――恋を、している。
それは、決して叶わないと知っている恋、だった。
――これは、夢か、現実か。
空の末裔が拠点としている巨象――ソラヴァンにて。
「ナビゲーターちゃん、最近、どう? いつものよう、何か困った事があれば、バイスお姉さんに何でも言ってね~」
「ありがとう。今のところは困った事ないかな、でも、バイスお姉ちゃんは頼りになるから何かあれば伝えるよ」
よろしくねー。空の末裔から「バイスお姉ちゃん」と呼ばれたバイスは、鼻歌をうたいながら浮かれた様子で仕事をこなしていた。
バイスだけではなく、カレンも現れた。
「空の末裔、今度、いい時に白夜城の劇場でやってる演劇見に行かない? 良い恋愛モノがあるんだけど」
「お。これ、人気作で、中々チケット取れないって聞いてるやつだ。どうしたの、このチケット」
「白夜城に限るけど私の権力を使えば、これくらい、わけないわ」
「……職権乱用」
「各地でその影響力が強い空の末裔に言われたくないわね。で、どうするの?」
「ぜひ、行かせてもらいます」
「ふふ。私、素直な空の末裔は好きよ。約束の日時、忘れないでね」
カレンは恋愛モノの演劇を見にいく約束を空の末裔と取り付け、上機嫌で、その場を立ち去った。
バイスにカレン、空の末裔が拠点とするソラヴァンでは、いつもと変わらない日常風景――はず、だった。
「空の末裔様、カレン様から白夜城の演劇を御一緒に観劇に行くお話、聞きましたわよ。カレン様とご一緒の観劇であるなら、このMs.ブラン、空の末裔様にあうドレスをいくつかみつくろってさしあげますわ。たとえ空の末裔様といえども、カレン様とご一緒の時くらい、良いお召し物、そして、良いものを身につけなくてはいけませんからね」
「……Ms.ブラン、ありがとう。白夜城の演劇、普段着で良いと思ったんだけど、カレン相手だとそうもいかないかー」
はは。カレンと約束をしたそのすぐあと、その話を聞きつけたらしい白夜城の案内人であり、カレンの父であるソラルド国王の忠実な秘書をしているMs・ブランがやってきて、彼女は空の末裔に向けてカレンと一緒に行く予定の観劇用のドレスやアクセサリー類をいくつか置いて立ち去った。
一方の空の末裔はMs・ブランの仕業に「ここまでのドレス、自分にあわないと思うんだけどな、でも、カレンと一緒なら仕方ないかー」と、顔を引きつらせつつも、カレン相手ならほかの客も見て来るから仕方ないかー、と、部屋でそのドレスを満更でもない顔で試着していた。
――あれ、何かがおかしい?
――白夜城でカレンと演劇見るのにそれなりの格好しなくちゃいけないの分かるけど何で僕、満更でもない顔でMs.ブランが持ってきた女の子向けのドレス試着してんの? そして、それ以前に、Ms.ブラン、何で、当然のように女の子向けのドレスとアクセサリーを僕に持ってきたんだ?!
混乱する中でそれに気が付くのは、早かった。
別の日、カレンだけではなく、啓光連邦軍の軍人の中では一番軍人らしい軍人であると評価されるバートンが現れた。
「よう、空の末裔。オレと朝練やらね? 今日は非番で、退屈なんだ」
――そうだよ。バートンはいつも、非番の日は、僕をキツイ軍人向けの朝練に誘うんだ。僕は渋々ながらも、バートンの厳しい朝練に付き合う。……付き合う、よね? ね?
「私、朝の訓練遠慮してるって何度も断ってるよね。朝弱くて、調子出なくてさー」
「今度こそいけると思ったんだが、お前、本当、朝はからきし弱いんだな。夜、遊び歩いてるせいか?」
「それに関しては言い訳出来ない。まあ、言い訳するなら、明るい時間よりは夜の方が動きやすいってのもある、かな。非番で暇なら朝練以外の事であれば、付き合えるけど」
「そうだな……。朝練以外なら、カナン城に新しくできたっていう喫茶店行ってみないか。そこのラーメン美味そうなんだが、外観が女向けで、甘ったるいデザート目当ての女ばかりで入りづらくてなぁ。女のお前と一緒なら、オレでも断れることもないだろ」
「……、根っからの軍人で厳ついバートンならそこのお店じゃなくても、普通のお店は断られそうだけど」
「何だと?」
「いえ、何でもありません。でも私も、カナン城に新しく出来たっていうお店のラーメンと、女の子が群がってる甘いデザートは興味あるね。それくらいなら、付き合うよ。ちょっと待ってて」
空の末裔は、バートンの誘いを受けるために自分の部屋に戻った後に出かける準備を始めた。いつものローブではなく余所行きの私服――、フリルのついたブラウス、女の子向けのスカートをはいて、現れたのである。
バートンは余所行きのドレスを着て現れた空の末裔を上から下まで遠慮なく見回し、ヒュウ、と、口笛を吹いた後、言った。
「お前、ローブ以外の服着ると様になってんのに、いつもあのローブだな」
「あのローブは、戦闘向けで暗鬼と戦う場面では重宝するんだよ。それ以外――暗鬼以外だと、ソラヴァン内ではいきなり戦闘仕掛けて来る気性の荒い光霊も多いから、それで」
「なるほど。しかし、お前の世話係のバイスだけじゃなく、レインハトも言ってたが、ローブより、そっちの私服の方がよくね? ソラヴァンでもその間、お前に突然に向かってくる活きの良い光霊は、オレが相手になってやるよ。オレを用心棒にどうだ?」
「ありがと。バートンにそう言われると、悪い気しないね。それから、バートンがついてれば気性の荒い光霊でも、私にいきなり向かって来ないのは分かる。バートンが用心棒でついてる間だけなら、ソラヴァン内でも、私服姿でいけるかもねー」
「……、お前、オレ以外の野郎にもそうやって愛想浮かべて、各地の光霊達を翻弄してるって聞いてるぜ。お前、空の末裔でも、女で得してるよなあ。お前が男だったら、オレもお前をカナン城の店に誘ってないしな」
「私が男だったら多分、バートンのキツイ朝練には付き合ってたんじゃないかな。根っからの軍人のバートンとしては、そっちの方が良かったりするんじゃない?」
「そうだな。軍人のオレとしちゃ、男のお前と朝練できる方が良いが――、こうやって女のお前と出かけるのも悪くないとは思う。それというのも、私服姿のお前とデートしたっていえば、カナンの啓光連邦軍だけじゃなく、R・Wや影の街で自慢できるからな」
「はは。後で、バートンからその自慢聞いたバイスだけじゃなく、レインハト大元帥さんから色々言われるの覚悟しないとね」
そういう空の末裔はバートン相手に嬉しそうで、バートンと腕を組んで、ソラヴァンからカナン城に新しくできた喫茶店に向かったという――。
――暗転。
「――うわあああっ!!」
がばっ。空の末裔は悲鳴を上げて、勢いよくベッドから起き上がった。
「夢? 夢だよな、これ。まさか、僕の体に異変――良かった、体は僕の体のままだ!!」
恐ろしい夢を見たせいで、思わず自分の体に異変がないかを確認。体に変化はなく、元のままである事が確認できた空の末裔は、腕を上げて喜びに震えた。
昼間、ソラヴァンのカフェにて。
「――ええ、昨夜、自分が女の子になってて、そこで、スカートはいてバートンさんとデートする恐ろしい夢を見た、ですって?」
「そうなんだよ。僕はこの通りに男なのに、バイスと同じ女の子になってて、スカートはいてバートンと腕組んでカナン城に新しくできたっていう喫茶店でデートする夢見たんだ。恐ろしいったら、ありゃしないよ!」
うわあああ。完全に目が覚めて、それを思い出しても、恐ろしい夢だった。夢を思い出して身震いしつつ頭を抱える空の末裔を見て、バイスは、ふと、思う事があった。
「私ね、白状すると、目の前のナビゲーターが女の子だったら、ナビゲーターのお姉さんになれたのにって、夢見た事は何度かあったの」
「え、そうだったの?」
空の末裔は、バイスから意外な返事を聞いて驚いた。
バイスは興味深そうに、自分を指さし、空の末裔に聞いた。
「ナビゲーター、自分が女の子になった夢、私も出てた?」
「うん。バイスも当然のように、僕が女の子になった夢に出てたよ」
「そう。そこで女の子のナビゲーターは、私をどういう風に扱ってたのか覚えてる?」
「……あー、夢で女の子の僕はバイスの願望通り、バイスお姉ちゃんって呼んでて、バイスも僕の事はナビゲーターちゃんって呼んで、本当の姉妹みたいになってたよ。そうだ、その夢ではカレンも出て来て、カレンと白夜城の劇場で恋愛劇見る約束してて、その時用って、ソラルド王についてる秘書のMs.ブランが僕にドレス持ってきたんだ」
「わあ。素晴らしい夢ね。私もその夢の中に入りたかったなあ。おまけに、その話聞けばナビゲーターが女の子だったら良かったのにって私と同じような願望持ってたカレンもきっと喜ぶと思うし、カレンとの観劇用にってあなたにドレスを持ってくるMs.ブランの嬉しそうな顔も想像できるわ」
うふふ。バイスは、空の末裔から「夢では本当の姉妹みたいだった」という夢の話を聞いて、嬉しそうだった。
「……、バイスはさ、そんなに僕が女の子だったら良いなって思うの?」
「そうね、あなたが女の子だったら、女同士の秘密の話もできるし、私とカレンとあなたの三人で、色々楽しいと思うわ」
「そうかい……」
バイスのはっきりとした物言いは気持ち良く、それに関して反論できる余地がないくらいだった。そこは空の末裔も反論できずに、肩を落としただけだったけれど。
「でもね」
「でも?」
「でも、目の前の男の子のナビゲーターもいざという時、頼りがいがあるから、女の子ばかりが良いって感じでもないわね」
「バイス、ありがとう。バイスのおかげで、気分が持ち直したよ」
バイスの優しさに何度か救われている空の末裔は、彼女のそれだけで、落ち込んでいた気分があっさりと浮上したのだった。
バイスは自分の言葉一つで浮上する単純な空の末裔を見ながら、言った。
「それで、夢でもバートンさんの話にもあったよう、女の子のナビゲーター、色んな男の光霊達を翻弄してそうね。ナビゲーターが女の子だったら、可愛いに決まってるもの、ほかの男の光霊達がほっとかないと思うわ」
「そ、そうかな。僕としては、そこまでの顔じゃないと思うけど……」
「あら。今でも目の前の男の子のナビゲーターは、白夜城ではカレンを筆頭に、Ms.ブランはもちろん、貴族のバーバリーさんに聖歌隊のラファエルさんにキーティーン達、法廷でも裁判官のティナさんやイルンティ裁判長まであなたを気にかけてるし、私の啓光連邦軍内でも科学班のガルー先輩だけではなくて、幹部のビビアン長官、ミジャード長官、ヒイロ長官、ラス長官、更にはレインハト大元帥様まで、そうそうたる顔ぶれから誘いがあるの知ってるし、彼女達以外でも各地の色んな女性の光霊達を翻弄してるじゃない。男の子のナビゲーターはその自覚、なかったの?」
「……あー、そこつつかれると反論できないかな。でも、女の子の僕に男の光霊、寄って来るかな。夢の中のバートンだって、僕より、カナン城に新しくできたっていう喫茶店のラーメン目当てだったし……」
「あ、そうだ。あなたの夢でバートンさんが話してたそのカナン城に新しくできた喫茶店、実は、この現実世界にもあるのよ。それの通りに最近、カナン城に新しくできたお店で、女の子向けの外装で、私を含めて、カナン城の女の子達の間で話題になってたんだけど」
「え、そうなの?」
空の末裔は、バイスからその話を聞いて素直に驚いた。
「その喫茶店、バートンさん目当てのラーメンだけじゃなくて、甘いデザートも美味しいってあったから今度、私もビビアン長官か、カレンを誘って行ってみようと思ってたの。確かにその新しくできたお店、バートンさんの話してた通り、甘いデザート目当ての女の子のお客さんがいっぱいで、男一人では入りづらい所だったわ」
「へえ。そうだったんだ。男の僕では女の子達の間で話題になってたっていう、そのお店の情報知らなかったから、現実世界のカナン城にもそれがあったなんて驚きだよ。女の子向けのお店でも僕もバートンが目をつけたっていうラーメンは、食べてみたいな。でも、夢のバートンの言うよう、誰か女の子がついていないと、女の子いっぱいのお店は男だけでは入りづらいってのは分かるな……」
「そうね。でも、ナビゲーターが女の子だったらこういう時、便利じゃない? カナン城は少ないけど、白夜城や影の街で多い女性会員限定のお店、普段は私があなたの代理で行ってたけど、女の子のナビゲーターだと一人で入れるじゃない」
「そうだね。僕が女であれば、今までバイスに行ってもらってた女性会員限定のお店とか、それ以上に色々、行ける場所が広がりそうだな」
実際、バイスのカナン城は少数ではあるが、カレンの白夜城では女性限定の施設が多かったりする。影の街でも女性限定の会員制の店が多いと聞いている。自分が男の時はそれらはバイスに代わりを頼んでいて入店が叶わなかったが、女としてそこに出入りできれば、今まで以上に情報が入りやすいのではないかとも思った。
と。
ここで空の末裔は、バイスがジッと自分を見詰める視線に気が付いた。
「な、何?」
空の末裔は、バイスの大きな目に吸い込まれそうで、ドキドキした。
「目の前のナビゲーターが男の子でも夢と同じように可愛い女の子に――女装でもすれば、私とカレンと一緒に、そのお店に入れるかもよ?」
「うわ、止めてよ。そのお店、僕が女装しなくても、バートンと同じよう、バイスか、カレンが一緒なら入れるだろ!」
「残念。誘導には引っかからないかー」
ペロ。バイスは、舌を出しておどける。
空の末裔は夢の中であっても女になっただけでも身震いするのに、女装なんて冗談じゃない、と、思ったけれど。
空の末裔は光霊ではなくても、性別的には男であると認められている。
空の末裔はしかし、バイスのよう、自分が女の子だったら皆は――特に自分と同じ男の光霊達は自分をどういう風に扱うのか興味はあった。
それをバイスに打ち明ければ彼女はそれを茶化す事なく、真面目に聞いてくれた。
「今度、また、女の子になる夢を見たら、それを最大限に利用してみたら? それがたとえ夢でもバートンさんが話してた喫茶店が現実にもあったんだから、ほかの男の光霊を女の子として相手にすれば現実では見えなかった部分が見えてくるかもよ」
夢の中だけだと思っていた喫茶店が、現実にもその喫茶店があったのだ。確かに、バイスの言うよう、夢でもあなどってはいけないかもしれない。
だけど、たとえ夢の中でも男の自分が女の子になるなんて、そう何度もある話ではない。
男の空の末裔は次は一週間後か、一か月後か、忘れた頃にもう一回くらいはまた女の子になった夢を見るかも――そう、単純に思っていた。
しかし――。
――暗転。
夜にちゃんとベッドに入って寝たはずが、夢の中では朝になっていた。
夢の中の男の空の末裔は、女の子の空の末裔の世界を上空から眺めている状態だった。
朝、一番乗りでソラヴァンに来たのは、影の街の統領、イスタバンである。
「空の末裔よ……。懇意にしている商人達から、珍しいものを色々仕入れてきたんだが、どうか。それから、俺の娘のベセルからお前にあうドレスやアクセサリーもいくつか選んでもらったんだが」
「あ、いつも、ありがとうございます。影の街の商人達から仕入れたイスタバンさんの厳選した珍しいものはこのソラヴァンに飾れば評判で、ベセルが選んでくれたドレスやアクセサリーはイスタバンさんはもちろん、ほかの偉い立場の光霊と会うときに重宝するので、今回もありがたく頂きます」
イスタバンは空の末裔に向けて仕入れてきた珍しい品と、彼の養女であるベセルが選んだという空の末裔にあいそうなドレスとアクセサリー類を持って現れ、空の末裔はそれをありがたいと思って素直に受け取る。
イスタバンは言う。
「そうそう、今度、俺の娘のベセルが空の末裔をお供に商売人達が集まるパーティーに行きたいと話していた。後日、娘からお前に正式に誘いがくると思う。その時用のドレスもその中にあるので、選んでおいてくれるか」
「あ、はい、分かりました。ベセルにあわせて、この中からその時用のドレス、選んでおきます。イスタバンさん、相変わらず、ベセルに甘いですね~」
「うむ。俺としては、養女とはいえ、娘のベセルが今までは一人で行きづらかった商人向けのパーティーも空の末裔を誘えば気兼ねなく参加できると嬉しそうな顔、そして、空の末裔のためにドレスやアクセサリーを選ぶのに楽しそうな顔を見るのが一番の至福だからな。それじゃあ」
イスタバンは空の末裔からその了解を得られ、表情は相変わらず無表情で感情は読めないが、空の末裔は娘のベセルのために一仕事終えた彼が嬉しそうであるのは、感知能力を使わずとも分かった。
――私で今まで一人で行かれなかった商人向けのパーティーに行ける娘の顔を見るのが一番の至福なんて、相変わらず、親バカだなあ。こんな親バカなイスタバンさん、商売人のシェオルさんや傭兵団団長のルークをはじめ、ほかの影の街の重鎮達は見た事がないだろうなあ。
女の子の空の末裔は、棟梁として君臨するイスタバンは、影の街の象徴として影の街で暮らす光霊達から頼りにされて敬われているが、裏では養女のベセルのために色々してやりたい親バカな父親の図が出来上がっていて、微笑ましく思った。
同時に。
「……ベセルだけ、羨ましいな」
『え?』
この時、ぼそりと呟いた彼女の言葉の意味は、その様子を眺めていた男の空の末裔には何一つ分からなかった。
それについて考える間もなく場面はすぐ切り替わり、イスタバンの次に現れたのは、影の街、傭兵団団長、ルークである。
「空の末裔、夜の影の街を歩くなら、ぜひ、僕をお供に。僕であるなら君を危険な目にあわせないし、影の街で夜を歩くに最適な場所を知ってます。どうです?」
「良いね。でも、夜を歩くのに虫が飛んでない場所をお願い~。それなら、夜のデート、ルークに付き合っても良いよー」
「お。今回は、僕が一番乗りでしたか」
「うん。今夜のデート相手は、ルークが一番乗りだよ。私とデートするなら、一番に来た光霊を優先してるって前から皆に言ってるでしょ」
女の子の空の末裔は、自分をデートに誘うなら早めに予約するようにと、男の光霊達に伝えてあった。
そして空の末裔は、一番乗りで来たルークを見回し、聞いてみた。
「ルークにしては今朝は早かったね、どうしたの?」
「いや、今朝は非番だったんですよ。休憩がてら巨象に立ち寄ってみたら、あなたの姿が見えたので、それで。その僕が一番乗りなんて、運が良かったですね」
「なるほど、そういうわけね。ルークは傭兵団の団長で忙しい身だから、非番な時くらいしか、朝に来れないものね。私もそのルークとデートできるのは、皆に自慢できるよ!」
「はは、僕が普段誘っても先約があって中々誘えなかった人気の空の末裔にそう言われるのは、悪い気しませんね。光栄です」
ルークは、自分が非番な時くらいしかデートができないからそれで皆に自慢できると浮かれる空の末裔を見て、微笑む。
そして。
ルークは言う。
「空の末裔は、虫が苦手なんですか」
「虫は少量なら平気だけど、夜になると、街の明かりに群がる羽虫の大群は苦手。ルークと夜デートするなら、そこだけ避けてくれると嬉しいんだけど」
「虫使いの僕としては、夜に羽虫の大群でも虫の居る場所が落ち着くんですが。しかし、空の末裔のその希望は受け入れます。とっておきの場所を案内しますよ。夜のデートが楽しみですね」
ルーク以外でも同じ影の街で女の子達の間で「カッコイイ」と評判のタキ、ヒドライ、クレーケン、といったそうそうたる顔ぶれから「今夜、どうか」と誘いがあり、彼ら以外でも各地からぞくぞくと男の光霊が訪れ、彼女を「夜のデート行かない?」と誘うも「今回はルークが一番乗りで彼が先約だから、ごめんね~」と、それらの誘いを笑顔でかわしていったという――。
――暗転。
がばっ。
ここで現実の男である空の末裔は目を覚まし、額に汗が噴き出ているのが確認できた。
「朝、一番に誘いに来た男の光霊を夜のデート相手にって……、女の子の僕、どこまで傲慢なんだよ!」
うわあああ。空の末裔はその事実を知って、穴があればそこに入って引きこもりたい気分だった。
その日、夢を忘れないうちにバイスに報告すれば、バイスは笑いながら「ナビゲーターは女の子になれば可愛くて男の光霊達がほっとかないって言ってた、私の言った通りだったでしょ」と、自慢そうに言い返されてしまった。
それだけではなく。
「そうねえ、目の前の男の子のナビゲーターは女性の光霊達が気をきかせてあなたの都合の良い時を見計らって誘いやすい時に誘ってるけど、女の子のナビゲーターちゃんはそれと違って自分の都合だけで来る男の光霊達を相手にしなくちゃいけないから、女の子のナビゲーターの方が大変そうね。私、女の子のナビゲーターちゃんが朝一番に誘いに来た男の光霊を優先するっていうのは、分かる気がするわ」
「なるほど、そういう見方もあるか。確かに、女の子の僕、時間も場所も気にせず自分の都合だけで誘って来る男の光霊達を相手にするのは大変そうだったなあ。それなら、優先順位を決めておかなくちゃいけないか……」
これなら、朝一番に誘いに来る光霊を相手にするのは分かる、か。空の末裔は、バイスが女の自分のやり方に理解を示したのを見て、その考えを改める。
バイスは続ける。
「それから、いつも男の子のナビゲーターには素っ気なかった影の街のベセルさんが女の子のナビゲーターちゃんには商売人達が集まるパーティーにそれ用のドレスとアクセサリーを用意して誘うくらい心開いてるってのも、夢で見れて良かったんじゃない?
普段のベセルさんはイスタバンさんがついていないとそこまでナビゲーターに付き合ってくれないし、イスタバンさんも裏では養女のベセルさんにデレデレな親バカぶりが見えたってのも、ナビゲーターが女の子ならではのイベントじゃないかしらね~」
「そうだね。男の僕ではベセルの誘いだけじゃなくて、イスタバンさんの親バカぶり、そこは、僕がベセルと同じ女の子じゃないと見えない部分だったなー」
普段のベセルは、男の自分相手には素っ気ない態度を貫いている。それこそ、そばにイスタバンがついていなければ警戒心を解いてくれないが、女の子になった自分相手だとそこまでではないと分かってそれは新鮮だった。
イスタバンのベセルに対する親バカぶりも、自分が女の子でなければ分からなかった部分だと思った。
そしてバイスは、興味深そうに身を乗り出してある事を空の末裔に聞いた。
「ねえねえ、それで、女の子のナビゲーターちゃん、イスタバンさんの次にデートの誘いが来たっていうルークさんとは、何処行ったの?」
「あれ、バイス、ルークに気があったの? 確かに、軍人のバイスと傭兵団団長のルークであれば、相性良い気はするけど……」
空の末裔は最初、バイスは軍人として、影の街の傭兵団団長でカッコイイと評判のルークに気があるのかな、と、少しドキドキしたけれど。
「違う、違う。私は傭兵団の団長としてのルークさんは尊敬してるけど、生真面目で虫使いのルークさん相手に個人的な付き合いとなれば遠慮するわ。そうそう、ついでに言っておくけど私の理想の相手はレインハト大元帥様が本命、手を伸ばして確保したいのはビビアン長官、あるいは、ヒイロ長官だもの。そこ、勘違いしないで」
「……」
バイスはけらけら笑いながら、ルークを完全否定した。おまけにバイスが自分の相手として理想的な人物として名前をあげたのは、全て、女性の光霊だった。空の末裔はルークが少し、気の毒になった。
改めてバイスは言った。
「そっちじゃなくて、この現実世界では真面目で堅物で女性に関する噂がいっさい無かったルークさんに夜のデートに誘われるなんて、激レアイベントじゃない。それこそ、女の子のナビゲーターならではよね。ナビゲーター、夢で女の子のナビゲーターちゃんがそのルークさんと何処にデートに行ったのか、気になるんだけど」
「はは、そういうわけね。夢の中で、ルークには夜の公園に連れて行ってもらったよ」
「夜の公園? そこ、影の街の中心地にある大きな公園かしら?」
「多分、そこだと思う。昼間は普通の公園だけど、そこ、夜は赤や青といった色んな色のライトでライトアップされてて、夜なのに昼間かって思うくらいの明るさで、ルークが自慢するの分かるくらい、綺麗だったんだ。
おまけにライトに集まる僕の嫌いな羽虫もいるにはいたけど、分散してるからそこまで気にならなかったかな。そこの公園に普段はない屋台も並んでて、女の子の僕は、ルークと美味しい屋台のご飯食べて、満足して帰って行ったよ」
「赤や青で派手にライトアップされた夜の公園に出店されてる屋台でご飯食べて帰ったって、ルークさんとは、それだけで終わり?」
「うん。ルークとは、それだけで終わったよ。ほかにバイスが期待するようなイベント、何も無かったよ」
「生真面目なルークさんらしいわ」
はは。バイスは、たとえ女の子でも空の末裔に何も手を出してこなかったルークの仕業に苦笑するしかない。
「でも、二回連続で女の子になる夢を見るとは思わなかったよ……」
二回連続で女の子になる夢を見ると思わなかった空の末裔は、さすがに、ぐったりと疲れた様子だった。
空の末裔の疲れた様子を見たバイスは何を思ったのか、それを口にする。
「ねえ、それ、ナビゲーターの力のうちなんじゃない?」
「え、これも僕の力のうち?」
「実は、この現実世界でもルークさんが女の子のナビゲーターちゃんを案内した影の街の夜の公園、期間限定だけど、色んな色のライトで派手にライトアップされて昼間のように明るくて、それこそ、影の街のカップルの間で評判だったりするんだけど」
「え、そうなの? あそこの公園、夜、普段から派手にライトアップしてたっけ? 影の街の公園、普段は外灯だけの寂しい夜の暗い公園で、それこそ、女の子一人歩くのは危険な感じだったけど……。僕も昼間のように派手にライトアップされた明るい公園と屋台見て、それで、あ、これ、夢かーって、夢見てる間に夢だって分かったんだけど」
ルークが案内した影の街にある夜の公園は、普段は薄暗い外灯だけで、そこまで明るくなかったし、屋台も出されていない寂しい場所だ。女性一人で歩くには少し勇気がいるかもと思う寂しい公園だったので、ルークと歩いた夜の公園は夢の中の話だとすぐに理解したのだけれど。
「それね、期間限定ってとこがポイントで、今まさに、期間限定で試験的にライトアップされてるのよ。それにあわせていくつか屋台も出店して、その公園、夜になればそれ目当てに家族連れやカップルで賑わってるんですって。それで今回は、女性一人でも歩けると思うから、私もナビゲーターと一緒に影の街の夜の公園に来てみないかって、それこそ、夢に出て来たベセルさんに誘われてたんだったわ」
「ええ、ベセルからも誘われてたの? それ、僕、初耳なんだけど」
「実は、ベセルさんが言うには、影の街のシェオルさん達を中心とする商会が企画したイベントで、これが成功すれば街全体の利益に繋がるし、安全な街作りのモデルにもなるっていう話で、イスタバンさんにその審査が通ったんですって。
そうそう、おまけにこれもベセルさんの情報なんだけど、その間は、傭兵団のルークさん達も夜の公園に警備員として常駐してるから女の子一人でも安全だって、話してたの。
で、ベセルさんの話を聞いた私は、今夜にでも夜の影の街の公園に行ってみないかっていう話をナビゲーターにしようと思ってた所で、今になってナビゲーターが夢でルークさんとその夜の公園でデートに行ったっていう話を聞いたわけ」
「マジか。前回のバートンといい、今回のルークといい。さすがに偶然……、じゃない?」
「と、思うけど、どうかしら?」
「うーん。女の子になる夢が僕の力のうちというなら、これがどういう意味を持つんだろう?」
「ナビゲーター、ひょっとして、女の子になりたい願望持ってたんじゃない? それを夢で叶えてるとか……」
「まさか! それは、全力で否定するよ!」
空の末裔はバイスに指摘されるも、首を横に振って、思い切り否定した。
「それじゃ、小説とか演劇とかによくある設定で、ここと同じ世界なんだけどこことは違う別世界の女の子のナビゲーターちゃんに何か困った事があって、彼女にとっては別世界の目の前の男の子のナビゲーターちゃんが助けを求めてあなたにその夢を見せたり……、してない?」
「はは、夢の中の別世界の女の子の僕が僕に助けを求めてるなんて、それはさすがにないんじゃない? そこまでの夢じゃないと思うけどなー」
ははは。空の末裔は、バイスの思い付きはどれも有り得ないと、それを笑って軽くすませるだけで終わった。
しかし――。
それは、三日目に起きた。