しかし――。
マキラの報告を待ったその翌日。
「え、、数日の間、組織で休み取ったユーステスさんと温泉旅行行ってて留守してるの?」
「はい。組織のイルザ君の話だと、久し振りに組織で休み取ったユーステス君と温泉旅行に行ってるらしいですよ」
「あら。それで最近、この団でも見かけなかったんだ。その話、団長さんにも伝わってるの?」
「もちろんは、団長君達にもちゃんと伝えてから出かけてるそうです。団長君の話だととユーステス君、以前にイルザ君がシルヴァ君やソーン君達と一緒に旅行で利用した山奥の温泉に行ってるらしいですよー。タイミング悪かったですね」
「へえ。イルザさんがシルヴァさんやソーンさん達と利用した山奥の温泉なら私も行ってみたいわ、がその山奥の温泉から帰ってきたらミラオル達にもその評判を聞かせて――、て、ちょっと待って。今、山奥の温泉って言った?」
ルナールはマキラの話で、余計な情報――気が付きたくない話に気が付いてしまった。
「はい。何でも、山奥に隠れ家的な一軒宿があって、その宿が経営している評判の温泉があるとか。それがどうかしました?」
「な、何でもないわ。気にしないで。でも、組織での休みが取れたとしてもをその山奥の温泉に誘うなんて、ユーステスさんにしては珍しいわね。いつものユーステスさんであれば休みの日はを気にせず自分の好きな飲み屋か動物狙いの狩りに出かけて、自分の好きなように使ってるって聞いてたんだけど。二人の間で何かあったの?」
「それ、以前、がデリフォードさんから招待されたサウナのお店に行けなかった埋め合わせのようです。ユーステス君はデリフォードさんのそれ気にして、を希望の山奥の温泉に連れて行ったとか」
「ああ、なるほど、それでか」
ルナールはいつものユーステスであれば組織の休みの日は、を気にせず飲み屋に行ったり動物狙いの狩りに出かけたりと自分の好きなように過ごしていると聞いていたので、ここでを山奥の温泉に連れて行くのは何か裏があると思えば、マキラからデリフォードから紹介されたサウナの店の誘いを断った件を気にした結果だと聞いて、それにはとても納得した。
「それ聞けばユーステスさんて、なんだかんだでに甘いわよね~。まあ、それがユーステスさんの良い所で、それだからも彼についていけてるのよね」
ルナールはマキラの情報で改めて、とユーステスのつかず離れずの関係は良いなと思った。
そして。
「ああそうだ、例の騎空士の団長さんと元お姫様の村娘の空の旅シリーズ、団長さんは元お姫様の村娘のヒロインに『王国のために動けないならついてくるな』って冷たくあたるんだけど、裏では村娘のヒロインのために帝国軍の俺様イケメン将軍と対峙してたって熱い展開にしようかしら!」
「お、ルナール、今のとユーステス君の温泉の話で、真っ白だった原稿に手をくわえられそうですか」
「どうにかね。がユーステスさんと温泉から帰ってくるまでに新作を仕上げる意欲はわいてる」
「それは良かったです。わたしも空の旅シリーズの新作楽しみにしてるんで、期待です。あ、わたし、十二神将の一人として団長君に呼ばれてたんで、ちょっと行ってきますねー」
「頑張ってねー、行ってらっしゃい」
マキラはルナールの話にうなずいた後に十二神将の一人として団長のグランに呼ばれているらしく慌ただしく何処かへ行ってしまい、ルナールは一方で「簡単に十二神将を呼びつけられるここの団長さんも格好良いわねー」と、グランに熱視線を送りつつ、そのマキラを見送った。
ふと。
「……(山奥の隠れ家的温泉宿の温泉て、前に私の空の旅シリーズで団長さんと元お姫様の村娘の逢引の場所として出したんだけど、まさかねえ)」
ルナールはマキラの山奥の温泉と聞いて思う事はあったが、今はそれを考えないように首を横に振ってやり過ごしたのである。
また別の日。
「ルナール、ちょっといいか」
「はいはい、って、え、ユ、ユーステスさんっ?」
ルナールは最初にまたかと思ったが振り返ればそこに居たのはユーステスで、まさか、艇の中でユーステス本人に呼ばれるとは思わず、あまりの事に声が裏返ってしまった。
はユーステスと温泉に出かけてその翌日にはグランの艇に帰って来ていたが、ルナールは私生活で忙しく艇に乗れなかったのでとすれ違いが続き、会えないまま、そこから数日は経過していた。
ルナールが久し振りに艇に乗り込んだ矢先、ユーステスに声をかけられた次第である。
「ルナールにこれを」
「絵葉書、ですか?」
すっと。ユーステスがルナールに差し出したのは、とある島の風景が描かれた絵葉書だった。
ユーステスはその絵葉書をいつもの無表情で、ルナールに手渡した。
「仕事先で行った島の土産店にあった絵葉書だ。絵を描くのが好きなルナールに丁度良いと思ってな。受け取ってくれるか」
「ええ、な、何ですかいきなり」
ルナールは突然に絵葉書をくれたユーステスに対して驚き、更には間近で改めて見ればあまりの格好良さに顔を真っ赤にして、そこから飛びのいてしまった。
「こ、こんな場面、はもちろん、ほかの団員達に見られたら、よからぬ疑いをかけられますよ?!」
あわわ。ルナールは、本人か、ほかの団員にユーステスと一緒に居るこの場面を見られたら余計な誤解をされると思い、ユーステスにその絵葉書を突き返したけれど。
ユーステスはいつものよう冷静に、ルナールに向けて話した。
「は俺がルナールに絵葉書を贈るのは、了解している」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。実は、ルナールに贈り物をするなら絵葉書が丁度良いんじゃないかとからすすめられ、それを実行したに過ぎない。それだから、ルナールがを気にする必要はない。絵葉書、受け取ってくれ」
「はあ。がこの件を知っているというなら、ありがたく絵葉書を受け取りますけど、でも、ユーステスさんが私にお土産なんて珍しいですね。これもの仕業ですか?」
「の仕業といえば、の仕業になるか。まあ、それがなくてもこの団ではルナールによくしてもらってるからな、いつか、その礼をしなくてはいけないと思っていた所だった」
「い、いえ、私の方こそによくしてもらってるので、ユーステスさんがそれ気にする必要ないですよ!」
「それでも、ありがたい存在に変わりない。今後ともをよろしく頼む。それじゃあ」
「……ッ」
ユーステスはいつもと変わらず無表情で冷たい雰囲気をまとわせていたが、その彼から絵葉書を直接受け取ったルナールは彼の格好良さに倒れそうになりつつ、改めてもらった絵葉書を見た。
「え、この絵葉書に描かれてる島って……」
ルナールは絵葉書に描かれている島の風景を見て、青ざめた。
そして――。
「、こっちに来てない?!」
「ルナール?」
おこたみメンバーが集うおこたの部屋では、いつものメンバー、ミラオルとザーリリャオー、メリッサベル、マキラ、シェロカルテの五人が揃っている。
「いつもの食堂に行けば居なくて、ファスティバさんから休憩時間だからこっちに来てるって聞いたんだけど!」
「私に用事?」
ひょっこり。息を切らして、こたつ部屋に飛び込んできたルナールの目の前に、こたつでくつろぐの姿があった。
「い、今そこで、ユーステスさんに仕事先のお店で見つけたって言う絵葉書もらったんだけど!!」
「あ、それ、ちゃんとルナールに渡せたんだ。良かった」
はルナールがユーステスからの絵葉書をもらったのを見て、ほっとした様子だった。
「ユーステスさんからが私にこれ渡すようにって頼まれたって聞いたんだけど、本当?」
「うん。ユーステスがルナールに日頃のお礼したいから何が良いかと聞かれたんで、それが丁度良いと思ったの。ルナール、その絵葉書、気に入ってくれた?」
「そうじゃなくて!」
「……ルナール?」
は絵葉書を贈ればルナールに喜んでもらえると単純に思っていたが、ルナールはいつもと様子が違っていた。
ルナールは顔を真っ赤にして、に詰め寄る。
「そうじゃなくてこれ、この絵葉書にあるこの島、私が今描いてる空の旅のシリーズのモデルなんだけど!!」
「あ、あれ、そうだっけ?」
「そうよ。この小さい島は、私がいつか行きたいと思ってた憧れの場所で、本の巻末にもこの島がモデルだって、その詳細を描いていたもの。空の旅シリーズ第一号のファンであるであればその島について、一番よく知ってるんじゃないの」
「それは……」
「はいいけどユーステスさん、どうしてそれ知ってるの?」
「ええと、どうしてかな。多分、仕事先でその島行って美しい風景だと思ってそれをルナールに見せたかったからじゃあ……」
ルナールはを睨みつけ、追及する手をゆるめない。
「私、に同人誌を貸すさい、それ外に持ち出すのはいいけど、以外の人間に――団長さん以外でもほかの人に見せないでってきつく言ってたわよね? 同人誌の内容が外に漏れてるのは、どういう事かしら? 場合によっちゃ、団長さんに突き出して反省室行きよ!!」
「あ、私、ファスティバさんの用事思い出したからもう――」
自分の手持ちの同人誌が外で誰かに見られていると分かってそれに関してルナールが本気で怒っていると分かったは、その場から逃げようとした。
ガシッと。腰を浮かせて逃げようとするを捕まえるのは。
「――シェロ君、に風の魔法で作れる拘束具を」
「お任せを!」
シェロカルテはマキラの指示を聞いて素早く風の魔法の一つである風の輪で出来た拘束具を出現させて、そこから逃げ出そうとするを捕まえる事に成功したのだった。
つまり。
「――つまり、が私によくしてくれていたのは、とユーステスさんが私の作品やほかの作家さんの本にあったイチャイチャのシチュを真似て遊んでて、それでユーステスさんとイチャつけてたから、単純にそれのお礼だった、と?」
「うん。最初はルナールの言いつけ守って一人でそのイチャイチャシチュ――、空の旅シリーズに出てきた、彼だけ食べ物に彼の好きなもの混ぜてみるとか、こっそり同じアイテム持つとか、知らない間に添い寝とか、色々試してたら、ユーステスにそのネタ元の本がバレちゃって。ユーステスにルナールの本を読まれて、うわ、これでルナールより私の方が見放されるかもと身構えていたら、どういわけかユーステスもそのシチュに乗り気で、私とイチャイチャできるならこのシチュ試したいって言ってくれてそれで……」
「が旅行で行った山奥の温泉も空の旅シリーズの逢引場所で出てきたけど……」
「それも空の旅シリーズから拝借しました。最初はデリフォードさんの紹介のお店で試そうと思ったけどユーステスの仕事の日と重なって無理だったので、後日、山奥の温泉で空の旅シリーズに出てきた温泉で空の旅シリーズの団長さんとヒロインになりきって、すれ違いごっこしたり、しなかったり……」
「……私以外、ほかの作家さんのイチャイチャシチュ試したって、BLのイチャイチャも試したの?」
「……ノーコメントで」
「……」
「……」
嫌な汗がふきだし、嫌な沈黙が続く。
そのに助け船を出す人間は、この場には現れない。
やがて沈黙に耐えかねたのかルナールは、静かに言った。
「私、この艇でにお礼されるの何でお礼されるのか分からなくて、それが反対にストレスになって、が楽しみにしていた空の旅シリーズも中断したままだったの。ふうん、そういうわけがあったのね……」
「あ……」
ルナールの本当の気持ちを知ったは、自分のやり方が間違っている事にようやく気が付き、しかし、彼女に自分の気持ちを伝えようと思った。
「あ、あのね、ルナールとほかの作家さんのおかげで、ユーステスとの関係も良くなったのは事実だから! ユーステスは最初、私がユーステスに求めるものはルナールの本から拝借してるって分かって怪訝な顔してたけど、私が実際にそのネタやったら喜んでくれてね。あ、ええと、そのネタやったの、ルナールの言いつけ守るようにこの艇の中とか組織の拠点じゃなくてユーステスの隠れ家限定で、それ単純にありがたくて、そのネタ提供してくれたルナールに色々よくしてあげたいと思ったんだよ~」
「……」
ルナールはの必死の言い訳を聞きながら今まで何かを考えている風だったが、やがて。
「……ま、いいわ。とユーステスさん以外の人間――それこそ、組織のイルザさんやゼタさん達までその本の内容が伝わってるとかあれば団長さんに訴えて反省室行きだったけど、今までの話を聞く限りではこの艇の中や組織の拠点とかじゃなくてほかの場所でユーステスさんと二人で楽しんでただけみたいだから、それ以上の事は追及しないわ。それに……」
「それに?」
「それに、私も散々、とユーステスさんの関係をネタにさせてもらっているからユーステスさんだけ除け者に出来ないし、私の考えたイチャイチャネタも二人の関係に一役買ったっていうなら、私としても誇らしいわね」
「ルナール、ありがとう! て、あ」
は飛び跳ねて自分を許してくれたルナールに抱き着きたい気分だったが、シェロカルテの風の技で拘束されていたのでそれが出来なかった。
「あのシェロさん、マキラちゃん。この技、解いて欲しいんだけど~」
「ああ、ルナールさんの了解が得られたなら解きます。マキラさん、良いですね?」
「はい、どうぞ、です」
シェロカルテはマキラの了解を得られて、から風の拘束具を解いて自由にさせた。
ルナールはそれから、シェロカルテではなくマキラの方を振り返ってその真相をたずねた。
「マキラはの仕業、気が付いてたのね……」
「はい。がルナールの本を外に持ち出せば、団長君達は避けられても、どうしてもユーステス君の目に触れますからね。その危険性、わたしもルナールに忠告しなかったの駄目でしたね。すみません」
組織に協力していてユーステスの性格も知っているマキラはの仕業に気が付いていたが、ルナールの創作活動に遠慮して黙認していたと打ち明け、彼女も自分も悪かったと、素直に謝った。
そして。
「私、イオちゃんの紹介でおこたみのメンバーに入れてもミラオル達みたいに絵が得意じゃないから、それでルナールのお手伝いができないの悔しかったんだよ。どうにかして私がモデルの絵物語描いてくれるルナールの役に立ちたかったんだけど、それがルナールのストレスになってたなんて分からなかった。ごめんなさい……」
「……」
しゅん。自由になって改めて自分のやり方が間違ってたと分かって肩を落とすと、彼女の気持ちを知ってそれがちゃんと伝わったルナールと。
「ルナール、のやり方は間違ってたけど、今のでが自分をモデルにした絵物語を作ってくれるルナールにお礼したいっていう気持ちは伝わったんじゃないの」
「ですね。これ以上、さんを追及するのは止めた方が良いですよ」
「……」
ルナールは、ミラオルとザーリリャオーの意見を聞いて目を閉じて少し考えた後。
「。が私にお礼をしたいっていう気持ちは分かったけれど、次からは何でお礼がしたいのか、その理由、私にちゃんと話してからにしてちょうだい」
「分かった。次からは、ルナールに理由話してから、お礼するよ」
ルナールにようやく許しを得られたは、しっかりとうなずいてみせた。
そして。
「そうだ。、私の役に立ちたいっていうなら、そのに頼みたい事があるんだけど」
「良いよ、何?」
「実は――」
はルナールの頼み事を聞いて、目を瞬きして彼女を見返した。
「え、そんな単純な頼み事でいいの?」
「いやいや、私からすればそれ、単純な頼み事じゃないし、この団ではしか出来ないと思うんだけど!」
「そうかなー。でも、ルナールがそれ私にしかできないと思ってくれるなら、何でもするよ。多分、今日はまだ仕事中だからそれ頼めないと思うけど、日を改めていい時にそれやっていいかどうか聞いてみるよ」
「お願いね」
は自分がモデルの絵物語を描いてくれるルナールの役に立つなら何でもするという思いで、彼女のその頼みを引き受けたのだった。
それから更に数日後の話。
ぱたぱた。おこたみの集うおこたの部屋で、誰かが駆けてくる足音が聞こえた。
おこた部屋には、ルナールを中心に、ミラオル、ザーリリャオー、メリッサベル、マキラ、シェロカルテのいつもの六人が揃っている。
ばんっ。その中にドアを開けて勢いよく入ってきたのは――。
「ルナール、ルナール、これ見て! ついにやっちゃった!!」
「ふおおお、それ、私の希望だった噂の彼シャツならぬ彼コート! 、よくやったわ!!」
おこた部屋に勢いよく入ってそれを披露すると、それを間近で見ようと、こたつから出て彼女に近付くルナールと。
「ねえ、これ、ルナールの欲しがってた資料に役立つかな、かな?」
「ふんふん、がそれ着るとこんな具合かー。背丈のあまりないのブカブカ具合がとても良いわ! のそれは私の想像通りで間違いないし、絵物語の資料としても優秀だわ」
「良かった。これで私もルナールの役に立つのは嬉しい」
「で改めて思うけど間近で見た彼シャツの破壊力、凄いわね。男の間で人気あるはずだわ……」
男物のコートをはおって嬉しそうにはしゃぐと、そのをスケッチブック片手に興奮気味に観察するのはルナールである。
「さんが着てるブカブカの男物のコート、いつもユーステスさんが仕事ではおってる黒いコートですよね。さん、ユーステスさんの仕事着のコート、よく借りられましたねー」
「これもだからできる技でしょ。ユーステスも本当、に甘いんだから」
むしゃむしゃ。こたつでシェロカルテ提供のお菓子を頬張りながら、ユーステスの仕事着の一つの男物のコートを着てはしゃぐを見て感心するのはザーリリャオーで、相変わらずに甘いユーステスに呆れるのはミラオルであった。
「彼氏が着てる男物のシャツやコートを彼女が着るの、彼シャツとかいうんだっけ。この団では本当、しかそういうの、できないよねえ」
「ですね。ルナールさん、空の旅シリーズで団長さんの彼シャツ着る元お姫様の村娘さんの資料欲しがってて、ユーステスさんでそれできるさんが丁度良くて良かったですよねー」
メリッサベルとシェロカルテの二人は、ユーステスで彼シャツができるの仕業に感心を寄せる。
と。
マキラはある事を思い出し、それをにたずねる。
「今回、団長君の要請で同じ組織のイルザ君とバザラガ君もこの艇に来てますよね。がユーステス君から仕事着のコート借りられたの、それも影響してます?」
「うん。マキラちゃんの言う通りで、ユーステスは最初、私に仕事着のコート貸すの渋ってたんだけど、そのコートがルナールの絵物語の資料で必要だってちゃんと説明したうえで、イルザさんの『それくらい貸してやれ』っていう一言のおかげで借りられたから良かったよ。おまけにイルザさんでユーステス、この夜に艇に残ってくれるってー」
「そうだったんですか、それは良かったですね」
「これもルナールが彼シャツを資料で欲しがってたおかげだよ。ルナール、ありがとう」
はマキラにユーステスの仕事着のコートを借りられたのは同じくグランの要請でこの団に来ていた同じ組織のイルザの助言があったおかげではあるが、イルザでユーステスが艇に残ってくれるのはルナールから絵物語の資料として彼シャツ着た絵が欲しいという要望を聞いたおかげでもあった。
「いえ。私としては、絵物語で使えるヒューマン用の資料――中でもラブコメで使える男女関係の資料がで習得できるから十分、役立ってるわ。これもユーステスさんと付き合ってるのおかげよ。私の方こそにありがとう、だわ」
「ルナール……」
ルナールの方はヒューマン用、更にはユーステスと付き合っているにしかできない資料が欲しかったので、は十分に役立ってると思っている。
ルナールの思いを知ったは、自分が役立ってると聞いて、胸がいっぱいになった。
だから。
「そうだ。ユーステス、ルナールやほかの作家さんの本を参考にしたので最近ではもこもこパジャマで部屋デートとか、語尾に『にゃん』とか『わん』とかつけて甘える系が良くて、後は、シェロさんから借りたメイドやアイドル系のコスプレが良かったって話してたよー」
「へえ。ユーステスさん、失礼ながら見た目だけいえば変態っぽいと思ってたけど、実際はこれぞ男の趣味っていうような普通のが好きだったのね。堅物イケメンがそれでヒロインにメロメロってシチュも今度、やってみようかしら~」
ふふふ~。
ルナールはから自分の本から借りたネタでユーステスの趣味を聞いて、ネタを思いつき、創作意欲がわいている。
「……、ユーステスって普段は普通じゃない事やってるから、普通ので普通の付き合いできるのが良かったんじゃないの?」
「お、ミラのその分析、あたってると思いますね。普通じゃないユーステスさん、普通過ぎるさんで色々普通を満喫してるって感じじゃないですか」
「でも、彼女のさんがそういうのに乗り気じゃなければコスプレ系とかできませんからねえ。ユーステスさんが普通の男女の付き合いを満喫できるのも、ノリの良いさん様様ですよー。あ、さん、今度、マナリア学院の学生服のコスプレに挑戦してみる気ないですか? ほかにも各地の学園の学生服色々取り揃えてるんで、後で試着してください。ユーステスさんもそれ、きっと気に入ると思いますよ!」
ミラオルのその分析はあたってると思うのはザーリリャオーで、シェロカルテも自分の商売道具のコスプレ衣装がで色々試せると分かってからは、ユーステスで頑張るを支援するようになったという。
というか。
メリッサベルはがユーステスのコートを着ている姿を見て、その疑問を口にする。
「というか、食堂からこの『おこた』の部屋まで、そのユーステスのコート着て来たわけ?」
「そうだけど」
「食堂ではいつものファスティバやジャミル、ローアイン達だけじゃなくて、ルリアやイオといったほかの団員達もそれ目撃してる?」
「そうだね。食堂でユーステスからコート借りてそれ着て『彼シャツやってみたよ』って皆の前で披露すれば、ローアインさん達からは『彼シャツの威力パネエ! ユーステスさんだけウラヤマ!』って羨ましがられて、イルザさんやシルヴァさん達の大人の女性組から『こんな手があったのか』って驚かれて、コルワ、メーテラ、スーテラのいつもの三人組からは『うは、マジでヤバくない?』って上から下までジロジロ見られて、ルリアちゃんやイオちゃん、ほかの女の子達からは『何それ何それ』って囲まれちゃったー」
えへへ。はメリッサベルに、自分の彼シャツを見て食堂に集う団員達に囲まれた時の様子を嬉しそうに話した。
「で、肝心のユーステスはが自分のコート着るの見て、どういう反応だったわけ?」
「ええとね、ユーステスは私が自分のコート着るの見て最初は凄い嫌そうな顔してたけど、私がローアインさん達や女の子達に囲まれてるの見て『さっさとルナール達に見せて来い』って、そこから強引に引き離してさ、さっさとルナール達の『こたつ部屋』に行け、用事がすんだらさっさと戻って来いって言われちゃった。やっぱ、ユーステスから見れば私が自分のコート着るの、嫌だったのかな?」
うーん。は、食堂で団員達の前でユーステスのコートを着て彼シャツを披露するも、肝心のユーステスからは不評だったのかと悲しそうな顔をする。
のユーステスの評価を聞いたメリッサベルは、ユーステスの性質をよく知っているだろうマキラに向けて言った。
「ね、ユーステスってさ、さっさとルナール達に見せて来いって言って皆に囲まれるを引き離したの、自分のコート着たをそれ以上に皆に見せたくなくて、自分だけがそのを独占したかったんじゃないの?」
「多分、そっちじゃないですか。ユーステス君の独占欲、以上に分かりやすいですからねえ」
メリッサベルにうなずいて苦笑するのは、マキラだった。
そして。
「ルナール、もういいかな。私、このコート、ユーステスにさっさと返してこなくちゃいけないから」
「ありがとう、もういいわよ。そのコートを貸してくれたユーステスさんにもお礼、言っておいてね」
「分かってる。またユーステスで何かあれば、私に言ってね。それじゃあ」
はコートを借りたユーステスの機嫌を気にしてか、ルナールのスケッチが終わるとさっさと『おこた部屋』を出て行ってしまった。
が出て行ったのを確認した後、ザーリリャオーは呟くように言った。
「さっき、メリッサベルさんもそれについて言ってましたけどさん、ユーステスさんは、自分の彼シャツ見て不機嫌だって思ってるんですね。それ、酷い勘違いじゃないですかね……」
「ザーリリャオーの言う通りで、多分、はユーステスのそれ勘違いしてるわね。があれで食堂に戻ってきたらユーステスがどんな風に彼女を扱うか簡単に想像つくし、その現場を目撃するであろうイルザ達が気の毒だわね。無自覚イチャイチャなんて誰が言い出したのかしら、それの通りで反対に周囲が気ぃ遣うわ……」
ザーリリャオーの呟きに応じるのはミラオルで、ミラオルはコートを着たまま食堂に戻って来たをユーステスがどう扱うか簡単に想像がつき、その現場を目撃するであろう食堂に居るイルザ達に同情的だった。
「ふふふ、これだから、とユーステスさん、二人の観察止められないのよねえ。それから、二人が私の本のイチャイチャネタでイチャイチャしてるって聞いた時は、実は、鼻血もので、そこまでを責める話でもなかったのよね」
「はは。ルナールの事だから、そうだと思いましたよ。でもあの時は一応、形式上、に反省してもらった方が良かったですよ」
ルナールは実は、が外に本を持ち出しそれをユーステスと二人で楽しんでいたと分かった時は確かに怒ってはいたが、時間が経つにつれ、それは自分からしてみればむしろご褒美でそこまで怒るような話ではなかったと改めて思ったと告白した。マキラもルナールのそれは分かっていたが、あの場面では表向き、に反省してもらう方が良いと判断したのだった。
ザーリリャオー、ミラオルに続きメリッサベルもから食堂の状況を聞いて、呆れるように話した。
「……、の彼シャツ見て興奮してる女の子達だけじゃなくて、その無自覚イチャイチャを見て慰める会に入って泣きながら慰め合ってるラカムやジン達も居るだろうから、しばらくの間、食堂には近づかない方が良さそう」
「ですね。それから、さんとユーステスさんのそれ見て食堂だけでは熱の冷めなかった女の子達がそろそろこの部屋に集まってくる頃じゃあ――お、さっそく、彼女達の足音聞こえてきますね。彼女達のためにそのへん、片付けておきますか」
メリッサベルはで阿鼻叫喚の食堂には行かない方が良いと結論づけ、シェロカルテは食堂だけでは物足りなかった女子達が『こたつ部屋』に集まってくると予想して、おこた部屋に散らばるお菓子や同人誌を片付け始めたのだった。
冬の時期の間だけ現れる『こたつ』部屋に集うは、ルナール、ミラオル、ザーリリャオー、メリッサベル、マキラ、シェロカルテの六人で、冬の時期だけそこから動かない様子を見たほかの団員達から彼女達はいつしか『おこたみ』と呼ばれるようになった。
団内で『こたつ』を愛してくれる人間であれば、誰でも『おこたみ』に参加可能である。
もそれにのっとって、すぐに部屋の居心地の良さと彼女達が気に入って『おこたみ』の一員になった。
は『おこたみ』の一員になれたはいいがしかし、ミラオル達のように絵を描くのは得意ではなかったのでルナールの手伝いができず『おこたみ』の中で疎外感を感じていたが、ユーステスとの関係が絵物語のネタや資料として役立つと分かってからは彼女達の間で重宝されるようになってきたのだった。
そうやって、ルナールを中心とした『おこたみ』メンバーは、とゆるい関係を続けている――。
余談。
「あれ、今夜の食堂、いつもと違ってやけにお酒の臭いが強くて、酔っ払いが多いな?」
「しかも、むさくるしい男とイルザの姉ちゃんを中心とした酒飲みの姉ちゃん達ばっかりだぜ。先に食堂に来てたと思ってたルリアやイオは、どこいったんだ?」
用事があって皆より遅めの晩ご飯を食べに食堂にやってきた団長のグランとビィは、いつも以上に人が多く、更には女は数人だけで、男ばかりが集まる食堂の様子に戸惑っていた。
「あれ、食堂にも見当たらない?」
「いつもこの時間、も食堂に居座ってるよな。、ルリア達とどっか行ったのか?」
更に、いつもの時間であればファスティバと共に居座ってるの存在もなく、グランとビィはその真相を食堂の主のファスティバにたずねる。
「ファスティバ、これ、どういうわけ? 先に来ていたと思ってたルリアとイオだけじゃなく、の姿も見当たらないけど」
「ルリアとイオだけじゃなくて、が今の時間、不在なの珍しいよな。いったい、何があったんだ?」
「ふふふ。団長さんにビィ、その理由、あそこに居る組織の子達に聞けば単純明快だわよー」
グランとビィはファスティバから話を聞いてさっそく、組織の人間が集うテーブル――バザラガ、イルザの座る席へと向かった。バザラガとイルザのテーブルには同じ狙撃手であるシルヴァ、そして、酒飲みのラムレッダが座っていたが、彼女達はとっくにうつ伏せになって酔い潰れていた。
それ以外にも気が付いた事がいくつか。
「深夜帯じゃない、こんな浅い時間からイルザとシルヴァ、ラムレッダの三人がお酒で潰れてるのは珍しいな。あ、よくよく見れば、近くでラカムとオイゲン、ジンとソリッズも泣きながら慰めあって飲んでるし、レヴィオン騎士団のアルベール、マナリアのオーウェン、いつもヘルエスやスカーサハと一緒のセルエルとノイシュがそれぞれ単独で飲んでるのも珍しいな……」
「どう見てもこれ、みたいなカノジョが欲しいけどそれが叶わない男達を慰める会のメンバーと、とユーステスの無自覚イチャイチャではぶられた男達を慰める会のメンバーじゃねえかよ。あ、ひょっとして、ルリアとイオ、それから、ほかの女子達は、ルナール達の『おこた部屋』に行ってるんじゃないのか」
その中でビィは、ルリアとイオを中心とした団の女子達が不明の理由に行き着いた。
「団長、ビィ」
「この中で、バザラガだけ無事か」
「何があったんだよ」
グランとビィはまだ冷静なバザラガに手招きされ、彼に近付く。
酔っ払い達の中でまだ酔ってはなく冷静なバザラガは、グランとビィに食堂の異変についてそのわけを話した。
「ビィの言う通りで、深夜帯ではないこんな浅い時間からイルザ達が酔い潰れて、ラカムやジン達が泣きながら飲んで、アルベール達が単独で飲んでるのはとユーステスの無自覚イチャイチャを目撃した関連だな。同じくとユーステスのそれ目撃したルリアとイオ、その他の女子達は食事をした後に真っ先にルナール達のこたつ部屋に向かった」
「なるほど。それでルリアとイオを中心とした女子達もおこた部屋に行ってるなら、オイラ達は当分、そこに近付かない方が良さそうだな……」
まだ酔い潰れていない冷静なバザラガの話に納得するのは、ビィである。
「しかし、いつものユーステスであればを気にせず君達と飲んでただろう。彼は何処に?」
その中であってもいつものユーステスであればを気にせず、イルザやバザラガと一緒になって酒を飲み交わしているはずだったが、この場にユーステスの姿は見当たらなかった。
グランが辺りを見回してユーステスを探したところ、だった。
ダンッ。大きな物音が響いて何かと思えば、酔っ払いのイルザが酒の入ったグラスをテーブルに叩きつけた音だった。
「――くそ、何であいつばっかり良い女がついてるんだ! 私にもユーステス以上の良い男、誰か紹介しろぉ!! こうなったら男じゃなくても、みたいな彼女でもいいわ、誰かみたいな彼女紹介してくれ!」
「イルザぁ、ユーステスとを羨ましがってたらいつまでたっても良い男なんて現れないぞぉ、そういう私もあの二人見て理想ばっかり高くなってるけどさぁー。本当、私も男だったらみたいな彼女欲しいわー、誰かみたいな子、紹介してぇ、うぃ、ひっく」
「ふふふ、とユーステスがうちの工房に来てくれれば、うちは安泰だな。ククルとクムユの二人もを歓迎してくれる、ふふふ、ふふ……」
イルザに続いてラムレッダも机に伏せて呂律が回らない状態でそれぞれの愚痴をぶつぶつ言い続けて、シルヴァに関しては同じく机に伏せて不気味な笑みを浮かべながら将来の希望を言い続けている。
グランは、という彼女持ちのユーステスに対する愚痴を口にしながら酔い潰れて駄目人間の大人達を横目に、冷静にバザラガにたずねる。
「酔っ払いの大人達の様子を見るに、肝心のユーステスはと一緒かい?」
「ああ。ユーステスはルナール達の『こたつ部屋』から戻って来たと一緒に外の甲板で月見酒と洒落込んでる。は最初、ユーステスから誘われてもまだ食堂の仕事があったのでそこからユーステスと抜けるのは気が引けていたようだったが、ファスティバが気を利かせるように快くそれの許可を出してな。はその途端、嬉しそうにユーステスと一緒に甲板に向かったよ」
「なるほど、そういうわけね」
バザラガからその話を聞いたグランは食堂の惨劇に納得したよう、うなずく。
「今夜の食堂がいつもの食堂じゃないのはファスティバの言うよう、単純な話だったな。それでが外の甲板でユーステスと一緒なら、その邪魔はしない方がいいね。僕も大人しくこの食堂でカレーでも食べるか。ビィは何食べる?」
「オイラは、りんご入りのカレーがいいな」
「了解。ファスティバ、カレーセット二つ」
「お任せを~」
ファスティバはグランとビィのために張り切って、カレーを用意する。
「カレーセット二つ、どうぞー」
「ありがとう」
「相変わらず、美味そうだな」
ファスティバからカレーセットを受け取ったグランは、酔い潰れてる大人達に混ざるのを気にせず空いてる席に座って、ビィと一緒にカレーを美味しそうに頬張る。
「大人達が酔い潰れてる中で食事ってのは団長の教育によくないと思うが、今更か……。この中じゃ、団長が一番大人だよな」
バザラガは酔い潰れて机に伏せたままのイルザ達を見た後、ビィと一緒に何食わぬ顔で美味しそうにカレーを食べるグランを見比べ、つくづくそう思ったのだった――。