「はい、お待ちどおさま」
「お、相変わらず美味そうッスね」
お気に入りのラノベを読んでくつろいでいた所、彼女から差し出されたのはクリームシチューである。丁度、クリームシチューが食べたい気分だったので、彼女のこの選択に心の中だけで感動する。
遊馬崎は彼女から料理を出される時は、流石に読みかけであってもラノベをしまう。こういう常識は意外と持ち合わせていたり。
「美味しい?」
料理イベントでお決まりの台詞を彼女から言ってきた。
遊馬崎も無難に「美味しいっス」と返事をした。実際、彼女の作る料理は美味い。某ラノベヒロインのようにどこをどう味付けしたらこんな風になるのだという殺人的な料理ではない。彼女は料理の基本に忠実である為、遊馬崎も安心して食べられるのであった。
「ねえ、今、クリームシチューが食べたい気分だったでしょう?」
「え、何で分かったっスか?」
「ゆー君が今、熱心に読んでるラノベで何が食べたいか大体分かるもの」
「ああ……」
遊馬崎は手元に置いてあった電撃文庫を手に取る。その本のタイトルは甲田学人著作の『断章のグリム』である。
「丁度、神狩屋さんが例のタンシチューを食べてた場面がある巻でしょう?」
「ははは、そこを見抜かれると分かりやすいっスね俺も」
彼女にくすくす笑われるも、遊馬崎は悪い気がせずにそれを肯定するように笑い返した。
「でもさ、彼女が神狩屋さんの為に自らの舌を切ってそれをシチューに入れるなんて、究極の愛だと思わないっスか? 俺もいっぺん、シチューに彼女の舌を入れられてみたいっスねー」
「ゆー君。ちょっとシチューの中をあさってみてよ」
「え」
「ゆー君の期待のものがその中にあったりしてー」
「え、マジでさっちゃんの舌千切ってこれに入れてるっスか? そういえば、何か牛肉とは思えない茶色っぽいものがプカプカと……」
遊馬崎がシチューの中からスプーンでその茶色っぽいものをすくってみせた。
彼女がそんな遊馬崎を見ながら言った。
「ネタを明かせばその茶色っぽいのは牛のタンよ。焼肉用の」
「あ、なるほど。牛のタンシチューっスか。シチューに入れる肉といえば普通は牛の塊肉っスけど、牛の舌を使うとは、これはこれで良いアイディアじゃないっスか。さっちゃんも俺の趣味を分かってくれてると思うと泣けてくるっスね」
遊馬崎は彼女に感心しきりである。
「ゆー君さ、私が牛のタンだってネタを明かす前、私の本物の舌がこの中に入ってたら俺も断章持ちになれるかもって多少は期待してたんじゃないの」
「あ、それもばれてるっスか?」
「ばれてる、ばれてる」
そうでも彼女は遊馬崎に不機嫌な態度は取らずに面白がっている。何故なら。
「シチューを作る前に、私も自分の舌を千切って入れてみようかと思ったんだよね。ゆー君が私のせいで神狩屋さんと同じく断章持ちになったら面白そうだって思ったから」
彼女は遊馬崎と同様、あるいは、それ以上にイカれているので心配はない。
遊馬崎も彼女の性質を知ったうえで期待を込めた目で彼女を見ていたのであるから、お互い様だ。
以前、遊馬崎が本気で『異世界に行ける権利と俺と付き合える権利、どちらか一つしか取れないならどうするっスか?』と聞けば、彼女は『異世界に行ける権利!』と答えた。即答だった。その直後に遊馬崎は彼女と真面目に本気で付き合う事を決めた次第である。
門田は遊馬崎本人からその話を何度か聞かされているが、その話を何度聞いても分からない事があった。遊馬崎と彼女の趣味が同じだったから付き合ったというなら分からないでもないが、その質問の時に一番に遊馬崎を選ばなかった女とどうして本気で付き合えるのか今でも疑問らしい。
遊馬崎が門田の疑問を思い出しながら、彼女に聞いた。
「さっちゃんがそれを思い止まったのは何でっスか?」
「んー、私も試してみたい事があったから」
言って彼女は自分の鞄の中からあるものを取り出し、それを遊馬崎に見せた。
「お互いの小指に穴を開けて、その穴にこの赤い糸を通して、私とゆー君を結び付けて欲しいのよ」
あー、そうきたか。彼女の話を遊馬崎は面白そうに聞いている。
因みに『ゆー君』と『さっちゃん』という呼び方も、その赤い糸に関係するラノベが由来だったりする。
「これをゆー君で試さないうちは、私も気軽に死ねないんだよねー」
「うむ。それなら、さっちゃんのタン入りシチューもその赤い糸も当分はお預けっスね。それらの楽しみは後生まで取っておくっスよ」
「それは名案ですな。そう言ってくれるゆー君になら私は『天壌の劫火』で焼かれても構わないわ」
「俺もそう言うさっちゃんになら『パースエイダー』で撃ち抜かれても構わないっス」
くすくす。彼女と遊馬崎は額を近付けて、笑いあう。
この彼女との会話を門田さんに聞かせたら、門田さんはどう思うだろう。遊馬崎はこれだから彼女と真面目に本気で付き合えるのだと、門田に言って聞かせてやりたい気分だった。