連想恋花(02)

 三日目。三日連続だった。

 ――暗転。

 目を閉じた途端にいつもの場面になったので「あ、また女の子になる夢かー」と、男の空の末裔は気楽に構えていたところ――だった。

『あ、あれ? 今回、どこの場面も見えない? 真っ暗なままだ……』

 いつもの女の子になる夢は、彼女の姿を上から眺めている状態だった。それこそ、演劇を鑑賞するのと同じ感覚だ。

 しばらく、真っ暗な、しかし、自分は男の自分であると分かる空間をさまよう。

 と。

 闇の中で、ひとすじの光が見えた。

 ひとすじの光は小窓くらいの大きさに広がり、暗闇をただよう空の末裔にある場面を見せた。

 場所はソラヴァンのカフェ、女の子の空の末裔と向き合っているのはR・Wのサメヤマ、そして、彼の妹のイブである。

『あれは……、サメヤマとイブ?』

 男の空の末裔は、そこから女の子の空の末裔、サメヤマ、イブの三人の様子が観察できた。

 サメヤマは、女の子の空の末裔に気さくに声をかける。

「空の末裔――、お嬢、ちょっといいか。イブの事で、相談があるんだが」

「空の末裔ちゃん。この件、私は別にそこまでしなくて良いと思うんだけど、お兄ちゃんのためなら仕方ないって感じ?」

 サメヤマは普段は男の空の末裔を親しみを込めて「小僧」と呼ぶが、女の子の場合は「お嬢」だった。いっぽうのイブはバイスと同じく、「空の末裔ちゃん」と可愛い呼び方だった。

 サメヤマはイブを指さし、言った。

「今度、R・Wでリーダーのオレ含めて幹部達が集まる会合があってさ、その会合にはR・W以外とは違う外部の権力者達も来る予定があるんだが、そこにオレの妹としてイブも出席するんだよ」

「え、R・W以外の外部の権力者も集まる会合にイブも参加って、大丈夫なのそれ」

 空の末裔は、サメヤマの妹のイブは幼い頃、暗鬼の影響で、体の調子がよくないのを知っている。暗鬼の影響、それから、暗鬼の治療のためにバイスの啓光連邦軍に預けていた影響でイブの体は成長が止まり、年齢は空の末裔より上であるが、外見は幼い子供のままだった。更にイブは外に出せば暗鬼の影響を受け体の調子が悪くなるというので、普段は引きこもり状態である。それでもイブは空の末裔が拠点とするソラヴァンや、空調がきいている室内では動けるし、サメヤマの妹なだけあって戦闘能力は高いので、彼女の力を重宝していたのだが。

 サメヤマは言う。

「あー。そろそろ、オレの力をR・W以外の外部の連中に示して、その勢力を拡大する時期に入ってな。それというのもお嬢の影響もあってか影の街のイスタバンだけじゃなく、白夜城のソラルド王、北境のベルツヘルム女王まで手広くやってる中、オレ以外のR・Wのほかの幹部の連中からもR・Wはこのままでいいのかっていう意見が続出したんだよ。
 それをオレの前任者のロイに相談すれば、前任者のロイが言うには、オレの力を外部にも広めてその影響力を拡大する気があるなら、オレの唯一の家族であるイブの身の安全を確保しなければいけなくなると聞いてな。勢力拡大する時にはどうしても、リーダーのオレが外部の悪い連中に狙われる、オレを狙うには家族のイブを狙うのが効果的だという胸糞悪い連中も現れるから、それを覚悟しなくてはいけないと。
 それで、イブの身の安全を確保するには、イブもオレと一緒に外部の幹部達が集う外交に出席した方が良いっていうロイやほかの幹部の意見を聞いた結果、イブもその席に出席する事にした」

「なるほど。R・Wの勢力拡大を目論むのはいいけど、そのさい、サメヤマの唯一の家族のイブも外部の悪どい光霊達に狙われる危険性があって、イブの身の安全を守るためには、イブもサメヤマの外交に参加しなくてはいけないというロイやほかの幹部達の意見は、分かる」

 うん。空の末裔は、イブの身を守るために彼女がサメヤマの外交に同席する件については、サメヤマだけではなく、ロイ達の意見も相応なものだと理解する。

 サメヤマは続ける。

「それでさ、その時用のイブの洋服、お嬢で選んでやってくんねーかな」

「え。イブを思って私もその外交に一緒に出席して欲しい依頼かと思えば、イブの洋服選び? 何で、私がイブの服を?」

 空の末裔は最初、サメヤマがイブを思って自分も一緒にその外交に出席して欲しいという依頼かと思えば、洋服選びと聞いて、拍子抜けした。

 サメヤマは頭をかきながら、参った様子でそのわけを話した。

「イブは見た目が幼いが、素材は良いんだよな。しかし、ずぼらな性格のせいで、いつもそのくたびれた白いワンピースなんだ。それでR・W以外でイブをよく知らない外部の光霊は見た目で判断してくるから、ちゃんとした場にはちゃんとした格好で行った方がいい、って、アズールとレジーナを中心とした女の光霊達から意見もらってさ」

「そうだね。イブは素材が良いから、ちゃんとした場では身なりよくすれば良いっていう、アズールとレジーナを中心とした女性の光霊達のその意見は分かるよ」

「だろ。そうでもイブはその白いワンピースが気に入ってんのか、オレだけじゃなく、アズール達が何度言ってもそれ以外の服は着てくれないんだ。イブと年齢の近いバーバラやマギー、ボンバーらに洋服選びに誘ってくれと話してるんだが、あいつらもイブにあっさり断られる始末でさー」

「私は、この白いワンピースが落ち着くの。これ以外の洋服は無意味」

 イブはサメヤマに反発するよう、彼から顔を背ける。

 はー。サメヤマは大きなため息をついた後、空の末裔を指さし、イブに聞いた。

「イブ。お嬢がついてくるなら、洋服選び、どうだ?」

「……まあ、空の末裔ちゃんが一緒なら、洋服選びについていってもいいけどぉ」

 イブは渋々ながらも、空の末裔が洋服選びに同行する件については満更でもないようだった。

 サメヤマは苦笑しながらそのイブを指さし、再度、空の末裔に向けて懇願する。

「ほら、この通り。イブは、R・Wでもほかの女の光霊の意見は聞かないが、お前の意見ならちゃんと聞くからさー、頼むよ」

「分かった。イブの様子を見れば洋服選び、私が一緒の方がいいね。了解、了解」

 空の末裔もサメヤマとイブのやり取りを見て、自分がイブの洋服選びについて行った方が良いと判断する。

 ところで。

「ねえ。そのR・Wのサメヤマの外交の席には、バイスの啓光連邦軍、カレンの白夜城はもちろん、イスタバンさんの影の街、ベルツヘルム女王の北境やビクトリア率いる真理結社のお偉いさん達も参加するの?」

「の、予定だ。ベルツヘルム女王の北境はまだ分かるが、どういうわけか掟、掟、と、うるさいビクトリア率いる真理結社もオレのR・Wに興味持ってな、あいつらの中から誰か来るって話だ。オレ、掟にうるさいあいつら苦手なんだよなぁ……。まあ、真理結社でリーダーのビクトリア以外の光霊は雑魚光霊って感じが強いからそこまで怯む事ないよな」

 サメヤマは真理結社はリーダーのビクトリア以外は自分より弱い光霊が多く、雑に扱っても良いとみなしているようだった。

 サメヤマにそれは間違いだと諭すのは、空の末裔の役目である。

「はは。自由主義のR・Wのサメヤマが掟に厳しいビクトリア率いる真理結社の光霊があわないの、なんとなく分かるよ。でも、ビクトリア以外の真理結社の光霊達は、サメヤマが思うほど弱くないから、ビクトリア以外の光霊を相手するときは態度に気を付けて」

「へえ。言うじゃねえか。お嬢――空の末裔にそこまで言われちゃ、オレも真理結社のビクトリア以外の光霊相手に下手に下に出る事はねえよな。外交の場が楽しみになってきたぜ」

 ヒュウ。サメヤマは空の末裔からビクトリア率いる真理結社の情報を聞いて、外交にやる気を見せる。

「イブの洋服選びや外交の日程は、後ほどデータで送っておく。多分、オレのR・W以外のお偉いさん達からもお嬢宛にこの件の報告が来るはずだ。後で確認しておいてくれ」

「了解。久し振りに大がかりな仕事になりそうだなー、私も気合入れるか」

 うん。女の子の空の末裔は話がまとまった後に、サメヤマとイブの二人と別れ、自室に戻った。

 一人、自室に戻り、ベッドに横になって端末を確認すれば、サメヤマの外交に関していくつかメールがきていた。

「お。さっそく、影の街のイスタバンさんから『サメヤマのR・Wの外交に傭兵団団長のルークと、私の娘のベセルが出席するのでよろしく』、白夜城のソラルド王から『R・Wの外交の場にMs.ブラン、カレンを寄越すのでよろしく頼む』って報告きてる。みんな、仕事が早いなー」

 女の空の末裔がベッドに寝転がって端末を確認していくその様子を、男の空の末裔は上からそれを興味深そうに眺めていた。

 ――そういえば、自由主義のR・Wのサメヤマ達と、その反対で掟に厳しいビクトリア率いる真理結社の光霊達が協力して何かするという話は、今まで聞いた事がなかったな。その時にあわせてイブの洋服選びも重要だけど、僕の世界では多分、僕の代わりにバイスが担当するんだろうな。

 ――……。

 この時ばかりは男の空の末裔は、女の光霊に頼りにされている女の子の空の末裔が羨ましく思った。

 ところで――。

 くるり、と。ベッドに横になっていた女の子の空の末裔は上半身だけ体を起こし、天井を見詰めてきた。

「――ねえ、私の事、見えてるよね?」

 ――え。

 女の子の空の末裔の様子を上空から見ていた男の空の末裔は、ここで、女の子の空の末裔と目があい、そして、その言葉を吐かれて驚いた。

『い、いや、これは、気のせい、だよな。うん。いつもの夢であれば、しばらくすれば目を覚まして、バイスと一緒に今回のサメヤマの話をしてるよ、きっと』

 そう、そうに違いない――。

 男の空の末裔は、目を閉じればいつもの自分の世界であると確信を持って、ぎゅっと、強く目を閉じた――。

 しかし場面は暗転せず、暗闇のまま。

 恐る恐る目を開ければ、そこに立っていた人物に目を見張った。

 その人物は空の末裔と向き合い、ニッと笑って言う。

「気が付いてたよ、男の子の空の末裔――、あなたが女の空の末裔である私の世界を覗き込んでるの。私も自分が男になったあなたの世界、夢で覗いてたから」

「――」

 暗闇の中で男の空の末裔と向き合い立っていたのは、今まさにその世界を覗き見ていた女の子の空の末裔、だった。


 場面は暗闇へと切り替わり、女の子の空の末裔は、言う。

「あなたも私がそれに気が付いてるの、分かってたよね」

「どうして――」

「単純な話。バイスお姉ちゃんの言う通りだから、かな」

「バイスの言う通りって、違う世界の君がこの僕に助けを求めてるっていう?」

「助けとは違うかもしれない。同じ思いを共有して欲しかっただけ、かも」

「同じ思い?」

「うん。唐突だけど男の子の空の末裔、好きな光霊、いる?」

「え、何、本当に唐突だなあ。いや、まあ、好きな光霊はいないとは言えないけど。それ、どういう意味で言ってるの?」

「もちろん、数多く存在する光霊の中で――自分のソラヴァンに来てくれる協力的な光霊の中で一番大事、一番特別に思ってる光霊の事だよ。そうそう、その特別な光霊は、異性限定でお願い。同性で友人として好きの好きとは違うから」

「ソラヴァンに来てくれる協力的な光霊の中で、一番大事で一番特別な光霊、しかも異性……」

「ソラヴァンに来てくれる自分に協力的な光霊の中で、あなたの中で特別な異性の光霊くらい、いるでしょ? いないとは言わせない。君、私と違うようで、私と同じなんだから」

「……、僕にとって一番大事で一番特別な異性の光霊は、僕を一番に見つけてくれたバイスだ。バイス以外の光霊は、そこまで特別に思ってない、かな」

「やっぱり、そうだよね。私も男であれば異性で特別な光霊は、私を一番に見つけてくれたバイスお姉ちゃんだろうなって、思ってたから」

 うん。女の子の空の末裔は、目の前の空の末裔の答えに満足したように笑う。

 そして、空の末裔は気が付いた。……気が付かなくてもいい事実に。

「あのさ、君、女の子だよね。女の子の場合、ソラヴァンに来て自分に協力してくれる光霊の中で、バイス以外の特別な異性って……」

「あはは、やっぱりそこ、気が付いてくれたんだね。良かった。そうじゃないと、あなたを此処に呼んだ意味がないものね」

 女の子の空の末裔は、それに気が付いた空の末裔に笑う。

「此処に呼んだ意味がないって、やっぱり、僕に君の夢を見せてたの、君の力のうちだったの?」

「多分。最初は無意識のうちに私も自分が男の子になってる夢を見ていたけど、次第に、途中で、あ、これ、自分の願望が夢に現れてしかも別世界には実際にある世界だって気が付いてね」

「ええ、それ、途中で気が付くもの? 僕はバイスに言われるまで、全然気が付かなかったけど。それで、君の願望っていうのは――ッ?!」

 ピン、と。女の子の空の末裔が手をあげた途端、眩しい光に包まれて思わず目を閉じた。

 その時、女の子の空の末裔の楽しそうな声が聞こえた。

「男の子の空の末裔、しばらくの間、女の子の私の世界を楽しんで。私は、男の子の君の世界を満喫してくるから」

「ちょっと待って、何言って――」

 慌てて彼女を引き止めようとする手は宙に舞い空振りに終わり、そして――。


「-ター、ナビゲーターちゃん」

「……ん」

「ナビゲーターちゃん!」

「バイス?」

 肩を揺さぶられて目を開ければ、そこに居たのはバイスだった。

 辺りを見回せばそこは、いつものソラヴァンのラウンジだった。

「良かった、ちゃんと目が覚めたのか……」

 男の空の末裔は、いつものソラヴァンの中であるのと、そばについているのがバイスだと分かって、目が覚めていつもの日常に戻ったのだと安心した。

 バイスは腰に手をあて、呆れた様子で言った。

「もう。今から重要な会議に出席するんだから、しっかりしてくれないと困るわ」

「ごめん、ごめん。……て、今から重要な会議に出席? 何それ? 今日、そんな予定あったっけ?」

 はて? 今日、重要な会議の予定があっただろうか。空の末裔は、バイスの話が分からずに首を傾げる。

 バイスは、混乱状態の空の末裔を心配する。

「ちょっと、本当にどうしたの? 今日は、R・WでR・Wのサメヤマとイブ、その補佐役で前任者のロイさんが中心になってR・Wの勢力拡大のため、各地の権力者達も出席する外交にあなたも出席するって、昨夜、R・Wのサメヤマ達と打ち合わせしてきたじゃないの」

「――」

 それは。R・Wのサメヤマとイブのそれは、女の子の空の末裔の話では――。

 ――あれ、やけに足元がスースーするなあ。おまけに、いつも伝統のローブ姿なのに、青色のキラキラした何かがやたらと目につく。いったい、どういうわけだ。……。

 空の末裔は気が付きたくない真実に気が付いて、額から大量に汗が噴き出すのが分かって、しかし、それを認めたくない自分もいて、思わず、怪訝な顔をするバイスに聞いた。

「あ、あのさ、バイス。バイスは僕の事、なんて呼んでるの?」

「は? ナビゲーターちゃん、何言ってるの?」

「!!!」

「ちょっと、どこ行くの?!」

 空の末裔はバイスの静止も聞かず、走って自分の部屋に戻り、鏡を確認、そして――。

「嘘だろ、僕、女の子になってる……!!」

 その有り得ない事実を知って、青ざめたのだった。