白日花想(02)

「バイス!」
「ミュリン!」

「ナビゲーター、アナトリアさん! こっち、こっち!」

 バイスは、彼女――ミュリンと腕を組み、数分遅れてカフェに戻って来た空の末裔とアナトリアを呼んだ。

「アナトリア、やっと来てくれたの」
「ああ、ミュリン、無事で良かった」

 バイスと腕を組んでいる彼女――ミュリンは、アナトリアの顔を見て、花のような愛くるしい笑顔を浮かべる。

 アナトリアもミュリンを見て、ほっとした様子で彼女の頭を優しく撫でる。

 それからアナトリアはバイスの方を振り返り、彼女を感心した様子で見て言った。

「彼女を離さないで繋ぎ留めてくれてるなんてさすが、バイスさんですね」

「私がアナトリアさんを呼んで来るからそこで待っててと言ったそばから彼女、カフェから出て行こうとしたんです。それだから私が慌てて、こうやって彼女を繋いでたんですよ」

 バイスはミュリンと腕を組んでいる理由を苦笑しつつ、明かした。

 そして。

「彼女が、噂のミュリン? うわー、見た目、アナトリアにもったいないくらいの、可愛い子だね……」

 一方の空の末裔は、バイスと腕を組んでいる可愛らしい女の子がアナトリアのいう彼女のミュリンであると分かって、アナトリアに負けた気分だった。

 ミュリン。ふわふわ綿菓子のような黄金色の髪は腰あたりまであり、それを二つに分けてリボンでくくっていた。可愛らしい丸っこい顔に大きな黒い瞳、ピンクのカーディガンと白いブラウス、花柄のスカートの組み合わせはまさしく「可愛いお嬢さん」という感じの子だった。

 おまけに彼女の背中には小さな羽が生えている。羽があるのはいまのところ、白夜城出身の光霊と、クーリエ隊の光霊だけである。

 カナンの軍人であるバイスは竜のしっぽがついた獣タイプで、同じくカナンの情報官のアナトリアも獣タイプであるが、白夜城のカレンはミュリンと同じく羽がはえた天使タイプだった。

 因みに空の末裔には光霊の特徴の一つであるしっぽや羽、獣耳はなく、一番『人間』に近い背格好をしている。

 バイスと腕を組んだままのミュリンは小さな羽をばたつかせ、アナトリアに嬉しそうに言った。

「アナトリア、バイスさんの言うよう、私を探してくれてたのね」

「全く。あなたが此処でもやらかすとは思いませんでしたよ。ソラヴァンはナビゲーターをはじめ、癖の強い光霊が多いから、ちゃんと私についてきなさいって言いましたよね?」

「いやあ、此処は、私の知らない新しいものがいっぱいあって、更に、私の知らない強そうな光霊達がいっぱい居るんだもの。私がこれで、アナトリアについて行けると思う?」

「……思いませんね」

「でしょ?」

 にこにこ。ミュリンは、アナトリアの説教をものともせずに笑顔で応じていて、アナトリアはそんな彼女に何も反論できずに苦笑するだけだった。

「……ねえ、バイス、アナトリアとミュリン、本当に恋人同士なわけ?」
「今までの二人の様子を見るに、そうみたいよ。クーリエ隊のウェンディさんの情報は、確かだったわね」

 アナトリアとミュリン。未だに二人の関係が信じられず戸惑いそれの確認を取る空の末裔と、ウェンディの情報の正確さを知って改めて胸を張るバイスと。

 そして。

「そうだ。ミュリン、彼があなたの会いたがっていたナビゲーター――、空の末裔ですよ」
「え、彼が私の憧れの空の末裔さん?」

 アナトリアはミュリンに改めて空の末裔を紹介し、ミュリンも空の末裔を認めて目を輝かせる。

 空の末裔はミュリンの大きな目に見詰められ、年頃の少年のよう、ドキドキした。

「ぼ、僕がミュリンの憧れって、それ本当?」

「はい。私、アナトリアから空の末裔さんの話を聞いて、空の末裔さんにずっと憧れてたんです。しかも、その憧れの空の末裔さんがこんな可愛い男の子だとは思いませんでした」

「か、可愛い男の子……。アナトリア、ミュリンは本当、君だけではなくて僕を選ぶあたり、人を見る目があるね!」

 ミュリンに吸い込まれそうな大きな目で「憧れの」、更に「可愛い男の子」と評価された空の末裔は、すっかり舞い上がっている。

「ミュリン、これからよろしくね。ミュリンもアナトリアやほかの光霊と同じように何かあれば遠慮なく、空の末裔の僕を頼ってくれると嬉しいな!」

「はい、よろしくお願いします。憧れの空の末裔さんと知り合いになるなんて、光栄です」

「あ、ミュリンは見た目、僕と同じ年齢っぽいし、僕の事は普通に空の末裔か、ナビゲーター、どっちでも良いよ」

「そう、それじゃ、アナトリアと同じナビゲーターで、いいかな?」

「うんうん。その調子でお願いするよ」

 空の末裔とミュリンは、穏やかに握手を交わす。

「……ミュリン、ちょっと警戒するべき?」

 空の末裔は、すっかりミュリンにご執心の様子だった。空の末裔をあっさり取り込んだミュリンのそれを間近で見たバイスは、ミュリンを要注意人物であると警戒する。

「アナトリア、ミュリンとどこで出会って、どうやって彼女と付き合えたの? それ、詳しく!」

 空の末裔は興奮気味に、アナトリアにミュリンとの出会いやそうなった関係を問い詰める。

 しかし――。

「すみませんが、ここで時間です」
「え」

 空の末裔はアナトリアにそう断られ、間抜けな顔をさらした。

 アナトリアは言う。

「午後からの私の仕事が残っているので、これ以上はソラヴァンに居られません」

「えー、そうなの? アナトリアが仕事なら仕方ない。あ、そうだ、ミュリンが一人でもソラヴァンに残れるなら、残っていいよー」

「いえ。ミュリンも帰らせます」

「何で? 僕はミュリンの帰る家が分かれば、ミュリンをちゃんとソラヴァンで送っていくよ。アナトリアも僕の正確さと誠実さは分かってるんじゃなかった? それに今回は、僕だけじゃなくてバイスもついてるからアナトリアがミュリンをそこまで心配する必要ないと思うけど」

「……そうですね。私も組織的にも個人的にもナビゲーターは信頼していますし、ナビゲーターだけではなくてバイスさんがついているなら安心出来るのでミュリン一人をソラヴァンに残しても良いと思いますが、今回は遠慮しておきます」

「何で今回は遠慮するのさ?」

「ミュリンは私と同じアパートに帰るので、私がミュリンを連れて行った方が早いんですよ。ミュリンにはソラヴァンからうちまでの帰り道をしっかり覚えてもらわないと……」

 ……。

 ……。

 少しの間があった後。

「えええ、アナトリア、ミュリンと同じアパートって、すでにミュリンと一緒に暮らしてるの?!」

「嘘、その話、本当なんですか? これはクーリエ隊のウェンディさんから聞いてない情報だわ!」

 この情報は空の末裔だけではなく、バイスも驚いた様子だった。

「はあ、まあ、それに関しては、そうなりますね」
「私とアナトリア、一緒のアパートで一緒の部屋に暮らしてるの」

 アナトリアは参った様子で、ミュリンはにこにこ笑顔で、それぞれ、一緒に暮らしていると打ち明ける。

「うわ、すでにアナトリアとミュリンが同棲中だったとは思わなかった。アナトリアに完全に負けた気分だよ!」

 うわああ。空の末裔は、アナトリアに完全に負けた気分で頭を抱えて嘆く。

 と。

「――すでに彼女と一緒に暮らしてる? あなた、本当にあの男から彼女を引き取ったわけ?」

「あれ、カレン、来てたの?」

 空の末裔はここではじめて、カレンの存在を認める。

 そして。

「――ああ、しまった、カレンさんも来ていましたか」

「カ、カレン様? うわ、白夜城の貴族達がこぞってナビゲーターのソラヴァンに通ってると聞いてたけど、カレン様までとは思わなかった!」

 アナトリアはバイスの背後にカレンが居る事を知って、驚いた様子だった。ミュリンもカレンの登場に驚きを隠せず、慌てて彼の背後に隠れる。

 空の末裔はミュリンの「カレン様」の呼び方が気になった。

「いやいや、カレンをカレン様って、そんな大袈裟な。ミュリン、このソラヴァンは中立的立場を貫いていて、それで国や立場はもちろん、上下関係気にしなくていいんだよ。ミュリンもそれだからカレン相手でも気兼ねなく――て、ああ、彼女、白夜城の貴族の出身って聞いたけど、それ本当だったんだ」

「あら、そうだったの? それならミュリンに羽がついてるの納得だし、カレンは敬う存在で間違いないわ」

 空の末裔はここでカレンが改めて白夜城のお姫様であった事を思い出し、バイスもミュリンが白夜城の貴族の出身であるならカレン様も分かるとうなずいている。

 その間、カレンは空の末裔とバイスに構わず、目を細め、アナトリアと対峙する。

「カレンさん、私の情報が確かであれば、今日は此処に来る予定はありませんでしたよね?」

「あら、あら。カナンの情報官、その口ぶり、私が此処に来ていないのを狙って、ミュリンと空の末裔を引き合わせるの、今日にしたの?」

「はい、その通りです」

 アナトリアはミュリンを背後に隠した状態で、カレンと向き合う覚悟を決める。

 アナトリアはカレンに向けて表情一つ崩さず、淡々と言う。

「私は、カレンさんの不在の時を見計らって、ミュリンをナビゲーターと引き合わせる計画でした。しかしカレンさん、公開されている白夜城の予定では今日のあなたは要人と会う予定が入ってるのではなかったですか。それ蹴って此処まで来て良かったんですか」

「……、さすがカナンで有能だと言われる情報官。カナンだけではなく、公開されてる白夜城の予定まで頭に入れてるのね。公開している予定と違うのは、嘘でも空の末裔と会う約束を思い出したと言えば、相手も納得して引き下がってくれるようになってる。こういう時、空の末裔の使い勝手がいいのよ」

「はは。それ、職権乱用じゃないですか。ナビゲーターもいい迷惑ですよ」

「あら。ミュリンを匿うのに空の末裔を利用するあなたの策の方が職権乱用だし、空の末裔もいい迷惑ではなくて?」

 バチバチ。アナトリアとカレンの間で不穏な空気が漂い、火花を散らす。

「バ、バイス、これ、どういうわけ? いつものカレンとアナトリアじゃないよねえ? カレンとアナトリア、仲悪かったっけ?」
「さあ、私にもよく……」

 アナトリアとカレンの睨み合いを間近で見た空の末裔は恐ろしくなって、情けなくもバイスの背後に隠れる。バイスもいつもの雰囲気のカレンではないと分かって、引き気味だった。

 はあ。最初に折れたのは、アナトリアだった。溜息を吐いた後、カレンに向けて自分の思いを吐き出した。

「今の所、ナビゲーターを利用するのが、彼女――、ミュリンのためになります。それ、白夜城の裁判で彼に関わったと思われる、当事者のあなたも知らないわけではないでしょう」

「……、そうね。カナンの情報官の言うよう、白夜城の私ももうあの男と関わってしまったから、これでもうその娘であるミュリンの存在も目をつむれない、か」

 ひといきついて、そして。

 カレンは改めて、アナトリアと向き合う。

「私は空の末裔に、あの父親と離れた状態だったミュリンの行方を捜してもらうつもりで、此処まで来たのよ」

「え、そうだったんですか?」

 カレンのこれにはアナトリアは驚いた様子で、ミュリンも息を飲む。

「彼に関わった白夜城の法廷の裁判官達――ラインをはじめ、ティナも一人残されたミュリンを気にしてた様子だったから。いい時にでも空の末裔にミュリンの行方を捜してもらって、できるなら、このソラヴァンで保護してもらえるかどうか聞いてみるって彼らに話してたの。まさか、カナンの情報官が直接、娘のミュリンを引き受けたとは思わなかった」

「そうだったんですか。それは御足労かけました。カレンさんのそれ聞いたうえで白状しますと私はその彼に頼まれて、彼女を保護する事にしたんです」

「そう、それで、期間は彼の判決がくだされて、白夜城から出てくるまで?」

「はい、その予定です」

「そうだったの。それなら、白夜城の裁判官のティナとライン達にもミュリンはもう大丈夫だって報告しておくわ」

「あの、ミュリンの事は白夜城の被害者達には……」

「それも分かってる。ミュリンを保護したのがそちらであるなら、私はこれ以上、口出す権利はない」

「ありがとうございます。ミュリン、もう行きますよ」

「あ、あの、カレン様、私の事情は……」

 ここでカレンの相手がミュリンに切り替わる。

 カレンはうなずき、ミュリンに言った。

「ミュリン、私も白夜城を統括する光霊として、あなたの父親とあなたの事情はよく知っている。これからそれ、目の前の空の末裔にも話すけれど、いいかしら?」

「は、はい、構いません。どうか穏便に、よろしくお願いします……」

 アナトリアはカレンに一礼した後、ミュリンも慌てて彼のあとをついていく。

 と。

 カフェを出て行こうとしたミュリンが引き返してきた。見れば入り口をアナトリアが塞いでいる。

 何だと思っていると。

 ミュリンは緊張した様子でカレンの前に立ち、そして――。

「あ、あの、カレン様。私を見逃してくれて、ありがとうございます!」

「別にいい。あなたを父親の被害者達から逃したのは、目の前のカナンの情報官でしょう。私はそれの責任を取る必要もないし、あなたの存在をほかの被害者達に通報するつもりもないってだけ」

「カレン様、ありがとうございます!」

「あのね。あなたが白夜城出身であっても、ここではカレン様は目立つから、カレンでいいわよ。空の末裔の言うようにこのソラヴァン内では誰でも対等で国や立場はもちろん、上下関係気にしなくていいから。それだから私相手でも普通にしてちょうだい」

「はい、カレン様。では、失礼します!」

 ミュリンはカレンに深く一礼した後、入口で待つアナトリアと合流し、彼と一緒にソラヴァンを出て行った。

「……、カナンの情報官も厄介なの引き取ったわね」

 はぁ。ミュリンとアナトリアがカフェを出て行ったのを確認した後、カレンはミュリンに参った様子で天井をあおぐ。

 そして。

「さて。空の末裔にバイス。私とミュリン、そして、あのカナンの情報官の関係を知りたがってる風だから、今回、特別に話してあげるわ」

「ぜひ、お願いするよ……」
「そうね。カレンがミュリンとアナトリアさんのただならぬ関係を知ってるなら、私もそれ知りたいわ」

 カレン、ミュリン、アナトリア。今までの三人のただならぬ関係に空の末裔はすっかり委縮し、バイスは興味深そうに、それぞれ、カレンからその事情を聴いておかなければいけないと思った。