1センチの夜明け(01)

 どうして、彼に魔剣なんて危険なものが宿ってしまったのだろう。

 あの剣は、裏切り者のヤードの手によって、海に捨てられる運命だったのに。

 私は魔剣がヤード本人、あるいはそれ以外の、誰の手でも良い、海でも山でもいいから何処かに捨てられ、この世に存在しないものとして認識されるのを期待した。それがこんな事になるなんて。

 それでも魔剣は魔剣の持ち主として相応しい人間に選ばれるものかと、思っていた。此処でいう『魔剣に相応しい人間』というのは、無色の頂点に立つ破壊王、オルドレイク・セルボルトである。彼以上に魔剣の使い手は居ないとすら思ったほどだ。彼ならば魔剣の本来の使い方である破壊活動のみにその剣を振るってくれるだろう。そして私はオルドレイク様が持つその魔剣に切られて美しく散っていく。これが私の理想的な死に方だった。

 それなのに、何で魔剣はあんな――破壊活動から遠ざけるように、優しさだけで生きているような男を選んだのか。

 有り得ない。

 それでどうして私が化け物だらけの島に漂着して、野蛮な海賊達の中で生活しなくてはいけなくなったのか。

 有り得ない。


 そして無色の召喚師で魔剣を追いかけていた私が、その島で魔剣を宿した男と出会うとは誰が思っていただろうか。


 ――しかしその男の優しさほど残酷なものはないと気がついた時、私の世界は壊れていった。




 ジャキーニ一家の朝は騒々しい。

、ドリンクのおかわり頼む」
「あ、はい、ただいま!」

 はジャキーニ船にある食堂で、海賊達が座るテーブルの間を忙しなく移動していた。

、おかわりくれ、おかわり!」
「分かりましたぁ、しばらくお待ちください!」

「おーい、こっちが注文したのがまだ来ないぞ」
「はいはい、何の注文取ってましたかね」

、こっちはこれ注文してないって。多分、あっちの奴じゃないか」
「うわ、すみません、すぐ取り替えます」

 呼ばれては海賊達の注文や御用聞きを取り付けてきては、この食堂を取り仕切るオウキーニの元に急ぐを繰り返している。
 そして一時間後。

「ごちそうさん!」

 食事を終えて満足そうな海賊達が、わらわらと食堂を出て行く。
「ふぅ……」
 食事が終われば一段落、は空いた席に腰掛けて溜息を一つ。
 と。
はん、ご苦労さんです。これ、どうぞ」
「ありがとう……」
 オウキーニがにこやかにの席に近付くと、彼女に特製のドリンクを差し出した。はそれを一口飲むと、今までの苦労の何もかもが報われた気がした。
 それからオウキーニは厨房へ引っ込んだかと思えばまた席に戻って来て、と自分用の朝食をテーブルの上に置いた。
 そしてオウキーニは何の迷いもなくと同じ席につき、もオウキーニを邪険に扱う事なくそれを受け入れる。
「さあ、これからがウチらの朝食や。はい、いただきます」
「いただきます」
 もオウキーニにならって、手をあわせた。
 オウキーニはシルターン自治区の出身らしく、そのせいか彼の作る料理はシルターン系である。の前に味噌汁、漬物、焼き魚、白いご飯といういつもの定番のほか、畑で取れたニンジンとジャガイモのサラダまで、彼女の昔の生活と比べれば豪華な朝食であった。
はん、今日の味付けはどないでっか」
「美味しいです」
「そうでっか。はんにそう言われると、嬉しいでっせ」
「……」
 オウキーニはに笑顔で応じるも、はある理由からオウキーニが自分を気遣っている事を知っているぶん、胸が痛かった。
 前までは――護人達に召喚石を取り上げられるまでは、自分がオウキーニに彼等は聖王国の海賊だというのに「味付けは帝国風が良い」とか、「あと、魚飽きた、肉が欲しい」とか、無茶な指示を飛ばしていたというのに。船員達もこうなってしまってはというより、ここぞとばかりにをこき使ってばかりだ。オウキーニも他の船員達と同じように自分をこき使えば良いのに、彼は前と同じように料理の味の意見を聞いて来るのだった。はうつむくも、オウキーニは何でも無い風に話を続ける。

「さて、今日も来てくれはりますかな」
「……誰か、来る予定でもあるんですか」

 オウキーニが味噌汁をすすりながらそう呟いたので、が眉を寄せてそれに応じる。
 オウキーニはを面白そうに見て、言う。
「誰、て、先生はんに決まってますがな」
「……」
 はオウキーニのいう『先生』が誰をさしているのか知っているが、敢えて何の反応も示さなかった。
 オウキーニはに構わず、続ける。
「先生はん、はんの事を気にかけて畑に足げく通って来てくれるんや。きっと今日の畑仕事も先生はんがはん目当てに手伝ってくれはりまっせ。先生はんの好物であるナウバの実を使った、お菓子も作らなあきまへんな。丁度、収穫出来る時期やし」
「オウキーニさん、先生が畑に来るのはジャキーニ船長とその部下達がちゃんと畑仕事をしているかどうか、それの確認に来ているだけですよ。決して、私の為ではありません」
 そうだ。あの男がわざわざ敵であるジャキーニ一家の所まで顔を出すのは、集落の野菜泥棒をしたジャキーニ一家がちゃんと畑仕事をしているかどうかの確認の為に来ているだけ。はオウキーニの「彼が自分の為に来ている」という話を思い切り否定した。
 それなのに。
「まあ、そういう事にしておきましょか」
「……」
 オウキーニはの否定を否定するよう、笑うだけだった。もオウキーニにはこれ以上否定しても無意味だと知っているので、黙々と朝食を片付ける。
 これからの畑仕事がユウウツだなぁ。出来れば別の――ゴミ拾いとか男達の汚い服を洗う仕事でも良いので船内でやれるような仕事に変更して欲しいんだけど。は白いご飯を頬張りながら思うも、
はん、朝食が終わったら皆と一緒に畑仕事も手伝ってや。はんのおかげで、先生はんも手伝ってくれてるんや。皆もその部分は、はんに感謝してるんやで」
「……分かりました」
 ジャキーニ一家でも下っ端のが副船長のオウキーニの命令に逆らえるわけもなく、渋々その仕事を引き受けるしかなかった。



「やあ、今日も頑張ってるね」
「……おかげさまで」

 島の集落に暮らす召喚獣達だけではなくジャキーニ一家からも先生と呼ばれる男――、レックスはオウキーニの予想通りが畑仕事をしている時を見計らってやって来ては、ジャキーニに向かって「俺も手伝わせてくれ」と畑仕事の協力を申し出るようになった。それものせいであるとは、オウキーニに言われずとも、本人も自覚している事だ。
 その証拠にレックスは今日も畑仕事に精を出すほかの船員達は無視して、に真っ先に近付いて彼女に声をかけている。
 そしてに本日与えられた仕事は、雑草取りである。余計な雑草を取り除くのは結構、根気がいるし、一人では時間のかかる仕事だ。それでもは与えられた仕事を一人でやり遂げようと、張り切っていた。
 それなのに。
 レックスは迷わずの隣に来て、腕まくりをする。
、俺も手伝うよ」
「間に合ってます」
「雑草取りって、根気がいるよね。それに一人では時間がかかる。手分けしてやった方が早い」
「……」
 はレックスにすかさず断りを入れたのに、レックスはのそれを無視して彼女の隣にしゃがんで雑草取りを始める。
 はしゃがんで下を向いて、レックスの顔を見ないで言った。
「……先生は、自分の生徒達を放って良いんですか」
「ああ、彼等なら、オウキーニとアティの主導で果実の収穫を手伝わせているから問題無いよ」
 これも教育のうちだ。レックスの言う通り、彼の生徒達はアティとオウキーニと一緒になって果実の収穫を楽しそうに手伝っている。しゃがんで下を向いているせいでからレックスの顔は見えないが、レックスの顔は生徒達を思って、きっと笑っているだろう事がでも簡単に分かった。
 はそれが悔しくてその反動で、レックスを突き放すような言葉を放つ。
「先生。先生が私の手伝いで、下っ端がやるような雑草取りの仕事をする事はありません。先生は先生らしく、生徒達の面倒を見ていたらどうですか」
「俺は好きでの手伝いをやっているし、それに雑草取りだって畑にしてみれば重要な仕事だ。その雑草を取り除くのを忘れるだけで野菜の成長の妨げになるからね。それでも子供達は雑草取りよりもオウキーニ達と果物の収穫を手伝う方が楽しいと思っているだろう」
 レックスはにそう言い返して、雑草を抜いていく。
「ジャキーニだってが下っ端でというよりは、真面目に雑草を取り除いてくれるから、にこの仕事を任せてるんじゃないかな」
「……」
 物は言いようだなぁ。はレックスの説得力ある話に納得し、感心を寄せる。
 いやでも、自分がそれに納得してどうする。は顔を横に振って、レックスの言葉に聞き入ってはいけない、冷静になれと自分に言い聞かせて、抵抗してみる。
「それでも私に先生の手伝いは必要ないですし、先生は生徒達を見てやった方が、生徒達の先生に対する好感度も上がりますよ」
「俺は生徒達の好感度より、の好感度を上げたいかも」
「……」
 冗談で言っているのか、本気で言っているのか。レックスはいつもの笑みを貼り付けているので、ではその本心が分からない。
 いつもそうだ。この男は、笑みを浮かべて周囲をあざむく。はレックスのそういう所が嫌いだった。
 は溜息を吐いて、レックスに言う。
「先生は、この島で召喚術を扱えなくなった私に同情しているだけでしょう。私にそんな情けは必要ありません」
「別に同情でに付き合ってるわけじゃない。さっきも言ったけど俺は、が好きでの手伝いをしているんだよ。も何でそれが分からないかな」
「……分かりませんよ、そんなの。先生は、こんな泥仕事より、生徒達の前で教鞭を振るっている方が似合いますよ」
「そう、それじゃあ今度はが俺の青空学校に来てくれると、嬉しいんだけど?」
「何で私が青空学校まで行かなくちゃいけないんです、面倒臭い」
「それだから俺がこうやって、畑まで来てるんじゃないか。此処じゃないとに会えないから」
「そうでも、毎日は勘弁してくださいよ。別に毎日来る必要は無いでしょう」
「俺が毎日此処に来なかったら、この畑も此処まで成長しきれないと思うけど、それでも良いのかな? はそれで良くても、ジャキーニ達が許さないよね?」
「……ぐっ」
 はレックスにそう言われると何も言い返せなかった。
 ジャキーニは、レックスが自分達の敵であるカイル一家の一味である為に彼が畑仕事を手伝う事を最初は渋っていた。しかし、レックスがジャキーニに野菜の栽培の妨げになるモグラ退治をすると言った途端、ジャキーニの顔色が変わり、レックスをあっさりと畑に招き入れてしまったという経緯を、もその他の船員達も知っている。
 それというのもジャキーニ一家の船員達はを含め、野菜泥棒の一件から島を統括する護人達に召喚石を奪われて自身の力だけで畑仕事をしていたせいだ。カイル一家のみならず、護人達からの信頼も獲得しているレックスの召喚術は、モグラを一発で沈める事が出来るうえ、モグラ退治以外でも穴掘りや、広範囲の水やり等、畑仕事に役立つ事が多い。ジャキーニはレックスの召喚術目当てに、レックスを受け入れたのである。レックスもジャキーニがそれ目当てで自分を畑に入れているのを理解したうえでに近付く。
 ジャキーニとレックスの、利害関係が一致した結果がこれだ。
「……私だって、召喚術が使えていれば皆の役に立ってたのに」
 は悔しそうに、唇を噛み締める。
 自身は、くだんの野菜泥棒に手を染めていなかった。何故ならその時の彼女といえば、皆が居なくなった後の船内の留守番を任されていたからだ。が『食材集めごときに召喚術を使うな』とジャキーニを含めた船員達を冷たくあしらい、そう言う自分は船内でぬくぬくしてオウキーニが食事を運んでくれるのを待っているだけだった。
 当時のは、この島で船員達がどうやって魚以外の食料――野菜や果物を調達しているのか不思議に思う時があったものの、居候の分際で彼等のやり方までに口を出すのも面倒で、更には船内でぬくぬくしている方を好んだので、そのまま放置していた。それがあんな結果になるとは、誰が思うか。
 そして野菜泥棒の責任者はジャキーニ一人であるのに、どういう訳か連帯責任で召喚師が本職の自分の召喚石まで取り上げられた。最悪だ。最悪だった。それというのも召喚師は、召喚石が無ければ何も出来ない役立たずに成り下がってしまうからだ。召喚師は召喚術の勉強だけをしていれば問題無かったのに、此処に来て召喚師が一般人と同じ生活水準でいるというのは、酷な事だった。護人達もそれを分かってジャキーニ達よりもまず真っ先にの石を取り上げたのだから、意地が悪い。
「何で私がこんな目にあわなくちゃいけないのよ……」
 一人で愚痴りながら、雑草を抜いていく。
 は、野菜泥棒が発覚して召喚石を奪われるまでは船内唯一の召喚師という事もあってか、ジャキーニ一家に重宝される存在だった。ジャキーニとオウキーニの次に一番良い部屋を与えられ、他の船員達からも「は何の仕事もしなくて良い」と、食事も部屋まで持ってきてくれたり、雑用もしなくてすみ、お姫様のように扱われてチヤホヤされていたというのに、今ではこの様である。
 の愚痴を聞いたレックスが、彼女に向けて言った。
「でも俺が世話になっているカイル一家のカイルの話によれば、海賊船で役立たずと分かれば最悪、身包み剥がされて海賊達に良いように扱われた後に海に放り投げられるか、ある所に売り飛ばされるようだよ。それが訳アリの女の子でも容赦しない。召喚石を奪われたにこうやって仕事を与えてくれるジャキーニ一家はまだ、マトモな方じゃないかな」
「……、確かに私をそんな酷い目にあわせなかったジャキーニ船長には感謝していますけどね、無色の召喚師だった私の役目は、先生の魔剣をどうにかして取り返す事だったんですよ。先生はそれ知ってますよね」
「うん、知ってるよ」
 レックスはあっさりと、の話しを信じるようにうなずいた。


 は無色に所属する召喚師だった。無色でもそこそこの家柄で、オルドレイクを主人とするセルボルト家とも交流があった。その縁で、セルボルト家から「盗人のヤード・クレナーゼを追って欲しい」という依頼を受け、が魔剣を盗んだというヤードを追いかけるようになった。がセルボルト家からその仕事を引き受けたのは報酬が良かったのと、何より、無色の頂点に立つセルボルト家に自分の名前を売る良い機会でもあったせいだ。
 セルボルト家は以外にも、何人かの無色の召喚師に「ヤードを探し出せ」と声をかけていたようだ。いわゆる人海戦術である。無色の頂点に立つセルボルト家の依頼とあれば、無色の下っ端召喚師であれば誰もが張り切るだろう。皆、血眼になってヤードを探していた。そしては運良く、とある港町で国を出ようとしていたヤード・クレナーゼを発見した。
 ついてる! はヤードの前に立って、ヤードが盗んだと思われる魔剣に手を伸ばした。現場には以外にも何人かの無色の召喚師も居て、彼等と共にヤードを取り囲んだうえでの強行だった。しかしヤードは無色の追っ手に取り囲まれた事に動揺し、そしてそこで何を思ったかその場で魔剣の力を解放させてしまった。
 辺りが魔剣の光に包まれ、もその光にあてられないように咄嗟に目を閉じた。
 そして気がつけばは嵐の海の上に放り出されていて、もう駄目かと思った時、運良くそこを通りかかったジャキーニ一家に拾われた。何日か彼等と漂流して、ついた先がこの召喚獣だらけの島だったとは、夢にも思わないだろう。

 それでどういう訳か魔剣に『適格者』として選ばれた男と、が追っていたヤード本人もジャキーニ一家が島について一ヶ月後に、同じ島に漂流して来るとは誰が予想していた事か。

「……それ知ってるなら、さっさと魔剣を寄越してくださいよ。先生の魔剣が手に入れば私は無色の応援を呼んで、こんな化け物だらけの島と、男臭くて居づらい海賊船から出る事が出来るんですよ。さあ」
「それは無理な話だ。俺は自分の体から魔剣を切り離す方法を知らないし、ヤードもそれを知らないと言っている。それにこの島は護人達が張った結界があるから、魔剣の力以外で外部の人間がこの島に入るのは中々難しいだろうね」

 魔剣目当てにレックスに手を差し出すと、それでも冷静にに言い返すレックスと。
「君がジャキーニ一家に居辛いというなら、俺がカイルにをカイル一家の船員として扱ってくれと交渉するけど、どうかな」
「それは嫌です」
 確かにレックスが世話になっているカイル一家であれば、ジャキーニ一家より待遇は良いかもしれない。けれどもは、レックスの誘いをはっきりと断った。
「どうして。カイル一家には、俺の姉のアティと、俺達の生徒のアリーゼとベルフラウっていう二人の女の子が居るし、カイルの妹分のソノラっていう女の子も居るよ。からしてみれば今の男臭いジャキーニ一家よりはカイル一家の方が暮らしやすいと思うよ」
「それでも私は、ジャキーニ一家に恩があるんです。彼等を――というか、ジャキーニ船長とオウキーニさんを裏切る事は出来ません」
「そうか、それは残念だ」
 レックスはの返事を聞いて残念だと言いながらも、口元は笑っている。
は俺達の所に来れば少しは楽出来るのに意外と、強情だな」
「先生達の所より、ジャキーニ船長の方がまだマシです。それに、どちらが強情ですか。先生だって、魔剣を手放せば楽になれるでしょう」
 は思う。どうしてこの男は島の召喚獣達の為に帝国軍からの攻撃を避ける為に魔剣を嫌々使うもその力に苦しんでいるというのに、此処まできて魔剣を手放そうとしないのか。護人にでも相談すれば魔剣の扱いくらい、分かるだろうに。それにこの男は、魔剣の力が無くても帝国軍に対抗出来る力を持っているというのに、いざとなれば魔剣を使う。これは矛盾している。まさか、魔剣を別の人間に使われるともっと酷い事になると危惧しての事だろうか。それこそ滑稽(コッケイ)ではないか。この男は魔剣の価値を分かっていない。最初から破壊目的で作られた魔剣の力を解放しなければ、宝の持ち腐れだ。
 レックスは言う。
「俺は俺で、譲れないものがあるんだ。魔剣もその一つかな」
「……そうですか」
 この男も中々に強情で、頑固な一面がある。しかし此処で魔剣の力を解放しなければ、自身の目的が果たせない。は冷静に、レックスに向けて言った。
「私に魔剣を明け渡す事が出来ないならせめて、先生のその剣で私を殺してくれませんかね」
「……、それこそ出来ない相談だ。この剣で敵を倒しても、人を殺す事はしない」
「ああもう、これだから魔剣は無色にあった方が良かったのよ。これなら無色に魔剣があった方が、正当な使い方をしてくれるわ」
 はいつも通りのレックスの返答を聞いて、いつも通り頭を抱える。
「魔剣の正当な使い方、ね。魔剣の正当な使い方って何だ?」
「……さあ、何でしょうね」
 はレックスに問われるも、そこは曖昧にはぐらかした。
「さてと、さっさと雑草取りを終わらせますかね」
「……」
 は話は此処でおしまいと言わないばかりにそう言って、本腰を入れて雑草を抜き始める。レックスもがこうなってしまっては、彼女に何も期待する事がなくなった。
 話はいつも此処で終わり、レックスもを説得するのを諦めて、子供達の輪に参加するはずだった。
 それがどういう訳か今回のレックスは、の隣に居座ったままだ。
 レックスはいつになく真剣な顔をして、に問い質した。
はどうして、俺の魔剣に切られたいと思う?」
「……何で今、それを聞くんですか」
「いや、アティと子供達が俺達から離れてるから、それを聞くのに丁度良いと思って」
 アティと子供達はオウキーニの収穫を手伝った後、いつもはレックスの周りに集まってくるのに今日はそれがない。どうしてだろうと、はアティ達が居る方を見た。
 見ればアティ達は畑から少し離れた箇所に設置された机で、オウキーニと白い粉を使って何かの作業をしているようだ。
 がレックスに訊ねる。
「あの子達、何やってるんですか」
「さあ、分からないけど、どうやらオウキーニとアティの指導で、お菓子を作っているようだね。多分、今日の収穫に関わるものじゃないかな」
「ああ、それで……」
 はそういえば、オウキーニが先生の為にナウバを使ったお菓子を作らなければいけないと、朝、食事の席で話していたのを思い出した。オウキーニがそれをあらかじめ作って持ってきて用意したものかと思ったが、まさか現地で食材を調達し、その場で作る気だったとは思わなかった。
「アティ達が居ない方が、それについての話も出来るからね」
 次にレックスは再度、にその真相を訊ねる。
は何で、俺の魔剣に切られたいと思った?」
「もう、何度も言ってるじゃないですか、美しい魔剣に切られて美しく死ぬのが良いと。それ以上の理由はありませんよ」
 は、レックスに何の含みもなく答えた。
 そう、それ以上の理由は無い。
 がそう思うのは、理由があった。
「私は一度、魔剣の真なる姿を見ています。あの神々しさは、とても、美しかった」
 あれは港でヤードが魔剣の力を解放した時だった。神々しさと禍々しさ、両方持ち合わせた魔剣の力をこの目で、見たのである。それを見たは、その時から魔剣に魅入られてしまった。
 だから。
「だから例えば、この島で帝国軍の連中に殺されるよりは、美しい魔剣に切られて死んだ方がマシです。それか、島の召喚獣達に恨まれて殺されるよりは、美しい魔剣に切られた方がマシです。そういう訳です、分かりませんか」
「全然、分からないね。がそういった、敵にやられる立場の人間であるならそういうのも分からなくはないけど、君は今のところ、ジャキーニ一家という安全圏に居るじゃないか。それからは別に、島の住人達に恨まれる事もしていないし、俺達のように帝国軍と敵対している訳でもない。いざとなれば島の住人達や俺達に保護される立場だ。にそこまで追い詰められる危険は無いよ」
「……先生は、無色の召喚師がどういう立場に居るか、あまり理解していないようですね」
 召喚師といってもまだ、蒼の派閥か、金の派閥の方が良かったかもしれない。自分はよりにもよって無色の召喚師として、この男の前に立っている。はそうでも、無色の召喚師である事に誇りを持っているので、この部分に関して悲観的にはなっていない。
 はレックスに微笑み、彼を諭すように言った。
「今のうちは先生達と島の住人達は仲良くて良いですけどね、多分、先生の魔剣を狙って無色の軍がこの島を攻撃しに来ますよ。そうなったら先生は人間側ではなく、島の召喚獣側につくでしょうね。でもそうなった時の私は、ジャキーニ一家や召喚獣達に保護される立場では居られなくなります。それというのも私が無色の召喚師で間違いなく、ヤード・クレナーゼのように無色を裏切る事が出来ませんからね、あっさりと無色の方に寝返りますよ」
「……、この島は護人達の結界が張ってあって、魔剣の力無くしてその結界を破る事は出来ない。無色の連中も簡単に島には入って来れないだろう」
「……どうですかね。余り、無色をなめないでください。ヤードさん、先生には無色の底力を話していないみたいですね。夜にでもヤードさんに、無色が何であるかを聞いてからまた出直してください」
「そう、それなら夜にでもヤードに無色の事情を聞いて、出直してくるよ」
 レックスはに納得した風にうなずいて、雑草取りを再開させた。もレックスにならって黙々と雑草取りをしていった。
 いつもこの調子で、レックスとの会話が続く。
 これほど無駄で不毛な会話は無いと思えど、レックスがしきりに話しかけてくるのでもそれに無視は出来ずに嫌々ながらも律儀に答えている。
 全く、この島に来てからというもの、ジャキーニ一家に毒されたのか、あるいは、この男に毒されたのか。どちらか分からないが、調子が狂う。無色での自分は、召喚術一筋にやってきて、召喚術の勉強を優先し、そのせいで他人と話すのも億劫だった。他人にものを頼まれても自分の利益にならなければ、あっさりと突き放した。そのせいで周囲からは「冷たい女だ」という評価を受けた。
 それがこの島に来てからはこうやって、召喚術以外の、他人と無駄な会話を続けている。
 因みには無色の王のオルドレイクではなく、彼の本妻であるツェリーヌに憧れているのだが、これはヤードには黙っていて、レックスも知らない事だ。
 そして。


「ふう、こんなもんかな」
「レックス先生はん、はん、お疲れ様です」

 レックスの手伝いがあったお陰では、早いうちに雑草取りを終了する事が出来た。はこの部分は、レックスに感謝する。
 二人の雑草取りが終わったのを見計らって、オウキーニがやって来た。オウキーニの周りにはアティ、そして、レックスの四人の教え子達も集まっている。
「レックス先生はん、レックス先生はんがはんと雑草取りをやっている間、アティ先生はんと子供達とで、今しがた収穫したナウバを使ったクッキーを作ってみたんや。レックス先生はんの好物のナウバドリンクもありまっせ。どうぞ」
「うわあ、これは嬉しいな、ありがとう」
 レックスはオウキーニからナウバを使ったクッキーと、ナウバドリンクを受け取り、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ね、レックスの喜ぶ顔が見れて良かったですね」
「はい!」
 アティに言われ、子供達もレックスの笑顔を見て頑張ってお菓子を作った甲斐があったという顔をする。
 この時は子供達より、レックスの方が子供に見えた。はそんなレックスを見て、思う。
「……全く」
 全く、何で魔剣は、こんな男を選んだのだろう。これでは、美しい魔剣で美しく散る事が叶わないではないか。が一人でぼんやりと無意識にレックスを見ていると、オウキーニに声をかけられた。
はん、はんにもクッキーがありまっせ。皆で、休憩をしましょうや」
「ああ、オウキーニさん、私はこれでもう、失礼します」
「何ででっか。はんは、午後からは何の仕事も言いつけられてまへんがな。ウチのあんさんも、なんだかんだではんには甘いんや。それだからはんも、皆と一緒にお茶しましょうや」
「うん。何の仕事も言いつけられていないなら、参加して欲しいな。も一緒の方が、俺も楽しい」
 オウキーニに続けてレックスに言われるも、はそれを突っぱねる。
「……、これから召喚術の勉強をしようと思ってたんです。あんまり、余計な時間を取らせないでください。それでは」

 レックスがまた何かを言いかけた所、はそれから逃げるようにその場から逃げるよう、駆け出した。



 はジャキーニの船に帰って脇目もふらず自身の部屋に入ると、その勢いでベッドに飛んだ。
「あーもう……」
 は本当は、ジャキーニの手作りのお菓子は美味しいと思っていて、出来るなら、出来立てのお菓子を食べたかった。それなのにあの男が居るせいで素直になれず、オウキーニのお菓子にもありつけなかった。最悪だ。
「何で、私なのよ……」
 思うのは、あの男が自分に好意を寄せている事だ。多分、恋愛感情として自分を好きなわけではなく、自分が護人達から召喚石を奪われて召喚師ではなくなってしまった事に同情しているせいで自分に好意を見せ付けているのだろうが、こちらとしてはいい迷惑である。そして男は、畑を一緒にやっている時も、お菓子に誘われた時だって、嫉妬でベルフラウとアリーゼの二人に睨まれていたというのに、それに気づかない振りをして笑みを浮かべている。魔剣の話をした時も、それに切られたいという自分を非難すれば良いのにそうしない。やんわりとした態度で諭してくる。あの男を見て、イライラするのはそれのせいだ。笑顔で本心を隠して、そこまで他人に好意的に見られようとしたいのか。
 彼は後に、苦労するだろう。無色だってバカではない。魔剣を裏切り者のヤードに奪われたままにはしないし、いつかはこの島を突き止めて軍を派遣してくる。そうなった時に彼が悲惨な目にあうのは、明白だ。それでもあの男は、島の皆の笑顔を守りたいとか言うのだろうな。それに自分も含まれているに違いない。これは、お人好しの域を超えている。誰がそんな彼を支えてやれるというのだろう。姉のアティか、生徒四人か、カイル一家の誰か、護人の女二人か、ミスミか、あるいは、アズリア・レヴィノスか。それとも……。
「……それともって何だ、それともって」
 自分で自分にツッコミを入れてみる。この部分はオウキーニに毒されているかもしれない。
 それから何で、あの男について考えなくてはいけない。考えるのは自分の事だけで良い。召喚石が無くても、召喚術の勉強は出来る。さて、召喚術の勉強をするか。はベッドから降りて、机に向かった。



 夜。
 夕食も終わり、女一人の風呂にも入って部屋に帰り落ち着いてしばらくした時、ドアが叩かれた。開けて出ると、オウキーニだった。
はん、ちょっと良いでっか」
「何です?」
 は召喚術の勉強をしていた最中だったが、オウキーニであればその用事を断れず、渋々顔を出した。
はんに、お客さんが来てまっせ」
「え? こんな時間に客ですか?」
「そうや。はん、今、暇な時間と思うんやけど、お客さんに会ってくれまへんか」
「……いえ、私は夜は、召喚術の勉強に集中したいのです。また昼間、出直してきてくれと返事をしておいてください」
 全く、こんな夜更けに女を誘うなんて非常識にも程がある。嫌な予感しかしない。はいくら副船長の言いつけでもこれは流石に断ろうとしたが。

「いや、実はもう、そのお客さんが此処まで来てはるんや」
「やあ、こんばんは」

 オウキーニの後ろから、レックスがひょっこりと顔を出した。

「……嫌な予感が的中したわ」

 はレックスを認めると、彼に聞こえるよう、わざと大きく息を吐いた。