白日花想(01)

 空の末裔――、それは十七年前、大量の暗鬼によってアストラの大陸全土が襲撃された大襲撃によって一人残らず全滅したかと思われた一族の総称である。

 この地においての空の末裔といえば空を制覇し、現在は失われた技術の一つ、巨大な飛行物体を使い空を自由に行き来出来たという一族と伝承が残っている。

 おまけに空の一族は現在、この地に暮らす「光霊」と呼ばれる様々な能力を持った種族を食らうために生きる脅威の存在とみなされる魔物――「暗鬼(アンキ)」と呼ばれる影の位置を速やかに察知し、おまけにその光霊達の能力を最大限に引き出せる力を持っていた。それだけではなく、光霊の心の内情、あるいは、彼らの過去の記録も読めてしまう特殊な力も備わっている。

 それだから、空の末裔が一人生き残っていたと聞いて、アストラの大陸を牛耳る各地の権力者達は、たった一人の空の末裔を獲得するため躍起になった。

 最初に空の末裔にたどり着いたのは、さすがというかなんというか。この世界で最強の軍事力を誇ると言われるカナン城を拠点とする啓光連邦軍の面々である。

 十七年前の暗鬼の襲撃による光霊達との大戦争で一人残らず全滅したと思われていた空の末裔が生き残っていたと聞いて心が弾むのは何も、軍や城の権力を持つ偉い立場の光霊達だけではなく、『彼』もその一人であった――。


 全滅していたと思われた、たった一人の空の末裔が見付かってカナン城の啓光連邦軍の手で保護され、一年後――。

 空の末裔が拠点とする巨大飛行物体――巨象、通称ソラヴァン内では、ある噂話が飛び交って話題になっていた。

「は? あのカナン城の真面目な情報官――アナトリアに、彼女ができた? ええ、それ、本当の話?」
「私もついさっき、ソラヴァンに荷物を届けに来たクーリエ隊のウェンディさんから聞いたんだけど。どうやら本当の話らしいわよ」

 ひそひそ。

 昼休み、ソラヴァン内にある食堂にて、空の末裔はカナンの啓光連合軍の軍人でありながら、自身の補佐も務めてくれる同年代のバイスからその情報を聞いて、驚いた。

 バイスからその衝撃的な話を聞いた空の末裔は、項垂れる。

「あの規律に厳しくて真面目で、それで女っ気の無かったアナトリアにとうとう彼女ができたなんて話、ちょっとショックかも~」

「あら、そう? 私としてはその彼女、情報官の中でもアナトリアさんを選ぶなんて、男を見る目があるなと思ったんだけど」

「そうかなぁ。僕としてはアナトリアはまだ孤高の男を演じてた方が格好良いと思ったんだけどなぁ」

「……ナビゲーター、ひょっとして、アナトリアさんは真面目過ぎて厳しいから、自分と同じく女の子にモテないと思って安心してた?」

 バイスは「空の末裔」を「ナビゲーター」と呼んでいる。因みにソラヴァンに出入りしている光霊達の間で空の末裔の事を「空の末裔」と直で呼ぶか、バイスのように自身を高めてくれるだけではなく暗鬼の気配の察知や光霊の居場所、その心を読む力も備わっている部分から「ナビゲーター」と呼称するのは、半々であった。

 バイスに指摘された空の末裔は、慌てて否定する。

「え、そ、そんな事はない、ないよ、ないと思う!」

「全力で否定する部分が怪しいわよ。でもアナトリアさん、カナンの情報官の中ではイケメンだから、意外とモテるのよ。ナビゲーター、それ知らなかったの?」

「え、そうなの? アナトリアが情報官の中ではイケメンで女の子にモテるって話は、全然知らなかった。それ、本当の話?」

「我らカナン城はもちろん、R・Wや影の街でも何かで捕まって拷問や長時間の詰問を受けるならイケメンのアナトリアさんが良いって言う女の子達、けっこう多いらしいわよ。それ知ってるR・Wのサメヤマやヘールはあのいけ好かない男のどこが良いんだって悪態ついてるんだけど、反対に影の街のイスタバンさんや傭兵団の団長のルークさんの間では出来るなら自分の所でもアナトリアさんを採用したい、彼を使えるカナンが羨ましいって評判良いみたい」

「えー、そうだったの? 確かにアナトリア、情報官の中ではイケメンだと思うし、拷問や詰問を受けるなら彼が良いっていう女の子達の意見も分かるよ。でもなあ、僕は影の街でもアナトリアを採用したいっていうイスタバンさんやルークより、R・Wのサメヤマやヘールと同じ意見でやはりアナトリアは独り身で誰とも群れない方がカッコイイよ!」

 ダンッ。空の末裔は周りの視線を気にせず、テーブルを叩いて持論を展開する。

「……ナビゲーター、必死過ぎない?」

 空の末裔のこれには、さすがのバイスも引き気味であった。

 と。

 空の末裔はここで、肝心な部分に気が付いた。

「それよりも何で、その情報源がクーリエ隊のウェンディなんだ? ウェンディがその情報源ってそれ、信用できるのかい?」

「あら。クーリエ隊でトップクラスのウェンディさんの情報は信用できるわよ。クーリエ隊として四六時中、空を飛び回って各地の世相に詳しい彼女の情報こそ、信用できるものはないわ」

「うーん、そうかなぁ。確かに四六時中、クーリエ隊として各地の空を飛び回るウェンディの情報は信用できるけど、アナトリアに彼女なんて、何かの間違いであって欲しい。その時のウェンディ、へんなもの食べて、お腹壊して不機嫌だったとかない?」

「その時のウェンディさん、元気いっぱい、いつもの調子で空飛んでたわよ」

「えーと、えーと、それじゃ、ウェンディを騙した手練れの情報屋が居るとか! ない、ないかなー」

 空の末裔はどうにかして、ウェンディのその情報がニセモノであって欲しいと考える、その中で。

「――ナビゲーター、そこまで私に彼女ができたのが不満ですか……」

「それはそう、アナトリアは僕と同じく孤独が似合う男であって欲しい――って、アナトリア、いつから居たの?!」

 呆れたアナトリア本人の声が聞こえて、空の末裔は椅子から転げ落ちるほど驚いたのだった。


 噂のアナトリアがソラヴァンまで来た理由、それは。

「は? アナトリア、僕とバイスにその噂の彼女を紹介しに、ソラヴァンまで来てくれたの?!」

「はい。彼女、私が彼女にナビゲーターとソラヴァンの話をすれば、自分もソラヴァンに乗ってナビゲーターに会いたいと言い出しまして、それで」

 アナトリアは空の末裔をバイスと同じく「ナビゲーター」と呼んでいる。カナンの啓光連邦軍の光霊達の間では「ナビゲーター」呼びが多い。

 空の末裔はアナトリアからその話を聞いて、憤る。

「えー。何で早く連絡くれなかったの! それだったら僕も念入りにお洒落して来たのに!」

「すみません。今日になって突然に彼女がそれ言い出して、突然に今からソラヴァンに行きたいと言い出しまして。それでもナビゲーターには連絡しておいた方が良いと思って、ついさっき、あなたあてにメールしたんですが」

「え、あ、本当だ。今から十分くらい前にアナトリアからナビゲーターに紹介したい光霊が居るので今からいいですかって、僕あてにちゃんと連絡来てた。バイスの会話に夢中で、全然気が付かなかった。ごめん……」

 うわー。空の末裔は自分の手持ちの端末でそれを確認したところ、ちゃんとアナトリアから連絡があったのが分かって苦笑する。

 そして。

「ナビゲーター、バイスさん。改めて同じ席、いいですか」

「もちろん」
「どうぞ」

 アナトリアに言われた空の末裔とバイスは、それを歓迎した。

「さっそくですが、ナビゲーターとバイスさんに私の彼女を紹介したいと思って、ソラヴァンに彼女を連れてきました」

「ち、ちょっと待ってね」

 アナトリアにそう切り出された空の末裔はそう断りを入れて彼に背を向けた後、帽子を脱いで手持ちの鏡で自分の姿を確認、ブラシで髪を整えた後に帽子をかぶり直した。

「これで、ちょっとマシになったかな」

 空の末裔は改めて席を立って、少し緊張気味にアナトリアの彼女に向けて自己紹介した。

「は、初めまして、僕が空の末裔で、こっちが僕の補佐役をしてくれているアナトリアと同じカナン城の啓光連邦軍人のバイス――て、あれ、アナトリア、噂の彼女が見当たらないけど何処に居るの? それとも、僕の目がおかしいの? あ、バイス、彼女の姿、見えてる?」

「いえ。私の目にもアナトリアさんのいう彼女の姿は見えてないわ。彼女が恥ずかしがって近くの柱に隠れている風でもないわね。どういうわけ?」

 空の末裔がキョロキョロ見回しても噂の彼女の姿はどこにも見当たらず、バイスも困ったように肩を竦めるだけだった。

 はぁー。ここでアナトリアの大きな溜め息が空の末裔とバイスに聞こえた。

「彼女、さっきまで私の後ろをついて歩いてたんですけど。ちょっと待ってください」

 アナトリアは言って空の末裔とバイスから背をそむけると、手持ちの端末で何やら操作し始めた。

 そして――。

「は、あなた、何でそんな所に居るんですか。いえ、そっちではありません。あなたの目に空にただよう白い巨象、ソラヴァンが見えないんですか? ようやく見えた? 入口が分からない? ソラヴァンの先端に開けた大きな格納庫が見えませんか、入口はそこです。そこに入るのに、許可証は必要ありませんよ。
 え、ようやくソラヴァンに入れたのはいいですが怖そうな大柄な男の人が居て先に進めない? 同じく怖そうな軍人っぽい人がいっぱい居て泣きそう? R・Wの素敵なお姉さん達がいっぱいで見惚れてる? 言われた通りに通路歩いて部屋に入ったら、なんかへんな薬品棚あった? いやいや、何でそこから回避できる迂回路を提示してるのに、目的地のカフェから遠ざかって地下室の薬品棚まで来てるんですか!!」

 ダンッ。アナトリアの操作する端末は最初のうちは軽快だったキー音ではあったが、次第に重苦しい音に変わり、最後は自身の端末をテーブルに叩きつけるほどだった。

「……アナトリア、大丈夫?」

「いつも冷静なアナトリアさんがそこまでになるなんて、どういう彼女なの……」

 ぜえはあ。空の末裔とバイスは、端末を叩きつけた後に息を切らして落ち着かせるのに必死なアナトリアを見て、彼女の存在に戸惑う。

 アナトリアは再び大きな溜息を吐いた後、やがて決心した表情で席を立った。

「すみません。ちょっと地下室まで、彼女を迎えに行ってきます……」

「あ、僕もアナトリアについていっていい? その方が行き違いがなくていいかも」
「私も行くわ」

 最初、アナトリアを不憫に思い、空の末裔とバイスが彼について行こうとした。

「あの、一人は此処に残っていてくれませんか。彼女、言われた通りに地下室に居るかどうか分かりませんし、もしかしたら私がカフェを出て行っている間にひょっこり此処に顔を出すかもしれませんから」

「そう、それじゃ、私がカフェに残りますよ。彼女が一人で此処に来た時、ナビゲーターが相手するより私の方が良いと思います」

 アナトリアの話でバイスがカフェに残る事になり、バイスの提案には空の末裔は何も言わなかった。

 バイスはアナトリアに彼女についての情報を聞いた。

「それで、アナトリアさんの彼女の名前、なんていうんですか?」

「ミュリンです。バイスさんの見知らぬ女の子がカフェに入って来て、辺りをキョロキョロしているのを見かけたら、ミュリンと声をかけてください。ミュリンに私の名前を言えば、応じてくれるはずです」

「ミュリン、可愛い名前ですね。了解です。行ってらっしゃい」

 バイスは地下室に彼女――ミュリンを迎えに行くというアナトリア、そして、彼について行く空の末裔を見送った。


「――彼女、極度の方向音痴なの?」
「はい。ミュリン――彼女は、極度の方向音痴なんですよ」

 彼女――ミュリンを探す道筋で空の末裔は、アナトリアから彼女についての情報を得ていた。

「方向音痴ってのは、さっき、アナトリアが端末でカフェの道順や地図を示してもそことは違う方向に行くって話だよね?」

「はい。彼女も私と同じ地図の入った端末を持ってるんですけど、目的地だけではなく、そこに行きつける道順を示しても、その間に何か自分の知らない新しいものや、新しい光霊を見かけると迷わずそっちの方へ目移りしてフラフラ行ってしまって、目的地から遠ざかってしまうんです。私も彼女が後ろについているのを確認しながらソラヴァンを目指してきましたが、いつの間にかはぐれてしまってこのザマです」

「あー。新しいものや、新しい光霊がいっぱい居るソラヴァンの周辺やソラヴァンは、彼女にとっては迷宮になるか……」

「そうですね。そうでも、ソラヴァンに入るまでは大丈夫だと思ったんですけど。面目ないです……」

「アナトリアも方向音痴の彼女相手に、大変そうだな……」

 アナトリアにしては珍しく本当に参ったように項垂れているので、これには空の末裔も同情してしまった。

「彼女が人の手を借りないと駄目なほどの方向音痴だってのはよく分かったけど、それでよく、ならず者や軍人が多いカナンで生きていけるね。彼女、アナトリアと出会うまではどうしてたの?」

「ああ。彼女がカナンに出てきたのは、つい最近です。彼女、白夜城の貴族の出で、その後は親類を頼って北境の森の中で引きこもり生活してたんですよ。それだからその間は、方向音痴でも問題なかったんです」

「え、それって――」

 ガコンッ。エレベーターが地下室に到着した音が空の末裔とアナトリアに聞こえた。

 同時に。

「あ、しまった!」

 ガコンッ。もう一基――上昇するエレベーターが動いたのが、空の末裔とアナトリアにも分かった。

 空の末裔は、向かいのエレベーターが昇っていく様を呆然と見上げて言った。

「多分、もう一つの上に昇ってったエレベーターに乗ってるの、ミュリンかな?」
「そうだと思います。バイスさんに残ってもらって、良かったですね……」

 がくり。アナトリアもそれが分かって、項垂れた。


 同時刻。

 空の末裔とアナトリアが出て行った後のバイスは一人、本を読みながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 と。

 ふと顔を上げれば、いつの間にか見知らぬ女の子がカフェの店内でウロウロしているのが分かった。
 ソラヴァンは空の末裔の意向によって自由に開放されていて、空の末裔やバイス達の見知らぬ一般人でも自由に出入り可能である。
 ソラヴァンではたまに一般人相手に啓光連邦軍科学班のガルーや情報通のジョナによってゲーム大会、R・Wのレジーナとバーバラ達や影の街で活躍する歌姫ゴルディのライブが開かれるほどだった。
 バイスは普段は見知らぬ一般人の出入りは気にしないが、今回は彼女の存在が気になった。彼女は席に座る事なく、落ち着きなく辺りを見回している。

 あ、ひょっとして? バイスは彼女がそうかもしれないと、本を閉じて席を立つ。

「ねえ、ちょっと――」

「――待った?」

「え、あら、カレン、来てたの?」

 席を立って彼女に声をかけようとした所、バイスのそれに応じたのは彼女ではなく、白夜城のお姫様でありバイスの友人でもある、カレンだった。

 バイスはカレンと向き合い、その疑問を口にする。

「って私とカレン、此処で待ち合わせの約束してたかしら?」

「いえ。私はバイスとは此処で待ち合わせの約束してなかったと思うわ」

 ここでカレンは改めて、席を立つバイスと向き合い、自分が此処に来たわけを話した。

「空の末裔にちょっと用事があって来て、カフェでバイスを見かけて空の末裔も一緒じゃないかと期待して来たんだけど。バイスが一人だとは思わなかったわ。その様子だと彼、忙しいの?」

「忙しい……、といえば、忙しいのかしら?」

「何その曖昧な返事。それに空の末裔やバイスが関わってるのであれば、私も協力するわよ?」

 言ってカレンは、遠慮なくバイスの座るテーブルに座る。

 バイスはカレンが同じ席についてくれただけで、安心した。

「でも、カレンが居てくれて良かった。ちょっと、彼女に声をかけてくるから、そこで待ってて」

「彼女?」

 カレンは席に座ったまま、席を立ってある少女に近付くバイスを視線で追いかける。

「あら、あの子……」

 カレンは彼女――ミュリンの姿を見て、驚いた。