守りたいもの(01)

 ――私、知ってるのよ。スバルが私と同じ世界から来たって。


「あれ、ハルカだ」
「え?」

 スバルが商店街の屋台で『彼女』を見付けたのは、屋敷のメイドのレムと買い出しの最中の出来事だった。

 スバルとレムが商店街の屋台で食料を物色している最中、エミリアとハルカの二人は同じく果実店の前で親しそうに何か話しているところだった。

 ハルカ。最近、スバルが知り合った女性である。

 しかも。

「しかも、ハルカが俺のエミリアたんと一緒だと?!」

 スバルは思わずレムの手を引いて、隠れる必要はないのに、素早く物陰に隠れてしまった。

 レムはそのスバルと、スバルが発見したエミリアを確認し、そして。

「エミリア様? あ、本当にあのお店の前に居るの、エミリア様ですね。ですが、エミリア様と一緒に居られる女性はいったい?」
「あれ、レムはエミリアと一緒に居るハルカの事、知らないのか?」
「はい。レムは、エミリア様のお隣に居る女性が誰か、存じません。スバル様、エミリア様とご一緒の女性の方、ご存じなんですか?」
「エミリアとハルカが知り合いなら、レムもハルカを知ってると思ったけど。そうじゃないのか……」

 スバルは、エミリアとハルカが一緒に居るのにも驚いたが、エミリア陣営でエミリアと一緒に暮らしているレムがハルカについて知らないという事にも驚いた。

「隣に居る女性、スバル様の知り合いなら、エミリア様に近付く危険な女性……というわけではなさそうですね?」
「ああ。彼女は――ハルカは、フェルト付きのメイドだ、その心配はしなくていい」

「ええ、あの女性、フェルト様付きのメイドなんですか? 本当ですかそれ?」

 レムはスバルからその情報を聞いて、目を瞬きさせてスバルを見詰めてきた。

「はは、やっぱレムもその事実聞けば、驚くか。俺は先日、ラインハルトの屋敷に遊びに行った時にあいつからハルカはフェルト付きのメイドであると紹介されて、ハルカと知り合ったんだ。そこは信用していい情報だ」
「はあ。ラインハルト様の直の紹介なら確かに、信用できる情報ではあります。しかし、あのフェルト様に付かれるメイド、見付かったんですか。それはそれは……」

 レムは、スバルからハルカはフェルト付きのメイドであるという話を聞いて、とても驚いた様子だった。

 無理もないよなと、スバルは内心、苦笑する。

 それというのも。

「フェルト様といえばエミリア様と同じく王の候補者の一人で、それでラインハルト様に見初められたお方ではありますが、その、専用のドレスを着るだけでも暴れっぷりが凄まじく、メイドも彼女にドレスを着せるだけで一日使う重労働で、そのせいで雇ってもすぐに辞めていくと聞いていました。そのラインハルト様もフェルト様の扱いに手を焼いていて、しばらくの間、フェルト様に付くメイドが見付からなかったとも、聞いていますが……」

 レムは困ったよう、スバルにフェルトとラインハルトの現状を話した。

 スバルもラインハルトがフェルトの扱いに困っているという話は、聞いていた。

「レムの話の通りで、俺もラインハルトからドレスを着せるだけでも暴れるフェルトの扱いに手を焼いて彼女に付くメイドが中々見付からなかったってのは聞いてるぜ。金にものを言わせても、フェルトの相手は勘弁してくださいって泣かれる始末で、一日経たないうちにすぐ辞めていくってな」
「ラインハルト様はその中でよく、ハルカさん? という女性、見付けましたね……。ハルカさん、お金に困ってる方ですか? そうなら、レム達も少しは彼女に手助けできると思いますが」
「いや。ハルカは金に困ってるような女じゃないし俺よりしっかりした女で俺達の手は必要無いと思うが……、あ、ハルカ、店を離れてエミリアとどっか行くぞ。レム、俺と一緒に二人のあと、つけてみるか。その間、レムにもハルカについて説明するよ」
「はい。レムもスバル様のお話を聞いて、フェルト様に付いているというハルカさんに興味持ちました。レムがスバル様と一緒にハルカさんとエミリア様のお二人のあとをつけてる間、ハルカさんの説明、お願いしますね」

 レムは王選においてエミリアを支持するメイドであり、この世界でスバルを信用してくれる貴重な存在である。

 スバルは、ハルカとエミリアのあとをつけている最中、レムにハルカについての説明をした。


 ラインハルトの屋敷で彼に紹介された時に彼女はスバルに、ハルカと名乗った。

 ハルカは黒髪で黒い瞳を持つ少女で、現在、ラインハルトの屋敷でフェルト付きのメイドをやっていると、ラインハルト本人から紹介されたのである。

 そのラインハルトからは「ハルカはスバルと同じ見た目で同じ雰囲気を持ってもしやと思って、スバルにハルカを紹介した。思った通り、同郷だったか。良かった」そう言って、ハルカがスバルと同じ国の出身だと分かり、胸を撫でおろした様子だった。

 同じ国の出身であると分かっても、一筋縄ではいかないと、スバルとハルカは知っている。

 ハルカはスバルと同じ国――この世界の住人からすれば異世界である『日本』の出身であると判明したところで、再び、困難と災難が待ち受けていると、スバルはハルカの存在と同時にそれが分かり、溜息しかつけなかった。

 スバルは現在、自分が日本から来た、この世界こそが異世界であると、この世界の住人達に打ち明けられずにいた。それを口にすればあらゆる理由で死んでしまう呪いにかかっていて、誰にも――、一番信頼できるエミリアやレムでさえ、その状態を話せずにいた。

 しかし。

『筆談でなら――この世界の住人達が読めずに理解できない日本語であるならば、私とスバルの会話が成立するのね。これは、私にとっても、スバルにとっても明るい話だわ』

 スバルはハルカとあれば、今まで叶わなかった、日本語での筆談が成立したのである。

 それは恐らく、日本語は現地の住人では読めない言語で更に理解不能であるとみなされたせいだろうというのが、スバルとハルカの結論だった。

 お互いの環境を――中でも自分の死に戻りの呪いについてハルカに打ち明ける事ができたスバルは今まで誰にも言えずに苦しかったと、彼女の前で本気で泣いてしまい、反対にハルカに慰められる始末だった。

 ハルカの方は『私は日本ではとある地方都市出身で帰宅部で、何にもする事が無い毎日で退屈だった。ある時に目を覚ませばこの世界に来て、しばらくさまよっていたけれど、お腹が空いて屋台のものに手を出そうとした時にラインハルト様に止められた』と、此処まで来た理由をスバルに打ち明けられ、自分と同じく、ほっとした様子だった。

 ラインハルトにそれを止められたハルカは、自身に妹が居て、更にフェルトのような小さい子の世話が得意と話せば、彼に強い力で腕を掴まれて真剣な顔で『君に世話を頼みたい子供が居る。頼めるか』と、それはもうこの時を逃すまいという彼の気迫におされついていけば、おとぎ話に出てくるような立派な庭が付いた屋敷に案内されたのである。

 最初はその壮大な屋敷を見て『自分は多分、この屋敷に相応しくありません……』とラインハルトに断ったが、ラインハルトはハルカの腕を掴んだままの状態で『君が彼女と会って駄目そうなら、此処から逃げていい。どうか、どうか、彼女に会ってから判断してくれないか』と、泣きそうな顔で懇願され、渋々、屋敷に入った次第である。

 結果。

 ハルカはその日のうちにフェルトのメイドに採用されたと、笑って話してくれたのだった。

 フェルトがハルカを気に入ったのは『ハルカは、あたしの知らないような珍しい菓子、作ってくれるんだ。中でも、ハルカの国のお菓子だっていう餅が絶品でさ』と、じゅるりと、舌をなめ回す仕草でスバルにそう説明している。

『そうそう、ハルカは、ハルカと同じ国の兄ちゃんが持ってたポテチってやつも作れるってよ。それも美味かったな!』

 そう。ハルカは、日本でお馴染みのスナック菓子やケーキを作れる腕を持っていた。それだけではなく、材料さえ揃えばラーメンや餅まで作れるという。

 ハルカはそれが原因で、フェルトにやけに懐かれてしまったとか。

 ハルカいわく。

『私の住んでいた町では、流行のお菓子を扱うようなお店がなかったのよ。コンビニすらない小さな田舎町でね。それだからテレビで見てあのお菓子食べたいと思えば、それを自分で作るしかなかったから、それで』

 スバルの住んでいた街はそこそこ都会で、それこそ、コンビニは数件あって、自分がこの世界に来た時も夜中にお腹が空いてコンビニに物色しに行った帰りだったような気もする。それを教えればハルカは『いいわね、羨ましい。夜中にコンビニ行けるなんて、夢のようだわ』と、本当に羨ましそうに見詰められ、スバルの方が返答に困るという一幕があった。

 それだけではなくハルカは、スバルもテレビで何度か名前を聞いた事がある有名な進学校に通っているとも打ち明けてくれた。

『マジか。あそこ、テレビでも何度か取り上げられてる有名進学校じゃん。確かにあそこの学校、何も無い地方の田舎町だったな。お前、そんなとこ、通ってたのかよ』

『私ができるの、お菓子作りと勉強だけだった。毎日キラキラしてる子とは、わけが違った』

『そうか……』

 と、少し悲しそうに自分の境遇を教えてくれて、これまた返答に困った。

 スバルからすれば引きこもりで不登校だった自分からすれば有名進学校に通えるだけでも十分凄い話には違いないが、ハルカはハルカで悩みがあったのだろうというのはスバルでも分かって、彼女からそれ以上の事は聞いていない。


 そして時はスバルとレムの現在へと切り替わる。

「へえ、ハルカさん、スバル様と同じ国の出身の方だったんですか。確かにハルカさん、スバル様と同じ黒い髪で黒い瞳の持ち主で、似た雰囲気持ってますね。ラインハルト様のその予感、当たって良かったですね」

「ああ。俺も自分の国が懐かしくてな、同じ国出身のハルカとすぐに打ち解けたんだよな」

 スバルはレムには自身の『死に戻りの呪い』と日本語での筆談の話は伏せて、ハルカは同じ国の出身であると説明した。
 
 レムもハルカの見た目と雰囲気がスバルと同じであると認識し、その説明に納得してくれた。

 ハルカとスバルと同じで、どういうわけか、自分が日本という別世界から来たとラインハルトやフェルトに話そうとすれば、声が出なくなってしまうと、スバルに打ち明けた。

 実際、ハルカと会った時に、日本語での筆談は成功したが――。

『兄ちゃんだけハルカのおやつ食べれてずるいぞ、あたしにもよこせ!』

 その時に運悪く居合わせたフェルトに暴れられて、挙句。

 部屋にあったランプがフェルトで落ち、ランプの火が部屋に燃え移ってしまった。

『げほっ、げほっ』
『フェルト様!』

『フェルト、ハルカ!』

 火の煙で動けなくなったフェルトとハルカを抱えるのはスバルで、そして。

『フェリちゃんの水の魔法で火を消す! 離れて!』

 その時に偶然居合わせたフェリスの水の魔法により火は鎮火し、一室が燃えただけで、おおごとにはならなかった。

 しかし、ハルカとスバルの筆談がまとめられた書類といえば――。

『ありゃ、スバルきゅんとハルカちゃんの手で何か書かれた書類、今の火事で全部燃えちゃったにゃー。これじゃ、保存魔法も無理だね』

 筆談がまとめられた書類は、フェルトの暴挙で起きた火事のせいで全部燃えてしまった。

 この時に居合わせて水の魔法を使って火事を鎮火してくれたフェリスによれば、この燃え方では復元魔法も無理だという。

 残念、無念。

 フェルトのせいでランプが落ちて火事が起き、しかし全員無事で、その中で部屋とその書類だけが燃えてしまった。

 これはまるで――。

『ねえ、これもスバルにかけられた死に戻りの呪いのせい?』
『だろうなあ。くそ、筆談なら上手くいくと思ったのに。これじゃ振り出しに戻っただけかよぉ』

 スバルに尋ねるハルカと、ハルカに問われるもやりきれずに髪をかきむしるスバルと。

 しかし。

『あら、そう悲観する事もないわよ』
『え?』

 ハルカは胸に手をあて、言った。

『私という存在が、まだスバルの事情を覚えている。私だけ、スバルのその苦しみを知ってる。今までそれで苦しんできたスバルにとっては、良い事じゃないかしら? それで明日もいつも通りに、ラインハルト様に会うついででもいいから、私の所に来てくれると嬉しいんだけど?』
『それはそうだがしかし、ハルカが俺につけば、俺のせいでハルカも危険な目にあうかもしれない』
『どうして、スバルにつくだけで私も危険な目にあうの?』
『それはその、俺は自分の失言で騎士団の連中から恨まれてるのを知ってるからだよ。ハルカが俺につくと、ハルカの雇い主で騎士のラインハルトもいい迷惑だろう』
『でもあなたは時々、ラインハルト様の屋敷に遊びにきてるじゃない。それはいいの?』
『俺が此処に来ているのは、ラインハルトの爺さん――ヴィル爺さんに修行をつけてもらっているせいで、姿を見せるのだって庭だけだ。今日だってお前のためにとラインハルトに招待されなければ、屋敷まで上がり込んでないさ』
『ああ、そういうわけ。でも、ラインハルト様は騎士の仲間達にエミリア様を悪く言われたあなたの言い分も理解しているし、それでもうあなたのそれ気にしていない風だから、私もそこは気にしてないわよ? あなたのそれ気にしてるのは騎士団の伝統を重んじる長老達とそれに取り入ってる幹部達くらいじゃない? 今ではそこに居るフェリックス様、そして、ラインハルト様と同じく名家の出のユリウス様もあなたに注目してるって聞いてるわよ』

 因みにハルカのいうフェリックスとは、目の前に居るフェリスの事である。彼女はどういうわけかフェリスを愛称ではなくファーストネームで呼んでいる。それも理由があるにはあるが、面倒な話であるため、此処では省略する。

 スバルは頭をかいてそれが不服そうに、ハルカにエミリアの名前を口にした。

『……、騎士団以外にも、魔女の写しで異端児と影口を叩かれるエミリア側についてると何かと悪い連中――それこそ、この世界の魔物に狙われる事が多いんだよ。更に、この国の人間は、エミリアの名前を出すだけで嫌な顔をされる。それ、ハルカも知ってるだろ』
『ああ、それは分かる気がする。エミリア様の魔力は魅力的だって、フェリックス様だけではなくほかの魔法使いから聞いた事があったし、確かに、この国では魔女の写しだと言われるエミリア様の名前を出すだけで嫌な顔をする人間は多いわね』

 スバルと騎士団は人間同士の争いで単純なものだったが、エミリアはわけが違った。魔女の写しと言われるエミリアについていると、エミリアの魔力狙いか、魔物に狙われる率が高くなると、スバルは身を持って実感している。

 それだけではなく。

『さっきの筆談でハルカも俺と同じで、この世界では当たり前の武器も魔法も使えないと聞いた。それでハルカは、俺がエミリア側についてるせいか、常に何かに狙われるようになった俺につくのは止めた方がいいんじゃないかな、と……』

 スバルは筆談の中で、ハルカもスバルと同じくこの世界で当たり前のように使われる武器も魔法も扱えない人間であると打ち明けている。

 スバルは一応、ラインハルトの祖父であるヴィルヘルムについて修行をするようになったが、ハルカはスバルと違って修行をしている風でもない。

 スバルはその中でエミリアを守る自分は常に何かに狙われていて、それで自分につけばハルカが危険な目にあうかもしれないし、それこそ、自分のせいでハルカに何かあれば彼女の雇い主のラインハルトが黙っていないと思ったが――。

 ハルカはしかしスバルの意に反して、更には目の前のフェルトを自慢するよう、胸を張って言った。

『あら、その心配はないわ。私に戦う力が無くても私にはフェルト様が付いてるんだから。フェルト様は、若手の騎士くらいの力は持ってるのよ。屋敷での話だけど、あの小柄な体で大人の男を蹴り飛ばす所を見た時は、爽快だった』

『それが一番心配なんだが……。ハルカがフェルトをそう評価するのはいいが、彼女が得意なのはハルカの言うような背後から襲い掛かるような奇襲作戦であって、それが失敗すれば悲惨な目にあうってのは俺でも分かる』

 フェルトは若手の騎士くらいに強いといってもそれは背後とか、隠れて飛び出た時とか、そういう奇襲作戦に成功した時だけで、真正面からの戦いは不得意であるとスバルは知っている。

 それにスバルは、フェルトがその奇襲作戦に失敗して死んでいる場面を何度か見ている。

『さっきのボヤ騒ぎも半分はフェルトのせいで、それでフェリスからお叱りを受けてるぞ?』

 スバルは最初、そんなフェルトが自慢になるか? と、反対にハルカを心配した。

 それというのも。

『おい、今回はスバルだけじゃなくてボクも居てボクの水の魔法ですぐ火が消せて良かったが、魔法が使えないスバルだけだったらハルカちゃんを巻き込んでの大ごとになってたかもしれないよ。フェルトは今回ばかりは自分の暴れっぷりを反省した方がいいぞ、分かってるよな?』
『うう、今回ばかりは、あたしのせいだってのは分かる。本当、フェリスが居なかったら、ハルカもヤバかったかも。そこは反省してる……』

 そのフェルトはさっきのボヤ騒ぎについて、フェリスに説教を受けている最中だった。

 フェリスは、フェルトにボヤではあったが自分の行いのせいでランプの火で起きた火事について説教をしていて、さすがのフェルトも責任を感じたのか沈んだ様子でフェリスの説教を聞いていた。

 ハルカはその沈むフェルトをものともせず、反対にくすくす笑って、そして。

『スバルは、肝心な部分を忘れてるわね。私にフェルト様が付いているという事はね、同時に、ラインハルト様も付いてくるのよ』
『!』

 その事実は。

 ハルカはスバルに顔を近付け、口の端をあげて言う。言ってやった。

『――私にはフェルト様と、この世界で最強の武器と言われる聖剣の持ち主、ラインハルト様が付いてるのよ。ラインハルト様であれば、スバルの敵なんか敵じゃないし、エミリア様の敵すら吹き飛ばす威力を持ってるわ』

『ハルカ、お前――』

 スバルはこの時――ハルカのそれを自信たっぷりに言い切る姿を見て、肝を冷やした。背筋に悪寒すら走った。

 ハルカは説教が終わりこちらの様子を窺うフェルトとフェリスの視線を気にしてか、すぐにスバルから離れ、今度は普通に笑顔で話した。

『この私にフェルト様だけではなくて、ラインハルト様が付いているうちは大丈夫、私の事は心配しないで』

『……お前、俺じゃなくて、自分の呪いの話、ラインハルトにしてるのか?』

『私は自分の事を話そうと思ってもその話はできないから、そもそも、ラインハルト様にそれ聞かせるの不可能でしょ』

 ハルカはスバルにそれが何でもない風、けらけらと笑うだけ。

 笑った後に真顔になって、話した。

『私ね、スバルのような死に戻りっていう大変な呪いなんてかかってなくて良かったって思ってるんだよ。私がスバルと同じ呪いだったらもうこの世界で積んで、どこかで野垂れ死んでると思ったから。自分の事が話せないだけの呪いなんて、スバルのそれから比べれば大した事ないでしょ』

『それはそうだが……』

『因みにラインハルト様に自分の話を聞かせるのは不可能だけど、私の自分の事が何も言えなくなる呪いの話はラインハルト様も知ってるわ。私が自分の事を話せずに何も言えないで苦しんでる様子を見て、それ信じてくれたのよ』

『そうか、それは良かった』

『ラインハルト様の方でも私の呪いについて調べてくれるって話してくれたけど、私の方は実はそんなのどうでもいいって思ってる』

『何だって? お前、自分の事が――ラインハルトやフェルトに日本の事や自分の家族について話せないの、苦しくないのか』

『それについて、最初は確かにこの世界の人達に自分の事が何も話せないのは苦しかったけど、今はもう、特に何も感じないかな。私はこの世界に来てからラインハルト様に保護されてぬくぬくしてただけだから、スバルのような大変な目にあってないせいでそう思うのかも』

『……なるほど。この世界に来てから死に戻りの呪いとエミリアで大変な目にあってる俺と、この世界でラインハルトに保護されただけで大変な目にあってないハルカ。確かに、その差は大きくあるかもしれない』

 スバルはこの世界に来てからエミリアと死に戻りのせいで色々大変な目にあってるが、ハルカの方はこの世界で自分について何も言えなくなる呪いがあれどラインハルトに保護されてからは何も無くのんびり過ごしていただけ。その差は大きいかもしれないと、スバルはハルカの言い分に一応、納得する。

『私、ラインハルト様の屋敷に居られるなら、呪いは解けなくてもいいとさえ思うようになってね。まあ、いずれ、ラインハルト様の屋敷を出て行くようにはなるとは思うけど、それまでは、ラインハルト様とフェルト様の二人と楽しくやれればいいって思ってる』

『は? 何で、いずれ、お前がこの屋敷を出て行く必要があるんだ? フェルトに懐かれてそれでラインハルトに雇われてる間は、お前もそんなの気にしなくていいと思うが』

 スバルはこの時、何も分かっていなかった。何も。

『……スバルは、優しいね。それだからエミリア様もスバルについてるし、ラインハルト様とフェルト様だけではなくて、騎士の中でも有名人のフェリックス様やユリウス様もスバルから離れないのね』

『……』

 急に憂いの顔になってそうぼやいたハルカに、スバルは彼女に何を言って良いか分からない。

 ところで。

『ハルカ、フェルト様、無事か!』
『ラインハルト様』

 スバルの前に丁度良く現れたのは、屋敷でボヤ騒ぎを聞きつけたラインハルト本人である。

 ラインハルトはフェリスの水の魔法で事なきを得たと分かり、フェルトとハルカの無事が確認出来て、安心した様子だった。

 そして。

『スバル、フェリス。フェルト様とハルカの二人を助けてくれてありがとう。この礼は後日、必ず』

 ラインハルトはさわやかな笑みを浮かべて、騎士団に嫌われているスバルに対しても邪険に扱わず礼を言って、それから。

『ハルカ、火事の事はもうは気にしなくていい。それより、僕に得意のおやつを作ってくれないかな。丁度、訓練帰りで腹が減ってるんだ』
『はい、ラインハルト様のためなら何でも作ります! お任せを!』

 ハルカは張りきった様子でラインハルトに付いて行ってしまい、あっさりとスバルの前から離れたのだった。

 それが先日、ラインハルトの屋敷であった出来事である。




 現在。

「はあ。フェルト様の暴れぶりのせいでお部屋が火事になって、フェリス様の水の魔法で事なきを得たんですか。それは、スバル様もハルカさんも災難でしたね」
「はは。フェルトと居ると退屈しないってのは分かるけどな、あいつも少しはハルカで落ち着いたらいいんだけどなー。あ、次は二人揃って、どこ行く……て、店に入っていったな。レム、あの店、なんの店か分かるか?」

 レムはスバルにうなずくと、店の内容を教える。

「レム、あのお店、知ってます。アクセサリー用品のお店ですよ」
「アクセサリー用品のお店?」
「はい。女性用のアクセサリーやリボンが揃うお店で、レムやラムもそこのお店のを愛用しています」
「へえ。レムの付けてるアクセサリーやリボン、あそこの店のだったのか。レムのそれ見れば、そこの店、可愛いの揃えてるの分かるぜ」

「ッ!」

「レム、どうした?」
「い、いえ、何でもありません。気にしないでください!」

 ぽっ。スバルは何気なく言ったつもりだが、レムは自分の体が急に火照るのを感じて慌てて、そこから話題を切り替える。

「え、ええと、確か、エミリア様もあのお店のアクセサリーやリボンが好きだと話していました」
「ほう。エミリアもあの店のアクセサリーとリボン、愛用してたのか。俺もエミリアにリボンの一つでも買ってやりたいけど、ああいう店は男一人で入るには勇気いるな……」
「……、あのお店、男性用のアクセサリーも売ってますよ。それだから男性のスバル様でも入れるには、入れます」
「え、そうなの?」
「はい。中でも騎士団の皆さんが着ている制服につけられるアクセサリー類も、ここで作られたものなんですよ。店構えは小さいですけどこの王国では、誰もが知ってる、歴史ある伝統のアクセサリー店なんですよ」
「マジか。この王国で誰でも知ってて、おまけに騎士団御用達の伝統のアクセサリー店なら、格式高い店に違いない。やっぱ、俺一人で店に入るのは無理そうだわ……」

 がくり。スバルは、小さい店構えではあるが自分の身なりでは入れそうにない高級用品店だと知って、落ち込む。

「それでハルカがこの店に用事って、ラインハルトかフェルト関連か?」
「そうみたいですね。ラインハルト様はもちろん、フェルト様の身なりを整えるにも丁度良いお店です」
「そうか。そうなら、しばらく時間かかりそうだなぁ。二人が出てくるまでそのへん、ぶらついてるか」
「はい」

 レムはスバルに誘われ、嬉しそうに彼についていった。

 スバルはレムとしばらくして店に戻り、レムにハルカとエミリアの二人は店内に居るかと中の様子を覗いてもらえれば「ハルカさんがちょうど、お会計をすませている所です。もうすぐ、出て来られますよ」と、報告があった。
 レムの報告の通り、小さな紙袋を手にしたハルカと、何も手に持っていないエミリアの二人が外に出て来た。

 ――あれ、エミリアはこの店で、何も買わなかったのか? ……。

 スバルは手ぶらのエミリアに思う所があったが、それを振り払うように頭を振って、ハルカとエミリアの二人のあとをつけるのを再開する。

「……」

 レムの方もそのスバルを見て彼女もまた思う事があったが、今はそれを口にせずに彼についていくのが精いっぱいだった。

「あれ、二人は何処行った?」

 しばらくして、スバルはハルカとエミリアの二人を見失ってしまった。

 商店街の混雑を抜け、外れの方まで来た所で二人を見失ったのである。

 と。

「……少し、まずいですね」
「え?」

「レムは自分の魔法でエミリア様の魔力をたどれるのでハルカさんとエミリア様の二人の居場所くらい、簡単に分かります」
「マジか。レム、エミリアとハルカの二人が何処行ったか分かるならそれ、教えてくれ!」

 どういうわけか顔を曇らせるレムと、二人をを逃がさないと彼女の肩を掴むスバルと。

 レムは溜息を吐いた後、決心した様子でスバルに向けてハルカとエミリアが消えた方角を指さし、言った。

「エミリア様とハルカさんが行ったのはこの先――、悪い人間達や、魔物が集まる貧民街がある方です」