星間飛行(02)

  「私はまた、此処に来られると思います。あなたに何回でも会いたいと、思ったから」


 セイヴァールは境界学園の何処かに存在する校長室に居座る、幻の大校長にそう宣言してから半年と少しが経った。

 私、ユキ・アサギリは未だに、その幻の大校長が居座る校長室を見付けられなかった。

「おかしいなあ。あの夜は確かに、あったのに……」

 私はあれから何度も夜の境界学園で、幻の大校長が居座る校長室に通じる扉を探している。あの夜に見付けた美術室のロッカー以外の教室にあるロッカーや、教室のドアを開けてみたけれど、あれ以来、異界――校長室に通じる扉は見付からず途方に暮れる。
「卒業まで後、半年か……」
 境界学園の卒業まで、後、半年もない。その前ににどうにかして、もう一度、あの幻の大校長に会いたかった。
 そう思ったのは境界学園の卒業後の進路は召喚師の家系であるためにユクロスの召喚師と決めているけれど、響友を手に入れていない現状ではユクロスの召喚師として認められるかどうかも分からない、最悪、そのせいでこのセイヴァールを離れるかもしれない、それだから学園を卒業するまでに、どんな形でも良いので幻の大校長の傍に居たいという、その想いを伝えたかった。
 幻の大校長は確かに、言った。

 ――君が俺に会いたいと願い、その想いが強ければ、また此処に通じるかもしれないね。

 会いたい。
 彼に会ってもう一度話して、彼の言葉を聞いて、彼の傍に居たいという気持ちを伝えたい。その想いは日に日に増して、強くなっている。
 それなのにどうして、あの夜以来、幻の大校長の校長室に通じる扉が開かない?
 それは私の幻の大校長への想いが足りないのか、幻の大校長の言葉は私を追い払うための嘘だったのか。
 私はそれでも、まだ、幻の大校長を諦めていない。
 幻の大校長の前で「もう一度会ってあげる」と宣言した手前、それで卒業まで幻の大校長に会えなかったなんて、笑い話にもならない。
 そして放課後になれば一人残って、そこに通じるドアを探してさ迷う習慣が出来てしまった。
 一般の生徒が使うクラスのドアだけではなくて、普段は鍵がかけられている体育館の倉庫のドアと、職員室のドア、そして、天使の校長先生が座る校長室も調べている。ドアは取っ手に触れるだけでそこが異界に通じるものか、普通のドアかの判断がつくので、鍵の有無は気にしなくていい。
 放課後になって、ありとあらゆるドアというドアの全てを回って調べれば、すっかり夜になっている。
「疲れた……」
 最後は自分の教室に戻って、自分の机に座り、ぐったりして伏せる。
「何が、足りないんだろう……」
 あの夜にあったものと、無かったもの。考えても、分からない。
「会いたいのになぁ……」
 その想いは、強くなるばかり。
 あの後に学園の七不思議のひとつ、幻の大校長についてほかの生徒に聞いて回ったところ、その話を聞いた事のある生徒は多いものの、彼が赤い髪と青い瞳を持っているとか、その姿がサプレスの悪魔と思わせるような雰囲気だったとか、しかし実際はただの人間に過ぎないとか、そういう真なる姿を見た人間や召喚獣は、この百年の間は、居ないようだ。そして幻の大校長が男か女かという、基本的な情報すら持っていない生徒が大半だった。
 そして幻の大校長の名前が「レックス」であるという事も。
「レックス……」
 もう一度、その名前を口にする。
 でも、当然のように、返事は無い。
 ……。
「何か手がかりになるもの、ないかな……」
 うーむ。
 考えて唸っていると。

「あれ、やっぱり、まだ人が居たよ」
「こんな時間に、何してるんだ」
「!」

 何の前触れもなく、教室に入って来たのは。

「フォルス君?」
「え?」
「お前、何で、兄貴の名前を知っているんだ」

 私が彼のその名前を口にすれば、フォルス君の響友であるカゲロウが、彼を庇うように前に立って私を睨んできた。
「お前は、兄貴の敵か?」
「ええと……」
 私とフォルス君は、そう親しい間柄ではない。たとえそうでも、そういう風に警戒心を強められると、こちらもその理由を話しづらいんだけど。
 フォルス君は私の視線を感じたのか、カゲロウの頭を撫でて、たしなめる。
「カゲロウ、彼女は、この学園の生徒のようだよ。だから、警戒心を解いてもいい」
「……」
 カゲロウはフォルス君にたしなめられると、大人しく引き下がった。フォルス君のカゲロウの扱いはさすが、と、感心する。
 ……やっぱり、召喚師の家系としては、カゲロウみたいにフォルス君と対等の関係を築けている、響友が欲しいな。
 カゲロウが落ち着いたのを見計らい、改めて自己紹介を。
「私の名前は、ユキ・アサギリというの」
「ユキ・アサギリ? やっぱり、聞いた事がない名前だ」
 カゲロウは再び警戒心を強める。
 私は溜息を一つついて、カゲロウではなく、フォルス君に向けて冷静に素性を明かした。
「フォルス君は、シーダを知ってるでしょ? フローテという響友を連れているシーダの事よ。彼女、私と同じクラスに居るの。私の事はシーダに聞けば、知っているわ」
「ああ、アネゴと同じクラスの人ですか。そういえば此処、アネゴのクラスでしたね。それなら、僕の先輩でしたか」
 フォルス君は私の話をあっさりと信じて、さわやかな笑みを浮かべて応じる。
 フォルス君のこういう人懐こい部分が、皆に好かれているんだよな。これが私には無いものだから、単純に羨ましいと思う。
「カゲロウ、この人の話に嘘は見付からないよ」
「……」
 フォルス君がカゲロウの警戒心を解いても、カゲロウは不満そうに私を見ている。
「ユキ先輩が僕の名前を知っていたのも、アネゴから聞いてたんですか」
「そうね。シーダからよく、フォルス君の話を聞いていたわ」
 シーダは私以外にも、クラスの皆に「後輩に、面白い奴が居るんだ。あいつと居ると、退屈しない」とよく、フォルス君の事を話している。
 あのシーダにしては珍しく可愛がっている後輩が居るなと、私も、クラスの皆もそのフォルス君とやらに興味を持った。今のフォルス君を見ていれば、シーダも気に入るはずだと思った。
「それでもアネゴ以外の先輩で、初対面なのに、僕の名前をすんなり出せましたね。僕は、アネゴのように見た目、そう派手な方ではないと思うんですけど」
 それはどういうわけで? フォルス君が興味深そうに、私を見詰める。
 私はそんなフォルス君を見詰め返して、言ってやった。
「あなた、自分が有名人だって自覚がないわけ?」
「僕ってそこまで有名人……、なんですかね? アネゴのような派手さは、ありませんけど」
 フォルス君は頭をかいて、不思議そうに肩を竦める。
 私は言う。
「確かにフォルス君の見た目はシーダのような派手さはないけれど、経歴は見事なまでに皆に注目される要素は持っているわよ。この学園に入学してきた時点でカゲロウっていう響友を持っていて、おまけに成績優秀で、そのせいで在学中でもユクロスに注目されて、そこの仕事を手伝ったりしているんでしょ? それで有名人じゃないって、言える?」
「なるほど。そう言われれば、そうですね」
 フォルス君は私の話の内容が的確だったのか、素直にうなずいている。
「それで、フォルス君達が放課後に――こんな夜まで残ってるのって、そのユクロスの仕事絡みじゃないの?」
「ああ。それは違います。僕達はユクロスではなくて、警察騎士団のバイトで残ってたんですよ」
「警察騎士団? ……フォルス君て、ユクロスだけではなくて、警察騎士団のバイトを頼まれるほどだったの?」
 これは私も初耳で、素直に驚いた。
「断っておきますけど、これは、僕が個人で取ってきたバイトではないですよ」
「え?」
「僕の友人のアベルトが、警察騎士団の入団を目指しているんです。今日はそのアベルトが警察騎士団のバイトで学園の見回りを担当するはずだったんですけど、ほかの用事で来られなくなって、その代役を頼まれただけです」
「へえ。それはそれで、凄い友人を持ってるのね」
 やっぱりそういう所がフォルス君だなあと、感心する。
 フォルス君が続ける。
「それで、夜の見回りで此処まで来たら、教室に明かりがついていたんで、此処に入ったんです。そういうユキ先輩は、何をしに此処に居るんですか? こんな時間まで居るのは課題の居残りってわけでも、部活の居残りというわけでもないでしょう?」
 フォルス君は相変わらず人懐こい笑みを浮かべているけれど、その目は鋭く、私を捕まえて離さない。
 私はフォルス君の茶化したような態度から、本気に変わったさまを見て、息を飲む。
 ……こういう所は、誰かさんに似ている気がしなくもない。
「ユキ先輩?」
「無断で学園に残っている理由を正直に答えないと、門の前で待機している警察騎士団の団長に突き出すぞ」
 フォルス君に続いて、カゲロウが追及する手をゆるめない。
 私は逃げられないか、しかし、幻の大校長の話をした所で信じてもらえずに警察騎士団に突き出されるのが恐くて、簡単な嘘を思いつく。
「探しものが、見付からなくて……」
「探し物? どんな物ですか」
 この時のフォルス君は、私が何を探しているのか知らない。
「……フォルス君では、見付けられないものよ。それを諦めてもう、帰る所だったの。それだからフォルス君達も私の事は気にしないで、仕事を続けて頂戴」
 私はそこからさっさと逃げたい気持ちで、鞄を取って、席を立った。
 フォルス君も私みたいなのをさっさと放って、警察騎士のバイトに戻るだろう。
 そう思っていたのに。
「待ってください」
「何」
「その忘れ物、どういう物ですか。色や形を教えてください」
「教えた所で、どうするの」
「僕達で良ければ、協力します」
「……、言ったでしょう。フォルス君では見付けられないものだって。私は諦めて、帰るから。あ、私の事が信用出来ないっていうなら、そこの門まで一緒に行く?」
「でも、ユキ先輩がこの時間まで残っていたのって、その忘れ物が諦められなかったからじゃないですか?」
「それは……」
「諦めるの、まだ早いですよ。僕とカゲロウが、ユキ先輩のその探し物を見付けるのを協力します。ユキ先輩も一人で探しているよりは、僕達が加わった事で、その探し物もあっさりと見付かるかもしれませんよ」
「そうだな。兄貴とおいらで探せば、あっさり見付かるぞ!」
 フォルス君に続いて、カゲロウも、自信たっぷりに言い放つ。
 そうか。これが、フォルス君の強みか。これなら、先輩や後輩も、教師でさえ、年齢関係無く、フォルス君に注目するはずだ。
「フォルス君て……」
 私は、フォルス君と自分の実力の差を思い知らされた気がして、うつむく。
「ユキ先輩?」
 フォルス君がうつむく私を心配そうに、覗き込む。
 私は顔を上げて、フォルス君に向けて手を差し出した。
「私はフォルス君とカゲロウの言う通り、まだそれを諦めていなかった。だから、その探しものを見付けてくれるの、協力してくれない? フォルス君とカゲロウが協力してくれれば、私の探しものも案外とあっさり見付かるかもしれないわ」
「分かりました。一緒に探しましょう」
 フォルス君も私が出した答えに満足したよう、実にさわやかな笑顔を浮かべて、その手を受け取った。


「幻の大校長?」
「そう。私は、そこに通じる扉を探していたのよ」

 私は、フォルス君であれば、私のとんでもない話を信じてくれると思って正直に話した。
「僕も、その七不思議は聞いた事がありますね。でも、その幻の大校長が実在していたなんて夢にも思いませんでした」
「それって、ユキの勘違いじゃないのか? 実際は、そこは天使の校長が居座る普通の校長室で、その男は誰かを驚かせるつもりでその夜にそこに潜んでいたかもしれない」
 フォルス君はすぐにそれを信じてくれたけれど、カゲロウは疑いの目を向ける。
 私はそれに言い返す。
「私も最初は、カゲロウみたいに、悪戯で誰かを驚かせるつもりで天使の校長先生の校長室に、その人が忍び込んでいたのかと思ったけど。でも、あの雰囲気は普通の人間では出せないものだったし、召喚師であっても、その魔力のレベルが桁違いであるのは間違いなかった。彼が幻の大校長ではなくても、凄い人物に変わりない」
「へえ……。ユキ先輩がそこまで言うなら、僕もいつか、その幻の大校長に会ってみたいですね」
 フォルス君も私の話で幻の大校長に興味を持ったようだ。……ふむ。
「フォルス君なら、私のように異界の扉を見つけなくても案外とあっさり大校長に会えるかもしれないわね」
「そうですかね」
「そうよ。フォルス君のような強運の持ち主は中々居ないし、私もフォルス君の運を分けてもらえるかも」
「……」
 フォルス君なら、私よりも早いうちから幻の大校長に会えるかもしれないと、何の根拠もないけれど、そう思った。
 しかしこの時の私は、フォルス君が少し浮かない顔をしているのに気が付かなかった。
 それで。
「それで、どういうドアが異界に通じるものか、今の私では何も分からないのよね。見習い召喚師としてユクロスに出入りしているフォルス君なら、何か分かるんじゃないかと思ったんだけど」
「そうですね……」
 フォルス君は私の話を茶化さず、それを真剣に考えてくれている。
 しばらくしてフォルス君は真面目な顔で、私に聞いた。
「異界に通じる扉というのは、何も、ドアに限らないというのは知っていますか」
「鞄とか、靴とか、階段とか。その空間の広さや深さ、場所も関係無く、何かの拍子で異界に通じてしまうというのは聞いている。ある伝説の勇者は、『自分が居る退屈な世界から、別の世界に行ってみたい』と思って空に手を伸ばしただけで、異界に行ってしまったとか」
「そうです、そうです。伝説の勇者の場合は、異界に通じる扉の鍵が、空になってたんですよ。これで分かるように、そこに行きたいという思いの強さが、異界に通じる鍵になるんです。セイヴァールにあるマキス埠頭も、何処かの異界に通じていると有名です」
 一息。
「それだから、何も、ドアにこだわらなくていいんです。その幻の大校長の鍵になるようなもの――実際の鍵ではなくて、大校長に関して縁のあるものが何か、見当たらないですか?」
「大校長に関して縁のあるものか……」
 ふむ。
 フォルス君の話を聞いて、大校長に関して縁のありそうなものを考える。私ではそういう風に思いつかなかった。フォルス君の話は、ためになるな。
 大校長に関して縁のあるもの。赤い髪。眼鏡。赤い服。
「赤色……」
「赤色ですか?」
「そう。大校長の髪の色とか、服とか、赤いもので統一されていた。今の、フォルス君みたいに」
 フォルス君もレックスと同じ赤い髪だなと、それを見上げた向けた時――だった。
 フォルス君の頭の上――天井が。

「見付けた!」
「え?」

 フォルス君が私の声に驚いて私と同じ、天井を見上げる。
 廊下の天井に、そこに似つかわしくない時代遅れのランプがぶら下がっていた。
 廊下の明かりは、それとは別のものだ。
 これほど分かりやすい鍵もない。
 フォルス君もそのランプを認めて、疑問を口にする。
「あれ、こんな所にあんなランプなんて――」
「これが、鍵だよ!」
「ええ?」
「フォルス君、ありがとう! 行ってくる!」
「ユキ先輩!」
 私はフォルス君が引き止める間も与えず、そのランプの紐に手を伸ばした。

 スイッチ、オン。

 瞬間、目の前が暗くなる。

 しかし、すぐに視界は明るさを取り戻した。


「――意外と、早かったな」
「!」

 驚いたのと、呆れたような、そんな感情が入り混じった男の声が聞こえた。
 此処は。この場所は。
 天使の校長先生が居座る校長室と全く同じ作りの部屋。
 しかし、そこに天使の校長先生は椅子に座っていなかった。
 私は、天使の校長先生の代わりにそこに居座る男を見上げて、胸を張って、言ってやった。

「どう、私の執念を思い知った?」

 男――レックスは私の態度に困ったように笑って、言う。
「君が此処に辿り着けたのは、後輩のフォルス君のおかげだろう」
「あれ、見てたの?」
「学園の入室記録をたどれば、今の時間に誰が学園に居るかぐらい、すぐに分かるさ。生徒と教師はもちろん、外部の人間も例外なく、全ての出入り口にその形跡を辿って自動的に記録される仕組みだ」
「それ、簡単に覗き見出来るもの?」
「普通の人間――セキュリティに精通している人間や天才ハッカーでも、独自の言語で構築されたもので暗号化しているうえに、桁違いのパスワードを前に諦めるだろうね。ロレイラルの機械人形か、それに特化した機械を用いれば突破される可能性はあるかな。まあ、それでも何重にも鍵をかけてあるから、その間に首謀者を捕まえればいい話だ」
「何であなたがそれを簡単に……」
「俺を誰だと思っているんだ」
「あ、そうか。忘れてた」
 境界学園とユクロスを陰で支配し、そして、この世界――セイヴァールの守護者である彼ならば、暗号化プログラムを簡単に突破できるだろう。
 それからレックスはおもむろに、何かを取り出した。それは、手のひらにおさまる手帳型の機械だった。私ではそれが何の機械であるか、分からない。
「俺の権限は、学園とユクロスはもとより、セイヴァールを総合管理するマザーまで通じているからね。それを使えばこの機械で、簡単に学園の入室記録を確認できるんだ」
 そんな事も出来るとは、学園の生徒の私でも知らない事だった。
「この時間に学園に居残っているのは数人の教師と、学園に警備隊として派遣されている警察騎士団ぐらいか。生徒では、君と、フォルス君だ」
 続いてレックスは、面白そうな目で、私を見る。
「君もこの夜にフォルス君に遭遇するとは、運が良い。学園の記録でも、フォルス君が警察騎士団のバイトを代わりで請けるのは、今夜が初めてだった」
「大校長は、フォルス君を知ってるの?」
「まあね。彼の学園やユクロスでの活躍の噂は、俺の耳にも聞こえているよ。俺も個人的にフォルス君は将来的に、ユクロスの即戦力として使えるという評価はしている」
「へえ、大校長が個人的にそこまで評価するなんて、やっぱりフォルス君て凄いのね」
 私はフォルス君の凄さを改めて思い知る。
 ここでレックスはその手帳型の機械を机の引き出しにしまって、改めてこちらを見てきた。
「それで」
 それで?
「それで君はもう、早く帰った方が良いんじゃないか? 一度だけならまだしも、二度も此処に迷い込むなんて有り得ない事だ。フォルス君が、突然に居なくなった君を心配して探しているよ」
 あ。
 学園と、フォルス君の話で、此処に来た目的を、すっかり忘れていた。
「大校長は――レックスは、分かっているでしょ。私が此処まで来た理由を」
「……」
 答えない。
 私は更に迫る。
「さっきの入室記録を見れば、私があれからあなたに会いたいという一心だけで、どれだけの時間を費やして学園をさ迷っていたのかも、分かってるはずよ」
「……分かっているよ。君のその執念は、俺も驚いているぐらいだ」
「それなら、少しは、私と話をする時間ぐらいあるでしょう?」
「……、此処は『普通の人間』が長居して良い場所ではない」
 レックスは私を前にして、普通の人間を強調する。
「俺に関わっていると、君が今まで大事にしてきた『日常』さえ、一瞬でくつがえされる。これ以上は、俺に関わらない方が良い」
「……」
 レックスが私の身を案じてそう言ってくれているのは、私も理解している。
 そして、レックスと関わればいつもの日常から離れてしまう事も。
 それでも。

「それでも私は、レックスが見ている世界を一緒に見てみたいと思っている」
「――」

 その声と、その気持ちは、目の前に居る男まで届いただろうか。
「此処まで来たのは、覚悟のうえよ。私の今までの日常さえも捨てる覚悟でね。それも分からないで、来たわけじゃない」
「……」
 レックスは何かを考えるように目を伏せて、黙っている。
 そして。
 目を開けて、私に折れたよう、手をあげる。
「分かった、分かった。君の熱意は、相当のものだね」
「それじゃあ……」
 私は期待を込めて、レックスを見詰める。
 しかし。
「しかし、君の今のレベルでは俺の世界を覗き見出来るだけの力は無い」
 ……。
「せめて、フォルス君と同等か、それ以上――そうだな、君と同じクラスのシーダのレベルを超える勢いでなければ無理だ」
 レックスは厳しい言葉を、私に投げる。
 ……レックスのこういう厳しい部分も、好きだったりするんだけどね。
 それを聞いた私は、決心する。
「分かっている」
「何を?」
「私の力では、どうやっても、フォルス君やシーダのレベルを超えるのは無理だというのが分かっている」
「そう、自分の力が分かっているのは良い事だ。それで簡単に諦めもつく」
 私も自分の事は理解していて、どう努力したところであの二人には敵うわけがない。レックスも私の話を聞いて安心したよう、胸を撫で下ろす。
 安心した所で悪いけど、でも、これで終わりというわけにはいかない。
 私は言う。
「私は、フォルス君とシーダのレベルを超えずに、レックスの世界に立ってあげるわ」
「……俺の話、聞いていたか? 今の君のレベルでは、俺の世界を覗き見出来るほどの力は無い。そのままの君でいるつもりなら、途中でボロボロになって、俺に関わらなければ良かったと、そうやって後悔するのが目に見えている」
 レックスも私に負けずさっきより強い調子で、反論した。
 まだ。
 まだ、いける。
「この世界に――セイヴァールで生きているのは、レックスだけじゃない。私も、この世界で生きている。だから、どんなレベルであっても、その条件さえ満たしていればレックスと同じ世界に立つ事は出来ると思わない?」
「――」
 レックスは何も言い返せず、黙ったままだ。
 あともう少し。
「私は何も、レックスが戦っているものと、レックスと同じように戦うつもりはないから。ただ、レックスの側に居たいだけ。それぐらいは、どんなレベルでも可能でしょう?」
「……」
 世界を変えるのは、今。
 この時を逃すほど、ばかじゃない。
「それにね、あの夜に此処に飛び込んだ瞬間からもう、引き返せなくなってるのも分かっているのよ。レックスもあの時、自分の名前を名乗った時点でもう後戻り出来ないと分かっていたはずよ」
 ガタン。レックスの肘をついていた腕が、崩れる。
 はぁー。次にレックスの盛大な溜息が、聞こえた。
「ああもう、全く。君には、敵わない」
 それは、つまり。
「そうだ、俺は、君に自分の名前を聞かれた時に、しまったと思ったよ。そこで名乗った時点で俺も君ももう、後戻りできないと、分かっていたから」
 レックスは困ったように笑う。
 そして。
「君があの時に俺の名前を聞いたのは、中々、目のつけどころが良かった。これで俺も君も、あの夜の出来事をいつでも思い出せて、そこから逃げられなくなるからね」
「そうそう。私も大校長という肩書だけでは、あの夜の出来事を忘れていたかもしれない。あの時にレックスという、あなたの真なる名前を聞いて良かったと思ってるの」
 召喚師も、ただ召喚獣の名前を知っているだけでは響友として契約できない。召喚獣の真なる名前を知ってこそ、初めて、響友としての契約をかわせるものだ。今回の話も、それと同じである。
「今回ばかりは、俺の負けだな」
 そう言うレックスの顔は、笑っている。
 私も笑って、レックスに聞いた。
「これからも、この部屋に遊びに来ても良いかしら?」
「構わない」
 一息。
「けれど、君の想いが――此処まで来たいという想いが強くなければ此処まで通じない。それは今までと同じだ」
「そう。でもそんなの、学園の入室記録のパスワードを解析するより簡単だわ」
「そうかい……」
 レックスは引き気味だったけど、私の想いは本物だ。
 その想いで何度でも、レックスに会いにいける。
 あともう一つ、聞いておきたい事があった。
「ねえ。今のレックスに、恋人か、奥さんは居る?」
「……今は、独身だ」
「それなら、丁度良かった」
「何が」
「私でも、レックスの目にとまる可能性が出てきたんじゃないかと思って、期待しているんだけど?」
 私は挑戦的な目で、レックスを見詰める。
 レックスは首を横に振って、あくまでも冷静に、それを跳ね返した。
「悪いけど俺は、未熟な子供を相手にする気はないよ」
「またそれ言う?」
 ふう。今度は私が溜息をつく番だった。
「私はもう、子供じゃないわよ。私の年齢、分かってるでしょ」
「俺は、『未熟』な子供を相手にする気はないと言ってるんだ」
 レックスは未熟という部分を強調して、話した。
「君はまだ、境界学園の生徒だ」
「それがどうしたの」
「俺の相手になるというならせめて、学園を卒業して、ユクロスの召喚師として認められたうえにその修行をこなしたうえで、また申し出てくれるか。俺はそれ以外の女性は未熟な子供とみなして、相手にしない。俺は子供を相手にするほど、暇じゃないんでね」
「……へえ、言ってくれるじゃない」
 そうきたか。なるほど、なるほど。
 それなら。
「それなら、予約は受け付けているかしら?」
「何の予約だ?」
「あなたの言う通りに私が学園を卒業して、ユクロスの召喚師になって修行を積んで名声を得た時――その時がくるまで、その隣を空けておいてくれるかという予約ができるのかって聞いてる」
「は……」
 レックスは大きな目を見開いたあと、それから。
「あはは、そうきたか! あはは、そうくるとは思わなかった!」
 今度はバンバンと手で机を叩いて、笑い始めた。
 あの時と、同じだ。
「いやー。初めて会った時に俺をサプレスの悪魔と勘違いした時も笑ったけど、今回も俺の意表をついて笑いを提供してくれるとは思わなかった。君もやるな」
「何よ。私は、真剣に言ってるんだけど!」
 これにはさすがに腹を立てても良いだろう。うん。
 レックスは私の抗議を受けてか笑うのを止めて、いつもの冷静さを取り戻して言った。
「分かってる。君はいつも、真剣だ」
「分かってくれてるなら良いけど……」
 ……まあ、彼が茶化している時と、本当の言葉を話している時の表情は分かっているのでそう返事がきただけでも十分だろう。
「それで、どうなの」
「どうって」
「私がユクロスの召喚師として成長するまで、待っててくれるのかって話よ」
「そうだな……」
 レックスは目を伏せて、考える。
 そのあとに目を開けて、その答えを出した。
「うん。君が無事に学園を卒業して、ユクロスの召喚師として認められて修行を積み、その名声を得るようになれば、改めて君について考える余裕は出てくるかな」
「そう……、それなら、その時がくるまで待ってて」
 レックスのそれは十分過ぎるくらいの回答だったので、それ以上の追及を止めた。
 それから私は、決心する。
「私はシーダやフォルス君のようにはなれなくても、私なりに頑張って、将来、あなたの隣に居られるようにしてやるわよ」
「……そうか。俺も、その時がくるのを楽しみにしているよ」
 レックスは優しい笑みを浮かべて、私の決心を静かに受け入れてくれた。
 十分だ。
 十分過ぎるくらいの成果だった。
 そして。
 話が一段落したところで、レックスがそれを提案する。
「さて。今夜は、もう帰った方が良い」
「まだ、良いでしょ」
 せっかく此処まで来たのに。
 もっと、レックスの声を聞いていたいのに。
「フォルス君とカゲロウが、突然に消えた君を心配しているんじゃなかったかな」
「あ」
 そうだった。
 フォルス君とカゲロウに、これ以上の心配をさせるのは、さすがに駄目な気がした。
 レックスは笑みを浮かべて、私に向けて言った。

「君ならまたもう一度、此処に来られるんじゃないのか?」
「そうね。私なら、何度でも此処に来るのは簡単だわ」

 私も笑ってレックスに答える。

「またね」

 そして私は、清々しい気分で、レックスが居座る校長室を出て行った。



「フォルス君、カゲロウ!」
「ユキ先輩!」
「お、無事だったか」

 校長室を出た先は、私とシーダが使っていた教室だった。
 私は机の上にある鞄を手に取って、私を探していただろうフォルス君とカゲロウを探しに、廊下を駆け抜ける。
 学園の昇降口にてフォルス君とカゲロウを発見、二人と無事に合流を果たした。
「僕達、ユキ先輩が突然に消えたんで、心配していたんですよ」
「そうそう。それから一時間くらい戻ってこないから、とうとう、門の前で待機している警察騎士団の団長に相談しようと思ってたんだ」
 私が消えてから一時間も経ってたのか。それで警察騎士団の団長に相談しにいくところだったと。……大ごとになる前に帰ってきて良かった。
「それで、大校長に会えたんですか」
「うん」
 私は強くうなずいて、フォルス君とカゲロウに、目的の大校長が居座る校長室まで行けた事を話した。
「これも、フォルス君とカゲロウのおかげね」
「そんな、僕とカゲロウは、ユキ先輩には何もしていませんよ」
「そうそう。それは、その大校長が言うよう、ユキの気持ちが大校長まで通じたせいじゃないのか」
 恐縮するフォルス君につられてカゲロウも、それは違うと否定する。
 でも、私は二人を否定出来ない。
「そうでもないわよ。フォルス君とカゲロウが私の話を信じてくれて、それに付き合ってくれなければ、私は卒業までに大校長に会えなかったかもしれない」
 そうだ。
 フォルス君とカゲロウが現れなければ、あの時に諦めて、もう、学園を立ち去って、レックスに会えないまま終わっていただろう。それが長引いて、卒業するまで彼と会えなかったかもしれない。
「卒業……、そうか、ユキ先輩もアネゴと同じ、今年のうちに卒業するんでしたね。ユキ先輩とは、この夜に初めて会ったばかりですけど……」
 フォルス君は私の卒業という話を聞いて、少し、寂しそうだった。
 私は、フォルス君に聞いた。
「ねえ、フォルス君は、学園を卒業すればユクロスの召喚師になるのが決まっている?」
「はい、そのつもりです。その進路は、此処に入った時から、変えていません」
 フォルス君は私に力強くうなずいてみせる。
 私はフォルス君の揺ぎ無い返事を聞いて、口の端を上げる。
「私ね、目標ができたの」
「目標?」
「今までは、家の関係で普通に召喚師になって、淡々とそれをこなしていくだけかと漠然と思ってたけど。でもこれからは、召喚師になるための勉強をいっぱいして、ユクロスの召喚師になったあとでも色々修行を積んで、ユクロスの頂点――ジンゼルア総帥が居る所ぐらいまで上り詰めてやるという目標が出来た」
「おお、ジンゼルア総帥までか! その目標はなんか凄いな!」
 私の目標を聞いたカゲロウが、興奮気味に同調してくれた。
 しかしフォルス君は、私の心を見透かしたように言った。
「それは……、ユキ先輩にその目標ができたのは、学園とユクロス、そして、このセイヴァールを影で支配しているという大校長に会ったせいですか」
「そう。この夜に大校長に会った時、私が大校長の隣に居るには、それぐらいの意欲がなければ居られない事が分かったから」
 それが分かっただけでも、上等だ。
 そして私はフォルス君の方を振り返り、言った。
「私のその目的を達成するには、フォルス君とカゲロウが居れば心強いわね。そうだ、それにシーダとフローテも誘おうかしら。二人もきっと、私の話を聞けばその誘いに乗ってくれると思う。フォルス君とカゲロウのほかにシーダとフローテも協力してくれれば、私の目標は意外と早く達成できるかもしれない」
「ユキ先輩……」
 フローテは分からないけれどシーダは、面白そうな話であれば、自分の損得は関係無く誘いに乗る性格だ。シーダも多分、大校長の話を聞けば――大校長が実在するという話を聞けば、私の誘いに乗ってくれる、その自信はあった。
「……そうですね。ユキ先輩とアネゴ達が卒業しても、将来、先輩達とユクロスで同じように仕事が出来れば最高ですね。僕も、ユキ先輩のその目標に協力したいと思いましたから」
 フォルス君もようやく笑って、そう答えてくれた。
「私達は学園を卒業しても、ユクロスでまた集えるのよ。その時がくるのが、楽しみね」
「はい」
 私もフォルス君がユクロスに来るまで、少しずつ、頑張ろう。


「ユキ先輩は、これから、どうするんですか」
「今夜は目的の大校長に会えたから、もう家に帰るわよ」
「僕とカゲロウで、送っていきましょうか」
「良いの? 警察騎士団のバイトは?」
「ユキ先輩が居ない間に、僕とカゲロウの範囲の見回りは終わっていますから。あとはその成果を団長に報告して、寮に帰るだけです」
「そう。それなら、家まで送ってもらおうかしら」
「お任せください」

 私はフォルス君の言葉に甘えて、家まで送ってもらう事にした。

 レックスに会えて、フォルス君とカゲロウの二人と帰る。

 これほど贅沢な夜はないと、思った。

 大校長――レックスと関わった事でこれから先、どんな未来が待ち受けているだろう。
 でも、それにフォルス君とカゲロウ、シーダとフローテが協力してくれると思えば、これほど心強いものはないだろう。

 いくつかの夜を飛び越えて、レックスの所まで着地する。

 その未来は、そう遠くない気がした。

SN5のレックスを相手にした、「星間飛行」の続編です。
ここのフォルスの響友は、長編と差をつけるためにペリエではなくて、カゲロウにしました。カゲロウは響友の中でペリエに続いて書きやすい。
あと、フォルスとシーダが何処で出会ったのかゲーム内では語られていなかったので(見逃しているだけかもしれない)、学園ではすでに顔見知りの、先輩後輩の間柄にしました。それ以外、ソウケンとカリスはユクロスの仕事先で出会ったという事にしました。

更新履歴:2015年11月07日