空色ラプソディー(01)

 とある日の午後。

「ふ、ふふふ……」

 『おこたみ』達が集う『おこた部屋』にて明かりもつけず薄暗い中では一人、不気味な笑みを浮かべていた。

 冬の寒い時期にだけ出現する『こたつ部屋』であるが、今日に限ってはルナールを中心とする『おこたみ』メンバーは不在で、部屋はカラッポだった。

 その当時のはユーステスの紹介でグランサイファーの艇に乗ったばかりの頃で、イオに誘われてこたつ部屋とルナール中心のおこたみのメンバーを紹介され、たった一回でそこが気に入り『おこたみ』の仲間に入ると宣言、それがルナールに認められ彼女達の仲間入りを果たした直後だった。

 当時、がおこた部屋に来たのは単純に、掃除目的である。いつものよう、クラウディアの言いつけで各自の部屋の掃除をこなしていくうち、おこた部屋に行きついたのだった。

「あらあら、ルナールってば、自分の同人誌散らかしちゃって出て行ったんだ。仕方ないなあ」

 ルナールの座る席には、彼女が大事に扱っている何冊かの同人誌が雑に散らかっていた。ルナールは自分で手掛けた絵物語の本以外にも、見本市で他の描き手が描いた同人誌も何冊か買って持っていると聞いていて、散らばった本を積み上げれば何十冊とあった。

「ええと、これ、ルナールの本と、ほかの人の本、作家別に並べた方が良いかな、て、あ」

 ばさばさ、と。はその時点ではルナール達が愛読しているBLのジャンルに興味はなかったが――、作者別に並べようと積み重ねた本を手に取れば再び床に乱雑に散らばり、慌てて片付けようとしたところ、ここで落ちてきた一冊のBLの同人誌を手に取った事で彼女の世界が大きく変わったのだった。


 それから数日後。

「――泥棒?」

「いつものよう、おこたの部屋に行ったら、今日は私以外に誰も来ていないのにガサガサへんな音がするの! 誰か知らない人が部屋の中をあさってるか、悪戯でおかしなもの投げ込まれたかも。団長さん、ついてきて!!」

 団長のグランがおこた部屋の主であるルナールからそう訴えがあったのは、昼の事だった。

 ルナールの訴えを聞いて、グランは思い出す。

「あれ、今の時間、が部屋の掃除してるって、クラウディアから聞いてるけど。おこたの部屋に入ってるの、じゃないのか?」
「いつものなら明かりつけて堂々と掃除してるわ。部屋が真っ暗な状態でへんな物音――ガサガサ聞こえるの。それ、じゃないと思う」
「ふむ。それもそうだな。そういうわけなら、団長の僕も一緒に行かないわけいかないか。分かった、ルナールと一緒におこた部屋に行くよ」
「お願い~(やっぱりここの団長さん、頼りになってカッコイイ!!)」

 グランは、ルナールの訴えを聞いて、得たいの知れない何かが部屋に入っていると怯えて震える彼女と一緒に『おこた部屋』に入った。一方のルナールは自分の訴えを聞いてそれをあっさり了解する頼りがいのある団長らしいグランを見て、惚れ直しそうだった。

 そして――。

「ふ、ふふ、ふふふ……」

「ほら、不気味な笑い声とガサガサする音が聞こえる!! 絶対、何かへんなもの持ち込まれて――」

 ぱちん。

「あれ、やっぱりじゃないか」
「え?」

「!」

 ぎゃああ。部屋の中の正体不明なものにルナールは悲鳴を上げた後に耳を塞いでグランの背後に隠れるも、グランは冷静に部屋の明かりをつけたのだった。

 部屋が明るくなって分かったもの、それは。

 ルナールの本棚をあさり、そこにある本を読み更けているの姿であった。

 ルナールはの姿を確認し、彼女に詰め寄る。

「……、明かりもつけずに薄暗いおこたの部屋で――更に私の本棚の前で何やってんの?」
「あ、え、ええと、クラウディアさんの指示で部屋の掃除に来て、それで、そのぉ」

 グランとルナールに見付かったは慌ててあるものを背後に隠しながら言い訳を試みる、が。

「それ、私の本!」
「!」

 ハーヴィンのルナールはその能力を活用して素早くの背後に周り、彼女の隠していたものをあっさりと発見したのだった。

 つまり。

「……つまり、掃除の最中でルナールの同人誌に手をつけたら止まらなくて、掃除のたびに彼女の本、盗み読みってたってわけかな?」
「はい。掃除の最中に手に取ったルナールの同人誌、読み始めたら止まらなくなって、それで、そのぉ」

 おこたの部屋から出たは廊下で、団長のグランに事情聴取を受けた。

「全く。私の本が読みたいなら読みたいって、ちゃんと言ってくれれば良かったのに」
「いやー。おこたの部屋でルナールがいつも大事そうに読んでたんで、なんの力も持たない私みたいなのが借りて良いのかと思っちゃって。ごめんなさい……」

 の仕業に呆れるルナールと、ルナールに申し訳なさそうに謝ると。

 そして。

はもう、私達と同じおこたみなんだから、そこ気にしなくていいわよ。まあ、私もがその同人誌を描いた作家さんを気に入ってくれたのは私も嬉しいし、その作家さんの本が読みたい時は私に一言言ってちょうだい」
「ルナール、ありがとう。次からはルナールにちゃんと言うよ」

 ルナールはが自分のお気に入りだった作家の同人誌を気に入ってくれたと分かれば悪い気しなかったし素直に謝ってくれたので、これ以上の追求はせず、この問題はここであっさりと解決した。

 団長のグランも、とルナールの関係があっさり片付いて良かったとほっとしたところ、で。

、その本、隠れて読むくらい面白いのか?」
「はい。とても」

 グランは、が隠れて読むほどの同人誌の内容に興味を持った。

「それなら僕も読んでみたいな。それ、どんな内容?」
「ああ、これ、男同士の恋愛を描いたBLなんですけど、本当はお互い思いあってるのに影で隠れて仲間に内緒で裏で取引する場面が本当によくて――」

「――ぎゃあああ、未成年の団長さんはそれ禁書扱いだから!!」

 ばんっ。ルナールはハーヴィンの能力をフル活用してから素早くその本を奪い取り、『未成年』の団長のグランの前から隠した。

、言っておくけどこの作家さんのBLシリーズは年齢制限あって、年齢満たしてるはいいけど、未成年の団長さんにはご法度! 未成年の団長さんはそれご法度だからそこ気を付けてちょうだい!!」
「わ、分かった、次からは未成年の団長さんには気を付けます!」

 は鬼の形相のルナールにそう迫られて、それ以降、おこた部屋でルナールに同人誌の扱いに関するマナーを叩き込まれたのだった。


 それから月日は流れ、イルザの組織と月の民の末裔達の間でゴタゴタがありそれが全て片付いた後の話である。


「ルナール、例のシリーズの新作、完成したんだって?」

 『おこたみ』メンバーの一員として名前を登録してあるは、休憩の合間、ルナール中心の『おこたみ』メンバーが集う『おこた部屋』に顔を出した。

希望のシリーズの本が昨夜、出来上がったの。どうぞ」
「わあ、ありがとう!」

 は嬉しそうに、ルナールの本を受け取ったあと、こたつに入って読み更ける。

「それ、騎空団の団長と何もできない冴えない村娘の間で繰り広げられる、空の旅シリーズよね」
「実は、何も出来ないと思ってた村娘のヒロインが亡国の血を引く元お姫様で、それが分かってから、団長さんと元お姫様の村娘でくっつきそうでくっつかない、微妙な距離感が続いてるんですよね」

 こたつでお菓子を食べながらそのシリーズの内容を話すのは、メリッサベルとマキラである。

 そして。

「その空の旅シリーズの騎空団の団長は文句無しに強くて格好良いんだけど、此処の優しい団長さんとは正反対で人間に冷たくて、星晶獣との戦いにしか興味無いっていう戦闘狂だった。でも、何もできない村娘のヒロインとの出会いで次第に変わっていく。更にその村娘のヒロイン、実は、亡国の王家の血筋で、滅んだ王国の地下に眠る星晶獣を復活させるために帝国軍に追われる身になってドロドロした人間関係に巻き込まれて、それを団長さんと共に解決していく壮大なストーリー……。
 キャラ設定もネタも、どっかで聞いた事ある話だわね」

「はは。しかもその強くて格好良い戦闘狂の団長さんはエルーンの狙撃手で、何もできない元お姫様の村娘のヒロインはヒューマンなんですよね……」

 そのストーリーを知っているミラオルとザーリリャオーは、こたつでルナールのそのシリーズの最新作を黙々と読んでいるを見る。

 ふふん。ルナールは得意げに、声を潜めてシリーズのネタを明かす。

「この団、ネタに事欠かないほどネタの宝庫だからね、いくつか、この団の団員さん達の話を参考にさせてもらってるわ。それでいえばこのシリーズのエルーンの狙撃手で星晶獣の戦いにしか興味無い戦闘狂の団長さんと、何も出来ない元お姫様の村娘は実は、組織で星晶獣狩りやってるユーステスさんと無力のがモデルだったりして~」

「それ、ここで打ち明けなくても読めば誰でも分かるって」
「ですよねー」

 得意げにそのネタを明かすルナールに苦笑するのは、メリッサベルとマキラだった。

 そして。

 ぱんっ。黙々と本を読んでいたは最後のページにたどり着き本を閉じ、ルナールに向けてその感想を話した。

「いやー、今回も良かったよー。中でも村娘のヒロインと団長さんが仲間達に内緒で山の中の温泉でこっそり会う場面がめちゃくちゃ良いし、その後の勘違いでの、すれ違いもキュンキュンするよー」
「そうでしょ、そうでしょ」
「前回、団長さんが騎空団の仲間の助言でもうヒロインと会わない方が良いと言われ、根が真面目な彼が素直にそれ実行して、ヒロインの方も帝国軍に襲われた村の復興の手伝いで忙しくしててお互いに会えない状態が続いた中でのこれでしょ! それで山奥の温泉で偶然に団長さんと会った時のヒロインのドキドキ、めちゃくちゃ分かるわー」
「うんうん。身分違いの恋は、それぞれの仲間に内緒でこっそり逢引したり、お互いの勘違いですれ違うのが定番で醍醐味なのよ。そのシチュ考えるのも楽しいっていうか」
「次、この二人、どうなるの? 失われた王国に眠る星晶獣の力を手に入れるためにヒロインを狙う帝国軍のイケメン俺様将軍が何かよからぬ企み持ってるって、丁度良い場面で終わってるんだけど!」
「それは、次回のお楽しみ」
「えー。次回まで待てないー。ていうか元お姫様の村娘のヒロインを狙ってる帝国軍のイケメンで俺様将軍のモデル、完全に白竜騎士団のパーシヴァルさんじゃん」
「ふふ、その周りを固めるお供の騎士として、同じく白竜騎士団のランスロットさんやヴェインさん、ジークフリートさんをモデルにしたイケメン騎士キャラも登場予定だったり? 次はその中から、団長さんのライバル現るって感じで一つ!」
「きゃー。ますます次回が楽しみだわ!!」

 本を読み終わったと作者のルナールで、次回作について盛り上がる。

「団長と元お姫様の村娘の空の旅シリーズ、ルナールは最初は単純にグランサイファーの団の人間関係をスケッチで描いてたネタだったんだけど、それ見たの希望でちゃんとストーリー練ってから本で出したんだっけ?」
「そう聞いてますね。ルナールは最初はそれのシリーズは製本で出す気はなくて、とユーステス君をモデルに団の人間関係を見ながら趣味で作ってただけと聞いてますけど。そうですよね?」

 メリッサベルはとルナールが盛り上がるのを尻目にマキラに問い、メリッサベルに問われたマキラはミラオルに確認、ミラオルはマキラにうなずいて応じる。

「そうそう。ルナールの中ではこのシリーズは別に製本にするつもりなかったらしいけど、ルナールのネタ帳を見てそのヒロインが自分がモデルだと知ったの希望と圧が凄くてちゃんとストーリー作って、製本にしたって話してたわ」
「でもおかげで、このシリーズ、絵物語の見本市でも評判良いんですよー。書物の見本市に出せばさんみたいに今までの過去作を求めて遠方から来てくれて買い揃えてくれるファンも何人か現れてるくらいですからね」

 ルナールの助手として常に彼女についているミラオルとザーリリャオーは空の旅のシリーズが本格始動した理由を知っていて、それをメリッサベルとマキラに明かした。

「うんうん。団長さんと元お姫様の村娘の空の旅全シリーズ面白いから、わざわざ遠方から出向いてまで買い揃えたい気持ち、分かるわー。こんな素晴らしいお話と絵が描けるなんて、さすがルナールだわ」
「ありがとう。この空の旅シリーズファン第一号で元ネタのにそこまで言われると、続きを執筆する意欲もわくってもんよ」
「次回作も楽しみにしてます、先生!」
「ふふ、お楽しみにね~」

 ――次回作のネタは、それこそ、とユーステスさん次第だけどね。からネタを拝借しているルナールはそれを飲み込み、の前で微笑むだけで終わったのだった。

 と。

「あ、そうだ、ルナール、この本以外、ほかの作家さんのシリーズの新作もあるじゃない。これも何冊か借りていっていい?」
「どうぞ、どうぞ。あ、中にはちょっと過激なBLもあるけど大丈夫?」
「私、それ気にしないから大丈夫だよー。今までBLは見向きもしなかったけど、BLもけっこう良い話あるの、ルナールの本で気が付いたくらいだから」
「そう。にそう言ってもらえるのは、BLをたしなむ人間としては嬉しいわね」

 そういうルナールの顔は、本当に嬉しそうだった。

「ありがとう。また夕食時にねー」

 はルナールに空の旅シリーズ以外にも、ルナール以外の作家の同人誌を何冊か借りて、嬉しそうにコタツ部屋を出て行ったのだった。

 が出て行ったのを確認してから呟くのは、ザーリリャオーである。

さんて、ユーステスさんと普通に付き合ってるのにBLもいけるなんて思いませんでしたね」
「そうね。普通に男女の恋愛してる子はあまりBLに見向きしないって聞いてるけど、は違ったみたいね」

 ザーリリャオーだけではなく、ミラオルもの範囲の広さに感心を寄せる。

「でもルナール、に年齢制限のあるBL本を貸すのはいいけど、それが未成年の団長達に――中でも、イオに見つかったらヤバくないかな? は、わたし達より団長達と接する機会、多いと思ったんだけど」

 メリッサベルは、がBLの本を外に持ち出すのはいいがそれが未成年のグラン達に――中でもイオに見付かると面倒ではないかと、ルナールにその危険性を話した。

 ルナールはメリッサベルにうなずき、自分の考えを言う。

「私も最初はそれ危惧したけど、私が自らに年齢制限のある同人誌の危険性とそれの扱い方、マナーを叩き込んだから、彼女がそれ理解してるうちは大丈夫と思う」

「そう。ルナールがそこまでを信用してるなら、そのへんは大丈夫みたいだね」

 メリッサベルはルナールの話を信じるよう、それ以上の追求はしなかった。

 しかし――。

「……(メリッサ君とルナールはまだのある危険性に気が付いてないっぽいですね。でも今それ言うと混乱するでしょうから、黙っておきますか……)」

 この中で十二神将のマキラだけはのある危険性に気が付いていたが、ここでそれ以上の混乱を招きたくはないと思い、黙っていた。

「それで、次の絵物語の見本市で発表する作品のネタ、どうする?」
さんモデルの空の旅シリーズが無理なら、ほかのネタも考えなくてはいけませんよね」

「わたし達で何か良さそうなネタないか、ほかの団員達から聞いておこうか」
「それがいいですね。十二神将の中でも最近、何か面白い話がなかったか聞いておきますよ」

「それ助かる、お願いね~」

 それからミラオル、ザーリリャオー、メリッサベル、マキラの四人はシェロカルテ提供のお菓子を頬張りながら、ルナールの次回作をどうするか話し合い、それぞれ、楽しいひと時を過ごしたのだった。

 ルナールもとユーステスの関係を観察するのは好きで絵物語のネタにもなるので、彼女の存在はありがたいと思っている。

 ルナールとおこたみメンバー、の関係はこういう具合に、ゆるく続いていた。


 別の日、食堂にて。

 それに最初に気が付いたのは、ミラオルだった。

「ねえ、ルナールのカレーセット、一品多くない?」
「あ、本当ですね。わたしとミラ、ルナールさん、同じカレーセット注文してますよね?」

 ミラオルの指摘を聞いてザーリリャオーもそれに気が付き、ルナールの手元にあるカレーセットと自分のカレーセットを見比べる。
 カレーセットはその通り、カレーとサラダ、スープの定番メニューで、グランサイファーの食堂では一番人気があった。

 一品増えたもの、それは。

「それ、さんの手作りプリンじゃないですか!」
「出せばすぐ売り切れるっていう、幻のの手作りプリン!」

 ルナールに一品追加されたものは、の手作りプリンだった。

「わたし達は遅めの昼ご飯で、メニュー表にもプリン売り切れってあったのに、ルナールさんのぶん、取っておいたんですか?」
「えー。の手作りの幻のプリン、ルナールだけ? それ、ずるくない?」

「ええと……」

 人気で売り切れだった手作りプリンに、ザーリリャオーだけではなくミラオルに羨ましそうに見詰められ、当人のルナールは困ってしまう。

 ルナールは自分だけ手作りプリンが出されるのはおかしいと思い、本日の食事当番であるに向けて訴える。

「私、に手作りプリンを注文した覚えないんだけど。ほかの人と間違えてるんじゃないの?」

 は厨房から身を乗り出し、カウンター席に座るルナールに向けて言った。

「あ、その手作りプリン、私からの特別サービス、おごりだよ。それ、ルナールのぶんで間違いないから、遠慮しないでね!」
「え?」

 にこにこ上機嫌はで、その意味が分からず怪訝な顔になるのはルナールだった。

「特別サービスって、ルナールだけ? ルナール、に何やったの?」
「当番のさんにさん手作りプリンをおごられるなんて、良いですね。素直に羨ましいです」

「いや、私、におごられるような事、した覚えがないんだけど……」

 不思議そうなミラオルと、素直に羨ましそうなザーリリャオーと、戸惑うルナールと。

「私、ルナールのおかげで色々助かってるから、それのお礼」

「ええと、私、にお礼なんて言われる事は、してないと思うんだけど……」

 ???

 ルナールはに言われるも、そのに何かしてやったという記憶は全然無かった。

 その間。

「ルナール、そのプリン、遠慮せず食べてね。あ、ルナール一人じゃそれ食べづらいっていうなら、ザーリリャオーとミラオルにも追加で手作りプリン、サービスだよー」

「わあ、ありがとうございます!」
「なんかよく分からないけど、ルナールのおかげで私達も手作りの幻プリンが食べられて幸せ~」

「???」

 ルナールは最後まで意味が分からなかったが、自分での手作りプリンが食べられて嬉しそうなザーリリャオーとミラオルを見るのは悪い気がしなかったので、そのままありがたくプリンを受け取ったのである。


 別の日。

「ルナール、肩凝ってない?」
「あら、そう見える?」
「猫背になってるよ」
「多分、スケッチに集中してるせいかも。この団に居ると本当、イケメンと美少女多さに目移りしちゃって、栄養過多になっちゃうのよね~」

 ルナールが何かネタはないかとスケッチブック片手に艇内をうろついていると、同じく掃除でホウキ片手に艇内をうろついていたからそう声をかけられた。

 確かに最近、猫背で、肩凝ってるとは思っていた。

 そのルナールに近付くのは、である。

「ねえねえ、私がマッサージでルナールの体、ほぐしてあげようか」
「え、、マッサージできるの?」
「最近の話なんだけど、アウギュステでお手伝いしてる時にメグの友達のまりっぺからマッサージのやり方、教わったんだよねー。マッサージ習得すれば、組織やほかの仕事から帰ってきたユーステスのためになると思って。ルナール、まりっぺ仕込みの私のマッサージ試してみる気ない?」
「ふむ。メグさんの友達のまりっぺさん、メグさんのために色々資格持ってて、マッサージの資格も持ってるって話してたわね。のマッサージ、まりっぺさん伝授というなら、私で試してもいいわよ」

「ありがとう。上手くいけば、何回かやってあげるよ」
「そう、それは、ありがたいわね(の様子を見れば見返りを求めてというわけじゃなそうだけど)」

 むふん。腕を上げて張り切るにルナールは思う所あったが、ユーステスのためにまりっぺからマッサージを教わったという話は分かるので、素直に黙ってのマッサージを受けたのだった。

 結果的にはのマッサージは初心者向けで、プロ級のまりっぺと比べればまだまだのレベルであったが、まりっぺから教わっただけあって少しは体がほぐれたので、猫背気味のルナールからすれば受けて良かったと思った。

 その後、その話をミラオル達にすれば「私達はからそんな話は聞いてないし、マッサージも受けてないわよ」と不思議そうに言われ、「また自分だけ?」と、ルナールも戸惑うばかりだった。


 更に別の日。

「ルナール、ルナール。デリフォードさんから最新のサウナが体験できるっていうお店の招待チケットもらったんだけど、一緒にどう?」
「あら、良いわね。サウナに関してはデリフォードさんの紹介なら間違いない……と、言いたい所だけど」

 ここでルナールはジッと、を見詰めてきた。

「何?」
「そのサウナに誘うの、私で良かったの? それこそ、ユーステスさんか、いつもの団長さんとルリアさん達と行けば良いんじゃない?」

 いつものであれば団の誰かから何か招待されれば団長のグランとルリア達に真っ先に報告し、彼らと出かける事が多いのであるが。

「せっかくデリフォードさんにサウナの招待チケットもらったんだけど日を見ればユーステスは仕事の日と重なって駄目なのが分かって、団長さんとルリアちゃん達もその日は都合がつかなくて駄目だって」
「あら、そうだったの? 団長さん達とユーステスさんに関しては、残念ね」
「私は、ルナールが良くてルナール誘ってるんだけど。……迷惑?」
「い、いえ、迷惑なんかじゃないわ。が私を誘ってくれるのは、とても嬉しい」
「ありがとう。デリフォードさんからの招待チケットまだあるから、サウナ通のシェロさんとメリッサベル、ミラオルとザーリリャオー、マキラちゃん、いつものおこたみメンバーと一緒に行こうねー。それじゃあ」

「……」

 ルナールの了解を得られて嬉しそうに浮かれ気分で立ち去るで、そのに何か言いたくても何も言えないルナールだった。


 デリフォードに招待されたサウナ施設はさすがサウナの雑誌でコラムを書いているデリフォードというだけあって、とても満足いくものだった。

「此処、古いお店を改築して新しく生まれ変わった温泉施設でして、改築後にそこの常連だったデリフォードさんが雑誌で紹介した途端に瞬く間に予約の取れない人気店になったとか。わたしも一回、此処に行ってみたかったんですよ。これも、団でデリフォードさんと親しい間柄のさんのなせる技ですねー」

「うん。わたしもここのサウナに興味あったけど、いつも満員で予約が中々取れなかったんだよね。がデリフォードと仲良いおかげで招待チケット手に入れられたから、ありがたいよ」

 おこたみの中でもサウナ通のシェロカルテとメリッサベルは、がデリフォードと親しいおかげで中々予約の取れないサウナ店の招待チケットをもらえたとあって、しきりにに感謝していた。

 そして。

「このお店はサウナだけじゃなくて、温泉もいくつか種類あって良いですね。温泉浸かるだけでも今までの疲れが癒されますねー」
「本当。此処の施設、サウナだけじゃなくて、泡風呂とか流れる温水プールとか、温泉が色々で、サウナにあまり興味無い私から見ても楽しいわ」
「さすがデリフォードさん、それぞれの趣味がよく分かってますね」

 マキラ、ミラオル、ザーリリャオーはサウナにあまり興味はなく、同じ施設にある温泉が気に入った様子だった。

 ルナールも色々思う所はあったが、に誘われて良かったとは思った。

「此処のサウナ施設、デリフォードさん一押しなだけあってサウナも温泉も食事も文句無し、本当、日頃の疲れが癒されるわね~。デリフォードさんとに感謝、だわ」

「私の方もルナール達でデリフォードさんの招待チケットが無駄にならずにすんで良かった。デリフォードさんの言う通り、サウナだけじゃなくて、食堂の料理も美味しかったなあ。今度は、ユーステスと一緒に行ってみたいな」

 の方はクリスマスの一件でデリフォードと親しくなり、最初はサウナの招待チケットも「此処のサウナは、サウナ以外に食堂で出される料理も美味しいのだ。、ユーステスとデートで行けたら行ってくるといいのだ」と、ユーステスとデートを前提に善意で渡されたものだったが、期日を見ればユーステスの仕事と重なり行けないと分かって、それが無駄になるところだったので、ルナール達を誘えて良かったと思った。

 因みにはユーステスの代わりにルナール達と行くと決まったさい、デリフォードにはその日はユーステスが仕事で行けなくなったので代わりに『おこたみ』仲間のルナール達と行っていいかと断りを入れていて、デリフォードはそれに快く了解して「あの中で、サウナ通のシェロカルテ殿とメリッサベル殿がこの店を気に入ってくれればいいのだが。二人と違ってサウナにあまり興味無いと話していたルナール殿達の評判も気になる。後で彼女達の報告を聞くのが楽しみなのだ」と、紹介した店をどう評価してくれるか、ルナール達の評価を楽しみにしていたのだった。


 更に別の日。

「ルナール!」
?」

 ルナールは今度は、グランサイファー内の甲板でスケッチしているさい、と遭遇して彼女に話しかけられた。

「ルナールにこれあげる、はいどうぞ!」
「え、これ、ヴェローナはキャピュレットのチョコレートの詰め合わせじゃない。どうしたのこれ」

 ルナールがから受け取ったのは、ヴェローナはキャピュレットで売られているチョコレートの詰め合わせの箱だった。

「それ、いつもの預かり先のキャピュレットのジュリエットにお世話になって、その時のお土産だよー」
「いやそれ分かってるけど、いつもの預かり先のお土産は団長さんとルリアさん、イオさんの三人限定だったわよね。急に何で私に?」

 ???

 ルナールは、が預かり先から帰ってその国の手土産を渡すのは団長のグランと、ルリア、イオの三名だけだと聞いている。それはほかの団員達から不公平感が出ないようにというなりの気遣いで、ルナール、そして、ルナール以外の団員達もそれは十分に理解している事だった。

 理解していたが、急に自分にお土産を渡してくれるのはどういうわけが? ルナールは訳が分からず、の返事を待つ。

「私なりのお礼だから、気にしないで。受け取ってくれると嬉しい」
「いやだから、私、にお礼をされるような事、した覚えがないんだけど……」
「それけっこう量あるから、ミラオル達――おこたみの子達と食べてね。それじゃあ!」
「ちょっと、」

 はルナールが引き止める間もなく、忙しそうにどこかに行ってそれ以上の事が聞けなかった。


 おこたみが集う、おこたの部屋にて。

「それが今回のからの戦利品なわけね」
「さすがジュリエットさんのキャピュレットのチョコレート、どのチョコレートも美味しいですね~」

 むしゃむしゃ。

 おこたに集うおこたみ――ミラオル、ザーリリャオーは、からもらったというキャピュレットのチョコレートに遠慮なく手を伸ばし、その味をあじわっている。

「ルナールのおかげで、わたし達もからのお土産もらえてるのは素直に嬉しい、かな。前に、ミラオルからルナールでの手作りプリンを食べられたと聞いた時はその場に居なかった自分を恨んだし、その後のデリフォードに招待されたサウナ店も良かったよね」

「わたしもメリッサさんと同じ意見ですね。ルナールさんでさんの預かり先のお土産をもらえるのは悪い気しませんし、デリフォードさんから予約が取れないサウナのお店の招待チケットをもらえたのも、さんのおかげと分かってます。でもルナールさんは、さんに何か礼をされるような事した覚え、本当にないんですか?」

 おこたみのメンバー、メリッサベルもチョコレートを美味しそうにつまむ中、シェロカルテは冷静にこたつで原稿と向き合うルナールに問いかける。

 ルナールは今までののお礼を指折り数え、シェロカルテに向けて答える。

「プリンといい、マッサージといい、サウナといい、今回のチョコレートといい。私には、にそこまでのお礼をされるような事をした覚え、全然無いのよ」
「そうですか……。それは謎ですね」

 シェロカルテもルナールにあわせて、不思議そうに腕を組むだけだった。

 そして。

「そうだ、と同じ組織に協力してるマキラの方は、それについて何か心当たりない?」

 ルナールは、が属する組織と協力関係にあるマキラであるなら何か知っているのではと、期待を込めた目で彼女を見詰める。

 マキラはルナールに言われるものそれに関しては何も思い当たるところが無く、首を横に振るだけだった。

「いえ。残念ながら、わたしの方ではがどうしてルナールにそこまでよくするのか、何も心当たり無いですね」
「そう。月の民の末裔事件以降に組織の方でに何か変わった様子とか、ユーステスさんとの間で何かあったとかは?」
「組織の方でもに何か変わった様子とか、ユーステス君の間で何かあったとかは、全然聞いてないです」
「そうなんだ。組織の方でも何も無いなら、ますます謎だわね……」

 ルナールはマキラの話を聞きながら、原稿と向き合う。

 と。

「ちょっと思いついたんだけど」

 ここで手をあげたのは、メリッサベルである。

がルナールによくしてくれるの、その団長さんと元お姫様の村娘の空の旅シリーズのせいじゃない?」
「え? あ、そうかも!」

 ルナールはメリッサベルの指摘で、それに気が付いた。

「そうだわ。は、ルナールに団長さんと元お姫様の村娘の空の旅シリーズの続きを早く描いて欲しくて、それでルナールによくしてくれてたんじゃないの?」
「きっとそれですよ。ルナールさん、それの進捗具合、どれくらいですか?」

 ミラオルとザーリリャオーもその事実に気が付き、ルナールの手元にある原稿を覗き込む。

も水臭いわね~、それならそう言ってくれれば良かったのに」

 ルナールものその真実に気が付き、それでにお礼をされるのは悪い気はしなかったが、しかし。

「でもこの空の旅シリーズ、あれからネタが全然思い浮かばなくてね……」

 ルナールの前にある原稿は、真っ白いページがいくつかあった。

 シェロカルテは、ルナールに真っ白いままの原稿を見て言った。

「それ、絵物語の見本市に間に合わせるような作品じゃないから、今までの作品よりゆっくりペースなんですよね」

「うん。シェロさんの言う通りで、別に絵物語の見本市に間に合わなくて良いような作品だから、そこまで切羽詰まって描くようなものじゃないんだけど。でもがそこまで楽しみにしてるならもう少し真面目に考えなくちゃいけないわね……」

 ルナールは、が空の旅シリーズをとても楽しみにしてくれていると分かって、腕を組んで考え込む。

 そして。

「そうだ。わたしの方で、元ネタのに、最近、ユーステス君と何か無かったか聞いてみましょうか?」

「ありがとう。マキラでこの元ネタの情報得られる方が、助かるわー。よろしくね」

 ルナールはと同じ組織に協力しているマキラの情報源に期待して、その報告を待つ事にした。