その日の夜。
空の末裔のソラヴァンでは、夜に北境につくはずのミュリンからの連絡を待つため、バイス、カレンだけではなく、RWのサメヤマやヘール、影の街の傭兵団団長のルークも集まっていた。
彼らだけではなく――。
「ねえ、アナトリアはどうして、あっさり北境の施設に入るって決めたミュリンを強奪しにいかなかったのよ。駅でミュリンは私のものですって言って彼女を抱き締めれば、ミュリンもアナトリアにメロメロ、熱いチューを交わしてたかもよぉ?」
「……、アズールさん、お酒片手に笑いながら話す事ですかそれ。それにカナンの駅でそれやれば、私はカナンの光霊達から酒の肴にされます。それ以前に、私にその気がなかったミュリンも私にそう来られては、いい迷惑でしょう」
ミュリンとは関わりのないR・Wのアズールが来ていて、アズールの話に顔を引きつらせてうんざりするのは、仕事終わりにミュリンがちゃんと北境の施設についたかどうかを確認するために来ていたアナトリアだった。
アズールだけではなく。
「そうか? ミュリン、空の末裔の力で自分達を襲撃した暗鬼を見付けて、それで補償の申請が通った後も、ずっとお前についててくれたんだろ。その気になりゃ、お前から離れて、このソラヴァンで生活出来てたのにさ。ミュリン、実は、お前に気があったんじゃねえの?」
ロイも来ていて、ロイはアズールの意見と同じであると、アナトリアに向けて話した。
アズールとロイの意見にうなずくのは、空の末裔である。
「そうだね。アズールとロイの言う事は、あながち間違ってないんじゃないかな。ミュリンは、僕が力を貸すって言った後も常にアナトリアと一緒に居たのは間違いなくて、そのミュリンがアナトリアに気があったのは確かだ。それに――」
空の末裔は最初、アナトリア以外の光霊達も集まるカフェでそれを言うのをためらうが、ここで言わなければどうすると思い、決心した面持ちでそれを言い放った。
「――それにアナトリアの方がミュリン以上にミュリンに惚れてるの、僕でも分かってるからさ」
しん、と、騒々しかったカフェ内が静まり返る。
その中でもアナトリアは表情を変えず、目を細め、空の末裔を見据える。
「……、ナビゲーター、いつ、私の心を読んだんですか」
「これくらい、アナトリアの心を読まなくても簡単に分かるよ。君、僕とミュリンが話してる時、ミュリンの方ばかり見詰めてたよね。更に言わせてもらえば、ミュリンが僕と話してる間、僕がミュリンに手を出さないか心配だっていう風に僕の方を睨んでたでしょ」
空の末裔はアナトリアに怯まず、そう指摘した。
「それだけじゃなくてさ、アナトリアの料理のおかげで自殺願望薄れてそれの心配なくなったっていうミュリンを追いかけて彼女と夜の散歩に繰り出すのも、それのうちじゃないか。その心配ないなら、勝手に出て行くミュリンは、ほったらかしにしていいと思うけど」
「それは、ミュリンが被害者の女性達に狙われるかどうか心配で……」
「はは、情報官らしからぬ下手な嘘だなあ。アナトリア、情報官だから、被害者の女性達の話を聞けば、彼女達が本気で娘のミュリンを襲うって思ってなかったよね」
「……」
「ミュリンのお父さんは、女性を騙してお金をせびっていたけど、サメヤマの言うよう、ただ、それだけの仕業だったんだ。アナトリアは彼は、女性に対して酷い暴力を振るって泣かせてたとか、女性への態度が悪いとか、そういう女性の扱いが酷い父親じゃないって分かってたでしょ」
「……」
「被害者の女性達も、奪われたお金さえ戻ってくればそれでいい、彼に対してはそこまで憎いという感情は持ってなかったって、話してくれたよ。おまけに、娘のミュリンの真相が分かって、彼女の薬代のためならお金出して良かったし、出来るなら、その娘のためにもう一度、彼と付き合いたいと話してた女性も居たくらいだった」
今までミュリンとその父親の捜査しかしていなかったが、改めて被害者の女性達の声を聴いてそれが分かれば、サメヤマの言うよう、実に単純な話だった。
「アナトリアは、ミュリンにその被害者の女性達の声は聞こえないようにして、被害者の女性達に目をつけられると大変だからとかいい風に言って、ミュリンを自分の手元に置けるように仕掛けた。違う?」
「……ナビゲーターには本当、隠し事できませんね」
アナトリアはとうとう、それを認めるよう、頭を抱える。
「概ねその通りですよ。私は情報官として、被害者の女性達がそこまで彼女の父親を憎んでいない、その事実はカナンで彼の尋問をした時から分かっていました。それだから、彼をすぐに解放したんですよ。そのさいに彼から年頃の一人娘が残っている、独身であれば娘を引き取る気はないかと言われましたが、私はその時は結構ですと、それを断りました」
ひといき。
「その時はそれであっさりと終わりましたが、その父親が私目当てに娘のミュリンに手紙を出していたとは夢にも思いませんでした。
私を頼って北境から出てきたというミュリンを追い返すわけにもいかず、彼女はそのまま私の部屋に居ついてしまいました。当時の私の方はパオパオの世話だけで十分だったので、ミュリンの事はどうでもいい、いい時がきたら現在、父親が捕まっているという白夜城のカレンさんにでも押し付けようと思っていましたが、北境の深い森からカナンの街に出て来たというミュリンの方から情報官であれば情報官らしくカナンについて教えてくれと、私に向かって色々質問が来るのでそれを邪険に扱うわけにもいかず、渋々、それに応じていたんです。
時には、ミュリンが行きたいというカナンのお洒落なカフェや、洋品店に一緒に出かける事もありました。
私がミュリンについて行くのは彼女の目が見えないせいであるのと、それのせいで方向音痴であるために、夜に出かけるにしても、付き添いが必要だったんです。それでも私の方は仕事仲間以外で、誰かと約束して何処かに出かけるというのは、ミュリンが初めてで、仕事以外の時間にミュリンとその約束をして彼女と一緒に出かけるのも悪くないと次第に思うようになったんです。
それ以外で、私と向き合って私の手料理を美味しそうに食べてくれるのも、ミュリンが初めてでした。ミュリンであればパオパオと同じ、私の家族の一員とみなしていいかなとも、思い始めました」
アナトリアの思いを、空の末裔だけではなく、集まった光霊達は黙って聞いている。
続ける。
「それから私は、ナビゲーターの言うよう、彼女には昼間は被害者の女性達に狙われるかもしれないので私の所に居る方が良いといい風に言って、彼女を私の手元に置いていたんです」
「そっか。それならその気持ち、ミュリンに伝えてみたらどうかな。ミュリンもきっと、アナトリアに応じて、パオパオと同じ、アナトリアの家族になってくれると思うよ」
アナトリアの素直な気持ちを知った空の末裔は、純粋にそう思った。
しかし、アナトリアは違った。
「いえ、その必要はありません。昔も今も、私の家族は、ペットのパオパオだけです。私の手からあっさり離れたミュリンはもう、私の家族では――」
「――アナトリア、ミュリンの事、本気なんだよね」
空の末裔はアナトリアの下手な言い訳を遮るよう、強い調子で言った。
アナトリアはいつにない迫力の空の末裔に、息をのむ。それは、今まで空の末裔を見てきたバイスやカレン達も同じだった。
空の末裔は、同じく今まで孤独だったアナトリアと自分を重ねて見ていたところがあった。それのせいかどうか、彼にミュリンという家族が増える事はとても良い話だと思っている。
だから――。
「今からでも遅くない、ミュリンを北境の施設まで迎えに行ってあげたらどうかな」
「……、今からカナンの汽車で北境まで行くとなると、朝になります。明け方にミュリンを迎えに行くのは非常識ですし、ミュリンを受け入れてくれた北境の施設の方も迷惑しますよ」
「僕のソラヴァンなら、ゆっくり動く汽車と違って、高速でひとっ飛び。今からなら十分もかからないし、今夜中に北境に到着できるよ!」
「お断りします。ナビゲーター、貴重なソラヴァンをそんな邪道な事に使わないでください」
「だけど、ミュリンは、アナトリアが迎えに来てくれるのを待ってるかもしれないよ?」
「……」
「アナトリア」
「今は、キアさんの手でミュリンが北境の施設に無事についたかどうかを知る方が、先だと思います」
「そうか……」
空の末裔の説得では、アナトリアは動かなかった。
空の末裔はどうにかして、アナトリアをミュリンの所まで行かせたかったが、アナトリアは動かないまま時間だけが過ぎていく。
「……」
「……」
ほかの光霊達もミュリンのためにアナトリアが動かない事にいら立つも、彼を動かせるほどの説得力は持っていない。
と――。
「あ、ミュリンからメッセージきたよ!」
「私の所にもミュリンのメッセージが届いたわ。キアさんのおかげで無事に北境の施設についた、ですって!」
「私にも、同じく」
空の末裔だけではなく、バイス、カレンの端末に待望のミュリンから「無事に北境の施設についた」とメッセージが届き、集まっていた光霊達からも「良かったな」と、歓声が上がる。
「アナトリアの所にもミュリンのメッセージ、届いてる?」
「はい。私の所にも皆さんと同じメッセージが届いていました。恐らく、キアさんがミュリンの代理で打ったんでしょう。私もこれで安心して、いつもの業務に戻れますよ」
言ってアナトリアは、席を立った。
空の末裔は、席を立つアナトリアを慌てて引き止める。
「ええ、アナトリア、もう帰るの? まだミュリンから何かあるかもしれないから、しばらく、ソラヴァンに残った方が良いんじゃない?」
「いえ。ミュリンが無事に北境の施設についたならもう思い残す事はありませんし、ミュリンの方も代理のキアさんにこれ以上は頼めないと遠慮すると思うので、今夜中にこれ以上、まだ何かあるというのはないでしょう。今夜は、パオパオと久し振りにぐっすり眠れます。それでは」
アナトリアは空の末裔の引き止めも空しく、冷静にカフェを出て行った。
ここでサメヤマは、アナトリアが出て行ったのを確認してから彼への不満を口にする。
「ぐあー、何だあいつ、オレでも空の末裔の力を使わずともアナトリアがミュリンにぞっこんだっての分かるし、それで今まで孤独だった自分についてくれていたミュリンに未練なく、追いかけないのかよ。あいつがあそこまでヘタレだったとは、思わなかったわ」
「ですね。アナトリアさんのミュリンさんに対する思いは、ここで彼の話を聞かずとも、以前からそういうのに疎い僕でもバレバレでしたよ。アナトリアさんの煮え切らない態度には、僕も失望しました」
はぁー。R・Wのサメヤマだけではなく、影の街の傭兵団団長のルークも、ミュリンを追いかけないアナトリアの態度に呆れていて、ほかの光霊達からも「これで終わり?」「彼がここまで冷たいとは思わなかった」と、ざわつく。
ここで腕を組んで空の末裔に訴えるのは、カレンである。
「私はこの結果にはどうも、納得いかない。空の末裔、これであっさり幕引きで良いわけ?」
「そうね。私もこれで終わりっていうのは、何かモヤモヤするわ。ナビゲーター、あなたの力でアナトリアさんとミュリンをどうにかできない?」
カレンだけではなく、バイスからも物言いが入った。
「……どうかな。頑固なアナトリアとミュリンを僕の手で強引に引き合わせると、へんな方向にこじれるんじゃないか。次は、ミュリンのお父さんが白夜城から無事に出て来た所を狙った方が――」
いいかな、と、慎重な態度で言いかけた時だった。
バンッ! と。大きな音を立ててドアを開け、息をきらしてカフェに再び入ってきたのは――。
「ナビゲーター、ソラヴァンを今すぐ北境まで動かしてください!」
「――僕のソラヴァンなら高速で北境までひとっ飛びだよ、任せて!!」
手持ちの端末を掲げたうえでそう訴えてきたアナトリアを見た空の末裔は、そのメッセージを確認した後に腕をあげ、瞬間、集まっていた光霊達から盛大な拍手と歓声が上がったのだった。
――いつもみたいに私を探して、私を見つけて。
空の末裔が確認したアナトリアの端末には、キアではなく、本当にミュリンが書いたと思われる短いメッセージが届いていた――。
そして、それから。
ラ、ラ、ラ~♪
真夜中。優しい歌声がソラヴァンに響いている。
――ああ、彼女が来てるのか。それなら、『二人』の邪魔しない方が良いね。うん。
空の末裔はそれを知っていて、歌が聴こえる場所には行かず、自分の部屋で本を読むのを続ける。
アナトリアがソラヴァンでその日のうちにミュリンを北境の施設まで迎えに行った、その後の話を少し。
『ナビゲーター、こんにちは』
『こんにちは、ミュリン』
ミュリンからメッセージではなく、彼女の音声が届いた。
空の末裔も自分の声で、ミュリンに応じる。
『ミュリンは、クーリエ隊のウェンディと、元クーリエ隊のお父さんの計らいでクーリエ隊の一員になって、アナトリアのカナン担当になったって聞いたけど。そこの荷物運びはもう慣れた?』
『うん。荷物運びくらいなら、私でもできるからね。でもまだカナンの入り組んだ地下の道覚えられてなくて、四苦八苦中かな』
ふぅ、と、空の末裔の耳にもミュリンのため息が聞こえた。
ミュリンは続ける。
『カナンの地下施設は先輩でもマップで確認しないと面倒臭い、こんな複雑な地下施設を作った光霊に文句言いたいくらいって、私についてきてくれるクーリエ隊の先輩のドーヴさんがぼやいてたよ』
『はは、そうなんだ。だけど、クーリエ隊が使ってる地図なら視力弱くて方向音痴のミュリンでも目的地までたどり着けるんだってね?』
『うん。クーリエ隊が使ってる地図、ほかと違って凄いんだよ。ちゃんと、音声で目的地までナビしてくれるんだ。間違った道入ると、ソコノ道ハ目的地ト違ッテマスって、機械の音声が案内してれる。これなら視力が弱くて方向音痴の私でも目的地まで配達できるって、元クーリエ隊のお父さんの言ってた通りだった』
『ミュリンのお父さんは元クーリエ隊で、それで、僕の空の末裔と一緒に仕事してただけあるね。というかミュリン、おばあちゃんが死んで一人になってお父さんの手紙を信じるようにアナトリアの所に来た時もそうだったけど、最初からお父さんの言う事、ちゃんと聞いてるね。お父さんの事、好きなの?』
『そうだね。お父さんの事は、好きだよ。お母さんが病気で死んだ時も、暗鬼の襲撃で色々駄目になった時も、私を見放さなかったから。今度は、私が白夜城に捕まってるお父さんが出てくるまで見放さないで待ってる番になるかな』
『そっか。それは、良い関係だ。それで、そのぉ……』
ここで空の末裔は、ミュリンと通話するのを少しためらった。
それについて彼女に聞いていいかどうか、迷いがあったせい。
と。
『――それでアナトリア、今夜、仕事終わりにソラヴァンに来られるって言ってたよ。私はナビゲーターにそれ伝えるために、ナビゲーターと話してるんだけど』
くすくす。ミュリンは空の末裔が何を聞きたいか分かっていて、笑う。
空の末裔はミュリンにそれが見抜かれていた事を知って顔を真っ赤にしつつ、それでも自分の欲望は抑えられないと自分の腹をさすりながら苦笑して、彼女に聞いた。
『ええと、今夜の晩ご飯は……』
『もちろん、アナトリアの手作り!』
『お腹空かせて待ってるって、アナトリアに伝えておいて!』
『了解です。仕事終わりにアナトリアと一緒に買い物してから、一緒にソラヴァンに来るねー。楽しみにしてて、それじゃあね』
プツン。ここで通話は途切れてしまった。
「今夜の晩ご飯は、アナトリアの手作りか。楽しみだなあ」
空の末裔は自分の腹をさすりながら、アナトリアの手作り料理が食べられる晩ご飯の時間が来るのを楽しみに、浮かれていた。
アナトリアが空の末裔のソラヴァンでミュリンを迎えにいった、その後。
その夜のうちにミュリンはカナンのアナトリアのアパートに戻ってきて、再び、彼と一緒に暮らし始めたのである。
ミュリンは北境の施設に入れば補償は受け取れたが、「キアさんによれば、アナトリアと一緒だと、カナンで補償受け取れないんだって。残念」、そう、補償について心配する空の末裔を前に、あっけらかんと笑いながら話した。
アナトリアも「北境の施設に入らないと補償は受け取れないと言われたので、それはもう、仕方ないですね……」と、表側では残念そうに肩を落とすも、裏では今まで通りにミュリンと一緒に暮らすのも悪くないと思っているのが、空の末裔も自分の力を使わないまでもバレバレだった。
代わりにミュリンは、情報官のアナトリアの仕事を手伝う――といっても部屋の片付けといった軽いもので、更に、昼間の間だけ、クーリエ隊のウェンディと元クーリエ隊の父親の計らいで、クーリエ隊のカナン支部で働き始めたという。
障害持ちで方向音痴のミュリンはクーリエ隊が務まるのかと最初は心配だったが、クーリエ隊のウェンディによれば彼らが使う地図は一般的に使用されている地図とは違う特別制で、音声ガイドもついているので、ミュリンでも使えると話してくれた。
更に。
「普通は、クーリエ隊でも障害持ちは敬遠されるんだけどね。ミュリンの父親が元クーリエ隊で音声ガイド付きの特別制の地図があるのを知っていた事と、ミュリンが補償を蹴ってまでアナトリアと一緒に居たいっていうその強い思いがこっちにも伝わった事、更に何より、彼女にはアナトリアだけではなくて空の末裔っていう最強の味方がついてるのが分かったから、うちで採用になったわけだよ。
ミュリンは自分の力でそれを掴み取ったんだ、私もミュリンのその強さを認めてる。そうそう、カナン担当のドーヴ、普段は自分の担当の荷運びをサボリがちなんだけど、ミュリンっていう後輩出来て、いつになく真面目に張り切ってるから、彼女がクーリエ隊に来てくれて良かったと思う」
ウェンディは笑いながら、障害持ちのミュリンをクーリエ隊として採用した理由を明かしてくれたのである。
「ふふ、ウェンディさんの言うよう、ミュリンが自分の力で選んだ道だもの。私もミュリンを陰ながら応援してるわ」
「そうね。ミュリンの父親も補償より、カナンの情報官と一緒に暮らせる方を選択した娘を応援してるって話してた。私もバイスや彼女の父親と同じく、ミュリンを応援してる」
バイスとカレンの二人も、陰ながらミュリンを応援すると話してくれた。
そして仕事終わりに時々、カフェでアナトリアがミュリンだけではなく、自分にも手料理を作ってご馳走してくれるようになったのは、空の末裔にとって、ミュリンがアナトリア目当てにカナンに残ってくれて良かったと思える出来事だった。
それだけではなくミュリンは時々、夜中にアナトリアと一緒にソラヴァンに来て二人きりのデートを楽しんでいるようだった。
夜に光を帯びた蛍灯が飛び交うソラヴァンとその周辺は幻想的で、恋人達のデート先として評判が良かった。
その中で話題といえば、アナトリアのペットのパオパオについて。
「パオパオちゃん、私に冷たかったの、私がアナトリアを取るんじゃないかってそれに嫉妬してたせいだってね?」
「はは、どうやらそうみたいだ。パオパオ、僕の力で感知すれば、アナトリアとくっついてたミュリンに嫉妬してみたい。パオパオはアナトリアをミュリンに取られると思って、ミュリンに冷たくしてたんだよね」
空の末裔の力でパオパオの嫉妬心が分かり、これにはアナトリアもパオパオに呆れつつ、「ミュリンが私の家族の一人になってくれたので、これからは彼女も、パオパオと同じ扱いになります。そうでも、パオパオが私の特別なのは変わりません」と、説得を続け、ミュリンも「パオパオちゃん、アナトリアからもらった特別な餌あげるよー。私とも仲良くして」と、説得を続ければ、いつしか水槽から顔を出し、ミュリンの話も泡で応じてくれるようになったとか。
ミュリンとパオパオの関係は良くなったが、一つだけ、新たに困った事があった。
それは。
「私がパオパオちゃんに構ってると、今度は、アナトリアがなんか不機嫌になるんだけど。ナビゲーター、私、どうすればいい?」
「うは、それ、単純にノロケじゃん。ノロケ相談は受け付けてません」
「えー。ナビゲーター、もっと私とアナトリアの相談に乗ってよー。ソラヴァンに訪れる光霊の相談に乗ってくれるのも、ナビゲーターの仕事の一つなんでしょ」
「そうなんだけど。でもそれくらい、アナトリアと二人で解決してよ」
「えー」
ミュリンは不満を言いつつもその表情は明るく、空の末裔と笑いあっていた。
その夜、空の末裔は手持ちの端末でソラヴァン内に『彼女』と『彼』の反応があるのを確認した後、微笑み、読み終わった本を棚にしまった後。
ふと、棚に置いてあった花瓶に飾ってある、白い花を見た。
花瓶に飾ってある白い花は影の街の統領、イスタバンから献上されたものだった。
イスタバンは「この白い花は、夜にしか咲かない珍しい花だ。夜も稼働しているソラヴァンにぴったりだろう」と、得意そうに話した。
確かにイスタバンの言うよう、夜にしか咲かない白い花は、夜も漂うソラヴァンに相応しい花だと思った。
空の末裔はその夜にしか咲かない白い花を見詰め、その花を触れながら思うのは。
アナトリアも自分も、孤独で寂しい夜を過ごす時間はもう終わったのだ、これからは夜に咲く花を抱くといい――、そう思い、目を閉じたのだった。