
「今日、テレビで牛丼特集やっててさー、食べたい気分だったんだよねー」
「……俺は今、腹が減ってないんだが」
私が今日、牛丼にした理由をタカオに話しながら割り箸を割り、牛丼のフタを開けていただきますと手を合わせて、私が食べる寸前でタカオが衝撃的な事実を吐いた。
「何で。誰かに夕飯、誘われたとか?(タカオに限ってそれはないだろ)」
「違う、欲しくないだけだ。……今、俺に対して失礼な事を思わなかったか」
「いやいや。気のせいじゃないですか」
何でタカオに()の中を読まれてるんだ。私は動揺しつつ、気を取り戻す。
「駄目だよ、ちゃんと食べないと。あ、私がタカオの新妻っぽく、あーんで食べさせてあげようか!」
「……、……、それなら食べる」
随分と間があった後で、タカオは私の提案を振り払うよう、牛丼をがっつく。あれれ、良い提案だと思ったんだけど。
私はタカオの食べっぷりを見ながら、にやける。
「新妻って良くない? 新妻っぽく、行ってらっしゃいのチュウとかしてみたいなー。そんで、新妻っぽくタカオが帰宅した際には、ご飯にするか、お風呂にするか、それとも」
「っうか、誰が俺の新妻だよ。お前、まだ学生で、その上、俺の恋人でもない。完全なる赤の他人だ」
私の全力の妄想を遮るように、タカオが一刀両断する。
「いやまあその通りなんだけど、恋人の部分は納得いってもいいんじゃないの。私が高校を卒業と同時にタカオと晴れて結ばれちゃったりなんかして」
「無理。お前と恋人は絶対無理。百%無理」
「うわ、そこまで全否定しなくても!」
純粋無垢な乙女心が傷ついたわ!
「牛丼を選択するあたり、乙女心も何も無いと思うが……」
「あれ、心で思ってた事がタカオに何で筒抜け? え、ひょっとして私達、知らない間にそれだけ通じ合ってたとか!」
「……お前が心の声を全力で表に出してたせいだろうが!」
「何だ」
少しくらい肯定してくれても良いと思うんだけどなー。こんな可愛い子が傍に居るのに、タカオも勿体無い事するなー。
「……お前、何で俺にかまうんだよ。お前、F.L.A.Gの刃旗使いじゃないのか」
「その通りだけど」
F.L.A.Gのメンバーでもまだ新入りだけどねー。私は笑いながらタカオに応じた。タカオは溜息を吐いて、続ける。
「それで、俺が血の終業式や数々の犯罪を犯して未成年ながら実名も報道されて警察から発砲許可も降りて、此処最近の駅での事件と、NEFTのビルを襲撃してF.L.A.Gのメンバーを何人か殺したのも知ってるよな」
「勿論。あのタカオとこうして晩御飯を食べているのは、自覚してまっせ」
「それだったら何で俺と居る」
どうして。困惑しきったタカオの顔はそそる、と思いながらも私は何でも無い風にその理由を話した。
「タカオが私を助けてくれたから、かな」
そう。あれは、NEFT本社がタカオに襲撃された時の話である。混乱するビルの中で仲間とはぐれた私を助けてくれたのは、何と、タカオ本人だった。
「私はね。F.L.A.Gのメンバーでもまだ新入りで実戦経験もあまり無かったんだよね。そんな時での襲撃事件でしょ。F.L.A.Gの中でも実力者だった永瀬さんがタカオにあっさりとやられた時は、ぞっとしたね。ああ、私もこの若さで殺されるのかって諦めていた。美人薄命って本当なんだなーと、思ってた中だった」
「……」
タカオは呆れていて突っ込む気力も無いのか、私の言葉に否定も反論もしなかった。私はめげずに話しをタカオに続ける。
「その中でタカオはどういう訳か、呆然としていた私を無視して行ってくれたでしょ。私が刃旗使いなのにさ」
「……ただお前に気付かなかっただけだと思うが」
多分、それ正解。私は永瀬さんを盾にして、物の影に隠れて怯えているしかなかったのだから。
それでも。
「それでもさ。タカオは、永瀬さんのほかにあの場にもう一人刃旗使いが居るって、分かってたんじゃないの」
「……」
タカオは答えない。
「タカオが見逃してくれたから、私は此処に居る。それだけ」
「しかし、お前は俺が恐くはないのか」
「全然。今更でしょ」
「お前が刃旗使いである限り、俺がお前を殺す理由にはなるが」
「それだったらタカオは、もうとっくに私を殺してるでしょ。タカオは、無差別に刃旗使いを狙ってやってる訳じゃないって、私、知ってるからね」
「……お前に何を言っても無駄か」
タカオは珍しく苦笑して、食べ終わった牛丼のパックをビニール袋の中へ片付ける。私はまだ半分くらい牛丼が残っていた。相変わらず、食べるのが早い。タカオが立ち上がったので私は慌てて牛丼をかきこむ。乙女も何も無いわな。
そんな私を見て、タカオが呆れている。
「……ゆっくり食べろ」
「でも、タカオがまた何処か行く素振りを見せるから」
「……、俺はお前が居る間は、此処から動かない。いつもそうだろ、忘れたのか」
本当は、動けないのが正解だと思うけどタカオはそう、はっきりと言い切って、私の横に座り直した。ただ単に体勢を整えたかっただけらしい。
私は私でタカオの気遣いが嬉しくて、牛丼をいつものペースで残りを食べ始めた。
私はそんなタカオが好きだと、大声で叫びたい気分だった。
多分、この気持ちは嘘じゃない。刃旗使いと刃旗殺し。いつまで今の穏やかな関係が続くか分からないけど私は、タカオに殺されるのならそれも本望だ、と思い始めていた。