――白夜城のために、いえ、法廷の裁判官であるティナとラインの裁判が間違ってなかったと証明するために、ミュリンの父親とミュリンの親子を洗って欲しい。
そうカレンから依頼があったその翌日。
空の末裔はどうしようか、と、腕を組んで考え込んでいた。
カレンの友人のバイスいわく。
「カレンの依頼、そう深く難しく考える必要ないと思うわよ。白夜城のカレン側からすれば、白夜城の法廷の裁判官であるティナさんとラインさんのやり方が間違ってるとは思いたくないってだけよ」
「カレンは、同じ白夜城の法廷の裁判官であるティナとラインのやり方が間違ってると思いたくないだけ? それ、どういう意味?」
「簡単に言えば、R・Wのサメヤマも影の街のルークさんも、ミュリンのお父さんを見逃したのは、彼が単に口が上手いだけじゃなくて、被害者だけの言い分だけを信じるのはどうかと少しの迷いがあったせいだと思うの。そうでなければカナンのアナトリアさんやR・Wのヘールはともかく、たとえ自由主義のR・Wでも犯罪者に厳しいリーダーのサメヤマはもちろん、影の街の傭兵団団長のルークさんもいくら女子供に弱くても同情だけでは彼を見逃さないはずでしょう」
「あ……」
「でもカレンの白夜城はその迷いを振り切り、被害者の言うままにミュリンのお父さんを法廷の裁判にかけてちゃんと捕まえてしまった。カレンからしてみればR・Wのサメヤマと影の街のルークさんが何かの思惑があって見逃した件に対して、ちゃんと法の裁きによって彼を捕まえたティナさんとラインさんのやり方が間違ってるとは思いたくなかったし、それを見抜けずに間違った判決をくだせばそれこそ、白夜城の法廷の信頼に関わる問題になってくるわ。
白夜城の法廷、それから、それに関わった裁判官であるティナさんとラインさんを思って、カレンがそれをナビゲーターに依頼したのは、良い判断だと思う」
「ああ、なるほど、そういうわけね。それじゃ、僕が今やるべき事というのは、R・Wのサメヤマと影の街のルークが見抜いたっていう、ミュリンのお父さんの身の潔白を証明するための証拠集めかな?」
「そう、今のナビゲーターがやるべき事は、サメヤマやルークさんが見抜いているミュリンのお父さんの身の潔白を証明するための証言や証拠集めといったところかしら。ナビゲーターはティナさんとラインさんが探れなかったぶんを探って法廷に提出、上手くいけばミュリンのお父さんの拘留期日は短くなって、白夜城の牢屋からすぐに出してあげられると思うわ。同時に、お父さんが牢屋に入ってる間にミュリンを引き取ったっていう、アナトリアさんの話も聞いてあげればいいんじゃない?」
「そうだな。まずは、ミュリンをどうして引き取ったのか、それの証言をアナトリアから聞いておかなくちゃいけない。それで肝心のアナトリア、今日は午後から仕事があると話して行っちゃったけど、そこまで忙しいの?」
「ええ。最近、我ら啓光連邦軍内部で不正――汚職を働く軍人が多くてね。これにはアナトリアさんを中心としたカナンの情報官達だけではなくて、啓光連邦軍トップのレインハト大元帥様も手を焼いてるらしいわ」
「何で、啓光連邦軍内部で汚職が多いの? 何か原因あるなら、僕もレインハトさんに手を貸そうか」
「いえ。今のところ汚職についてはナビゲーターの手は必要無い、余計な詮索は不要って、レインハト大元帥様に言われてるのよ。レインハト大元帥様がそう言うからにはその件については何かしら手は打ってあると思うから、ナビゲーターがそれについて余計な手は出さない方が良いわ」
「……、そうだね。空の末裔でも、光霊達の内情に踏み込んでいい場面と踏み込んじゃいけない場面くらいは分かってるよ」
バイスに厳しい口調で念を押された空の末裔は、その件に関しては口出ししない方が良さそうだと、肝に銘じた。
「アナトリアが駄目なら、何か思惑があってミュリンのお父さんを逃がしたっていうR・Wのサメヤマや、影の街の傭兵団団長のルークに話を聞きにいってみるか」
「そうね。アナトリアさんが仕事で忙しい今は、R・Wのサメヤマ達と影の街の傭兵団団長のルークさんに話を聞いた方がいいわ」
空の末裔とバイスはさっそく、R・Wのリーダーであるサメヤマにミュリンの父親について話を聞きに行った。
「あ? 先日、白夜城で詐欺罪で捕まったミュリンの父親の件について? あー、あのお人好しでバカなおっさんか。なんだあのおっさん、とうとう、白夜城の被害者達から法廷まで行かされて裁判にかけられて、牢獄行きか。何やってんだか。やっぱあのおっさん、めっちゃ面白えな」
わはは。R・Wのサメヤマは、空の末裔とバイスからミュリンの父親が現在は白夜城の牢獄に入っていると聞いて、豪快に笑うだけだった。
空の末裔は時を見計らって、サメヤマにミュリンの父について聞いた。
「あのさ、サメヤマは何で、ミュリンのお父さんをあっさり逃がしたの? R・Wでもお父さんに騙されたっていう被害者の女性達の訴え、聞いてたんじゃなかったの?」
「あー。お前、白夜城のカレンに言われて、あのおっさんと娘を探ってんのか。まあ、あのおっさんに騙されたって訴えてきた女達の言い分も分からんわけではないし、同じ女のレジーナやアズールにも意見を聞けば腹立つ男らしいが、オレからすれば、それだけなんだよな」
「それだけ?」
「そう、それだけ。あのおっさん、女を騙す悪い奴には違いないが、殺人したとか、仲間を裏切ったとか、女を暴力で支配して泣かせてるとか、そういう胸糞悪い悪者じゃないんだわ。あのおっさんはただ、女を騙して相手の家に転がり込んで金せびってるだけの小物だってのが分かったんで、オレの判断であっさり解放したってわけ」
「……、女性を騙してお金せびるってのも、相当だと思うけれど」
「そうだな。ウブな空の末裔は知らないだろうが、R・Wじゃ、そういう男、けっこう多いぞ。あのアズールも若い頃は、男に騙されて金奪われたって、悔しい思いをしたほどだからな」
「え、あのアズールも若い頃は、男に騙されてお金を奪われたっていう悔しい思いをした事があったの? 今のアズールを見ればそれ信じられないし、反対に男を騙してそうだけど」
「アズールは自分にも、夢見がちな少女で乙女の時代があったとかなんとか言ってたぜ」
「ええ、アズールに夢見がちな少女で乙女の時代があった? 嘘でしょ、アズールの冗談って笑えないんだけど」
「ひゃはは。小僧、それアズールを前に言ってみろ、レース用のマシンで思い切りひかれるぞ、気をつけろ」
「……はは、肝に銘じておくよ」
空の末裔はプロレーサーのアズールであるならそれは簡単な行為であると知っているので、彼女の前では余計な事は言わない方がいいと胸に誓ったのであった。
それからサメヤマは急に真面目な顔になって、空の末裔にその顔を近付け言った。
「小僧、R・Wの中で一番の罪は何か知ってるか? 殺人以外で」
「……R・Wで殺人以外で一番の罪というと、R・Wそのもの、それから、仲間の裏切り、かな?」
「ご名答。さすが空の末裔だ。そう、このR・Wでは殺人以外では、R・Wそのもの、あるいは、仲間への裏切りが一番の重罪だ。それが分かればたとえ空の末裔でも容赦無く八つ裂きだ、気をつけろよ」
「もちろん、それは、常に僕の頭に入ってる。僕は、僕を思ってソラヴァンに来てくれる光霊達は裏切りたくないし、何か困っている事があればできるだけ協力したいと思っている」
「満点の回答だ」
ぱちぱち。サメヤマは、自分相手でもひるまずにそう答えを導いた空の末裔に向けて、拍手を送る。
そして。
「まあ、そういうわけだ。商人の影の街や貴族の白夜城はどうか分からんが自由主義のR・Wじゃ男も女も関係なく騙す騙されるなんざ日常茶飯事、それだからオレもオレ以外のR・Wの連中も、あのおっさんにそこまでの罪があるとは思ってないから、簡単に解放したってだけさ。その土地柄で、色々罪の重さも変わってくる。小僧達がそう難しく考える話じゃない」
「なるほど。その土地柄で、色々罪の重さが変わるってわけか。これは、サメヤマの話を聞かなければ分からなかった事だな」
「そうね。R・Wでは女の人を騙す件に関してはそれほど罪が重くないってのが分かっただけでも、良かったわ」
空の末裔はサメヤマのミュリンの父親に対する証言は真実しかなく、おまけに土地柄で罪の重さも変わると分かり、今回は収穫があって、バイスも満足した様子だった。
と。
「空の末裔、あのおっさん、カレンの白夜城から出られると思うか?」
「どうかな。カレンが言うには、真面目にやっているか、僕の手で証言が揃えば軽い判決がくだされて、それで早いうちに出られるって話だけど。それがどうかした?」
「いや。オレは、ヘールと子供達によくしてくれただけじゃなく、オレやロイ達とサシで飲める酒豪のあのおっさん気に入ったもんだから、白夜城から出られるならそれに手を貸そうと思ってるんだ」
「へえ。サメヤマがR・W以外の光霊に手を貸すなんて珍しいね。そこまでミュリンのお父さん、気に入ったんだ?」
「それもあるが、あのおっさんで、もう一つ気になるところがあってな」
「何?」
「あのおっさん、十七年振りに発見された、たった一人の空の末裔を知ってるなら自分にも紹介してくれって、オレやロイにしつこく食い下がって来たんだ」
「ええ、それ本当?」
「ああ。オレとロイ達は、お前に空の末裔を売る気はない、ほかあたってくれって、つっぱねたが、まさか、カナンの情報官の野郎が空の末裔をあの娘に売るとは思わなかった。それこそ、オレの嫌う裏切り行為だ。あいつ、何かでR・Wに来たり、お前のソラヴァンでオレと遭遇すれば、オレの手でボコボコにしてやるって伝えておいてくれ」
「……、サメヤマがアナトリアと僕のソラヴァンで遭遇しても、穏便にすませてくれよ」
バキバキ、と。アナトリアがミュリンに空の末裔を紹介した件を知って腕を鳴らして憤るサメヤマに、空の末裔本人は引き気味だった。
サメヤマは茶化さず、真面目に言う。
「娘のミュリンがアナトリアを利用し、アナトリアは娘に言われるままにお前を使って、父親が捕まってる白夜城に何か危険な事をしでかすかもしれない」
「そんな事……」
空の末裔は、サメヤマの言い分に完全に否定できず、言葉に詰まる。
「まあ、娘についているアナトリアの出方は気を配ってた方がいい。多分、影の街のルークにもオレ達と同じ話が伝わってると思うぜ」
「分かった、色々ありがとう。次は、そのルークの所に行ってみるよ」
空の末裔とバイスはサメヤマと別れ、次に、ルークの居る影の街に向かった。
影の街の傭兵団団長、ルークの証言。
「ああ、とうとう、白夜城に捕まった彼の証言を集めてるんですか。カレンさんの依頼とはいえ、空の末裔も厄介ごとを引き受けたものですね」
「僕は個人的にカレンの依頼なら、何でも引き受けるようにしてるんだ」
ルークは空の末裔が影の街まで来た理由を知って苦笑し、空の末裔はルークに肩を竦めてそう返事をした。
そして。
「それで、僕と同じくあの父親に関わって彼を解放したR・Wのサメヤマは何と?」
「ああ、サメヤマが言うには……」
空の末裔はルークにサメヤマから聞いた話をした。
「なるほど。女性を騙すような詐欺罪はR・Wではそこまでの罪ではないし、サメヤマ達は自分達と同じ酒豪の父親が気に入って即座に彼を解放したんですか。これは僕の予想通りでしたね」
ルークは空の末裔からサメヤマの話を聞いて予想通りだったと、笑う。
それからルークは、自分の状況を空の末裔をバイスに話し始めた。
「商人の街としても知られる影の街では、R・Wのサメヤマのようにはいきません。商人達が集う影の街では詐欺罪は、一番罪が重いのです。空の末裔ではなくこの街にも馴染みのあるバイスさん、僕の言っている意味、分かりますよね」
「はい。商人の街でもある影の街は、誰かに騙されて損を出すのを一番嫌ってる、で、あっていますか」
「はい、バイスさんの回答で、正解です」
ルークの質問に答え、しっかりとうなずくのは、バイスである。
ぱちぱち。ルークは、バイスの文句無しの回答を聞いて、拍手を送る。
バイスは改めて、ルークに聞いた。
「商人の街である影の街では詐欺罪が一番罪が重い――、それでどうしてルークさんは、ミュリンのお父さんをあっさり解放したんですか?」
「そうですね……」
ルークは目を閉じて少し考えた後。
「彼の言う事は真実に近いと思ったので、僕の判断で彼を解放したんですよ」
「え、彼の何が真実に近かったんですか?」
「――幼い病弱の一人娘を残しているので心配だ、女性達から集めたお金は娘の薬代に使った、娘が自分が持っている薬を待っている、それだから早く家に帰らなくてはいけない、という話です」
「ええ、ルークは詐欺師のお父さんのそれ信じたの? ルークはその一人娘――ミュリンが僕やバイスと変わらない年齢だっての、気が付いてたのかい?」
ルークのこれにはバイスではなく、空の末裔も驚き、声を上げずにはいられなかった。
ルークは言う。
「いえ。情けない話ですが、彼の一人娘があなたと年齢が変わりないと気が付いたのは、彼を解放した後になってからです。その当時、彼がその話に共感した僕の部下と一緒に泣きながらそう訴えるものですから、それをあっさり信じてしまったのですよ」
「はぁー。それでルークを信じ込ませるなんてミュリンのお父さん、よほど、口が上手いのか……」
あのルークを騙せるほど、か。空の末裔もイスタバンと同じく、その事実を知って、ミュリンの父親のやり方に感心を寄せる。
と。
「ちょっと待ってください。今、ルークさん、何て言いました?」
「はい? どの部分でしょうか」
バイスが手をあげ、ルークに尋ねる。ルークはしかし、バイスが何を聞きたいか分からず、首を傾げる。
バイスは言う。
「一人娘が病弱で、女性達から集めたお金は娘の薬代のためっていう部分です。それ、本当ですか?」
ルークはバイスの問いかけに、うなずく。
「はい。彼のその話は、本当だと思います。彼の一人娘――ミュリンさんでしたか、彼はミュリンさんが病弱で、毎回の薬代がかかるので、それで、泣く泣く女性達を騙してお金を集めてたらしいです。僕も彼からその話を聞いて、それは真実味があると判断しました。そういうわけなら仕方ないと思って、薬を持ってくる父親を待っているという娘さんのために、彼をすぐ解放したんです。
それでも、その娘さんのためというのであればまっとうに働いた方があなたと娘さんのためです、これ以上に女性達を騙すのはよくありませんよと諭したうえで、彼を解放したんですよ」
「そうだったんですか……。そういうわけなら、サメヤマと別の意味でルークさんが彼をすぐに解放したのは分かる気がしますね」
「そうだね。僕もそれなら、ルークがミュリンのお父さんをすぐに解放したの、納得するよ」
ルークはバイスにうなずき、その内容を明かした。
バイスと空の末裔はルークからその話を聞いて、彼がサメヤマと違う理由ですぐにミュリンの父親を解放した理由が分かった気がした。
空の末裔はしかし、ふと思う事があり、それをバイスに聞いた。
「あれ、でも僕達、ルークのそのミュリンが病弱で毎回の薬代が必要だって話、アナトリアやカレンから聞いてたっけ?」
「いえ。ルークさんのこの話は、アナトリアさんからも、カレンからも聞いていなかったと思うわ」
ルークのこの話はバイスはもちろん、空の末裔も初耳だった。
しかし、まだ分からない部分がある。それは。
「でも実際にアナトリアについてきたミュリンと会った時、方向音痴だって以外は普通だったけど? バイスは実際にミュリン見て、どう思った?」
「私もミュリンは、方向音痴以外は普通の子に見えたわ。体形だって細過ぎというよりは少しふっくらしていて普通だし、とても病弱のようには見えなかったわよ」
「だよねえ。ルークはこの話を信じたというけど、これも、ミュリンのお父さんの嘘の一つなのかな?」
「さあ、私もよく分からないわね……」
うーん。空の末裔とバイスは、二人揃って考えるも、回答は出ないまま時間だけが過ぎていく。
空の末裔とバイスを見かねてか、ここでルークが間に入る。
「空の末裔にバイスさん。ミュリンさんの件について、僕から一つ言える事があります」
「何?」
「何です?」
ルークは落ち着いた様子で、諭すように話した。
「ミュリンさんの見た目が普通で健康体であったとしても、体内はもちろん、精神的な面で病に侵されている場合があるので、素人の目で見ただけでそれは嘘であると即座に否定するのは、危険です」
「あ、そうか。ミュリンの見た目だけで『病気じゃない』と即座に否定するのは危険か……」
「確かに、それについてはルークさんの言う通りだわ。ミュリンの診断書をちゃんと確認しない限り、彼女の病気について完全に否定できないわね」
うん。空の末裔とバイスはルークに言われてようやく、自分達の判断を間違える所だった事に気が付いた。
ルークは続ける。
「空の末裔がどうにかして白夜城からミュリンさんとその父親を助けたいのであれば、ミュリンさんの診断書をどこかで手に入れる必要がありますね。もしミュリンさんの病気が真実で、それで父親が彼女のために薬を買っているのが分かれば、白夜城の裁判官達も彼の罪を改めるかもしれませんよ」
「そうだね。次は、ミュリンの病気について調べる必要があるか。思ったより、色々大変だなー……」
ふぅ。空の末裔はカレンの依頼が思ったより大変な調査だと分かって、机に伏せる。
机に伏せる空の末裔を見て何を思ったかルークは、彼と違って落ち着いてコーヒーを飲むバイスに向けて言った。
「バイスさん、空の末裔は相変わらずですねえ。いくらカレンさんの頼みといえど、あの父親はカレンさんの言うように真面目にやってれば白夜城からすぐに出られると思いますし、そこまでするような話ではない気がしますが」
「そうですね。でもそれがナビゲーターの良い所でもあるんですよ」
バイスはルークに微笑んだ後、空の末裔を労わるよう、彼の頭を優しく撫でたのだった。
そして。
傭兵団を出る間際、ルークが空の末裔に向けて言った。
「ああ、そうだ。サメヤマからも聞いてると思いますがあの父親、空の末裔を知っているなら自分にも紹介して欲しいって、僕にもそう訴えてきましたよ」
「あ、やっぱり、ルークの所にもその話がいってたのか」
「僕もサメヤマと同じよう、彼に空の末裔を売るつもりはなかったのでそれは断りました。しかし、カナンの情報官のアナトリアさんがなんの思惑があってその父親に言われるままにミュリンさんを空の末裔を紹介したと聞いて、僕は未だにそれが信じられません」
「そういえば影の街のイスタバンさんやルーク達は、アナトリアの仕事ぶりを評価してたんだっけ」
「はい。イスタバン氏をはじめ、僕達は、カナンの情報官のアナトリアさんの誠実な仕事ぶりを評価していましたが、彼が自分の独断でミュリンさんに空の末裔を紹介するとは思いませんでしたね。これでは、僕達のアナトリアさんに対する評価が変わってきます」
「アナトリアがあの父親に言われるまま僕を売ったせいで、自分の株を下げたってわけ?」
「そうなりますね。僕は、カナンの中でも同じ啓光連邦軍の軍人――バイスさんにも相談なく、自身の独断で空の末裔をミュリンさんに売ったアナトリアさんに、失望しています。空の末裔、ミュリンさんがアナトリアさんと、あなたを利用して、父親が捕まっている白夜城に何か仕掛けるかもしれない恐れがあるので、そこは気を付けてくださいね」
最後、ルークもサメヤマと同じ、ミュリンはアナトリアと自分を利用して父親が捕まっている白夜城に何か仕掛ける危険性があると、話した。
サメヤマとルーク、二人からミュリンの危険性を伝え聞いた空の末裔は。
「でも、アナトリアに何か考えがあってミュリンに僕を紹介したかもしれないし、いくら父親のためとはいえ、そのミュリンがアナトリアと僕を利用して白夜城にそこまでする度胸はないと思うよ。
それからルークでもアナトリアに対して、そこまで言う事はないと思う」
「はは、空の末裔なら、そう言うと思いましたよ。しかし、僕のアナトリアさんへの評価は変わらずです。アナトリアさんのその考えが分からないうちは、我々、影の街の傭兵団はこの件から身を引きます、とだけ、彼にお伝えください」
「分かった。ルーク達のそれはアナトリアにしっかりと伝えておくよ」
空の末裔はルークの言い分を聞くよう、しっかりとうなずいた。
「アナトリアさんの考えも、あの父娘の考えも今のところ不明です。空の末裔も身辺には気を付けてください」
「色々、ありがとう」
ここで空の末裔とバイスは、ルークと別れた。
ルークと別れた後に今日はもう遅いというわけで、ミュリンの病気については明日に調べる事になった。
空の末裔がソラヴァンへ帰還すると、メッセージが何件か届いていた。一つ一つはいつもの他愛の無い日常会話であったが、その中にカレンからのメッセージがあった。
『ミュリンとその父親についての調査、どう? バイスから、R・Wのサメヤマ、影の街のルークに会いに行ったって聞いたけど』
『その件か。実は……』
ここで空の末裔はカレンに、サメヤマのR・Wでは詐欺罪はそこまでの罪ではなかったという話と、影の街のルークからあの父親が女性達を騙してお金をせびっていたのは、病気がちの娘のために女性達から薬代のせいであるという話を聞かせたのだった。
『なるほど。だいたいの話は理解した。確かにサメヤマのR・Wでは詐欺罪はそこまでの罪ではないし、影の街のルークのそれは私も初耳で新鮮な情報だった。それから、ルークのこの件は、法廷の裁判官、ティナとラインも知らなかったと思う。これのせいで、あの父親の身辺を一から洗う必要が出てきたわね……。
そして、サメヤマとルークの話していた、父親が空の末裔の存在を気にしていたという話も気になる。サメヤマとルークの言うよう、ミュリンが白夜城に捕まっている父親のためにカナンの情報官と空の末裔を利用して白夜城に何かする可能性はあるわね、そこ、空の末裔の方でも気を付けておいて。
ありがとう。今日の話は、彼の裁判を担当したティナとラインにも伝えておく。それじゃあ』
ここであっさりとメッセージは途切れた。
――やけにあっさりしてるなあ、でも、簡潔に用件だけで終わるのはカレンらしい、とは思った。
空の末裔は、カレンからの見返りを期待してミュリンとその父親の捜査をしているわけではない、断じてないが、しかし――。
「ちょっとは僕の労力に見合ったご褒美をくれても良いのになぁ」
例えば――例えばそう、バイスのように頭を撫でてくれるとか、『さすが空の末裔、カッコイイ』ってベタ褒めしてくれるとかさー。空の末裔は思うも、カレンが自分の頭を撫でてくれるなんて夢の中でも有り得ないし、「カッコイイ」とベタ褒めしてくれるのも有り得ないよな、と、自虐的に笑う。
「今日はさすがに疲れた、もう寝るか……」
ふあ、と、あくびを一つして、ベッドに入る。
疲れていたせいか、すぐに眠りに落ちた。
――ラ、ラ、ラ~♪
――何だ?
どこかで、綺麗な歌が聴こえてきた。
空の末裔は歌で、目を覚ました。
暗い部屋の中で目を凝らして時計を見れば、午前一時を回った所だった。
――こんな夜中に誰だ。
女性の澄んだ声で、ラララ、と、聞こえるだけで、歌詞はついていない。
ソラヴァンにやって来る光霊達の中には、歌を得意とする光霊が多い。
しかし、R・Wのレジーナやバーバラはロック系で激しい曲を好むので今回は違う、影の街の歌姫ゴルディは皆を集めたうえでライブをやるのでひっそり歌うわけないし、カナン城や白夜城の聖歌隊の歌でもない。
――ラ、ラ、ラ~♪
優しい声。
空の末裔は歌が気になって身支度を整えた後、部屋を出た。
夜のソラヴァンでは、明かり代わりに無数の蛍に似た小型機械――蛍灯が飛び交う。おまけに蛍灯は夜には明かりの代わりとして発光してくれるので、ソラヴァンを訪れる光霊達からは、とても幻想的で素敵だと評判が良かった。
空の末裔はその蛍灯をかき分けながら、歌の聞こえる方へ向かう――と。
ぴぴぴ。
手持ちの端末からメッセージ着信の音が聞こえ、再び「こんな夜中に誰だ」と悪態をつきながら、メッセージを確認する。
空の末裔はしかし、メッセージの主に驚いた。
そして――。
「――ミュリン!」
「――ラ、ララ、あら、ナビゲーター。こんばんわ」
空の末裔はソラヴァンの格納庫――ブリッジの欄干に座り、歌っているミュリンと再会を果たしたのだった。