その日は、雲一つない澄み切った青い空だった。
「――、俺と別れてくれないか」
「は?」
ユーステスのその残酷な言葉はからすれば、まさに青天の霹靂であった。
あれは、いつの話だったか。
あれはまだがユーステスの見習いとして拠点を出て、彼の家で暮らし始めた頃だったように記憶している。
夜。
「お茶いれました。飲みます?」
「もらう」
仕事の息抜きにどうぞ、と、ユーステスにお茶を差し出すと、のお茶を受け取るユーステスと。
もユーステスと同じお茶を飲みつつ自分の勉強を始めようとした時、ユーステスはの見た事もないものを持って何か操作しているのに気が付いた。
「ユーステスさん、それ何です?」
「これか? これで仕事の管理、それから、それについて拠点に居座っているローナンと通信をしている」
そういうユーステスの目の前には、金属でできた小型の箱があった。それはいわゆる組織の幹部達の間で使われる通信機――小型伝声機を改良したパソコンであるが、今のにはそれが何であるか全然分からなかった。
「ええ、この家から拠点までけっこうあるのに、その小さな箱でローナンさんと通信できるんですか? それ、何の魔法ですか」
「これは魔法じゃない。機械の一種だ」
「キカイ?」
「機械とは俺達の敵として認知されている月の民の末裔達が空の民に残した技術の一部で、それらは遺跡や地中に埋まっている事が多い。俺達は、月の民の末裔達が残した文献をもとに発掘、それを組織で活用している。これだけではなく、俺のフラメクやイルザとバザラガ達が使う封印武器も月の民の末裔達から伝わったものとされる」
「へえ。月の民の末裔の皆さんって空の民である私達を敵視しているわりに、そういう技術を私達に残してくれるなんて、意外と太っ腹ですねえ」
「――」
のその話を聞いて、ユーステスのパソコンを操作する手が止まった。
「あ、あれ、私、何か余計な事言いました?」
は最初、軽率な発言でユーステスを怒らせてしまったのかと、ドキドキしたけれど。
「いや、月の民の末裔も空の民を敵視しているわりにこのような技術を空の民に残すのは太っ腹か、なるほど、そういう考え方もあるとは、俺からすれば斬新だった。お前、やっぱり面白いな」
「そうですか、それは良かったです」
は、自分の話でくつくつ笑うユーステスに安心した。
「まあいい、この機械の箱があれば俺とローナンはどこでも通信が可能で、組織から次の仕事先の情報も送られてくる。月の民の末裔達が残した技術は、空の民の俺達にとっても便利なもので変わりない」
「……その機械とかいう技術は、組織の幹部の人達しか使えないんですか?」
「基本的にはそうなる。イルザのとこの兵士達は、これの存在すら知らないだろう。イルザの昇格試験を受ければ封印武器くらいは扱えるようにはなるが、果たしてあの中で何人残れるか……」
「……」
ユーステスは最初、を無視してパソコンを操作してローナンと通信を終えたあとも、組織から送られてくる次の仕事先に関する情報を閲覧していたが。
「……」
「……」
はぁ。通信機の操作をしている間にもチラチラとこちらを覗き見るに根負けしたのか、ユーステスは溜息を一つ吐いたあと、「」と、を手招きした。
「ユーステスさん?」
「がこれらに興味あるなら、操作方法くらいは覚えていて損はない」
「ありがとう!」
ぱあっ。ユーステスにそれの了解を得られただけでは嬉しくなって、彼に寄り添い、パソコンの操作方法を教わる。
は最初は、月の民の末裔達が残したといわれる技術の一つ、機械の操作を覚えればユーステスが不在の間でも彼と通信ができる、最初はそんな単純な思考でそれに興味を持ったに過ぎなかった。
別の日。
「あの、ユーステスさん」
「何だ」
「前に話してくれた月の民の末裔が残した技術の一つである機械というの、倉庫にあってほこりかぶって使ってないみたいなんですけど、ユーステスさんが使う気がないならこれ、私のものにして良いですか?」
がユーステスの前に持ってきたのは、鉄でできた小型の箱だった。ちょうど、彼女の両手におさまるほどのサイズである。
あれは確かユーステスがローナンの指示により遺跡の発掘で手に入れた月の民の末裔が残した遺物であるには間違いないがしかし、壊れているのか反応がなく、扱いに困ってそのままにしてあった。
小型の鉄の箱の中にはまだ機械の部品が詰まった状態である。
ユーステスは怪訝な顔で、と鉄の箱を見比べる。
「お前、それどうする気だ?」
「中身を外して綺麗にすれば、小物入れに丁度良いと思って……」
「なるほど。小物入れくらいなら、構わん、お前のものにしていい」
「ありがとう。あの、それで……」
「まだ何か?」
「それで倉庫に、これと同じようなほこりかぶった鉄の箱がいくつかあったんですけど、それはどうすれば……」
何かを期待するような目でユーステスを見詰めると、の欲しい返事が分かって溜息を吐くユーステスと。
「……、倉庫でほこりかぶってるものは、お前の好きに扱っていい。倉庫にある機械類は壊れているものばかりで、危険なものはないと思う」
「ありがとう!」
はユーステスから自分の欲しかった返事が得られ、嬉しそうにくるくる回ってみせた。
それからはユーステスが要らなくなった機械類を引き取り、それらをいじるようになった。
ユーステスは月の民の末裔達が残したと言われる技術や機械類は組織内では自分を含めた幹部達しか知らない極秘扱いであったが、機械類の扱いは難しいうえに、すぐに飽きると思って彼女にそれを教えても問題はないと軽視していた。
それが。
しかしこの時、予想以上にそれの技術にがのめりこむとは、本人だけではなく、ユーステスも思わなかった事だった。
それからまた日がたったある日、グランサイファーでグランは気が付いた。
食堂から聞きなれない陽気な音楽が聞こえてくるのを。
「あれ、今日、アオイドス達来てるのかい?」
「さあ? オイラとルリアはアオイドス達が来てるなんて聞いてないぞ」
「私もビィさんも今日はアオイドスさん達が来るのは聞いてませんし、ラカムさんはちゃんと船長室に居ましたよ」
最初は、ラカム、ルリア、ビィの三人とバンドを組んでいるアオイドス達が来て演奏しているものかと思った。
「でも食堂で誰かが楽器使って演奏してるのは確実だ。誰だろう」
「食堂で曲を演奏するってのも悪くないな。高級レストランみたいでよぉ」
「そうですね。ただの食堂でも曲が流れてるだけでも高級感出てますよ」
グランは不思議そうに、ビィとルリアは曲を聞いて浮かれた調子で食堂に入る。
と。
「これ、どうですか」
「悪くないわね~。アタシ、気に入ったわ」
「はい。とても良いんじゃないですか?」
「良いじゃん、良いじゃん。曲に乗って踊って運べば、アゲアゲじゃん」
「まさしく、オレ達向きのアイテム!」
「何で今まで誰もこんなの持ち込まなかったんだろうな」
を中心にファスティバ、ジャミル、ローアイン、トモイ、エルセムが集まって何かやっている。
「皆、何やってるんだ?」
「あ、団長さん。これ見てください!」
はにこにこ笑って、グラン達に向けて鉄の箱を差し出した。
「あれ、この箱から曲が聞こえてくる?」
「さっきから聞こえてくる曲、この箱からだったのかよ」
「これ、が持ち込んだんですか?」
グランとビィは鉄の箱から曲が聞こえてくると分かり、ルリアも鉄の箱とを見比べて、興味を示した。
は、これはユーステスから譲り受けた月の民の末裔達の技術の一つであると、説明した。
「へえ。ユーステスの組織が扱ってる、月の民の末裔達が残した技術の一つなのかこれ」
「そういやイルザ達も、似たような機械使って色々やってたな」
「この鉄の箱は、音楽しか聞こえないんですか?」
「多分、そうだと思う。ユーステスから譲り受けた鉄の箱を色々いじってたら、これから曲が聞こえてくるようになったんだよね。私はこれを、音楽の箱と呼んでる。この音楽の箱、この食堂にあってるんじゃないかと思って、持ってきたんだよ」
ルリアに問われたは、うなずく。
そして。
「このスイッチで曲が止まって、このスイッチで曲が色々変わるのが分かってる」
はグラン達の前で、機械の操作方法を教えた。
それからは、期待を込めた目でグランを見詰める。
「団長さん、これ使って食堂に音楽流して良いですか?」
「うん、良いんじゃないかな。それ、音楽が聞こえるだけで危険なものではないようだし」
「ありがとう。さっそく、今夜から試してみます」
グランの許可を得られたは、嬉しそうだった。
食堂で音楽を流せばほかの団員達からとても好評だったので、音楽が聞こえる機械の箱はそのまま食堂に置く事になった。
この音楽の箱は、が最初に手掛けた機械の箱で、一番のお気に入りになった。
また別の日の出来事。
食堂に音楽が聞こえる機械があると聞いて駆けつけたのは、十二神将の一人で技術者のマキラだった。
マキラはが手掛けたという音楽の箱を興味深そうに見ている。
「へえ、これ、ユーステス君ではなくて、が直したんですか? どうやって直したんですか?」
「中身の板が割れて壊れてたから、新しいのと交換してみただけ」
「中身の板というと、基板ですか? 新しいの、どうやって見付けたんですか?」
「それ基盤っていうんだ。倉庫で似たような板が何枚かほこりかぶってたから、その箱にあうものを勝手に使ったら動くようになった」
「……メモリの差し方、配線はどうやって?」
「それ、メモリっていうの? それと配線は夜にユーステスが似たような機械を色々いじってるの覗き見てたら分かって、それでユーステスにも操作方法を色々教えてもらった。あと、ユーステスが居ない時に暇だったからこれまた倉庫に似たような部品がいくつかあったからそれもくっつけてみたら曲が聞こえるようになったってだけ」
「……」
月の民の末裔達が残した技術は、普通の人間であれば数年勉強して、習得するものだ。あるいは、アイザックが掘り当てたというレイベリィや、ジョイのような人間に好意的なロボットを見付けてくる方が手っ取り早いか。しかしそれすらもなく部品の名称を何一つ知らない人間が、見よう見真似でここまで直せるものだろうか?
――は、武器も魔法も扱えないぶん、それ以外の感覚は鋭い。その才能を開花させて鍛えて伸ばしてやれば何とか使い物になるかもしれんがしかし、私達の中でそれの役目を担う人物は生憎と存在しなくてなあ。団長達がそのを上手い事、使ってくれると良いんだがね。マキラは、イルザが彼女をそう評価していたのを聞いた事があった。
――ユーステス君は、自分の知らないうちにのその感覚を鍛えていた? もしそうなら、このまま機械いじりを続ければは技術者としての才能が開花するかも? マキラは、のその才能を見抜き、自分がドキドキしているのを感じた。
「マキラちゃん?」
「!」
について考えている間、本人に心配そうに顔を覗き込まれているのが分かった。
「すみません、少し考え事をしていて……、何ですか?」
「マキラちゃんなら、この音楽の箱の正体分かってるのかなと思って」
「はい、それの正体、大体分かりますよ」
「凄い。これ何か分かるの?」
「これは、記録装置と呼ばれる、あらゆるものを記録できる箱です。音楽だけではなくて、音声とか画像も記録できて、それを改良すれば、ユーステス君が使ってるようなパソコンとしても使えるはずです」
「へえ。この鉄の箱、音楽以外に、そんな機能もあったんだ」
は改めて音楽の箱を見詰める。
「ねえ、その改良版、私でも作れるかな?」
「そうですね……。最初は壊れて動かなかった記録装置を音楽を流せるように直したなら、音楽以外にあらゆるものを記録出来るパソコンとしても改良できるかもしれません」
「マキラちゃん、これの改良方法教えてくれる? ああ、マキラちゃんの時間ある時で良いよ」
「構いません。良い時に改良方法を教えます」
「ありがとう!」
を技術者としての才能を開花させてそれを活かせるようにする役目は、今は自分しか居ない、か。マキラはそれを確信して、に協力する事にした。
それから暇があればマキラは、に機械のいじり方を教えるようになった。
その間、はマキラと色々な話をするようになった。
「へえ。マキラちゃんはこの団長さんとの繋がりで技術者として、イルザさんの組織にも協力してたんだ。それで、ゼタ達の封印武器のメンテナンスや強化も任されてるの? 良いなあ、凄いなあ」
「……そういうも私によくついてきてくれます。それで、が技術者として成長すれば私と同じよう、組織の技術者として活躍できるかもしれませんよ」
「ねえ、その技術者になるには、魔法とか必要?」
「いえ。魔法は使わずとも、技術者になれますよ。技術者に必要なのは機械に関する知識、それから、それを使いこなせるかどうか、ですから。多分、は器用な方なのでそうやって機械いじりを続けていれば、私と同じような技術者として、あの組織に貢献できるかもしれません」
「そうか。私もマキラちゃんみたいに、技術者として組織に貢献できるよう、頑張る!」
「はい。頑張ってください。私もそのを応援しています」
は、武器も魔法も扱えないせいで組織ではゼタ達のような派手な任務は与えられずにユーステスの見習いとしての地位しか得られなかったが、マキラの武器も魔法も使えずとも頑張れば技術者になれるという話を聞いて、少し希望の光が見えた気がして、ますますやる気を見せ、マキラもそんなに優しく微笑んだのだった。
音楽の箱の改良版は、マキラに手伝ってもらって数日で完成した。
「ほら、こうやって、その箱にモニターと文字入力装置をこのコードでくっつければ……、
完成です!」
「ふおおお、確かにこれはユーステスが使ってるパソコンとかいうのと同じ!」
音楽の箱の改良版はマキラのおかげで、ユーステスが使いこなしているパソコンと変わらないものになって大変満足した。
そして。
「これで、がルリアから得ていた星晶獣のデータもいちいちメモ取らないで、これなら簡単に記録出来て呼び出せますよ」
「これは凄い」
マキラがキーボートである文字列――バハムートと打てば、モニターに今までがルリアから得た情報をもとにコツコツとメモしていた星晶獣のバハムートが導き出され、これにはも感激した。
「でもこのデータシステム、星晶獣のデータもまだ数件しか入力していなくて、検索方法も曖昧だし、まだまだ改良の余地ありますけど」
「今は、これくらいできれば良いと思う。これで完成、でいいかな?」
「はい、これで一応完成、で良いと思います」
ぱちぱち。マキラはに向けて、拍手を送る。
「これ、星晶獣だけじゃなくて人間の管理もできるかな? これでこの団の皆のデータを団長さん達が呼び出して確認できれば便利そうじゃない?」
「ふむ。それも、できない事はないですね。根気と時間、それから、この団の皆さんの協力を得られれば、できると思いますよ」
「私、ほかの皆より暇な時あるから、やってみるよ」
「……」
うん。やる気を見せると、なら本当に星晶獣だけではなくてこの団の人間の管理システムも完成させるかもしれないと思ってまたドキドキしているマキラと。
「マキラちゃんのおかげで音楽の箱の改良版、パソコンとして完成したよ、ありがとう!」
「いえいえ。改良版が完成したのは、の努力の賜物ですよ。私も正直、がここまで食いつくとは思いませんでしたから」
「ユーステスにこれ完成したって教えたら、驚くかな」
「はい。ユーステス君にそれ見せれば、驚きますよきっと」
えへへ。そうか、ユーステスも驚いてくれるかー。はマキラに言われて、嬉しそうにくるくる回る。
しかし。
しばらくしては、パソコンとしての完成品をユーステスに見せた。
「……これをお前が作ったのか? 本当に?」
「半分はマキラちゃんに手伝ってもらった」
「マキラが……、そうか、あの団にはマキラが居たか……」
「ユーステス?」
ユーステスはの予想と違って、浮かない顔をしている。
は恐る恐る、ユーステスに聞いた。
「あの、私がこれに手を出したの、いけなかった?」
「いや。マキラの手助けがあったとしても、壊れていたこれをパソコンとして完成させたというなら、大したものだ。よくやったな」
「えへへ、ユーステスに褒められるのが一番嬉しい」
「……」
はユーステスに褒められて浮かれるも、ユーステスはとはわけが違った。
それというのも。
夜、居酒屋にて、イルザはユーステスのに関する話を聞いてやっていた。
「それというのもせっかくを騎空団に置いて我々の組織から遠ざけようとしているのに、がこちら側に近付くのが嫌だって何だそれ。単なる子供のワガママじゃないか」
ユーステスの気持ちを知ったイルザは、呆れた様子だった。
ユーステスは憮然とした態度で、酒をあおる。
「うるさい。が俺達のせいで俺達の敵にやられたら、お前はの家族にどう責任を取る気だ」
「そういうお前は、の家族に関する情報を知ってるのか」
「……一応は。本人の口からもの家族については聞いている」
「そうか。それなら話は早い。とそのの家族は普通じゃなく、特殊な人間達の集まりだったからな。の家族についての報告書を読んだ時は、この私ですら肝が冷えたわ」
「……」
ははは。イルザは笑うも、ユーステスは笑えなかった。
イルザは溜息を一つ吐いて、言う。
「あの環境で育ったであるなら、打たれ弱くはない。むしろ、逆行であればあるほど、その力を発揮するタイプだ。それでが武器も魔法も扱えずともお前にしがみつけるのも、納得がいく。それだからお前がを心配する必要はないと思うがね」
「しかし、ローナンから俺達の敵である幽世の住人や月の民の末裔達の活動が活発化していると聞いている。それは多分、月に帰還したアイザックとカシウスの影響だろうが、俺が不在の間にそれにが巻き込まれたらと思うと……」
「はお前が不在でも、団長に預けている間は安心だ」
「団長に預けているだけならまだいい、だけではなく、の家族も狙われるかもしれない……」
ユーステスは、本人より、やけにの家族を気にしている。
イルザは、ユーステスがの家族を気にする原因は分かっていた。
「お前、あの事故で犠牲になった自分の家族と、の家族を重ねているのか?」
「……」
ユーステスは答えない。何も。
イルザは何も答えないのはユーステスの図星かと見抜いてグラスを傾ける。
「お前は、とその家族を気にするほど、を大事にしているのか」
「……、が大事には変わりない。彼女と居ると落ち着くし、彼女で俺達のような戦場でしか生きられないような人間が集う異質な世界から、普通の世界に行けるからな」
「……そうか。確かにお前の言うように私達のように戦場でしか生きられない人間が集う異質な世界から、で普通の世界に行けるというのはとてもよく分かる」
そしてイルザはグラスの中の水面に揺らめくユーステスの顔を面白そうに見詰め、続ける。
「ふふ、これは私も予想外だったな。私は、がお前にしつこくつきまとうからそれが嫌になってあの騎空団に預けたのかと思ったが、彼女の事を本気で考えていたとはなぁ」
「……」
「お前の犠牲になった家族を抜きにしても、を気にすればの家族も気にする必要が出てくるのは分かる。我々はしかし、だけならまだいいが、の家族まで気にする余裕がない。どうしたものか……」
ユーステスは、イルザに詰め寄る。
「イルザは、を自分の配下に置く気はないのか。は、お前のもとで働くのをいまだに夢見ているが」
「私は今のところはを自分の部下にする気はないよ。今の何も出来ないでは、組織では使い物にならんからな」
「の器用さは技術職に向いていると、マキラが話していた。実際、壊れていた機械も俺達が使っているパソコンとして、直してしまった」
「うちにはすでにハイゼンベルクが採用したエンジニアが何人か居るし、団長の縁でマキラが協力してくれている間は、がそこに割り込む余裕はない。しかし技術職か、なるほど、そこは盲点だったな。確かに武器も魔法も扱えなくても、それに関する知識と器用さがあれば技術者にはなれるなあ」
「イルザ」
「落ち着け。ローナンはまだしも、あのハイゼンベルクがを採用すると思うか。実績も何も無く、武器も魔法も扱えないでは、現状、ハイゼンベルクの説得は難しい。がギリギリお前の見習いで採用されたのは、ローナンがお前に甘いせいだったからな」
「……最後のは強く否定する。ローナンがを俺の見習いに採用したのは、イルザ、お前の説得に負けたせいだ」
「ははは、そういう事にしておくか。あそこまでの親バカはそう居ないと思うがね」
「……」
イルザは最後、愉快そうに笑って酒を飲みほした。ユーステスだけはそれに同意できず、不服そうに酒を飲むだけだった。