「、帰ったぞ」
それはユーステスがいつもの組織の仕事からの居るグランサイファーに帰った矢先の出来事、だった。
「私もキャンプ行きたい! ユーステス、私をキャンプに連れてって!」
「は?」
「キャンプ行きたい! ユーステスなら組織の仕事でサバイバルの知識あるし、それでキャンプも慣れてるよね!」
「……確かに俺は組織の仕事でサバイバルの知識はあってキャンプには慣れているが、突然何を――て、マキラの仕業か」
にそう詰め寄られたユーステスは思わず、その元凶であると思われる彼女の近くに居た十二神将のマキラを睨みつけたのだった。
マキラは弱った様子で、ユーステスにそのわけを明かしたのである。
「先日、アンチラ君だけじゃなくてアニラ君やシャトラ君とかほかの十二神将の仲間達とキャンプに行ったの、に話したんですよ~」
「うん。マキラ達と行ったキャンプが楽しかったから、ついに話しちゃってそれで……」
マキラの周りには同じく十二神将のアンチラの姿もあった。
は、十二神将のマキラ達だけではなく、団長のグラン達を指さしてユーステスに訴える。
「マキラちゃんとアンチラちゃん達だけじゃなくて、団長さんやルリアちゃん達もそのキャンプに同行したって!」
「いや、僕達はキャンプするのはいいけどそれに不慣れだっていうマキラ達の手助けをするために一緒に同行しただけで……」
「そうそう。十二神将の奴ら、お嬢様が多いからなー。オイラ達が一緒じゃないとキャンプには慣れてないんじゃないかと思ってよぉ」
「グランとビィさんの予想通りで、マキラさん達のキャンプに私達がついてきて良かった場面もありましたよね~」
「うんうん。それ以外にシエテを中心としたシルヴァ達の二十七歳メンバー達と一緒になるとはねー。でも、おかげで凄く楽しかったわー」
ルリアとイオは、純粋にその楽しさだけを報告する。
「ぐぐぐ、シエテさんの二十七歳メンバーといえばシルヴァさんもその一員で、本当は二十八歳なのにシルヴァさんにしれっとついてくるイルザさんもそれに参加してるよね!」
「そういえばイルザの奴、先日珍しく休みを取ったと聞いていたが、それに参加するためだったのか……」
「団長さん達はまだ分かるけど、イルザさんもシルヴァさん達と一緒に十二神将の子達のキャンプに参加してるなんて、ずるくない?」
「……」
ユーステスもイルザには思い当たる事があるようで、には何も反論できない。
はイルザでユーステスが弱っているのを見抜いて、更に彼に詰め寄る。
「私も組織ではユーステスの見習いなんだから、ユーステスとキャンプ行きたい! 連れてって!」
「分かった、分かった。お前も俺の見習いとして、キャンプくらい体験しておいた方がいい」
「やったー。で、いつ、キャンプに連れてってくれるの? ユーステスとキャンプ体験できるなら、組織の任務中の野営でもいいよ!」
「任務中の本格的な野営は、お前にはまだ早い」
「えー。そう? 私もユーステスの見習いとして組織の一員に入ってるんだから、本格的な野営くらい……」
「お前、野営中に問答無用で襲ってくる魔物や野生動物の群れを自分一人で退治できるのか? 俺は任務中は、お前の面倒まで見られん」
「……」
できません。今度はがユーステスに反論できず落ち込み、黙る番だった。
はしかし、訓練で野営経験がある組織の人間達はまだ分かるが、グラン達の中でも自分一人だけキャンプ体験できず、ぶつぶつと吐き出す。
「ユーステスとキャンプ、行きたかったなぁ。組織のゼタ達はもちろん、十二神将の子達だけじゃなくて団長さん達もキャンプ体験してる中で私だけ体験できなくて除け者扱いだもんなぁ……」
「……」
はぁ。ユーステスは溜息を一つ吐いて、落ち込むに向けて言った。
「組織の任務以外、休みの日に団長達と十二神将のマキラ達が行ったような人間が管理するキャンプ場なら、お前を連れて行っても問題ないだろう」
「え、それじゃあ……」
「次の休みまで、計画立てておけ。テントや道具類は、こっちで準備しておく」
「ありがとう! 次の休みが楽しみ!」
わあ。はユーステスの了解が取られただけで嬉しくなって、周りを気にせず、彼に抱き着いてはしゃぐ。ユーステスは不本意な態度でありながらもそのを突き放さず、彼女を受け入れている。
「ユーステスの兄ちゃん、相変わらずにはメチャクチャ甘いよなー」
「そうだね。ユーステスは最初から『だけ』甘いんだよな……」
「なんだかんだでユーステスさんてば、の言う事はちゃんと聞いてますからね~」
「それに気が付かないの、本人だけってね」
とユーステスの様子を見て呆れるのはビィで、ビィに同意するよう『だけ』を強調して深くうなずくのはグランで、それに微笑ましく見詰めるルリアとイオだった。
そして。
とうとう、待ちに待ったキャンプ当日。
その日は、文句なしの晴天だった。
「では、行ってきます!」
「行ってくる……」
キャンプ用のテントに寝袋に調理道具等、ユーステスに用意してもらった大きな荷物を抱えたは興奮気味に、ユーステスと一緒にグランサイファーから一歩を踏み出した。
因みにグラン達はこの時ばかりはとユーステスの二人の邪魔をせず、二人が帰ってくるまでキャンプ地の近くの島で待機している事にしたのだった。
「お土産、よろしくねー」
「楽しんで来いよー」
「帰ったらユーステスさんとのキャンプのお話、聞かせてくださいねー」
イオ、ビィ、ルリアもそのとユーステスを艇から見送る。
と。
「――もう出てきても大丈夫だよ、イルザ」
「うむ。無事に出発したか……」
が艇を出て行ったのを確認したグランは、柱の背に隠れていたイルザを表に出した。
「あれ、イルザ、が心配でこっそり来てたの?」
「は今回は、ユーステスさんがついているので、心配ないと思いますが……」
イルザの登場には、イオもルリアも驚いた様子だった。
イルザはため息を吐いた後、グラン達に隠れていたわけを明かした。
「私も今回はにはユーステスがついているので心配ないと思うが、少し気になる所があってね」
「というと?」
「ユーステスが今回、のために決めたキャンプ場だが。あそこは確かに現在は人間が管理するキャンプ場として登録されてあるが、色々いわくつきの場所でな」
「その言い方だと、そこのキャンプ場、君達の組織とも関連があるのかい?」
「ああ。そこは昔、我々組織が使っていた研究施設があってね。今はもう、使われていない研究施設であるが、あの組織で古参の私とユーステスにとっては思い出深い場所でもある」
「へえ。もしかしてそれ、組織のローナンが関わってるとか?」
「いや。ローナンというよりは、以前にベアトリクスのエムブラスクを持ち逃げしたアランドゥーズの研究施設だ」
「ああ、あのアランドゥーズか。それはまたややこしくて厄介で面倒臭い話だなぁ」
「はは。団長は裏表がないから、気持ちが良い」
イルザはグランの素直な感想を聞いて、笑う。
グランは慎重に、イルザに話を聞いている。
「そのアランドゥーズの研究施設は、危険なものは残ってないのか?」
「ローナンによれば、彼の研究施設そのものはアランドゥーズがベアトリクスと団長達で葬り去られた後、組織の手で秘密裏に取り壊して更地になっていると聞いている。そうでなければその土地は、キャンプ地としてほかの人間に明け渡さないとも話していたな」
「なるほど。更地にしなければキャンプ地として他人に明け渡さないというローナンのその言い分は、信用できるんじゃないか?」
「そうだな。そのローナンの話を信じるならそこはもう危険なものは残っていないようだが、万が一の事もある」
「万が一というと?」
「ユーステスはローナン以外の幹部――私やハイゼンベルクの指示は自分にそぐわない仕事であれば応じない意志を持っているが、後見人のローナンの指示だけは絶対で彼の言う事ならば何でも聞く人間なんだよな。それでユーステスは、私達には内密にローナンの指示で何も知らないをそこの研究施設の実験台として使うんじゃないかと思って、私はそれを危惧しているというわけだ」
「ふむ、イルザの話しているようにユーステスは、ローナンの指示があればすらもアランドゥーズが残した研究の実験台に使う危険性があるってのは分かるな。それ、には伝えてあるのか」
「一応は。ユーステスが何を思ってそこを選んだのか分からんが、いざという時のためにに組織の通信機を持たせておいた。夜のうちにから何か救助要請が来るかも分らんので、今夜はこの艇に泊まらせてもらう、いいか」
「分かった。僕達はイルザを歓迎するよ」
「今の話を聞けばだけじゃなくて、オイラ達もイルザがついているのが分かれば安心だな」
「ですね!」
「これ以上、心強い存在ないわよね!」
グランは、イルザの説明に納得したよう、彼女を受け入れる。ビィとルリアとイオも同じよう、彼女を歓迎する。
しかし。
「でも、イルザの心配事は杞憂に終わると思うけどね」
「ほう、どうして団長にはそれが分かる?」
イルザはそういうグランを興味深そうに見詰める。
グランは口の端を上げてイルザに言う、言ってやった。
「――だけ甘いユーステスは、を危険な目にあわせないようローナンの指示を聞いても何らかの形で回避できるような策を取っていると思うし、その思い出の場所をキャンプ地に選んだのも単純な理由な気がするからさ」
「到着!!」
当人のは、ユーステスに連れられて無事にキャンプ場に到着した。
「此処がユーステスの選んだキャンプ場? 川もあって山もあって、めっちゃいい場所!」
「……普通のキャンプ場を選んだつもりだが、お前からすればそこまで珍しいか?」
「うん。私、団長さんの艇以外で、今まで外で泊まった事、なかったから。えへへ」
「そうか……」
ユーステスが選んだキャンプ場は目の前には奇麗な川があって、川の向こう側には森、背後には壮大な山がそびえ、とても良い場所だと思った。
ユーステスはそれだけで感動して感激するを見て思う所はあったが、今は黙っていた。
更に。
「こんにちは!」
「こんにちは」
「こんにちは……」
川辺のキャンプ地には、もう一組、先客があった。
より少し年上の綺麗なドラフの娘と、彼女の息子か弟か分からないけれど同じくドラフでイオくらいの年齢の小さな可愛い男の子の組み合わせだった。
綺麗なドラフの娘は仕立ての良いドレスを着ていて、見た目だけでいえばおしとやかな清楚系で男受けは良いなと思って、はチラリとユーステスの視線を気にする。
ユーステスの方はドラフの娘を気にしない素振りで、荷物の確認を取っている。
はそれでもドラフの娘が気になったのでユーステスの了解を取らず、自分の判断で彼女に近付いて、その素性を確かめるべく聞いてみた。
「あの、お二人はご兄弟ですか?」
「ええ。この子は私の弟で、私はこの子の姉よ」
「……」
ドラフの弟は人見知りするのか、さっとドラフの姉の影に隠れる。
ドラフの娘――姉は弟を気にする事なく、気さくにに答える。
「もう一人、お父さんも来てるんだけど、今は向こうの山に入って一人で狩りやってるわ」
「家族で来てるんですかー。もしかしてそのお父さんもお姉さん達と同じドラフですか?」
「ええ。私のお父さんも私達と同じ、ドラフよ。お母さんもドラフで、ドラフ一家なの」
「そうなんですかー。ドラフでも山に入って単独で狩りできるなんて、凄いお父さんですね! あれ、でもドラフのお母さんの姿見えませんけど、お父さんと出かけてるんですか?」
「キャンプと狩りはうちのお父さんの趣味の一つで、私もこの子もそれに付き合わされてるだけ。日々大変なお母さんは此処には来ていなくて、今日だけは一日家でくつろいでるわ。ところで……」
ところで。
ドラフの姉の視線はキャンプ道具を確認しているユーステスへと注がれる。
「あなたと彼、私達と違って兄弟や家族には見えないけれど、どういう関係?」
「えへへ、私と彼、何に見えます?」
は少し期待して、ドラフの姉に反対に自分とユーステスの関係を聞いてみた。
ドラフの姉は少し考えて、答える。
「……恋人?」
「せいか――」
「――仕事仲間だ」
の期待通りの答えを導き出したドラフの姉と、それに嬉しそうに返事をするの間にそう割って入ったのはユーステス本人だった。
「仕事仲間?」
「ああ。上司と部下。それ以上もそれ以下の関係でもない」
ユーステスは姉の疑問に、冷たく答える。
そして。
「此処には、仕事でこいつの訓練で来ているだけだ」
「あら、そうだったの。仕事で彼女の訓練というなら、私達は彼女を手助けしない方がいいかしら?」
「そうだな。そうしてもらった方が、こちらも助かる」
「分かったわ。あなたも頑張ってね」
「……」
ドラフの姉は最後、に同情したように言った。
川辺のキャンプ地には、その家族ととユーステスの二組しか来ていないようだった。
姉と弟から離れて、自分達の陣地に戻ったはユーステスに不満をぶつける。
「ねえ、さっき、何でドラフのお姉さんに私との関係で上司と部下でしかないって説明したの?」
「その通りだろうが。お前、何を期待してたんだ」
「えー。せめて、ドラフのお姉さんには私とユーステスは恋人関係だってのは明かした方が良かったんじゃないかなー?」
「問題ないだろう」
「問題あるって」
「何が問題だ」
「あの綺麗なドラフのお姉さん、ユーステスを気に入ってる風だった!」
「そんなわけあるか」
「そんなわけあるよ! あのドラフのお姉さん、美人で、おまけにドラフのせいか凄いおっぱいだったでしょ! しかも、おしとやかな清楚系! 男なら皆、あのドラフのお姉さんにコロッといっちゃうよね!」
「……」
ユーステスはドラフの女性の特徴の一つ、大きな胸を持った姉の姿を思い出し、のそれは完全には否定できなかった。
もユーステスのそれを見抜いて、彼に詰め寄る。
「ユーステス、私が何かで離れてる間にドラフのお姉さんに誘われてもついていかないでよ!」
「……ドラフの娘は小さい弟だけじゃなく、父親もついていると話していただろう。その中で俺を誘うか?」
「分かんないよ。あのドラフのお姉さん、自然的な何かの力を借りれば、家族が居ても気にせずユーステスを誘ってくるかも!」
「何だ、自然的な何かの力って」
「さあ。でも、こういう自然な場所では普段の生活の制限もルールも通用しなくて普段と違う行動を起こしやすいから気をつけろって、私がユーステスとキャンプ行くのを聞きつけたベアトリクスから聞いたよ」
「ベアトリクスから聞いた話というなら、それの説得力あるな……」
ユーステスは、それがベアトリクスの話というなら妙に納得してしまった。
それからユーステスはまだ不安そうなを安心させるよう、彼女に言った。
「だが俺は別にあのドラフの娘は気にならないし、誘われてもついていく気はない」
「本当?」
「ドラフの娘の方も、のあからさまな態度で俺との本当の関係に感づいてるだろ」
「そう?」
「どちらにせよ、今はあのドラフの家族は気にしない方がいい。父親が狩りから帰ってくれば、ドラフの娘もこちらを気にする余裕はないだろう」
「そうかなぁ……」
「それより、こっちも明るいうちにさっさとテントを設営するぞ」
「え、もう?」
ユーステスはの前で自前のテント一式を広げる。
「、事前にテントの組み立てる手順の説明をしたが、それ、頭に入ってるだろうな」
「うえ、テントの組み立て、私一人でやるの?」
「当然だ。お前の今回のキャンプは、組織での訓練もかねてるからな。組織でもテントの組み立てを一人で出来なければ、組織の本格的な野営訓練は無理だ」
「ええと、どうだったかな……。マキラちゃん達はテントの設営、思ったより簡単だって話してたけど……」
「……」
が自分のテントの組み立てを考えている間にも、ユーステスはさっさと自分のテントを手際よく組み立てていく。
「こんなものか」
「え、もうできたの?!」
ユーステスは五分もしないうちに、あっさりと自分のテントを組み立てたのだった。
「、お前はどこまで――て、まだ、テントそのものを広げてないのか?」
「え、ええと、この大きな布が先だっけ? それとも、中くらいの布から広げた方が良い、かな?」
「……、組織でも野営訓練は野営初心者だというグウィンもけっこう手がかかったが、お前はそれより上いくか」
「……」
ははは。の手はテントを広げる前の状態で笑うも、ユーステスはそれに笑えずに呆れるばかりだった。
呆れてばかりもいられない。
ユーステスは自分が折れる形で、に協力する事にした。
「まあいい、今回はキャンプ初心者ののため、特別に俺が指導してやろう。さっさと行動しろ」
「り、了解!」
はユーステスの指導を受ける形で、テントを組み立てていった――が。
「わ、わ、そこ押さえてて、何これ、紐、そこまできつく結ぶの? えー、そこ引っ張るの? え、それが先にくるわけ? 何で? このテント、どういう構造してんのか全然分かんないんだけど、うわ、風、風で飛ばされるぅう!」
「……」
ユーステスの手で五分で設営できたテントは、の手では一時間以上かかってしまった。
「テント設営だけで、ここまで疲れるとは……。先が思いやられる……」
「うん、なんか、色々ごめん……」
ぐったり。テント設営初心者のに思った以上に苦戦してもう疲れたというユーステスと、自分で疲れる様子のユーステスを見てテントの組み立て方をあまり頭に入れてなかった事に責任を感じると。
一息ついて、ユーステスは言う。
「お前の父親、騎空団の団長やってるんじゃなかったのか」
「そうだけど」
「騎空団、しかもその団長であるなら、グランサイファーの団長と同じく、野営の心得くらい取得しているはずだが。お前、今まで父親に野営訓練に連れて行ってもらった事なかったのか」
「ああ。野営訓練とかほかの訓練とかは、私より上のお兄ちゃんやお姉ちゃんがお父さんにあちこち連れて行ってもらってたけど、私はもっぱら下の子達と留守番組だった。それというのも、武器も魔法も扱えない私は、夜通しやる野営訓練は魔物も出没して危険だからってお父さんに止められてそれで……」
「お前、ほかの兄弟達は父親に野営訓練やほかの訓練であちこち連れて行ってもらってたのに、それで自分だけ置いて行かれるのを納得してたのか。それこそ、除け者扱いじゃないか」
「いや、お父さんの訓練から帰ってきたお兄ちゃんとお姉ちゃん達からその島でしか買えないようなお菓子とかのお土産いっぱいもらってそれに満足してそれが楽しみだったし、後でお父さんの厳しそうな訓練を聞けば私じゃそんなの無理だって思ったし、何より、お母さんに上の兄弟達が訓練で居ない間は私が家に残ってくれる方が、お母さんもお手伝いのアニーさんも、私より下の子達も安心するって言ってくれて……」
「……ものは言いようだな。おまけに、父親だけじゃなくて、上の兄弟達まで甘えて可愛がられてたのか。お前がそこまで温室育ちで箱入り娘だったとは思わなかった」
「むぅ。ほかより温室育ちで箱入り娘なのは否定しないけど、おかげで我慢強いって所は身についてるよ!」
「それ、自慢げに言う話か?」
何故か自慢そうに胸を張って言うと、それにくつくつと笑うユーステスと。
そして。
「テントの次は食事の用意だが……」
「ついに私の出番がきた!」
はいっ。はユーステスに向けて、勢いよく手をあげる。
「この日のために、ローアインさん達から厳選したキャンプ料理教わってきました! 美味しいの作ってあげる!」
は最初、今までの失敗を取り戻すために張り切るが――。
「それはいいがお前、薪を組んでの焚火、できるのか?」
「う、そ、それは……」
「やっぱ無理か。無理ならいい、薪は俺が用意しよう」
「……」
簡単に諦めるユーステスと、それに不満を抱くと。
「俺はこれから、そこの山から薪取ってくる。お前はそれまでの間、そこの川で水汲んで来い」
「……」
「何だ? 水汲みもできないのか?」
「水汲みくらいできるよ、ばかにしないで」
「ばかにはしていないが。できるなら、さっさと水汲んでこい。俺はその間、山で薪を拾ってくる」
「了解ー」
ここではユーステスと別れ、バケツを持って川に向かった。
「川に到着、と。あれ、何で寒い時期でもないのこの川、凍ってるの?」
冬の寒い時期でもないのに川の水はカチカチに凍っていて、とても水が汲める状態ではなかった。
「あれ、あれ? やばい、水くらい汲めないと、またユーステスに怒られる! どうしよう、どうしよう!」
は川の水も汲めないのかと、またユーステスに怒られると、青ざめる。
「何でこの川、肝心な時に凍ってるのぉ。はっ、まさか、キャンプに行く前にイルザさんが話していた昔の組織の研究施設のせいとか?」
はイルザから「ユーステスがとのキャンプ地に選んだ場所は昔、うちの組織の研究施設があった場所だ。今は更地で何も無いようだが、もし何かあれば私に報告を」という話を聞いて、彼女から組織専用の通信機まで受け取っていた。
は凍った川を見詰めて考える。
「この不可解な現象、イルザさんに連絡入れた方が良いかなぁ。でも、イルザさんの通信機使えばユーステスとのキャンプ、即中止になるよね……。イルザさんの前にユーステスに相談……すればこっちもキャンプよりこれをイルザさんと調査する必要があるとかで、キャンプ台無しになる? どうしよう、うう……」
イルザに報告を入れても、ユーステスに相談しても、今回の楽しみにしていたユーステスとのキャンプが台無しになってしまう。はどうすればユーステスとのキャンプを台無しにせずにいられるか必死に考えていた――ところで。
川の向こう側でドラフの姉の怒鳴り声とそれに怯える弟の声が聞こえてきた。
「こら、集中しなさい!」
「で、でも、肩に虫が……」
「こういう場面で虫を気にしていたら、戦力にならないわよ。はい、次!」
「■■■――」
弟が何か分からない言葉を発した途端、弟の手から氷の剣が飛び出したかと思えば――あっさりと消滅したのだった。
氷の剣になるはずだった氷は、土の地面すら凍らせてしまった。
「寒ぅ、何で剣の形にならずに周りが凍っちゃうの?! また剣の形にする段階で集中切れたわね!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「今度は何で集中切れたの? また虫とか言えば、そのへんの草木を鎌で自分だけの力で刈り取りなさいよ!」
「え、えっと、そこに隣のキャンプのお姉さんが……」
「え、あ、あら、あなただったの」
「こ、こんにちは……」
弟が指さした方角には、清楚系かと思っていたドラフの姉の剣幕に引いているの姿があった。
つまり。
「魔法の訓練、ですか」
「ええ。此処には、お父さんの趣味以外で、弟の魔法の訓練に来ていたの。人里離れた場所ならそう迷惑かからないと思って。でも、あなたには迷惑かけたみたい。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
ドラフの姉と弟、二人同時に謝られたは、慌てる。
「あ、い、いや、そんなに謝らなくて良いですから! それにしても――」
それにしても。
は見た目だけでいえば清楚系のおしとやかなお嬢さんで男受けが良いと思っていたドラフの姉に注目する。
「ドラフのお姉さん、見た目と中身、違うんですね……」
「ふふ、よく言われるわ」
ドラフの姉はに言われるも言われ慣れているようで、嫌な顔せず、笑っている。
「待ってて。私の火の魔法で凍った川の水、溶かしてくるから。その間、弟見ていてくれる?」
「分かりました」
は、ドラフの姉の言う事を聞くよう、彼女の弟を見張る。
「火よ!」
ドラフの姉は意気込んで、火の魔法を川に向けて放つ。すると凍っていた川は、次第に溶けていった。
「す、凄い」
「……本当、凄いなあ」
平然とした態度で火の魔法を放って凍った川を溶かしていくドラフの姉の姿に感心するのはだけではなく。
は自分と同じよう、姉の魔法を羨ましそうに見詰めている弟の方に注目する。
「弟君もドラフのお姉さんと同じで、強力な魔法が使えるの?」
「は、はい。一応……。お姉ちゃんとお父さんは、氷だけじゃなくて火や風とか色々魔法が扱えるのに、僕はまだ氷系だけなんです。しかもごらんの通りの失敗続きで……。今回の特訓で魔法が上手くできなかったら、第一志望のマナリア魔法学院の入学すら危ういって……」
しょぼん。魔法の失敗続きで落ち込む弟を見て、は。
「魔法も武器も何も扱えない私からすれば、氷系の魔法が扱えるだけでも凄いと思うけどなあ」
「……へんに気遣うのは止めてください。そう言われる方が、落ち込む――て、今、何て言いました?」
「ん、私、何かへんな事言った?」
「え、えっと、お姉さんが魔法も武器も扱えないってそれ、本当の話ですか?」
「本当だよ。私、魔法はもちろん、武器も何も扱えないからさ。その私から見れば、氷系だけでも魔法が扱えるのは凄いと思うよ!」
「――」
明るくそう言ってのけると、それが信じられないと目を見張る弟と。
弟はを遠慮なく上から下まで見た後、聞いた。
「お姉さん、ヒューマンですよね?」
「うん、私、ヒューマンだよ」
「お姉さんと一緒に居たお兄さんは、エルーンでしたよね」
「うん。ユーステスはエルーンだね」
「あのエルーンのお兄さん、カッコイイ大きな銃を背負って更にいくつかの銃を携帯してましたけど、強いんですか?」
「うん。ユーステスはエルーンの中で一番格好良くて一番強いんだよ!」
「そ、そうですか」
弟にユーステスについて問われたのでそう迷いなく答えるのはで、の迷いのない返答に少し引き気味なのは弟であった。
そして。
「エルーンのお兄さん、それでよくヒューマンで何も出来ないお姉さんと付き合えるなぁ……、あ、ご、ごめんなさい、余計な事を……」
「いいよー、私、そう言われるの慣れてるから。平気、平気」
「……」
言われてもへらりと笑うだけのと、どうして笑えるのか分からず怪訝な顔をする弟と。
と。
「川を溶かすの、終わったわ」
「お姉ちゃん、お帰り」
「お帰りなさいー」
ドラフの姉はと居る弟を確認した後、彼女と向き合う。
「これで川の水が汲めると思うわ。それから、私の居ない間にちゃんと弟の面倒も見てくれて、ありがとう」
「いえ。私も彼のおかげで退屈しなかったので、良かったです。それじゃあ」
ドラフの姉が川から帰ってきたのでここで話は終わって弟の方も姉の姿を見て安心した様子で、は二人のドラフの姉弟と別れた後にようやくにして川の水が汲めて安心したのだった。