鉄とダイヤモンド(05)

 そして、それから。


「おはようございます!!」

「おはよう~」


 朝。カルデアのキッチンにて、彼女の姿があった。

「お姉さん、焼きそばパン一つ、あと、カレーパンとドーナツも追加で!」

「お任せを!」

 お姉さんはカルデアのスタッフの料理番として採用され、キッチン内で、日本式の惣菜を担当する事になった。その中でも彼女の焼く日本式の総菜パンは、サーヴァント達だけではなく、生き残ったスタッフの間でも評判だった。

「おお、これが噂の焼きそばパン! ほかのカレーパンやドーナツも、日本の映画やアニメで見て憧れてたんです!」

「はは。マシュからすれば日本式の総菜系、現物見るの初めてだっけ。そういえばエミヤやタマモキャットといった料理得意のサーヴァントに日本食が懐かしくなって日本の和食を注文する事あっても、こういった日本式の総菜パンとかドーナツとかハンバーガーとか、ジャンク系の食べ物注文するの、イベント以外ではなかったなー。
 本当、これらを気軽に作れるお姉さんがスタッフとして残ってくれたの、感謝しないと」

 お姉さんの作った焼きそばパンの現物を見て感動するのはマシュで、そのマシュを見てそれに気が付いて、注文したカレーパンを見詰めて感慨深げに話すのは立夏だった。

 お姉さんはマシュが自分の料理を美味しそうに頬張っているのを見て、驚いていた。

 何故なら。

「マシュ、南極のカルデアに居る時は栄養剤しか駄目ってあったけど、今では普通の食事も食べれるようになったの?」

「はい。マスターの力を借りてデミ・サーヴァントとして動けるようになってからですけど、一応、人間の食事も食べれるようになりました。私もロマニ医師から日本に住んでるっていうお姉さんの話を何回か聞いた事があって、中でも彼女の作る料理が美味しい、それ食べれば誰でも元気になれると聞いていたので、ここでその願いが叶って良かったです」

「へえ。それはこちらとしても、嬉しい話だわ。たくさん食べて、元気になれ!」

「はい、頑張ります!」

 マシュとお姉さんの関係は、良好だ。隣で見ているこちらも嫉妬するくらい――と、思えば。

「しかし藤丸君も、危機的状況の中、こんなカワイイ子助けるなんて、やるねー」

「いやあ、オレもマシュを助けたくて必死だったんですよ。そう茶化さないでください」

 ははは。立夏は、お姉さんと笑いあう。

 子供みたいに泣いていたお姉さんはもう過去のもので、今はすっかり、カルデアのキッチンに馴染んでいるのだった。

 それだけではなく。

「私もマスターに応じて数々の日本の料理を作ってきたが、マスターが日本食でもそれ系の食べ物を必要としているのは分からなかったよ。そういえばマスターの年頃は、そういうのを欲しがるものだと思い出した。私も彼女が来てから、勉強になった」

「うむ。同じ日本産のタマモも、マスターのそれに気が付かなかったニャー。まだまだ修行が必要ニャ!!」

 エミヤ、それからタマモ達も、それらが作れる彼女の存在はためになると評判のようだった。

 そのほか、人間のスタッフの一人、ムニエルの話。

「今まで、エミヤやタマモキャットといった料理得意なサーヴァント達は、マスター以外でもオレ達の故郷の料理の注文受け付けてくれたけど、マスターじゃない一介の人間のスタッフが彼らにそれ注文するの気が引けて、控えてたんだよな。注文するときはマスターかゴルドルフ所長についてっていうのが常だった。
 だけどオレ達からすれば彼女が来てから同じ人間という事もあってそれ注文しやすくなったし、オレもマシュと同じく、日本のアニメや映画で出てくる念願の焼きそばパンの実物見れて感動したわ。あと、日本式の食パン! あれ、本当に口に咥えて走れるんだな!」

 スタッフの一人、セレシェイラの話。

「うん。私達、魔術師であってもただの人間からすれば、マスターとゴルドルフ所長以外でサーヴァントに物を言えて注文できるの、気軽にできなかった。それでいえば、彼女が来てから私含めて、ほかのスタッフ達も明るくなった気がする。そうそう、車両整備担当のチンって居るでしょ、あなた達と同じアジア系の。そう、彼、密かに彼女狙ってるって噂。でも、簡単にあしらわれてるらしいわ。面白いわね」

 お姉さんは、サーヴァント達だけじゃなく、カルデアのスタッフ達とも上手くやっているようだった。

 それから、シオンの話。

「日本だけじゃなくて、世界で活躍する魔術師は人でも物でも『縁』を大事にします。彼女は、それでいえば日本の冬木で魔術師としてマリスビリー・アニムスフィアとロマニ・アーキマンと知り合い彼らを離さず大事に扱い、その延長でカルデアに行く前のマスターも、彼女に引き寄せられたと考えるのが自然ですね。その結果、聖杯に飲まれても、その糸が上手い具合に彼女を目的地のカルデアまで引き上げてくれた――、それもまた、彼女の才能の一つですよ」

 シオンの話は立夏だけではなく、マシュも納得するものだった。


 お姉さんにも、変化はあった。

 これが多分、一番重要な話だ。

 別の日、昼の食事の時間。

「今日は、早めに帰れて良かった。まだ、昼の食堂やってるよね」

「はい。マスター、お姉さんが来てから、昼の食事の時間に帰れるように頑張ってますからね」

 ふふ。腹を空かせて早めに帰って来られてそれに期待している立夏と、その立夏を見て笑うマシュと。

 さっそく、キッチンに向かえばお姉さん手作りの総菜が並んでいたが、肝心のお姉さんの姿はなかった。

「あれ、お姉さんは?」

「セレシェイラさんと一緒ですかね?」

 お姉さんはあれから手紙がきっかけで、スタッフの中ではセレシェイラと一番仲良くなったようだ。立夏が不在の時は、セレシェイラが彼女の相手をよくしてくれているのを見かけるほど。

 と。

「マスター、お帰り。その様子だと、彼女を探してるのかい?」

「ダ・ヴィンチちゃん。そう、お姉さんを探してるんだ。知らない?」

 付近をうろついていたダ・ヴィンチと遭遇、彼女の行方を聞いた。

 ダ・ヴィンチは、反対に立夏に聞いた。

「マスター。あの時、彼女に使った最大出力で使用した令呪、復活したかい?」

「え?」

 ダ・ヴィンチに言われた立夏は、慌てて手の甲の令呪を確認する。

「あれから何日経ってると思ってる。御覧の通りで、令呪は完全に復活したよ。さっきの任務もそれで、何人かのサーヴァント使ったし」

 ほら。立夏はダ・ヴィンチに、三本の柱が描かれた令呪の効力が復活しているのを見せる。

 ダ・ヴィンチは、立夏の令呪の数を知ってそれから、ある方角を指さし言った。

「ふむ。それではあれは、マスターの令呪の効果ではないというわけか」

「あれ? ……あ」

「!」

 立夏だけではなく、マシュもそれを見て、素直に驚いている。

 そこには。

 ダ・ヴィンチが指さした方角――、キッチンの柱の陰に隠れて分からなかったがその方角には確かに椅子に座ってハンバーガーとポテトのセットを持ってハンバーガーを豪快に頬張るお姉さんと、それから。

「ソロモン王――」

 その彼女の様子を呆れながらも、黙って見守るソロモンの姿があったという――。


 願いの行方は、誰にも分からない。

 けれども。

 立夏はあの時、令呪を最大出力で開放し、『彼』を呼び出す事に成功した。


『――来い、ソロモン! お前がこの場に来ないで、誰がお姉さんを救える! オレの魔力、全部くれてやるから、さっさと来やがれ!』

『――そこまで乱暴に扱わずとも、令呪三つぶんも使えばさすがに応じるわ』


 ソロモン王はこの時、立夏のいつにない気迫に引き気味だったという。

 ソロモンは立夏の指示を聞くよう、黒い霧を晴らし、お姉さんをそこから引き上げる事に成功したのだった。




 それから。

 ストームボーダーに帰還してダ・ヴィンチの事情聴取を受け、医務室で保護された後、お姉さんはロマニ、もとい、ソロモンの正体を知って混乱状態に陥った。

『は? ロマニのもとが、人間になりたいと聖杯に願ったソロモン王?』

『うむ。私がソロモンとしてこのマスターのもとに顕現している間は、お前が願ったという奴の復活は不可能だ。何しろ、そのもとの私が目の前に居るのだからな』


 ははは、と。ソロモンは混乱するお姉さんを前に、愉快そうに笑った。

 ソロモン王は普段であれば魔術師であっても自分に相応しくない人間の相手はしないと、不機嫌そうに言った。

 その中で彼女の対話に応じるのは、立夏の発動した令呪の力を受けたせいだと、話している。

 お姉さんは頭を抱えながら、ソロモンに聞いた。

『そ、それじゃあ、私が聖杯に彼の復活を願ったの、まったく無駄だったと?』

『そうなるな。お前はただ、聖杯に魔力を集めるただの器として利用されていたに過ぎない』

『もしかして、私の純粋な彼への思いが聖杯に付け込まれただけ?』

『もしかしなくても、そうだな。しかも、マスターの令呪を最大限に使って彼を使い物にならなくしたのだ、迷惑かけまくりだな、ははは』

『うぐっ、なんの言い訳もできない!』

 ばたん。ソロモンの容赦ない言葉にお姉さんは、その場に倒れる始末だった。

 立夏はそのお姉さんを見て、気遣うように言った。

『あ、あの、オレの事はそこまで気にしないでください。使い物にならなくなったと言っても数日の間だけで、令呪が復活すればちゃんと元に戻りますから』

『藤丸君も藤丸君じゃないかな!』

『え』

『カルデアではロマニの指導のもと、人類救うためにマスターとして色んなサーヴァント一人で使いこなしてたんですって? 何でそれ、最初に説明してくれなかったの』

『いや、説明しても理解されるとは思わなかったし、お姉さんの彼氏さんがロマニとも思わずで……』

『そりゃそうでしょ。魔術師の私でもそんなの遠坂家の当主である遠坂凛、あるいは、イギリスの時計塔での有名人、エルメロイ教授でも不可能って思ってたもの。しかも何、カルデアにその遠坂凛そっくりさんのサーヴァントが何人か居て、エルメロイ教授も居るの? 何それ、何そのチート、私、とんでもない子と知り合いだったわけ? しかも、ロマニが担当してたマシュといい関係になっちゃってさあ! 私だけが一人で踊らされてるだけって、もう、もう!』

『お姉さん、元気になったみたいで良かった』

『え、これで元気な状態なんですか?』

 うわー、うわー。その事実を知って羞恥心が急に襲ってきてジタバタするだけのお姉さんで、その彼女を見て安心した様子の立夏で、その立夏を不思議そうに見るのはマシュであった。

 ソロモンはそのお姉さんを見て笑い、意地悪く言った。

『何も知らないばかな女がそれを願った所で、聖杯はそれに応じる気はなく、お前の魔力を永遠に吸い込む気だったと思われる。マスターが居なければお前はそれに気が付かず、あの時が止まった世界でさまよい続ける亡霊と化していただろう』

『ソロモン王、かつての恋人だったお姉さんにそこまでの言い方はどうかとけど』

 立夏はさすがに言い過ぎではと、ソロモンをたしなめる。

 ソロモンは冷めた目で立夏を見返し、これまた冷たく言った。

『は? 私はこのばかな女を恋人だとは過去も現在も、微塵も思ってはいないが』

『え、いやでも、ロマニ、カルデアが出来る前、マリスビリー初代所長のお使いで日本に来た時は、お姉さんの所に通ってたって聞いたし、手紙にも何年後か分からないけれど迎えにいくって。それで、恋人関係じゃないの?』

『知らん。かつての私は、彼女については多分、都合の良い女扱いしてただけだ。それか、このばかな女が勘違いしてただけじゃないのか』

『そんな……』

『現在の私はマスターの所有物であり、マスターの指示を聞いているだけに過ぎん。マスターが彼女に私について説明できたというのであれば、これ以上の滞在は無意味で時間の無駄だ』

『いやでも、オレの令呪が効果あるうちは、たとえ偉大なソロモン王であっても、お姉さんの事、少しは気にかけても良いと思うけど! 彼女もオレと同じ魔術師だし!』

 言って立夏は、手の甲にすっかり消えた令呪をソロモンに見せる。

 ソロモンはそれを嫌な顔をして見た後、言った。

『……、確かに私に使ったマスターの令呪はまだ効果あるにはあるが、私はそこまで彼女を気にかける必要はないと判断する。現在の私と過去のあいつは、完全に別物だ』

『……』

『それから彼女はマスターと同じ魔術師であっても、彼女の魔力は微量で私をあれこれ指示する力はない。それでは』

『ソロモン!』

 すっと。言うだけ言ってソロモンはあっさりその場から消えて、マシュも『ソロモン王、座に戻ってます……』と、言い難そうにそう伝えたのだった。

 お姉さんは。

『いや、ロマニのもとがソロモン王だってのは驚いたのは驚いたけど、ロマニはサーヴァントとして復活したんだと分かればそれはそれで良かったと思ったし、ほっとした』

『お姉さん』

『ソロモン王の話は、私も知ってる。その偉大な王が私みたいなばかな女と付き合うわけないし、彼の言うよう、日本では都合の良い女扱いして勘違いしてただけだわ。藤丸君はそこ、気にしなくていいから。ははは』

『お姉さん……』

『……』

 お姉さんはロマニの正体を知って何か吹っ切れたように笑うも、立夏とマシュは笑えずに立ち尽くすだけだった。



 ――と、いうのに。

「お姉さんは都合の良い女扱い、そう言ってたのに何で、ソロモン、お姉さんと一緒なんだ」

 ダ・ヴィンチは声を潜めて、立夏にそのわけを明かした。

「噂によれば彼、マスターが不在の時を狙って、ちょくちょく、彼女に会いに行ってるようだよ」

「は? 何それ、どういうわけ」

 立夏も音量を下げて、ダ・ヴィンチにそれを問い質した。

 ダ・ヴィンチは言う。

「それ目撃したサーヴァントによれば、マスターの令呪の効果で仕方なく彼女に付き合ってると話してたってさ。私もつい最近、ソロモンが彼女と一緒に居る所に遭遇して聞けば、マスターの最大出力の令呪の効果がまだ続いているせいだってそれ不服そうに言ってたっけなぁ」

「いやいや、オレがあの時使ったソロモンに使った令呪の効果、とっくに切れて復活してるんだけど! ソロモンもオレの指示無視して、自由に動けるはずだけど」

「だよね! 私もマスターのそれ知ってるからソロモンのその話はおかしいと思ったんだけど、彼女を守るようにぴったりくっついてる彼を前に中々言い出せなくてね」

 ははは。ダ・ヴィンチは、ソロモンの振る舞いに愉快そうに笑う。

 と。

「――おい、貴様ら、そこでコソコソ、何やってる」

「あ」

 柱に隠れて見ていたのを張本人、ソロモンに見つかってしまった。

 立夏はマシュ、ダ・ヴィンチを連れて、ソロモンとお姉さんが座る席へとやって来た。

 それから立夏は向かい合って座っているソロモン、そして、お姉さんを見比べ、彼女に聞いた。

「あの、お姉さん。ソロモンに何かされてるんですか? もしソロモンで嫌な思いとかしたとあれば、オレに遠慮なく言ってください」

「いや、別に何もされてないし、ソロモン王と一緒で嫌な思いはしてないよ」

「それでどうしてお姉さんは、ソロモンと一緒に?」

「セレシェイラやほかのスタッフ達が用事あって相手してくれない時に私が一人で食事してたら、彼がフラっと現れて、一緒になってくれるんだよ」

「ほう、ほう。で、ソロモンはお姉さんに何用があって一緒に?」

 にやにや。立夏はにやけ顔が止まらず、ソロモンに問い質す。マシュとダ・ヴィンチもお互いの手を繋ぎ、期待して、彼の答えを待つ。

 ソロモンは思い切り嫌な顔をして、立夏に答える。

「別に、このばかな女と一緒に居るわけじゃない。昼時、私がいつも座っていた席にこの女が座っていたので、仕方なく相席になっただけだ」

「え、そうだったの? 私、此処がいつもソロモン王が座ってた席だったなんて、今、初めて聞いたんだけど」

 きゃー。お姉さんの証言を聞いて、マシュとダ・ヴィンチから小さな悲鳴が上がる。

 ソロモンは女達を無視して、立夏に向けて話した。

「……。マスターの令呪がまだ効果あってだな」

「いや、それとっくに効果切れてますけど。その証拠に、オレの手の甲の令呪マークも完全復活です」

「……。……。自分の作ったものを試食して欲しいと言われて、それで」

「試食系は食事を必要としないサーヴァントより、ゴルドルフ所長を中心とした、人間のスタッフ相手の方がいいんじゃないでしょうか。それか、アーチャーのエミヤかタマモキャットか料理系サーヴァントとか」

「……。……。……。用事を思い出した、これで失礼する」

「ああっ、いつにない速さで逃げられた!!」

 立夏のニヤけた顔による追及が耐えられなくなったのかソロモンは席を立つと、その場からさっさと逃げてしまった。

 くすくす。お姉さんの笑い声が立夏に聞こえた。

「ソロモン王って伝説通りの厳格な御方かと思えば、意外と親しみやすくて接しやすくてさ。良いよね、彼」

「ですよね! オレもソロモンのそういうとこ、好きなんですよ」

「私もです」

「私もー」

 ははは。立夏とマシュ、ダ・ヴィンチはソロモンが逃げた代わりになるよう、お姉さんと一緒の席につき、ソロモンについて語り合い、笑いあう。

 十分。

 お姉さんも立夏もマシュも、それだけで十分だと思った――。





 余談。

 スタッフ達が寝静まった、静かな夜。

「眠れない夜は、アニメ見放題に限るな、うん。まさか、ここで去年流行った日本のアニメが視聴できるとは……」

 ストームボーダー、誰も居ない管制室にて、お姉さんはサンドイッチが入ったカゴを抱えて、空いている席に座る。

 因みに、ダ・ヴィンチ、それから、シオンとネモ達に夜中に管制室を使ってもいいかという、その許可は取ってあった。その影響か、お姉さんが管制室に入った時、明かりがついて、設備もそのまま使えたのだった。

「自分の部屋じゃ回線悪いのか、アニメ、途切れ途切れになるんだよな。設備の揃ってる管制室なら問題ないって、ダ・ヴィンチの言ってた通りだったか」

 お姉さんは椅子に座って一人、イヤホンをつけて、携帯端末を持ってデータとして蓄積されている日本のアニメを楽しんでいた。

 自分の部屋ではアニメを視聴するのに途中で回線切れて不安定、それをダ・ヴィンチに訴えれば管制室の回線使えば安定していると教えてもらったので、一人、誰も居ない夜の管制室まで来た次第である。

 と。


「――夜にいい大人が一人でアニメか、見ていて呆れる」

「あら。これ、あなたが日本のアニメで一番好きだったっていう、魔法少女シリーズなんだけど」


 お姉さんは振り返らず、くすくす笑いながら相手に応じる。

 相手――ソロモンは不機嫌そうに、お姉さんの隣に静かに立つ。

「ふん。人間だった頃の私は、今と違ってつまらない子供だった」

「あなたと出会った当時、女子高生だった私からは、いい大人に見えてたけれど」

「……、ああ言えばこう言うとこは、変わってないな」

「お互いにね」

 むしゃむしゃ。お姉さんは片手でアニメを見ながら、片手でサンドイッチを美味しそうに頬張る。

 ソロモンは、そのお姉さんを呆れた様子で見ている。

「おい、夜に食べているとまた太るぞ。ただでさえ、見苦しいというのに」

「失礼ね~。少しは藤丸君、見習ったら?」

「私は事実を言ったまでだが。お前、このままいけばゴルドルフの女版になるぞ」

「うぐ。普段はダイエットはしてるんだよ、こう見えて! おまけにゴルドルフ所長じゃなくて、ギリ、ジナコちゃんくらいじゃない?」

「そうか?」

「むむ。まだ疑うの? それ確かめるのに、あなたであれば私のお腹、触っていいよ~、ほら、ほら」

 言ってお姉さんは、むにむにと、自分のお腹をつまんでみせた。

 ソロモンはそのお姉さんを、怒鳴りつける。

「この偉大な王である私がただの人間の女の腹に触れるか! それに、お前もサーヴァントとはいえ、男の前で簡単に腹を見せるな!」

「お。そこは人間だった頃と変わらないんだねえ。あなたがロマニだった時、私が横になってるだけで男の前で簡単に横にならない方がいいってうるさかったし、あなた以外の男――男のアイドルに夢中になってると、ボクが居る時はボクに注目するべきじゃないかとか、そいつよりボクの方がカッコイイだろーとか、色々うるさかったの思い出したわー」

「……本当、ああ言えばこう言う所は変わってないな」

 はっはっは。遠慮なく笑うお姉さんと、笑えずに顔を引きつらせるだけのソロモンと。

 お姉さんは言う。

「これ昼の残り物で破棄するの勿体無いし、おまけにここの艇、セレシェイラの手伝いしてて分かったけど、のんびりしてたイギリスの時計塔より激務でそれに絶望してる中でのちょっとした息抜きなんだから、少しくらい見逃してよ~」

「……まあ、お前が何かを美味しそうに食べる姿を見ているぶんは悪くないし、お前の作るものはマスターをはじめとする人間達に評判だからな。それから、世界から見れば日本の女は痩せ過ぎだ、お前みたいに、もう少し体重あった方がいいとは思う」

「あ……」

「何だ」

「いや。ソロモン王も、ロマニと同じ事を言ってくれるんだと思って、それ聞いて感動しちゃった。やっぱりソロモン王、あなたは、ロマニのもとなんだなって思って」

「――」

 それを思い出してくすくす笑うだけのお姉さんと、口元を抑えるソロモンと。

 お姉さんはそれから、それらを気にしないよう、アニメに視線を戻した。

「ソロモンもこのアニメ、見る? これ、ロマニが好きだったアニメなんだけど」

「……その絵の女は魔法使いのようだが、何をしている?」

「いま、ヒロインが魔法少女に変身して、銀行に押し入って人質取った悪党倒すとこ」

「……」

 お姉さんの見ている場面はちょうど、ヒロインが変身ステッキを借りて可愛い魔法少女に変身し、客を人質に取って銀行強盗を働く悪党を倒す所だった。

 ソロモンはお姉さんの説明を聞いて理解しているのかしないのか、そのまま、彼女と一緒にアニメを見ている。

「よし、魔法の力で悪を倒し、人質解放! やった!」

「……」

 ぱちぱち。お姉さんはヒロインの魔法少女の活躍に拍手を送るも、ソロモンは腕を組み難しい顔をしたままだった。

 それというのも。

「……、彼女は人質を取るほどの悪党を倒しておいて何故、それを彼らの前で公表して自慢する風でもなく、変身を解いた後、その間に何もしなかった警察に任せて自分はひっそり退却するのだ?」

「それが良いんじゃない。ヒロインの魔法少女はあくまでも誰かの陰に過ぎなくて、悪役もちゃんと成敗されて、警察によって裁き受ければそれでヨシ、めでたしめでたし」

「……」

「あー。これ、日本人特有かもしれないね。日本人は陰で感謝されればそれでいい、人助けしても、あまり目立ちたくないって感じなんだよねー。ソロモンみたいな外人は確かに、表に出て感謝される方が良いかもしれないけど」

「ふむ。確かに、人間だった頃は日本人との間で、その差を痛感する時があったな。こちらが手を差し伸べて助けても彼らはそれを公表せず、あまり大事にしたくない風が殆どだった」

「でしょ。日本の魔術師もそれだから、イギリスの時計塔みたく学問として幅広くやってるんじゃなくて、ひっそりやってるんだよ。自分の力が誰かの助けになればいい、それはでも、自己満足で完結するってね」

「なるほど。自己満足か。それでいえば彼――マスターがこの世界をひっそり助けたいと思うのも、それのうちか?」

「さあ。私では藤丸君の考えは分からないけど、それに近いかもね。自分の力で世界を助けてもそれを自分だけの手柄にせず、サーヴァント達、それから、この艇の皆のおかげっていう風にしたいのは、藤丸君の良い所だとは思うよ」

「……」

 はは。お姉さんは軽い感じでそう評価するも、ソロモンは腕を組んで考えたまま。

「あら、あなたはまだそれに納得いかない風?」

「偉大な王として崇められていた私から見れば、マスターがこの世界の人間を助けてもその助けた人間達から感謝される事もなく、ひっそりと日常生活に戻りたいというのは、理解し難いものだ」

「そうだね。藤丸君がこの件を世界に公表しない限りは、彼の行いが世界を助けた人間達から感謝される事はないと思うけど、でも」

「でも?」

「でも、それを私達が――ゴルドルフ所長を中心としたこの艇の人間のスタッフ達、それから、あなた達、サーヴァントが藤丸君のした事を覚えていればそれで良いんじゃないかな?」

「――」

 それは。

「私もこの旅が終われば私を助けてくれた藤丸君の事、忘れたくない、少しでもこの記憶に残したいと思っている。それからもちろん私はロマニの事も忘れてないし、あなたの事も――ソロモン王の事も忘れたくないよ」

「……」

「藤丸君のこの過酷な旅は、英霊のあなた達からすれば短い時間の中の短い出来事かもしれない、終わってしまえばすぐ忘れて次のマスターにいってるかもしれないけれど――」

 くしゃ、と。

 お姉さんは最初、何が起きたのか分からなかった。

 ソロモンは手を伸ばしたかと思えば、お姉さんの頭を撫で、それから、彼女の耳元でささやいた。


「――ロマニだった時の感情は、まだ残っている」

「――」


 それは。

 その、言葉は。

 お姉さんが口を開いて何かを聞こうとする前にソロモンの視線は彼女ではなく、管制室のドアの方に注がれていた。

「おい、貴様ら、いつまで覗いてるつもりだ」

「え、あ」

 お姉さんがソロモンにつられてドアの方を見れば、立夏とマシュの二人がドアの陰でこちらの様子を窺っているのが分かった。

「あ、えと、やっぱ、ソロモンにはバレてたか。ははは」

「すみません……」

 立夏はバツの悪そうに誤魔化すように笑って、マシュは本当に申し訳なさそうに、お姉さんの前にその姿を見せる。

 お姉さんも呆れた様子で、立夏とマシュを見て聞いた。

「何で二人して、此処に?」

「いや。ダ・ヴィンチちゃんから、お姉さんが管制室でソロモンと一緒に居るって、お姉さんに何かあったら面倒だから様子見てきて欲しいって言われてそれで」

「ダ・ヴィンチちゃん、お姉さんが管制室でアニメ見てるだけっていうのは分かってたんですけど、ソロモン王が一緒では不安だとおっしゃってまして……」

 お姉さんの問いに立夏とマシュはそれぞれ、答える。

「私がソロモン王と一緒に居るの、そこまで気にする必要ないと思うけど。まあ、古参のダ・ヴィンチからすれば新参者の私が管制室で何やらかすか気が気じゃないってのは分かるけどさ」

「……(ダ・ヴィンチちゃん、それだけでお姉さんにオレとマシュの監視役つけたわけじゃないと思う)」

「……(ですねえ)」

 ひそひそ。ダ・ヴィンチのやり方に不満を言うお姉さんに対して、立夏とマシュはそれだけでダ・ヴィンチが自分達を彼女の前に寄こしたのではないと分かって、そう、小声で言いあう。

「ふん。貴様らが現れたのであれば、私は必要ないな。これで失礼する」

「ソロモン」

 言ってソロモンは立夏が引き止める間もなく、お姉さんの前からあっさりと姿を消した。

 管制室は、お姉さん、立夏、マシュの三人だけになる。

 立夏はバツの悪そうに、お姉さんに言った。

「あの、オレ達、お姉さんとソロモンの邪魔しましたか」

「いえ。あなた達がソロモン王の代わりに付き合ってくれるというのであれば、そこまで気にする必要ないわ。私に付き合う気あるなら、好きなとこに座ってくれる?」

 お姉さんは慌てて、立夏とマシュにも座るように促す。

 立夏とマシュはお姉さんに応じるよう、好きな席に座る。

 と。

「ところで藤丸君、さっきの私とソロモン王のやり取り、そこで聞いてた?」

「あー……、聞いてないと言いたいとこですけど、誤魔化せません、全部聞いてました、すみません」

「うっわ。藤丸君には、恥ずいとこばっか聞かれてるじゃん!」

 ぎゃー。お姉さんは、立夏にさっきの話を聞かれていると分かって羞恥心が募り、頭を抱えるだけだったけれど。

「でも、嬉しかったです」

「藤丸君」

「オレも、助けた世界の人達に感謝されるより、この艇のスタッフ達とそれから、サーヴァント達が自分のした事を覚えてくれればそれで良いと思ってましたから。オレは、自分が助けたお姉さんからその話を聞けて、嬉しかった」

「藤丸君……」

 本当に嬉しそうに笑顔を見せる立夏と、その立夏を見て胸が熱くなるお姉さんと。

「やだ、もー。藤丸君って、本当、天然タラシだわ!」

 きゃー。その照れを隠すよう、立夏の背中をバシバシ叩くお姉さんだった。

 それから。

「マシュ、自分だけかと思ったら大間違い、油断大敵、藤丸君をちゃんと見張っておきなさい。旅が終わっても、世の女達が彼を放っておかないからね!!」

「は、はい、それは分かります! 旅が終わっても、私が先輩をちゃんと捕まえておきます!」

 マシュは、お姉さんの言いたい事がよく分かって、しっかりうなずく。

 少し居心地が悪い立夏は、お姉さんが持っていた携帯端末に映るアニメに注目する。

「ええと、あの、お姉さん。此処でソロモンと、なんのアニメ見てたんですか」

「あ、これ、日本で放送してた魔法少女シリーズ。聞いた事ない?」

「それ、オレは見た事なかったですけど、カルデアでロマニがよく見てたの覚えてます。ロマニが自分の机にそのヒロインのフィギュア飾ってて――あ、えと、その」

 お姉さんを前にして、話して良いものだっただろうか。

「大丈夫。私もロマニがそのヒロインのファンだって知ってて、日本に居る時にロマニと一緒にこれ見てて、同じようにハマってたから」

「お姉さん」

 立夏の気遣いは無用と、笑うだけの、お姉さん。

「君達も眠れないなら、此処でこのシリーズ、一緒に見ない? 管制室じゃないと、接続状態悪くて途切れちゃうんだよね」

「ああ、それで、管制室で見てたんですか。オレ、そのアニメ、マトモに見た事なかったんですよ。オレもこれを機会に、シリーズ通して見てみようかなぁ」

「ふふふ。藤丸君もこれにハマるといいわ。それから藤丸君さあ、私を前にロマニの話題出すの控えてる感じだったけど、私の前ではそれ気にしなくていいから」

「……あー、それも、分かってたんですか」

「……」

 お姉さんの話を聞いて、立夏とマシュの間に緊張感が走る。

 お姉さんはしかし、それを気にする風でもなく言った。

「藤丸君、セレシェイラだけじゃなくて、ほかのスタッフ達に聞けば、地球が白紙化された後でもロマニの話題避けてたんだって? それ、藤丸君の体にもよくないと思う。ゴルドルフ所長だけじゃなくほかの人間のスタッフに気遣って、ロマニについて何も言えないのは分かるけどね。私は別にそこまで気遣う必要ないから」

「でも」

「こういう、誰も居ない時限定になるけど、同郷のよしみだ、ロマニ以外でも私相手に吐き出したいものがあれば、我慢しなくていいよ。私も我慢せずに、藤丸君に相手してもらってるから、お互い様じゃないかな」

「お姉さん……」

 立夏は泣きそうになるのを堪える代わり、顔をあげ、それから決心したように吐き出した。

「オレが白紙化された地球を正常に戻してこの世界を救うのは人類のためじゃない、そこから、そこに囚われているある一人の女性を助けたいと思ったからです。オレはそこまで、正義の味方じゃない」

「そっか。うん。それはそれで良いと思うよ。藤丸君は、人類のためじゃなくて、一人の女性のために地球を救う。カッコイイ。私も藤丸君がその女性を助けられるよう、最後まで応援してるよ」

「お姉さん……。お姉さんに聞いてもらって、少し、気が楽になった」

「先輩……」

 はは。そういう立夏は、吹っ切れたように笑っていた。そばでその話を聞いていたマシュも、どこかほっとした様子だった。

 それから。

「藤丸君にマシュ、眠れないのであれば、ロマニが好きだったアニメ、朝まで見る? そこで三人でロマニについての思い出を語るのも、よくない?」

「いいですね。オレもロマニについて語りたい事、いっぱいあったんです。あ、マシュ、君は眠くてオレ達に付き合いきれないというのであれば、もう部屋に戻った方がいい」

「いえ。私もロマニ医師について話したい事あったので、丁度良かったです。朝までお二人に付き合いますよ」

 お姉さん、立夏、マシュの三人は、朝になって管制室にダ・ヴィンチとゴルドルフ所長が来るまで、ロマニについて思う存分に語り合ったという。



 そして、その朝。

「お姉さん、外見てください、外!」

「外? あ」


 最初、それに気が付いたのは立夏だった。

「これって……」

 お姉さんもそれに気が付いて通路に出て、立夏、マシュと三人一緒になって窓から外を見る。

 そこにあったのは。

「凄い、凄い! マシュ、綺麗だね!!」

「はい。とても綺麗ですね!」

 立夏はマシュと、白紙化された地球の大地に降るもの――氷の結晶、ダイヤモンドダストを見て、はしゃぐ。


「へえ。たまにはこういうのも、いいな」

「そうね。代わり映えのなかった白紙化された地球に降るダイヤモンドダスト、素敵」

「素晴らしい。イギリスから南極に来た当初、こういうのを見る余裕もなかったが。改めて、この奇跡の自然現象が見られるとは思わなかったよ」


 キラキラ。通路にて白紙化された地面に降り続ける奇跡の自然現象――ダイヤモンドダストに、ムニエル、セレシェイラ、ゴルドルフは拍手を送り、ほかの人間のスタッフ達も集まってそれに釘付けになって彼らと同じよう、拍手と歓声が響き渡ったという。

 それより室内、管制室では、映像で外の様子を見ていたシオンが呟くように言った。

「あらら。白紙化された地球の大地は南極と同じ白銀の世界というわけじゃなく、南極でも滅多にないダイヤモンドダストなんてこの世界では有り得ないんですが――、これはいったい、どういう怪奇現象でしょうかねえ? ダ・ヴィンチ、マスター呼んで、異常を調べますか?」

「はは。シオン、それの疑問を持ってマスターを呼ぶというのは、野暮じゃないかね。それ聞いたネモ達もシオンの暴挙に、呆れてるよ。ストームボーダーの屋上に居るサーヴァント確認できればその原因、君でも単純明快だろうに」

「失敬、まさか私も彼がここまでやってくれるとは思いませんでしたから。けどまあ、これは彼女だけではなく、異星の神との最終決戦を控えるマスター達にとって、良い思い出になりましたね」

 ダ・ヴィンチはダイヤモンドダストを降らせたサーヴァントが誰であるか分かっていて、シオンもそれにとっくに気が付いていたので、二人して笑うだけだった。


 お姉さんは白紙化の大地に降り続けるダイヤモンドダストを窓から見詰め、

「――ロマニ、ありがとう」

 そう、小さく呟いた。


 そして、それから。

「藤丸君、マシュ、ちょっといい?」

「お姉さん、屋上の彼の所に?」

 立夏はニッと笑って、天井を指さす。

「うん。彼に――ソロモン王にお礼言いたいから、一緒について来てくれる?」

「もちろん!」

「了解です!」

 それからお姉さんは、立夏とマシュを連れてソロモンが居るだろう、ストームボーダーの屋上へ向かったのだった――。

FGO、ロマニ相手。以前からロマニ相手の夢やりたいと思ってて、でも、第一部でも第二部でもあんな風になったので、これもう女主しか相手無理だろ、オリジナルのキャラが割り込む隙ないかと思ってたところで第二部の最終決戦手前でソロモン復活というわけで、この話が出来上がりました。新章の第三部でそれらが覆されたらどうしようもないけど。
夢主の名前をどうしようかと思いましたが、まあ、ここは「綺麗なお姉さん」で通す事にしました。これらは藤丸立夏から見た視点であるため、それで間違いない。あと、お姉さんは最初はソロモンに引き上げられたさいにサーヴァント化させるかと思いましたが、それなら後半でソロモンが彼女を気に掛ける必要ないわなと思い、最初の魔術師で落ち着いた次第。
因みに夢主の体重については、ジナコくらい、平均より上。外人から見れば日本の女の子は痩せ過ぎ、それはそう。痩せ過ぎ。そのへんはロマニは気にしなさそうというわけで、あんな感じに。

更新履歴:2026年05月28日