それでも世界は美しい(01)

 私、・ヨルミヤは聖王国は聖王都ゼラムにある、とある喫茶店で働いている。
 夜になって喫茶店のバイトの定時が過ぎたので、二階建てのアパートに一人寂しく帰宅した所――だった。

「あれ? 開いてる?」

 家の玄関の鍵が開いていた事に気付き、玄関前で立ち止まる。
「何で?」
 鍵をかけ忘れた? いや、それはない。その証拠に自分の家の鍵は、手の中にある。
「あ!」
 私は慌てて、郵便受けの上に置いてある植木鉢を取り上げた。植木鉢の底を確認。
「無い!」
 植木鉢の底に隠してあった合鍵が無くなっている。その事に関して落胆はせず、それをむしろ、嬉々として受け入れる。
「帰ってきたんだ!」
 私は慌てて玄関を開け、家の中に入った。家に入れば、家を出る時に消していったはずの明かりもついていた。間違いない。
 自分の家の中だというのに走って、部屋に向かう。

「先輩!」
「やあ、お帰り」

 部屋では先輩がにっこり微笑み、私を出迎えてくれたのだった。
 私は先輩の姿を見て息をつくと、コートを脱いで、ソファに腰掛けている『彼』に近付いた。

「いつ、帰ってきたんですか」
「昼間にはゼラムについてた」
「え、それなら私が働いている喫茶店に立ち寄ってくれて良かったんじゃないですか」
「蒼の派閥の本部に立ち寄って、今回の仕事――トレイユで起きた事件の報告をしてたからね。そこでつい、長居してしまったんだ」

 そうだったのか。それが私の知らない場所ではなかった事に私は胸を撫で下ろし、先輩――マグナ先輩の話に納得する。

「今回の仕事の遠征先は、帝国のトレイユだったんですよね? 大変でしたか?」
「いや。他の皆が頑張ってくれたおかげで、俺はあんまり仕事しなかったかな」

 あはは。マグナ先輩はそう言って何でも無い風に笑うだけ。
 今回のマグナ先輩の仕事は、トレイユで起きている稀少種の竜の子をめぐる事件を解決せよ――だったはず。何でも、マグナ先輩の仲間の一人がその事件に巻き込まれ、マグナ先輩も引くに引けなくなったとか。
 私もマグナ先輩の隣に座りたかったけどそこは我慢して、台所に向かう。
「ユエル達は、無事でしたか」
「うん。ユエルも、アカネも、アルバも無事だ。その三人は、竜の子事件で世話になった宿屋のご飯が美味しくて、今でもそこに居ついているよ」
 台所でマグナ先輩の好きなハーブ入りの紅茶を用意している最中、マグナ先輩からその話を聞き出した。
 あの三人が居つくほどに美味しいご飯があるとは、それは興味をそそられる話だ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 マグナ先輩は帝国から聖王国までの長旅で疲れているだろうに、そんな疲れた顔は見せずに、私の紅茶を受け取ってくれた。
 そして。
「旅先から聖王国のの家に帰ってのこの紅茶を飲んでいると、聖王国に帰ってきたんだなって実感がわくよ」
「あ、ありがとうございます」
 えへへ。これがマグナ先輩の本心でなくとも、マグナ先輩がそう言ってくれるのは嬉しくて、つい、顔がほころぶ。
「あの三人が居つくほどっていうその宿屋の食事、私もいつか味わってみたいですね」
「うん。そうだね。トレイユの街外れにある宿屋なんだけどさ、確かにユエル達が気に入ってもおかしくないくらい、料理が美味しかったよ。それ食べてる最中、この料理をにも分けてあげたいって思ったしね。いつか、も一緒にそこの宿屋に泊まってみない?」
「え。と、泊まりですかっ?」
 ただ「トレイユにある宿屋の料理を食べてみたい」という話だったのに、泊まりまでいきますか!
「嫌?」
「い、嫌じゃないですよ! 先輩となら何処でもついていきます!」
「そう、ありがとう」
 マグナ先輩は私の挙動がおかしかったのか、遠慮なく笑いながらそう答えた。
 ……そうはいっても、私とマグナ先輩が二人揃ってそのトレイユの宿屋に行けるのは、当分先だろうな。
 私は落ち着きを取り返した後で、マグナ先輩の隣に座り、今回、トレイユで発生した竜の子事件について何か面白い事はなかったのかと、問い質した。
「それで、トレイユの竜の子を狙ったという今回の事件はどうでしたか。この事件の首謀者も無色の残党だったんですよね」
「うん、まあ、敵が無色の残党には違いなかったんだけどさ……、敵にも色々事情があって、やりきれない話ではあったな」
 あれ。マグナ先輩にしては珍しく、沈んでいるようだ。いつもなら「これで街の平和が守られたよ」と笑顔で返してくれるのに。
 トレイユで先輩の身に何があったのだろう。こんな先輩は、先輩らしくない。かといってそれらの事件に深く関わっていない自分がその全容を聞き出すには無理がある。だから私は。
「あ、あの、先輩、私は先輩のやってる事は凄いって思いますよ!」
……」
 私なりにマグナ先輩を励ましたつもりだった。
「……」
「……」
 沈黙。
 あああ、これはマグナ先輩には逆効果だったか! 私が自分のせいで沈んでいるとマグナ先輩に名前を呼ばれた。
「……
「はい?」
 マグナ先輩に名前を呼ばれて、振り返る。
「おいで」
「……」
 にっこり。いつもの人当たりの良い笑みを浮かべて手招きするマグナ先輩と、それに緊張したように身構える私と。
「久し振りに此処に帰ったんだ。事件を忘れて、を堪能したい」
「……仕方ないですねー」
 私は本当に仕方なくという態度で、マグナ先輩のひざに座って彼に抱きつく。マグナ先輩もそんな私を見て苦笑しながらも、私を受け入れる。
 マグナ先輩は私のあごに指を添えて、言った。
「口付け、良い?」
「……」
 私はマグナ先輩のそれに応えるよう、目を閉じる。
「ん」
 触れ合うだけの口付けがあっさりと終わる。
 目を開けた途端に、マグナ先輩と目があった。
 マグナ先輩が私に悪戯っぽく、訊いてくる。
「名残惜しい?」
「それは、先輩の方じゃないですか」
の方が物欲しそうだ」
「いえいえ、先輩の方こそ」
 私とマグナ先輩はそう譲り合うも、それはすぐに終わり我慢出来なくなってどちらからともなく二度目の口付けを交わし、それが勢いをつけて深くなっていく。
 誰にも――マグナ先輩の仲間達にも邪魔されない、二人だけの静かな空間。
「……はぁ」
「何だ、もう降参?」
 耐え切れなくなって息を吐く私と、つまらなそうに唇を外すマグナ先輩と。
 私はいつでも余裕たっぷりのマグナ先輩の態度が気に入らず、そっぽを向いた。
「……先輩は余裕有り過ぎて面白くないです」
「俺は、の方が余裕有り過ぎるような気がするけどね」
 私の方からマグナ先輩の表情は見えないが、マグナ先輩は余裕たっぷりに笑っているだろう。
「いえいえ。私は先輩が旅から此処に帰って来るまで、全然余裕なく過ごしてましたよ」
「……へえ、どういう風に?」
「そうですね。先輩が旅先で他の女といちゃついてないかとか、旅先で怪我をしていないとか、長旅の間に私を忘れていないとか――」
「――俺は以外の女は目に入らないし、先祖の恩恵を受けているせいで怪我をするはずがないし、旅先でを忘れるわけが無い」
 マグナ先輩はいつもの笑みを消して真面目な顔で、真剣な声で、そう、答えた。
 私はマグナ先輩のその返事に少し泣きそうになりながら、それでも泣き顔を見られたくはないので、マグナ先輩の首に自分の腕を巻きつけてそれを誤魔化す。
「そうですよね。先輩は私にぞっこんなんですから、そんな先輩が私を忘れるわけがありません」
「いやいや。の方が、俺にぞっこんじゃないのか」
 マグナ先輩は私に応えるよう背中にその腕を回して、優しく抱き締めてくれる。
 その後は私もマグナ先輩と離れたくない一心で彼にしがみついたままで、マグナ先輩も私を支えたまま動かない。
「……」
「……」
 しばらく、その状態が続いた。
 もう十分にマグナ先輩を堪能した私は、マグナ先輩の顔を見ないで、今、一番聞きたい事を聞いた。
「……今回はいつまで、一緒に居られるんですか?」
「……」
 いつもなら「一週間」とか「半月」とか返事がくるのに、今回は中々その返事が得られなかった。
「先輩?」
 私は鼻をすすりながら返事が来ない事に不安になって、マグナ先輩の顔を覗き込む。
 するとマグナ先輩は困った風に笑い、衝撃的な言葉を吐き出した。
「……明日」
「え?」
「俺、明日にはもう此処を出て、次の仕事先に行かなくちゃいけなくなった」
「は?」
 明日? 何だそれ。今まで一番短い時でも二日は私の為に時間を使ってくれたというのに。どうして。
 マグナ先輩は私を落ち着かせるよう、私の頭を撫でながらその理由を話した。
「本当は、今晩、の家に行く予定じゃなかったんだ。蒼の派閥に立ち寄った後は、ミモザ先輩の屋敷に戻る予定だった。そこで皆と一緒に明日の予定を立ててから、明日の朝に出発という事になっててね。俺はその会議を途中で抜け出して来たから、帰れば多分、ネスに大目玉を食らうな」
「……またネスティさんですか」
 マグナ先輩はネスティさんの名前を自分で言って、彼のその後の行動に想像がついたのか、笑う。しかし私はマグナ先輩の口からネスティさんの名前が出た事に、笑えなかった。
 ネスティさんはそうやっていつでもマグナ先輩と居られるくせに、こんな時くらいしかマグナ先輩と会えない私の邪魔をしてくるので、私はネスティさんが嫌いだった。
 マグナ先輩は私の気持ちを察したのか、諭すように言った。
。ネスはネスで、俺達の事を考えてくれているんだよ。ネスが旅の計画を練らなければ、俺達も危険な事になるからね」
「……それは、分かっていますよ」
 ネスティさんの立てる計画は、いつも、隙がない。
 マグナ先輩によれば今回のトレイユの事件も、その事件に巻き込まれたユエルを泳がせて情報を仕入れ、最後の最後でマグナ先輩達が駆けつける――というもので、それが功を奏したので事件解決まで早かったらしい。
 私もネスティさんの実力は嫌というほど知っているので、今更、彼の能力に関して疑いの目を向ける事もない、けれど。
 私はネスティさんばかりマグナ先輩の側に居られるのが気に入らないので、それから話を元に戻した。
「それで――、トレイユの次の遠征先は何処です」
「……旧王国」
「え」
「旧王国で、無色の残党が暗躍していると聞いた。そこでは、無色以外にも暗殺集団である赤き手袋も一枚噛んでいるらしい。これは、見過ごせないよね」
「旧王国……」
 旧王国といえば、この聖王国、そして、派閥に属する召喚師を目の敵とし、色々危険な思想を持つ連中が多い国ではなかったか。マグナ先輩はそんな危険地帯に行くのか。
「……それ、先輩が必要で先輩に依頼してきたんですか? そんな危険地帯に先輩が行かなくても、ルヴァイドさんの自由騎士団が頑張れば何とかなるんじゃないですかね」
「事件の情報を仕入れてきたのは、そのルヴァイド達だ」
「……」
「多分、俺の力が必要になってくると見込んで俺に――いや、俺のクレスメントの力を借りにきたんだろう」
 それはすなわち。
「先輩のクレスメントの力が必要になるという事は、傀儡戦争以来の、大きな戦いになるという訳ですか」
「……否定はしない。その臭いがするからって、フォルテ達もいつも以上に乗り気なんだ」
 マグナ先輩は言葉通りに否定せず、うなずく。
 私は。
「……、ネスがさ、情報を仕入れる為と、現地に溶け込めるよう、早いうちから旧王国に入った方が良いっていうんだ。他の皆も――ルヴァイド率いる自由騎士団も、俺の仲間のフォルテ達もそれに賛成だって。俺だけ現地入りを遅くするわけにもいかないし、だから――」
「――次に帰る時は、いつになるんですか」
 私はマグナ先輩の話を最後まで聞かず、それを問い質した。

「いつですか」
「……」
 マグナ先輩は、答えない。

「……」
「……」

 今まで甘い雰囲気だったのが一転、暗雲がたちこめる。



 ああもう、久し振りに恋人の時間を過ごしているというのに、どうしてこんな事になるのか。


 私は沈黙している間、自分とマグナ先輩の境遇を考えている。


 マグナ先輩は、蒼の派閥に属する召喚師である。

 マグナ先輩は蒼の派閥の召喚師の中でも特に優秀ではなかったが、彼の祖先がこの世界――リィンバウムの歴史に関わる事件の首謀者であり、かつ、一族がリィンバウムを支配するというエルゴの力を上回るほどの強大な魔力を持っていたせいで、ある事がキッカケで現代になってマグナ先輩がその一族の力を受け継いでいる事が発覚し、それが元で悪魔やその力を利用しようと企む派閥の幹部達に目をつけられてしまう。
 数年前、リィンバウム全土を巻き込んだ「傀儡戦争」を引き起こしたのも、マグナ先輩の一族が持つ力に関係しているようだがそれは、ゼラムの城と、蒼の派閥と金の派閥の一部の幹部だけが知るものであり、世間では公表されていない。
 しかし傀儡戦争は、マグナ先輩とその仲間達の活躍により、終結する。
 マグナ先輩達の活躍により世界は平和を取り戻したかのように見えたが、実は違った。
 傀儡戦争が終わったからといって悪魔の脅威が去った訳でもなく、更に言えば派閥の中でも危険な思想を持つ召喚師が多いと言われる無色の残党も各地で嫌な事件を引き起こしているといえば、正義感の強いマグナ先輩はそれを放っておけるはずがない。
 マグナ先輩は最初、先祖から受け継いだクレスメントの力を嫌がっていたが、ある時になって、その力を良い方向に使うべきだという考え方に変わったという。……多分それも、ネスティさんの言葉や思想が彼をそういう風に動かしたのだろうというのは、簡単に想像がつくだけに、悔しいものがあったけれどね。
 ――少しでも多くの人が俺の力で救われたら、それで良い。マグナ先輩はその信念の元、世界各地を回り、悪魔と無色、その他、様々な脅威から世界を救う旅に出るようになった。
 それから蒼の派閥、金の派閥は元より、ゼラムの城や聖王国の管轄外である帝国でさえ、マグナ先輩の力を無視出来る訳がなく、彼等はマグナ先輩の力を――いや、彼のクレスメントの力を期待して、仕事を依頼する事が多いという。マグナ先輩は今や売れっ子召喚師である。国をまたいでマグナ先輩が注目されるのも、ルヴァイドさんが結成した自由騎士団『めぐりの大樹』の影響を受けている。

 そしてマグナ先輩は気がつけば世界の何処かに居て、私はこの聖王国に留まって彼の帰りを待っている。


 そんな私がマグナ先輩と、どうしてこういう関係になったのか。



 話は、五年前に起きた傀儡戦争が始まる前にさかのぼる。


 私こと・ヨルミヤは、蒼の派閥の召喚師だった。
 それが過去形であるのは、蒼の派閥の昇格試験を受ける直前でそこから手を引いたからである。
 私の家名であるヨルミヤといえば、シルターンを祖とする召喚師の中ではそこそこ有名で、ジローラル家やロランジュ家ほどではないが、名門と謡われる家柄だった。
 ヨルミヤの四人兄弟のうち、姉と兄も蒼の派閥で腕を磨き、そこで兄は首席で、姉は総合成績二位を取ったうえで昇格試験に挑み合格という快挙を成し遂げ、そしてヨルミヤという名の信頼もあり、今では王城ゼラムのお抱え召喚師として働いているくらいだ。十に満たない四番目の弟も召喚師になる為の英才教育を受けている最中で、兄や姉と同じ道を進むだろうと、将来を有望視されている。
 因みに聖王国出身の召喚師であれば、自動的に蒼の派閥に入る事が出来る。本人の意思や家柄で金の派閥に異動させられる事もあったが、ヨルミヤでは代々、蒼の派閥入りが決定される。
 そして三番目の私もヨルミヤの例外はなく、ある年齢に達してから蒼の派閥に入り、親元を離れてそこの寄宿舎で召喚師の腕を日夜磨き、姉と兄のよう、首席は無理でも上位の成績で昇格試験を受け、お城、いや、お城は無理でもそこそこの有名な店に、お抱え召喚師として雇われている――はずだった。

「それがこんな事になるなんて……はぁ」

 私は、蒼の派閥が嫌になって途中で抜け出したせいで、今ではゼラム内にある喫茶店の下っ端として皿磨きをする日々であった。
 それというのも蒼の派閥に入ったは良いが、そこでは姉と兄のように上手くいかず、挫折したせいだ。その原因の一つとして召喚術どころか一般の教科の成績も悪い――これだけならまだ改善の余地はあっただろうが、ヨルミヤの名前のせいというか、兄と姉のせいで皆からいつも期待を込めた目で見られるし、それでも期待通りの結果が出ないものだから、その後、あからさまにガッカリされるのが嫌になり、更には陰口やら陰湿なイジメやらを受けていた事もあってか、蒼の派閥を抜け出した次第である。
 しかしこれは表向きな理由であり、真実は別の所にある。
 私はどうも召喚獣を召喚術という人間の力技で言う事を聞かせるという手法が苦手であり、更には召喚術の力で召喚獣や同じ人間を傷付ける事が嫌いだった。どうやら召喚師には向いていないようだ。今までは気のせいだと自分を誤魔化してきたのだけれど、それが確信に変わったのは、蒼の派閥で実施された、召喚術の訓練を受けた時だった。
 訓練内容は師範が架空の空間を作り上げ、そこに何体かの召喚獣を呼び寄せ、自分の持てる力で彼等を倒せというものだった。倒せという事はつまり、そこに呼ばれた召喚獣の死、あるいは消滅を意味するのだけれど、師範が言うには『召喚獣も偽物で作ったものだから、遠慮せずにやってくれ』との事だが、あれはどうみても本物ではないかと思った。蒼の派閥は研究という名目で召喚獣を扱っているようだが、やっている事は金の派閥や無色と変わりないと、思う。そしてたとえ師範の言う通りに彼等が偽物であったとしても、どうにも召喚獣をこの手で傷付ける気にはなれなかった。しかしこの時は師範の言う通りに自分の持てる力でその召喚獣を召喚術で消滅させていったが、私が倒した召喚獣の数は他の生徒達と比べると、最下位だった。そして皆から「何であれがヨルミヤの人間なんだ」というような蔑んだ眼で見られるという、散々な結果である。
 これでどうして召喚師になれようか。ヨルミヤの人間に産まれてきたばかりに自動的に召喚師になるべきであるというのは、どうにも理不尽であった。自分は召喚師に向いていないというのに。これが裏向きの理由というのは、召喚師の家系に生まれてきたくせに召喚師に向いていないとは贅沢だとか、同じ召喚師に批判されたくなかったからだ。
 表向きの理由――成績不振でヨルミヤの重圧に耐え切れなかったと、それを震えながら親と兄と姉に訴えればあっさりと「召喚師を辞めたいなら辞めていい」という返事が。親には「兄と姉が優秀なうえに、おまけに弟もどうにかなりそうだから、この三人のうちの一人に家督を譲る気だったので、お前は好きにしなさい」と言われ、兄と姉からは「誰も元から期待していなかったので、好きな道に進め」とさわやかな笑顔で言われる始末だった。
 ……自分としては「ヨルミヤの名前を汚しおって、勘当だ!」と父親に怒られたり、「それでもヨルミヤの子ですか」と母親に泣かれたり、兄と姉に「勉強をみてやるから、もう少し頑張れ」と励まされるのを期待してたんだけど。全くそういう事がなく穏便に蒼の派閥の退出手続きが進み、更にその後、蒼の派閥で世話になった先輩の紹介で「喫茶店のバイトが決まった」と告げれば親と兄弟からむしろ、何処かほっとしたような顔で「長続きすると良いね」と送り出されたのは、召喚師の家系としてどうなのだろうか。しかし四番目の弟からは「姉ちゃんってバカだよね」と期待通りにバカにされたのだけども。


 それを蒼の派閥の先輩で、どういう訳か同じ喫茶店の雇われ店員として働いていたマグナ先輩に表向きの理由を話した上で家族の対応の仕方も話した所、

「良い家族じゃないか」

 と、笑って答えてくれたのだった。

 マグナ先輩というのは、蒼の派閥出身の召喚師である。先日、昇格試験を受けて、それに合格し、蒼の派閥を出て何処かに雇われるはずだったがどういう訳か意地悪な師範に見聞の旅に出ろと言われて、護衛獣を連れて、聖王国のあちこちを回っているらしい。
 それでどうしてこの喫茶店で働いているのかと問えば、
「いやー、旅の途中で一緒に戦ってくれる仲間が増えたりで、それで武器の調達だとかの資金が底をつきそうでね。ミモザ先輩達に頼りっぱなしなのもいけない。それ以外でも、個人で自由に使えるお金も欲しかったんだ」
 と、それが何でも無い風にあっけらかんと答えてくれた。

 私もまさか、こんな所でマグナ先輩と再会するとは、夢にも思わなかったけれど。



 私とマグナ先輩は、喫茶店で再会する以前、蒼の派閥の本部内で顔をあわせていた。
 
 といっても、マグナ先輩の方は私の事を知らない。私が一方的にマグナ先輩を――というか、ネスティ先輩を知っていただけ。
 私は喫茶店でマグナ先輩の顔を見た途端、つい、前から顔見知りのように接してしまった。

「あれ、マグナ先輩じゃないですか」
「え? 何で君、俺の名前知ってるんだ?」
「あ」

 慌てて口をふさいだが、もう遅い。
 マグナ先輩は私を逃がさないよという風に、睨む。
 私は、しどろもどろに答える。
「あ、ええと、私もマグナ先輩と同じく、蒼の派閥出身でして……」
「そうなんだ。でもそれだけで、俺の名前を知ってるの、変じゃない?」
 ごもっともで。
「ネスティ先輩に目を付けてた友人が居ましてね……」
「ネスに?」
「はい。ネスティ先輩、色白で美人だから、派閥内の女の子達に人気があったんですよ。私の友人もネスティ先輩の追っかけやってたんです。それで、ネスティ先輩に注目していると、マグナ先輩ももれなく付いてきますからね。だから、蒼の派閥で二人の事はけっこう、有名だったんですよ」
「へえ。まあ、確かにネスは顔が良いと思うけど、そんなに追っかけられてたかなぁ?」
 マグナ先輩はしきりに首を傾げる。それはそうだろう、当時のマグナ先輩はネスティ先輩を、ネスティ先輩はマグナ先輩しか見ていなくて、二人の世界を作る事が多く、そこでの彼等は私達の熱い視線を跳ね除けていたのだから。
 一部で二人はデキてるんじゃないか、と、妙な妄想をしている女の子も居たくらいである。
「それで君、ええと」
です。・ヨルミヤ」
は、蒼の派閥出身で、それで俺達を知ってたようだけど、君、俺達より一つ下なんだっけ。何でこんな所で、働いてんの? 蒼の派閥に居れば生活には困らないようにはしてくれると思ったし、派閥では昇格試験を受けてそれに合格しない限り派閥が請け負う仕事以外は禁止してなかったかな」
 う。
 此処でその質問がくるか。
「実はですね……」
 そして私はそこで、マグナ先輩に自分の身の上を明かした。
「へえ。蒼の派閥の授業に追いつけなくて辞めたっていう話は結構聞いてるけど、それは俺みたいな何処の馬の骨か分からないような成り上がりの子が殆どで、君のように家柄が良い子が辞めるってのは聞いた事がなかったなー」
「私の場合、その家柄がアダになったんですけどね」
 あはは。私はうつむいて、笑うしかない。
 私の身の上を聞いた召喚師達は、同情して何も言わずに哀れむような目で見て来るか、「ヨルミヤも君の父の代で終わりだね」とか、「ヨルミヤの名前で優遇されなかったのが不満だったの?」とか、嫌みったらしい言葉をくれるかの、どちらかだった。マグナ先輩も彼等と同じだろうと身構えていたら。
みたいな名家のお嬢様でも、蒼の派閥を逃げ出す事もあるのか。それはそれで、面白いね」
「え」
 私は顔を上げて、マグナ先輩を見る。
 今まで私の身の上話を聞いて肯定したのは、マグナ先輩だけだった。
 マグナ先輩は続ける。
「だってさ。成り上がりの連中が辞めた場合、そのまま『はぐれ』になって悪党達とつるんで金儲けとか、力を持たない一般人をおどしたりして、召喚術を悪い方向に使う事が多いと聞いている。でもはそんな風に考えず、ちゃんと此処で働いている。こういうの、召喚師では中々居ないから、面白いよ。それにね」
 それに?

「それには、ヨルミヤの名前を利用せずに頑張ったうえで、逃げ出してるんだ。そこは、偉いと思うよ」

 私は。


「マグナさん、話し込んでないで出前頼みますよー」
「あ。すみません。すぐ行きます!」

 マグナ先輩は、この店の先輩であるパッフェルさんに呼ばれ、厨房から表へと出て行ってしまった。
「……」
さん? 手が止まってますよ?」
「うわっ」
 マグナ先輩と行ったと思ったパッフェルさんがいつのまにか、私の後ろに立って、そう指摘した。私は驚いて、パッフェルさんの方を振り返る。
「す、すみません、すぐやりますんで」
さん、顔真っ赤。ひょっとして、マグナさんにときめいたりしたんですかー?」
「か、からかわないでください!」
 後ろでくすくす笑うパッフェルさんと、慌てて皿洗いを再開する私と。
 パッフェルさんは私の身の上を知っているし、どうせさっきのマグナ先輩の会話も盗み聞きしていたに違いないと思った。
 私は皿洗いをしながら、未だにその場を動かないパッフェルさんを問い質した。
「……パッフェルさん、マグナ先輩を知ってたんですか?」
「ええ。私がマグナさんに此処で働いてみたらどうかって、紹介したんですよ」
「え、そうだったんですか」
「はい。さんと同じですねー」
 パッフェルさんが私を見て、笑う。
 私はこれは初耳で、驚いた。
 パッフェルさんは何故か、蒼の派閥所属のギブソン先輩とミモザ先輩が所有する屋敷に出入りする機会が多く、そこでマグナ先輩と顔見知りだったという。
 因みに私にこの仕事を紹介してくれたのは、そのギブソン先輩である。ギブソン先輩は私の家と親しい間柄で、更には派閥内で兄と姉の面倒を見てくれていた人でもあったので、私も彼に蒼の派閥を辞めた方が良いかどうかの相談もしていた。それだからギブソン先輩には私が召喚獣や人間を召喚術で倒す事に抵抗があり、それで召喚師に向いていないという裏の理由も包み隠さず話してあった。ギブソン先輩は話しやすくて、とても良い人だ。
 ギブソン先輩は蒼の派閥を辞める決心がついた時、私が路頭に迷わないようにと、この喫茶店を紹介してくれたのである。
 ギブソン先輩の紹介がなければこの喫茶店で働けなかったし、何より、マグナ先輩とも会えなかっただろう。
 そして私は、ヨルミヤの名前を汚したどころか、ギブソン先輩の顔に泥を塗る訳にはいかないと思い、この喫茶店の仕事は真面目に続けようと思った次第である。だけど、この喫茶店の仕事も今一つで、つまらないなぁと思っていた矢先に、マグナ先輩が現れたのだった。
 そういう訳で同じくこの喫茶店で働いているパッフェルさんはマグナ先輩がどうして見聞の旅に出ているか、彼がどうしてギブソン先輩達の世話になっているか、そういう事情にも詳しいようだった。でも今の私では、そんな事を彼女に聞ける勇気はない。パッフェルさんが悪戯っぽい笑みを浮かべて、私をけしかけるように言った。
「マグナさんのお仲間には、可愛い女の子も多いんですよね。護衛獣のハサハちゃんも可愛いくて、将来、マグナさんと結婚するとまで言ってるんですよ。マグナさんって意外と、競争率高いですよ。頑張ってくださいねー」
「だから違いますって……」
 違う。マグナ先輩に対して、そんな浮ついた気持ちは抱いていない。
 たったそれだけで――今までそんな「頑張ったうえで逃げ出してる」とか、「偉いね」なんて肯定的な言葉は親兄弟にも言われた事がなかったのに、それを言われただけで彼に転ぶなんて、こんな事が。

 ……こんな事が有り得るから、困った。



 それから。
 
 マグナ先輩のバイトの日は旅をしているせいかまちまちで、それでも何故か私のバイトの日と一致する事が多く、蒼の派閥出身者同士という事もあってか、休憩中は二人で会話するまでの仲になった。

 休憩中の会話といえば、マグナ先輩の見聞の旅についての話が殆どだった。昇格試験を合格したのはいいものの、意地悪なフリップ師範の策略で半ば追い出されるように兄弟子のネスティ先輩と見聞の旅に出る事になって、ひょんな事からレルム村に行き聖女と出会い、そして、聖女を狙うデグレアと戦っている事を、聞き出した。
 私といえば、ゼラムの周辺でそんな事件が発生していたとは知らなかったので、溜息を吐いてそれに応じる。
「はぁ、ゼラム近辺でそんな事があったなんて、私は知りませんでしたよ。色々、大変な事になってたんですね」
「そうだよ、大変なんだよ。しかも、アメルを守るだけじゃなくて、どういう訳か俺が個性が強い皆をまとめなくちゃいけないしさ、はぁ」
 マグナ先輩は本当にぐったりしたように机に体を預け、私に愚痴をこぼす。愚痴の内容は暗いものばかりで、聞く方も忍耐力がいっただろうが、しかし、私はマグナ先輩に片思い中だったし、彼の旅の話は聞きようによっては面白かったので、そのままを受け入れていた。
「また、マグナ先輩の冒険談を聞かせてください」
「ああ。が聞いてくれるなら、いくらでも話してあげるよ」
 くらいだよ、俺の後ろ向きな愚痴を聞いてくれるのは。マグナ先輩はいつも最後そう言い残して、仲間達の元に帰っていく。

 そんな日が何日か続いて、ある時、ぱたりとマグナ先輩がゼラムの店に来なくなった。
 しかも、パッフェルさんも姿を見ない。
 これは、どういう訳だろう。
 ……まさか、聖女を狙うデグレアにやられたとか? いやいや、マグナ先輩にはネスティ先輩がついている、それは有り得ない。
 そういえば前もこんな事があったな。あれは、いつの話だったか。どうして店に来なかったのかと問い詰めれば、マグナ先輩は「ファナンで海賊退治やってた」と笑って答えてくれた。
 そうだ、そうだ。また前みたいに、ファナンに寄り道しているに違いない。お祭りも近いし。……祭りか、良いな。マグナ先輩と一緒に行ければなぁ。
 と、夢見る乙女のように、喫茶店の仕事を続けながらマグナ先輩の帰りを待ちわびていたら。


「マグナ先輩!」

 祭りの前日に、マグナ先輩が喫茶店に姿を見せた。

「お帰りなさい」
「ただいま」

 此処はマグナ先輩の家でも、私の家でもない。それなのに自然とそういうやり取りになって、お互い、くすくす笑う。
「今回も、ファナンに寄り道してたんですか?」
「……いや」
 私はなるべく明るい調子でそう聞いたものの、マグナ先輩は浮かない顔をしている。
 そして。
のいれた紅茶が飲みたいな」
「あ、はい、ただいま!」
 マグナ先輩は何処からか帰って来ると必ず、私のいれた紅茶が飲みたいと注文をくれるようになった。それでマグナ先輩がバイトではない日も、こうやって、私が居る時を見計らって喫茶店まで来てくれる。私は慌てて厨房に向かう。
 マグナ先輩はいつもの笑みを浮かべてそう注文をつけるも、それが何処か無理して笑っているように見えて、私はマグナ先輩がどういう旅をしていたのか分からない自分がもどかしく、胸が苦しかった。
「どうぞ」
「ありがとう。……のいれる紅茶は、あったかいなぁ」
 紅茶を出せば、それを美味しそうに飲んでくれる。
 マグナ先輩のその顔を見ているだけで私の心も、あったかくなる。
 紅茶を一口飲んだマグナ先輩が、私を見て言った。
「そうだ。明日、ファナンでお祭りがあるの、知ってる?」
「はい、知ってます」
 まさか。
、俺と一緒に行かない?」
 来た!
の用事が無かったらで、良いんだけどさー」
「用事なんてありません! その日は、一日、予定無しです!」
 私はマグナ先輩に何があったのか知りたくてモヤモヤしてたけれど、その誘いだけで、そのモヤモヤした気分は一気に消えてしまった。
「それじゃあ、約束の時間に」
「はい、喜んで!」
 わー。
 今夜は興奮して、眠れそうにないな。


 そして、祭り当日。

 私は普段は余りしない化粧もして、流行色を取り入れた服も着て、気合を入れて祭りに臨んだ。
 夜になって、ゼラムの喫茶店に急ぐ。祭り会場のファナンではなく、ゼラムのいつもの喫茶店が待ち合わせ場所だった。少し緊張して喫茶店に行けば、マグナ先輩がすでに席について手をあげている。

「マグナ先輩」
 召喚師の端くれといっても戦闘経験の無い素人がファナンに通じる街道を行くには多少の危険があったので、マグナ先輩とはゼラムのいつもの喫茶店で落ち合う約束をしていた。普通の一般人は馬車にお金を払って街道を進むのだけれど、私も最初は馬車にお金を払って街道を行く予定を立てていたが、マグナ先輩は「自分がを護衛すればいい。そうすれば馬車代が浮く」と言って、そういう事になった。
 マグナ先輩は私を見るなり、それに気付いてくれた。
「あれ、いつもと雰囲気違うね」
「お祭りですからねー。いつもより気合入れました」
「あはは、そうなんだ」
「どうですか」
「うん、似合ってるよ」
 えへへ。マグナ先輩に褒められるだけで、にやけてしまう。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
 二人で連れ立って、ファナンを目指した。

 ファナンのお祭りは、聖王国最大と謡われるだけあって、楽しかった。
 美味しそうな料理が並ぶ夜店に、召喚獣を使ったパレード、ピエロが宣伝するサーカス。どれも楽しくて、見応えがあって、私もそれにあわせるよう、ふわふわしっぱなしだった。
 祭りの最中で、マグナ先輩の仲間だという人達と出会った。フォルテさんとケイナさんと妹のカイナさんを始め、ミニスちゃんとマグナ先輩の護衛獣だというハサハちゃん、ユエル、ロッカとリューグの兄弟、モーリンとレナードさん、カザミネさん、シャムロックさんに――そして、噂の聖女のアメルと、久し振りにその顔を見たネスティ先輩。彼等は私を見て私に何か言いたげな表情をしたり、何か気にしている風だったが、「楽しんでる?」と、いつもの調子でマグナ先輩と簡単な会話をして、さっさと立ち去っていった。ネスティ先輩にいたっては冷たい目で睨んできて、そのまま無言で立ち去るという業をみせた。
 私は私で、彼等とは何の接点も無いので相手に話しかける事もなく終わる。
 私はこれで良かったのかと、相手に何か言うべきではなかったのか、失礼な態度を取っていなかっただろうかとマグナ先輩に聞きたかったけれど、マグナ先輩は私に対して何も言わず、ただ、時間が過ぎるだけで。

、もう最後の花火があがる時間だってさ」
「もうそんな時間ですか……」

 花火が終われば、祭りも終わる。
 寂しい。
 もう少し、マグナ先輩と居たかったなぁ。
 そうしんみりしていると、不意にマグナ先輩から話しかけられた。
「……、俺の仲間をどう思った」
「え」
「此処に来るまでの間、俺の仲間と会っただろう。俺の仲間、どう思った?」
 マグナ先輩はいつもの人当たりの良い笑みを消して、真面目に聞いてきた。
「……あー、確かに、マグナ先輩の話にあったよう、個性が強くて、でも、面白そうな人達ではありましたね」
 私もマグナ先輩に、思った事を素直に口にした。
 いきなり、どうしてそんな事を聞いてきたのか。

「――は、俺の仲間に加わる気はないか」
「え」

 その誘いは。
「俺、の事を皆に話したんだ。そしてを、俺達の仲間に入れても良いかって、相談した。はヨルミヤの人間だから、召喚術の補助には打ってつけだって。そしたらさ皆は、俺がをそこまで気に入ってるなら、俺の好きにして良いっていうんだ。でも、皆もがどういう人間か分からないのが不安だっていうから、この祭りを利用して、顔あわせをしてみたんだけど……、どう?」
 どう、と言われても……。
、返事をくれないか」
 私は。
「……仲間には、入りませんよ」

 この時は暗がりで、マグナ先輩の表情がよく分からなかった。
 けれども私は、その意志をマグナ先輩に伝える。
「私は、マグナ先輩の仲間には入りません。それというのも私は蒼の派閥を途中で逃げたせいで、召喚術は中途半端で、とてもデグレアと戦っているというマグナ先輩の戦力にはなりません。余計な気遣いは結構です。私の実力は、私が一番よく分かってますから。私がマグナ先輩達の仲間になったところで、足手まといになって、それでネスティ先輩に睨まれるのが今からでも予想がつきます。それに」
 それに――。
「それに私は、あの喫茶店でマグナ先輩の帰りを待ってる方が、性にあってるんです。そしてマグナ先輩に紅茶を差し出して、マグナ先輩の旅の話とそこでの愚痴を聞いて、それで一日が終わるのが、私の至福の時間となっているんです。私がマグナ先輩の仲間になったら、その至福の時間が取れなくなります。私はマグナ先輩の仲間になる方が、つまらないです。だから私がマグナ先輩の仲間になるのは、お断りします」
 以上。
「……」
「……」
 沈黙。
 一気にまくしたてたものだから、私だけ息が荒い。
 夜風が冷たい。
 罵倒でも呆れるでも何でも良いから、何か言ってくれ。
 そうでないと、泣きそう。
「……俺は、最初、が蒼の派閥を逃げ出したって聞いて、俺と同じと思って親近感がわいた」
「先輩?」
「俺は派閥の召喚師といっても何処の馬の骨か知れないような拾われた子で、それでもラウル師範とミモザ先輩、ギブソン先輩の三人に可愛がられる事が多かった。それで同年代の召喚師や、別の師範から『成り上がりのくせに、生意気だ』って、嫌な目で見られる事がよくあってさ、それに耐え切れず、兄弟子のネスの監視の目をあざむいて、蒼の派閥の授業をよく逃げ出してたんだ」
「……」
 マグナ先輩のサボリ癖は、私も聞いた事があった。「しょせん、成り上がりの子だ」と悪評だったのも覚えている。
「そして俺とは立場は違えど、も似たような境遇で、けれどもが俺と違ってとうとう蒼の派閥を逃げ出したと聞いた時、何処かそれにホッとしたんだ。この時、には悪いけどさ、俺より下の人間が居たのかって思って」
「……」
 私はマグナ先輩の本音を聞いて、不思議と怒りがわかなかった。多分、そう思ってるだろうなと見当がついてたし。
「でもは、俺が思ってたより、しっかりしてる子だった。バイトも毎日かかさず出ているし、召喚師を辞めたといってもそれを包み隠さずに話してくれたし」
 ……いやそれは、私のヨルミヤという名前を聞いてそれでどうして喫茶店で働いているのか不思議に思う人が多かったので、それに嫌気が差して、開き直りで身の上を明かしてたんだけども。
「たとえそれがヨルミヤの名前のせいだったとしてもさ、中々それをあっけらかんと打ち明けられる事でもないよ。普通は結構有名な家柄の娘が蒼の派閥を抜け出すのは恥だからって、言い難い事だろう。の親兄弟もそんなを許してるなんて、意外と腹が据わってるというか、変わってるよね」
「……」
 最後、親兄弟が変わっていると言われるも、それが図星だったので、否定はしなかった。
「そして俺は、がヨルミヤのせいじゃなくて、もっと別の理由で蒼の派閥を逃げ出したのを知ってる」
 え。
「実は前から、ギブソン先輩にの事、聞いてたんだ。ギブソン先輩が、のヨルミヤの家と昔から親しくさせてもらってるって、聞いてたからさ」
「そ、そんな、それ、ネスティ先輩達にも……」
「いや。ネス達はが本当に召喚師を辞めた理由なんて、知らない。ギブソン先輩は俺なら別に良いかって思って、俺だけに話してくれたんだよ」
「……そうですか」
 マグナ先輩の話は本当だろう。
 マグナ先輩は微笑んで、私の手に触れる。
は、優しい子だ。優し過ぎて、召喚師に向いていない。それに早く気がついて辞めたのは正解だ。蒼の派閥は表向きは研究の為だといって召喚獣を扱ってるけどね、裏では色々召喚獣を酷い扱いをしているらしいという噂は聞いてたんだ。金の派閥も無色の派閥の事も言えないくらいにね。俺はギブソン先輩からその事を聞いて、それにが加担しなくて良かったと思った」
「マグナ先輩……」
 触れた手からマグナ先輩の優しさが、伝わってくる。
「それからね」
 マグナ先輩は私の手を握る。私はそれを振り払わず、受け入れる。
「それから、俺の旅の話までは良いとして、俺の後ろ向きな愚痴を聞いてくれたのは、だけだった」
「私だけ? ……マグナ先輩のお仲間は、聞いてくれなかったんですか」
「うん。俺の苦労話なんて、ネスはもちろん、フォルテとかシャムロックでも、誰も聞いちゃくれない。皆、自分の事で忙しいんだ。俺も皆の前でアメルを守ると宣言したものの、それと自分の実力が追いついてない感じでさ、色々くじけそうだった」
 マグナ先輩は髪をかきあげ、参った風に笑う。
 その後、私に優しそうな目を向けて、続ける。
「でもね、そんな時でも、がまた俺の話を聞いてくれる為にあの喫茶店で待っててくれると思ったら、不思議と頑張れるんだ。まだ、アメルを守れるって。この力で皆を守れるってさ。敵と戦っている最中も、この戦いが終わってあの喫茶店に行けば、の美味しい紅茶が飲めるから、その為に早めに戦いを終わらせようと頑張れる」
「……」
「この役目は、にしか出来ない。だから俺、さっき、が俺の仲間にはならないって断ってくれて、安心した。が仲間になってくれるのは歓迎するけど、でもやっぱり、君を危険な目にあわせたくはないし、あの喫茶店で待っててくれないのも寂しい。だからがいつのまにか、俺の安らげる場所になってたのに気がついた」
「マグナ先輩……」
 マグナ先輩はゆっくりとした動きで、私を自分の胸へと抱き寄せる。
 マグナ先輩は笑って――今度は本当に心から笑った顔をして、言う。
は俺の事が好きだろう」
「……何ですか、いきなり。その自信は何処から来るんですか」
が俺の事が好きじゃなかったら、辛抱強く待ってくれないよね」
「……」
「否定しないのか。それなら、口付けして良い?」
「……全く、もう。マグナ先輩だったらそれくらい、いつでも良いですよ」
 マグナ先輩は私に遠慮なく顔を近付けてきて、そして私はマグナ先輩のそれに応えるよう目を閉じる。
 軽く、唇が触れ合う。
 私は目を開けてマグナ先輩を見詰めて、言った。
「……実は、マグナ先輩の方が私の事を好きでしょう?」
こそ、その自信は何処から来るんだ」
「だって、マグナ先輩が私を好きじゃなかったらそんな風に、抱き締めてくれませんよね」
「……」
「否定しないんですか。それなら、もう少し抱き締めててください」
「……全く。だったらこんな事くらい、いくらでもしてやれるよ」
 私は言った後でさっきより腕に力を込めて、マグナ先輩を抱き締め返した。マグナ先輩も私に応じるよう、さっきより強い力で抱き締めてくれた。
 と。
 周囲で爆音が轟き、人々の歓声が上がった。
「あ、花火、始まりましたよ」
「本当だ」
 それでも私とマグナ先輩は抱き合ったままで、空を見ようとしなかった。
 花火の音だけが聞こえる中で、マグナ先輩が私にささやく。

「明日からまた、旅に出る。は、俺の帰りをあの喫茶店で待っててくれるか」
「はい。私はいつでも、あの喫茶店でマグナ先輩の帰りを待ってますよ」

 マグナ先輩は私の返事に満足したように笑って、その後。

 私達は花火はそっちのけで、二回目の口付けをかわした。

更新履歴:2013年02月01日