その夜が明けるまで(01)

 ――無色の派閥は、ヤードさんに奪われた魔剣を取り返す為、必ず、この島を攻めてきますよ。

 無色の派閥の召喚師である彼女――は、レックスにそう警告した。そしてその時が来れば、無色の派閥に属する自分は簡単にレックス達を裏切るだろうという事も付け加えて。
 はレックスがこれで、未だに無色の派閥を抜けられない自分から身を引いて、関わらないようにするだろうとそれを期待した。
 しかしレックスはそのの予想に反して、ある賭けを持ち掛けて来た。

 それはの警告通りに無色の派閥が島に攻めて来た時、レックスと、二人の関係がどうなるかを対象にした内容だった。

 ――がその時、俺を好きになっていれば俺の勝ちだ。俺が勝てばをカイル一家の船に保護して、俺達を裏切らないようにする。

 ――その時にが俺に何の感情も無い場合は、の勝ち。が勝てば、俺の魔剣をあげるよ。それを持って、無色の派閥に帰ればいい。


 さて、二人の賭けがどうなったのか。
 その後を少し、話そうと思う。




 今まで、いろんな事件があり過ぎた。

 最大の事件は、海賊達の襲撃に巻き込まれて被害者であると思い込んでいたイスラが実は帝国軍の軍人であり、更に帝国軍すらも裏切って、ヤードに奪われた魔剣を取り返しに、この島を侵略してきたという無色の派閥に寝返った事だった。

 無色の派閥による侵略で子供達を心配した保護者の意向で青空学校は休校となったが、カイル一家の船内では生徒達が自主的に勉強を続けている。

「はい、今日は此処まで」
「ありがとうございましたー」

 レックスの部屋で、彼の受け持ちであるナップとウィルが勢いよく声をあげる。アティはベルフラウとアリーゼの女の子二人を受け持っていて、アティが使う隣の部屋からも「ありがとうございました!」と二人の声が聞こえて来た。
 放課後はどうしようか。と、レックスが机の上の勉強道具を片付けながら考えている最中、ナップとウィルから誘われた。
「先生、オレとウィル、スバルとパナシェ、マルルゥの三人と一緒にユクレスの森で遊んで来るよ。先生も暇なら来ない?」
「パナシェが森の中でも珍しい植物を観察できる場所を知っていると言います。先生もどうですか?」
「ユクレスの森の植物か……」
 この島の中でも、ユクレスの森の植物は、帝国や聖王国で見かけない珍しいものばかりだ。自身の勉強の為にも丁度良いかもしれない。レックスはナップとウィルの誘いに興味をひかれる。
 この時、ナップとウィルは、レックスも誘いに乗ってくれるものかと、期待した。
 しかし。
を誘っても良いかな?」
「えー」
「……またですか」
 にこにこ。レックスは笑みを浮かべて彼女の名前を出すも、ナップは思い切り嫌な顔をさらけだし、ウィルはうつむいて参ったように溜息を吐いた。
 いつもそうだ。
 ナップとウィルだけではなく、アリーゼとベルフラウの女の子二人も、の名前を出すと嫌な顔をする。朝のジャキーニ一家が管理する畑仕事の手伝いも、アティが行きましょうと誘わない限りは、四人の生徒達は一緒について来てくれない。
 レックスはそんな二人の説得を試みる。
はヤードと同じ召喚師だから、俺やヤードと同じようにそういう珍しいものに興味があると思うんだけど。も君達と一緒に観察しても良いかな?」
は、ジャキーニ一家の一味だから、あまり好きじゃない。それに何か、冷たい感じがするしなぁ」
はジャキーニ一家の一味でも優しい子だよ。そうだ、も、オウキーニと同じだって考えればいいさ」
 レックスはナップに軽く応じるも、
「そう言ってもさんは、無色の派閥の召喚師です。しかも、ヤードさんみたいにまだ無色の派閥を抜けていない。それでいつ、イスラみたいに僕達を裏切るか分からない。……僕はレックス先生みたいにさんを、信用出来ません」
「……」
 しかしウィルの言葉にはナップと同じよう軽く応じられなかった。
 イスラ。彼もまた、生徒達を笑顔であざむいていた。生徒達はイスラの件もあって、彼と同じく無色の派閥に属しているを信用していない事は、レックスも理解している。
 理解しているけれども生徒達を取るか、を取るか。レックスはもう、決断していた。
「俺は、を誘ってから、ユクレスの広場に行くよ」
「……あの、一つ良いですか?」
「何だい?」
 レックスの決断を聞いたウィルは、少し遠慮がちに口を開いた。
さんって、レックス先生の何ですか?」
「何、って」
「オレ、アリーゼとベルフラウから、とレックスが付き合ってるって聞いてるけど。それ、ほんとか?」
「それは」
 ウィルに続いてナップに核心的な事を聞かれ、レックスは。
「……俺とは、君達が思うような関係は持っていない」
「本当ですか?」
「本当かよ」
 レックスの出した答えにウィルどころかナップも、疑いの目を向ける。
 レックスが答えないものだからナップが呆れた顔で、彼に言う。
「それじゃあ何でレックスは、そうまでしてにこだわるんだよ。イスラの裏切りの事件があったせいで、同じ無色の召喚師のをそこまで庇うの、今じゃレックスくらいだぜ」
「うん。護人さん達以外でも、村の皆も、カイルさん達だって、イスラと同じ無色の召喚師のさんをあまりよく思ってないみたいですよ。レックス先生がそうまでしてさんと付き合いたい理由って、それ以外は何ですか」
が無色の召喚師でも、彼女がジャキーニ一家に居るうちは俺達の仲間だ。少なくとも俺は、を仲間だと思っている」
 ナップに続いてウィルに迫られるもレックスは、はっきりと力強くそう答える。
 しかし。
「先生がイスラのよう、さんが僕達を裏切らないのを信じている理由は何ですか? 無色の派閥はイスラを使ってこの島を滅茶苦茶にしたのに、それでもまださんを信じるのですか」
「でも、はまだ此処に――ジャキーニ一家の船に残っているじゃないか。は俺達を裏切る気がないから、ジャキーニ一家の船に残ったんだよ」
「先生。ジャキーニ一家がイスラと手を組んでいる可能性を捨てない方が良いぜ。それか、ジャキーニ達がに騙されているかのどちらかだ。は、良い時を見計らってオレ達を裏切るつもりかもしれない」
「……」
 レックスはナップに強く言われて、子供ながらに痛い所をついているのでそれに反論できず、押し黙る。
「まあ、良いさ。ユクレスの森の探検は、オレ達だけで行こうぜ」
「……先生も気が向いたら、僕達の所まで来てください。アリーゼ達も、ユクレスの広場で遊ぶと話していましたから。さんが一緒でなければ歓迎しますよ」
 ナップはレックスを諦めてウィルを引っ張りさっさと部屋を出て行こうとするも、ウィルはレックスにそう言い残してからナップと部屋を出て行ってしまった。
 レックスはナップとウィルが出て行ったあと、参ったように呟いた。

「……、俺ととの関係を秘密にしておくのももう、限界かもしれないなぁ」



 数日前。

 の警告通り、無色の派閥はヤードが盗んだ魔剣を取り返しに、この島に軍を派遣し、侵略してきた。

 レックスは無色の派閥が攻めて来たその夜、約束通り、の部屋を訪問した。
 はその時、レックスの顔を見て安心したような、何でこんな時に生徒達を放って此処まで来ているのかというような、複雑な表情を浮かべた。
 レックスはの手を取って、半ば強引に、彼女と森にある青空学校までやって来た。
 そこでレックスはいつもの笑みを消して真面目な顔で、と向き合う。

「それで、はどうなの」
「どうって」
「俺の事、どう想っている? ……返事を、聞かせて欲しい」
「……」

 今すぐ、返事が欲しい。レックスの焦りは、にも伝わる。
 レックスの焦りは多分、イスラの裏切りのせいだろうなというのは、でも簡単に予想がついた。
「……先生は、私がイスラのように皆を裏切ると思ってるんですか」
「俺は、その可能性は捨てていない。がイスラと同じになる前に、を自分の手元に置きたくなった」
 レックスは正直に、今の気持ちをに話した。
 だからもレックスに、自分の気持ちを正直に話そうと思った。
「……私は、ジャキーニ一家から離れる気はありません」
「……賭けは、俺の負けか?」
 賭けの内容は、この時にが自分を好きになっているのがレックス側の勝利の条件である。そしてその賭けに勝てば、をカイル一家に保護して自分達を裏切らないように手元に置いて、彼女の身の安全を確保出来た。
 がジャキーニ一家に留まるという事は、自分を好きにならなかったという事か。それは賭けに負けた時の条件と同じだ。はそう受け取ったレックスに、呆れる。
「最後まで話を聞いてください。賭けは、先生の勝ちなんですから」
「え」
 レックスはの言葉に、目を見張る。
 は決心したよう、それをレックスに告げる。
「……私は、先生が好きです」

「イスラが帝国軍を裏切った時、皆は私を嫌なものを見るような目で見てきましたけど。先生だけは、違っていました。それから。ジャキーニ船長がヤッファさんから石をくすねて、先生の休日を台無しにした時がありましたよね」
「……」
 レックスはの話で、その時を思い出す。
 生徒達の提案で、自分がいつも皆の世話で疲れているだろうからと、休日をもらった。しかしどんな風に休日を過ごしていいか分からず、結局、生徒を含めた皆と遊んでいた。レックスはこの時、を誘いたかったけれど彼女どころか、ジャキーニ一家全員が不在で、誘えなかった。と休日を過ごせないのは残念だと思いながら、帰りがけ、村に残っていたヤッファとキュウマから連絡があった。
 ――ジャキーニ一家がヤッファからくすねた召喚石を使って、暴れている。
 その中に、の存在もあった。ジャキーニはも巻き込んで、ユクレスの広場で暴れていた。その騒動を受けて護人達は真っ先に、に狙いを定めて彼女を黙らせた。召喚師のが居なければジャキーニ一家も機能しない。追い詰められたジャキーニは最終的にオウキーニを人質に取って、護人達と、レックス達を困らせた。
 しかしそれは、やはり、レックスの手で収束する事になった。レックスの力でオウキーニも無事で、ジャキーニはヤッファに引き渡される。ジャキーニ一家は罰として、更なる過酷な労働を強いられたのである。
 その後。
「その後も、護人達をはじめとして、同じ海賊のカイルさん達も私達を非難していたのに、先生だけは。……先生だけは、私達に手を差し伸べてくれましたよね」
 レックスはその後も変わらず、ジャキーニ達が管理する畑を訪れてはそれを手伝ってくれた。
 は、この事件が決定的だったかもしれないと、後から思った。
 それに。
「それに先生はどうせ、私だけではなくて、イスラも後で救えるかもしれないと思っているんですよね」
「……」
 レックスは答えない。はそれを肯定と受け取り、微笑む。
「先生のそういう優しさは、時に、残酷です。それで救われた人間は、勘違いをしますから」
「勘違い?」
「……先生が自分にそこまで優しくしてくれるのは、自分を好きだっていう勘違いですよ」
「……はその勘違いで、俺を好きになったのか?」
「そうですね。でも、私はその時、先生の特別になりたいとも、思ったんです。勘違いを超えた特別に」
……」
 自然と、二人の距離が近付く。
 は背伸びをして、レックスにささやいた。
「だから賭けは、先生の勝ちで良いです」
「それじゃあ……魔剣を諦めて、カイルの船に居てくれるのか?」
「私は先生の魔剣を諦めますけど、カイルさんの船に居る気はないですよ。今まで通り、ジャキーニさん達の世話になっています」
「どうして。カイルの船に居る方が、安全だ。俺が、カイル達を説得するから……」
「私はジャキーニ一家に居ても、先生が心配するような事はしません。先生と通じ合った今ではもう、無色に戻る気はありませんから」
 の想いは本物だと、レックスでも分かる。
 それでも。
「それでも、今回のイスラの裏切りのせいで、のその言葉を信じてくれる者達は少ない。カイルの船に入って、その意志を告げればまだ待遇は良いと思うけれど」
「前も言いましたけど私は、先生達を裏切れても、ジャキーニ一家を裏切れないないんですよ」
「あ……」
 は呆けるレックスに、それをはっきりと言う。
「今まであんなお世話になってるジャキーニ一家を裏切るのは、私の中でも許されない事です。いくら先生の頼みでも、こればかりは譲れません」
……」
 ああもう、これだから。はこの時、レックスが彼女を惚れ直したなんて事に、微塵も気付いていない。
 レックスがにたまらなくなって、その手を伸ばした時だった。
「それから、もう一つ。私と先生の関係を、皆に内緒にしてくれませんか?」
「は?」
 レックスはが出してきたその要求に、唖然となる。せっかく差し出した手も、空振りに終わる。
「どうして。皆に俺との関係を言えば、それこそ、皆もを見る目が変わると思うけど」
「それだからですよ」
「え」
「先生は私がまだ無色の派閥の召喚師だって事、忘れていませんか?」
「それが、どうした」
 それの何の問題が? レックスはの言っている意味が分からず、首を傾げる。
「……先生と私の関係を知った無色の派閥が、私を利用してくるかもしれません」
「あ」
「無色の派閥が、その残党である私に接触してくる可能性は捨てきれませんよ。集落の誰かが私と先生との関係を噂していれば、それは無色の派閥にも届くでしょう。それで私を利用して――私を人質にでもして、先生を引っ張り出して来るかもしれないです」
 はそうなった時のレックスの行動が、簡単に想像出来た。だからそれが恐かった。
「……私は、先生のお荷物になりたくないんですよ」
「……」
 一息。
「それ以外にもですね。ジャキーニ一家の皆は、カイルさんの所に居る先生と私の付き合いをよく思わなくて、それを反対するかもしれません。私は、ジャキーニ一家の皆を説得できる自信がありません」
「あ、そうか。ジャキーニ達は、俺との関係をよくないと思うかもしれない。俺も、ジャキーニ達の説得は難しいな……」
 レックスは、ジャキーニ一家の中でもオウキーニは賛成してくれるだろうが、ジャキーニとその部下達の説得は難しいかもしれないと思った。
「それから私と先生の関係を皆に知られれば、私よりも先生の方が立場が悪くなります。それで先生の評価が下がるのは、私もつらいです」
「そんな事は」
「あります。あの先生が、未だに無色の派閥にしがみついている女を好きになるなんて、悪い噂しか立ちませんよ」
 はレックスに言い切って、彼にそれ以上の反論の余地を与えない。それでもこれだけは、言っておきたかった。
「でも俺は、を特別に想っている」
「……私は先生が、そうやって私を想ってくれるのが分かっています。皆に打ち明けなくても、それで十分です」
……」
 レックスは今度は遠慮無く、に向かって腕を伸ばした。
 抱き締めて、ささやく。
「……皆に内緒で、夜にこうやって逢瀬を重ねるのも、悪くないな」
「……」
 はレックスのそれに返事をしなかったけれども、彼の胸にその顔をうずめる。
 あんな事件があったのに、そのせいで心も乱れていたのに、彼女を抱き締めているこの時だけは落ち着いて静かな時間を過ごしている。
「口づけ、良い?」
「……」
 はそれに何も言わなかったけれど、抵抗もしなかった。レックスは了解を得られただろうと受け取って彼女に口づけをした。
「好きだよ」
「ん」
 言って、もう一度口づけをする。
 レックスはと何度か口づけを楽しんだ後、彼女をジャキーニ一家の船に送り届けて何食わぬ顔でカイルの船に帰った。



 それからレックスとは夜になるとたびたび船を抜け出して、森の青空学校で逢瀬を楽しむようになった。その中でレックスは皆にとの関係を打ち明けたい衝動にかられる時が何度かあったが、に睨まれるのでぐっと我慢した。

 そして時間は冒頭に戻る。

 レックスはカイルの船を出るととりあえず、が居るジャキーニ一家の船まで行ってみた。

 するとジャキーニとオウキーニのどちらも見当たらなかったので、そこらへんに居る船員を捕まえての居場所を聞き出す。
、知らない?」
なら、副船長と一緒に出かけてますぜ」
「副船長って、オウキーニと? 君、二人が何処に出かけたか、知ってる?」
「二人で、鬼姫様が居る風雷の郷まで出かけると言ってましたけど」
「何で、風雷の郷まで?」
 ジャキーニ一家の人間が、風雷の郷に出かける用事は一つもない。それというのも村の人間が外から来た余所者を他の集落より強く嫌う傾向があるし、ジャキーニ一家も鬼を相手にするのが苦手だと話していたからだ。
「風雷の郷のゲンジさんと副船長、料理の味で気があうとかで、その縁もあって料理のレシピも教えあってるとか。はそれの手伝いで行ってるはずですよ」
「分かった、ありがとう」
 オウキーニは、ジャキーニ一家の船でもシルターンの味付けを好んでいるとにも聞いた事があったし、カイル達の前で振る舞う料理もシルターン系が多い。レックスは船員の話に納得して、彼に礼を言って、風雷の郷へ向かった。


「あ、居た居た」
「レックスか」
「レックス先生はん」

 風雷の郷に行けばキュウマと遭遇し、彼からオウキーニはゲンジの庵に居ると聞いて、入り口が開いていたのでそこの庭へ向かえば庵の縁側でゲンジとオウキーニが茶を楽しんでいる所だった。
 ゲンジも庭に来たレックスを認識する。
「わしに用事か?」
「ほな、うちはこれで失礼しまっせ」
「いや、今日はゲンジさんじゃなくて、オウキーニの方に用があるんだ」
 レックスは、オウキーニがゲンジに気を利かせて腰を浮かした所を制した。
「うちでっか?」
 オウキーニは目を瞬きしてレックスを見詰める。
、知らない? 君の部下から、はオウキーニと居るって聞いたんだけど」
「ああ、目的ははんでっか」
 オウキーニはレックスの目的が自分ではなくであると分かり、再び、ゲンジの隣に腰を落ち着かせた。
はんとは、確かに、さっきまで一緒やったで。でも、此処にはおらへんのや」
「何処に居るんだ?」
はんとは、うちの手伝いが終わった後、薬の材料を取りに狭間の領域に寄ると言うてたんで、そこで別れたんや」
「薬? って何かの病気?」
 そんな話は本人からも一度も聞いた事がなかったけれど。レックスは不安そうにオウキーニの続きを待つ。
「や、別にはんが病気というわけではないで。その薬は、うちらの為やさかい」
「ジャキーニ一家の為? が何で君達の為に薬を?」
「レックス先生はんの所は、恵まれてはりますからなぁ」
「どういう意味だ」
 何の嫌味だ? レックスはオウキーニの話の意味が分からず怪訝な顔をして、あごをさする彼を見上げる。オウキーニもレックスの視線に気付いて、その意味を明かした。
「ああ、カイルん所は先生はん達が居なくても、ヤードとスカーレルが薬に詳しいでっしゃろ。でも、うちのジャキーニ一家はそうはいきませんのや。うちの所は、うちもあんさんも含めて、学が低い人間ばかりが船員になってるんで薬に詳しい人間も居ないんや。オマケにうちらは畑泥棒で護人達から反感買ってますしなあ、そんな中、病気にでもなれば、最悪でっしゃろ」
「あ……」
「普通に陸から陸へと海を渡り歩く海賊なら、近場の港町で医者を捕まえて脅せばタダで見てもらえるんで楽やったけどな。でも、この島では、そうもいきませんやんか。うちらもこんな事になるなんて思いもせんかったからなぁ、召喚師様も雇う余裕もありませんでな」
「……」
「それで、うちらの召喚師様は、はんだけなんや。召喚師様は薬の調合にも詳しいらしいと聞いてな、それをはんに任せてるんや。はんも勉強熱心な子で、うちらの為に、この島で使えそうな薬草を色々取ってきてくれてな。それをレックス先生はんにとやかく言われる筋合いはないで」
「……うん、オウキーニの言う事は分かった。俺は、君達の事情をあまり理解していなかったようだ」
 ごめん。レックスはオウキーニからジャキーニ一家の事情を聞かされ、素直に謝る。
「分かってもらえれば、それで良いんや。はんは狭間の領域の何処かに居るはずや」
「ありがとう。行ってくるよ」
 レックスはオウキーニに礼を言って、ゲンジの庵の庭を出ようとした。
 それを引き止めたのは。
「あ、レックス先生はん。一つ、良いでっか」
「何だい?」
 レックスはオウキーニに止められるも、それに快く応じる。
「レックス先生はんはどうして、うちのはんをそこまで信じてくれるんや」
「え」
「いやな。はんと同じ無色の派閥のイスラがあんな事件を起こしたせいで、この島ではんの風当たりが強くなってるんや。更に、うちらと一緒に居るぶん、肩身が狭い。護人以外でも、カイルとかソノラとか、アティ先生はんでさえ警戒を強めてはんを睨んでくる人間も多い中で、レックス先生はんだけは、変わらずはんと接してくれはる。それは、どないしてかなと思いましてな」
「それは……」
「それは?」
 オウキーニは、レックスの返事をじっと待つ。
「……それは、がヤードと変わらない事を知ってるからだよ」
「ヤードは、無色の派閥から綺麗さっぱり足を洗ってはるやろ。それに反してはんは、まだ無色にしがみついてる状況や。それでレックス先生はんは、ヤードとはんが同じと言い切れるんか」
「言い切れるさ。は、優しい子だから。それ、オウキーニも分かってるんじゃないか?」
「……せやな。うちらも、はんに会う前までは傲慢な召喚師様を嫌っとったけど、召喚師でもあんな優しい子が居るとは思わんかったやさかい」
 レックスの力強い言葉に同意するよう、オウキーニもうなずく。
 でも。
「でも、うちがレックス先生はんに求めていたのは、そういう模範的な回答やないんやけどね」
「え?」
「まあ、レックス先生はんがはんをそうやって信じてくれる限りは、はんもイスラみたいにうちらを裏切らんやろな。そこは、安心してますわ」
「オウキーニ、さっきの模範的な回答の意味は……」
「さあさあ、はんを迎えに行ってあげなはれ」
 レックスはオウキーニに最後に含んだ言い方をされてそれに怪訝な顔をするも、オウキーニはこれでもう終わりだとレックスにそれ以上を言わせないよう彼の背中を押して、強制的に話を終わらせる。
 レックスはゲンジの庭の門を出るまではオウキーニの模範的な回答の意味が気になっていたけれど。
「……まあいいか」
 門を出た後はもう、狭間の領域に居るを迎えに行こうと、そちらの考えに切り替わっていた。



 狭間の領域は、霊界に縁のあるファリエルとフレイズ、マネマネ師匠が暮らしている場所だ。

 レックスはが、この狭間の領域は四界の集落の中でも特殊な場所であるせいか、帝国軍やその他の召喚獣もあまり入ってこないのでジャキーニ一家の船の次に好きな場所だと話していたのを思い出す。
は、何処だ……」
 狭間の領域で薬草がとれそうな場所はマネマネ師匠の居る水晶の森か、迷いの森あたり。は多分、薬草が多い迷いの森をうろついているかもしれない。レックスはしかし迷いの森に入るのも水晶の森を通らなければいけないので、水晶の森を散策する。
 召喚師のでも、ファリエルとフレイズが居る最深部までは行かないだろう。
 水晶が輝く森を行けば、その途中、見知った背中を発見する。
「……あそこに居るのは」
「あ、レックス!」
 相手もレックスに気が付いたのか、振り返り、そして。
「会いたかった!」

 その姿、その声、その仕草はまさしく、今まで探し求めていたそのものだ。は驚くレックスに構わず、抱き付く。
 は上目遣いで、レックスを見詰めて来た。
「ねえ、私を探していてくれたって聞いたんだけど、本当?」
「あ、ああ、本当だ。俺はを探して、此処まで来たんだ」
「レックスがそこまでしてくれるなんて、嬉しいわ」
 言っては妖艶な笑みを浮かべ、レックスの首に腕を巻き付けて顔を近付ける。
 そのまま自然と唇が重なろうとしたのを制したのは。

「マネマネ師匠、好い加減にしろ。本物のはそこまでしない」
「アリャ、バレテタカ」

 の姿をしていたものが煙に巻かれたと思えば――その姿は、レックスそっくりになった。
「何処デ気ガ付イタ?」
「最初から。は俺を先生と呼んでいて、レックスなんて名前で呼ばないから」
「ホウ。マダソコマデノ仲ジャナカッタトナ。……ソレハ、ワシノ観察不足ジャッタナ」
 マネマネ師匠は、レックスの指摘を受けて笑う。
「全く。俺とは、そんなんじゃないっていうのに」
 レックスはマネマネ師匠にとの関係を否定したうえで、呆れる。
 しかし、此処でマネマネ師匠と会えたのは運が良い。レックスは早速、マネマネ師匠にの居場所を訊ねる。
「ああそうだ、マネマネ師匠、本物のを見なかったか。がオウキーニから、薬の材料を取りに狭間の領域に入ったって聞いたんだけど」
「ソウナノカ?」
「あれ、は此処に、来ていないのか?」
「ワシノ所ニソコマデノ情報ハ入ッテオランガ」
「……マネマネ師匠は、この狭間の領域に霊界以外の種族が侵入すれば分かるんじゃなかったのか」
「ウム。ワシラハ、分カルヨ。シカシ、オ前サンノイウ彼女ハ、此処ニ来タ形跡ガナイ」
「そうか……」
 マネマネ師匠が嘘を吐いているとは思えない。では、オウキーニが嘘を吐いたのか? いやでも、オウキーニも嘘を吐く理由が見付からない。
 結論。
「分かった、ありがとう。他の場所をあたってみるよ」
「オ前サンハ、損ヲスルナァ」
「え」
 レックスはマネマネ師匠に礼を言ってその場を去ろうとしたが、それをマネマネ師匠の呟きに引き止められた。
 マネマネ師匠は言う。
「れっくすガアノ女ト付キ合ウトナレバ、厄介ナモノモ付イテ回ルゾ。シカモソレハ決シテ、れっくすノ為ニハナランモノダ。ソレデモ、アノ女ト付キ合ウノカ」
「……そうだね。俺はそれ覚悟で、と付き合ってるんだ」
「ソノ付キ合ウトイウノハ、オ前サン達ノ言葉デ何ヲ意味スル?」
「何、って?」
「男女ノ関係トシテノ意味カ、単ナル仲間トシテノ意味カ」
「ああ……」
 またか。レックスはマネマネ師匠からもオウキーニと同じ事を聞かれ、迷いを見せる。
「俺は単なる仲間として、と付き合っている。……別に、特別な意味は持たない」
「ソウカ……」
 マネマネ師匠はレックスと同じ顔で、同じように微笑む。
「……れっくすニ、良イ事ヲ教エテヤロウ」
「え」
「れっくすガ探シテイル彼女ハ、確カニ、コノ狭間ノ領域ニ足ヲ踏ミ入レテイル」
「何だって? 何でそれを隠していた」
 レックスはマネマネ師匠を睨みつける。
「何、れっくすノ気持チヲ聞キタカッタダケダ。彼女ノヨクナイ噂ハ、ワシノ所マデ届イテイタカラナ」
「あ……」
 のよくない噂。――イスラと同じ無色の派閥の彼女は、イスラと同じく時を見計らって島の住人を裏切るつもりだ。
 マネマネ師匠はレックスと同じ顔で、同じように微笑む。
「ワシハ、れっくすモマタ彼女ニ騙サレテイルンジャナイカト心配シタガ――ドウヤラ、ソンナ事モナカッタヨウジャナ」
「マネマネ師匠……」
 レックスにもマネマネ師匠の気持ちが伝わって、それ以上、彼を責める気にもなれなかった。
「れっくすノ彼女ハ、此処ヲ出タ後、らとりくすノ方ヘ向カッタゾ」
「ラトリクス?」
「フム。此処デ目的の薬草ガ足リナカッタヨウデ、らとりくすデ、他ノ薬草モ集メル必要ガアルナト、心ノ中デ呟イテオッタ」
「なるほど。……って師匠、心の中って、の心を読んだのか?」
 レックスは最後、マネマネ師匠から重要な情報を聞いた気がして目を見開く。
 マネマネ師匠は悪戯っぽく笑う。
「ヒヒ、ワシト彼女ハ、此処デ対面シテオランデナ。ソレデドウヤッテ、彼女カラ居場所ヲ聞キ出セルト思ウ?」
「それじゃあ、俺との関係も最初から知ってたのか?」
「ハハハ」
「……悪趣味だな」
「ソウ怖イ顔ヲスルナ。霊界ノ種族ハ、一部ヲ除イテ人間ノ心ヲ読メル。ソレ、れっくすモ知ラナイワケデハナイジャロ?」
「知ってたけど」
 知っていたけれど、知らない所で心を読まれると、それはそれで気分が悪い。しかも、となれば尚更。レックスの気分を知ったのか、マネマネ師匠は言う。
「れっくすガソウマデシテ彼女トノ関係ヲ隠スノハ、彼女ノ心ヲ読ンデ、ソレハ彼女ノ優シサダト、知ラレタ。オカゲデワシラハ――ふぁりえるモふれいずモ、れっくすトソノ彼女ノ味方ジャ。イザトイウ時ハ、ワシラガ彼女ノ側ニツケル。コレホド心強イ存在モナイジャロ?」
「……うん、そうだね」
 確かに、ファリエルとフレイズ、マネマネ師匠がいざという時――無色の派閥の件でが差別を受けて嫌な目にあう時、彼らがの味方になってくれるのは心強い事だ。レックスもマネマネ師匠の機転の良さを分かっているので、の心を読んだ件については追及しない事にした。
「それでは、ラトリクスだな?」
「ソレハ間違イナイ」
「分かった、ありがとう」
 レックスはマネマネ師匠に礼を言って、狭間の領域を後にした。



「クノン!」
「レックス様、どうされましたか」

 レックスはリペアセンターの内部でクノンと遭遇した。
を、見なかった?」
様、ですか?」
 クノンはレックスの問いに、首を傾げる。
 レックスはクノンに彼女の元に来た理由を話した。
「狭間の領域のマネマネ師匠からが此処に居るって聞いて来たんだけど、此処、外も中も広いからね……。クノンに聞いた方が早いと思って」
「そうでしたか。でも私は、様を見かけておりません」
 クノンはレックスに、事務的に返事をした。
「マネマネ師匠が言うには、が足りない薬草を取りにラトリクスに来たっていう話なんだけど……。それ、訪問記録に残っていない?」
「いえ。本日の訪問者は、レックス様だけです」
 クノンが嘘を言うはずもない。それではは、ラトリクスに入らずに別の場所に向かった? この辺でクノンに会わず、薬が取れそうな場所といえば。
「……ジルコーダの巣は、封鎖中なんだよね?」
「はい。例の事件以降、ジルコーダの坑道はアルディラ様が管理しているはずです」
「アルディラは?」
「今は外出していて、このラトリクス内には居ません」
「……ッ」
「レックス様?」
 嫌な予感がする。レックスは確かめないと気がすまないので、クノンの静止も聞かずにジルコーダの巣に向かって駆け出した。
 しかしクノンが、レックスの後を追いかけてきた。
「レックス様!」
「クノンは、ついて来なくていい。危ないから」
「あの、あそこはアルディラ様が結界を張ってあるので、レックス様一人ではそれを解除するのは難しいと思いまして……」
「結界?」
 そんな話はアルディラからも聞いた事がない。レックスは立ち止まって、クノンの続きを待つ。
「はい。アルディラ様の手でジルコーダの巣には結界を仕掛けてあるので、もし、帝国軍か無色の派閥の不法侵入者が巣に入れば私達に警告音で知らせるようになっているのです」
「それなら、がジルコーダの巣に入る可能性は無いか」
 一度、安心するも。
「……その結界の話、俺以外にした覚えは?」
「この話は私と、アルディラ様を含めた四人の護人しか知らない事です。様がそれを護人四人から聞いているなら、坑道に入る事はないでしょう」
「……が護人四人からその話を聞けるわけがないな」
 護人四人も生徒達と同じくジャキーニ一家と、未だに無色の派閥を抜けないを嫌っている。の方も護人達に積極的に話しかける子でもない。
 そしてレックスは、クノンとジルコーダの巣に到着する。
「それじゃあクノン、行くよ」
「お任せください」
 レックスは剣を、クノンは銃を構えてジルコーダの巣に入る。

 その、結果。

「レックス様。様と見られる生命反応は、何処にもありませんでした」
「……そうか、それなら良いんだ」

 はぁはぁ。襲い掛かるジルコーダを次々薙ぎ倒し、とうとう、最深部まで辿り着いた時に聞いたクノンの言葉にレックスは安心したせいか、その場に横になる。
「疲労回復の薬があります。どうぞ」
「……ありがとう」
 レックスはクノンからそれを受け取り、水が無いので噛み砕いて胃に納めた。飲んだ後は薬を飲む前より、すっきりした気がする。
 次はクノンと出口に向かう。
 その道中、クノンの方からレックスにそれを聞き出した。
「レックス様はどうして、様の為にそこまでするのですか」
「え」
「私はアルディラ様に、イスラと同じ無色の派閥の様については警戒心をゆるめずに接しろと言われています。そしてこれ以上、様と関わるべきでもないと。それは、アルディラ様以外――ほかの護人達も、この島の住人も同じ思いです。私も様に関しては、イスラと同じ扱いで良いと思っています。それでどうして、レックス様は様の為にそこまで――ジルコーダの巣に入ってまで、彼女を追いかけるのですか」
「それは……」
「それは?」
 クノンは、レックスの返事をじっと待っている。
 レックスは真面目に、クノンに答える。
「それは、俺がを追いかけたいからだよ」
「……私はどうして、レックス様が様をそこまでして追いかけるのかと聞いているのです。それでは、答えになっていませんが」
 クノンの疑問はもっともだなと、それを回答したレックスでも思う。
「俺がに会いたいから、を追いかけている」
「どうして、様に会いたいのですか」
「俺が、の顔が見たくなったからだよ」
「どうして、様のお顔が見たいのですか」
「クノンだって、突然に、アルディラの顔が見たい時とかあるだろ?」
「……そうですね。私も突然にアルディラ様の、お顔が見たい時があります」
「そうそう、それと同じだよ」
 レックスはクノンの同意を得られて、嬉しくなって笑う。
「では、レックス様は、様が好きなのですか」
「そうだね。俺は、が好きだよ」
 レックスはクノンなら良いかと、迷いなく答える。
「……」
 それを聞いたクノンは複雑な表情を浮かべるも、レックスは彼女のそれに気が付かない。
「あ、出口だ」
 二人で話している間に、坑道の出口が見えて来た。
 坑道を出るとレックスは、空の色を確認した。
「ジルコーダを相手にしているうちに、すっかり暗くなってるなあ」
「レックス様はこれから、どうされますか」
「そうだな。シルターン、狭間の領域、ラトリクス。……残るは、ユクレスかな」
 レックスは今まで自分が行った場所を指折り数えて、の居場所を探る。一応、ユクレスも薬草の宝庫だ。
「レックス様は、様の為に、ユクレスまで行かれるのですか」
はもう、ジャキーニ一家の船に帰ってる可能性もあるけど。まあ、生徒達を迎えに行くついでにも居れば良いなっていう期待もあって、ユクレスに行って来るよ」
「そうですか。それでは、お気をつけて」
「ああ。アルディラにもよろしく」
 レックスはラトリクスでクノンと別れると、ユクレスまで向かった。