それは、ある昼下がりの出来事。
その日のその時間、はグランサイファーの甲板で洗濯物を干していた。
暖かい日差しを受けての洗濯物を干すのは、気持ちが良い。
奥の方ではルリアとイオの二人も手分けして、それぞれ洗濯物を干すのを手伝っている。
「よう、、居るか?」
「やっほー」
「カリオストロにクラリス。どうしたの? 団長さんに用事なら、下の方でラカムさん達と何か話してたけど」
肝心のグランは、ビィと一緒に、船内の部屋でラカム、オイゲン、カタリナ、ロゼッタの大人達と今後の艇の運営について話し合っている最中のようだった。
は最初、カリオストロとクラリスはグランに用事があるものかと思っていたが。
「オレ達は団長に用事があって此処まで来たんじゃないぜ。に用事があって来たんだよ」
「え、私に用事?」
はて、武器も魔法も使えない自分に、この団でも最強で最高に可愛い錬金術師だと自称するほどのカリオストロが何の用か。はカリオストロの登場に疑問を持つが、カリオストロはいつもの態度でに近付いて周りに居るイオとルリアに聞こえないように声を潜めて言った。
「ふふふ、ご所望の例のあれ、完成したんだけどなぁ」
「私の希望――あ、まさか?」
はようやくにしてカリオストロが自分に近付いてきた理由が分かって、同じくカリオストロに声を潜める。
「カリオストロに頼んでたあれ、完成したの? 凄い!」
「ふふふ、このオレ様を誰だと思ってる。全空一、最強で最高に可愛い錬金術師とは、このオレ様の事だぜ」
そして――。
「クラリス、に例のブツを出せ」
「りょーかい!」
クラリスはカリオストロの指示を受け、ガサガサとカバンをあさる。
そしてそこから小さな壜を取り出して――それは、ひとさし指サイズの壜で、それをに差し出した。
壜の中では、赤色に輝く液体が揺れる。
「じゃじゃん、これがその希望の商品、対ユーステス用の惚れ薬だよ!」
「ばか! 声が大きい!」
「あ、やば!」
と。
「あ、カリオストロさんにクラリスさん、来てたんですか?」
「二人とも、また何かよからぬ事、企んでないでしょうね?」
クラリスの声に反応して洗濯物の隙間から顔を出したのは、ルリアとイオだった。
ルリアとイオの登場に、カリオストロとクラリスは焦りを隠せない。
「いやいや、団長の艇で、オレ達がよからぬ事を企んでるわけねえだろうが。外はともかく、この艇では最強で可愛いオレでも団長に容赦なく返り討ちにあうって分かってるからな、なあ?」
「そうそう、ししょーの言う通りだよ! いくら最強で可愛いうちとししょーでも、この団の団長さんに逆らえるわけないじゃんねー」
カリオストロとクラリスは、イオに指摘されてそう言い訳を試みて、その間にクラリスは素早くに「対ユーステス用の惚れ薬」の壜を渡して、もそれを分かってその壜を受け取ってさっと自分のカバンの中に入れた。
イオはとクラリスのやり取りに気が付かない様子で、彼女達と関わるを心配して言った。
「、あたしや団長達が居る時はいいけど、あたし達が居ない所であまりカリオストロ達と関わらない方が良いよ。力を持たないは、錬金術師のカリオストロにへんな実験台にされるかもしれないからさ」
「う、うん、イオちゃんの言う事は分かってるよ。忠告、ありがとう」
はイオに力を持たない自分がカリオストロに何かされるのではないかとそれを心配されているのが分かって、それにしっかりとうなずいてみせた。
イオはの言う事を信じるようにうなずいて、「それじゃさっさと洗濯物片付けて、、あたしとルリアと一緒にいつものお茶会しよう」と、彼女の手を取ってと一緒に洗濯物の仕事を再開させた。
それからはイオとルリアと一緒に洗濯物を片付け午後の休憩時間に三人でのお茶会を楽しみ、その間にカリオストロとクラリスは何処かに行ってしまって、グラン達も会議から戻ってきたので、それぞれの艇での一日が終わった。
夜。
は夕飯が始まる前の休憩時間に一人、艇の中にある図書室の中にて昼間、カリオストロにもらった壜を眺めていた。
――対ユーステス用の惚れ薬だよ!
クラリスはそう言って、に赤い液体の入った壜を渡している。
は壜を机に置いて、自分の手帳を開く。
「ユーステスが組織の仕事から帰ってくるのは丁度、今夜……」
手帳には、ユーステスが組織の仕事から帰ってくる日に印がつけられてあった。彼が仕事から帰ってくるのは丁度この夜の話で、それは仕事が長引けばその日に帰れるかどうか分からないと前置きしたうえでの帰還予定日ではあるが、彼は一応、自分との約束事はきちんと守ってくれている。
――今夜は、イルザをはじめ、ゼタやバザラガといった組織の仲間達もこの艇に来ると話していた。
今夜はユーステスだけではなくて、イルザ、バザラガ、ゼタ、ベアトリクス、グウィンといった馴染みの組織の仲間が艇に来てくれるという。ユーステス一人だけならのために毎回艇に来てくれていたが、イルザをはじめとする組織の仲間達が艇に集うのは、久し振りだ。ユーステスよりそう聞いていたは、いつも以上に楽しみで浮かれている。
料理担当のファスティバもからその話を聞いて「それじゃあ、今夜はお肉メインのご馳走作ろうかしら~。組織の子達にもうちの美味しい料理、お腹いっぱい食べてもらいたいもの」と、張り切った様子だった。
「ちゃんも、ユーステスちゃんの仲間のイルザちゃん達のために手伝ってちょうだいね~」
「はい、お任せください!」
もいつも以上に胸を張ってファスティバに応じる――ところで。
「ジャミル君、何?」
同じくファスティバの助手のジャミルに見詰められたので、何かと尋ねる。
「いえ、何でもないです。気にしないでください……」
「?」
その時はもジャミルの様子は気にせずにさらりと終わったが、何かを感じたのかファスティバは後でこっそり教えてくれた。
「ジャミル君、あの子、ユーステスちゃんの事が苦手なんですって」
「え、それ本当ですか?」
「ええ。何でも、ユーステスちゃんの目つきが怖いとか……」
「そうですか? ユーステスは全然そんな事ないのに……」
「そんな事はないってアタシもジャミル君に言い聞かせてるんだけどね~。でも、元でも暗殺者だったジャミル君は、ユーステスちゃんに関する裏の顔を感じ取ってるかもしれないわね」
「ああ、それで……」
もここでジャミルが暗殺者だった事を思い出し、彼もまたユーステスと同じような裏の顔を持っているのも思い出した。
ジャミルはグラン達のおかげで今では暗殺者から足を洗って、この艇ではと同じくファスティバの助手として活動しているが、今の穏やかなジャミルを見ていると時々、ジャミルの過去を忘れそうになる。
それはユーステスも同じだというのをは、ジャミルで気が付いた。
ファスティバはを見て、話しを続ける。
「それでジャミル君、ちゃんの事を少し心配してたわね」
「私の事をですか?」
「ええ。自分達と違って力を持たないちゃんは、仕事とはいえ自分と同じように裏の顔を持つユーステスちゃんと付き合ってて彼が怖くないのかって」
「私はユーステスのそれ分かったうえで彼と付き合ってるので、別にそこは怖くないですよ」
「そうなの?」
「はい。そうでなければ私は、ユーステスとも付き合っていないし、この団まで来ていませんよ。というか、この団の人達も団長さん含め、ユーステス以上の事やってませんかね? ファスティバさん達も団長さんと居ると、普通の感覚忘れません?」
「アハハ、それもそうね。ちゃんの言うようにアタシ達、団長さんも含めるけど、普通っていう感覚から外れて少し麻痺してるから、ちゃんみたいな普通の存在は助かるわね~。多分、ユーステスちゃんもアタシ達と一緒で、戦場から帰ってきた時、ちゃんで普通の感覚を取り戻せてるからちゃんを重宝してると思うわ」
「ファスティバさん……」
は、ファスティバの優しさに少し泣きそうになるが堪える。
ファスティバはの心情を悟ったかのよう彼女にウィンクして、話の裏を打ち明ける。
「まあ、ジャミル君の心配の種はユーステスちゃんというよりは、ユーステスちゃんで悩むちゃんの影響で、イオちゃんを不安定にさせてはいけないと考えてるだけでしょうからね」
「ああ、そういうわけですか。ジャミル君、やっぱりイオちゃんを意識してるんですね~」
「ええ。ジャミル君、元暗殺者のわりに意外と分かりやすいから、ふふふ」
ジャミルのそれが分かれば単純で、微笑ましい話だ。はファスティバと笑いあう。
「それじゃあジャミル君にはあまりちゃんとユーステスちゃんを気にしないよう、伝えておくわね~。ちゃんもユーステスちゃんの関係で、イオちゃんを心配させないようにね?」
「はい。分かりました。私も私達の事でイオちゃんを不安にさせないよう、気を付けます」
一応、その話はこれで決着がついて、いつもの手伝いに戻った次第である。
ジャミルの話しているようにユーステスは――彼は見た目からして怖くて冷たい人間に見られがちだが実は、優しい人だ。それから、誰よりも情熱的でもある。
組織内でもイルザの若い兵士達からはユーステスは冷たい人間で近寄り難い、上の人間のお気に入りで優遇されてる、と、嫌な噂をされる事もあるが、実は一番仲間を思って行動している。
イルザからも「あいつは、私達のやり方の批判の目をそらすため、自分から憎まれ役を買って出ている」と、困ったように話していたのを聞いた事があった。
あの時――遺跡でユーステスを見つけた時から彼は、その姿勢を崩していない。
遺跡で泣いている自分に向けて銃の引き金を引かなかったのも、組織の試験を頑張る自分に向けてこっそり栞をくれたのも、家出して恐る恐る家に帰った時に何も言わずに静かに抱き締めてくれたのも、その一部に過ぎない。
――そういうところも全部ひっくるめて、好きなんだけどなぁ。私の気持ち、ユーステスにちゃんと伝わってるのかなぁ。
時々、不安になる。
外に組織やこの騎空団の仕事で出かけている時、自分を忘れて別の女とイチャイチャしてるんではないかとか、力を持たない自分を忘れてせいせいしているのではないかとか。この艇でもシルヴァとかエッセルとか、ユーステスと同じ狙撃手の女性達と親しそうに話しているのを見るのも少し、ほんの少し、気分は悪かった。
そんな不安を抱えるの前に現れたのが、錬金術師のカリオストロとその弟子というクラリスだった。
その時は団長のグラン、ビィ、ルリア、イオのお馴染みの四人は外に出かけているのか不在で、しかし船長のラカムは居残り組であるため、一人で艇の仕事を手伝っていた最中だった。
「よ。オレ達――錬金術師の間でのその不安にぴったりの良い薬があるんだが、それの実験台になる気はないか」
「ふふふ、恋愛ごとの悩みと聞けば、うちとししょーの出番だよね!」
カリオストロいわく。
「いやー。一度、錬金術としてはお馴染みの惚れ薬、試してみたかったんだよなぁ。しかしこの団では、そういう色気ある話は一切なくてなぁ。それというのもこの団ではオレ含め美少女揃いなのに、が来るまで彼女達からはその手の話はいっさい聞かなかったし、オレ達にもその手の相談をする人間は現れなかったんだよな。団長も年頃の少年なのにルリアがついているせいかそういう部分潔癖でさー、あれだけ美少女揃いなのに誰一人として手を出す素振りもなくて、つまんなかったんだよな」
そしてカリオストロはを見つめ、ニヤリと笑う。
「まあ、団長に関して言えばルリア抜きでも難儀な女を相手にしてるっていう印象だが。団長こそ惚れ薬が必要ってな、ひひ」
「え? 団長さんにもルリアちゃん以外に気になる女の人が居るの? それ初耳だけど本当?」
「いやいや、オレの戯言だ、気にすんな」
「ええ、団長さんの女性関係、とても気になるんだけど!」
はカリオストロにグランの女性関係について意味深に言われるもその相手に心当たりはなく、戸惑うばかりだった。
クラリスいわく。
「惚れ薬、この団で周知されてる恋愛中のロミオとジュリエットとか、アリーザとスタンとかには試さなかったのかって? ああ、あの人達はうちらより強いじゃん、もし失敗した時、双方から返り討ちにあいたくないっていうかさ。の場合、彼女達と違ってそこまで力無いからいざという時でもうちらも扱いやすいかなって、あ、やば、つい本音が、気にしないで!」
……つまり、ほかの恋愛している団の女性達では失敗した時に彼女達だけではなくて、相手の男達から返り討ちにあうかもしれない、でも力の無い自分であるならその心配は減るから丁度良かったと。
「ししょーの言う団長さんの女性関係については目の前……ごほん、ごほん、うちも分かんなーい。この団では、団長さんについてへんな噂立てない方が身のためだしねー、あはは」
「……」
クラリスもカリオストロと同じようにグランの女性関係については何か知っている様子だったが笑ってはぐらかされるばかりで、今のはそれ以上の事は聞き出せずにこの場での追及は諦める。
そして。
「それにオレもの不安、分かるぜ。相手はオレ達でも何考えてるのか分からんユーステスときた、一筋縄ではいかねえよな。しかし、団の中でも外でもそこが良いとユーステスに迫る女達も少なくないと聞いている。その中でいくら組織のイルザ公認でも、武器も魔法も扱えず戦場で役に立たないの立場は弱いんじゃないかね?」
「うんうん。ユーステスもいくらイルザ公認のでも、うち含めてだけど、以上に美少女揃いのこの団ではのほかの女達に迫られたら、簡単にを置いてっちゃうと思うよ! そうそう、ユーステスってこの団だと同じ狙撃手のシルヴァやエッセルとかと親しそうに話してるじゃん。常に弟のカトルがついてるエッセルはまだいいとして、シルヴァは組織のイルザとも仲良いし、銃の腕はもちろん妹達はそれの専用整備士で、あの体つきだもんね、ユーステスも簡単によりはシルヴァの方にいっちゃうかもよ?」
「やっぱり、そうだよね。何も力を持たない私なんか、この艇の女性達に――特にシルヴァさんに武器の扱いでも、体でも、敵うわけないし……」
しゅん。カリオストロとクラリスに容赦なくそう言われて相当に落ち込むを見て、カリオストロとクラリスは顔を見合わせ、そして。
「(ヤバイ、何だこの可愛い生き物! ユーステスの奴、こんな可愛いの放って何やってんだ!)」
「(うわあ、うち、本気で恋に悩める乙女っていうの、初めて見たわ! このと可愛い対決すれば確実にうちが負ける!)」
ユーステスで本気で悩むを見て、その可愛さに悶絶するのだった。
カリオストロは気を取り直して、の肩を叩く。
「、そう落ち込むな! オレの惚れ薬があればお前でもシルヴァに勝てる見込みはある!」
「本当?」
クラリスも迷うの背中を押して、彼女を励ますように言った。
「そうだって! ししょーの惚れ薬使えば、ユーステスもシルヴァよりにコロッといっちゃうよ! クラリスちゃんがそれ保障してあげるよ! だから、頑張れ!」
「クラリス……」
そしては決心する。
「分かった。カリオストロにクラリス、ユーステス用の惚れ薬、頼んでいい?」
「任せろ! ユーステスであれば相手にとって不足なし、錬金術師としての腕が鳴るぜ!」
「ししょー、これから忙しくなるね! うちものため、頑張るぞ!」
に頼まれたカリオストロとクラリスは、張り切ってユーステス用の惚れ薬を完成させる事を彼女の前で誓ったのだった。
それから数日後の現在。
カリオストロとクラリスは、自信を持って「完成した、受け取れ!」と、に惚れ薬の入った壜を手渡した次第である。
「ふふ、これをユーステスに飲ませれば私だけ見てくれる……」
この惚れ薬があればユーステスは、この艇に居る美女達よりも力を持たない自分に振り向いてくれるだろう。ユーステスが帰ってくるのが楽しみだ。
もし惚れ薬が成功すればユーステスのエルーンの耳も触りたい放題で、なんでも無い時でも頭も撫でてくれるし、抱き締めてもくれるだろう。普段のユーステスは、自分からそれ頼まないとそういう行為はしてくれないし、イルザ公認で恋人として付き合ってはいるものの、仕事から帰ってきてもこの艇でも組織内でも素っ気無いからなぁ。
ふふふ……。
はこの時、『惚れ薬』と聞いて、更には壜で封じられていたとはいえ薬の影響下にあったのかいつもより思考がおかしくなっていたかもしれない、と、正常な判断ではなくなっていた事を後で白状している。
「……そういえばさっきから甘い良い香りするけど、この惚れ薬の香りかな?」
くんくん。は惚れ薬の壜を持って、臭いをかぐ。思った通りで、惚れ薬から甘い香りがただよっている。
「もしかしてこれ、香水にもなるのかな? それなら、つけた方が良いかも……」
イオに睨まれたおかげで、カリオストロからこれについての説明は一切聞いていなかった。香水として使えるなら使った方が効力あるかもしれない。はドキドキして、惚れ薬の壜のフタを開ける。
「良い香り……」
思った通り、フタを開ければ甘い香りが辺りにただよう。
「最初は手の甲につけてお試しで――あっ」
ガシャンッ。は机の下に惚れ薬の入った壜を落としてしまい、それが割れてそこから赤い液体が漏れ、そして――。
夜。
「ふぅ、ようやく今日の仕事が片付いた。そろそろ夕飯の時間だ」
「今夜の食堂のメニュー、何だっけか」
「確か、お肉料理中心じゃなかったですか。今夜はとユーステスさんだけではなくて、組織の皆さんも夕飯一緒に出来ると聞いているので、普段よりご馳走作るわよってファスティバさん達、張り切ってましたよ!」
「そうだったわね。今夜は、ユーステス以外のの組織の仲間達も来てくれるっていうからも凄く浮かれてたよ」
仕事が一段落して部屋から出てきたグランとビィで、廊下で二人に合流したルリアとイオも今夜のご馳走を楽しみに食堂に向かう。
と。
「団長さん、ルリアちゃん!」
「イオ様も居ますよ、丁度良かった!」
ローアイン、エルセムの二人といつも一緒に居るトモイと、ファスティバについてるジャミルの二人が慌てた様子でグラン達に駆け寄ってきた。
ビィは不思議そうにグランを見る。
「あれ、二人はと一緒にファスティバとローアイン達について組織の皆に振舞う夕飯の準備してるんじゃなかったか?」
「僕もそう聞いてるね。しかし、ファスティバとローアイン達じゃなくて、トモイとジャミルというのも不思議な組み合わせだ。……何があった?」
グランは慎重な姿勢でトモイとジャミルの二人を見比べ、聞いた。
トモイは言う。
「団長さん達、ちゃん、見ませんでしたか? ちゃん、夕飯の時間になってもオレ達の手伝いに来てくれないんですよ。ちゃん、いつもはオレ達より先に食堂に来てくれてたのに今回に限ってそれがなくて、ファスティバとジャミル君だけじゃなくてオレもローアインもエルセムも、ちゃんの事、心配してるんです!」
「トモイさんの言う通りでさん、今夜はユーステスさんだけじゃなくて組織の皆さんが来てくれると聞いて張り切ってたのに、いまだに姿を見ないんです。手の空いた俺とトモイさんで、さん探してるんですよ。誰か――イオ様、さん知りませんか」
トモイだけではなくジャミルの悲痛な叫びを聞いてグランは、すぐに艇の仲間を総動員してを探しに回った。
「、居た?」
「こっちには居ないぜ」
「部屋とか、おこたの部屋とかの行きそうな場所探したけど、全然だよ!」
甲板にてグランはラカムとイオの二人と合流を果たすも、は見つからない。
夜。外はすっかり暗くなっている。
ファスティバとローアイン達の美味しそうな肉中心のご馳走が出来上がってもは姿を見せず、グラン達が必死になって艇の隅から隅まで探すも成果が得られなかった。
にゃあ。
それから甲板にはグラン、ビィ、ルリア、イオ、ロゼッタ、カタリナ、オイゲン、ラカムいつもの仲間達が集まる。彼ら以外のほかの仲間達もを探してくれているが、報告は無い。
「オイラはルリアとカタリナの二人と一緒に艇の外に出て近場の街に行ってみたけど、の姿は何処も見当たらなかったぜ。それからオイラは人間より小さくて飛べるから、二人が行けない場所にも行ってみたが、全然だな」
「私もビィさんと同じですね……。私もビィさんとカタリナと一緒になって近くの街まで出て、行きつけのお店の人にもの事を聞いたんですけど、さっぱりで……」
「うむ。私達では、近くの街でに関する情報は何も得られなかった」
これには、艇より外に出てみたビィとルリア、カタリナもお手上げ状態だった。
「ヤバいな、もうすぐ組織の連中が来る頃だぜ」
「はオレ達に内緒で、外に出た可能性はないのか? ビィ達が行けないような遠くの街に行ったとか……」
「に限ってそれはないと思うけど。まあ、嫌な前例もあるから外に出る時は一応、団長である僕か、僕に言い辛ければイオでもいい、艇に居る誰かに言づけてから外に出てくれときつく言ってあったし……」
船長のラカムはもうすぐユーステス達が艇に帰ってくるのを心配して、オイゲンはが勝手に外に出たのではないかとそれを心配するも、グランはは自分に黙って外に出た気配は見られないと否定する。
にゃあ。
と、ここでロゼッタは手をあげ、皆に向けて言う。
「団長さんの言う通りで、ちゃんが黙って外に出た気配はないわよ」
「何でロゼッタにそれが分かる? は前みたいに誰かにそそのかされて、オレ達に黙って勝手に外に出たかもしれんぞ」
オイゲンは、以前にがとある人物の誘いに乗って黙って外に出て行ってしまいそれで大変な目にあった前例があったのでそれを心配している。
にゃあ、にゃあ。
ロゼッタは空を指さし、オイゲンに言う。
「そう、私はちゃんのその事件があって以降、私が艇に居る間は空に浮いている彼女――ユグドラシルが外に出る子達を監視してくれていたのよ」
そういうロゼッタが示した先の艇の上――空では、星晶獣のユグドラシルがただよい、辺りを見回している。
「ユグドラシルによれば、今日に限ってはちゃんは勝手に外に出ていないっていうの。空を監視してくれているユグドラシルがそう言うのは信用できないかしら?」
「ああ、空で監視してくれていたユグドラシルがそう言うなら、が勝手に外に出ていないというのは本当で信用できるものだ。それならは何処行ったんだ? はユーステスを驚かそうと、何処かに隠れてるとか?」
「いや、それこそ有り得ない。はいつもユーステスが帰る頃には僕達よりも先に甲板に出て彼を待っていたし、それだけでファスティバ達の手伝いをさぼるなんて事もなかった」
ラカムは軽い調子で言うも、グランにあっさりとそれを否定されてしまった。
「今夜はせっかく組織の皆さんが来てくれるというのに、何処行ったんですかね。心配です……」
「ルリア……」
ルリアのを心配する胸の痛みは、グランにも伝わる。
にゃあ、にゃあ、にゃあ。
「――あれ、さっきからこの猫居たけど、艇にこんな猫居たっけ?」
グランはここで初めて気が付いた。さっきから自分の足元でうるさく鳴いている一匹の白い猫の存在を。
オイゲンも白い猫を認めて、グランに言う。
「そいつ、ダーントの所の猫じゃないのか?」
「ダーント、今日艇に来てたっけ?」
「さあ。誰かダーント見てるか?」
「ダーントが来てなくても、彼の猫ならしょっちゅうこの艇に入り浸っているが……」
オイゲンが問えば、カタリナからそう返事があった。
カタリナの言う通りで、ダーントが来てない日でも彼の猫はこの艇に入り浸っていて、女子供からの人気は高い。
にゃあ、にゃあ、にゃあ。
白い猫はグランの足にすりよっている。
「おいで」
にゃあ。
グランが白い猫を抱えて顔に近付けば、猫は嬉しそうに頬を寄せ、彼の顔を舐める。
「うわ、止めて、くすぐったい」
「ふふ、可愛い、その猫さん、グランにとても懐いてますね」
「団長だけずるくない? 良いな~、あたしにもその猫抱かせてよ!」
「イオの次は、私にも……」
「……姐さんだけは止めておいた方が良いと思うけどなぁ」
きゃあきゃあ。グラン達の間で白い猫をめぐって、花が咲く。
「どうぞ」
「ありがとう。あはは、くすぐったいよ~」
グランは順番を待っていたイオに猫を手渡し、猫もグランと同じようにイオの顔を舐めて彼女に懐いている。
と。
猫を抱いているイオが最初に、その猫が花のブレスレットを首輪にしているのに気が付いた。
「あれ、この猫、花のブレスレットで首輪つけてるわよ。ダーントの猫は首輪はつけていなかったはずよね?」
「それじゃ、誰かの飼い猫が艇に紛れ込んだか? それにしても首輪が花のブレスレットとは、洒落てる猫だな」
ラカムもイオのそれに応じるよう、猫に興味を示す。
その猫の首輪にされている花のブレスレットを見てグランは、ふと、気が付いた事があった。
それは。
「……そういえば、もその猫と同じような、花のブレスレットつけてなかったか?」
「はい。は、白竜騎士団の皆さんにお世話になった時、訓練生の皆さんからそれと同じようなお花のブレスレットもらったって私達に自慢してましたね~」
グランの話でルリアもそれを思い出し、そして――。
「……なあ、僕、今、ちょっと嫌な事を思いついたんだけど」
「……私も同じね。ある程度の魔術を使える人間であるなら可能といえば可能だけれど、まさかねえ」
グランの嫌な思い付きに慎重な姿勢でうなずくのは、ロゼッタである。
「何、何を思い付いたの? についてなら詳しく――」
イオは猫を抱いたまま、興味深そうにグランとロゼッタを見比べる。
その時、だった。
「――がどうしたって?」
「!」
グラン達は猫に夢中で気が付かなかったが、その間、組織の艇が横付けされてユーステスがグランのそばに来ていた。
ユーステスの背後にはイルザ、バザラガ、ゼタ、ベアトリクス、グウィンといった、いつもの組織の仲間達も揃っている。
「団長、はどうした? は何故、いつものよう、俺の前まで来ない?」
「それは……」
ユーステスにの所在を問われるもグランは、中々答えられなかった。
「あれ、いつものならユーステス目当てに飛び出してくるのに、今回それないじゃん。本当、、どうしたんだ?」
「確かに、いつものなら私達を気にせずユーステスに抱き着いてたのに今回はそれ無いな。もしかして、ユーステスを驚かそうと何処かに隠れてるとか? そうなら、もやるじゃん」
「いや、に限ってそんな勇気は無いし、隠れて驚かすよりは先に抱き着く方が良いって考えますよきっと。でも、確かにいつもユーステスさんに向かって飛び出てくるのに今回それが無いのは気がかりですね……。あ、、急な病気で寝込んでるとかですか? それはそれで心配ですね……」
ゼタ、ベアトリクス、グウィンの三人もがいつもユーステス目当てに飛び出してくるのに、飛び出して来ないのを心配している。
にゃああっ。
その間に白い猫はイオから離れて、ユーステスの足元にまとわりつくが彼はそれを気にせずにグラン達に詰め寄る。
「――団長達もも、今夜、俺達が来るのは知らせていて分かっているはずだ。それで、どうした? 俺達の知らない所でをまた何か面倒な事件に巻き込んでるんじゃないだろうな?」
「ええと……」
「……ッ」
鋭い視線、冷たい声。が見当たらないというだけでいつもと違う雰囲気のユーステスに、グランは腰が引け、ルリアも震えを隠せない。
「ユーステス、そう彼らを威嚇するな。彼らからの居ない事情を聞けば、納得するんじゃないか? 団長達でも俺達が見張っていれば、何も悪い事はできんよ」
「そうだな。一応、の居ない事情だけを彼らに聞いたらどうだ。場合によっては、私達の手で団長達を拘束すればいいだけだ」
「はは、バザラガもイルザもユーステスと同じで、に関しては容赦ないな……」
カタリナは、バザラガもイルザもユーステスと同じよう、自分達の知らない所でが不在と聞いただけで容赦しないのは同じだと分かって、苦笑するしかなかった。
それからグランは、ユーステスと組織のイルザ達に向かって必死にが午後から行方不明である事を説明した。
「ええ、ユグドラシルの監視状態がある中でが行方不明だって、そんな事、有り得るのか」
「分からないけど、ユグドラシルだけではなくてロゼッタの証言があるなら、その話は信用できるんじゃないか」
「ですね。団長さん達が必死になってそのを探してくれているのも本当だろうし、それで団長さん達が私達に嘘吐く理由、見当たりませんよ」
グランの説明で、ゼタとベアトリクスとグウィンの三人は納得した様子だった。
「イルザ、どう思う?」
「うむ。私も団長達の説明に嘘は見当たらないと思う。しかし、それならは本当、何処に行ったんだ?」
バザラガに真偽を問われたイルザは、グラン達の説明を信じるようにうなずくも、の居場所が分からず辺りを見回す。
にゃあ、にゃあ。
「何だこの猫、さっきからあたし達の周りをちょろちょろしてるけど、団長の仲間の猫か?」
「この猫、あまり見た事ないけど、団長が新しく招いた猫だったりするのか? そうなら一度、私にも猫を触らせてくれよ」
「この猫に花のブレスレットを首輪としてつけたの、団長さんですか? 可愛い猫ですね。おいで、おいで~、あれ、この猫、私達よりもユーステスさんに向かっていってますよ」
ゼタは自分達の周りでウロウロする猫をうとましく思うも、ベアトリクスとグウィンは猫に興味を示し、しかし猫は彼女達よりもユーステスの足に向かって何度も突進するのを繰り返している。
「珍しいな、猫の方からお前に近付くとは。おや、よく見ればメス猫じゃないか、お前、メス猫にはモテるんだな」
「……」
イルザはからかい調子にユーステスに言うも、ユーステスは自分から猫に近付けば離れると思って、猫に触らなかった。
「団長、この艇だけではなく、近くの島にある街でを探したのか? ユグドラシルの監視状態にあっても、例外はいくらでも起きるのがこの団だからな。しかしもう夜だ、を地上で捜索するなら明日の方が良いか?」
バザラガは彼らが猫で戯れている間、の件をグランに相談する。
バザラガは、いつものグランであれば「分かった、明日の朝、改めての捜索を開始する。君達も手伝ってくれるか」と、自分達に協力を要請するかと思っていた。
それが。
「いや、の捜索は必要無い」
「何だって? 団長、もう一度、言ってくれるか」
「団長、の捜索を諦めたのか? いくら団長でも、の捜索に協力しないとなれば、私達もこの団から手を引く事になるが」
「そういうわけじゃない。バザラガもイルザも、落ち着いて僕の話を聞いてくれるか」
の捜索は必要無いと告げただけでそれぞれの武器を構えるバザラガとイルザに、グランは慌てる。
そして。
「は――、彼女はそこに居る」
グランは、ユーステスの足元にすり寄る一匹の白い猫を指さした。