翌日。
空の末裔はカレンとバイスを集め、さっそく、昨夜にあった出来事――ミュリンの状況について説明をした。
カレンはしかし、それについて特に驚いた様子はなかった。何故なら。
「何故なら、あの後、サメヤマとルークからの情報を聞き出してくれた空の末裔の話を手掛かりに尋問をかければあの父親、あっさりと白状した」
――自分とミュリンは、暗鬼の予期せぬ襲撃によって仕事も何もかも失った。
自分一人だけならいいが、ミュリンと暮らしていくには、限界がある。そこで思い出したのが、十七年前に暗鬼に襲われてその一族がこの地から消え去ったという、空の末裔だった。
カナン啓光連邦軍の手で十七年ぶりに空の末裔が見つかったという話は、自分の耳にも届き、それを聞いて心が弾んだ。
何も、空の末裔の復活に期待するのは、白夜城や啓光連合軍だけじゃない。
自分も十七年前に空を支配していた、空の末裔と共に、クーリエ隊として働いていて、それで、空の末裔の力を知っていた。クーリエ隊の一員として白夜城まである貴族のもとに荷物を届けたさい、妻と出会い、そのまま彼女の家に上がり込んで、ミュリンが産まれた次第だ。
その空の末裔であれば、暗鬼のせいで障害持ちになったミュリンを助けてくれるかもしれないと思った。
自分はどうなってもいい、一人きりの娘のミュリンだけでも助けたい思いで、どうにかして、空の末裔とミュリンを引き合わせたかった。
ミュリンと空の末裔を引き合わせるには、各地の偉い立場の光霊に掛け合う必要がある。女性を騙して捕まるのも、それのうちだった。その策は見事にはまった。
思惑通りにR・Wのリーダーのサメヤマ、影の街の傭兵団団長のルークと知り合いになるも、彼らは自分に空の末裔を売る気はないとその信念を曲げず、自分の力では彼らを説得するのは難しいと感じ、更には自分が言うのもなんだが女性の扱いがなっていない彼らにミュリンを任せるわけにはいかないと思い、あっさりとそこから引き下がった。
そして思い出すのは、カナン城の優男の情報官だった。彼は女に雑なサメヤマや、女の扱いが下手なルークと違って真面目で誠実、自分を尋問にかける時でも常に被害者の女性側に立っていたので、ミュリンが彼のもとを訪れても追い返す事はないだろうと見込んだ。案の定だ。ミュリンは情報官の所に転がり込むのに成功、おまけに彼の手でミュリンに空の末裔を紹介してくれればこれ以上の話はないと思った。
「それが、今回のミュリンとその父親に関する真相。あの父親、思った通りで、カナンの情報官であれば障害持ちのミュリンを追い返さずに引き取ってくれる、おまけに、カナンの啓光連邦軍が保護している空の末裔とも引き合わせてくれるって、読んだんですってよ」
「はは、その通りになったってわけか。ミュリンのお父さんも、やるなあ」
空の末裔は父親のやり方に感心した様子だったが、カレンはわけが違った。
「あのね、笑いごとじゃなくてね。クーリエ隊のウェンディが話していたよう、特別な前例を作れば空の末裔のもとに自分にも手を貸して欲しいっていう光霊達が殺到して、大した怪我でもないのに自分もミュリンと同じように優遇してくれってカナンの啓光連邦軍のように大変な目にあうのは明らかでしょう。どうするの?」
「僕はちゃんと、僕の感知能力でその怪我が本当かどうか分かるし、それに補償が必要かそうでないかくらいは判別できる。それから僕は、僕が助けたいと思う光霊しか手を貸さない主義を貫いている。ミュリンはその僕に選ばれた、それだけだ」
「でも――」
「――カレン、ナビゲーターは自分が誰かを助けたいって決めたら聞かないの、あなたもよく分かってるでしょう」
空の末裔を思って食い下がるカレンを止めたのは、そばで二人のやり取りを聞いていたバイスだった。
バイスは自分の胸に自分の手をあて、カレンに訴える。
「今までもそうだったでしょ。カレンも私も、ナビゲーターに選ばれ、何度か彼の力で助けられた。ミュリンも私とカレンと同じよう、ナビゲーターに選ばれたのよ。それからナビゲーターだけじゃなくて、私もここに来るまで暗鬼のせいで色々酷い目にあってたミュリンを助けたいって思った。カレンは、私とナビゲーターと同じ、ミュリンを助けたいと思わないの?」
「それは……」
空の末裔だけではなく、バイスの思いがカレンに通じたのかどうか――。
「分かった」
はぁー。大きな溜息を吐いた後、カレンは。
「分かった。空の末裔に選ばれたミュリンだけは、今回だけ、特別事例を認める」
「カレン、ありがとう!」
「それでこそ、カレンよね!」
わあ。空の末裔とバイスは、自分達の思いがカレンに通じて、彼女と手を取りあって喜ぶ。
喜んだのも束の間、だった。
「ただし、ミュリンの父親だけは、その罪と向き合わせる」
「え、どういうわけ?」
「空の末裔の力でミュリンを襲った暗鬼が見付かって補償の申請が通ったとしても、彼が女性に対して行った詐欺は罪であると、白夜城の法のもと、認められている。彼はちゃんと自身の罪と向き合う必要があるため、白夜城の裁判官達が下した判決通り、半年間は牢獄に入っていてもらう」
「ああ、まあ、そうだよね。僕が助けたいのは、あくまでミュリンであって、彼女の父親はついでだから。それでいいと思うよ」
うん。空の末裔はカレンの念押しに、しっかりとうなずいてみせたのだった。
そして、それから。
空の末裔はさっそく、バイスを伴い、白夜城の牢獄に入っているミュリンの父親に会いに行って、北境で暗鬼に襲撃された時の話を聞きにいった。
ミュリンの父親は空の末裔が本当に自分のもとに来てくれた事を知って、更にミュリンに手を貸してくれると分かって「空の末裔、ミュリンを助けてくれて、ありがとう、ありがとう!」と、泣いて喜ばれたので、空の末裔もバイスも、ミュリンを助ける決断を下して正解だったと思った。
ついでにR・Wのサメヤマと影の街の傭兵団の団長のルークにミュリンの暗鬼に襲われて障害が出た話と、自分達を襲撃した暗鬼を見付ければ補償が出るのでそれ目当てに、アナトリアが空の末裔をミュリンと父親に売ったのだという話をすれば二人は「アナトリアらしいな」、「アナトリアさんらしいですね」、と、あっさりと納得してくれたのである。
更には「ミュリンの補償が出るためならその暗鬼探し、オレもヘール達も協力するぜ」、「僕も影の街の傭兵団として、ミュリンさん達を襲った暗鬼探し、協力しますよ」と、快く申し出てくれたのだった。
ミュリンの父親から暗鬼の情報を聞いて、それを突き止めるのはすぐだった。
ミュリンと父親を襲った暗鬼の群れが北境近くの洞窟に居ると突き止めた空の末裔は、さっそく、バイスを中心とした部隊を組んでそこへ向かった。暗鬼の群れは情報通りに存在していて、空の末裔を見るなり襲い掛かってきたが、バイスだけではなく、サメヤマやルーク達の協力もあってあっさり撃退できてしまった。
暗鬼の証拠を差し出せば、ミュリンの補償の申請があっさりと通り、彼女は出身地である北境が用意した施設に入れば、薬代やお金の心配なく過ごせるとの連絡があった。
その間、ミュリンはアナトリアのもとを離れず、相変わらず、彼と一緒に過ごしていたようだった。
それから、数日後。
カナンの駅にて、集う。
「ミュリンのお父さん、ちゃんと刑期が終わって白夜城から出られたら、R・Wのサメヤマ達が労働者として引き取ってくれるって。ミュリン、良かったね」
「そうだね。でも私のお父さん、暗鬼の襲撃で右腕使えないけど……」
「それも心配ない。サメヤマのR・Wには、腕の立つ技工士が居てね。ミュリンのお父さんさえ良ければ腕を機械化して、前みたいに動けるようにできるって。サメヤマの仲間にも暗鬼の襲撃で体の一部が動かなくなったけど、機械化してまた動けるようになったっていう光霊、けっこう居るらしいよ」
「それならお父さんについても心配なさそうで良かった」
「それからもう一つ、お父さんに騙された被害者の女性達についてだけど。被害者の女性達にミュリンの真実を話したら、娘のミュリンについてはこれ以上に話をする気はない、彼女は彼女で施設で頑張って暮らしているのが分かればそれでいいって話してくれてね」
「そう。それじゃもう私は、被害者の女性達から狙われる事がなくなったんだ」
「ああ、そこは安心して欲しい。おまけにその被害者の女性達、君のお父さんが白夜城から出てきてR・Wで働けるようになったら、奪われたぶんのお金はきっちりそこから払ってもらうって事で、話がついたようだよ」
「そっか。お父さんはその返済でしばらくは大変だろうけど、被害者の女性達がそれで納得してくれるのは良かったと思う」
ミュリンは、空の末裔から父親に騙されてお金を奪われていた被害者の女性達がそれで納得してくれたのは良かったと思い、ほっと胸を撫でおろした。
それからミュリンは、決心したよう、空の末裔に向けて言った。
「私、被害者の女性達の言うよう、北境の施設で頑張ってみるよ」
「うん。僕も、ミュリンにまた生きる希望がわいたのは嬉しい。ミュリンもこれでもう、自殺願望なんて言葉、使わないでよ」
「それは、分かってる。もう、死に場所なんて探す必要、ないもの」
そういうミュリンの顔はすっきりした様子で、晴れ晴れしかった。
これには空の末裔もほっとしているが、ただ一つ、気になる所があった。
それは――。
「ミュリン、君、本当にアナトリアと別れたの?」
「うん。私がアナトリアを引き留める理由、もうないから。私からアナトリアを解放してあげた」
ミュリンは泣くわけでもなく、暗い顔をするわけでもなく、いつもの調子でそう言った。
それからミュリンは自分のお腹を自分でつまんで、溜息を吐きながら言う。
「もう、アナトリアの作る料理が食べられないのは悲しいけど。でも、アナトリアと一緒に居るとそれで太っちゃうから、これで良かったのかもね」
「はは。ミュリンはそこまで太って見えないし、それで体重気にする必要ないと思うけどなあ」
空の末裔は見た目、細過ぎず、ふっくらしている今のミュリンが、とても良いと思った。
それだけではなく――。
「ミュリン、補償の申請が通ってから故郷の北境の施設入りが決まって、さっそく施設に入るの決めたんだよね。それはいいけど、今日になってカナンのアナトリアの部屋を出て行くの決めたって、本当に急過ぎない?」
「施設に入るのは、早い方が良いと思って。ここでぐずぐずしてたら、施設に入る決心がつかなくなるから」
ミュリンの足元には、アナトリアのアパートから持ち出した、ミュリンの荷物がまとめられてあった。
空の末裔はミュリンがもうアナトリアのカナンのアパートを離れると聞いて、ソラヴァンで彼女が出発する駅まで乗り込んだのである。
駅に集まったのは、空の末裔だけではない。
「ミュリン。北境に帰っても、時々、私あてに、お手紙ちょうだいね。施設のお手伝いさんに言えば、文字を書くの手伝ってくれるってあったわよ」
「そうね。私も白夜城で牢獄入ってるあなたのお父さんについて、手紙書くから。返信、忘れないように」
「バイス、カレン様。ありがとう。まず、北境についたら施設の人に頼んで、バイスとカレン様あてに手紙、書くよ」
空の末裔のそばにはバイスとカレンも揃っていて、それぞれ、ミュリンと握手をかわす。
空の末裔もミュリン、バイス、カレンの三人の仲を微笑ましく見守るが、あと一人、この場に不在の光霊を恨めしく思った。
それは。
「肝心のアナトリアだけ仕事で来られないって……。これなら、アナトリアが暇な時に出発すれば良かったのに」
「仕方ないよ。アナトリアは真面目な光霊だから仕事を優先した方が良いし、最後の最後でこれはアナトリアらしい」
アナトリアだけ情報官の仕事でミュリンの別れに間に合わず不在で、それについてはミュリンも割り切っていると、空の末裔に向けて笑うだけ。
「でもミュリン、アナトリアの事……」
「それ以上、言わないで。本当に北境に帰る決心がつかなくなるから」
「ミュリン……」
ミュリンの切ない思いは、空の末裔にも伝わる。
空の末裔はしかし、自分ではどうする事もできないので、気を取り直して彼女の隣についているクーリエ隊の方を振り返る。
「北境の施設までは、クーリエ隊の北境担当のキアがついてくれるって?」
「はい、私にお任せください。ミュリンさんは、この私がきちんと北境の施設まで、お送りしますよ」
「この汽車だと北境につくのは、夜になるんだっけ?」
「そうなりますね。ミュリンさんがこれで北境の施設に入るのは、夜になります」
空の末裔に応じるのは、クーリエ隊で北境担当のキアである。
北境の施設に入るまでミュリンには、クーリエ隊の一員で北境担当のキアがついてくれる事になった。これは空の末裔ではなく、同じクーリエ隊のウェンディの計らいのようだった。
「いやー、私にミュリンを連れて助けを求めに来たアナトリアを邪険に扱った件、ちょっと気にしてたんだよねー。ミュリンの話をちゃんと聞いてあげれば良かったと思って。ミュリンにキアをつけたのは、それの罪ほろぼし、かな」
ウェンディは最後、笑いながらそう話した。
「キアなら、暗鬼に遭遇しても対応できるから、安心できるな。キア、もし道中で何かあれば、僕に連絡を」
「了解です」
キアは空の末裔にしっかりとうなずいた後、ミュリンの方を振り返る。
「ミュリンさん、もう時間です。荷物はこれで全部ですか?」
「はい。荷物はこれで全部です。時間ならもう汽車に乗ります」
言ってミュリンは荷物を抱え、キアと一緒に北境行きの汽車に乗り込む。
ミュリンは汽車の窓を開け、そこから空の末裔、バイス、カレンの顔を順に見詰める。
「それじゃあ、北境の施設についたら連絡を」
「うん。色々、ありがとう」
そして――。
「さようなら!」
「さようなら!」
ミュリンは、空の末裔、バイス、カレンの三人とあっさりと別れ、アナトリアを気にせず、故郷の北境まで旅立った。