白日花想(05)

「どうぞ」

「ありがとう」

 空の末裔は歌うミュリンの姿を見つけて、彼女をカフェへと導いた。

 空の末裔はしかし、ミュリンをカフェに連れていくまでが大変だった。気を付けていないと、ミュリンを見失う。

「やっとついた……。いつもならカフェまで一分でつけるけど、すぐに何処か行っちゃうミュリン相手だと五分くらいかかった」
「はは、色々ごめんなさい」

 カフェについた頃は空の末裔はぐったりして、ミュリンは反対に活性化している。

 ソラヴァン内にある真夜中のカフェは閉まっていて誰も居なくて閉店状態だったが、空の末裔が入った途端に明かりはついて、調理家電も自動的に電源が入り、すぐに開店状態になった。

 空の末裔は慣れた手つきでカップを取り出してポットからコーヒーを注ぎ、それをミュリンに差し出した。

 ミュリンは注ぐだけでコーヒーが出てきたポットを見て、感心した様子で言った。

「ナビゲーターのソラヴァンでは何でも出てきて、ナビゲーターについてれば何でも叶うっていう話、本当だったんだ」

「……、ソラヴァンでは何でも出て来るのは出て来ると思うけど、僕についていれば何でも叶うのは間違いだ。それ、誰から聞いたの」

「私のお父さん」

「え」

 あっさりとミュリンの口から「お父さん」と発せられ、反対に空の末裔の方が戸惑う。

「私のお父さんが言うには、ナビゲーターは私達――光霊の力を最大限に引き出せる力を持っていて、暗鬼の襲撃も予測できるし、アイテムも何でも出せる万能な一族だって話してた。本当?」

「いやいや。光霊の能力を最大限に引き出せるのと、暗鬼の襲撃の予測はだいたいできるけど、アイテムを何でも出せるわけじゃないよ。あ、ミュリンのお父さんは多分、この蛍灯(ケイトウ)の事を言ってるのかな?」

「蛍灯?」

「ほら。ミュリンの周りでふわふわ浮いてる可愛い小型のロボット。見える?」

「うん、さっきから何個か目の周りを飛んでる小型ロボットは見えてるよ。この小型ロボット、何なの?」

「僕のソラヴァンはその蛍灯から放出されるエネルギーの力で動いて、その蛍灯がソラヴァンで色んなものを作ってくれるんだよ。そうでも、お茶とかコーヒーとか、食べ物とか、ちょっとしたものならその蛍灯で作れるってだけで、でも、君のお父さんの言うよう、何でも作れるってのはガセだ。ソラヴァンの蛍灯は、そこまで万能じゃないと思う」

「へえ。でも、この蛍灯のロボットだけで食べ物だけでも作れるのは凄いと思う。私、料理作るの全然駄目で、カナンに来てから、食事はもっぱらアナトリアに作ってもらってるから」

「あはは、そうなんだ。アナトリア、独りが長いからな。料理全般は得意そうだ」

 ――良かった、普通に話せている。空の末裔はミュリン相手でも動じずにいつも通りの自分に、褒めてやりたいくらいだった。

「それで」

 それで――。

「それでミュリンはどうしてこんな夜中に、ソラヴァンまで来たんだ?」

 空の末裔は思い切って、ミュリンにそのわけを聞いた。

 ミュリンは反対に空の末裔に尋ねる。

「ええと、夜中に勝手にソラヴァンに入ったら、いけなかった? アナトリアからソラヴァンはナビゲーターに認められた光霊であれば、自由に出入り可能だって聞いたんだけど」

「いや、夜中に勝手に入るのは、別にいけない事はない。夜中に勝手に入ってくる光霊達は多いから、ミュリンだけ入れないというわけじゃないよ。だけどこれ、見て」

「何?」

 一息ついて、それから、手持ちの端末をミュリンに見せる。

「ついさっき、アナトリアから僕あてに通信が入った。『ミュリンがソラヴァンに来ていませんか』、だって」

 端末の画面に正確にはアナトリアから空の末裔あてに『夜中にミュリンが勝手に出て行って、行方不明です。彼女、ソラヴァンに来ていませんか。もしソラヴァンで彼女を見かけたら、バイスさんのよう、捕まえておいてください』と、メッセージが表示されてあった。

 空の末裔はミュリンにアナトリアのメッセージを直接見せて、諭すように言った。

「これで分かるようにアナトリア、夜中に急に居なくなったミュリンを心配して必死で探してるんじゃないの? ミュリン、夜中にアナトリアに黙ってソラヴァンまで来たらいけないと思うよ」

「んー、私、私を探してくれるアナトリアに悪いとは思うけど、アナトリアに黙って出ていくしか出ていけないんだよね」

「え。何で、黙って出て行くしかないの? ミュリンも僕やアナトリアと同じ、端末持ってるよね。それでアナトリアに向けて行先のメッセージ残すだけでも良いと思うけど」

「あれ、ナビゲーター、今日は、カレン様の白夜城に捕まってる私のお父さんについて、各地で色々調べてるんじゃなかったの。それで、私の病気に関する話、知らないの?」

「――」

 ミュリンは、自分がカレンの依頼でミュリンの父親について探っている件を知っていた? 空の末裔はミュリンから不思議そうにその件を問われ、戸惑いを隠せなかった。

 と。

「――ミュリン!」

「アナトリア」

 いつもの軍の白い制服ではなく、私服姿のアナトリアが息を切らしてカフェに飛び込んできた。そういっても私服も白いシャツだったので、軍服と変わりないなと、空の末裔は思った。

 ミュリンは落ち着いた態度で、アナトリアと向き合う。

「私を迎えに来るの、けっこう、早かったね」

「……、ナビゲーターのソラヴァンは、我ら啓光連邦軍の第二の拠点でもありますから。此処まで来るのに、時間はかかりません」

「ふむ。ソラヴァンは簡単過ぎたか。次は、野蛮な光霊が多いって噂のR・Wでやってみる?」

「ああもう、R・Wだけは止めてくださいと常に言ってるでしょう。R・Wの広大な砂漠と荒野でミュリンを探すのはナビゲーター以外は不可能だと思いますし、R・Wは、どうせ死ぬなら綺麗な場所と決めている、あなたの死ぬ場所には相応しくないと思います」

「そっかー。それなら、砂漠と荒野のR・Wは止めておくよ。それ以外、北境から出て今まで色々見てきた中でアナトリアのカナン城や、商人の影の街も捨て難いと思ってるけど、情報官のアナトリア的にどう?」

「……、カナン城は私の拠点ですから止めてください。影の街は、私以外の光霊があなたを見つけて、あなたの自殺行為を止めてくれると思います。しかし、影の街の統領であるイスタバン氏は自殺願望のある光霊に対して厳しく容赦しませんからね、カナンより更にややこしい話になりますよ」

「うわ。それじゃ、カナンと影の街も無しか。やっぱり死ぬなら風景の美しい故郷の北境か、白夜城周辺になるかな。ねえ、ナビゲーター、私が死ぬならどっちが良いと思う?」

 ミュリンは無邪気な態度で――まるで子供のようにはしゃいで空の末裔に尋ねるも、空の末裔は真っ青な顔でミュリンではなくアナトリアに向けて訴えた。

「ち、ちょっと待って、アナトリアとミュリンはそれが何でも無い風に話してるけど、自殺願望に綺麗な死に場所ってどういうわけ? 全然話が見えて来ないんですけど!!」


 ミュリン。

 ――彼女にとって、世界は優しいものではなかった。

 白夜城の貴族の出身の母親は、どういうわけか、影の街でひっそりと暮らしていた父親と出会い結婚し、ミュリンが生まれた。

 父と母と、ミュリンの三人家族。

 ある年齢までは、幸せな家庭だったように思う。

 ある時、母親が病気で死んでしまった。あっさりしたものだった。母親の寄付で白夜城の貴族として良い生活ができていたが、母親の寄付が絶たれたと分かれば白夜城はさっさとミュリンと父親の貴族の称号をはく奪し、そこから追い出したのである。

 寄付を失ったくらいであっさり追い出すなんて、酷い話だとは思う。

 しかし、白夜城に何らかの形で貢献しなければ白夜城に不要な光霊であるとみなされて追い出された光霊は多いと、カレンから聞いた事があった。

「白夜城は、白夜城そのものが監獄なのよ。白夜城に貢献すれば良い暮らしを約束される代わり、それができなくなった途端にあっさりと切り離されて追い出される。ソラルド王の娘の私も例外ではなくて、お父様に使い物にならないと判断されれば、あっさりと城を追い出されると思うわ」

 カレンは最後、自虐的に笑っていた。

 白夜城の跡取りとして、幼い頃から厳しい訓練を受けてきた彼女にとって父のソラルド王に見放されるのが一番の恐怖だったのだろうというのは、空の末裔からでも痛いほどに分かった。

 それから。

 それから父親と白夜城を追い出されたミュリンは、父親の母親――つまり、ミュリンの祖母を頼って北境に向かった。

 その道中、悲劇が起きる。

「――暗鬼に襲われた?」

「うん。私とお父さんの前に暗鬼の群れが現れて、問答無用で私達に襲い掛かってきた。もうすぐ、おばあちゃんが待ってる北境に入る寸前でね」

 そのさい、寸前で、北境のある所に荷物を届ける最中だという北境のクーリエ隊の光霊に助けられ、なんとか北境に入り、無事に祖母の家にたどり着いたという。

「良かった。無事におばあちゃんの家について。ミュリンはそれから今まで、北境のおばあちゃんの家に引きこもってたんだよね。それでどうしてカナンに出てきてアナトリアと出会って、ミュリンのお父さんは詐欺師になったの?」

「……」

「ミュリン?」

「……」

「あ、あの、言いたくないなら別に言わなくても……」

「ナビゲーターは、優しいね。アナトリアの言った通りだった」

「ミュリン……」

 微笑むミュリンと、その微笑みがどこか悲しいと感じた空の末裔と。

 ここでミュリンはアナトリアを見る。
 
 アナトリアはミュリンにうなずき、「ナビゲーターは秘密を守ってくれます。私が保証します」と言って、ミュリンはそれで決心したように口を開いた。

「私ね、暗鬼に襲われたさい、色々失っちゃったみたいなんだよ」

「え」

「私、北境で暗鬼に襲われた時、地面に頭ぶつけちゃって気絶して、数日間生死さ迷ってたんだよ。数日後に目を覚ましたのはいいけど、色々おかしくなってて、後で北境のお医者さんに見てもらったら、頭ぶつけた時に学習能力が普通の子より半減したみたいだって。それからそれ以来、視力も弱くなって、今も殆ど見えないだよねー」

「え、ちょっと待って、暗鬼の襲撃のせいで頭ぶつけてそれのせいで学習能力が半減して、殆ど目が見えないって、今までのミュリンは僕やバイス相手でもちゃんと対応して――あ」

 空の末裔は自分で言って、自分で最悪な出来事を思い出した。

 ――ミュリンは極度の方向音痴なんですよ。新しいものや新しい光霊を見かけると、あっちへフラフラこっちへフラフラと……。

 ――ミュリンは私が捕まえていないと、私がアナトリアさんを呼んでくるって言ってもあちこちフラフラしてたのよ。

 ――カフェにたどり着くまで、いつもは一分なのにミュリン相手だと五分以上かかった。

 空の末裔はミュリンの大きな瞳を見詰める。ミュリンも空の末裔を見詰め返す――のはいいが、キスできるほどの近さで咄嗟にそこから身を引いた。

「うわ、近過ぎるって」

「ごめんなさい。これくらいの距離じゃないと、男か女か分からないし、顔が判別できないんだよ。これのせいで、すぐ近くに居る光霊がアナトリアかどうか分からないから、新しい光霊を見かけたらそっちの方へ行っちゃうんだ」

「それじゃ、完全に視力を失ったわけじゃなくて、見えることは見えてるのか?」

「そうだね。完全に視力を失ったわけじゃなくて、ぼやっと見えるくらいかな。あ、さっき、ナビゲーターが話してた蛍灯のロボットは見えてるよ」

「なるほど。それなら、R・Wのオティみたいに眼鏡かけたらどう? カナンの科学班のガルー達も小さい字を読む時や、ゲームやってる時は眼鏡かけてるの見かけたけど」

「それね。最初のうちは私も眼鏡かけてたんだけど、部屋以外の場所で外したらどこに置いたか分からなくなって何度かなくしちゃって、あとは手元がおぼつかなくて何度か壊して、とうとう、眼鏡なんかいらないってなっちゃって、今は眼鏡かけてない」

「そ、そうなんだ。眼鏡なくて困らない?」

「別に困らないよ。かけてもかけなくても、ぼやっと見えるくらいのものだからね。おまけに字は眼鏡があってもなくても、ぼんやりとしか読めないから、端末のメッセージで送りあうの、無理なんだ」

「字が読めないなら、書くのも無理?」

「誰かに手伝ってもらって頑張れば出来るけど、普通に書くのはちょっと難しいかも」

「あれ、でも最初にミュリンと会った時、アナトリアの案内は普通に出来てたような……」

「それ、アナトリアが一方的に私あてに送ってたんだよ。私はアナトリアに返信、全然していないし、その時は、私とアナトリア、音声でやり取りしてただけ。その証拠にほら、私の、見ていいよ」

 言ってミュリンは、その証拠であると、手持ちの自分の端末を空の末裔に渡した。

 空の末裔はミュリンの端末を受け取ると、その日のログを確認する。

「ほんとだ。その日のログを見ればメッセージはアナトリアが一方的にミュリンに向けて送ってるだけで、ミュリンからの返信いっさいないな。あ、その時のミュリンとアナトリアの通話記録は残ってるな……」

「これで分かる通り、私、暗鬼の襲撃で色々失ったんだよね」

「それで、アナトリアとメッセージのやり取りが無理だって話してたのか。ミュリンの病気がそこまでとは思わなかった……」

 はぁー。空の末裔はミュリンに彼女の端末を返した後、ミュリンから病状を聞いてここまで深刻なものとは思わず、参った様子だった。

 次に空の末裔は気を取り直して、ミュリンの父親について尋ねる。

「あの、ミュリンのお父さんの方は暗鬼に襲われた時、何もなかったの?」

「私のお父さん、暗鬼から私を助けるために右腕失った。腕は無事だったけど、殆ど動かない。それで、今までの仕事できなくなってね。仕事できなくても、自分と私の薬代が必要で、多分、各地の女性達からお金せしめてたのも、それのせいじゃないかな」

「――」

 ミュリンはあっけらかんと笑うも、空の末裔は笑えなかった。

 気を取り直して空の末裔は、ミュリンに続ける。

「それでミュリンはどうして、北境から出て来たんだ? 北境におばあちゃんとこもっていれば、それなりの生活は出来てたんだろ?」

「それも単純。おばあちゃん、先月、お母さんと同じく病気で死んじゃったんだ」

「な――」

「それで独りきりになってどうしようって時に、すでに出稼ぎしてくるとか言って私を置いて北境を出ていた、お父さんからきた手紙を思い出してね。カナンの情報官が頼りになる、もし何か困った事があれば彼を頼ってみるといいってあったから、その指示通りにカナンのアナトリアの所に来たの。
 あ、因みにその時の手紙、近所の親類のおばさんに読んでもらって、アナトリアが属してるカナンの啓光連邦軍の場所もその近所のおばさんに教えてもらったんだ」

「裏でそんな事があったなんて……」

 空の末裔は参った様子で、今度はミュリンではなく、アナトリアに聞いた。

「アナトリア、君、ミュリンあてにアナトリアについて書いた手紙出したって、ミュリンのお父さんから聞いてたの?」

「いえ。私は最初、以前に尋問を行ったミュリンの父親が娘のミュリンあてにそんな手紙を出していたなんて知らず、通常通りの業務をこなして自分のアパートに帰ったんです。その時に、彼女が私の部屋のドアの前で座っていたので驚きましたよ。父親の手紙を頼りに啓光連邦軍に行って私の名前を告げれば、私のアパートに案内されたと話しましてね。
 ミュリンのいう父親の手紙を読めば字は確かにミュリンの父親のもので、私の方は暗鬼の襲撃で障害持ちになったミュリンの現状を知って彼女を追い出すわけにもいかず、彼女を保護する形で同じアパートに暮らし始めたんですよ」

「なるほど、アナトリアとミュリンの間にそういうわけがあったのか。でも何でミュリンのお父さんは、ミュリンの頼れる光霊にR・Wのサメヤマや影の街の傭兵団のルークじゃなく、カナンの情報官のアナトリアに白羽の矢を立てたんだ?」

「さあ、それは私も知りませんが、ミュリンの父親は多分、R・Wのサメヤマさんや影の街の傭兵団のルークさんは仲間を大事にするタイプではありますけど、お互いに女性の扱いは雑で、ミュリンが彼らを頼っても、彼らは簡単にミュリンを突き放すと見抜いたんじゃないですか。一応、女性に気遣える私であれば、ミュリンを追い出す事はないと思ったんでしょう」

「ふむ、そういうわけか。ミュリンのお父さんは、R・Wのサメヤマや影の街の傭兵団のルークではミュリンを相手にするには難しい、ミュリン相手は女性に気遣えるカナンの情報官のアナトリアが最適だって思ったのか。ミュリンのお父さん、その中でアナトリアを選ぶあたり、けっこう、人を見る目はあるんだな」

 空の末裔は、ミュリンの父親がR・Wのサメヤマや影の街の傭兵団のルークに頼らなかったのは単純に、女性の扱いが雑であるとみなした彼の洞察力に感心してしまった。

 次に聞きたい話といえば。

「それでミュリンに自殺願望があって、それの死に場所を探してるってのは……」

「私、アナトリアを頼ってカナンに来てから、アナトリアの助言のもとに色々職を探してみたんだけど、私の使えない状況見かねて雇えないって言われてどれも不採用でね」

「ええ。そんな事、有り得るのか。アナトリアはミュリンの職探し、手伝ったの?」

「はい、一応、ミュリンが来てからミュリンの状況を知ったうえで、彼女と一緒に何度か職探しを手伝いました。しかし、ミュリンに障害があると分かった途端、どこもうちでは雇えないの一点張りでしてね。これには私も参りましたよ」

 はぁ。アナトリアはその時を思い出したのか、参ったように溜息を吐く。

 ミュリンはアナトリアに構わず、続ける。

「それで職探しは諦めて、でも白夜城に捕まってそれの判決が出るまでどうなるか分からないって言われた、お父さんの事も心配だったから、しばらくの間、カナンのアナトリアの所でお世話になるって決めたの。アナトリアって、情報官らしく真面目で規律に厳しいって聞いてたから、最初に会うまで怖い光霊かと思ったけど自分の障害のせいで職探しが無理って分かってからは、お父さんの判決が出るまでアナトリアの部屋に好きなだけ居て良いって言ってくれてね。アナトリアは本当に優しくて良い光霊だね」

「うん、うん。アナトリアは、優しくて良い光霊で間違いないよ」

 空の末裔はミュリンからアナトリアの好意的な評価を聞いて、自分の事のように嬉しかった。

 続ける。

「けど、アナトリアにいつまでも迷惑かけるわけにはいかないから、色々諦めて、死ぬ場所を探してたんだ。どうせ死ぬなら美しい場所の方が良いと思って、それで」

「色々諦めて自殺願望を持つのは、よくないと思うけど……」

「でもナビゲーター、暗鬼の襲撃のせいで何もかも失って職探しも駄目な私は、どうやって生きればいい? おまけに私、お父さんの被害者の女性達から目の敵にされてるから、どっちにしろ、危ないの、知ってるでしょ」

「それは……」

 空の末裔は答えに詰まる。

 ミュリンはそれがなんでも無い風に言った。

「今回、夜中にナビゲーターのソラヴァンに来たのも、ソラヴァンとその周辺が美しいから死ぬ場所として良いかもって思って、夜中に此処まで来たんだよ」

「ち、ちょっと、僕のソラヴァンの周辺で死ぬの止めてよ! ミュリンがソラヴァンで死ぬ気なら、僕はそれを全力で止めるよ!!」

 空の末裔は、ソラヴァンの周辺は確かに美しい風景が広がっているが、そこでミュリンの死体を発見したくなく、慌てて彼女を止める。

「はは、そうだよね。それだけじゃなくて、私がソラヴァンで死ぬと私を引き取ってくれたアナトリアにも迷惑かけるから、ソラヴァンで死ぬのは止めておいたよ」

「それは良かった……」

「それから今は、アナトリアのおかげで自殺願望薄れてるからさ、多分、そこまで死ぬ事に本気になってない、かな。さっきの、ソラヴァンで死ぬってのは半分嘘で、半分はソラヴァンの美しい景色を見てみたかったから此処まで来たの」

「ええ、アナトリアのおかげでミュリンの自殺願望、薄れてる? どういうわけ?」

「うん。アナトリア、夜中に勝手にふらっと部屋を出ていった私を追いかけてくれて、必ず見付けてくれるんだよ。普通の光霊であれば夜中に勝手に出て行く女なんか、ほっておくのにさ。で、それのついでにアナトリアに、カナンのお洒落なカフェとか洋品店とか、色々紹介してもらってるんだ。夜に自殺の死に場所探してたのに今は、アナトリアと夜の散歩に出かけるようになってね」

「へえ。アナトリアがついてるなら安心だし、二人で夜の散歩もいいもんだね。でもミュリンは何で、夜に出かけるの? 昼間はアナトリアが仕事で不在でも、昼間の方が安全だと思うけど……」

「さっきも言ったけど、私のお父さんの被害者の女性達、私の存在が分かればお父さんの代わりに私を攻撃してくるかもしれない恐れがあってね。それだから、昼間よりは夜に動いた方が安全だって、情報官のアナトリアに言われてるんだ」

「そんな、女性を騙して悪いのは、父親だけだろう。娘のミュリンには何の非もないのに、被害者達の攻撃の的にされるって、それが許されるのか!」

 空の末裔はミュリンからその恐ろしい事実を知って、自分の事のように憤る。

 ミュリンは、空の末裔の優しさを知って、微笑む。

「ナビゲーター、ありがとう」

「あ……」

 空の末裔はこの時はじめて、ミュリンの笑顔を見た気がした。

 空の末裔はミュリンの笑顔を見て癒されると同時に。

 ぞくり、と。

 背筋に悪寒が走った。

 振り返れば、アナトリアの方で黒い渦が渦巻いているのを感知してしまった。

「ア、アナトリア、君――」

「はい? 私がどうかしましたか?」

 一方のアナトリアは、なんでもない風に微笑むだけで。

「い、いや、何でもない。気にしないで」

 ――多分これ、触れていいものじゃないな。空の末裔はアナトリアの感情をここで初めて感知して、顔を引きつらせる。

「ミュリンはそれで被害者達に狙われてるって話だけど……」

 空の末裔は気を取り直して、ミュリンに続きをうながす。

 ミュリンはうなずき、空の末裔に自分の思いを打ち明ける。

「私ね、お父さんに騙されて怒ってるっていう被害者の女の人達の気持ちも分からないまでもないから、昼間に被害者の彼女達と出会わないよう、夜に行動してるんだよ。情報官のアナトリアにもそれがあるから夜の方が安全だって言われて、それ守ってるんだ」

「……そうか、ミュリンもアナトリアと同じ、被害者側に立てるんだ。それでミュリンは、そういう情報官のアナトリアを信頼してるんだね」

「うん。私を受け入れてくれたアナトリアの情報は、信じていいと思ったから」

 空の末裔はここで、今ままで黙って話を聞いてるだけのアナトリアに尋ねる。

「ミュリンがアナトリアに言われて被害者達に配慮して夜に行動してるのは分かったけど、アナトリアは何で夜に勝手に出ていくミュリンを追いかけてるんだ? 被害者達に配慮して、さらに自殺願望薄れてるっていう夜に出て行くミュリンは別に気にしないで良いと思うけど」

「……、自殺願望が薄れてるといっても、万が一の事がありますからね。私もナビゲーターと同じく、私の周辺でミュリンの死体が転がっていたのが分かれば気が悪いと思ったのと、それから」

「それから?」

「それから、ミュリンの自殺を私のせいにされたくなかっただけです」

「ああ、そういわけね。僕もアナトリアだったら、そう思って、出て行ったミュリンを探すな」

「……」

 空の末裔はこの時、アナトリアの言い分に納得するも再び彼の負の感情を感知したが、彼の深い所までは探らなかった。

 それからミュリンは身を乗り出し、それについて嬉しそうに話した。

「おまけにアナトリア、さっきも話したけど、料理が上手いんだよ。どの料理も彼の作るものは、絶品でね。生きているうちにまだアナトリアの作るものを食べていたいと思って、それのせいで、まだ死ぬの先かななんて思ったりして」

「へえ、アナトリアが作る料理は、ミュリンの自殺願望が失せるほどの腕か。そうなら僕も一回、アナトリアの料理を食べてみたいな」

「……、私の作るものは、そこまで大したものではありません。各地で数々の有名料理人の料理を食べてきたナビゲーターからすれば、私のはナビゲーターの口にあわないと思います」

 空の末裔はミュリンの話でアナトリアの料理に興味を持つも、アナトリアはやんわりとそれを断った。

 けれども。

「いやいや。ミュリンの自殺願望の気を失わせたほどのアナトリアの料理なら、僕も食べてみたい! ここまで聞いて今すぐにアナトリアの料理が食べられないのは、拷問だよ!」

「うん。アナトリア、今、ナビゲーターにご馳走してあげたらどう? ここ、カフェだから、ちょうど、何か作れるんじゃない?」

「ミュリン、ナイス! アナトリア、ここの調理器具や冷蔵庫にあるもの、好きに使っていいから! お願い!!」

「私も話してて、アナトリアの料理食べたくなった。アナトリア、ナビゲーターと私に何か作ってよー」

「はあ、仕方ありませんね……、今回だけですよ。ほかの光霊には――特にバイスさんやカレンさんには、黙っていてください」

 ミュリンの話を聞いてアナトリアの料理を今すぐ食べたくなった空の末裔で、空の末裔と同じくアナトリアの料理を食べたくなってそれを懇願するミュリンで、その二人を見て仕方なく応じるアナトリアであった。