そして。
「このへんか?」
「うん、この大きな木の下が丁度良いんだよ。お昼にしよっか」
孤児院を出てからユーステスはの指示で、ある場所まで彼女を運んでいた。
指定の場所につくとは持ってきたリュックの中からまだ残っていたファスティバ手製の料理をお弁当として詰めたのを持ってきていて、それを取り出した。その間にユーステスは芝生の上に自前のシートを広げる。
ユーステスはの提案で、ユーステスの家に帰る前に、ファスティバが作ってくれた料理をお弁当にして、青空の下で食べる事になった。
とユーステスがやって来たのはまだ孤児院の領地内にある、大きな木が一本だけ立っている小高い丘の上だった。
は自慢そうに、ユーステスに向けて言った。
「この丘から、うちの孤児院が見下ろせるんだよ」
「どれが孤児院だ?」
「あの赤い屋根!」
「!」
が指さした方角には確かに、赤い屋根の建物があった。
「夢の中の……。そうか、何処かで見た事のある風景と思えば、此処だったか……」
ユーステスは夢で見た赤い屋根の建物がの孤児院の屋根であると分かって、目を見張る。
「あ、丁度、お母さんとアニーさんが洗濯物干してるのが見えるよ。おーい、おーい」
は下で洗濯物を干す母親とアニーを見付けて、大きく手を振った。
最初にアニーがのそれに気が付いて、手を振り返した。母親も立ち止まって、に向けて手を振っている。
しばらくして落ち着いたのかはシートの上に座って、ユーステスに向けて言った。
「この丘、騎空士で団長のお父さんが空の旅から無事に帰ってきた時に、皆で集まる場所なんだよ。ここなら空がよく見えるし、空からも私達がよく見えるからね」
「……確かに、お互いの無事が確認出来るのに丁度良い場所だな」
「うん。それでお父さんが艇から降りてきたらここに皆で集まって、宴会が始まるんだ。私はお姉ちゃん達と一緒になって歌と踊りを披露、お兄ちゃん達はお父さんと一緒に一芸披露したりするんだよね」
「女は歌と踊り、男は一芸……。俺も一芸やらんといけんのか……」
「あはは。ユーステスがお兄ちゃん達と一緒になって一芸するなら早撃ち競争とか、腕相撲が盛り上がるかも。でも、ユーステスがたまたま皆と一緒になったとしてもお客さん扱いだから、そこまでしなくていいと思うよ」
はそれはユーステスなりの冗談だと思って、軽く受け流す。
「あ、そろそろ、ファスティバさんのお弁当、食べようか。ファスティバさんとローアインさんの作り置き、孤児院に居る間、凄く助かっちゃった。その味知ったお母さんもアニーさんも、ファスティバさんかローアインさんに料理習いたいって言ってくれてね。後でファスティバさんとローアインさん達にお礼しておかないとねー」
はシートの上にお弁当を置いて、食べる準備を始める。
「あれ、食べないの? ファスティバさんのだから、美味しいよ。あ、お茶いる?」
はしかし、ユーステスが中々お弁当に手をつけない事に不安になって、彼の様子を覗き見る。
ユーステスは真っ直ぐ、丘の下にある赤い屋根の孤児院を見下ろしている。
「……、この静かな場所なら、余生を過ごすのに悪くないかもしれんな」
「え」
は最初、ユーステスが何を言っているのか分からなかったけれども。
「この丘、風の通り道なのか風が通って気持ち良いし、静かで落ち着く場所だな」
「う、うん、この丘は、お父さんが帰って来ない日でも皆が自然と集まって休める場所で、私もお気に入りの場所なんだよね。ユーステスもこの場所気に入ってくれるの、嬉しいかも~」
えへへ。は、静かな場所が好きなユーステスがこの丘を気に入ったと分かって、嬉しく思い、照れ臭そうに笑う。
そして。
「そうだ。二人きりの今、丁度良い。に話がある」
「うん? 何?」
ユーステスはと向き合い、そして――。
「――、お前、俺が身動き取れなくなったら、どうする?」
「え、い、いきなり何?」
「俺はに、前回の大怪我の時や、今のお前みたいにまた身動き取れなくなったらどうするかと、聞いている」
「ど、どうするって、前みたいにユーステスの看病するよ。あ、え、ええと、ユーステスが私の看病が必要無いっていうなら、シロウさん達の研究艇でユーステスが復帰した時に何か役立てるものを作る、とか」
「そうじゃない。俺が身動き取れなくなるってのは前みたいに一時的なものじゃなく、本当に俺が敵にやられて動けなくなって回復も見込めず、何もできなくなった時にどうするか、それをお前に聞いている」
「そんな事……」
「そんな事があり得るのかと思うが、俺の仕事は常に危険がつきものだ。前回はルリアの回復があって助かったが、いつまでも団長の力が借りれるとは思えない。その中でカシウスの月の民の末裔達や、正体不明の幽世の住人達、団長とルリア達を付け狙う人間達から思ってみない襲撃があって、そこでヘマすれば若いうちから体がやられて身動きが取れなくなる可能性は捨てきれない。俺がそうなった時、お前はどうするかと、聞いている」
「そんな……、確かにユーステスの仕事は危険がつきものだって分かってるし、そんな事はあり得る事かもしれないけど、何で今、そんな恐ろしい事を聞くの? それ、今、必要な話?」
は今まで明るい気持ちでこの場所に立っていたのに、ユーステスで急に怖い話になって震えて泣きそうになった。
ユーステスは構わず、話を続ける。
「今、必要な話だ。俺自身は、そういったあらゆる襲撃者から対抗するためにフラメクを使い続けると思うが、しかし、それを使い続けていれば早いうちから体は持たなくなるのは分かりきっている事だ。実際、月での一件でフラメクを最大出力で放ったが、それのせいでかなり視力が弱くなってる。それ、も分かってただろ」
「うん、それのせいでユーステスの視力が落ちてるの分かってたけど……」
「俺がもしそれで目が見えなくなって体も動かず、何も出来なくなれば、は自分の意志で俺との契約を切っていいし、それでお前が俺以外の男と付き合うのもお前の自由だ。好きにしていい。ああ、それについてはすでにローナン、イルザ、バザラガ達に伝えてある。お前がそれに関して責任を感じる必要はない」
「ち、ちょっと、何でそこで私が何も出来なくなったユーステスと縁を切る前提で話してるの?」
「正常なからしてみれば、目が見えず動けない俺など不必要だろ。俺は前回の大怪我で、それを痛感した。自分の怪我でに散々迷惑かけた、だからもう――」
バンッ。はユーステスに構わず、彼に抱き着いた。
「バカじゃないの、バカじゃないの。私がそんなくだらない理由でユーステスが迷惑なんて思わないし、それくらいでユーステスを突き放すわけないじゃない!」
「」
はその時、泣きじゃくって酷い顔だった。
は気にせず、泣きながらユーステスに訴える。
「ユーステスが敵にやられて身動き取れなくなったとしても、フラメクの使い過ぎで視力がやられて目が見えなくなったとしても、私はユーステスから離れない、離れてやるものか。遺跡でユーステスを見つけた時からもう、離さないって決めたんだから。私が今まで組織や団でやってきた事も全部、ユーステスのためであるの、分かってるでしょ。今更、それを止めるなんてできない。ユーステスが身動き取れなくて何も出来なくなっても私はずっとユーステスのそばにいるし、ユーステスの目が見えなくなったら私がユーステスの目の代わりになるよ。
それから、ユーステスが私よりほかの女の方が良いって私から離れても、私はずっとユーステスを追いかけてやる、覚悟して!」
「……それは、中々重たい愛だな」
「私をこうしたの、ユーステスだよ。全部、ユーステスのせいなんだから、うう、ひっく、うええ」
はユーステスの前でも涙と嗚咽が止まらず、ああこれでまたユーステスに呆れられたらどうしようかと思ったけれども。
けれども。
ユーステスはの目に触れて彼女のあふれる涙をすくいながら、言った。
「……ローナンに言われた。怪我を負った自分のために泣ける女は、いい女だと」
「ふぇ?」
「彼女を自分の都合だけで手放すと後悔する、とも。俺は自分の失態の怪我だけでが本気で泣いていた事を、ローナンやイルザ達の証言で初めて知った。それだけじゃない。ローナンの言うよう、俺の周りに居る女達――イルザやゼタ、ベアトリクスはもちろん、過去に付き合ってきた女達も俺の前で泣いた事はいっさいない、強い女達ばかりだった」
「な、何それ、彼女達と違って簡単に泣ける弱い私の事、呆れて嫌になった?」
「そうじゃない。それきっかけで、の事を本気で、色々考えるようになった。俺のために泣いてくれる女は確かにお前だけで、武器も魔法も扱えずとも俺に二年も付き合ってくれた女は、お前が初めてだった。
が武器も魔法も扱えないのが良かったのか、お前と居る間は武器の音も魔法の音も聞こえず、静かな空間が作れて居心地が良かった。
その中で、自分の怪我でお前と離れている間、お前が怪我をして動けない俺に飽きて別の男にいくのは嫌だとも、思った」
「……」
「自分の怪我だけじゃなくて、の今回の怪我もあって、俺にはが必要だと思い知った。
勉強も畑の世話も食事する時も、一人より、と一緒の方がずっと良かった。たまに、お前が俺のエルーンの耳を触ってくれるのも、良かったしな」
「ユーステス……」
一息。
「それで俺はが怪我して離れている間、ローナンとイルザはもちろん、団長達にお前の事を相談してたんだ。ローナンとイルザ、団長達は、お前がそれに了解すればいつでも歓迎すると言って、その件について誰も反対する人間は居なかった」
「え、ええと、私が居ない間、私の今後ついて、ローナンさんや団長さん達となんの相談してたの? まさか、いよいよ使えない私と別れる決心したとか?」
「違う。今までの話で、何でそうなる。お前、俺が何を言いたいか分かって、はぐらかしてるだろ」
「そ、そんな事……」
「とりあえず、顔拭いて、そこから離れてくれるか。真面目な話するのに、このままじゃいけない」
「……」
はユーステスがこれから何を切り出すか分かっていたし、その返事をするのが恐いと思った。
けれども。
お互い、この思いに決着をつけなくてはいけないと思い、決心する。
はユーステスの指示に従い泣きじゃくって酷い顔を拭いて、彼と向き合う。
そして。
ユーステスは改めて、に問いかける。
「。お前、将来的に俺の体が駄目になると分かっても、俺のそばに居たいと思うか?」
「……反対に聞くけど、ユーステスは本当に私で良いと思ってるの? 私、武器も魔法も扱えないお荷物な女だし、一人で居る時はブツブツ言ってる根暗で危ない女だし……」
「お前も今更、それ聞くのか。さっきも言ったが、お前が武器も魔法も扱えないおかげでその隣が静かで居心地良かったし、エルーンの耳を触ってくれるのも良かったんだ。おまけに人間、誰でも暗い部分は持ってるだろ。四六時中、明るい奴なんて、いるわけがない。のそれは普通の人間らしい部分であり、そのの暗い部分は団長とシロウでも見抜けなかったからな、今のところ、組織でも団でも、俺しか知らないというのも優越感があった」
「あ……」
それからユーステスは次に丘から赤い屋根の孤児院を見下ろし、も彼にならって同じように赤い屋根の孤児院を見詰める。
「この丘の上から、赤い屋根が見える。夢で見たんだ。この赤い屋根が見える丘の上なら――、この静かな場所であれば、敵にやられて身動き取れなくなっても、畑仕事や子供の世話で余生を過ごすのに悪くない、と」
「ユーステス……」
とユーステス、二人の間に優しい風が通り過ぎる。
「それで?」
「そ、それでって、何?」
ユーステスは微笑むと、彼女に向けて手を差し出してその言葉を吐き出した。
「。それでお前、将来的に身動き取れなくなのが分かっている俺と、此処で最期まで過ごす覚悟、あるか?」
「私は――」
彼女の返事は、風に乗って空へと吸い込まれていった――。
そして、それから。
の足の怪我が完治して、一年以上が経ったある日。
がユーステスを遺跡で見つけてグランサイファーを紹介されてから実に、三年以上の月日が流れた。
「ふんふんふん~♪」
「ロゼッタ、それ、その赤い花、が育ててた花だっけ?」
「そう。これ、ちゃんが育ててくれた赤い花よ。今では立派に育ったわね~」
艇の甲板、テーブルの上に花瓶を置いてそこにの赤い花を飾るロゼッタと、それを見ているグランと。
「その赤い花の種、ロゼッタじゃなくてユグドラシルが持ってたんだろ。ロゼッタは何で、にユグドラシルの赤い花を託したんだ?」
「ちゃん、一年くらい前、ユーステスの怪我で酷く落ち込んでた時期があったでしょ。その間、花を育てるのが息抜きになると思って、そのちゃんに良い種ないかってユグドラシルに聞いて、それで」
「なるほど、それでか。で、その赤い花の花言葉、幸せを与える――だったよな。ユグドラシルは、その花言葉知ってて、に花を託したのかな?」
「そうね。ユグドラシルもその花言葉知ってて、ちゃんにこの花託したんじゃないかしらね。おまけにこの花、ユグドラシルによればその花言葉通り、花を育てた人間を幸せにする効力もあるんですって。
幸せを与えるなんて今のちゃんに相応しい花言葉だし、その花言葉通りに育てた人間に幸せを与える効果があるって、今のちゃんを見ればこの花の効力は凄いものだわよ」
ひといき。
「ちゃんもユグドラシルからこの花の花言葉とその花の力を知って、自分はもう十分その効果得られてるから、団の皆にもそれお裾分けしたいからって、別れ際にこの赤い花、艇に置いていったのよね」
ふふ。ユグドラシルは赤い花に霧吹きで水を与えながら、現在のの近況を知って、グランに微笑む。
グランは満開に咲いた赤い花を見つめて、ロゼッタにうなずく。
「その赤い花が咲いた当時――、今から一年前だったか、ユーステスじゃなくてが足の怪我で孤児院にこもっている間、ユーステスから『と結婚したいと思ってるんだが、どう思うか』と相談を受けた時、腰が抜けるほど驚いたっけ。で、が足の怪我がまだ治らないうち、この赤い花を持って艇に帰ってきて、そこで満面の笑みを浮かべてユーステスとの結婚決めたって報告があった」
「あの時は団長さんだけじゃなくて、私達も驚いたわよぉ。ユーステスってば、自分の大怪我とちゃんの足の怪我で改めてそれ強く意識するようになったんですってね~」
「からすればまさしく怪我の功名、だな。それでユーステスはの返事が得られてすぐに結婚式やるの決めて、それ知ったルリアとイオが中心になって団の皆と組織のイルザとローナン達を集めて、この団と組織の拠点で、二回も、とユーステスの結婚式やったんだよな。その時も、この赤い花が飾られてあった」
それが今から丁度一年前の話である。
グランはがユーステスと一緒に孤児院から艇に帰って来てすぐ、から「ユーステスと結婚する事にしました!!」と報告があってとても驚いたが、彼女の意志は固く、更にすでに孤児院の家族と組織のローナンとイルザ達に報告済みでそれの了解を得られたと話し、それを知ったルリアとイオが中心になって団と組織の人間達を集め、艇の甲板と組織の拠点の二か所でとユーステスの結婚式を盛大に開いたのだった。
しかも、それだけでは、終わらなかった。
「しかもそれだけじゃなくて、その式の後すぐ、がユーステスの子を妊娠してるのが発覚したんだっけか」
「そうそう。式の後にちゃんがふらついて吐き気あって調子悪いって申告があって、ユーステスを含めて皆はそれ、足の怪我がまだ治らないせいだって単純に思ってたけど、実際は妊娠のせいだったなんてねえ。足の調子を診ているはずだったティコから『が妊娠してるしー』って素っ頓狂な声で報告があって、ちゃんの妊娠が発覚したのよ。あれには私達も度肝抜かれたわ。まあ、ちゃんとユーステス本人がその事実知って、一番驚いてたのは笑ったけど」
「はは。でも、とユーステスの間に子供が出来たと分かったのが式をあげた後だったのが良かったし、何より、組織のローナンが反対せずにすぐそれ受け入れてくれたのは良かった」
「そうね。ローナンが一言でも反対すれば、ちゃん、それのせいでユーステスと離れ離れになっても一人で産むって意気込んでたから、上手くいって良かったわ、本当。それから、孤児院の家族のおかげで、子供が無事に産まれたのも良かったわね。私達とイルザ達だけじゃ、初めての出産のちゃんに何があるか分からなかったからね」
「そうだな。僕達とイルザ達だけじゃ、初めての出産を控えるがどうなってたか分からなくて、孤児院の家族の協力があったのも良かった。、足の怪我でどん底って嘆いていたのに、足の怪我が治ってからトントン拍子に上手くいってるよなー。
その中で、のそばにはいつも、その赤い花があった。僕はロゼッタとユグドラシルからその花の効果聞いて最初は半信半疑だったけれど、今のを見ればユグドラシルのいう育てた人間を幸せにするっていう赤い花の効力、信じられるよ」
「ええ。ちゃんが足の怪我から復帰した途端に色々上手い具合にいったそばでは、いつもこの赤い花が咲いてたのよね。これもこの花を見つけてきたユグドラシルの力のうち、かしら」
ロゼッタは赤い花を触りながら、空にただよって自分達を見下ろしているユグドラシルに向けて手を振った。ユグドラシルも空からグランとロゼッタを見下ろし、手を振り返していた。
グランはそのロゼッタと赤い花を見て、思い出した事がもう一つあった。
「そうだ。意外だったのはの孤児院の家族やイルザよりも、ローナンがの子育てに協力的だったって事だな。ローナン、の子を甘やかしてばっかりで、反対にが困ってるって聞いてるよ」
「あらあら。その話、本当にローナンなの? ちゃんの子共が産まれてからもちゃんにべったりだっていうイルザの勘違いじゃなくて?」
「ああ。それ、イルザじゃなくて、ローナンだって聞いたけど。そうだったよな、オイゲン?」
グランは今まで自分とロゼッタのやり取りを聞いていただろうオイゲンの方を振り返り、それの情報源である彼に向けて聞いた。
オイゲンはグランにうなずき、ローナンの近況を話した。
「ああ。俺はイルザよりあのローナンが、の子目当てに、イルザ以上にの孤児院に通って甘やかしてるって話をなんだかんだであの二人の仲介役を今でも続けているバザラガから聞いたぜ。
バザラガによればローナンはそこでの子にもう銃のオモチャ与えて訓練の真似事させたりとか、アイザックとカシウスの開発した試作品のロボットを勝手に持ち出してそれ与えて喜ばせてるとかなー。それ以外にの知らない間に勝手に子を外に連れ出して犬やオオカミと戯れてるのを見た時は、さすがにもローナン相手に怒ったとか。これにはバザラガもローナンの仕業に呆れてたな」
「はは。あのおっさん、見かけによらず、子煩悩だったとはなぁ。これほど意外な話はなかったな」
オイゲンのそばにはラカムもいて、ローナンの孫の溺愛ぶりの様子を知って遠慮無く笑う。
「僕もイルザは最初からを妹扱いして溺愛していて、それで彼女の子を見てメロメロで孤児院に通い詰めてるの知っててそれも分かるけど、ローナンまでそうなるとは思わなかったよ」
ラカムとオイゲンの話を聞いてグランは、の子目当てに孤児院に通い詰めのイルザとローナンの近況が分かって、苦笑する。
それからラカムもグランと同じようにの育てた赤い花を見詰め、感慨深げに、言った。
「ユーステスの紹介でうちに来た当時、武器も魔法も扱えずにお荷物状態で皆から疎まれてたがここまで成長するとはなあ、誰が想像つくかよ。これも団長とロゼッタのいう赤い花の効果のうちか……」
「俺もがここまでやるとは思わなかったがしかし、これが全部、団長とロゼッタのいう花の効力とは思わんね。まあ、花の効果もあるにはあっただろうが、これも皆、がユーステスだけではなく、俺達相手でもめげずに頑張ってきた成果だろうよ」
ラカムの評価にオイゲンはうなずき、がここまできたのは何もロゼッタの花の効果だけではないと、赤い花の力を信じるグランとロゼッタ、ラカムに向けて話した。
オイゲンは続ける。
「ついでに言えばローナンものその頑張りを見てきた一人だ、それでの子育てに協力的なんだろう。おまけにローナンは、自分の子であるとみなしているユーステスに何があってもあいつを突き放さなかったんだろ、それだけでローナンが中々の親バカだってのは俺でも分かる。それに、女親より男親の方が子や孫に甘いってのも分かるぜ」
「そうか、オレ達の中ではオイゲンだけが親の経験あるから、同じ親のローナンの気持ちも分かるか。それで、男親の方が子や孫に甘くなるっていうそれは、オイゲンの実体験か」
「……まあ、否定できん。娘のアポロが産まれた頃は、母親よりも俺の方がアポロにべったりだったような気がする。そう言っても俺だけじゃなくて、研究艇のシロウと帝国軍のデリフォードもそうで、最近になって娘が居るのが発覚した元騎空士のイングヴェイだってそうだろ」
「おおう、そりゃ説得力あるメンバーだな。そういや、イオのとこのザガ大公もイオに激甘だったな……」
ラカムはオイゲンの説には納得し、その中で思い出したイオの方を振り返る。
「ルリア、そっち、どんな感じ?」
「カタリナとビィさんに手伝ってもらって、柱の上の方の飾りつけはできましたよー」
その時のイオは、ルリア、ビィ、カタリナの四人と一緒になって、艇の飾りつけを担当していた。
「イオ、飾りつけの位置、狂ってないか?」
「オイラと姐さんじゃ、そこらへん、分かんねえからな。イオで見てくれよ」
「大丈夫。今のとこ、狂いはないわよ」
イオは柱にのぼって飾りつけているカタリナ、ビィを見て、飾りつけの位置が狂ってないかどうかを見ている。
それからイオは、テーブルに花を飾っていたグランとロゼッタの方を振り返って聞いた。
「団長とロゼッタはテーブルにお花の飾りつけやってもらってるけど、どう?」
「あー、花に疎い僕はロゼッタに言われるままに置いてただけだから、そういうのは指示役のロゼッタに聞いた方がいいよ」
グランはイオに聞かれるも、肩を竦めるだけだった。
代わりにロゼッタがイオに報告する。
「イオちゃん、お花の飾りつけは、これでどうかしら?」
「あ、テーブルの中央にが育ててた赤い花、持ってきたんだ。さすがロゼッタ、抜かりないわね」
うん。イオはロゼッタで飾られたの育てていた赤い花を見付けて、満足そうだった。
それからイオはラカムの方を振り返り、彼に強い調子で言った。
「ラカム。今日は安全運転、心がけてね」
「はいはい。分かってるって」
イオは次に、オイゲンを見る。
「オイゲンは、集まってくる団員達がの赤ちゃんに何かしないか、ちゃんと見張っててよ。ここでそれ分かってるの、娘を育てた事のあるオイゲンだけなんだから」
「了解、了解。ほかの奴らがの子に何かしないか、ちゃんと見張ってるぜ」
オイゲンもイオの言葉に、しっかりとうなずく。
それからイオは甲板に集まるグラン達の顔を見回し、言った。
「さて。今日は、とユーステスが組織のイルザ達と一緒にこの艇にやって来て、自分達の赤ちゃんを初めて、この団の皆にお披露目する日だからね。今まで赤ちゃんの世話で孤児院にこもってたのためにも、今日は明るく楽しくやりましょ!」
「はい、皆で明るく楽しくとユーステスさん、そして、の赤ちゃんを迎えましょう!」
「グラン、の赤ん坊もこの艇、気に入ってくれるといいな」
「そうだな。の赤ちゃんもこの艇と団、それから、団の皆を気に入ってくれるといいね」
グラン、ビィ、ルリア、イオ、カタリナ、ロゼッタ、オイゲン、ラカム、いつもの仲間達は、今日、初めて団員達に自分の子を披露する予定のとユーステス、そして、二人についてくる組織のイルザ達を迎え入れる準備をしていたのだった。
「私はちゃんと、の子が抱けるだろうか……。無駄に力あるせいで、の子をうっかり落とさないかどうか心配で心配で……」
「私だけじゃなくて、空からもユグドラシルがそれ見守ってるから大丈夫よぉ。それに、いざとなればほかの団員がすかさず拾ってくれるわよ、大丈夫、大丈夫」
カタリナは自分のありあまる力のせいでの子を落とすかもしれないとそれを心配しているが、ロゼッタはカタリナの肩を抱いてそう言って彼女を落ち着かせる。
と。
「お。とユーステス、赤ん坊の声、それから、組織の連中の騒がしい声が聞こえてきたぞ」
「よし、さっそく皆で達を迎えに行こうぜ」
オイゲンが耳を澄ましてその騒がしい声を拾い、ラカムはグラン達を艇の出入り口まで誘導する。
そして――。
「団長さん、イオちゃん、ルリアちゃん、久し振りー。ほかの皆も元気だった? 私もユーステスも、この子も、団の皆に会える今日を楽しみにしてたんだよ」
「団長。また三人で、世話になる」
「いらっしゃい、歓迎するよ。とユーステス、そして、二人の赤ちゃんも、我が団へようこそ!」
グランは両手を広げて、とユーステス、二人の子供を艇に迎える。
それからグランサイファーの艇には、とユーステスの子供を見るため、ぞくぞくと団員達が集まってきた。
明るく楽しく騒々しい時間が続く中、グランはふと、空を見上げた。
「今日も、良い天気だな」
呟くように話した後。
「団長ー、が一番に団長に自分の赤ちゃん、抱っこしてもらいたいって!」
「グラン、早く来てください!」
「分かった、すぐ行くよ」
青空を見詰めていたグランはイオとルリアにせかされ、赤ん坊を抱えて待つのもとへ急ぐ。
その日はとても、綺麗な青い空が広がっていた――。