飛べない蝶と空飛ぶ竜(01)

 今日もグランサイファーは空を飛び回り、各島に停泊してはすぐに届く依頼をこなしていく、そんな中で。

 本日の依頼主はヴェローナはモンタギュー領のロミオであったが、グラン達は道中、モンタギューとは反対側、ジュリエットが治めるキャピュレットに立ち寄った。

 モンタギューで洞窟の魔物調査というグラン達の中では比較的単純な依頼であるが、武器も魔法も扱えない何も能力の無いを同行させるには厳しい場所でもある、というわけで。

「それじゃあジュリエットにデボラさん、僕達が留守の間、を頼んだよ」
「はい、頼まれました。の事は、私達にお任せください」
「ええ。私とジュリエット様が責任を持ってさんを預かりましょう」

 キャピュレットのとある宿屋にてお忍び姿のジュリエット、そして、彼女の従者であるデボラはを快く引き受ける。

 今度はグランはの方を振り返り、彼女に言った。

、何かあればジュリエット達に申し出を。彼女達に遠慮するなよ」
「それは、もちろん。キャピュレットに来た時にジュリエット達にはいつもお世話になってますから、今更遠慮はないです!」

 ジュリエットはのそれを聞いた後にくすくす笑って、本日のの仕事を告げる。

、今回はあなたに劇場の中に新しくできたお店のお手伝いをして欲しいの。お願いできるかしら?」
「お任せを。そういうのは私の得意分野ですよ、奥さん」
「ふふ。それのご褒美にあなたのためにあなたが好きそうな恋愛物の演劇のチケット取ってあるのよ。そのあと、お買い物して、川沿いの街を歩いて……、そうそう、最近出来たという美味しい料理を出してくれるレストランも予約してあるの。どうかしら?」
「文句無しのデートコース! さすがジュリエット!」
「これがキャピュレットでのとユーステスさんとのデートの参考になるといいけど」

「それでは……」

 はジュリエットに誘われデボラと一緒に宿屋を出て、嬉しそうに彼女のあとをついていく。

 同じく宿屋を出てとジュリエットとデボラの三人を見送ったグランは、呟くように話した。

は、これで安心だな」
「そうですね。ジュリエットさん達なら、を安心して任せられますね」
「おう、さっさと依頼をこなして、オイラ達も早いうちにの所に帰れるようにしようぜ」

 グランと同じようにルリアはジュリエットとデボラにを任せて一息ついて、ビィはのためにさっさと依頼を終わらせようと意気込む。

 それを不満そうに眺めているのは。

とジュリエットってさ、あの二人、意外と仲良いよね~」
「そうだな。とジュリエットは、お互いの恋愛事情で話があううえに、とユーステスのデートコースをジュリエットが提案してくれているとも話していたが……、イオは、とジュリエットが仲良いのを見て面白くないのかい?」

 とジュリエット、仲良く肩を並べる二人の関係に不満を持つイオを面白そうに見詰めるのは、カタリナである。

「んー、不満っていうわけじゃないけど、何かなあって感じ?」
「何だそれ、ますます分からないな」

 カタリナはイオの独特な表現にお手上げ状態だった。

「……(イオちゃんの不満、分からないわけじゃないけど。でも、今、それを言うべきではないわね)」

 イオと契約しているロゼッタだけは彼女の不満の正体に気が付いていたが彼女に微笑むだけで、ここはあえて何も言わなかった。

「さて。僕達はジュリエットのキャピュレット領ではなくて、ロミオのモンタギュー領の方で魔物退治とそれの調査だ。さっさと行こうか」
「はい」
「行くぞー」

「あそこ、最近、また変な魔物が沸いてるらしいからな。モンタギューを統治するようになったロミオも大変だな」
「うむ、ロミオもジュリエットと結ばれたはいいが、お互い、大変なのは変わりないからな。それをオレ達が少しでも補えればいいがね」

 グランとルリアとビィの三人はいつものように張り切るも、ラカムとオイゲンは慎重な姿勢で武器を構えて依頼主――ロミオの待つモンタギュー領へと飛び込んだ。


 ロミオによれば「どういうわけか洞窟内部に倒しても倒しても魔物がウジャウジャ沸いて大変で、君達の力でどうにか封じて欲しいのと、それの生態の調査を頼みたい」との依頼だった。
 グラン達はロミオの話を聞いたうえで「任せろ」と意気込み、洞窟に飛び込んだ――までは良かったが、確かに倒しても倒しても魔物がわいてきてこれはさすがにおかしくないかと、作戦を練り直していた時だった。

「団長さん達、発見!」
「此処にグランサイファー停まってるの分かったから、来ちゃった☆」
「あ、あの、こんにちは……」

「コルワ、それからメーテラとスーテラじゃないか。どうした、助太刀に来てくれたのか?」
「コルワさん、メーテラさん、スーテラさんの三人が来てくれたなら、心強いですね!」
「だな。オイラ達、予想外にうじゃうじゃわいてくる魔物相手にちょっと休憩したいと思ってた所でよぉ」

 グランとルリアとビィは、思ってもみない助っ人に最初は喜んだが――。

 コルワ、メーテラ、スーテラの三人を代表して口を開いたのは、コルワである。

「違う違う、私達、助っ人に来たわけじゃなくてに会いに来たのよ」
?」
「そう。、あの子、ユーステスが仕事の間、こっちに来てるんじゃなかった?」
「ああ、確かにはユーステスの仕事の間、僕達の艇に来てるけど。何、コルワ達はと約束でもしてたのかい?」
とは別に約束なんかしてないけど、が此処に来てるなら彼女に会いに行く価値はあるかなってね」
「へえ。君達とではあわない気がしたけどなぁ。どうしてそう思う?」
「それね。のユーステスに関する恋愛話、面白いからよ。の恋愛話は、メーテラもスーテラもいい男ゲットするさいの参考になるって。私ものそれは幸せな気分になれるから、聞いていて飽きないしね」
「ああ、それで……」
「まあ、本音はユーステスでをからかうと面白いから?」
「……、それはユーステスに知られたら面倒だから、止めた方が良いんじゃないかな」
「うん、ユーステスにそれ知られると面倒なのは分かるからほどほどにしておくよ。それで? 、何処に居るの? 武器も魔法も扱えないがこんな危険地帯に来てるわけないと思うから、彼女の泊まってる宿か、今の仕事で何やってるか教えてよ」
はこっちじゃない」
「こっちじゃないっていうのは?」
はロミオのモンタギューじゃなくて、ジュリエットのキャピュレットの方でジュリエット達と居るよ。の今回の仕事は確か、ジュリエットの劇場の店の手伝いだってさ」
「あ、やっぱり反対側だったかー。ふむ、劇場の店の手伝いなら、私達も何か協力できるかもね。ありがとう、そっち行ってみるわ、それじゃあね!」

 コルワとメーテラとスーテラの三人は、本当に何も手助けせず、そこからさっさと出て行った。

「何だ。あいつら、本当にを探してただけかよ」
「あの子達はちゃんの仕事の助っ人に来ただけで、私達の助っ人じゃなかったのね……」
「はは、本当に少しくらい手伝ってくれても良かったのにな」

 ラカムとロゼッタ、カタリナの三人は、ただを探していただけで助太刀に来たわけじゃなかったコルワとメーテラとスーテラの三人に呆れる。

 それから。

「団長さん、来てるって聞いてるけど、そっちに居る? サラがに会いたいって言うから」
「ああ、キャピュレットの方ね。に新作のお菓子、持っていこうと思ってたの。ジュリエットさんの手土産にも丁度良かったわ」

 ボレミアとサラの二人がを訪ねにやってきて、それを告げればさっさとキャピュレットの方へ向かった。

 ボレミアとサラが立ち去った後、グラン達は一日かけてようやく魔物の群れを封じてそれの調査というロミオの依頼を終わらせるも、次の日には新しい依頼が次々と飛び込んでくる。


 滞在している島でグランサイファーに依頼が飛び込んでくる間、それに船長のラカムも必要な時、武器も魔法も扱えないせいでその危険地帯に同行できなの面倒は見られない。どうするか。その策で編み出されたのが、現地の仲間達にを見てもらう事だった。

 ヴェローナではキャピュレットでジュリエットの了解を得られれば、彼女にを預かってもらう約束になっている。因みに過去にもジュリエットの世話になっていて、を預かってもらうのにジュリエットには一度も断られた事はない。それというのもカタリナの話の通り、ロミオとユーステス、お互いの恋愛事情で話があうと分かってからは、ジュリエットはの良い相談相手、そして、友達になってくれたのだった。


 グランはルリアとビィ、そして、カタリナ達とその依頼をこなしていく、その中で、コルワとメーテラとスーテラ、ボレミアとサラだけではなく、様々な仲間達が目当てにやって来た。

「やっほー、団長さん、来てるんだって? 、何処に居るの? え、キャピュレットの劇場のお店? そこ、あたしでも入れてもらえるかなぁ」
「アリーザはがユーステスと居る間は二人の邪魔になるから、彼の居ない間にに会いたいって言うもんだから……。ジュリエットさんに頼めば俺達でも劇場に入れてくれるんじゃないかな」

 ジュリエットと同じようにスタンへの恋の相談相手としてと友達になっているアリーザと、に相談されてるとは思わないで単純に友達のスタンの二人が。

「団長さん! が来てるって聞いてに会いに来たんだけど! え、キャピュレットの劇場のお店? 分かった、そっち行ってみるよ。そうそう一度、そのキャピュレットの劇場に行ってみたいと思ってたんだよね~。グレア、キャピュレットまでレッツゴー!」
「わ、わ、アン、そんなに急がなくてもに会えると思うよ!」
「では、皆さん、また後ほど!」

 と気があうというアンとグレア、それに従うオーウェンが。

「団長、、来てるんやって? いつものよう、にうちらの舞いを見てもらおうと思ってたんよぉ。へえ、は劇場の店の手伝いしてるんか。あわよくばその劇場でうちらも踊れるかもやで、なあ?」
「そうやね。に会うついでにキャピュレットのお姫様にもうちらの舞い、どうかって、聞いてみるのもええね。それで私達もその新しい劇場で踊れるなら、踊ってみたいわー」
だけならまだいいけど、キャピュレットのお姫様か……。お姫様相手だと、さすがに緊張するし、あの大きな劇場で踊る事があればボクはどうなるんだろう……」

 に舞いを見てもらうためにユエルとソシエ、コウの三人が。

「団長さん、居るかしら? に新作の絵物語ができたから読んでもらいたいのよ。それから、とユーステスさんをモデルにした絵物語もそろそろ佳境に入りそうだからそれの評価をお願いしたく! ああ、キャピュレットのジュリエットさんも一緒なら、ジュリエットさんとロミオさんの話も絵物語にしたいわ! を介してジュリエットさんにそれの許可もらえないかしら、二人に会うのが今から楽しみね! それから、あそこの恋愛劇、一度見たかったのよね~、絵物語の参考になるから」
さんにさんとユーステスさんの絵物語を読んでもらうの、楽しみですね~。ああ、僕も、さんだけではなくて、ジュリエットさんとロミオさんの話に興味あります! それでジュリエットさんの劇場も興味あったんですよね~」
「そうね。ルナールの中のユーステスさんとの中のユーステスさんがあってれば良いんだけど。あれ読んでがどう評価してくれるか、見物ね。それから私も一度、ジュリエットとロミオの話を聞いてみたいと思ってたから、丁度良かったわ。私もルナール達と同じく、あの劇場の劇を見たかったの」

 とユーステスの恋愛話を絵物語として描いているルナール、それの助手のザーリリャオーとミラオルが。

「よう、団長! ご所望のユーステスに効き目ありそうな惚れ薬また開発したんだけど! 何故か毎度ユーステスに効果無くて失敗してるが、今度は上手くやってやるぜ。それで肝心の、何処だ? え、キャピュレットの劇場の店? あー、あのお姫様苦手なんだよなぁ、だがこの惚れ薬、ユーステスの前にロミオで試すってのもありだな、ひひひ」
「師匠、今度こそ上手くいくといいですね! (今回も失敗しそうな感じだけど! 面白いからいいか!)」

 にユーステスへの惚れ薬開発を任されているというカリオストロとクラリスの二人が。

「団長さん! 来てるって聞いたよー。がキャピュレットの劇場に居るの分かってるんだけど、に会うのに団長さん達の許可取った方が良いかなって」
「ええ、に会うのに団長の許可いらなかったの? あえて言うならユーステスの許可が必要? ……あー、ユーステスなら後回しにした方が良いんじゃないかな、ねえ?」
「でもユーステス君、ほかでは何も興味無いというわりにの事になるとうるさいですからね……。私の方からユーステス君に言っておきますよ、ご心配なく。それでは」

 単純にが好きだという十二神将のアンチラ、クピラ、マキラの三人が。因みに残りのシャトラ、アニラ、ヴァジラ、ピカラの四人も後で目当てに合流するらしい。

「団長さん、ちゃん来てるって?」
「何だ、やっぱりキャピュレットの方か。紛らわしい」
ちゃんの今回の仕事、キャピュレットの新しい劇場の店かー。スツルム殿、ボク達もちゃんとユーステスにあわせて劇場でデートなんて……、ガフッ、いや、冗談、冗談です、はい」
「全く。冗談ばかり言ってないで、さっさとの手伝いに行くぞ」

 ドランクとスツルムまでも、そして。

来てる? カトルのユーステスへの相談の結果、どうなったか知りたくてね。ああ、そう、そっちね。カトル、行くよ」
「待ってよ、姉さん。ああ、君達も頑張ってね……」

 十天衆のエッセルとカトルも目当てにやって来る始末だった。はエッセルの言うよう、ユーステスと同じエルーンのカトルでユーステスに対する相談をしていて、エッセルもそれの結果が気になるようだった。因みに後で残りのシエテ達も目当てに来ると話している。

は? ああ、分かった。そっち行くよ」

 なんだかんだでメグもに会いに来たという。


 それ以外も依頼をこなしていく中で「居る?」と聞いてくる仲間の数は多く、そして、とうとう。

「ああもう、何よ、皆、って! 皆が目当てに来るのはいいけど、あたし達が魔物と戦ってるの見て何も手を貸さないっての何なの? 此処まで来るなら、あたし達を少しは手伝いなさいよ!」
「まあまあ。彼らは私達だけで簡単に倒せると見て手を貸さないんだと思うし、来たついでに私達に強化魔法をかけてくれた仲間も居るから……」

 目当てにグラン達の所に来るのはいいが、魔物と戦う自分達には目もくれずに立ち去っていく仲間達を見て憤慨するのはイオで、そのイオをたしなめるのはカタリナだった。

 オイゲンは銃で魔物を蹴散らしながら、について彼女に感心したように話した。

「しかし、この団の中での人気は凄いな。ユーステスの仕事でが艇に来たと分かれば、普段は団長が直に誘わなければ来ないような奴まで目当てに来る始末だぜ。うちのアポロも、を気にしない振りして気にかけてるようだからなぁ」
「うむ。アポロの中では、オーキスやオニキスと同じ守らなければいけないと思える相手だからだろうし、それ以外では預かり先でのの仕事を手伝いたいという気持ちも分かるな。力を持たないは力を持つ自分達が守るべき人間である、それが機動力になっている仲間達は多い風に見られる。ルリアもそうだな。もルリアと同じと考えればしっくりくるんじゃないか。かくいう私もをそういう風に見ているその一人で、私だけではなくヴィーラとファラとユーリの三人もアポロと同じよう、何かとを気にかけているからな」

 自分の剣で魔物を蹴散らしながらオイゲンにそう応じるのは、カタリナである。

「しかしの場合、星晶獣が取り込めるうえにそれを使役できて団長ともその力を共有しているルリアと違って、武器も魔法も扱えない何もできない女だ。アポロ以外、白竜騎士団やレヴィオン騎士団、リュミエール聖騎士団といった騎士連中ならが守るべき対象でそれが機動力になるのが分からんでもないが、それ以外の奴らでが機動力になるかね?」
「それも単純な話じゃないの。ラカムはそれ分からないの?」
「何だよ。ロゼッタにの何が分かるんだ」

 ラカムはその疑問を口にするも、単純な話が分からないのかと鼻で笑うのはロゼッタだった。

 ロゼッタは髪を払いながら、指一つで茨を操りそれで魔物を確保しながら言う。

ちゃん、見た通りに明るくて前向きで優しくて話しやすいうえ、ユーステスとの関係も包み隠さず話してくれるから団の女子達から人気あるのよ。最初に来たコルワ達が話してた通りで、ちゃんみたいに恋愛の相談に乗ってくれる、あるいは、恋愛の相談してくれる相手、うちの団では今まで皆無だったでしょう」
「あー、まあ、うちの団では子持ちのオイゲン以外、恋愛ごとにはからきしだからな。その部分は確かにうちの団では以外に居ないか……」
「それ以外でもちゃん、子供相手でも彼らの戦い方を見て凄い凄いって本当に素直に褒めてくれる部分もポイント高いわよぉ。ほら、一番最初にちゃんを預かってもらった白竜騎士団の子供達だけではなくて、騎士団団長のランスロットもそれで手なずけたとか……、油断してるとちゃんに団の男子達をそれで取り込んじゃうかもしれないと思うほどね。恐ろしい子だわよ、本当」
「そりゃすぐ仕事が終わればを迎えに行かないと、ユーステスの心配事も絶えないわな、ははは!」

 のやり方に本当に恐ろしく身震いするロゼッタと、それを銃で魔物を撃ちながら笑い飛ばすラカムと。


 皆がの話で盛り上がるその中で一人、面白くない顔をしているのは。

「何よぉ、皆、って。少しは、あたしを褒めてくれても良いんじゃないかな!」

 バンッ! イオはその不満を強力な魔法で魔物の群れにぶつける。

「お、イオ、さっきからやたらとにつっかかるが、皆に注目されるに焼きもち焼いてんのか?」

 イオがその不満を口にすれば、からかうような調子で言うのはラカムだった。

 カタリナもイオがに焼きもちを焼いているという『勘違い』をして、イオに向けて言った。

「イオはそう心配しなくても皆、イオを見ているよ。イオの魔法は強力で、今も私達を楽にさせてくれるからな」
「だから、あたしがに焼きもち焼いてるとか、そういう意味じゃないんだけど!」
「え、どういう意味だ? イオがさっきからの何に対して怒っているのか、意味が分からないんだが……」

「ふふ、これも単純な話なんだけどね。そうね……、イオちゃん、イオちゃんが皆に言い難いというなら、私の方からイオちゃんの気持ちを皆に説明してもいいかしら?」
「……そうだね。あたしじゃ多分、分かり難いと思うから、ロゼッタ、よろしくね」

 皆がイオに混乱する中、イオと契約しているロゼッタが手をあげる。イオはロゼッタにうなずいた後に彼女の後ろに引き下がり、ロゼッタはイオの代わりに皆の前に出てくる。

 こほん。ロゼッタは咳払いを一つして、イオの気持ちを皆に代弁する。

「イオちゃんはね、今でこそ皆がちゃんに注目してくれているけど、ちゃんがユーステスの紹介でうちに来た初めの頃は皆――オイゲンとラカムはもちろん、カタリナでさえ、武器も魔法も何も扱えなくて何の力も持たないちゃんを敬遠してた頃があったの忘れたのかなー、って、それ言いたかったのよ」
「あ」
「……そういえば、そんな時もあったな」
 
 ロゼッタでようやくその時を思い出したラカムとカタリナは、バツの悪そうに頭をかいている。

 ロゼッタは構わず、続ける。

「一番最初にユーステスから『は俺の恋人だ』ってちゃんを紹介された時、艇の仲間達は本当にユーステスの恋人かって皆、半信半疑だったじゃないの。ユーステスが仕事に行ってちゃんが一人になった時、普段は誰でも受け入れてきた団長さん達も、遠巻きにちゃんを見てるだけだったわよねぇ?」

「……そうだな。僕達も、いくらユーステスの紹介でも本当に何もできなかった力の無いをどう扱っていいか分からなかった時があったのは認めるよ」
「そりゃそうだろ。あのユーステスの兄ちゃんに恋人が居るってだけでも前代未聞な話だったし、しかもその相手がイルザやゼタみたいに戦える女であれば皆が納得しただろうが、実際は武器も装備できなくて魔法も扱えないという何もできないだったからな。皆、が本当にユーステスの兄ちゃんの彼女か、は実は組織ではイルザと同じように立場が上の人間でユーステスの兄ちゃんがそれに逆らえないだけかとか、ユーステスの兄ちゃんの組織の命令でそういう関係になってるだけなんじゃないかって、半信半疑だったよな。オイラも皆のを疑う気持ちが分かるから、皆に何も言えなかったけどさ」
「そうですね……。初めの頃のはそれすらも疑われて、皆さんから何も話しかけられないで艇で一人で居る事が多かったですね……。は一人で黙々と艇の掃除してるだけで、私もグランもビィさんも、その頃のに話しかけづらかったです」
「……、酷い時は、何であんな何もできない女がユーステスの彼女なんだ、ユーステスはに騙されてるんじゃないか、からユーステスを引き離した方がいい、なんて、ひそひそ陰口を叩いているのを聞いた事があったな」

 最初に来た頃を思い出してそれを語るグランとビィ、その時を思い出して胸が苦しくなるルリア、カタリナも苦い顔でを語る。

 は最初から艇の仲間達と上手くいっているわけではなかった。武器も装備できないうえに魔法も扱えない何もできない女であると分かれば本当にユーステスの彼女であるのを疑われて、あんなに何も出来ない女はユーステスの彼女に相応しくはないと、陰口を叩かれる始末だった。

 ロゼッタはニヤニヤ笑いながら、オイゲンとラカムの方を見てその手をゆるめず言った。

「オイゲンとラカムも、ちゃんに『何か仕事ありますか?』って話しかけられても彼女を無視してたわよねぇ?」

「……そうだな。オレ達はいくらユーステスの女でも、あんな使えない女はこの団にはいらないと思ってた時期があったのは否定せんよ。ユーステスの奴も仕事が終わればを迎えに来ると話していたが、実はをうちに置き去りにするために仕事から戻って来ないんじゃないかとも疑っていたからなぁ。を教育してもそれじゃ仕方ないんで、無視していたが……」
「ありゃ、オレの中では苦い思い出だ。オレもオイゲンと同じでユーステスにを置き去りにするためにうちが利用されたんじゃないか、もし、ユーステスが自分の仕事が終わってもを引き取りにこなければ何かと理由をつけてを何処かの島に置いて行こうと酷い事を考えてたからなぁ。あれは本当に反省している」

 オイゲンとラカムは、ユーステスが組織でも手を焼いていたを自分達に押し付けにきたのではないかと、それを危惧して最初は彼女を無視していたという。

 そんなの状況を一変させたのは――。

「だけどそのちゃんに救世主が現れた。それは!」
「そう、このあたしがの救世主!」

 ロゼッタにあわせるよう、胸を張って登場するのはイオだった。

「艇で一人きりで寂しそうにしてたに一番最初に声をかけたの、このあたしだから! 皆、それ忘れてないでしょうね!」
「はい、覚えていますよ! イオさんが一番最初にに声かけて、はそれで皆さんと次第に打ち解けて、私もグランもビィさんも、それ以外の皆さんもの良さが分かってきたんですよね!」

 胸を張るイオにうなずくのは、ルリアである。

 ルリアに続いてカタリナもそれを思い出していた。

「そうそう、がどうしてユーステスの彼女になったのかその経緯に興味があったイオが最初にに声かけて、イオはその中でがユーステスのために星晶獣の勉強をしていると聞いて、ルリアを星晶獣の先生としてどうかってルリアをに紹介したんだったな?」
「はい! それで私が艇では、の星晶獣の先生になってますからね! この私が誰かを教える日が来るなんて、夢にも思いませんでしたよ!」

 ふふん。の星晶獣の先生になっているというルリアもイオと同じく胸を張って話している。

 これにはオイゲンも感心した様子で、イオを見詰める。

「イオは、がユーステスのために星晶獣の勉強をしているといっても、ルリア以外に教師になってくれそうな人間は艇の仲間の中に何人か居て、実際に教師をやってる奴も居るのに、その中でルリアをの教師にするなんてよく考えたな。も素直にルリアに勉強を教わっていて、それのおかげかが艇の仲間達から一目置かれる存在になった。イオのあれは上手い手だったと、オレも感心したよ」
「ふふん。星晶獣に関するものならルリアの右に出る者は居ないから……と言いたい所だけど、実はあたしも半分冗談でルリアをに紹介したんだよね」

「へえ、そうだったのか? 私はイオにもにもルリアの実力を認められて、嬉しかったんだが」

 オイゲンだけではなくカタリナも、イオの話を興味深そうに聞き入る。

 イオはカタリナにうなずいた後、打ち明ける。

「白状するとね。はあたしがルリアを紹介しても自分より下のルリアが教師なんてやってられない、もうこの艇降りる、なんて、言い出すかと思ってたんだよ。あたしもそれならそれで良いかって思ってた。皆、がいくらユーステスの彼女でも何も能力が無くて使えないを疎ましく思ってたのは分かってたからね」
「……」
「でもその予想外には、本物のお堅い教師よりはルリアが教師なら頑張れるかも、ぜひルリアを紹介してって、反対に張り切っちゃって、それに食いついてきたの。あたしはそのを見て、皆から敬遠されてるの分かってるのに何でそんなに頑張れるのって聞けば、『決まってるじゃん、全部、ユーステスのためだよ。ユーステスのためになるって分かれば、何でも頑張れる』って、キラキラした笑顔で答えてくれた。あたしのそれ見て恋する女の子って凄いんだなって思ってそれから、に協力してあげようと思ったんだよ。皆、あたしがを紹介するまで、がどういう子か分からなかったから声かけづらかったって、後で教えてくれて、あたしももそれ聞いて嬉しかったのよ」
「そうか……。私もがルリアを教師にして星晶獣の勉強している様子を見てからを注目するようになったし、持前の明るさもあってか次第に艇の仲間達とも打ち解けてきて、オイゲン達の予想に反してユーステスが本当にを迎えに来てくれてからは、彼女の全部の疑いが晴れたわけだ。皆、イオのおかげだというのは分かるな。それで――」

 それで?

 イオは、カタリナの続きを待つ。

「それで、イオはさっきからの何が気に入らないんだ。今までの話からすればイオは、を慕っているように聞こえるが……」
「それの通りよ」
「それの通り、とは?」
「皆、あたしの紹介がなければ何も出来ないを敬遠してたくせに、今ではすっかりに骨抜きにされてるのが気に入らないってだけ! の一番の友達は、このあたしだっての! もそれ、分かってるかな!」
「ああ、そういうわけか……」

 悔しそうに地団太を踏むイオと、それに苦笑するしかないカタリナと。

もイオが一番の友達だとは、分かってると思うよ」
「そうそう。ちゃんも預かり先から戻れば真っ先にイオちゃんに声かけてるじゃない」
「ふん、どうかしらね。はいつかの白竜騎士団の時みたいに、あたし達よりも、キャピュレットのジュリエット達の方が居心地良いとか思って、あたし達の艇に帰って来なかったらどうするのよ!」

 イオは、カタリナだけではなくロゼッタからもそう言われるも、白竜騎士団という前例があるのでがキャピュレットから戻って来ないのではないかと、それを危惧している。

 そしてイオは、グランの方を振り返り彼を睨み付けて、彼に詰め寄る。

「団長も団長よね! 何での一番初めの預かり先を白竜騎士団にしたのよ! 騎士団とはいえ男社会に何も出来ない女の子一人放り込むって、問題あったんじゃないの?」
「いや僕は、何件かかけあった中で皆が何もできないを引き受けたくないと渋る中で、白竜騎士団のヴェインが手をあげてそれを引き受けてくれたんだよな。僕も白竜騎士団のヴェインであるなら、の一番最初の預かり先に丁度良いと思った。騎士の彼らならを酷い風には扱わないと思ったし、男社会でも大人の騎士相手じゃなくて訓練生のアーサー達を相手にするのを条件にして、そこならでも溶け込めそうかなと思って……」

 イオに詰め寄られて弱るのは、白竜騎士団をの預かり先として決めた団長のグランだった。

 カタリナはその時の様子を思い出したのか、くすくす笑いながら話した。

「団長の予想通り、は白竜騎士団の訓練生の子達と溶け込んだのか、予定の日数オーバーして戻ってきたな。仕事から艇に戻ってきたユーステスにの帰りが遅いと指摘されて私達もようやくそれに気が付いたくらいだった」
「全くもう。白竜騎士団なんて騎士の最高峰でそれで女の子の扱いにも長けた場所なんだから、そこ行けばもイチコロじゃないの。がユーステスからランスロットに乗り換えたらどうしようとも余計な心配したし!」

「……」
「……」
「……」

 イオの発言に、ロゼッタとオイゲンとラカムの三人は互いの顔を見合わせた後で、肩を竦める。

「え、何? あたし、何かへんな事言った?」

「いや、イオは何もへんな事は言ってない。気にするな」
「うむ。それは気にしない方が身のためだぜ」
「そうね、そこは気にしないでちょうだい」
「?」

 ラカムとオイゲンとロゼッタの三人に笑顔で言われるもイオはわけがわからず、首をひねるだけ。

 一息ついて、グランは言う。

「でもイオ、白竜騎士団から戻ってきたから話を聞けば、最初は僕達と同じで、白竜騎士団の訓練生の子達から相手にされなかったらしいよ。ヴェインも誰も引き取り手が無かったを引き受けたのは、ある思惑があったようだしね?」
「うむ。ヴェインも預かり先が決まらずに困っていたを引き受けたのは騎士道にのっとった紳士的な態度からではなくて、後で何も出来ないがあいつらの反面教師に丁度良かったからと打ち明けてくれたが……、最終的にはヴェインものやり方とその行動力に感心したと話していたな。はてさて、はいったい、どういう手を使ったのやら」


 カタリナは興味深そうに目を細めて、空を見詰めていた――。