「――、お前はユーステスの何だ?」
「は?」
そう彼女に言い放ったのは、イルザ率いる組織の拠点ではなく、団長率いるグランサイファーの団での集まりでの中の出来事だった。
これは、とある夜の話である。
「お疲れー」
「お疲れ様ー」
イルザ率いるバザラガ、ユーステス、ゼタ、ベアトリクス、グウィン、アイザック、そして、私といった組織の面々は、組織の任務ではなくグランサイファーの団長の依頼で、団長、ビィ、ルリア、イオ、カタリナのいつもの五人ととある場所で星晶獣の討伐に行ってきた帰りで、艇に帰ればそこに居残っていた団員達から労いの言葉をかけられていた。因みに船長のラカムとオイゲンはほかの団員達のため、留守番組である。
イルザ率いる組織の人間達は団長に依頼されれば手持ちの封印武器を解放し、自分達より格上の強敵でも構わず星晶獣相手に果敢に立ち向かうのがこの団での役目である。
空の民の人間や星晶獣に限らず、天司など、確かにあそこまでの強敵、更には彼らが指定する特殊な場所で相手にするには今のところはグランサイファーの団長しかできない事で、団長についていれば強敵相手に普段は使用が制限されている封印武器を思う存分使えてそれの調子も確かめられるしで、本当、この団に登録しておいて良かったと、イルザが嬉しそうに話していたのを聞いた事があった。
このグランサイファーでは組織の人間達以外に強くて面白い人間が多数存在し、更には団長の力に圧倒された星晶獣や天司も出入りしている。
私も団長のおかげで空の民の人間達の中には月の民の末裔達より強い人間が多く存在していると分かってそれについては柄にもなく心が躍り、団長のおかげで私の力を使いたいと組織の人間達以外からも依頼される事が多くなり、人間にしろ、星晶獣にしろ、天司にしろ――月の民の末裔達以外で強敵相手に立ち回るのは面白く、空の世界での食べ歩きも含めて、充実した日々を送っていた。
それが。
「ユーステス、お帰りなさい、そして、お疲れ様ー! 皆もお疲れ様!」
団長の依頼をこなし、艇に帰って落ち着いて腹でも満たすかとイルザ達と食堂の席についた頃、緊張感のない、間の抜けた声が聞こえた。
彼女――は当然のよう、ユーステスの隣に座ってきた。
組織の仲間達はこの団では、団長の依頼から帰った時は毎回、が来るのを予想して彼女のためにユーステスの隣を空けているという。それを裏付けるよう組織の仲間達も同じテーブルについて彼女を気にせず、それぞれの食事を始める。
その間、とユーステスの会話が私の耳にも聞こえてきた。
「ねえ、今日の団長さんの依頼、とある特殊空間で星晶獣の戦いあったんでしょ、どうだった?」
「そうだな……。一瞬、ヒヤッとする場面はあったが、団長とカタリナの機転のおかげでなんとか目当ての星晶獣討伐任務をやり遂げた次第だ」
今回は団長の依頼で、組織ぐるみで星晶獣討伐を得意とするユーステス達がそのお共に選ばれた。
「そう、それは良かった。それでその星晶獣、どんなタイプだった? さっそくこのパソコンで、それのデータ入力しておかないとね~」
「相手にしてきた星晶獣は飛行タイプで、火を吐いてきた。ルリアがいうにはあれは多分、空の世界にも巣を持つ獣系だと話した」
「ふんふん、それで、それで?」
「それで、そいつは口から火を吹く火属性だったので今回は、水属性の魔法が得意のベアトリクスとグウィンが役に立った」
「なるほど、なるほど。獣系で飛行できる星晶獣、火が得意で、それで水属性のベアトリクスとグウィンが役立ったと」
ユーステスに自作のパソコン片手にそれを操作しながら星晶獣に関する情報を聞き出すと、に星晶獣についての情報を話しているユーステスと。
と、そこへ現れたのは。
「――ちゃん、団長さんの依頼でユーステス達が無事に帰って来て嬉しいのは分かるけれど、団の皆が揃うこの食堂では、お仕事のお話はほどほどにね。ちゃんは今は、ユーステスと一緒に自分の注文した食事を楽しむ方が良いわよぉ」
そう言っての前に彼女が注文していたトロトロのチーズがのせられたチーズバーガーを持ってきたのは、団で料理番担当のファスティバだった。
「あー、すみません。ユーステスが団長さん依頼の星晶獣討伐の仕事から帰ってきたらデータ更新しなくちゃいけないと思って、つい。ファスティバさんの言う通り、今は、注文した食事に集中した方がいいですね。いただきます」
はは。は照れ臭そうに笑ったあと、自作のパソコンをカバンに入れて、ファスティバの用意したチーズバーガーにかぶりつく。
ファスティバはが食事を始めたのを確認して、厨房へ引っ込んだ。
普段はもファスティバやローアイン達と一緒に厨房に居るが、ユーステスが居る間は話が別だという。
その中で。
「、組織でも団でも、前はのんびりとユーステスが帰ってくるの待ってるだけだったのに、マキラと一緒に作ったパソコンを使って色んな情報を扱うようになって組織では組織の一員として、この団でも団長に団員としても認められた今のってあいつと同じように仕事人間になってきてないか?」
「仕事人間のユーステスにあわせてたら、自然とそうなるんじゃないの? 組織と団で皆に認められた現在のと、あいつを追いかけて来たばかりの昔のを比べれば、天と地の差じゃん。私達もまさか、無力のがここまでやるとは思わなかったしねー」
そばで、ファスティバとのやり取りを聞いていたのか同じく豪快にステーキを頬張るゼタと、戦いの後は必ず甘いものが必要だと豪語するベアトリクスがファスティバではなくローアインの作ったクリーム倍増のパフェを片手に、そう話しているのが聞こえた。
続いて。
「ベア先輩の言う通りで、今の皆に認められたと、ユーステスさんを追いかけて組織に来たばかりの頃の昔のとでは天と地の差があるってのは分かる。って組織でも団でもなんの力も使えないけど、マキラさんと一緒に作ったパソコンはちゃんと使いこなせて、それを自分の仕事に活用できてるんだからその点は偉いと思うよ」
「そうだな。十二神将のマキラによって、戦う力が無くてもの地頭の良さとその器用さが分かってそれを伸ばせたのは良かったんじゃないか。今や、ルリアから得ている星晶獣の知識だけではなくて、の持つ個人的な人間関係の情報は、組織でもこの団でも重宝されてるからなあ」
グウィン、そして、アイザックの兄妹は揃って同じミートスパゲティを注文してそれを食べながら、月の民の末裔達が残したと言われる技術の一つ、器用にパソコンを操作し、それで組織や団の人間関係の情報を持つに感心を寄せる。
そう。目の前のという人間は、組織の人間達が扱う封印武器を使えず、封印武器以外の武器も持てず、更には魔法も扱えないという、無力な人間だった。
私は彼女に会うまで、武器どころか魔法も扱えないという、何の力も持たない無力な人間に会った事がなかったのである。私は、月の民の末裔達ではなく、空の民の人間であれば、武器を扱うのが得意でなければ魔法が、魔法を扱えるのが得意でなければ武器を扱えるという風に、一つが欠けていればそれを補うように一つを使えると思っていて、実際、武器を使いこなせても魔法は使えない、魔法が使えなくても武器は得意という団員は多く、団の中心人物であるカタリナとイオを見比べればその差は分かるだろうが――、はその全てから外れていたのである。
団長や組織のイルザの話によれば、街中で特殊な訓練を受けていない人間は基本、自分達のように力をつける必要が無いと話した。いわゆる『一般人』と呼ばれる人間達であるがしかし、それでも彼らは食料やその他の物資を売り歩く商売をやっていたり、それを運ぶ運び屋をやったり、それぞれの役目をこなすための職についていたりするが――、は組織に来る前でも何の職にもつかない外れ者だったという。
それでもはイルザの組織と協力関係にあった十二神将のマキラの手を借りて、月の民の末裔達が残したと言われる技術の一つであるパソコンをよみがえらせてそれを器用に扱い、組織や団の人間関係を把握し情報化した後に共有化させ、それらの功績を認められて組織と団で正式な仲間として受け入れられたようだった。
……ようだった、というのは、私ではまだその実感がわかないせいである。は本当に組織の人間達や団の人間達に認められているのかどうか――。
今の緊張感の無い顔でチーズバーガーを頬張るを見ていると、とてもそうは見えない。
……しかし、のチーズバーガー、美味しそうだな。私もチャーシュー入りのラーメンと餃子セットより、チーズバーガーにするべきだったか?
と、思っていたら。
「のチーズバーガー、今までなかった食材使ってるようだが、新作か?」
どうやら、の持つチーズバーガーに興味を持ったのは、私だけではなかったようだ。
ユーステスに聞かれたは、嬉しそうに返事をした。
「そうそう、このチーズバーガー、私とローアインさんの合作で新作だよ。いつものチーズバーガーにチーズだけじゃ寂しそうって意見が一致して、それで目玉焼きとナポリタンあわせてみたんだよね」
「チーズバーガーに目玉焼きは分かるが、ナポリタン、あうのか?」
「目玉焼き入れる案は私で、そのおまけにナポリタンのあまりを入れてみたのがローアインさんの案でね。ナポリタン、意外とあうよ。いつものトマトソースがナポリタンに変わっただけと思えば良いんじゃないかなー」
「ふむ。トマトソースがナポリタンに変わっただけか。それ聞けば美味そうだな……。ちょっと一口くれ」
「はい、どうぞ」
はユーステスに言われ、なんのためらいもなく、自分の食べかけのチーズバーガーを彼の口に持っていく。
瞬間。
食堂に居るほかの組織以外の団の仲間達からいっせいの視線をあびたのと、少し熱気がこもったのは気のせいかどうか――。
ユーステスの方はそれらを気にせず、の食べかけのチーズバーガーを一口、かじった。
もそれらを気にせず、自分のチーズバーガーの感想を聞くために期待を込めた眼差しでユーステスを見詰める。
「どう?」
「美味い。チーズバーガーの目玉焼きも火加減が丁度良いし、確かにいつものトマトソースがナポリタンに変わっただけと思えば、意外とあうな」
「良かった。ユーステスの前にある数種のキノコであえたパスタと野菜の炒め物のセットも美味しそうね。そっちはローアインさんじゃなくて、ファスティバさんの提案だったかな」
「お前とローアイン達のは女子供も食べられる優しい味付けだがファスティバが作るものは、酒飲みにあわせた濃い味付けだ。それ気にしないなら、チーズバーガーの礼に俺のぶんも分けてやろう」
「ありがと。やっぱり、ふんだんに色んな種類のキノコであえたパスタも美味しいし、野菜の炒め物も美味しい。酒飲み向けの濃い味でも、お茶にもあうように作られてるのか、お酒飲めなくても、どんどん食べられるわー。さすがファスティバさんだわ」
「お前、本当に何でも美味そうに食べるな……」
「ファスティバさんとローアインさん達の料理は、どこのレストランも負けないくらい美味しいからね。あ、この付け合わせのポテトもどうかなー。チーズバーガーからはみ出たトロトロチーズつけて食べると美味しいよ。はい」
「うん。の言うよう、付け合わせのポテトもチーズバーガーのとろけたチーズつけて食べると更に美味い。しかし、この団の食堂使うと、外の食堂もここと同じレベルを要求するようになるから危険だよな……」
「あはは、それ分かるわー。この団の食堂使ってると外の食堂も同じようなレベルを選ぶようになるから、行けるお店が限られるよねー。あ、バーガーのハンバーグとパスタのキノコソースあわせても美味しいかも。後でファスティバさんかローアインさんに提案してみようかな」
「うむ、それもいけるんじゃないか。色々組み合わせると、新しい味が発見されるかもしれん。ああ、それからファスティバとローアイン達だけじゃなくて、この食堂で鍛えられたせいか、お前の料理の腕も相当なものになってきてるんじゃないのか」
「そ、そう? ユーステスにそう褒められるとめっちゃ嬉しい。ユーステスにそう褒められるだけで、データ入力だけじゃなくて、料理ももっと頑張れるよ!」
「まあ、ほどほどに頑張れ」
ユーステスは料理にもやる気を見せるの頭を撫で、はユーステスのそれを嬉しそうに受け入れる。
そのあとのユーステスとは、自分に出された料理をお互いに分け合い、その中で新しい味の組み合わせはないかと楽しそうに話し合う。
カタカタ。テーブルが揺れているので何事かとその原因を見れば、イルザだった。
イルザが机の下で貧乏ゆすりをしていて、それにあわせて彼女の持つグラスも揺れ、それでテーブル全体が揺れていたのだった。
「くそ、くそが、ユーステスの奴、私の前でも気にせず無自覚にとイチャつきやがって。あいつ一人だけ勝ち組かよ! ファスティバ、もっと酒持って来い!」
「イルザ、気持ちは分かるが、飲み過ぎないようにしろよ。今の時間の食堂は、団長とルリアをはじめ、未成年も多いからな……」
ぐびぐび。とユーステスの二人の世界にそう悪態をつき酒をあおるのはイルザで、
そのイルザをたしなめるのは、いつもバザラガの役目である。
周囲を見ればイルザを中心としたほかの酒飲みの団員達から「こっちにも酒くれ!」「こっちはワイン追加でー」と、酒の注文が次々と入り、「はいはい、少々お待ちを!」そう言って酒担当のファスティバとその助手のジャミルが忙しく動き回っている。
酒飲み以外の周囲の人間達――ゼタ、ベアトリクス、グウィンの三人の組織の女達はとユーステスを気にせず――というか、微妙に二人から視線を外して更にいつもより手早く食事を終わらせたいのかいつもより速度を上げて食事を続け、組織の女達だけではなくルリアやイオといったほかの女子供も彼女達と同じく何故かいつもより食事を早めに終わらせたいのか食事する手を素早く動かしていたのである。
再びとユーステスに視線をあわせれば、は分からないがユーステスであれば団員達から注目されているのは分かっているだろうにこちらの視線はものともせず、お互いの食べ物を分け合い、お互いの味を組み合わせ、それらをお互いに試食していたのだった。
私の――月の民の末裔だった私からすれば、とユーステスの関係は奇妙に思った。いや、月の民の末裔でも男型と女型は存在するが、とユーステスのように相手にべったりくっつく事がなかったように思う。
そうだ。
前も、同じような事があったのを思い出していた――。