――穏やかで平穏な生活に憧れていた。
『彼女』に会うまでは何かを忘れるよう、戦いに明け暮れる毎日だった。
村を何者かに襲撃されて親も兄弟も全てを失って以来、『組織』と呼ばれる所で、組織が敵とみなしたものはそれがたとえ星晶獣であっても国家であっても、狙いを定めればそれに立ち向かっていくように訓練された身の上だった。
組織から指令が入れば速やかに現場に向かい、標的を撃つ。それが自分に課せられた仕事、役目だった。
それが。
ある一人の少女の出会いでその日常が一変するとは、誰が思っただろうか。
彼は――ユーステスは物陰に隠れて標的と銃撃戦を繰り広げている最中、同じく、別の戦場で武器を振るう同僚から通信が入った。
『ユーステス、そちらの戦況はどうだ?』
「……いくぶんか、落ち着いてきている。恐らく、あと数分で標的を捕獲、任務完了だ」
『了解。こちらも順調、後は鬼の首を取るだけだ。ユーステス、この戦闘が終われば飲みにいくか?』
「断る」
『何だ、付き合い悪いな。……あー、の所か?』
「ああ。この戦いが終われば、の所にすぐに帰るように彼女と約束をしている」
『はいはい、ご馳走様! 自分だけ幸せになりやがって、クソが!』
同僚――イルザは、ユーステスに向けて遠慮なく吐き捨てる。
ユーステスは溜息を一つ吐いた後、イルザに言う。
「お前も――イルザも、妥協すれば良い奴が見付かると思うが……」
『何だお前、自分が数多くの女を選べる立場で彼女で――で妥協したのか?』
「いや。俺は、のはっきりとした所と、この戦場から帰ってきた後にそれとは無縁ので落ち着いて居心地が良かった、それで彼女のそばに居るだけだ」
『ふむ。はうちに来た当初は自分に何も能力が無いせいでお前と同じ仕事につけなかったと嘆いてはいたが、結果的にはそれのせいでお前と相性良かったか。人間、分からないもんだな』
「そうだな。俺ものその良さに気が付いたのは、組織の命令とはいえ彼女と一緒に暮らし始めてからで、それが良かったのかもしれない。もし、が組織に居残っていれば俺は、彼女のその良さに気が付かなかっただろう」
『うむ。お前とが上手くいったのは全部、に組織よりもお前についていた方が良いという判断を下した私のおかげだよな。次に組織でバザラガ達と飲みに行く時は、お前のおごり決定な』
「……、俺とがそれで上手くいったのは全部がお前のおかげというのは分かるが、何故、俺がそれで組織の飲み会でバザラガ達におごる必要がある?」
『お前、と上手くいってるのが私のおかげだと分かってるなら、少しはその幸せを私に還元しろや』
「……」
『それから、もお前のおごりだと分かれば『組織の皆におごれるユーステス、やっぱりカッコイイ~』って、お前に惚れ直すかもしれんぞ』
「……、はそんなうっとうしい声色を使わないと思うが、お前の言う事も一理ある。それなら、次の組織の飲み会ではお前達におごってもいい」
『ふはは、様様だな』
「……」
イルザは、ユーステスとが恋人として付き合うようになった経緯を知っているというか、そのキッカケを与えた一人であった。イルザのおかげでと上手くいってるのも本当の話である。
そのせいかどうか。ユーステスはの件を持ち出されてはイルザに逆らえず、彼女に従うしかなく。
で簡単にユーステスのおごりの了解を得られたイルザは、上機嫌で笑っているのが、ユーステスでも簡単に想像できた。
ユーステスはしかしそれ以上にの機嫌も取りたいと思っているのも本当の話で、彼のそれを見透かしていたイルザがの声色を真似てそう言ってきたので、彼女であればそう思うかもしれないし、確かにの件で世話になっているバザラガ達にも何かしてやらなければいけないと思っていたので彼らには飲み会でおごるのが丁度良く、それに乗っただけであったが、それはイルザには黙っておこうと思った。
そうだ、といえば。
ユーステスはイルザにに関して思い出した事があり、飲み会とは別の話を持ち出した。
「……そういえばイルザ、に関する例の話、聞いてるか?」
『に関する例の話? ああ、組織で近々大きな作戦があるからその間のの預かり先をどうするかという話か。お前、の預かり先決めたのか』
「ああ。のために、とびきりの場所を用意した」
『お前、もったいぶるなよ。どうせ、いつもの騎空団――グランサイファーの団長の所だろう?』
「……そうだ。グランサイファーの団長にその間、『何の能力もない一般人』のを預かってくれるかどうか話をすれば無条件で歓迎すると返事があった」
『うむ。のそれ聞いて無条件でと付けるあたり、さすがというか何というか。彼がお人好しなのは相変わらずか』
「グランサイファーの団長の所であれば、も良い顔をしてくれるだろう」
『確かに。グランサイファーの団長の所ならも文句ないだろうな。ふふふ、はあそこがうちより過ごしやすいと思うかもしれんし、がそれでお前の所よりもあそこに居ついたらどうする気だ?』
「……」
『……』
「……」
『……おい、ユーステス、ただの冗談を本気にするなよ』
「あ、しまった、まずい事になった」
『何だ、何があった?』
イルザは自分のせいで、ユーステスに何かあったのかと焦りの色を見せる。
ユーステスはしかし、やけに落ち着いた様子でイルザにそれを報告する。
「帰ってと何をするかとか、の事を考えていたら、標的を逃がした」
『お前、後で反省室な! 責任取って標的を追いかけろ、標的を見つけるまでを忘れろ!』
「……、標的のためにを忘れる、それはできない。しかし、標的は見付けて捕まえるのは約束しよう。俺はさっさと仕事を終わらせて、の所に帰りたいからな」
『全く。まあ、せいぜい頑張って標的を追いかけ、のためにさっさと仕事を終わらせろ』
「言われなくてももう、標的を追いかけている。お前もさっさと自分の持ち場を終わらせろ、お前達の後始末が悪いせいで俺がの所に帰れなくなったらどうする」
『ハ、私を甘く見るなよ。お前の望み通り、さっさとの所に帰らせてやるわ! お前ら、ユーステスを待つのために私の後に続け!』
通信機の向こう側でイルザの怒号と、彼女の号令で「おおっ!」と雄たけびを上げて前進する兵士の声がユーステスの耳に聞こえて、そこで通信は途切れた。
「……イルザの奴、を餌にして、だらけていた兵士達をけしかけたか。はイルザの部下達の間でも人気あると聞いていたが、本当だったんだな。……。後では俺のものだとイルザの部下達に言い聞かせておくか……」
ユーステスは深い溜息を吐いた後、標的を無事に発見し、仕留める事に成功した。
それから後でイルザ達と合流を果たし、相手が降伏して任務完了したと分かればユーステスはイルザ達とその余韻に浸る事もなく、さっさと彼女――の待つ我が家へと戻った次第である。
――これは、彼ら――アイザックとカシウスがグランとルリア達、そして、イルザを中心とした組織の手を借りて月に向かったその後の話である。
その日のユーステスは、とある島の地下深くに眠る古い遺跡を調査してくれ、そこは星晶獣の気配があって、そのせいか魔物の巣になっていて危険だから気をつけろ、という、ありきたりな組織からの任務を受け入れた。
任務を請けたユーステスは、ゼタとバザラガの二人と組んで慎重に、遺跡の地下深くを目指す。
遺跡の内部は確かに魔物の数は多く、これは熟練の冒険者でも先を進むのは困難だろうと思われた。
その道中。
ゼタはアルベスの槍で敵をなぎ倒しながら、同じく大鎌で敵をなぎはらうバザラガに向けてその不満をぶつける。
「なあ、この遺跡、話に聞いてた以上にけっこう魔物多くない?」
「何だ、もう息切れか?」
「まさか。いやでも組織は今回、あたし達だけではなくてイルザさんの所の数人の兵士達とユーステスも派遣するなんて、この遺跡の魔物は相当数だと見込んでたらしいじゃないか。それでいつもの団長達の協力は要請しなかったのか?」
「組織のイルザの兵士達は遺跡の外で待機、俺達について遺跡内部まできたのはユーステス一人だったがな。まあ、組織はこれくらい、俺達で十分だと判断したんだろう。ゼタのいう団長達も忙しいようだ。つい先日も艇に登録してくれた仲間のために、ほかの島ので起きていた戦争を彼らで片付けたと聞いているが」
「ふうん、いくら艇に登録してくれた仲間のためとはいえ、自分の所に被害が及ばない島の戦争まで介入して更には解決するなんざ、さすがグランサイファーの団長か」
「ああ。俺達もあの艇に名前を登録はしているが、団長達以外の仲間に何かあっても個人の問題でそこまで介入する余裕はない。しかし団長は、そんな俺達にも文句の一つも言わずに俺達に何か困った事があればすぐに手を貸してくれて、俺達もその団長の好意に甘えっぱなしだったな。組織も今回の調査は団長の手助けは必要ないと判断したのだろう。それは俺達にとっても、団長達にとっても良い傾向じゃないか?」
「……そうだな。あたし達は、仲間のためならと何でも依頼を受け入れて来たお人好しな団長達に甘えて頼り過ぎてた部分はあった。今回、組織の連中も団長達の協力を要請しなくても、あたし達の腕を信用して上手くやれるだろうって思ってくれてるんだよね」
「うむ。そう思う方が気楽だ」
「……」
ゼタとバザラガの話の内容はユーステスにも聞こえているが、ユーステスは積極的にそれに参加しようとは思わないで黙って聞いている。ゼタとバザラガもユーステスのそれは承知しているので、今更「お前も参加しろ」とは煽ってこないのは助かる。
遺跡はいくつもの小部屋があって、その部屋にはどれも多くの魔物達が潜んでいた。ゼタ達は部屋を開けるたびにその魔物達を排除していく。
「団長とルリア達ならこれくらい、朝飯前だろう。ゼタ、ユーステス、俺達も団長達に負けないように任務をやり遂げるぞ。もし休みたいと思えば、さっさとそこから離脱しろ。外で待機している兵士達に連絡を入れれば、すぐに迎えが来る。足手まといは必要ない」
「ハ、誰が休むかっての。あたしだって団長達に負けてられない、この任務をやり遂げてみせるさ」
「……俺も休む気はない。行くぞ」
バザラガのそれにゼタは自身のアルベスの槍を掲げ、ユーステスも手持ちの銃を構えて地下の奥深くへ進む。
そして。
「此処が、最奥の部屋か」
「あー、疲れた。やっと此処まで来られた」
「……」
バザラガ達は何百匹か分からないほどの魔物を倒した後、最後の部屋を見付けた。
――百匹以上の魔物を相手にすれば、さすがのバザラガの息も上がるか。ユーステスはゼタが倒し損ねた魔物も相手にしていたバザラガの体力も限界にきているのは見抜いていたが、彼の手前、何も言わなかった。
「――最後の部屋、星晶獣の気配がするから気をつけろ」
バザラガのそれは信用できるもので、これにはゼタも気を引き締めて、ユーステスも静かに武器を構える。
――いざという時は、自分が盾となりバザラガかゼタを兵士達が待機する安全な場所へ避難させる猶予は与えられるか。
ユーステスは自分自身が犠牲になるのは別に何とも思わず、一人で相手して一人で沈む方がマシだと思っていた。
ユーステスは恐らく組織の人間も今回に限っていつもはゼタとバザラガですませるところを自分が二人に加わったのは、二人を逃がすための盾役として配置したのだろうと、今回の任務で理解していた。
それが。
「――いくぞ!」
「任せて!」
「……」
バザラガを先頭に、ゼタ、ユーステスの順で最後の部屋に突入、三人の間に緊張感が走り、そして――。
「――うええええ、私、どうなるの、此処で死ぬの、そんなの勘弁してほしいんだけど!」
「!!!」
遺跡の奥深くにある部屋には女の子が一人、その子はゼタが耳を塞ぐほど泣いていた。
少女はゼタと同じ年頃のように見られるが、泣きじゃくったその様子は、とても、ゼタと同じ風には見えなかった。
ゼタは弱った様子で、そばで同じく身動きが取れないバザラガに聞いた。
「ええと、バザラガ、あの子、星晶獣?」
「……いや。彼女は、星晶獣ではない」
「さっき、部屋から星晶獣の気配がするって。あの子、星晶獣じゃないの?」
「確かに星晶獣の気配があったが、今は消えている。それから、彼女は星晶獣ではないようだ」
「何だよそれ。というかあの子、どうするんだ?」
「……俺達とは無関係な民間人は一応、保護する決まりがある。とりあえずは彼女を俺達で地上まで連れて行って、後は組織の判断に任せるとしか。ゼタ、その間、彼女の相手できるか? 俺が彼女を相手にすると今より悪化すると思う」
「うん。バザラガ相手だと今より悪化しそうなのは納得できる。一応、あたしがあの子の相手してみるけど……」
ここは、同姓のゼタが彼女を相手にするべきだろう。バザラガの判断は間違っていない。ゼタもそれに了解して、泣きじゃくる彼女の前に一歩出る。
「ねえ、アンタ、何処から来たの?」
「ひっ!」
ゼタの登場に驚いたのか女の子は驚いたのか短い悲鳴を上げ、慌てて部屋の隅の方へと移動した。
「ん、何だ天井のあの穴は? あれは外に通じているのか」
その間にバザラガは部屋の天井に穴が開いていて、そこから外の光が差し込んでいるのを発見した。ゼタはその穴に気が付いていない。
「星晶獣は、あの穴から外に逃げ出した可能性はあるな……」
バザラガは早いうちからそう結論に達した後にその穴はもう気にせず、そばで繰り広げられているゼタと少女のやり取りに注目する。
「こ、来ないで! わ、私を魔物の中に放り投げてその間に逃げる算段でしょう!」
「はい?」
「この部屋から出ようと思っても魔物がウジャウジャ居て、一人じゃ無理だった。あなた達も私と一緒で魔物のせいでこの遺跡から出られなくなったんでしょ?」
「ああ、まあ、あたし達もあの数を魔物相手にしてきたから、アンタの言う事は分かるけど」
「そ、そうよね。そのあなた達が私を囮にして逃げるつもりなら、私は此処で隠れてやり過ごしてた方がまだマシだわ」
「いやだから、あたしはアンタを囮にして逃げようとしているわけじゃないし、あたし達は反対にアンタを助けにきたんだ」
「……あなた達、私を助けにきてくれたの?」
「ああ。あたしは、ゼタ。あの鎧男はバザラガ、入り口に居るのがユーステス。二人ともあたしの仲間で、アンタを助けにきたんだ。もう安心していい」
「う、嘘、そんなの嘘に決まってる。そ、そんな大きな武器を持ってる時点で危険じゃないの!」
「大きな武器? ああ、このアルベスの槍か。これは、あたしと一心同体のようなものだから、あたしがアンタを危険人物と認識しない限り、アンタを攻撃してこないよ」
「だ、だからその大きな槍をこっちに向けて振り回さないで! 殺される、殺される!」
「……バザラガ、交代」
「……俺でも駄目だと思うが一応行くか」
ゼタは少女の相手を早々に諦めて、バザラガと交代する。
バザラガは一歩前に出るも「よ、鎧の男の人、苦手、来ないで!」とゼタと同じ反応をされ、すごすごと退散する始末だった。
ゼタは呆れた様子で、退散して戻ってきたバザラガを迎える。
「あの子、どうするのさ」
「どうすると言われてもな」
「こういう時、団長かルリアが居ると助かるよね」
「同感だな。こういう時こそ、彼らの出番だ」
ゼタとバザラガ、二人揃って、溜息を一つ。
と。
ゼタは部屋から外の気配を感じて、うんざりする。
「……うへ、また魔物の気配が強くなった。多分、外に出れば魔物がウジャウジャ居るぞ。此処にこれ以上居られない。でも、あの子を放っておくわけにもいかないだろう」
「これ以上に手を焼くようなら、奥の手を使うしかないか」
「奥の手?」
「ユーステス」
バザラガはここで、部屋の出入り口を見張っていたユーステスを呼びつけた。
バザラガはユーステスと向き合うと、彼の手持ちの銃に注目する。
「ユーステス。眠り効果のある弾薬、まだ残ってるよな」
「ああ、問題ない」
「それ、彼女に使え」
「良いのか」
「構わん。此処で使うのが適切だろう。もし彼女に効果があればこの遺跡の調査に来ても何の成果も無く手ぶらで帰るよりは良いと判断した」
「了解」
ユーステスはバザラガの許可を得て、銃に眠り効果のある弾薬を込める。
ユーステスが銃に弾薬を込めている間、ゼタはバザラガに耳打ちする。
「おい、組織が開発したっていうあの眠り効果のある弾薬、まだ試作品の段階で、魔物や星晶獣にあまり効果無かったって聞いてるけど。それでイルザさんも、組織の兵士達も、それすぐに使うのやめたんじゃなかったのか」
「そうだな。イルザ、そして、組織の兵士達もそれで、眠り効果のある弾薬をあまり使わなくなったと聞いている。しかし、星晶獣ではない、普通の人間には効果あると分かっている」
「そうなの?」
「ああ。どういうわけか眠り効果のある弾薬は、普通の人間には効き目があったらしい。組織も万一、我々の予定に無かった戦闘で民間人を巻き込むような事があった時のために、狙撃手のユーステスやイルザにそれを持たせていると話していた。あの弾薬で撃った人間は眠るだけで、それに殺傷能力は無いらしいからな。今がそれの使い時じゃないかと思ってな」
「へえ。確かに今がその使い時だな……」
「だがゼタの言うように、魔物や星晶獣には効き目が無いのは事実だ。彼女が何者か分からんが、普通の人間ではなかった場合の備えも必要だ」
「もし、彼女が普通の人間ではなくてそれの効果なかったらどうするんだ?」
「さあ、その時はその時だ。眠り効果のある弾薬を使って、彼女や俺達に何が起きるか分からん。一応、外で待機している兵士達にも連絡しておいた。ゼタ、覚悟しておけ」
「うへー。ここにきて最大の難関かよ」
バザラガに言われたゼタは何百匹という魔物相手にしてきて疲れていたがしかし、その疲れを見せないよう、最悪の事態に備えて、アルベスの槍を構える。バザラガもゼタと同じよう、大鎌を構えるのを忘れない。
そして――。
「装填、完了。いつでもいけるぞ」
「よし、いけ!」
「……」
ユーステスはバザラガの合図で一歩前に出て、隅で怯える少女に銃口を向けて照準をあわせる。
ユーステスの銃に込められた弾薬は普通の人間であれば眠りの効果があらわれるが、そうでなければどうなるのか。
ゼタ、バザラガ、ユーステスの三人に緊張感が走る。
ユーステスはあとはもう少女に向けて引き金を引くだけであったが、しかしそれは体感にして一分は経っていない短い秒数で、彼の腕ならばもう撃ってもおかしくはないのに、バザラガはその引き金を引く時間がやけに長く感じた。
ゼタの方は、ユーステスの異変に何も気が付いていないようで、アルベスの槍をしっかり構えている。
ユーステスの異変に気が付いたバザラガは、ユーステスの肩に手をかける。
「おい、ユーステス、何を迷っている。さっさと銃を――」
と――。
「耳!」
「え」
「何だ?」
少女は泣くのを止めると、つかつかと、ユーステスの前まで来て、そして。
「あなたのそのエルーンの耳、素敵ね。触らせて!」
「!!!」
それから。
「もふもふ~」
「……」
べたべた。ユーステスは座って、少女の要望通り、エルーンの耳を触らせている。
因みにユーステスが座っているのは少女から「背が高くて耳まで手が届かない」と不満を言われたせいだった。
眠り効果のある弾薬は、不発に終わってしまった。
ゼタはそれについては少し安心しているが、バザラガはどうも釈然としなかったが今はユーステスにそれについて問い質している場合ではない。
ユーステスが彼女にエルーンの耳を触らせているその間、バザラガは組織に連絡を取っていた。
連絡を取り終えたバザラガは溜息を一つ吐いて、ユーステスに向けて言った。
「ユーステス、彼女を組織まで連れて来いとの事だ」
「了解」
「あれ、もう行っちゃうの?」
少女はバザラガの指示でユーステスが立ち上がったのを見て、焦る。
ユーステスは少女に向けて静かに言う。
「いや、俺達がお前を外まで連れて行く。お前も俺達と一緒について来い。……俺の言っている意味、分かるか?」
「分かってるよ。あなた達についていく。やっと此処から出られる」
ゼタとバザラガの時とは違って少女はユーステスの言う事は素直に聞いていて、やっとこの遺跡から出られると、嬉しそうだった。
バザラガを先頭に、二番目にゼタ、三番目に少女、四番目、後ろにユーステスという順番で遺跡を脱出する事になった。
ゼタ達が部屋から出た時には入ってきた時と同じように魔物はウジャウジャわいていたが、バザラガからの連絡を受け取った兵士達が外からやってきてくれて、その兵士達がゼタ達の周りで戦ってくれている。
遺跡を脱出する道中、少女は改めてその名前を名乗った。
「自己紹介がまだだったね。私、というの」
「ね。あたし達は……」
「あなた、ゼタさんでしょ?」
「え? あたしの名前知ってるのか?」
「さっき、ゼタとバザラガって紹介してくれたじゃない。エルーンの人が、ユーステスさんでしょ」
「何だ。あたしの話、ちゃんと聞いてたんだ?」
「ごめんね。その大きな槍、なんか威圧感あったから。鎧の人の――バザラガさんの大きな鎌も怖かったし」
「まあ、普通の人間から見ればあたし達の武器は、怖いかもしれないな……」
ゼタはアルベスの槍を改めて見詰めて、の言う事を一応は納得した様子だった。
「それで? 何でアンタ――は、あんな所に居たんだ?」
「さあ?」
「さあって。あそこに居た理由、分からないのか?」
「うん。迷いに迷って穴に落ちてその先がさっきの部屋で、落ちた時に気絶してたみたいで、そこで目が覚めたら、あそこに居たんだよね。それでドア開けてみたら魔物がうろついててさー、そこから出られなくなってどうしようかって思ってた時に、ゼタさん達が来てくれたんだよ」
はゼタに、それが何でもないように話している。
ゼタは、前での話を聞いていたバザラガに聞いた。
「バザラガ、どう思う?」
「ふむ。彼女がいう迷った末に穴に落ちたというのは、天井に穴があったのは確認している。しかしそれ以外、彼女が何らかのキッカケで星晶獣、あるいは、それ以外の何者かの転移魔法に巻き込まれた可能性は十分にある。この辺でそれ系の星晶獣か、よからぬ事を企んでいる犯罪組織の連中が潜んでいないかどうか、後で調査する必要があるな」
「うん。その調査は必要だ。でもそれ以外に気になる部分があるんだけど」
「……、ゼタの気になる部分は俺も気になっていた。彼女のそれを組織がどう判断するか、だが」
「ああ。組織の判断での今後、変わってくるよね……」
ゼタは後ろについてくるの今後を想い、心配そうに見詰める。
「……」
ゼタとユーステスの話を聞いていたユーステスも、自分の前を歩くに注目する。
これは数分前、遺跡を脱出する事になり、外で待機している組織の兵士達が助けに来るのをゼタ達が待っていた間の話である。
「これを」
「何これ」
「見た所、お前は何も武器を携帯していない、丸腰のようだったからな。後で救援部隊が来てくれるというが、それではこの遺跡を脱出するのは危険だ。初心者用の銃、あるいは、ナイフだ。好きな方を選べ」
ユーステスは、この遺跡を脱出するさい、組織の兵士達が手助けしてくれるが、自分の身は自分で守る必要があると言って銃かナイフを持っていろと、それを彼女に――ナtsリに差し出した。その銃とナイフは、女だけではなくて子供も扱える初心者向けのものだ。
はしかし、その銃とナイフを受け取るのを拒否した。
「あー、私、そういうの全然扱えないんだよね。悪いけど、それいらない」
「何だと? お前は何処かで、訓練を受けたりしていないのか?」
「全然。私はそういうの無縁な場所で過ごしてたから。ナイフ振り回しても魔物に当たる確率ゼロ、というか、魔物より人に当たりそうで怖い。銃なんてもってのほか」
「魔法は?」
「それも無理です、すみません」
「……バザラガ」
これにはユーステスも参った様子で、バザラガに判断をゆだねる。
「……とりあえず、やれるだけやってみたらどうだ。一応、俺とゼタが見ていてやる」
「……そうだな。とりあえず、そのナイフを振り回してあの壁に当たるように投げてみてくれないか」
「無駄だと思うけど。一応、やってみるか」
バザラガとユーステスに言われたは、ナイフを持ち、それをブンブンと振り回し、そして――。
「ぎゃあ!」
「!」
の投げたナイフは、ゼタの顔スレスレを横切って床に着地した。
「危ない! どこ見て投げてんだよ!」
「いや、私は目の前の壁向かって投げたつもりなんだけど」
「気を取り直して次、いくぞ」
「とうっ」
「!」
今度は、バザラガの足に向かってきたが彼は寸前でそれを避け、事なきを得ている。バザラガの反射神経でなければ、怪我をしていただろう。
「……次」
「えいっ」
「!」
最後、ユーステスの頭上を飛び越えて、壁に当たらず地面に落ちる始末だった。
「分かった。お前に銃は危ない、ナイフも使わない方がいい」
ユーステスはが武器を扱うのを早々に諦めてしまった。
「分かってくれて何より。あ、ついでに魔法も使えないんで期待するだけ無駄だよー」
「それ、明るく言う話か?」
ははは。武器も扱えず魔法も扱えないと分かっても明るくふるまうと、それに呆れるゼタと。
「私、これのせいで村を追い出されてるから。今更でしょ」
「何だと?」
「今、何て?」
「……」
は笑うも、バザラガとゼタ、ユーステスの三人はあまりの発言に呆気に取られるが――。
「こちら、救援部隊です! ゼタ、バザラガ、ユーステスの三名の無事を確認、そして民間人一名を保護、これから救助に入ります!」
そうこうしている間に救援部隊の兵士達がやってきて、ユーステスは仕方なく「彼女を俺達が守ればいいだけだ」と提案しそれがゼタとバザラガにも受け入れられ、は四人で無事に遺跡の脱出に成功したのだった。