「ああもう、このドレス、走り難いな! ベセル、ごめん、スカート破る!」
ビリビリ。スカートでは走り難い事に気が付いた空の末裔は、ドレスを選んでくれたベセルに申し訳なく思いながらもスカートを半分、手持ちのナイフを取り出してビリビリと破った。
「やった、前より走りやすい。最初からこうすれば良かったんだ。……女の子の僕、毎回、これで走るのはちょっと気の毒だなぁ」
足の根本まであったドレスの丈はヒザまで短くなって、だいぶん、走りやすくなって満足する。同時に、女の子の空の末裔は毎回、ドレスで走っていると思うと気の毒になって同情した。
端末に示してあった場所に行けば、バイスがカレン、サメヤマ、イブのたった四人だけで複数いる暗鬼の襲撃を相手に戦っている最中だった。
「バイス、カレン、サメヤマ、イブ、無事!?」
「ナビゲーターちゃん!」
空の末裔が駆けつけた時、バイスをはじめ、サメヤマ達は暗鬼相手に苦戦していた。
空の末裔は、自分の姿を見るなり戦場から離脱してきたバイスと向き合う。
「今、どういう状況?」
「いつもであれば自警団のヘール達が来てくれるんだけど、今回に限っては外部からイベント会場に来てくれてた一般の光霊達を逃がすために避難先まで誘導してくれているの。そのため、自警団のヘール達が使えない。更に、傭兵団のルークさん達もそっちに行ってしまったわ。それで現在、使える光霊が私とカレンとサメヤマ、イブだけっていう少人数に限られて、暗鬼の集団に苦戦して、サイアクな状況」
「了解。ちょっと待ってね、そこから立て直す作戦立てるから」
「やっぱりナビゲーターちゃんが来てくれると頼りになるし、安心するわ」
バイスは、手持ちの端末を操作してどういう作戦が良いか練る空の末裔を見て、微笑む。
空の末裔は、手持ちの端末の計算機で導き出した作戦をバイス、サメヤマ、イブ、カレンに伝える。
「カレンをリーダーにしてカレンの槍で先制攻撃、バイスの弓で相手を弱らせ、イブ、サメヤマの範囲攻撃でトドメ! これでいけるはず!」
「おいおい、リーダー、オレじゃなくてカレンかよ。いつものお嬢であれば、バイスかオレだっただろう。お嬢、さっきから、カレンに対する贔屓が過ぎないか」
カレンをリーダーにして動く指示を出したところ、サメヤマから物言いが入った。
「私も空の末裔に同情されるほど弱くは――て、あら、あなた、ベセルが選んでくれたドレスのスカートを破ってまで此処まで来てくれたの?」
カレンも最初は自分は同情されてそこまで弱く見られているのかと空の末裔に不満そうだったが、空の末裔のドレスのスカートを破っている事を知って、驚いた様子だった。
「ええ。ベセルさんが選んでくれたドレスは暗鬼との戦闘に遭遇してもなるべく汚したくないって、いつも、その扱いに気遣ってたじゃない。どういう風の吹き回し?」
「そうだな。お嬢はドレスの時は選んでくれたベセルに申し訳ないからって、ベセルを一番に考えて行動してたじゃないか」
これにはカレンだけではなく、バイス、サメヤマにも驚かれた。
空の末裔は深呼吸を繰り返した後、バイスとカレン、そして、サメヤマとイブに向けて言った。
「僕は、この世界の空の末裔じゃない。見た目は女の子だけど、中身は男なんだ」
「うへ、お嬢、まだ同じ事言ってるのか。バイス、いよいよ、影の街で暗鬼専門の医者やってるワタリの診察必要じゃないのか?」
「……そうね。ナビゲーターちゃん、このままだと、この戦いが終われば影の街で暗鬼専門に医者やってるワタリさんに診察してもらう必要あるかもしれないわ」
空の末裔の訴えを聞いてサメヤマは面倒臭そうに、バイスは深刻そうに、それぞれ、影の街で暗鬼専門に医者をやっているワタリの診察が必要だと話した。
「え? 見た目は女の子でも中身が男? あなた、何、言ってるの? バイス達の話してるよう、暗鬼の毒にやられたの?」
「……」
同じく、空の末裔の告白を聞いてカレンは一歩下がり、イブはサメヤマの影に隠れる始末だったけれど――。
「僕は、この世界の女の子の空の末裔じゃない。別世界の男の空の末裔だ。この世界の僕はベセルを大事に扱ってたみたいだけど、別世界の僕はバイスとカレンを一番大切で一番大事に扱ってるんだ。今も、その思いに変わりない」
「――」
その言葉は、その思いは。
「お嬢、こんな時に冗談は――」
「――お兄ちゃん、目の前の空の末裔ちゃん、いつもの空の末裔ちゃんじゃないよ……」
ははは。サメヤマは空の末裔の告白を笑おうとしたが、彼と腕を組んでその震えを抑えようとするもしっかりとそう答えたのはイブだった。
イブは震えながらも、はっきり言う。
「……お兄ちゃん、私、分かるよ。洋服選びの時も、会議の時も、今も。いつもの空の末裔ちゃんじゃなかった」
「イブ、お嬢の言う事、分かるのか」
「うん。私、自分の病気のせいで周囲の変化に敏感だから。空の末裔ちゃんの変化には、気が付いてた。それだから、空の末裔ちゃんの言うよう、今回は、カレンさんをリーダーにした方が上手くいくと思うよ……」
イブは弱弱しく、しかし、はっきりとそれをサメヤマに告げる。
サメヤマとイブのやり取りを聞いていたバイスは、カレンに意見を求める。
「ナビゲーターちゃんの話、カレンはどう思う?」
「……そうね。見た目はいつもの女の空の末裔でも、中身が別世界から来た男だと訴える空の末裔の話は、普通の場面であるなら聞き流して、即、ここから離脱していた。でも」
でも。
カツン。カレンは優雅にヒールを鳴らし、空の末裔に顔を近付け、ニィと笑って、そして――。
「――でも、ベセルのドレスを破ってまで駆けつけてくれたその勇気、そして、別世界では本当に私とバイスを大事に扱っているのは分かったから、それに応じてあげるわ」
「カレン、ありがとう……」
それからカレンは槍を暗鬼に向けて、咆哮をあげる。
「白夜城の名のもとに、このカレン、進撃する!」
そして。
「サメヤマ、イブ、バイス。私の槍をめがけて後に続きなさい。特にサメヤマ、私の遅れを取らないで」
「は、誰がお前の槍に遅れを取るかよ。お前が取りこぼした奴をオレが仕留めてやるよ」
「お兄ちゃん、カレンの槍の先、見間違わないでよ」
「カレンの後を追うのは得意なの、任せて」
カレンの指示を受けサメヤマは拳を掲げ、その背後にイブが陣取り、バイスはカレンの槍を目印に弓を引く準備に入る。
そして――。
「反撃、開始!」
空の末裔の号令で、カレンをリーダーに、サメヤマ、イブ、バイス、それぞれが、それぞれの武器を持ち、暗鬼との戦いに挑む。
「やった、勝利!!」
暗鬼の襲撃は、最初は苦戦していたサメヤマ達も、空の末裔の登場より、あっさりと片付いてしまった。
「はぁ、はぁ。さすが、お嬢――空の末裔だ。お前が来なかったらオレ達だけでは、この暗鬼を仕留められなかった」
「ナビゲーターちゃんの指示でカレンをリーダーにしたから良かったのよ。いつも通りにサメヤマがリーダーであればバラバラで、ここまで、まとまらなかったわ」
戦い終わった後、地面にへばりついたサメヤマ、立ってはいるが息が上がりっぱなしのバイスは、空の末裔の指示を称賛する。
「今回の戦いでお兄ちゃんの一撃必殺は、カレンの槍で弱らせた後の方が効果あるって分かったの、良かったかも。いつもは序盤でお兄ちゃんの一撃必殺使うから、どうしても最後でエネルギー不足になっちゃって、肝心な時に使えなくなるんだよね」
「イブの言うよう、サメヤマはいつも必殺の一撃を序盤に使うから、最後のトドメが弱かったのよね。今回だけではなく、会場での戦闘でもそうだった。私もそれ気が付いてたけど、サメヤマがリーダーのR・Wの土地では言い出せなかった。空の末裔のおかげで、サメヤマ達がそれに気が付いてくれて良かったわ」
イブに続いてカレンも、今回ばかりは空の末裔のおかげだと、彼に――彼女に向かって微笑む。
それだけで――。
それだけで男の空の末裔は、胸がドキドキした。
ところ、で。
「空の末裔……」
「ええ、ベセル? 何で此処にベセルが居るの?」
「ああ、この戦いが発生した時、ナビゲーターちゃんが不在と分かってすぐ、ベセルさん、助っ人呼びに行ってくれてたのよ」
今までどこで見ていたのか――ベセルが現れ、空の末裔は慌てる。
バイスは冷静に、ベセルが急に現れた理由を説明する。
「助っ人? ベセルは、僕を探してくれてたの?」
「いえ。私はバイスさんの言うよう、サメヤマさんの会議で疲れてた感じのあなたを休ませてあげたかったから……、別の助っ人を呼んできたんですよ」
「別の助っ人?」
はて、あまり仲間と群れないベセルが頼りにしている助っ人とはいったい――空の末裔が首を傾げる背後に大きな影が落ちた。
ぬらり、と、現れたのは。
「空の末裔よ……」
「イスタバンさん?!」
影の街の棟梁であり、ベセルの養父でもある、イスタバン、その男だった。
イスタバンは驚く空の末裔を見て、面白そうに笑う。
「R・Wに暗鬼の襲撃者が現れたがいいが自警団のヘール達と傭兵団のルーク達は一般光霊達の避難誘導で使えない、しかし、肝心の空の末裔はサメヤマの会議で疲れている様子なのでなるべく自分達で片付けたいから助けてとベセルに言われて駆け付けたが、杞憂に終わったようだな。状況を即座に判断して華麗に裁く、さすが、空の末裔だ」
「い、いえ、そんな大した事ないです。でも、駆け付けるの早かったですね。イスタバンさんも、サメヤマの会議に出席する交渉役のベセルが心配だったんですか?」
「ああ。無法地帯のR・Wで傭兵のルークが護衛としてベセルに付き添いなのはいいが、あいつは、商売系の交渉に関しては、からきしだ。サメヤマの強引な手でベセルに何か不利な条件を突き付けたときは俺が出る手配だったので、会場のすぐ近くで待機していたわけだ」
「そうだったんですか。ベセルはでも、一人でサメヤマとの交渉をやり遂げましたよ」
「うむ。俺も手持ちの端末でサメヤマとベセルの会議の様子を見ていた。そこで娘の成長を見届けられて、誇りに思う。しかし、それより――」
それより。
イスタバンの視線は、ビリビリに破かれたスカートにあった。
「それより、いつもの空の末裔らしからぬ、愉快な格好だな」
「あ、ええと、これはその、せっかくベセルが選んでくれたドレスを破ったのは反省してますけど、皆の所に駆け付けるのに自分の手持ちのナイフで破った方が走りやすくて良かったんです。ベセル、ごめんよ……」
がくり。空の末裔は、せっかく選んでくれたドレスを台無しにしてしまい、ベセル本人を前に申し訳なく思った。
しかし。
「いえ。ドレスを破いてまで皆さんの所に駆けつける様は、カレンさんと同じく、勇ましいお姫様のようで、憧れます。私は、あなたの友人で良かったと思います」
「ベセル……」
空の末裔は、ベセルにそう言われ、胸が熱くなった。
そして。
「うむ。俺もベセルに遠慮せず、ドレスを破いてまで光霊達のもとに駆け付ける様はカレンと同じよう、勇ましい姫君のようだと思った。よくやったな」
「あ……」
くしゃ、と。空の末裔はイスタバンの大きな手が、自分の頭を優しく撫でたのが分かった。
見上げればイスタバンは、優しい顔をしていた。
次に見た時、イスタバンは空の末裔よりもベセルの方を見詰めていた。
「ベセル、また、俺と一緒に空の末裔に相応しいドレスを選びに行くか?」
「はい、了解しました。その時が楽しみですね」
イスタバンにそう誘われたベセルは、嬉しそうに微笑む。
「相変わらず、親バカね……」
「同感」
イスタバンとベセルのやり取りを聞いていたカレンは呆れて、バイスはくすくす笑いながら、それぞれ見守るに徹する。
――ああ、こんな優しいイスタバンさんを見たの初めてかもしれないし、ベセルとの関係も羨ましい。これも、女の子ならではのイベント、かな?
空の末裔もイスタバンとベセルの親子の様子を微笑ましく思い、それをぼんやりと見詰めていた時、だった。
――恋を、している。
――どう頑張っても叶わない恋、を。
「……ッ?」
「空の末裔?!」
「ナビゲーターちゃん、大丈夫?!」
――私の想いは、あの人には届かない。分かってる。でも。諦められない。
「これは……」
流れ込んでくる。
誰かの切ない想いが。
『誰か』じゃない。想いの主と、その想いの相手は分かっている。理解した。理解したうえでこんなのは有り得ない――。
胸を押さえてヒザをつき、うずくまる空の末裔を見て、カレンとバイスが心配してその体を支える。
額から汗が噴き出し、動悸も激しい。
「お兄ちゃん、お医者さん呼んだ方が良いかも!」
「お嬢、この数日の間、おかしかった。多分、どっかで暗鬼の毒にやられたせいだ。おいベセル、暗鬼の毒の治療法に詳しいワタリ、呼べないか」
「はい、もうすでにワタリさん、呼んでます。ワタリさん、数分で駆けつけるとあったので、その間、サメヤマさん達で空の末裔を医務室へ」
慌てるイブ、イブに応じてベセルの肩を叩くサメヤマ、冷静ではあるが焦りを隠せないベセルと。
それから。
「空の末裔、ワタリを待っている間、つらいのであれば、俺の手を」
イスタバンも空の末裔を心配するよう、その手を差し出す。
「あ、ありがとうございます。でも……」
男の空の末裔は、イスタバンの手を取るのを戸惑った。
イスタバンはその空の末裔を心配する。
「どうした? そこまでつらいのか? それなら、俺の肩を貸そう」
「い、いえ、イスタバンさんの手をわずらわせるほどでは――」
くらり、と。
眩暈がした。
暗転――。
目を閉じて目を開ければ、目の前が真っ暗になった。
知っている。
もう一度目を閉じて目を開ければそこは、自分の世界だと。
ああ、やっと、男の自分の世界に戻れる――そう思ったのも束の間だった。
「恋を、している。どう頑張っても叶わない恋を――」
「君は……」
目の前に現れたのは、もう一人の空の末裔――女の子の空の末裔だった。
女の子の空の末裔はもう一人――男の空の末裔と向き合い、彼に微笑む。
「私の世界、どうだった? 面白かった?」
「全然、面白くない。君が男の光霊達の間で人気あっても時間を気にせずに来る誘いはわずらわしいし、何より、ドレスが走り難かった。君、いつもあんな格好で戦ってるの? あ、そういえばベセルのドレス、破いちゃったんだけど……て、あれ、元に戻ってる? やった、やっぱりいつもの空の一族の伝統のローブの方が動きやすい!」
気が付けば男の空の末裔はドレスではなく、いつもの空の一族の伝統あるローブを着ていて、落ち着いた。
女の子の空の末裔も同じ伝統のローブを着ていて、男の空の末裔と同じ気分だと笑いながら打ち明ける。
「あはは、だよねー。私も公の場以外は伝統のローブが良いと思ってるんだよ。でも一応、女だから、場に相応しい格好しなくちゃいけなくてね」
「ああ、そうだね。女の子は、公の場には相応しい格好じゃないといけないのは、理解できる。そこは、大変そうだって思った」
「うん。私、十七年間引きこもってたせいで、そのへん疎いからさ。バイスお姉ちゃんだけじゃなくて、そういうのに詳しいベセルがついてくれて良かったと思ってるんだ、本当。バイスお姉ちゃんやベセルと一緒のドレス選びも楽しいは、楽しい」
「そうか、それは良かった。それで、君の方は僕と入れ替わるように男の僕の世界に行ってたんだろ、どうだった?」
男の空の末裔は自分の世界はどうだったかと、興味だけで、女の子の空の末裔に聞いた。
女の子の空の末裔は、あっけらかんとその感想を話した。
「そうだね。男の子の君の世界、けっこう楽しかったよ。私、空の末裔っていうだけで男の光霊にモテるせいでベセル以外の影の街やR・W、北境の女の子の光霊達から嫉妬されて敬遠されてたんだけど、君の世界は地域関係なく女の子の光霊達とまんべんなく付き合えてるのが分かってそこは羨ましかったかな」
「あ、やっぱ、バイスやベセル以外の女の子の光霊達から距離置かれてたの、女の空の末裔っていうだけで男の光霊にモテるせいだったのか……」
男の空の末裔もそれには気が付いていたが、あえて、黙っていた。
「中でも意外だったのは、白夜城で実力主義者で孤高のお姫様のカレンさえ、君にご執心だったって事かな。事あるごとに私に頼ってくるカレン、新鮮だったわ」
「うん。カレンは見た目は冷たくて厳しそうだけど、中身は優しい子だよ。元の世界に帰れば、カレンとよく話し合えばいい。多分、それで君はカレンの良さが分かるし、カレンも今まで距離置いてた君の事、分かってくれると思うよ」
「そうだね。元の世界に戻ったら、カレンと話してみるよ。ところでさ」
「な、何?」
カツン、と。女の子の空の末裔は軽い足取りで、男の空の末裔と距離を詰めて顔を覗き込み、意地悪な笑みを浮かべて言った。
「ところでさ、バイスとカレン、どっちが君の本命?」
「!」
女の子の空の末裔にハッキリと聞かれた男の空の末裔は、顔を真っ赤にして、そこから飛びのいた。
女の子の空の末裔は男の空の末裔のそれを見て、遠慮なく笑った。
「あはは。君、嘘が吐けないね。分かりやすくていいわ~」
「き、君だって、男の光霊でそういう相手居るだろ、今回の話で僕でも、その相手、誰か分かったんだけど!」
「うん。私、それで男の君と入れ替わったらどんなに良いかって、毎晩寝る前に、それ願ってたんだ」
「あ……」
急に笑うのを止めて真面目な顔でそう言った女の子の空の末裔と、それに気が付いて言い過ぎだったと青ざめる男の空の末裔と。
彼女の、些細な、それでも大事な願い事――。
「……空の末裔の秘めた力は、凄いもんだよね。光霊達だけじゃなく、私の願いも聞いてくれるんだから」
「……」
「男の子になって分かった事がある」
「……何?」
男の空の末裔は、女の子の空の末裔の話を静かに聞いている。
「男でも女でも、あの人の大事なものは変わらないって事。どんなに頑張っても、私の想いは彼には届かないって事も」
「――」
――これほど残酷な現実はない、と、思った。
「君、私の世界で私が好きな相手、分かってるよね」
「分かってるけど……」
男の空の末裔は、今までの夢の話で女の子の空の末裔の本命が誰か、分かっていた。
分かっていて――これほど切ない話もない、その苦しみも理解してしまった。
女の子の空の末裔はしかし、落ち着いた様子で言った。
「でも、今回、夢でそれが分かって良かったと思う。そうじゃなければ、男の子の世界の彼も、私の好きになった彼で間違いないって思ったから」
「……君は、強いね。僕以上に」
「そうかな。私は君のよう、ドレス破ってまで駆けつけるなんて、とても出来ないよ」
「あのさ、今回、夢から覚めたらそれのせいで君の扱い、変わってるんじゃない、かな。相手の光霊も僕がドレス破ってまで皆の所に駆けつけたの、凄く称えてくれたから」
「そう?」
「きっと、そうだよ。相手が相手だからって、まだ諦めるの早いよ。僕は女でも男でも、相手から何か言われない限りはその相手を諦めたくないんだ。君も僕と同じでしょ?」
「……」
「君は僕と同じ、諦めが悪い。諦めないうちは、相手から引かない方がいいと思うよ。それに」
「それに?」
「それに多分、相手も君の事は、『彼女』以上に気にかけてるんじゃないかな。感知せずともそれが分かった」
「そう見えた?」
「そう見えたよ。君は同じ空の末裔の言葉、信じてみても良いんじゃない?」
「……うん、そうだね。同じ空の末裔が言う事なら信じられるよ。あの光霊を諦めるのはまだもう少し先になるかな。ありがとう」
女の子の空の末裔は男の空の末裔の前でようやく、笑顔を見せた。
男の空の末裔はその顔がとても綺麗だと思ったし、男の光霊達が時間を気にせず彼女を誘いたいと思うのが分かった気がした。
ところ、だった。
「うわ、何だ? いきなり、光がっ」
真っ暗な空間に、いきなり、光が差し込んできた。
女の子の空の末裔はそれが何か分かった風に、話した。
「あ、もう、時間みたい」
「ああ、そうか。もうお別れの時間か。僕はもう少し、君と話したかったけど」
「私ももう少し君と話したかった。でも、また夢で会えるかもしれない」
これで、もう終わり。でも、終わりじゃない。
男の空の末裔は決心した面持ちで、女の子の空の末裔と向き合う。
そして――。
「僕、君の想う相手が相手でも、夢で応援してるよ。僕がまた君の夢に入れたら――君の願いを受け入れるように入れ替われたら、その時、相手の彼にそれとなく君の事をどう思ってるか聞いてみるかするけど、どうかな」
「……ありがとう。多分、私の願いをあなたが応じてくれる時に、あなたと入れ替われると思うから、その時は、よろしくね」
男の空の末裔の想いを聞いた女の子の空の末裔は微笑み、彼に向かって手を差し出した。
「外の世界から彼に君の想いが届くよう、見守ってるよ」
「うん。私もあなたの気持ちが『彼女』に通じるよう、見守ってるよ」
男の空の末裔と、女の子の空の末裔。
お互い、想う異性の相手が誰か分かったうえで、握手を交わす。
「それじゃあ――」
「――また」
暗転――。
「ん、んん……」
目を覚ませば、ソラヴァンではない、見知らぬ部屋の中だった。
窓が一つあるだけの、真っ白な壁に覆われた無機質な部屋。
あるのは自分が寝かされている白いベッド、それから、医療で使われる医療器具と診察で使われる機械群だった。
「此処は……、影の街にあるワタリの診療所か?」
自分が寝かされている部屋は、影の街にあるワタリの診療所の診察室のようだと思った。
体を起こして状況を確認した時。
「……ナビゲーター、ナビゲーター?」
「バイス?」
そばについていたのは、バイスだった。
バイスは空の末裔の手を取ると、泣いて喜んだ。
「良かった、本当に良かった! あれから――R・Wのサメヤマの所で倒れてから、一時間くらい目を覚まさなかったから、どうしようかと思った!」
「ええ? 僕、サメヤマの所で倒れてたんだ?」
「覚えてないの? サメヤマ達の外交会議の場で暗鬼の襲撃があって、一足先に戻るって言って戻ってたあなたが私とサメヤマ達のために駆けつけてくれたんだけど、その戦闘が終わったさいに暗鬼の毒にやられたせいか、倒れちゃって。それで、サメヤマの会議の場に居合わせた影の街のベセルさんに暗鬼専門のワタリさんの診療所まで連れてきてもらって……」
「ちょっと待って、R・Wであったサメヤマ達の外交会議、僕の世界でもあったの?」
「前から話してたじゃない、サメヤマがあなたのおかげでほかの地域の光霊に刺激を受けて、R・Wの勢力を拡大したいから協力して欲しいって」
「そうだったかな……」
「もう、大丈夫? ナビゲーターが倒れた後に影の街でイスタバンさんとベセルさんの案内で暗鬼専門にやってる医者のワタリさんに診察してもらって、彼がいうには暗鬼の毒は受けてないっていう話だったけれど――ちょっと待って、ナビゲーター、自分の事、なんて呼んでた?」
「え? 自分の事? 僕、っていつも通り――」
バイスの言う事が訳が分からずに戸惑いながらもそう言えば、いきなり、バイスに抱き締められた。
「良かった、いつものナビゲーターに戻ってる!」
「え、いつもの僕って、まさか、僕の世界に女の子の空の末裔が来てたとか?」
「そう、そのまさか。ナビゲーター、倒れる間際まで自分は外見は男だけど別の世界から来た女の子の空の末裔だって、皆に必死に訴えてたの。って、そういうあなたは今まで、女の子のナビゲーターの世界に行ってたの?」
「そうみたい。あっちの女の子の世界と、こっちの僕の世界でお互い、入れ替わってたんだ」
「なるほど、そういうわけ」
うん。バイスは空の末裔の話を信じるよう、うなずいている。
――あれ、向こうの女の子の世界で男になってる僕の話を不審がってたバイスと違う?
空の末裔はそれに気が付いて、バイスに恐る恐る聞いた。
「……バイスは、皆にそれを必死に訴えてたっていう女の子の空の末裔の話、信じてくれてたの?」
「ええ。私、以前からナビゲーターが女の子になる夢の話、聞いてたから、それで」
「そうか。前から女の子になった夢の話、バイスに聞かせてた。それすっかり忘れてた。向こうの女の子の空の末裔も、夢で男になった時の話、バイスに聞かせてたのかな?」
「いえ。女の子のナビゲーターちゃんは、私より、影の街のベセルさんにそれ話して聞かせてたみたい」
「ベセルに? そうだったの?」
男の空の末裔は、バイスのその話は初耳で、素直に驚く。
バイスは言う。
「女の子のナビゲーターちゃんの世界では、私じゃなくて、影の街のベセルさんがナビゲーターちゃんの補佐役やってたみたいで、夢で男の子になってた話もベセルさんに聞かせてたんですって」
それからバイスは笑って、話を続ける。
「そうそう、それで、ナビゲーターちゃん、女であるために男の光霊ばかり寄ってくるから、ほかの地域の女の光霊達にそれに嫉妬されて、白夜城のカレンともあまり親しくないって、へんな事ばかり言ってるあなたを心配してソラヴァンまで駆けつけてくれたカレンを見て驚いてたわよ。
私はてっきり、女の子のナビゲーターちゃんの世界では、私とカレンとあなたの三人で仲良くやってるのかと思ったけど、実際は違ってたのね。それから、ナビゲーターでも女の子ならではの苦労話も聞いて、そこは同情しちゃった。男女でそこの違い、ちょっと面白かったわねえ」
「何だ。それじゃ向こうの僕、バイスより、その話を聞いてたベセルに相談してれば理解が早かったのか……」
がくり。空の末裔は、女の子の世界ではバイスの役目がベセルに入れ替わっていると聞いた時にそれに気が付くべきだったと、今になって分かって肩を落とした。
その空の末裔を心配するのは、やはり、バイスの役目だった。
「ナビゲーター、調子どう?」
「ああ、もう大丈夫。中身も元の男の僕に戻ってるから、心配しないで」
「そう、それは良かった。私、医者のワタリさんと、そこの待合室で待っててくれてるベセルさんにもう大丈夫だって伝えて来るわ」
「あ、そういえばさっき、僕の付き添いにバイスとベセルのほか、イスタバンさんも一緒だったって聞いたけど、本当? 今はイスタバンさんの気配感じないけど……」
空の末裔は、バイスが影の街のワタリの所にベセルだけではなく、イスタバンもついてきたという話を忘れなかった。
「それね。イスタバンさんも暗鬼のせいで倒れたあなたを心配してくれて、途中までベセルさんと一緒について来てくれたのよ。イスタバンさんは、ワタリさんの治療で落ち着いたのを見届けてから、仕事があるとか言って、一足先に帰ったわ」
一息ついて、続ける。
「それで医者のワタリさん、あなたの付き添いが私とベセルさんだけじゃなくてイスタバンさんも一緒だったの見て『過保護三兄弟の登場か、これは真面目に治療しないとな』って、笑ってたわ」
「そうだったのか。イスタバンさんもベセルと同じ、忙しい人だからな。此処までついて来てもらっただけでも、感謝しないとね」
――バイス、イスタバンさん、ベセル。なるほど、確かに過保護三兄弟だな。でも、この光景は向こうの女の子の空の末裔も同じなのかな。同じだったら良いよね、うん。
空の末裔はワタリのその言い方に妙に納得したのと同時に、此処には存在しない女の子の空の末裔を思った。
そして。
「それから、あなたはまだ調子出ないと思うから、しばらく、そこで休んでて。調子良くなったら、一緒にソラヴァンに戻りましょう」
バイスは目覚めたばかりの空の末裔を気遣うようにそう言って、診察室を出て行った。
――向こうの女の子の世界はベセルだろうけど、やっぱり僕の世界では、バイスがそばについててくれる方が安心できるし、一番落ち着くなあ。
男の空の末裔は、バイスの有能ぶりを目の当たりにして、つくづくそう思ったのだった。
そして、それから。
男に戻って調子が良くなったとワタリとベセルに感謝を伝えてからバイスと一緒にソラヴァンに帰ると、出迎えてくれた光霊が二名ほど。
それは。
「空の末裔、調子はどう――あら、完全に元に戻ったようね?」
「そのようですね。目の前に居るのは、いつもの男性の空の末裔で間違いありません」
「ビクトリア、ネイルス!」
久し振りにソラヴァンのカフェに行けば、そこで優雅に紅茶とケーキを食している真理結社の女王、ビクトリア、そして、彼女に心酔するネイルスの姿があった。
「ビクトリアとネイルスはどうして、此処に? 君達、僕に何か依頼出してた?」
はて。空の末裔は真理結社のビクトリアとネイルスがソラヴァンまでわざわざ来てくれる理由に心当たりが無く、不思議そうに二人を見詰めるだけだった。
ビクトリアはネイルスと顔を見合わせた後、薄っすら笑みを浮かべて言った。
「忘れたの? 私とネイルス、空の末裔は、R・Wで開催されたサメヤマの外交会議の後に出会って、自分が別世界から来た女の空の末裔だからそれの話を聞いて欲しいって、私とネイルスに訴えてたじゃない」
「はい。しかしその時、バイスさんから暗鬼の襲撃を受けたと緊急連絡が来て、その話が有耶無耶になったんですよ。で、そのあとにバイスさんから空の末裔の調子が元に戻ったと連絡を受けて、ビクトリア様と此処まで来た次第です」
ビクトリアに続いてそれに補足するのは、ネイルスの役目だった。
空の末裔はビクトリアとネイルスの話を聞いて、それを思い出した。
「あ、そうだった。僕、誰もが――バイスですら自分が女の子になった事を信じてくれない中で、真理結社のビクトリアとネイルスなら僕が女の子になった話を――ああ、ここでは、女の子が僕になった話を信じてくれると思ったんだ」
「そう、こちらの世界でのあなたは私とネイルスに『自分は外見は男だけど、中身は別世界から来た女の空の末裔』だって、必死に訴えてたわ。元の男のあなたは私の期待通り、あちらの世界で女の子の空の末裔と入れ替わってたようね? その世界、どうだったか、詳しく聞かせてくれないかしら?」
「私もあなたが女性になった別世界に興味ありますね。あちらの世界では、私とビクトリア様の関係はどうだったのか、とか」
「はは、真理結社のビクトリアとネイルスらしいね。分かった、別世界で女の子になってた僕の話を聞いてくれる? そうそう、それから」
それから――。
「それから、大人で恋愛経験もあるビクトリアであれば、別の世界の女の子の空の末裔が抱えてる問題――、男の光霊を相手にした恋愛相談について引き受けてくれるんじゃないかって期待してるんだけど。どうかな」
空の末裔は別世界の女の子の空の末裔が抱える恋愛問題は、恋愛ごとには鈍いバイスやカレンでは負担が大きいが、恋愛経験豊富で男の光霊のあしらい方も知っている大人なビクトリアであれば、女の子の空の末裔が抱える恋愛問題も引き受けてくれるのに丁度良いと思った。
「あらあら、それは光栄な話だわね。良いわ、今から、あなたと約束してた、お茶会しましょう。ネイルス、それにあう新しいお菓子と紅茶を選んでちょうだい」
「お任せを」
ビクトリアは空の末裔の話を聞いて微笑み、ネイルスはソラヴァンのカフェにある物資からお茶会用のお菓子とお茶を用意するために厨房へ向かった。
昼下がりの午後、男の空の末裔は真理結社のビクトリアとネイルスを相手に、お茶会を楽しんだ。
――別世界の女の子の空の末裔にも、こんな素敵な時間があると良いな。
男の空の末裔は、嫉妬されるせいでベセルとバイス以外にあまり仲良い女の光霊が居ないと嘆いていた女の子の空の末裔の気持ちを思いながら、また彼女の夢が見れるよう、眠りについたのだった――。