空と星と猫日和(02)

 グランいわく。

「猫の首輪になってる花のブレスレットは、が白竜騎士団の訓練生の子達からもらったものだと自慢そうに身に着けていたブレスレットに間違いないし、何より――」

 何より。

「何より僕達よりもその怖い顔のせいですぐに動物に逃げられるっていうユーステスに異常にすり寄ってるのが、それの証拠にならないかな」
「……まさか、そんな事、あり得るのか?」

 ユーステス達はグランに言われるも最初はそれが信じられなかった。

 しかし。

「団長さん、ちゃん、見つかったんっスか? え、その白い猫がちゃん? ……あー、確かに花のブレスレットだけじゃなくていつもは動物にも好かれる俺達に目もくれず、俺達と反対で動物に逃げられるっていうユーステスさんにすり寄ってるの、ちゃんそのものッスね」
「ほんとだ。ユーステスさんにあしらわれても諦めずに何回も突進していってるの、確かにちゃんっぽいわー」
「うん。その猫、団長さんの言うよう、ちゃんで決まり! ちゃん、案外、あっさり見つかったな~、良かった良かった」

 が見つかったと聞いて駆け付けたローアイン、トモイ、エルセムの三人は、白い猫が諦めずににユーステスに何度も向かっていく様を見てであると確信を持ち、彼女が見つかって素直に喜んでいた。

「団長さん、ちゃん見つかったの~? あらやだ、その猫がちゃん? あらあら、美味しい料理を運んできたアタシ達が来てもユーステスちゃんだけ見てるの、確かにちゃんね~」
「……この猫がさんかどうかはまだ分かりませんが、本当にユーステスさんに一途な部分はさんですね」

 組織の面々のために料理を運んできたファスティバとジャミルも、料理には目もくれずにユーステスだけを見つめる白い猫はであると認める。

 ゼタとベアトリクスとグウィンの三人は、グランだけではなく艇の人間のその声を聞いて「白い猫、皆の言うようにユーステスにすり寄ってる所、で間違いない」と確信を持ち、イルザとバザラガも「いつものユーステスであればその怖い顔で動物に逃げられるが、その猫だけはすり寄っている、確かにそのものだ」と、納得した様子だった。

 話は一段落つくと、「今夜は組織の子達のためにご馳走作ったわよ~、召し上がれ!」「ウェーイ、俺達もファスティバに負けずに作ったっスよ、どうぞ」と、ファスティバとローアイン達が組織のイルザ達のために料理を持ってきて、イルザ達から拍手と歓声が上がる。

 甲板には事前にテーブルと椅子が設置され、そこにファスティバとローアイン達が用意したご馳走が並ぶ。

ちゃん? には、温かいミルクと、お肉とお野菜をスープで混ぜたものあげるわね~」
「にゃあ」

 ファスティバは白い猫になったにも、人間と同じ皿を用意して人間と同じ料理とはいかないので、肉と野菜をスープで混ぜたものを与える。白い猫はそれを美味しそうに食べている。

「ファスティバとローアイン達があたし達のために作ってくれたご馳走は相変わらず美味しいけど、やっぱ、が居ないとつまんないなー」
「うん。この艇ではが一緒じゃないと、どうも落ち着かないよなぁ」
「私も今夜、久し振りにと一緒に食事ができるの、楽しみにしてたんですけどね……」

 ファスティバとローアイン達のご馳走を出されていても、ゼタ、ベアトリクス、グウィンの三人は、が不在で面白くなさそうだった。

「……それで、この猫がと仮定して、はどうすれば元の人間に戻れるんだ?」

 食事をしている間、ユーステスは肝心な事をグランに聞いた。

「それは、僕達にも何とも……。明日になれば、それ系の魔術が得意な仲間――マギサとかアルルメイヤとかに話を聞いてもらおうと思ってるんだけど、どうかな。それから、猫好きで猫の生態に詳しくて猫の話も通じるダーントにも協力してもらおうかと」
「ふむ、それが妥当か。良いんじゃないか。我々も一度組織に戻って、別の線であたってみるよ」
「そうだな。俺達の組織でも魔術系に精通している人間は居るからな。彼らに聞いてみるのもいい」

 イルザとバザラガはグランの提案を受け入れるよう、うなずく。

 それでも疑問は残る。

「しかし何では、猫になんかなったんだ?」
「私もそれが一番不思議ね。何故、ちゃんは猫になったのかしら」

 カタリナとロゼッタは、そもそもどうしてが猫になったのか、それが一番分からなかった。

「今日、この艇にはそれこそ術系が得意の連中は来ていないはずだ。配達物の中に魔術系の書物でも紛れ込んでたとかじゃないか? がうっかりそれに触れて、魔術を発動させ猫になっちまった、どうだ?」
「もしそうだとしても、それがちゃんに影響を与えるほどかしら。せいぜい、耳かしっぽがはえるくらいでちゃんの形は保ってると思うわ。それに魔術系の書物で何か反応あれば、それこそ、私が感じ取ってるわよ」

 ラカムは良い事を思いついたとそれを話すも、あえなくロゼッタに否定されてしまった。

、また前みたいにオイラ達が居ない間に誰かにそそのかされて、騙されたんかな?」
「うん。ラカムの魔術系の道具より、ビィの言うように前みたいに誰かにがそそのかされて騙されたっていう可能性の方が高いけど、その誰かが分からないうちは慎重になった方がいいね。僕は、あまり艇の仲間を疑いたくはない」
「グラン……」

 ラカムよりもビィの話の方がその率は高いがしかし、グランはそれで艇の仲間を疑いたくはなく、その優しさがルリアにも伝わる。

 と。

「あ!」
「イオ様、どうしました?」

 ガタンッ。今まで皆の話を黙って聞いていたイオが立ち上がって声を上げたのを心配そうに見るのは、ジャミルである。

「うわー、あたし、最悪な事を思い出しちゃった。多分、が猫になった原因、あたし知ってるわ。どうしよう、どうしよう!」
「イオ、それは本当か?」

 頭を抱えるイオを見て、ユーステスもその事情を聞くために立ち上がる。

 イオはユーステスの顔が見れずに彼から視線を外し、そして。

「あのさ、ユーステス、怒らないで聞いて? 実は……」



 が猫になった原因は、イオの証言により、あっさりと判明した。

「それでオレとクラリスがこんな夜中に呼ばれての組織の連中に拘束された状態で事情聴取受ける羽目になったってのかよー、最悪だぜ」
個人はうちらでも扱いやすいと思ったけど、についてる組織の人間達の方がおっかなかったとは予想外だわ、あはは」

 カリオストロとクラリスは今、艇に来ればファスティバのご馳走が食べられると聞いて勇み足で来ればその食事会はすでに終わっていて、それを知らずにのこのことやってきた二人は、あっさりとイルザとバザラガの手によって手首を縛られて拘束されてしまった。

 グランは今でもユーステスに寄り添う白い猫を指さし、カリオストロに聞いた。

「それで? この白い猫、で間違いないのか?」
「ああ、その白い猫はで間違いない。白い猫から甘い臭いがするだろ、それ、オレが調合した惚れ薬の一部の臭いだ。その臭い辿れば、惚れ薬の壜が見つかるはずだ、探せ」

 カリオストロの話でグラン達が甘い臭いを辿った先では、図書室の隅で小さな壜が落ちていたのが発見された。

 カタリナはその壜をカリオストロに見せる。

「カリオストロのいう惚れ薬の壜とは、これの事か?」
「おう、それだそれ。三分の一が減ってるな、やっぱが使ったあとがあったか」
「それはいいが、その壜と一緒にの服も見つかったんだが……。どういうわけだ?」
「そりゃ、人間の服が猫のサイズにあわないからだろう。オレの腕でも、服が消えるまでは不可能だったのは認めよう」

 カタリナの手には惚れ薬の壜のほか、の着ていたと思われるのワンピースがあって、これに関しては力不足であったとカリオストロも認めている。

 オイゲンはカタリナの手にある惚れ薬を興味深そうに見つめながら、カリオストロに聞いた。

「しかしこれが惚れ薬か? はこれで猫になったというが、惚れ薬で猫になれるもんか? 錬金術では全空一の腕を持つと謡うカリオストロだが、これに関しては調合に失敗したんか?」
「まさか! この全空一最強で可愛い錬金術師のオレ様が、惚れ薬ごとき、失敗するわけないだろうが!」
「それじゃ、これで猫に変わるのが正常だってのかい? 普通、惚れ薬といえば女が自分に全然興味を持ってくれない意中の相手の男に飲ませて飲まされた男の方は自分が誰を相手にしているのか判断をつかなくさせる効果があって、それは男にとっては怖い薬と聞いているが……」
「……」

 オイゲンに問われるもカリオストロは何かを考え込むよう、黙りこむ。

「それ、実はオイゲンのいうような正統な惚れ薬じゃなくて、の理想の女の子に変身できる魔術要素が入った薬だったんだよねー」
「何?」
「クラリス!」

 皆にそれを暴露するのはクラリスで、カリオストロがそれを止めるももう遅い。

「クラリス、余計な事言うなよ。お前も組織の連中にこれ以上、酷い拷問を受けたいのか!」
「えー、だって、ファスティバとローアイン達が全部白状すればうちらにもご馳走の残り与えてくれるって言うからぁ……」
「何だって?」

 クラリスの話を聞いてカリオストロがファスティバの方を見れば彼は、人の悪い笑みを浮かべてオムレツの皿を持っていて、彼の背後にはクリームがたっぷり入ったボウルを抱えるローアインが控える。

「ふふふ。ちゃんに関する事を全部話せばクラリスちゃんだけじゃなくて、カリオストロちゃんにもあなたの大好物、トロトロオムライスをあげちゃうわよ? オムレツの中身は豪勢にチキンライス大盛り、更に更にナポリタンとそれにあうクリームスープもつけちゃう!」
「ウェーイ、ちゃんについてゲロっちゃえば、俺もカリオストロが好きなデザートのクリームマシマシのパフェ作るし、おまけでクリームたっぷりのケーキも追加でどうよ!」
「ぐっ。拷問より卑怯な手を使う、この悪どいやり方、さすがグランサイファーか……」

 がくり。カリオストロは組織よりもファスティバとローアイン達の誘惑に負けて、に関する全部をぶちまける覚悟を決めたのだった。



 ――つまり。

「……つまり、これは惚れ薬ではなくてその実態はユーステスと親しく話すシルヴァに嫉妬したを思って、の理想の女に変身できるようにするための魔術系の要素が含まれた薬だったと?」

 こめかみに指をあて参ったようにまとめるのは、イルザだった。

 全部吐き出すのを条件にイルザ達で手首を解放されたカリオストロはファスティバとローアインに提供されたオムライスとナポリタンとクリームスープ、パフェとケーキを交互に食べながら、言う。

「うむ。オレはにはシルヴァにはよくするのに自分には素っ気無いユーステスに振り向いてもらえるようにするための惚れ薬と話したが、実態はそうだ。オレとしちゃ、をシルヴァのよう、ボンキュッボンな大人で色気あるスタイルにしようと思ったが、どういうわけか猫になっちまった」
「ししょー、薬の量と魔術の力、足りなかったんじゃないかなー。もう少し増やせばは猫じゃなくて、可愛い子供――ししょーくらいには変身できてたかも」

 そういうクラリスの前にもカリオストロと同じ、オムレツとナポリタン、パフェが並べられて彼女も美味しそうに頬張っている。

「クラリスの言う通りだがしかし、オレがかき集められる原料じゃ、あれが限界だ。この団か組織の連中に頼めばそれ以上の量は獲得できると思うし、魔術の力もロゼッタやマギサといったほかの魔術系が得意の仲間に頼めばそれ以上の女に変身できるだろう。団長、どうだ、もう一度、オレ達の力を試してみる気ないか?」

 最後、カリオストロはクラリスとの話を聞いていたグランに薬の材料をかき集めるよう、依頼を試みるが。

「断る。そもそも、を言い包めて彼女を実験台にしないでくれるか」
「えー。団長さんもシルヴァのように大人で色気ただよう、見たくないのぉ?」
「見たくない。は、今ので十分、魅力的だ」
「それじゃ、がこの可愛いカリオストロちゃんみたいになるってのもいいんだけどなー?」
「……カリオストロ、それ以上調子に乗れば、ただじゃおかないよ? 分かってるだろうね?」
「本気になるなっての、冗談だ冗談!」

 グランに本気で剣を向けられたカリオストロは可愛い声を出すのも忘れて、慌てる。

 カタリナは大きな溜息を吐いて、カリオストロに聞いた。

「それで、が猫から元の人間に戻る事はあるのか?」
「あー、時間が経過すれば薬の効力も切れて自然に元の人間に戻る。それまで待てば問題ない」
「それは、どれくらいの時間がかかる?」
「薬の量から考えてあと、一日、いや、二日くらいかかるか?」
「二日……、けっこう長いな。それ以外の解除方法はないのか?」
「元の惚れ薬が残ってて良かったな。それで解毒剤を作れるには作れるが、最低でも一日はかかる」
「解毒剤でも最低一日は必要か……。それまでの間、猫のはうちで預かった方が良さそうだな、ふふ……」

「……ッ!」

 ふむ。カタリナはカリオストロの話を聞いて、一日以上は猫のをこの手で愛でれるな、と、内心、ほくそえむ。

 ぞくっと。カタリナのそれを感じ取ったビィは背筋が震えて、グランの影に隠れる。

「おいカリオストロ、それ以外に猫のを戻す方法ないのか。姐さんの手にかかれば、猫のが危険だ! はっ、待てよ、猫のが居ればオイラの危険度が減る、のか? 待て、今の訂正する、カリオストロ、めちゃくちゃ時間かけて解毒剤を作ってくれ!」
「ビィ……」

 自分の身の安全を優先してカリオストロにそう訴えるビィに呆れるのは、グランだった。

 グランは言う。

「まあ、ビィの言う事は無視していいよ、僕達は早いうちに猫のを元の人間のに戻したいと思ってるからね。それで猫の、解毒剤ができるまでどうする? カタリナの言うように猫のは組織よりも、うちで預かった方が良いと思うけど」

「そうだな……」

 グランはカタリナの話をもとに、組織のイルザにその判断をゆだねる。

 グランに問われたイルザも少し考えてその決断を口にしようとした時、だった。


「――猫のは、俺が預かろう」
「ユーステス?」

 その手をあげたのは、今まで静かに彼らのやり取りを聞いていたユーステスだった。

 ユーステスはあくまでも冷静にイルザに向けて言う。

がこうなったのは多分、俺がシルヴァと親しそうに話していたのが原因だというじゃないか。そうなら、それの責任は俺が取らなくてはいけない。俺が猫のを預かろう」
「それじゃあ、猫のを組織に連れて帰るのか? 組織でも猫を飼えるには飼えるが、此処より環境はよくないし、その猫がと分からず雑に扱う奴も居るかもしれない。私もカタリナや団長の言うよう、猫のはこの艇で預かってもらった方が良いと思うが……」
「俺もイルザと同じ考えだ。猫のは組織より、この艇に居る方が安全だろう」
「それは矛盾していないか、猫のをこの艇で預かるとなれば、お前はどうする気だ」
「俺がこの艇に――グランサイファーに残ればいいだけの話だ」
「何だって? お前、明日にはまた仕事に出かけなくてはいけなかったんじゃないのか。グランサイファーから仕事現場に通う気か?」
「ああ。猫のが元の人間に戻るまで、俺がグランサイファーから仕事現場に通えば問題無いだろう」
「……、それは全部、のためか?」
のためというよりは、組織のためだな」
「組織のため? どういうわけだ」
は一応、俺の見習いでそれで組織の一員になっているだろう。違うのか?」
「いや、違わないが。はお前の見習いで、それで私達の組織の一員で間違いはない。しかしなるほど、個人ではなく組織のためと、そうきたか。お前らしい理屈だな」
「……、それにうちの組織の艇より、この艇の方が機動力はあるからな。連絡さえくれれば、現場に向かうのはこっちの方が早い」
「全く。お前は自分でそう決めたら、私達の言う事も聞かないからな。分かった、お前が組織の一員ののためというなら、組織としてもお前がグランサイファーから仕事現場に通うのを認めよう」

 イルザは大きな大きな溜息を吐いた後にそう決断をくだして、バザラガはイルザがそれを認めた後に彼らのやり取りを見守っていたグランの方を振り返る。

「団長、それでいいか?」
「ああ。僕達としてもユーステスが艇に残ってくれるのは構わない、歓迎するよ。猫のもユーステスとこの艇に居られると分かって、喜んでるなぁ」

 グランの言う通りで、猫のはユーステスが自分のために艇に残ってくれると分かって、しっぽを振って彼の足にすり寄っていた。

「ユーステスと一緒にこの艇に居られて良かったなー、猫の
「うんうん、これで猫のも安心だな」
「まさしく怪我の功名ってやつですよね~」

 話がまとまりゼタ、ベアトリクス、グウィンの三人も猫のがこの艇でユーステスと一緒に居られると聞いて、安心した様子だった。

「猫の、俺と一緒に来るか?」
「にゃあ!」

 ユーステスが手招きすれば猫のは、嬉しそうに彼のあとをついていく。

「……」

 その様子を見ていたジャミルは思う所はあったものの、組織の人間関係に水を差すのはよくないと思ってこの場では何も言う事はなかった。