手のなかの星

 百万世界、という言葉を知っているだろうか。

 世界は一つではなく、無数の世界が並列して存在し、その無数の世界全体を指しての言葉らしい。
 その百万世界を行き来するには、『トビラ』をくぐる必要があった。しかし、百万世界のトビラの存在を知った上で自由に行き来出来る種族は今の所ランブル族だけで、他の種族やましてや人間はその存在について知るのは、ごく一部の者達に限られるという。
 トビラを通じて異界からこの世界に迷い込む者も少なくない。フューリーロアやポーパス族も過去、トビラを通じてこの世界に来たらしい。異世界に通じるトビラがあるのだから、それに対応するこちら側のトビラをくぐれば自分の世界に戻れる仕組みになっているそうだ。少女マンガの異世界ものでは、ヒロインが異世界に飛んでしまえば一方通行のままで元の世界に帰れず困り果てる場合が多いが、今回に限っては運が良ければ自分の世界に戻れる可能性が残っているのがせめてもの救いか。
 しかし、どういう訳か私は少女マンガのヒロインと同じ立場に陥ってしまった。
 トビラの先にある回廊で迷っていた私を助けたのは、ランブル族のホツバさんと私とそう変わらない年齢の少年だった。
 回廊でさ迷っていた所、人に出会えて嬉しかった私はそこでその二人に、私の世界の事情を彼等に話して聞かせた、その後の話である。

「日本の東京でやすか? あっしはそんな世界、聞いた事も見た事もありやせん」

 ホツバさんは私の世界の様子を聞いて、しきりに首を傾げる。後日、ホツバさん以外のランブル族に聞いてみても皆、同じ答えが返って来た。それだから私の世界に対応するトビラの存在について流石のランブル族の皆さんでも分からず、帰る手段が無い為、私は途方に暮れる。
 そんな私を快く受け入れ、更には衣食住まで提供してくれたのは私とそう年齢も変わらないけれど、この世界を恐怖の渦に飲み込んでいる真っ最中のいかにも怪しげな団体『ひとつの道の協会』を討つ為に結成された反乱軍のリーダーで、ホツバさんの大将だと言う少年だった。

「帰る場所が無いなら、俺の城に来いよ。歓迎するぜ」

 少年はあっさりと素性の知れない私を城まで誘ってくれた。
 少年は、ハオと名乗った。小さな村の出身だったが、ある日、とんでもない力を手に入れて、ついでに皆を収納出来るだけの城も手に入れて、それから成り行きで反乱軍のリーダーになったそうだ。幾ら成り行きでもその年でこうもあっけらかんとされては、大変な任務を背負っているようには私からではとても見えなかったけれど。
 私はハオにハルコと名乗った。日本はある地方都市の女子高生で、ハオのように特記するような特技や役は何も無い。帰宅部で、文系で、両親は健在である。一人っ子で兄弟は居ない。ごく一般的な家族構成で、その中にあって家族に関しても自分に関しても特に暗い過去やトラウマも何も抱える事無く、ゆるやかに十五年間を過ごしてきた次第である。
 互いの自己紹介も終わって回廊を出て城につくなり、ハオは私に一冊の書を差し出した。
「この書に触ってみてくんないかな」
 ハオの性質から彼がこんな大層な書を読むのかと思ったが、これ一冊を丸々読めと言っている訳ではないので、私は言われるままその書に触れてみた。
 私が触れたその書には見事なまでに何の反応も無かった。
「あれ、お前、星を宿す者じゃないのか」
「何それ」
 星を宿す者? その意味も訳も分からなかった。私が星を宿す者ではないと知れた途端、ハオは凄く残念そうに肩を落とした。
 まさかこれ、城に入れる為の試験だったのではなかろうか。
「あ、あの、ハオさん。ひょっとして私、試験に落とされたんですか。それで私、城を追い出されるとか」
「あ? 別に城に入る為の試験じゃねえよ。俺がお前を誘って、お前も自分の意志で此処に来た。だから俺がお前を追い出す理由は何も無い。あとな、ハオさんっての止めてくんないかな。見た所、同じ年齢みたいだし」
「……それじゃあ、ハオ」
「ああ。これからよろしくな、ハルコ」
 ハオは曇りの無い笑顔を浮かべて、私に手を差し伸べた。
 それだけで。

 私はそれだけでハオに落ちてしまった。


 城で私に課せられた使命は、料理番であるワスタムさんの手伝いだった。

 この大所帯で料理を裁くのも運ぶのも、骨が折れる作業である。宿屋の娘エリンやハオのお姉さんだというシスカさんと一緒になって、朝昼晩、私はワスタムさんの料理を運んでいた。その他、みんなの洗濯物や城の中の掃除等、意外とやる事は多くあった。
 後で知れた事だが、この城で戦いに参戦する人達は皆、星を宿す者で、それは星の印を手に入れた能力者の事である。私と同じく戦いに縁の無さそうなエリンとシスカさんも星の印を手に入れている星を宿す者だと言うから、驚きだ。私が城に入る時、ハオに見せられたあの書のお陰らしいが、私には何の反応も無かったと所在無さげに告白すれば、二人は私に何も追求する事無く、そうなの、とだけしか言わなかった。ワスタムさんも同様である。私は三人の反応がありがたくもあり、情けなくもあった。
 日本の女子高生で魔物や人間同士の戦いに縁の無かった私は当然のよう、武器の一つもロクに扱えず、彼等の戦いに参戦出来ない所か、その為にモアナさんの派遣の仕事もこなせず、城の中ではお荷物状態だった。ああ、部活で剣道や弓道部に所属していれば何か役には立っていたかもしれないが、今更それを思っても何にもならない。ハオはそれについて気にするなと何でも無い風に笑い飛ばすが、私は非常に気にしていた。


 世界を揺るがすような大きな戦いが無い日は朝になれば皆、派遣の仕事の為、狩の為、鍛錬の為にと、忙しなく城を出て行こうとする人達で食堂は賑わいを見せる。
 食堂が忙しいのは朝と夜だけである。昼間はポーパス族がゆったりとコーヒーを飲む光景が見られた。ポーパスは可愛くて面白いし、頭を撫でてもくすぐったそうにしているだけで何も言わないので、私のお気に入り。フューリーロアの皆さんも頭を撫で撫でしてみたいけど、あの迫力に気圧されて、未だにそれが叶わない。
 食堂はエントランスの付近にあり、朝昼晩、そこに居座っている私は、皆の顔と名前を覚えるのに時間はかからなかった。
 中でも。
「おはよう」
「おはようございます、今日も朝から剣の稽古ですか」
「いや、今日はファラモンまで里帰りだ。メルヴィス、ロベルト……、それから、フレデグンドの四人でね」
 毎朝、いつも一番乗りに食堂へ顔を出すのは、クロデキルドさんである。クロデキルドさんはアストラシア王国のお姫様でもあった。クロデキルドさんはしかし、お姫様というより、騎士様という方がしっくりくるかな。とにかく、同性から見ても格好良く、憧れる存在であるのは確かだ。つい最近になって離れ離れだった妹さん――フレデグンドさんもハオのお陰で仲間入りを果たして、凄く嬉しそうだった。因みに私はその戦いに参戦していないが、ハオによればそれはそれは大変な戦いだったらしい。姉妹揃って格好良いのは反則だと思うのだけどどうだろう。
「どうした?」
 クロデキルドさんに見惚れてぼけっとしていたら、いつのまにかクロデキルドさんに顔を覗き込まれていて、私は慌てて首を横に振った。
「あ、いや、何でもありません」
「ああ……、ハオ殿も一緒に行くから当分は寂しくなるな」
「え」
 ハオもクロデキルドさんと一緒。ちょっと、それは初耳だった。しかしその前に、どうして此処でクロデキルドさんからハオの名前が出て来るんだ。
「クロデキルド様、おはようございます!」
「おはようございます」
 クロデキルドさんに続いてロベルト、メルヴィスさんも顔を出したので、その話は此処でうやむやになってしまった。
 その他の人達も続々食堂に顔を出してきたので私も注文を取りに行く為、クロデキルドさんから外れて仕事を続けた。
 その中で昼近くになって顔を出したのは。
「おはよう!」
「ハオ、一体、何時だと思ってるの。モアナさんに言われた仕事片付ける為に早めに城を出ようって言ったの、何処の誰よ」
「間違いなくハオだな」
「俺もそれ聞いてるな」
 食堂で明るく挨拶をするハオに呆れるのは、マリカ、ジェイル、リウの三人だった。シトロ村の四人組は今日も相変わらず息が揃ってるな。
「あれ、そうだっけ。まあ良いじゃん。ハルコ、いつもの頼んだ」
「はいはい」
 席につくなり私を指名して注文してくるのは、ハオだった。
 ハオは私が他の人の注文を取っていても、それが終わった頃を見計らったように声をかけてくる。ハオからすれば、何も出来ない私を引き入れた責任もあって、私の仕事振りを気にしての事だろうか。そうに違いない。それでも私はハオが来ただけで嬉しさを隠せず、ハオから注文を受けた私は上機嫌でワスタムさんの所まで足を運んだ。ワスタムさんもハオの好みを熟知しているようで、他の客より料理を早く仕上げた。
 私はハオがいつも注文しているワスタムさん特製のスープとサラダ、ハムエッグのセットを彼に差し出す。
「どうぞ」
「ありがとな。うん、ワスタムのスープは格別だなー。遠征に出て帰って来るたびにワスタムの料理に感動するんだ。ワスタム誘って良かったよ、本当」
 ハオはワスタムさんが見たら喜びそうなくらいの嬉しそうな顔でスープを飲んでいる。ハオからすればそれは何の感情も含まず、ただ、思うままに口から出た事かもしれない。でも私はそれを聞いて少し、胸が痛んだ。
「ハオ、それにしては遅過ぎだ。お前達なら良いが、今回は俺達も居るんだ。時間を守ってくれないと困る」
 マリカ、ジェイル、リウに続いてロベルトがハオに近付き、彼を責める。ロベルトの横にクロデキルドさん、メルヴィスさんの姿もあった。
「ロベルト。そう、急ぐ用事でもない。ハオ殿よりもフレデグンドをどうにかしないとな。あれもまだ起きて来ない」
「……、フレデグンド様はまだ良いでしょう。ハオは仮にも俺達を率いる軍のリーダーなんですから、此処はきっちりやってもらわないと」
 クロデキルドさんがハオを擁護するのを、ロベルトは快く思っていないようだ。
 それよりも前に。
「ハオ達、クロデキルドさん達と出かけるの?」
「ああ。ハオ殿もモアナの仕事でファラモンに立ち寄ると言うので、折角だから同行してもらった」
 私はハオに話しかけたつもりだったが、それに応じたのはクロデキルドさんだった。
 と。
「ハルコ。ファラモンの土産で何かリクエストある?」
「え」
 此処で急にハオに振られて、私は戸惑う。
 何故かハオ以外の――マリカ達やクロデキルドさん達の注目をあびてしまった。居たたまれなくなった私は目を泳がせながら、ハオに言った。
「あー、ええと、急に言われても何も思いつかないんだけど」
「そうか? それじゃいつもみたいに適当に買って来るから楽しみにしてろ」
「分かった」
 ハオはいつも、仕事で城を離れる時、私にそれを聞いてくる。最初、自分は何も戦う力が無いので彼等の戦いにも同行出来ず、かと言ってモアナさんの仕事もこなせないので、私がその土地の土産だけを受け取るのは何か忍びなく、その件を断っていたが、それでもハオが勝手に遠征先で土産を買って来て、私の元へ勝手に渡していくものだから、それを断り切れなくなってしまった。ハオに負担をかけないようせめてもの救済策として、私の答えはいつも「何も思いつかない」で通している。
 ハオの土産は宝石類や細工品等のいかにも女の子が喜びそうなものではなく、その国の紋章が入ったマグカップや、やはり国の紋章入りのハンカチ、訳の分からないカタチをした木彫りの置物等、妙なものばかりである。ハオが不気味なお面をかぶって帰ってきて、驚く私に笑いながらその仮面を外してそれを渡してくれたのは記憶に新しい。そのお陰で私の部屋は妙な土産物であふれているけど、その国の土産は日本から来た私からすれば珍しいものばかりで、今ではハオの土産が密かな楽しみとなった。
 ハオからしてみれば、星の印も無い為に外の魔物と戦えずいつも城の中に居る私に少しでも外の世界の片鱗を見せる為に土産という手段を使って気遣ってくれているのだろう。
「それで、ハオ達がモアナさんの仕事をこなして此処に帰って来るまで、何日くらいかかるの?」
「ああ、多分、一週間くらいになるかな。上手く行けばそれより早く帰れると思うけど」
「そう」
 一週間もハオと会えないのは残念だったけれど、此処で私が彼等を引き止められる理由は何処にも無い。

 ハオはまるで一つの星のよう。

 それはよくある三等星ではなく、一等星で一番強い輝きを放っている一つの星である。数え切れない星のなかでもすぐに見付けられるような一つの星、それがハオ。
 皆、その一つの星を目指してこの城に集う。星の印を持つ者だけが、その一つの星を掴む事が出来るとすれば。

 私はいつになればこの手でその星を掴めるのだろうか。

 一つの星も掴めない私がいつ、ハオに見放されるかと思うと、恐くてたまらなかった。


「それでは、留守を頼んだぞ」
「行って来る」

 見送る私にクロデキルドさん一行と、ハオ達が手を振ってトビラを使って城を出て行く。そのなかには当然のよう、マリカの姿もあった。
 私はハオと一緒に出て行けて、おまけに元気で明るいマリカが羨ましかった。私も彼女みたいに城の外を出て色んな国を見てみたいなあ。それ言ったら、ハオに反対されるに決まっている。私には星の印も無く、武器もロクに扱えず、この世界の魔物と戦う術(すべ)が無い為である。でもなあ。この城に住まわせて貰っているだけでもありがたいのだから、ハオにそれが言える訳が無いのだけれど。

「――食材が切れた」

 ハオ達が出かけてから昼の賑わいも過ぎた頃、ワスタムさんが厨房でぽつりと呟いた。
「あら、それでは私が良い時にでも買い物に行って来ましょうか」
 ワスタムさんに素早く反応するのはシスカさんである。
 そう、食材が切れてそれを狩や買い物で調達するのはいつもシスカさんの役目だった。シスカさんは昔からハオ達の世話で買い物慣れしているそうで、ワスタムさんからも絶対的な信頼があった。エリンも宿屋の娘だというので同様である。ワスタムさんが一度も私に買い物を頼んだ事は無い。
 それが。
「いや、今回、あんたの出番は良い」
「あら」
 シスカさんは困ったのか困っていないのか表情の読めない顔で、ワスタムさんを見上げる。
 此処でワスタムさんは私を見た。
 な、何だろう。

「――今回は、お前が買い物に行ってくれるか」

 ワスタムさんの言葉が私は信じられなかった。
 シスカさんもエリンと顔を見合わせる。
「どうして私が……。買い物は、シスカさんかエリンの役目だったじゃないですか」
「今が良い機会だろ。ハオも留守してるしな」
 ワスタムさんがニヤリと笑う。
「そうよ! ハオちゃんがこの城に居る時はハオちゃん、ハルコちゃんを心配して外に出さないけど、今ならハルコちゃんが外に出られる時よっ」
 シスカさんが私の手を握って力強く言い放った。
「私も、ワスタムさんの話に乗ります」
 エリンも底が知れない笑顔で私の背中を押してくる。
 私は。
「で、でも私、外に出れるくらいの能力は何も無いですし。それで、ハオに外出は止められてて」
「それなら心配いらねえよ。ポーパスの連中をお供につける。奴等には話しを付けてある。お前の行き先は、ポーパスの巣だ。あそこまでなら、何の危険も無いだろ」
「……それじゃ」
「ああ、行って来い。そして、外の世界を見て来い。それと、食材を買うのを忘れるなよ」
「はい!」
 私ははっきりと声を上げて、ワスタムさんに力強く頷いた。


 城にあるトビラを使ってファラモンまで一直線。そこからポーパス族の街、ナイネニスまで最短でも約十二日ほどで到着する。この日数では、ハオ達がファラモンから帰って来るまで余裕は無かったけれども。
「ハオ達が帰って来たら、お前の事はちゃんと伝えてやる。ハオも俺の用事だと言う名目があればハルコが外に出て行くのを止める権利は無いだろ。だから安心して行って来い。ただし、俺が予定している帰還日の日数を超えるなよ。必ず、予定日までに帰って来い」
「はい」
 予定日までには帰って来る事。そうしないとハオの抑えが効かなくなる。ワスタムさんが念を押してくるので、私も真剣に頷いた。
「気をつけてくださいね。これ、お薬のセットです」
「ありがとう」
 エリンからお薬のセットを受け取る。
「それじゃあ、行きましょう!」
「出発!」
 私はポーパスのニムニを先頭にして、ネムネ、ヌムニ、の三人をお供につけて意気揚揚として城を出て行った。


 初めての旅は驚くほど、順調だった。
 トビラを通じてファラモンまで飛んで、ハオ達に見付からないように街を出て、ナイネニスへ向かう。その間、魔物が居る北マルシナ丘陵とマルシナ平原を通る必要があった。
 そこでは護身用の武器にとワスタムさんから手渡されたナイフを片手に、私は必死になってニムニ達と一緒になって道中、遭遇する魔物と戦った。まあ、私はナイフを滅茶苦茶に振り回しているだけで、後は殆ど、ニムニ達が槍で撃退していってくれたお陰で何とか目的の日数で目的地のナイネニスまで辿り着く事が出来たのだった。

「はあ~、此処がニムニ達の街?」

 私は貝殻に覆われた不思議な街を見て、溜息を吐くしか感想が出来なかった。
「はい! 此処が僕達のお城です! ハルコさんは僕達の街は初めてですよね。案内しますよ!」
 ニムニは張り切って私にナイネニスの中を案内してくれた。こんな街もあったんだなあ。ハオめ、こんな世界を私に隠していたのか。
 私がワスタムさんの買い出しをすませて、ニムニ達とナイネニスの街を回った頃、すでに一日が経過していた。
「今度は、温泉に」
「あのさ、私の帰る予定日が迫って――、て、温泉?」
 まだまだ張り切るニムニに断りを入れようとしたが、此処で私は温泉に反応する。
「はい。この近くに海岸洞窟があって、その奥に温泉が湧き出てるんです。気持ち良いですよ!」
 温泉。城ではシャワーしか使えないから、温泉は魅力的な響きだった。私はあっさりとニムニの言う温泉の誘惑に負けてしまった。
「温泉……、良いかもね」
「ですよね! 行きましょう、行きましょう」
 ニムニの案内で海岸洞窟に行って、温泉を満喫する。久し振りの温泉につかれて、心があらわれる気さえして、気分が良かった。
 このせいで私はハオの事をすっかり忘れていた。
 海岸洞窟からナイネニスに戻って、そこの喫茶店で私は暢気にニムニと一緒にドリンクを飲んでいる。その中でニムニが提案したのは。
「次、何処に行きましょうか。この近くですと、樹海の集落かフューリーロアのクラグバークになりますけど」
「樹海の集落かクラグバークね……」
 樹海は私のレベルでは無理だと思った。クラグバークまでなら何とか行けるかもしれない。フューリーロアの村といえば何より楽しみなのが。
「クラグバークって、ダイアロフさんの所だよね?」
「はい。人間からすればフューリーロアはおっかない顔していると思いますけど、皆さん、気の良い方達ばかりですから。ハルコさんでも大丈夫ですよ」
 にこにこ。ニムニも上機嫌で私に話した。
「良し。次は、目指せクラグバークに決定、で良いかな?」
「了解しましたー」
 喫茶店を出るとニムニはナイネニスで自由行動をしていたネムネとヌムニに声をかけて、私は一路、フューリーロアの村、クラグバークを目指した。


 フューリーロアの皆さんが暮らしているというクラグバークでも私は感動の連続だった。
 いやだって、頭を撫でたくなるような犬さんや猫さんがたくさん居るし! か、可愛い。でも、私の世界のペットと同じように彼等の頭撫でたら失礼になるな。うん、此処は我慢しよう。フューリーロアの村はナイネニスと違い簡素な作りで、以前、テレビで見た未開の村と似通っていて、私の世界と同じような部分があるので、少し、懐かしくなった。
「ハルコさん? どうしました?」
「あー……、何でも無いよ。それよりどうしたのその笛」
 外でしんみりしていた所、やはり陽気なニムニから声がかかった。ニムニの手には笛が握られていた。
「あ、これはですね。フューリーロアの皆さんが狩で使う代物だそうです。彼等にしか聞こえない音が出るそうですよ。これを吹いて互いの居場所を教え合うとかで」
 なるほど、犬笛か。
 しかし、何で犬笛? と思っているうち、ニムニが説明してくれた。
「クラグバークでは、工芸品を扱う土産物店が人気なんですよ。これもその一つでして。フューリーロアの工芸品は作りが良くて、人間達にもポーパス達にも人気があるんです」
「へえ」
 それは、初耳だった。
「他には絨毯とか、織物も人気だそうですよ。そこに土産物を扱う商店がありますから」
「ニムニは何か買ったの?」
「ネイラ様に織物品一つと、留守番のポーパス達に色々買い込みました。ハルコさんも、ハオさんに何か買ってあげたらどうです?」
「ハオ、ハオ……あ!」
 私は此処でハオの事を思い出し、顔面蒼白になって、血の気も引いた。
「え、ちょっと待って、今、何日よ?」
「え、ええと、確か――」
 私にいきなり肩を掴まれて、ニムニも戸惑いながら経過した日数を答える。
 ヤバイ。
 思い切り、帰る予定の日数オーバーしてるじゃん!
「ああ、どうしよう! ワスタムさんの言ってた日数超えたら、ハオに怒られる!」
「……お土産買って機嫌取るとかじゃ駄目ですかね?」
 いつになく自信無さそうにそう提案したのはニムニだった。ハオに関してはニムニもお手上げ状態らしい。
 とりあえずハオの件は、ニムニの提案を採用する事に決めた。
 ハオの機嫌取りの為、ニムニと一緒にクラグバークの土産物屋を巡る。 
 木彫りの人形、絵画、ネックレス等の細工品、絨毯や織物、目移りしそうなものばかりがテントに並んでいる。しかし、私からではハオの好みが全く見当がつかない。そういえば私、ハオの好みについて全然知らないのを此処で改めて思い知った。ハオはどうやって「欲しいのが思い付かない」と言い続ける私の土産を選んでいたのだろうか。誰かの土産を選ぶだけでこんなに悩むとは。
「この中でハオが喜びそうなのって何だと思う?」
「そうですねえ、僕ではハオさんが喜びそうなのが何であるか、全く思い付きません!」
 うわ、言い切ったよこのポーパス!
 ある意味、清清しいな!
 お、良いもの発見。これぞ土産の定番というものを。
「う~ん、これなんかどうかな。クラグバークの紋章が入ったミニサイズの旗だって」
 旗シリーズは私の部屋にも何本かあったり。
「旗ですか。使い道あるんですかそれ」
「……部屋の飾り付け?」
「ハオさんなら必要無いでしょう。お城に立派な旗がもうありますから」
「だよねえ」
 旗は呆気無く却下された。
 土産物屋の前でしゃがんでニムニと二人、唸る。
「ハオが一番喜びそうなもの……、何だろうなあ」
 私がしゃがんだまま空を仰いだ時、だった。 

「――ハルコがそのまま城に戻る事じゃねえの?」

 私は背後から響いたその声を聞いて固まった。
 私とニムニは恐る恐る後ろを振り返る。
 私達の後ろで腕を組んで顔を引きつらせていたのは紛れも無く。
「主人を差し置いて随分と楽しそうだな、おい」
「ぎゃあああ!」
 私が悲鳴を上げるよりも先に悲鳴を上げたのは、ニムニだった。
 彼の――ハオの登場にニムニはすっかり腰を抜かしていた。
「ハオさん、何で此処に居るんですかあ!」
「そりゃ、ハルコが帰る日になってもお前等が戻って来ないからだろ」
 さも当然だと言うハオの話を聞いて、私が唖然となる。
 だって私は星の印が無いから、ハオにしてみれば必要の無い存在で。それだからいつ帰ろうがハオに支障は無いはずだと思い込んでいた。
 それが。
「ハルコを借りるぞ」
「あ」
 ハオはいきなり私の手首を掴んで、無理矢理、引っ張る。私はニムニに助けを求めるが、ニムニは諦めたように手を振るだけで私には何の助け舟も出してくれなかった。


 人気の無い村外れまで来た所でハオは私を解放した。
「ハルコ。お前さ、自分が戦えないの、自覚してるのか? お前の世界では俺の世界で巣食ってるような魔物なんか居なかったんだろ。星の印も無いような奴がいきなり外に出て魔物と戦えるとでも思ったか」
「……それは」
 ハオは私が勝手に外に出た事を本気で怒っている。私でもそれが伝わった。だけど、私はハオに言われたまま大人しく引き下がる訳にもいかなかった。
「それは、そうだけどでも、私だっていつまでも城に閉じこもったままでいるのは嫌だったんだよ。ハオが見ていた世界を私も見たいと思ってワスタムさんに無理言って頼んだのは全部、私の意志でやった事だから」
 ああ、やっと全部自分の想いをハオに向けて言えた。
 安心したのも束の間、低い声でハオは私の名前を口にする。
「ハルコ」
「……ッ」
 ああ、いよいよ見放される時が来たか。ハオに拾ってもらったくせに生意気な事を言って、そのせいで彼に怒鳴られるかもしれないと思った私は身構えるが。
「――それならそれで何で俺に言わない」
「え」
 ハオの意外な言葉に私は顔を上げる。
「その事を先に俺に言えば、俺がついてお前に外の世界を――俺が見ていたその世界を同じように見るくらい出来た。俺からすればお前一人守るくらい、簡単な事だしな。ハルコがモアナに依頼すれば、俺はいつでも駆けつける気だったのに、お前が言わないから俺も何も言わなかった」
「……、それでもハオはいつも皆をまとめなくちゃいけないから、その中で何も出来ない私がそんな事を……、星の印も無いのに……」
「あのな。ハルコが何を気にしているか知らないが俺は、大きな戦いが無い時に限られるけど、城の仲間達の依頼なら無条件に誰でもどんな仕事でも請け負う事にしてるんだ。外部の依頼は流石に慎重になるけどな。その中で、ハルコもその条件に外れていない。星の印が無くてもハルコは城の――俺の大事な仲間だから」
「……ッ」
 体の中から何か込み上げるものがあったがぐっと堪える。ハオはいつも、あっさりと私の不安をその笑顔で、その言葉で取り払ってくれる。
「ハルコが帰還するはずの予定日よりも遅いから、心配した。不安が現実になっているんじゃないかと思うと、恐かったんだ」
「……、不安? ハオにも不安があるの?」
 私はいつも順風満帆なハオに不安の一つでもあるのか疑問だった。
 ハオが私の手首を掴んだ。さっきより強くはなく、優しかった。
 ハオはそのまま私を自分の元まで引き寄せてそれから。

「――ハルコが俺に何も言わずに元の世界に戻ったんじゃないかって思ったんだ」

 それがハオの不安の正体。
 私は。
「俺は、ハルコの星すらも掴めないと思ったら、不安で、恐くてたまらなかった」
「……あ」
 ハオの不安が私にも伝わって来る。私が星の印でハオに見放されるのではないかと不安を抱いたように、ハオもまた私の事で不安を抱いていた。
「もう、こんな思いはしたくない。今度から、俺を頼ってくれ。頼むから」
「……うん、分かった」
 そのままハオと私の距離が自然と縮まる。
 私も顔を上げてハオと近付いてそれから。

「ハルコさん! 村の入り口でマリカさん達が居て――あ」

 ニムニの突然の登場に私とハオが驚く。
 ニムニの傍にはマリカ、ジェイル、リウも揃っていた。
 私達は慌てて体を離した。
 わ、私は今、ハオと何をする気だったのだろう。今になって、心臓がうるさいくらい音を立てているのが自分でも分かった。
 私がドキドキしている間、ハオがマリカ達を睨む。
「お前等、何で居るんだよ。俺は入り口で待ってろって言ったはずだけど」
「いや、私達はニムニにハオとハルコが戻って来るまで待っていようって言ったのよ!」
「どうも、ニムニを断り切れなくてな」
「いやー。俺もハオとハルコが戻るまで待っていようって言ったんだけど、ニムニに押し切られちゃってさ」
 間髪入れず自分の行動を否定するマリカと、腕を組んで静かに彼女と同じように否定するジェイルと、彼等と違って開き直ってにやけてこちらを見ているのはリウだった。
「え、僕、二人の邪魔しちゃいましたかね」
 雰囲気を察してか、ニムニが慌てる。
 だけど。
「まあ、ニムニはハルコを無事に此処まで連れて行ってくれたしな。ありがとな」
「うっ……」
 いつもの調子でハオがニムニの頭を優しく撫でた途端、だった。
「うわあああ、僕、凄い感動しました! 感動です! 一生ハオさんについていきます!」
 洪水と思われるような凄い涙を流してニムニはハオに抱きついた。
「ちょっ、此処でそれは止めろ! ジェイル、リウ、見てないで助けろって!」
 ぎゃあああ、と、悲鳴を上げてハオはジェイルとリウに助けを求める。ジェイルとリウは顔を見合わせた後、互いに噴き出してハオを助けに向かった。
「うわー、ニムニのあれ、話に聞いてたけど凄いんだねー」
「ハルコはあれ見るの初めてだっけ?」
「うん」
 私とマリカはハオ達の様子をぼんやりと眺めているだけで。
 わーわー言い合いながらハオ、ジェイル、リウがニムニと騒ぐ。
「好い加減にしなさい!」
 それらを一喝して騒ぎを止めたのは、マリカだった。
 マリカの鶴の一声でハオ達の動きが止まった。す、凄い。
「全く。あんた達はいつまで経っても落ち着きが無いんだから」
「……すみません」
 マリカに言われて、ハオ、ジェイル、リウの三人が声を揃えて彼女に謝った。マリカの迫力にニムニまでもが圧倒されていた。
 ようやく騒ぎが収まり、私達は村の入り口まで戻る為に動き出したその道中での話だ。
「ハオは……、何で此処に私とニムニ達が居るって分かったの?」
「ああ。俺がファラモンから帰ってみたら肝心のハルコが居ないじゃん。ワスタムに詰め寄ったらハルコの行き先をあっさり白状した。それでナイネニスに行ってもハルコの姿が無くてさ。ナイネニスからハルコが行きそうな所って此処しかないと思って行ってみたら当たってた」
「……」
 ハオが屈託無く笑う。私はそこまで単純な思考の持ち主だろうか。
「まあ、そこに行き着くまでに俺達の苦労は計り知れなかったけどな」
「本当、ハオの行動を押さえるのに苦労したわよ」
「全くだ」
 ハオの話に続いて何故かリウ、マリカ、ジェイルが何処か疲れ切った様子で頷き合う。何だろう、と思うがどうも私が口を挟める雰囲気ではなく。
「あ、これ、ハルコに渡し損ねたファラモンの土産ね」
「こ、これは」
 ハオから受け取ったのはアストラシアの国旗(土産用のミニサイズ)だった。また妙なものを選んできたなあ。でも、これはこれで私からでは珍しいものに違いなくハオからの土産なら何でも嬉しいので、私はそれを受け取った。
 所で。
「……、ハオ、私にお土産を選ぶ時、何を基準としてるの?」
「何で」
「いや、出かける時に私が何でも良いって言うから、それで迷わないかなと」
「ああ、それね」
 私の話を聞いて、何の迷いも無くハオが言ったのは。

「ハルコの喜ぶ顔を思って買ってるな俺は」

 私は。
「……うん、ありがとう。今回のも大事にする」
「そうか」
 此処で村の入り口に到着した。
 入り口ではネムネ、ヌムニが待っていた。
「それじゃ、全員揃った所で、俺達の城まで帰るか」
 ハオは何の迷いも無く私に手を差し出した。

 あの時と――ハオと初めて回廊で会った時と同じよう、私も何の迷いも無くハオの手を掴んだ。

 それは今まで掴めなかった星をこの手で掴んだ瞬間でもあった。


 余談。同時刻、城の食堂にて。

「……ハオ殿は無事、ハルコと会えただろうか?」
「ハオちゃんとハルコちゃんには愛の電波があるんだもの、ハオちゃんはハルコちゃんからの愛の電波をキャッチして、ハルコちゃんと無事、会えてるわ」
 愛の電波って何だ。クロデキルドとシスカの話を聞いていたロベルトはシスカの言葉に突っ込みたい気分だったが、彼女が自分より年上あり、かつ、一筋縄でいかないのを知っているのでぐっと我慢した。
「しかしまあ、ハルコが城から出たくらいで、団長が俺に刃物を向けるとは思わなかったぜ。あの時は本当、肝を冷やした」
 ふう、と息を吐いて茶をすするのはワスタムだった。
 今は食事の時間帯から外れている上、休憩時間なのでこの場にはワスタムも顔を出していた。
「あの時、ワスタムさんに食ってかかるハオさんの勢いを止められたのは、マリカさん達だけでしたからね。マリカさん達が居なかったら、ワスタムさん、今頃、ミンチになってたかもしれませんよ」
 笑顔で恐い事を言い放つエリンに、クロデキルドもロベルトも何も言えなかった。
「可愛い顔して、恐い事を言うなよ。団長ならそれをやりかねんだろ」
「しかし、互いの想いに気付かぬのは本人達だけ、というのもあの二人らしいな」
 エリンに顔を引きつらせるワスタムの後で、クロデキルドが苦笑する。
「ハルコちゃん、ハオちゃんが来るといつも嬉しそうに厨房に入って来るのよね。ハオちゃんもハルコちゃんにしか注文を取らないでしょ。周りから見てるとあの二人、分かり易いのよね。私はそんなハオちゃんとハルコちゃんを全力で応援するわ!」
 シスカが拳を握って力強く言い放った後で、エリンが続いた。
「ロベルトさんには気の毒ですけど、私もシスカさんと同じく、あの二人を応援してますよ」
「おいおい、何で此処で俺が出て来る!」
 今回ばかりはロベルトもエリンにツッコミを入れるが。
「だってロベルトさんも、ハルコとハオさんと同様で、分かり易いじゃないですか。ロベルトさん、ハルコがいつもクロデキルドさんに注文を取る頃を見計らって顔を出してるでしょう?」
「……」
 笑顔でエリンに言い切られては、ロベルトも押し黙るしかなく。
「同胞のよしみで私はお前を応援するよ」
「……、クロデキルド様」
 思い切り同情されてクロデキルドに肩を叩かれたロベルトは、何とも情けない声をもらした。
 そんなロベルトを見て誰からともなく噴き出し、彼等は笑い合った。


「っくしゅっ」
「どうした、風邪か?」

 城まで戻る道中、私がくしゃみをするのを聞いて、ハオが心配する。
 私が答えるよりも前に、マリカが言った。
「誰かがあんた達を噂してるんじゃない?」
「何で?」
 マリカに言われてハオと私が顔を見合わせる。
「まあ、二人は話のネタには丁度良いよな」
「同感だ」
 リウに同意するのはジェイルである。
「ジェイルまで、何だよ一体?」
「……、何の噂だろうね?」

 私とハオだけはマリカ達三人の様子に首を傾げるばかりだった。

久々の短編は幻想水滸伝ティアクライス(発売当時はティアクライ「シ」ス、で覚えてましたよ・・・)で。
トビラ設定を見た時、これは異世界ものでいけるなと思いました。
旧雑記帳で団長が良い人過ぎて好みではないと書きましたが、撤回します(早)。
いやあ、序盤はそうだったんですけど、中盤で青い鎧を着て、みんなを頼るようになってからは一段と格好良く見えましてね。
とりあえず、団長で書き上げた次第です。

書き忘れと余談があったので大幅に加筆修正しました。星シリーズはまだまだ続きます。多分。

更新履歴:2009年01月31日→2009年02月19日(加筆修正)