アナトリアが料理を作っているその間、ミュリンは声を潜めて、空の末裔に聞いた。
「ねえ、ナビゲーターは、アナトリアのコートの奥に入ってるペットのパオパオちゃん、知ってる?」
「知ってるよ。いつもアナトリアのコートの奥に入ってる、ペットの魚だよね。でもパオパオちゃんって……」
アナトリアのコートの奥には、携帯の水槽で飼われているペットの魚が潜んであった。
ミュリンは、くすくす笑いながらパオパオについて話した。
「アナトリアに大事にされてるパオパオちゃん、可愛いでしょ。だから、パオパオちゃん」
「そ、そうなんだ。ミュリンはアナトリアにパオパオ、見せてもらった事あるの?」
「うん。一回だけ、見せてもらった事ある」
「一回だけ? 何で一回だけなの?」
「なんか知らないけど、私と顔あわせた途端、パオパオちゃん、水槽から顔出さなくなったんだって。アナトリアはそれ心配して、私とパオパオちゃんをあわせるの止めたって」
しゅん、と。ミュリンは残念そうに肩を落とした。
「ナビゲーターの方は、パオパオちゃんとどんな感じ?」
「僕の場合、パオパオと顔あわせればちゃんと水槽から顔出してくれて、僕の話も聞こえてるのか、それに泡吹いてくれて応じてくれたよ」
「パオパオちゃん、ナビゲーター相手だと普通なんだ。自分の話を聞いて、それに泡吹いてくれて応じてくれるの、いいなあ。アナトリアも夜中になんかパオパオちゃんとそれで会話してる風だったから、私もアナトリアのそれ見て羨ましかったんだ」
「ミュリンの時は、それなかったの?」
「うん。私の時は、なんか知らないけど、パオパオちゃん、水槽の中に閉じこもったまんまでなんの反応もしてくれなくて、私の呼びかけにも応じてくれなかった。パオパオちゃんに否定されるの、アナトリアの家族に否定されたと同じ意味を持つから、ショックだったなあ」
「そうだね。パオパオは、アナトリアの家族の一員で間違いないから、ミュリンがそのパオパオに否定されるのはショックだったっての分かる。でもパオパオは何で、ミュリン相手だと何の反応も無かったんだ。パオパオはその時、何かへんなもの食べて調子悪かったとか?」
「――パオパオにはきちんと良い餌、与えてます。パオパオがその時に調子悪かったというのは、ないですよ」
二人の会話に呆れた調子で入ってきたのは、調理を終えたらしいアナトリアだった。
「パオパオは何で、ミュリンに何も反応無かったんだ」
「さあ、それは私もよく分かりません」
「そうだ、ここでパオパオの水槽出せない? パオパオとミュリンの反応、見たいんだけど。僕ならその原因、分かるかもよ」
「パオパオは今は、眠っている最中です。そのパオパオを無理に起こしたくないです」
「そうか、それは残念だ。でも一回くらい、パオパオとミュリンの反応見てみたいけど――」
「――それよりナビゲーター、ミュリン。簡単なオムレツ、できました。どうぞ」
「こ、これは!」
空の末裔はアナトリアが持ってきた料理――オムレツを見て、目の色が変わった。
「ナビゲーター、見て、アナトリアが作った、ふわふわトロトロの卵のオムレツ! 最高でしょ!!」
「凄い! アナトリアにこんな才能があったなんて思わなかった!! これのせいでミュリンが死ぬ気が失せたっての、分かるよ!」
アナトリアが短時間で作った、ふわふわトロトロの卵のオムレツを差し出せばミュリンは自分が作ったわけでもないのに得意になってそれを披露し、空の末裔もそれに感動して興奮気味だった。
――やはり、パオパオの話題からオムレツに切り替わりましたか。
空の末裔とミュリンの興味はコートの奥のパオパオから、目の前のオムレツに切り替わった。
これでアナトリアは、パオパオの話題はすっかり忘れられて、ほっとしている。
空の末裔はアナトリアのオムレツをスプーンですくいあげ、一口。
「うわ、何これ、めちゃくちゃ美味しい! このオムレツ、カフェで出せる味じゃん。アナトリア、何で今まで料理出来るの、黙ってたの!」
「だよね! 私もアナトリアは情報官やってるより、食事メインのお店でもやった方が良いんじゃないって言ったんだけど、全然乗り気じゃなくてさー」
「……、私では不特定多数を相手にするのは、無理だと思いますよ」
アナトリアは、興奮気味の空の末裔とミュリンと違って、冷静だった。
それからアナトリアは落ち着いた様子で言った。
「ナビゲーターは私の悲惨な過去はもう、知ってますよね」
「あ……」
アナトリアの悲惨な過去。十七年前、暗鬼による戦争で家族を失って独りきり――。
「私は、自分が抱えているもののせいで、不特定多数を相手にするのは向いていないんです。それより、一対一で対話する情報官の仕事の方が性にあってるんですよ」
「そうか、そうだった。アナトリアの過去を思えば、それは無理な話だった。ごめん……」
アナトリアに諭された空の末裔は落ち着きを取り返したと同時に、反省もした。
アナトリアは微笑み、言った。
「いえ。そうでも、私の料理を美味しいと言って食べてくれる、ナビゲーターの反応は嬉しいものがあります。ミュリンも同じですね」
「そうか、それは良かった。でも、アナトリアの作るものは本当に美味しいから、僕のソラヴァンのカフェで提供するくらいはできるんじゃない?」
「情報官の仕事を優先したいので、それは考えていません」
「えー、残念だなあ。今のとこ、ミュリンだけ特別扱いかー」
空の末裔はミュリンだけがアナトリアの料理を堪能できていると分かって、彼女を羨む。
「ふふ。私だけアナトリアの特別だからねー」
空の末裔に羨ましがられていると分かったミュリンは、得意そうに胸を張る。
そして。
「ミュリン、口元についてますよ」
「ふぇ? どのへん?」
「このへんです」
「ありがとー。アナトリアのオムレツ、美味し過ぎて、口元もゆるんじゃうよね」
「全く……」
アナトリアはごく自然にミュリンの口元についたオムレツを指摘し、そして、自然にそれを指ですくって取ってやった。
ミュリンはアナトリアの仕業を気にせず、再び、オムレツを美味しそうに食べる。アナトリアもそんなミュリンに対しては特に何も言わず、優しい眼差しで彼女を見詰めるだけ。
そんな二人の様子を見て、空の末裔は。
「……二人は本当に恋人として付き合ってたんだ?」
「どうかな? そう見える?」
「普通にそう見えるけど。え、違うの?」
空の末裔はミュリンの思ってない返答に、戸惑う。
ミュリンは気にせず、食後のお茶を飲んで落ち着いてからそのわけを話した。
「私とアナトリアの付き合い、期間限定なんだよ」
「期間限定?」
「白夜城の法廷で私のお父さんの判決が出て、そこから無事に白夜城から出て来られるまでの間だけ、の、関係。それ、アナトリアから聞いてなかった?」
「聞いてない。え、それじゃ、僕の手で証拠が集まってミュリンのお父さんが早いうちに白夜城から出られる判決になれば、ミュリンとアナトリアの関係もあっさり終わるってわけ?」
「そうなるかな。何度も言うけど、アナトリアにこれ以上、迷惑かけられないからね。アナトリアには、お父さんの判決が下されてそこからちゃんと罪をつぐなって白夜城から出て来たら、お父さんと一緒に北境に戻る約束はしてる」
「そんな……。でも僕は、クーリエ隊のウェンディからアナトリアに彼女が出来たってバイス経由で聞いたけど。どういうわけ?」
空の末裔は、慌ててアナトリアにそれの確認を取る。
アナトリアは溜息を一つ吐いて、その真相を明かした。
「クーリエ隊のウェンディさん、私の部屋に私あての荷物を届けに来たさい、運悪く部屋に居座ってたミュリンと遭遇しましてね。ウェンディさん、私の部屋に居座ってたミュリンを見るなり、何この子、何この子ってはしゃいで、うわー、カノジョ、カノジョ連れ込んでんの、やるぅーとか一方的に騒がれて、私には何も聞かずにその時はそれで終わって一方的に出て行ったんですよ」
アナトリアは、その時はミュリンではしゃぐウェンディ相手に疲れただけで終わり、そのままにしていた。それがまずかったのか――。
「翌日にはすでに私の情報官の仕事仲間の間、それだけじゃなく、カナン城で私が自分の部屋にカノジョを連れ込んでるという噂が広まってましてね……。会う光霊からそれ聞かれるばかりで、一日でそれ否定するのも面倒になってきたんで、そうならそれの通りにミュリンと恋人関係にした方が良いと思って、それで」
「なるほど、そういうわけがあったのか。ウェンディ、荷物を届けて自分の仕事をやり遂げるのはいいけど、それ以外の人の話を聞かないで行っちゃうからな……」
クーリエ隊のウェンディは荷物運びの仕事に関してはプロ級で誰よりも情熱的にやり遂げるが、それ以外はからきしであるというのは、空の末裔もよく知っている。
「アナトリアとミュリンの関係はだいたい分かったけど、でも、ミュリンとアナトリアの関係が期間限定で、お父さんが白夜城から無事に出てきてミュリンと一緒に北境に帰るのいいけど、二人は帰った後、何かアテあるの?」
「……、ミュリンとその父親が無事に北境に帰れるかどうか、それにはナビゲーターの力が必要になってくるんですよ」
空の末裔の疑問に慎重な態度で応じるのは、アナトリアだった。
「ミュリンとそのお父さんが北境に無事に帰るには、僕の力が必要? どういうわけ?」
「カナン城の啓光連邦軍はもちろん、影の街、R・W、白夜城……、各地で暗鬼に予期せぬ襲撃されて使い物にならなくなった光霊には、それなりの補償が出るんですよ」
「へえ、そうだったの? 使い物にならなくなっても、それなりの補償っていうと……、いくらか生活費がもらえるとか?」
「はい。暗鬼の予期せぬ襲撃によって力が半減したり力を失ったりで使い物にならなくなった光霊には、それなりの補償――いくらかの生活費が受け取れる仕組みになってるんです。ミュリンのレベルだと施設に入れて、そこではお金と薬代の心配なく普通に暮らせていけるほどです」
「へえ。それはミュリンにとって良い話じゃないか。どうすればその補償、もらえるの?」
「ミュリンの面接と診断書と、それから――」
「それから、何?」
「……」
アナトリアはここで黙ってしまった。
空の末裔は沈黙に耐え切れず、話を続ける。
「あのさ、ミュリンの症状を見ればその申請、あっさり通るんじゃないかな。あ、僕の力が必要ってのは、僕から軍人のバイスか、白夜城のカレンにミュリンの補償が出るように掛け合ってくれとか? あれでもこの手の仕事、バイスやカレンより、アナトリア向きじゃない? ミュリンは普通にアナトリアに頼めば補償、出るんじゃないの?」
あれ、あれ? 空の末裔は自分で話して自分で混乱状態になるが――。
ミュリンは真っ直ぐに空の末裔を見詰め、言った。
「私が必要としているのは、空の末裔の力そのもの、だよ」
「え、何言って……」
急に「ナビゲーター」ではなく「空の末裔」とそれを切り替えたミュリンに、空の末裔は戸惑いを隠せない。
「空の末裔の力があってはじめて、私とお父さんに補償の申請が通る。それで私とお父さんは、アナトリアやほかの権力持ってる光霊達に空の末裔を紹介して欲しいって頼んでたんだよ」
「それじゃあ、サメヤマやルークがミュリンのお父さんが僕を執拗に紹介して欲しいって話してたのは……」
空の末裔はミュリンより、アナトリアに説明を求める。
アナトリアは決心した様子で、空の末裔に向けてその現実を明かした。
「ミュリンの補償の申請が通るには、ミュリンの面接と診断書、そして、ミュリン達を襲撃した暗鬼の証拠を差し出す必要があるんですよ」
「は? 暗鬼に襲われた証拠? 何だそれ」
「ミュリンが暗鬼に予期せぬ襲撃を受けたと認められれば――それの目撃者、あるいは、その襲撃した暗鬼を捕まえてその一部を証拠として差し出せば補償を受けられますが、そうでなければ、父親はもちろん、彼女にいっさいの補償は出ません」
「――」
――この世界は残酷だ。そこまで優しいものではない。
「ミュリンとミュリンの父親のそれを助けたのは、北境のクーリエ隊だって話だけど……」
「四六時中、各地を飛び回っているクーリエ隊の皆さんから証言を取るのは、難しいですね。ここに来る前にクーリエ隊のウェンディさんに改めてミュリンを紹介して暗鬼に襲撃された話をしたうえでその助けてくれた北境のクーリエ隊の隊員をどうにか探して欲しいと頼んだんですけど、彼女は困った風に『ミュリンを助けたのが誰かも分からない隊員から証言を取るのは難しいし、自分の独断でミュリンを助けるとほかも助けてくれって言われるから隊の規定でそれ出来ないんだ、ごめんね』と言われて、それに協力的ではありませんでした」
ここでアナトリアは空の末裔を見つめ、言った。
「最後に残るは、ミュリンとミュリンの父親を襲撃した暗鬼を探し、それの一部を証拠として突き出す事ですが……」
「そんなの、普通の光霊じゃ無理に決まってるでしょ。空の末裔の力でも使わない限り――あ」
空の末裔は自分で言って、自分で気が付いた。
「ああ、それでアナトリア、僕をミュリンに紹介したの?」
「はい。白状すると私は、ナビゲーターの暗鬼の感知能力を利用して、ミュリン達を襲った暗鬼を探そうとしたんですよ」
「え、アナトリアはそれだけで、ミュリンを僕に紹介したわけ?」
「はい。私もミュリンも、それ以上の事は何も考えていませんが……」
アナトリアは、空の末裔が自分とミュリンに対して何か疑念を抱いていると分かって、そこから身を引くように話した。
アナトリアからそのわけを聞いた空の末裔は、サメヤマやルーク達が話していた、ミュリンが自分とアナトリアを利用して父親が捕まっている白夜城に何か仕掛けるのではないかと疑われていた内容ではないと分かって、ほっとした。
「何だ。それなら最初から、そう言ってくれれば良かったのに。僕はてっきり、ミュリンがアナトリアと僕の力を利用して、お父さんが捕まってる白夜城に何か仕掛けるものかとばかり思ってそれ警戒してたんだ」
「何それ。障害持ちの私がナビゲーターとアナトリアを利用して、お父さんのために白夜城に何か仕掛けるなんてできるわけないでしょ。それに私、お父さんは、白夜城で裁判の判決が出ればそれの通り、その期日まで牢屋に入ってた方が良いって思ってるからね」
「はは、普通に考えれば、そうだよね。サメヤマもルークも、難しく考え過ぎたな。へんに疑って、ごめんね」
空の末裔にその疑いをかけられていたと分かったミュリンは憤り、空の末裔はミュリンに素直に謝った。
「その疑ってたお詫びじゃないけど、ミュリンとミュリンのお父さんに補償が出るなら、僕も空の末裔として二人に協力するよ!」
「……」
空の末裔は張り切るも、アナトリアの顔は冴えないままだった。
「あれ、何で、アナトリア、暗い顔してるの? ミュリンだけじゃなくて、アナトリアが僕を頼ってくれるのは、僕も嬉しいんだけど」
「……、ナビゲーター、我々、カナンの連邦軍の中で汚職事件が多い話、バイスさんから聞いていますか」
「ああ、それね。それで啓光連邦軍のレインハト大元帥さん、それから、情報官のアナトリア自身が大変だってのは、バイスから聞いてるよ。それと今の話と、どういう関係が――あ」
空の末裔は、自分で言って、自分で最悪な事に気が付いて青ざめる。
アナトリアは微笑み、言う。
「隊の規定でミュリンだけ特別扱いできない――、クーリエ隊のウェンディさんの言う事も、ちゃんとしてるんですよ。ミュリンだけ特例を認めてしまうと、クーリエ隊に自分の補償を出すためにそれの証言者になってくれと殺到しますからね。ナビゲーターも同じ事です。ここで簡単にミュリンがナビゲーターを頼れば、ナビゲーターに会えれば補償の証人になってくれると、あなたのもとにその依頼者が殺到するでしょう。そしてその中には暗鬼に襲われていないのに襲われたように証言して欲しいという、あなたを脅す光霊まで現れます」
「あ……」
「我々、カナンの啓光連邦軍も、ある一人の使えなくなった軍人を同情だけで簡単に助けたさい、それをどこからか聞きつけたほかの軍人が大した怪我でもないのに自分も彼と同じように助けてくれと殺到しましてね。それ以来、審査の基準を厳しくしたんですが、その厳しい審査を簡単にすり抜けるために汚職が横行しまして。
情報管の私は、軍に補償を申請してきた光霊がその基準に見合ったものかどうかを判断するため、日々、それの情報集めに奔走しているのです。
それだから、ナビゲーターも簡単にミュリンに応じてはいけないと思ったんですよ。私の方も最初、サメヤマさんやルークさんと同じく、ミュリンとその父親に簡単にナビゲーターを紹介するのはどうかと葛藤がありました」
「そういうわけだったのか……。でも何でアナトリアはその葛藤する中で、僕をミュリンに紹介する決心したの?」
「ナビゲーターであればミュリンを襲った暗鬼を本当に見付けられると思ったのと、それでミュリンに補償が出ればきちんと故郷の北境に帰れる、ミュリンがそれで救われれば父親も女性への詐欺行為を止めるうえに、そのぶん、被害者達にお金も返せると話してくれたので、それで」
「なるほど、そういうわけか。その話を聞けば、僕も自分の力を簡単に使ってはいけない、それは慎重に考えなければいけないと思う。でも」
ひといきついて、そして。
「――でも僕は、ミュリンの現状を知った今、アナトリアと同じよう、ミュリンを無条件で助けたいって思うよ」
「――」
アナトリアは空の末裔の今までにない真剣な顔とその熱い言葉に、息を飲む。
「それから、アナトリアがミュリンのお父さんに言われるままにミュリンに僕を紹介したの、それのせいだって分かって良かった。
この件を知ってるサメヤマやルークは、アナトリアは僕をあの父親に売ったのは、父親に僕の力をいいように利用されるだけ、それが分からないアナトリアは裏切り者って思ってるようだけど、実際はそうじゃなくて、ほっとしてる。多分、この話をすればサメヤマもルークもアナトリアの優しさ、分かってくれると思うよ」
「ナビゲーター……」
「……」
にこにこ。笑顔でそう話す空の末裔に、アナトリアだけではなく、ミュリンを動かす力があった。
「……空の末裔、一つ、教えてあげる」
「え、何」
「私のお父さんね、空の末裔と一緒に仕事してた時期があったんだよ」
「は? 僕はミュリンのお父さんの事、全然知らないけど……」
「だろうね。それ、十七年前にあった、暗鬼と光霊達の間で大戦争が起きる前の話だから」
「――」
十七年前。暗鬼の予期せぬ襲撃によってそれに抵抗する光霊達との間で大陸全土が燃える大戦争が勃発、それに嫌気が差した目の前の空の末裔はソラヴァンと共に隠れてその存在を消し去った――。
「私のお父さん、この地で空の末裔達が繁栄してた頃、空を支配してた彼らと一緒にクーリエ隊の仕事してたんだって。それでお父さん、空の末裔の感知能力やそれ以外の力も知ってたんだよ。彼らは凄い一族だから、もし、カナンの啓光連邦軍の手で十七年ぶりに見つかったという、たった一人の空の末裔に会える時があれば、会った方がいい、何もかも失った自分に生きる希望の力を与えてくれるかもしれないって。
お父さんの話してた通りだった。空の末裔は私に、生きる希望を与えてくれた。ありがとう」
「ミュリンのお父さんが元クーリエ隊で、それで空の末裔と一緒に仕事を……、そうか、そういうわけが……」
空の末裔はミュリンの話を聞いて、胸がいっぱいになった。
空の末裔はミュリンからその情報を得て、決意する。
「……、ミュリン、ミュリンを襲った暗鬼の特徴、覚えてる?」
「さあ、そこで気絶してた私ではよく……。多分、それについては、白夜城で捕まってる、お父さんの方が詳しいと思う」
「そう、それじゃ、明日、カレンに無理言って白夜城の牢獄に入ってるお父さんの所に行って、お父さんからその話を聞いてみるよ。それで、僕の探知能力で君達を襲った暗鬼が分かって補償が出れば、ミュリンは施設で普通に暮らせるようになるし、ミュリンのお父さんもこれ以上に女性を騙す必要なくなるよね!」
うん。いいことづくめ。空の末裔は、明日からまた忙しくなるぞ、と、張り切る。
自分と父親の事でやる気を見せる空の末裔を見て、ミュリンは改めて彼に向けて礼を言った。
「空の末裔、ありがとう。空の末裔がまさか、ここまでしてくれるとは思わなかった」
「乗りかかった船だ、気にしないで。というかミュリン、僕の事、ナビゲーターって呼ばないの?」
「感謝と尊敬を込めて、空の末裔に戻したんだけど。今まで通りで良いなら、アナトリアと同じナビゲーターにするよ」
「うん、ミュリンはアナトリアと同じ、ナビゲーターでいいと思うよ」
「本当にありがとう、ナビゲーター」
「あ……」
ミュリンは笑顔で応じ、空の末裔もここで初めてミュリンの笑顔は綺麗だと感じたと同時だった――。
「ッ!」
ぞくり、と。
空の末裔の背筋に再び悪寒が走り、その原因を突き止めるために振り返ったそこにあったのは――。
「どうしたの?」
「な、何でもない。ミュリンが元に戻って良かったと思っただけだから!」
ミュリンに心配そうに見詰められた空の末裔は、彼女から思い切り顔をそらした。
空の末裔はミュリンの笑った顔が「綺麗だ」と思うのと同時に、『彼』の彼女に対する思いをここにきて感知してしまい、その深い部分を知って、
――はは、これ、中々重たいなぁ。
顔を引きつらせて、苦笑するしかなかったという――。