まだ若き少年率いる団長――グランが乗り込むグランサイファーには、様々な種族をはじめ、職種、経歴の持ち主がその名前を連ねている。
グランサイファーには貴族や王族は当たり前、この空域では最強と謡われる十天衆や、十二の島を守る十二神将、星晶獣を使役する十賢者、果てには人間と同じ姿をしたもの、あるいは、人間に化けている星晶獣まで出入りしているという。
グランサイファーは、この空域――ファータ・グランデの中ですっかり有名な艇となった。
グランサイファーがとある島に降り立てば「今、島で起きているこの騒動をどうにかしてほしい」という依頼がすぐに飛び込み、またある島に行けば「あなた達の力で暴れている星晶獣をどうにかして」、「戦争のただ中ではあるけど、戦場で捕まったある人物を助けて欲しい」という無茶な依頼もあって、しかし、団長のグランはビィとルリア、そのほかの仲間達の力を借りて、それら全てを何一つ文句も言わずに笑顔で華麗に裁いていくのだった。
グランサイファーは毎日が驚きの連続で、そして、面白い事が起きる。
彼女――新入りのもまた、驚いてばかりの日々を過ごしていた。
は今日も驚く事があって、驚いている。
次の島につくまでまだ時間があるというので、は甲板にテーブルと椅子を持って、部屋にこもって書類整理の作業をしていたグランの息抜きのためにと彼を誘って、お茶を楽しんでいた。
話題は先日、十天衆のシエテがこの騎空団で開いた二十七歳会合での件である。
「白竜騎士団のランスロットさんって二十七歳だったんですか! それに驚きました」
「あれ、はそれ知らなかったのか?」
「全然知りませんでしたよ。ランスロットさん、まだ、十代か、二十代前半とばかり」
「十代や二十代前半で、白竜騎士団の団長が務まると思うかい?」
「……改めて考えればそうですね。でも、この騎空団には十代の若さで団長になってる人が目の前に居るじゃないですか」
「はは、そこをつかれると痛いね」
にずばりと指摘されたグランは、苦笑するしかない。
は指折り数えながら、グランに言う。
「ほかに驚いたのは、同じく白竜騎士団のヴェインさんがランスロットさんよりも年下で、この騎空団の艇長のラカムさんが二十九歳、侍のジンさんが三十代、ソリッズさんが七十超えてるって所ですかね~」
「改めて提出された書類を比べてみると、皆、顔と年齢が一致してないよね……」
そういうグランの手元には、今までグランサイファーの仲間に入ってくれた人物のデータが記された書類があった。
グランは月に一回、騎空団をまとめるギルドに提出するための書類と格闘している最中だった。仲間の間で結婚したり子供ができたり、仲間が属しているこの騎空団以外のほかの団体に何かあればそれの更新もしなくてはいけない。
グランサイファーに仲間が増えたぶん、自然と提出する書類も多くなる。
こればかりは、ほかの仲間達では手が出せず、団長のグランがやらなければいけない事だった。
事務仕事で部屋にこもっていたグランからすればはその話し相手には丁度良くて、自分を外まで誘ってくれた事には感謝している。
は身を乗り出して、グランの手元にある書類を覗き込んで言う。グランは年相応に、彼女が近付いただけでドキドキしたのは内緒にしておこう。
「それ以外で驚いたのは、フュンフちゃんとか、アンチラちゃんとか、サラちゃんとかですかね。護衛のボレミアさんがついてるサラちゃんはともかく、フュンフちゃんとかアンチラちゃんとか子供で大人達に混ざって、十天衆や十二神将の一員になるのって大変そうじゃないですか?」
「でも、二人ともそれに見合うだけの実力者であると認められてるぶん、そこまで大変でもないんじゃないかな。十天衆と十二神将の大人達も、ちゃんと二人を可愛がってるみたいだしね」
「お。さすが、この騎空団をまとめる団長さんですね!」
「いや、僕は自分の思ってる感想を言っただけだから……」
グランの言葉に感心したようにぱちぱちと手を叩くと、に感心されて照れ臭そうに頭をかくグランと。
と。
「グラン、!」
「二人揃って、何話してるんだ?」
二人の席に、ルリアとビィがお菓子を抱えてやってきた。
「先日、十天衆のシエテが此処で開いた二十七歳会合の会議の話だよ。ちょうど、皆から提出された書類の整理をしてたからね」
「シエテさんのそれに出席した人達の名簿を見ると驚く事があったんで、それについて話してたんだよ」
グランとがそれぞれ、ルリアとビィに説明する。
ルリアとビィもグランからその時の名簿を見せられてそれに納得した様子で、うなずいた。
「ああ。シエテさんの名簿見るまで私も、皆さんの年齢がそうだったんだって、初めて知って驚きましたよ」
「皆、顔と年齢があってないもんな。オイラ達も、たまにグランに提出された書類確認しないと、こんがらがるぜ」
ルリアとビィはグランとの説明を聞いている間にテーブルの上にどさっとお菓子を置いて、ルリアはグランの隣に、ビィはテーブルの上に座る。
どっさり。ルリアが持ってきたバスケットいっぱいに詰められたお菓子を見て、これまたは驚く。お菓子はただのお菓子ではなく、その国に行かなければ買えないようなものや、とある職人が作らなければ食べられないような珍しいお菓子もあった。
更に。
「うわ、朝から行列に並ばないと買えないっていう有名店のお菓子もある! ルリアちゃん、そのお菓子はどこから?」
「艇や島を歩いていると、その場所で居合わせた仲間の皆さんからもらうんですよ。も遠慮せずどうぞ!」
「ルリアと歩いていると、グランサイファーの仲間達だけじゃなくて、別の場所で知り合いになったほかの騎空団の皆から色んなもん分けてくれるんだぜ。得だよな!」
「ありがとう。ビィの言うよう、これもルリアちゃんだからこそできる技だよね~」
はルリアから有名店のお菓子を受け取って、それを口に入れて美味しそうに頬張る。
そして。
「私もビィさんも、このお菓子を使って、月に一回の書類整理に追われてるグランを外に出してあげようと思ったんですけど、に先越されちゃいました」
「うんうん。グランは事務の仕事で朝から部屋にこもっていて、大変そうだったからな。はグランをよく見ていて、偉いな」
「いやあ、私はほかの皆さんと違って能力も何にも無い普通の人間なんで、これくらいしかできないから」
持ってきたお菓子をつまみながら少し残念そうに言うルリアと、の観察力を褒めるビィと、ビィに褒められるも謙遜して頭をかくと。
ルリアはの「普通の人間」を強調するのを聞いて、グランと顔を見合わせる。
「が普通……、ですかね?」
「いやまあ、普通にも色々あるからね……」
グランもルリアの疑問に曖昧に答えて、肩を竦めるだけ。
はグランとルリアの「普通」という部分に納得していない様子を見て、不満を口にする。
「何ですか。私は見ての通りのヒューマンで、そうでも、ほかのヒューマンの皆さんのように武器も扱えなければ魔法も何も使えないんですよ! 普通の人間じゃないですか、ね、ね?」
「お、おう、武器も扱えなくて魔法も何も使えなけりゃ『普通の人間』だよな!」
「ですよね!」
「ビィ……」
「ビィさん……」
グランとルリアは、の気迫に押されてあっさりと首を縦に振るビィを見て、呆れている。
そう。
は唯一、このグランサイファーの一員にて、武器も装備できなければ魔法も扱えない何の能力も持たない『普通』の人間だった。
ただ、ある一つの『秘密』を持っている事を除いては。
ルリアは持ってきたお菓子を頬張りながら、を見て言った。
「はそうでも、皆さんのお手伝いをよくやっていますよね」
「そうだね。実際、は掃除に洗濯、お使いにと、皆の雑用をよくこなして、その部分は偉いと思うよ」
「うんうん。オイラ達が艇を出て艇を留守している間も艇をよく掃除してくれてるって、ラカムから聞いてるぜ」
「いや、武器も持てなくて魔法も使えない私にはそれしか出来ないから……」
はルリアだけではなくてグランとビィからもそう評価されて、照れくさそうに笑う。
は武器も扱えなければ術を使えない「普通」の人間ではあるが、雑用は文句言わずにこなしている。
それというのも。
「私、団長さんのおかげで、この艇にただで乗れてますからね。この艇をただ乗りできて新入りは、それくらいしなくちゃ駄目ですよね」
「新入りでも、雑用のおかげで皆からもその信頼を得られているは、別にそこまで遠慮する必要ないと思うけれどね」
「いやいや、そこはきっちりしておかないと駄目ですよ。私がこの艇に乗れているのは団長さんのおかげでもあるし、私をこの艇を紹介してくれた『彼』の顔に泥を塗りたくないですからね」
「……、そうだね。僕達にを紹介してくれた『彼』については、こちらも感謝したい気分だよ」
ははは。は「彼」については気さくに言うも、グランは「彼」との因縁があるのでそう軽い感じに扱えなかった。
「……」
「……」
ルリアとビィの二人はグランとのいう『彼』の間にある微妙な空気を感じていたが、ここは敢えて何も言わなかった。
そして。
「この騎空団は色んな人間が集まってるけど、私と似たような『普通の人間』といえば、メグだよね!」
「呼んだ?」
「メグ!」
「メグさん」
自称『普通の女の子』の代表、メグが現れた!
メグ。と同じ新入りで、アウギュステを愛するあまり、アウギュステを守る女戦士となってこのグランサイファーの一員になった。その凛々しい姿を見れば普通の女の子ではなくなってしまったけれど、メグ本人は今でも「普通の女の子」を貫いている。
「どれも、美味しそうなお菓子だね。一つもらっても?」
「どうぞ、どうぞ」
メグはテーブルに置かれているお菓子の箱に目をつけて、ルリアの許可を得たうえで、それを一つ取って口に放り込んだ。
「美味しい。これ、このクッキー、アウギュステの土産物で売られてたものだね」
「さすが、アウギュステ通のメグさんですね。正解です!」
「これ、この見慣れないお菓子はどこの?」
「それは、ジュリエットさんにもらったキャピュレットの名物ですね。それ以外ではフェードラッヘのレストランで売られているお菓子、マナリア学園の生徒さん手作りのお菓子、ミュオンさんのスカイレースの売店で売られてたお菓子、この艇でローアインさんとファスティバさんが焼いてくれたお菓子もありますよ~」
「へえ。ここまでのお菓子が揃うなんて、さすが、グランサイファー。ほかの国のお菓子も、アウギュステのお菓子作りの参考になりそうだね」
「ふふ、私の持ってきたお菓子がメグさんの役に立てるようなら、嬉しいですね」
メグは、ルリアの説明を聞いてお菓子をもらっても頭の中身はアウギュステの事ばかりだった。
と。
メグは、さっきからチラチラと自分の方を見詰めているの視線に気が付いていた。気が付いていたが応じれば多分うっとうしいし無視していたが、グランの方を見れば目があって「助けて」と目で訴えられたので、仕方なくそれに応じた次第である。
「……何? さっきから人の顔をジロジロ見て、私の顔に何かついてる?」
「私とメグって、仲間だよね!」
「は? 私とが仲間? 何で?」
「このグランサイファーで普通の人間っていう意味で!」
「このグランサイファーでが普通の人間……?」
自称・普通の女の子の代表、メグも、の「普通」に違和感を覚えるよう、眉を寄せる。
「ほら。私、このグランサイファーで唯一、武器も魔法も何も扱えないじゃない。普通の人間だよね」
「あー、まあ、も能力的な視点から言えば『普通の人間』で間違いないけど……」
「ふふふ。メグから『普通の人間』のお墨付きもらっちゃった!」
「……」
メグから「普通の人間」で間違いないと言われて胸を張ると、グランに「どうしたらいいか」と助けを求めるもそこから視線をそらされたメグと。
メグは溜息を一つ吐いた後、、グラン、ルリア、ビィの順でそれぞれの顔を見回して、この場に集まっている理由を改めて聞いた。
「ええと、最初は団長と達、何の話してたの?」
「私とメグの普通の人間から見れば、このグランサイファーに名前を連ねている人って凄いよねって話してたんだよ。貴族や王族は当たり前、十天衆とか十二神将の名前も名簿にあるじゃない」
「ああ、まあ、そうだね。このグランサイファーにここまで凄い人達が乗り込んでたなんて、私も団長から声をかけられてこの艇に乗り込むまで、全然知らなかったよ。私は、アウギュステで女戦士となってその実力が認められたのか目の前の団長に声をかけられてこの艇に乗るまでは、アウギュステの島を荒らしているおかしな集団としか……」
メグも最初は、アウギュステで毎回起きるグラン達の騒動を遠巻きに眺めているだけの一人だった。それが何の因果か、アウギュステを守りたい一心で女戦士となり、その実力はグランに声をかけられるまでになった。
メグがグランサイファーの一員になった経緯を知っているも、それに同意するよう、力強くうなずいている。
「うんうん。私もメグと同じで、グランサイファーには変な人達の集まりだって事くらいしか知らなかった。蓋を開けて見ればとんでもない艇だったなんてねー」
「……が所属している所も同じでは?」
「ん、何か言った?」
「いや、別に何も? 気にしないで」
「そう?」
「……」
は本当に気にせずに紅茶を飲むも、彼女の裏の事情を知っているメグは引きつった笑みを浮かべるだけだった。
グランとルリアとビィも、メグの心境を察するよう、そこには踏み込まなかった。
は皆でお菓子をつまみながら、グランだけは書類と格闘しながら、話を続ける。
「皆の年齢以外にもさー、タヴィーナさんってずるくない?」
「え、何でタヴィーナさんがずるいの?」
「そうですよ。何でタヴィーナさんがずるいんですか?」
「オイラも分かんねえな」
「私もよく分からない」
だん。は机を叩いて、タヴィーナのずるさを皆に力説する。
「タヴィーナさんってドラフでもエルーンでもないのに、ヒューマンであの年齢であの色気持ってるんだよ! ずるいでしょ!」
「「あ」」
の言いたい事がようやく分かって顔を見合わせるルリアとメグと。
「ドラフとかエルーンならまだ分かるよ! 私と同じヒューマンで二十歳であの体にあの色気! 夜にこの艇でタヴィーナさんが踊れば皆、タヴィーナさんにメロメロじゃない! ずるいでしょ!」
「それは確かにずるいですね……!」
「私もタヴィーナさんが居れば、アウギュステの夜も盛り上がると思ってたんだ。タヴィーナさんを独り占めにしているグランサイファー、ずるいね!」
うん。ルリアだけではなくて、メグもの話を聞いて別の意味でとても納得している。
ルリアとメグにそれを受け入れられたは嬉しそう、続ける。
「この艇にはカタリナさんをはじめヴィーラさんとか、ジャンヌとか、レヴィオン騎士団の三姉妹とか、タヴィーナさん以外でも同じヒューマンで若くて色気ある女性多くて、それこそ皆でアウギュステに遊びに行く時期になれば目のやり場に困るっていうかさー」
「そうです、そうです。皆さん、とてもずるいですよね! 私にはないものを持ってるんですから!」
「ル、ルリア、落ち着いて、落ち着いて!」
どうどう! で自分には持っていないものを持っている女達への羨ましさが再燃して艇の上でも構わず星晶獣を呼び出す勢いのルリアを落ち着かせるのは、メグの役目だった。
それからは、年齢ではなくてこの話題で今まで黙っていたグランの方をニヤニヤ見て言う。
「それで目の肥えてる団長さんは、あの中に自分の好みは居るんですか?」
「え、僕?」
に急に水を向けられたグランは、戸惑いを隠せない。
「あ、私もそれ知りたいですね! あの中にグランの好みの女性、居るんですか? ……もし居るなら今後の参考にしたい、なんて」
「私もそれなら、個人的に団長に興味あるかも。この艇の女性達は、実力はもちろん、そこに団長の趣味も入ってるって聞いてるから。私もその団長の趣味にあったっていうなら、嬉しいかな」
「ええと……」
「オイラは人間のその手の話には興味ねえんだわ。一抜け」
グランはだけではなくて、ルリアとメグにも興味深そうにその返事を待たれてビィに助けを求めるも、ビィは素知らぬ振りをして林檎入りのお菓子を頬張っている。
「どうなんですか?」
「……」
は身を乗り出して聞くも、それについて中々答えないグランにしびれを切らしたか、テーブルに肘をついて、言う。
「団長さん。よそのギルドや騎空団でもグランサイファーほど、ヒューマンだけではなくて、エルーンやドラフ……、ハーヴィンまで、あそこまで豪華な女性が揃ってる艇は居ない、羨ましい、できるなら俺もあの艇に乗りたいって話してる男達が多いの、知らないわけじゃないですよね。それ目当てに、団長さん達が留守の間にこっそりこの艇に乗り込む男が何人か居たのも知らないわけじゃないですよね?」
「ああ、まあ、僕もそういう噂は聞いていて、それ目当てに僕の居ない間にこの艇に無理やり乗ってきた邪(ヨコシマ)な男達も居るらしいけど……、そういうのは全部、オイゲンさんを中心に、ジンとソリッズさんが見つけ次第、追い出してるって聞いてるよ」
そう。グランの留守の間にグランサイファーの女性目当てにこっそり艇に乗り込んできた不届き者が何人か居るが、それらを発見次第、オイゲンを中心としてジンとソリッズの三人が容赦なく追い出していると聞いている。オイゲンとジンとソリッズの三人が不在の間は、別の騎士団や武闘派の男達が見慣れない男が居れば、容赦なく追い出しているという。
グランはこの艇ほど安心、安全な艇はないなと、自画自賛する。
それでなくても。
「それでなくても皆、それぞれの国を背負うだけの事はある強い女性達ばかりだからね。彼女達がへんな男に目をつけられても、あっさり撃退していて、僕が彼女達を守る出番はないだろうね」
「……そうですかねえ。団長さんに守られたいっていう女性達は、この艇にも居ると思いますよ。それこそ十二神将のシャトラちゃんとか、氷の精霊のリリィちゃんとか」
「それ、少数派じゃないかな」
「私も入ってますよ」
「え」
彼女のその、言葉は。
「私も団長さんに守られたい一人だったりしますよ」
「――」
グランの中でそれは、その瞬間は、短いようで長い時間のように感じられた。
は、固まるグランより先に動いた。
「私、武器も魔法も使えないじゃないですか。団長さんがその私を守ってくれると思えば、心強いですよ」
「あ、ああ、そういう意味、で」
「ん? それ以外に何か意味あります?」
「ない、かな」
「ですよねー。あ、でも、団長さんがこんな何も出来なくて役立たずな私を守る必要ないと思えば、守らなくて良いですから。私も、ほかで忙しい団長さんに負担をかけたくないですし」
「――」
ははは。は笑うも、グランは笑えなかった。
代わりに。
「でも僕は」
「え?」
「でも僕は、このグランサイファーの仲間の誰かが傷ついたのが分かれば――たとえその仲間から自分は役立たずだから守る必要が無いと言われようが、全力で守りにいくから」
「――」
グランの揺るぎのない、それでいて力強い言葉を聞いて、今度はが固まる番だった。
グランはやけに落ち着いた様子で、静かに言う。言ってやった。
「グランサイファーの一員になってくれた仲間は、どんな人間であれ、この艇の団長である僕が守る義務がある。僕は、この艇の一員となってくれた仲間には誰一人も傷つかせたくない、泣かせたくないとは思う。それがたとえ力を持たない普通の人間であってもね」
「……ッ」
体中が熱いのは、誰のせいか。
そしてグランはいつになく厳しい口調で、に言った。
「だから、何もできない弱い自分を守る必要は無いなんて悲しい事は、僕の前で言わないでくれるか。それは、役立たずだから守る必要がないなんてその言葉は、僕を傷つけるものだ」
「……その、ごめんなさい。さっきのは、言い過ぎました」
はいつも温厚なグランにここまで言われるとは思わず、素直に謝った。
メグだけではなく、ルリアもビィもグランの変わりように、お菓子を食べるのも忘れて息を飲む。
「うん。分かってくれればそれで良いよ」
「……あ」
は顔を上げればいつものお人よしのグランに戻っていて、ほっとした。
胸がいつも以上にドキドキするのは、思ってもない場面で思わない調子で叱られたせいか、それとも。
「……ええと、フィードラッヘの白竜騎士団の仲間達は特に何も無しで、あ、そうだ、ロボミのメンテの請求ついで、家族が増えたシロウのとこの家族構成も更新しなくちゃいけなかったんだった。何処かでシロウの研究所に寄る必要があるな……」
「……」
――ええと、こういう時、どうしたらいいのかな。は、何かを隠すように書類の整理に没頭するグランにどう声をかけて良いか分からなかった。
そこを素早く動いたのは、ルリアとビィだ。
「えっと、その、グランも書類整理を一時中断して、お菓子で息抜きしたらどうですか? 私とビィさんがグランのためにせっかく持ってきたのに手をつけないなんて、もったいないですよ」
「そうそう。このお菓子、美味しいぜ。今食べておかないと、ルリアに全部食べられるぞ!」
「……そうだね。ルリアが持ってきてくれるお菓子はいつも、どれも美味しいからな。ビィの言うよう、ルリアに食べられる前に食べておかないとね」
「良かったです」
「ああ、それでこそグランだ」
ルリアとビィは、自分達の話を聞くようにグランがようやくお菓子に手をつけてくれた事が嬉しくて、笑いあう。
さすが、というか、なんというか。グランはいつもの仲間のルリアとビィのおかげで書類を脇に置いて、お菓子に手を付け始めたのを見て、だけではなくメグも、ルリアとビィに感心を寄せる。
ところで。
「おーい、!」
「ラカムさん?」
艇長のラカムがグランと達が座るテーブルの前までやってきた。
そして。
「。今しがた、お前さんの『組織』から連絡があったぜ。あと五分でグランサイファーと横付け出来る、迎えを寄こすから甲板で待ってるようにってさ」
「やった!」
バンッ。
ラカムの通達を聞いたは、今までの落ち込みからすぐに明るい笑顔になってその席から立ち上がった。
ルリアとメグも慌てて、席を立った。グランだけは席に座ったままだ。
途端。
メグの頭上に影が落ち、ルリアのワンピースが風になびいたと思えば。
『それ』は、の前に静かにやってきた。
「!」
「ユーステス!」
それ――ユーステスはつかつかとの前に来るなり彼女の手を取るとそのぬくもりを確かめるように抱き締めて、もユーステスに抱き締められて嬉しそうだった。
ユーステスはのぬくもりを確かめた後、安堵したように息を吐いて、彼女の顔を覗き込む。
「、俺の居ない間、良い子にしてたか?」
「してた、してた!」
「グランサイファーの団長達に迷惑かけなかったか」
「かけてません! いつも通り!」
「そうか。それは何より」
「えへへ」
ユーステスは子供をあやすようにの頭を撫でて、も嬉しそうにユーステスの成すがままになっている。
と。
ユーステスは心配そうに、の顔を覗き込んできた。
「何?」
「……の顔が赤いが、熱でもあるのか?」
「!」
の白い顔がユーステスだけではなくて周りの人間が見てもすぐ分かるくらい、真っ赤になった。
「……(うわあ、多分、さっきの団長のせいだね……)」
それはさっきのグランのやり取りが影響しているのは、メグでも分かった。
「あ、あの、、具合が悪いなら、お薬持ってきましょうか?」
人間の感情の変化に疎いルリアは、顔の赤いを見て純粋に心配している。
は、自分を心配して薬を取りに行こうとするルリアを慌てて引き留める。
「な、何でもない! 何でもなくて薬も必要ないから!」
「本当ですか?」
「本当! これくらい大丈夫だから!」
「……」
「ルリア、の言う事は本当みたいだから、そう心配しなくて良いよ」
「メグさんが言うなら……」
ルリアは無理に明るくふるまうを不審そうに見るも、メグの言葉でようやくそこから引き下がった。
「……まあ、本人が大丈夫というなら心配いらないか」
「……」
ユーステスもの言う事を信じるよう、うなずいた。
はそんなユーステスの様子を見て自分の胸が苦しかったが、どうして苦しいのかよく分からなかった。
それからユーステスは、落ち着いた様子で椅子に座ったままこちらを見ているグランの前までやって来ると、彼に向かって頭を下げた。
「団長、今回もが世話になったな。いつもすまない」
「いや。は皆の雑用をよくやってくれているし、居ると艇が明るくなるから、別に構わない」
「そうか。それは良かった」
「また君達に何かあれば、こちらでを預かるよ」
「それは、ありがたい。もしとグランサイファーの仲間の間で何かあれば、組織――いや、違うな。俺に遠慮無く報告してくれ」
「それは承知している。『今回も』特に何も無かったから、君がそう心配する必要はない」
「……、そうか。それならまた頼む」
ラカムがふと組織の艇を見れば、イルザとゼタの二人がニヤニヤ笑って二人を見ていた。ラカムはそれに苦笑した後、グランとユーステスのやり取りの続きに耳を澄ませる。
その間にグランはいつもの調子で書類を手にして、ユーステスに聞いた。
「あ、ところで、君達の中で何か更新するような部分はないかな?」
「ああ、月一回の書類審査か。団長もご苦労。今の所、俺達の中で変わった事はないな」
「そう。それなら君達の組織については、このまま提出するか」
「団長も忙しそうだな。はもう俺が預かるので、その間はゆっくりしてくれ」
「ありがとう。ユーステスも組織の仕事で忙しい間は、を気にせずに仕事に没頭してくれて構わないよ」
「――、それはありがたいが、は俺が必ず迎えに来るからそのつもりでよろしく」
グランとユーステスのそのやり取りは軽いものに聞こえるが、グランのそれを聞いた途端にユーステスの目の奥が光るのをそばで二人のやり取りを聞いていたラカムは見逃さず、それに背筋が震える思いがして、顔を引きつらせる。
ここでユーステスとグランとの会話は終わるも、周りには不穏な空気が漂う。
「、帰るぞ」
「う、うん」
ユーステスは後ろに控えていたの手を当然のように取り、も自然とユーステスの手をしっかりと繋いだ。
はユーステスの顔を見上げて、不穏な空気を振り払うよう、彼に聞いた。
「ね、ねえ、ユーステス。今回は何日一緒に居られるの?」
「そうだな……。多分、二日くらいかな」
「えー、短! もう少し休み取れない?」
「それは何とも……。俺の仕事も休みも、組織が決める事だからな。俺は組織の指示に従うだけだ」
「むぅ。ユーステスってば私と仕事、どっちが大事っていうお決まりの台詞も通用しないほどの仕事人間だもんねー」
「は、それ分かって俺と一緒に居るんじゃないのか」
「まあ、それは否定できないけどね。私の誕生日を無視してまで仕事現場に向かうユーステスだもんね、仕事よりも私を取るなんて日があれば、それはもうユーステスじゃないでしょう」
「……、その仕事が終わった後での誕生日の代わりの事してやったの、忘れてないよな?」
「それは、もちろん。うん、まあ、私よりも仕事人間とか、仕事してる時は誰よりも格好良いとか、私の前でくつろいでいる時も格好良いとか、そういう部分もひっくるめて全部好きなのは変わらないからね!」
「はいはい」
とユーステスはそんな甘い言葉を言い合いながら、組織の用意した艇に乗り込む。組織の艇からは馴染みの組織の人間達――ゼタとバザラガ、ベアトリクス、イルザの四人がグラン達に向けて手を振っているのが見えた。
ルリアとビィ、メグの三人も組織の艇に手を振り返して、ユーステスと家に帰るというを見送った。
メグは、グランサイファーから離れるとユーステスを乗せた組織の艇を見詰めて、呆れるように言った。
「ってさ、この騎空団では自分を何の力も持たない普通の女の子だって嘆いていたけど、とある場所であの組織に拾われてどこも行くあてなくて、それに同情したのか組織で最強の戦士だって言われてるユーステスさんと一緒に暮らし始めてそれで恋人として付き合ってるんでしょ、それのどこが普通なんだか」
「あはは……。それもう、普通じゃないですもんね」
メグの指摘を聞いたルリアは、笑うしかない。
は、ユーステスをはじめとするゼタやバサラガ、ベアトリクス、イルザ、グゥエン達が属する『組織』の一員である。組織の一員といってもその名前を貸しているだけで、武器も術も扱えない彼女は組織からお荷物状態で煙たがられていたが、それを同情したのか、ユーステスが彼女の面倒を見ると言って、彼の家で一緒に暮らし始めた。彼と一緒に暮らしているうちに恋人同士にまでなったと、ルリアは本人から聞いている。
そしては、ユーステスが組織の仕事で長期間留守にしている間は今までは組織の用意してくれた家で一人きりで寂しい思いをしていたが、組織とグランサイファーが協力関係になってからはユーステスが仕事で留守の間、グランが責任を持ってを預かる事になった。
ユーステスはを預けるのにこれ以上に安全な場所はないと言ってグラン達に彼女を任せて、グランの方もこれで組織に借りができるならと少しの魂胆があってを引き受けた次第である。
――それが裏目に出るとはユーステスも、グランも夢にも思わなかった事だ。
メグがチラリとグランを盗み見れば、彼は大量の書類を前にして事務の仕事に戻っていた。
グランはしかし、ユーステスを相手にしても落ち着いていたさっきと違い、頭をかいたり、テーブルの下では貧乏揺すりをしたりと、落ち着かなくてイライラしている様子だというのが、メグが見ても明らかだった。
……あの席にまた戻るのはちょっとなぁ。メグがためらっていると、何も気にしない様子のルリアとビィが同じ席に座って、グランの息抜きの相手をして、彼も次第に落ち着きを取り戻した様子で、メグは密かにルリアとビィに感謝する。
「――男付きの女に目をつけるなんざ、団長も難儀なもんだなぁ」
「ラカムさん」
艇長室に戻らず煙草を吹かしているラカムは、ルリア達と違ってなんとなくグランの居る席に戻りづらくてその場に突っ立っているだけのメグに向かって話しかけてきた。
「メグよ。お前さん、よく団長との間に入っていけたな。遠巻きに眺めていたほかの仲間達もよくあの二人の間に入っていけるなんて勇気あるって、メグを称えてたぜ」
「……いや。私も、団長との間にルリアとビィがついていなければ、そこに入れる勇気ありませんでしたよ。というかラカムさん、団長がに気があるっての、気が付いてたんですか?」
「ああ、オレだけではなくて、この艇の古参の連中――オイゲンとイオ、ロゼッタは団長のに対する気持ちに気が付いてるな。人間の色恋沙汰が分からないルリアとビィ、何事も鈍いうえにルリアとビィしか頭にないカタリナは二人の関係に気が付いてないっぽいが。あいつら以外でもヴィーラとローアイン達、ユエルとソシエとか、十天衆と十二神将の女達、更には同じ組織のイルザ達まで団長とユーステスとの三人の微妙な関係に注目してるって話だぜ。オレは、団長とユーステスが話している時、組織の艇でイルザとゼタがニヤニヤして聞いていたのを見逃さなかった」
「それはそれは……。古参の仲間達だけではなくて、同じ組織の人間からも三人の微妙な関係に注目しているとは、『普通の女の子』の私からすれば思いもしませんでした。やっぱりこのグランサイファーは、汚い大人の集まりで間違いなかったですね!」
「ふはは、今やオレ達と一緒に最前線で武器を振り回してるメグが普通の女の子ねえ……、まあ、貴族や王族は当たり前、十天衆やら十二神将まで揃うこの艇から見ればメグは普通には違いないし、汚い大人達の集まりだってのも否定できんな」
「の言うよう、この艇にはほかの騎空団も羨むほどの美女揃いなのに、よりによって団長が選んだ相手があのユーステスさんがついてるなんて、こんな面倒で普通じゃない話、ないですよね」
「そうだな。オレもいつ、さっきのやり取りで団長があのユーステス相手に喧嘩を吹っ掛けるんじゃないかって、冷や汗もんだったぜ。しかし蓋を開ければ、ユーステスの方が一枚上だったか」
ラカムは煙草の煙をメグにはかからないよう気を付けるように空に向かって吹きながら、続ける。
「団長は、いくら美女でもどこかおかしい曲者揃いのより、の普通の部分が新鮮で惹かれたんじゃないか。ユーステスもあの普通じゃない連中の中で、の普通の部分が落ち着けると話していた」
「なるほど。普通じゃない集団の中に居ると、普通の方が落ち着くのは分かる気がしますね。……それで肝心のユーステスさんは、団長のへの密かな想いに気が付いてるんですかね?」
「さてね。こればっかりはオレも分からん。まあ、オレも団長の成長を見守る大人の一人だ、団長には男付きの女に手を出さない方がいい、火遊びはほどほどにしておけとは、忠告してるがね」
「うわ、それ、忠告じゃなくて、火遊び推奨した言い方じゃないですか?」
「――メグ、やっぱりお前、普通の女に戻るのはもったいないほど、団長に見初められただけはあるぜ」
「え?」
「団長、、ユーステス。この艇でもそれ以外の場所でも三人の微妙な関係を面白がって、カリオストロを中心に、ユエルとかゼタとかな、その火遊びの導線に着火して大爆発が起きるのを狙ってる連中は多いからな、メグもそれの爆発に巻き込まれないよう、気をつけな」
「……」
煙草の火を消してからメグにニヤリと笑って持ち場に戻るラカムと、やっぱこのグランサイファーって汚い大人達の集まりだなぁと顔を引きつらせて何処までも続く青い空を見つめるメグだった。