無限に広がる星の海を渡る列車――、星穹列車。
夜。
その乗組員にして護衛の青年、丹恒は、現在、危機的状況に陥っていた。
「どうしたの?」
「開拓者……」
腕を組み列車の通路をうろつく丹恒を見付けたのは、乗組員達や研究員達から『開拓者』と呼ばれる、一人の少女であった。
開拓者は、丹恒に向けて気軽に話しかける。
「丹恒がこの時間に廊下をうろついてるなんて珍しいね、いつも夜は資料室にこもってるのに。何か困りごと?」
「……、お前には関係のない事だ」
「そんな、私と丹恒、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた仲間じゃないの。何か困った事があれば、聞いてあげるよ。私で解決できるかもしれないし、私じゃなくても話すだけでスッキリするかもしれないよ?」
開拓者は、丹恒に今まで助けてもらった恩もあるので、親身になって彼の相談に乗ろうとする。
しかし――。
「いや、お前の手を借りるような話じゃない。お前は、自分の事を優先した方がいい」
「えー。そんな言い方、酷いじゃない。私じゃ力になれない? 本当に?」
「多分、お前には荷が重たい問題だ」
「ええ、そこまで?」
「ああ。それだから、お前が俺のその問題に関わるのは止めた方がいい」
丹恒はこの時、普通の人間であればこの単純な言葉を使えば「それなら仕方ないな」と、遠ざけられて、今回もそれが通用すると思いその単純な言葉を使うも、開拓者は普通の人間ではないという肝心な事をこの時、彼は忘れていた。
「ちょっと、そこまでの丹恒の重たい悩みって何よ。反対にどんな悩み事か、気になってきたわ!」
「え」
丹恒は開拓者から自分を遠ざけようとするも、開拓者は反対に丹恒の抱える悩みに興味を持ったようだ。
「ねえねえ、そこまで悩んでる重たい悩みって、いったい、どういう悩み? 教えてよ」
「教えるわけないだろ! 前から思ってたけどお前、星核持ちの開拓者でそれで俺達より特別な力を持ってるとはいえ、見知らぬ他人にずかずか踏み込み過ぎだ。それ、よくないと思うが」
「えー。丹恒は一応、私とも付き合い長いんだから、そこまで見知らぬ人じゃないと思うけど? この閉鎖的な空間であっても、悩みくらい聞ける仲じゃないと」
「……それはそうだが」
開拓者は丹恒に顔を近付け、両手をポキポキ鳴らしながら、凄む。
「ああ、そうだ、言っておくけどその重たい悩みのせいで、反レギオン相手に手抜いたら承知しないよ?」
「ぐっ、お前、その脅しはよくない、よくないぞ!」
丹恒は、開拓者の脅しを受けて肩を震わせ、背筋を凍らせる。
「それじゃ、丹恒の悩み、教えてよ」
「……」
「丹恒」
開拓者が迫るも、丹恒はその悩みを中々打ち明けない。
ところ、で――。
「いひひ、丹恒、現在、彼女と絶賛喧嘩中でねー。どうやって喧嘩中の彼女の機嫌を取ろうかって、それで悩んでるんだよ」
「三月!!」
横から見かねて丹恒の悩みを開拓者に暴露したのは、三月なのかだった。
なのかの暴露を聞いて一瞬動きが止まったかと思えば開拓者は目を輝かせ、更に丹恒に迫って来たのである。
「カノジョ? 彼女って、何、丹恒、恋人がいたの? マジで? 嘘ぉ、どこの子? どこの子? 私も知ってる子?!」
「あー、これだから開拓者に自分の悩みを教えたくなかったんだ!」
うがあっ。丹恒は自分の悩みを打ち明ければゴシップ記者のように詰め寄る開拓者を予想していたので、彼女にはその事実を教えたくなかったのである。
開拓者は、なのかに向けて聞いた。
「なの、丹恒の恋人って?」
因みに開拓者は『なのか』を『なの』と呼んでいる。
「うん。丹恒の彼女、ステーションに出入りしている研究者の一人なんだよね。それだから、多分、開拓者も彼女とどっかですれ違ってると思うよー」
「へー、丹恒の彼女、ステーションの研究者の一人なんだ? それで丹恒の彼女、アスターや姫子、ヘルタとも親しかったり?」
「どうだろ。ウチは、ステーションでは彼女とすれ違ったら挨拶くらいしかしてない関係でね、アスター、ヘルタ、姫子の三人以外、ステーションの研究員の間で誰がどういう関係性なのかは把握してない、かな」
「そうなの?」
「そうそう。ヘルタのステーションの研究者達は、現場で活動するウチ達のサポート役だからね、あまり表に出て来ないんだよ」
「同じステーションの研究員である姫子とヴェルトは、力が強過ぎて調査相手に反感買うからっていうんで現場に出れないって聞いてるけど?」
「うん。ステーションの研究員では姫子とヨウおじちゃん、所長のヘルタだけが特別ってだけでさ、ほかのスタッフはウチや丹恒のよう、現地に行って調査する力はあまり持ってないんだよ」
一息。
「ステーションの研究員達、星核や反レギオンについての研究だけじゃなくて、あらゆる災厄についての研究に没頭してるから、開拓者やウチらのよう、現場に入る事も少ないって聞いてる。それだから、動けるウチや丹恒が現場に行って反レギオンや星核についての調査してるんだよ」
「へえ。それでその研究員、どうやって現場で活躍する護衛役の丹恒と知り合ったの?」
「それも分かんない。目の前の本人に聞けば?」
「あ、そっか。丹恒、どうやってその研究者の彼女と知り合ったの?」
「三月、開拓者に余計な事を教えるな!!」
ニヤニヤ顔で丹恒に迫る開拓者と、開拓者に余計な情報を与える『なのか』に憤る丹恒と。
「というか丹恒、開拓者の言う通りで、喧嘩中の彼女をどうにかしないと、反レギオンだけじゃなくてさ、それ以外の脅威――、災厄相手にその影響出たらヤバくないかな? 丹恒のミスでウチらの切り札である開拓者に何かあったら、ウチらもただじゃすまなくなるじゃん」
「……」
三月なのかにしては、痛い所をついてきた。丹恒は『なのか』にぴしゃりと言われ、反論できなかった。
と。
「丹恒、丹恒!」
ばたばた。
星穹列車の廊下を速足で駆けてきたのは、ステーションの研究員の一人でその中でも幹部クラスの権限を与えられている、姫子であった。
「あれ、姫子にしては珍しく慌ててるね、なんかあったの?」
「まさか、また私の『星核』狙って終末獣が現れたとか?」
開拓者は、自分の心臓あたりを指で示してみせた。
開拓者の体の中には『星核』と呼ばれる不思議な物質が宿っているらしい。彼女はしかし、その星核目当てに敵に狙われる事はしょっちゅうであるため、そこまで動じていなかった。
姫子は、開拓者、なのか、丹恒の三人を順に見詰めて、丹恒に狙いを定める。
「私はアンタと三月ちゃんじゃなくて、丹恒に用事があるの」
「俺に用事? なんだ?」
姫子に名指しされた丹恒は、一歩、前に出る。
姫子は大きな溜息を吐いた後、丹恒に向けて言った。
「ステーションに残ってるヘルタから緊急連絡。アンタの彼女、セレンがシミュレーション――、模擬宇宙の中で行方不明、ですって」
ステーション内にて。
「ヘルタ!!」
「お、丹恒、戻ったか。さすが、早いな。……て、何で、開拓者に『なのか』、お前達まで一緒なの?」
ステーション内部、ヘルタの居座る研究室内に息を切らして入ってきた丹恒を認める。ヘルタはしかし、丹恒に余計な人間までくっついてきている事に怪訝な顔をする。
「そりゃ、模擬宇宙で行方不明になってるのが丹恒の彼女と聞けば、ねえ?」
「ねえ?」
開拓者と『なのか』は、ニヤニヤと事の様子を見詰める。
ヘルタはニヤける開拓者と『なのか』を見比べた後、呆れた様子で丹恒を見る。
「何だ、即バレか。丹恒、お前、開拓者達にバレる前にあれどうにかしとけって、私の方でも前から言ってたでしょ」
「……すまない。完全に俺の監督不足だ」
はぁ。丹恒はヘルタに指摘されるも、彼女の前では素直に謝る。
「何あれ、私達とヘルタと態度違うじゃん。どういうわけ?」
「さあ。丹恒の彼女、ヘルタと知り合いだったの? でも丹恒の彼女の研究員のランク、ほかの研究員より格下――、Ⅱ階級じゃなかったっけ?」
「え、丹恒の彼女、そこまでランク低かったの?」
「そう、だから、ウチがさっき、丹恒の彼女とは挨拶程度しか交わしてないって話したじゃん」
「なるほど、それでか」
開拓者は、一応、なのかの説明に納得する。
ヘルタは端的に説明する。
「丹恒の彼女――セレンは、そこまで――ステーションで活動できるほどの能力はなかったんだが、とある事情があってそれを考慮したうえで、私の権限を使ってステーションの仲間入りを果たした。それだから、ほかの研究員よりランクを低く設定してあったの」
「ヘルタ」
「ここまできたら仕方ない。私もお前が簡単にセレンに――あんな面倒な女に手を出すとは思わなかったから」
「……、俺だってセレンが『そういうもの』だと前から分かってたら、手出さなかったわ」
「どうだか」
「……」
ヘルタは丹恒の言い分を聞いて意地悪そうにくつくつ笑い、丹恒はヘルタのそれから視線を逸らして黙り込むだけだった。
その間、開拓者は『なのか』と顔を見合わせた後、手をあげ、ヘルタにたずねる。
「ヘルタ、丹恒の彼女だっていうセレンについて説明をお願いしても?」
「ああ。アンタも『なのか』も、丹恒中心のセレン捜索隊に協力してくれるなら、説明してやっていい。どうする?」
「そりゃ、もちろん。ここまで来れば、セレン捜索隊に参加するに決まってるでしょ」
「ウチも同じく、セレン捜索隊に参加するよ」
むふん。開拓者と『なのか』は胸を張って、ヘルタに応じる。
ヘルタはうなずき、丹恒を気にせず、開拓者となのかに向けてセレンについての説明を始めた。
「セレンは、私とは別の、研究員の幹部の娘でね」
「幹部の娘……、てとこは、アスターみたいな、いいとこのお嬢様?」
「ああ。その『設定』で、ステーションに置いたの。そうすれば、ほかの職員達から疎まれる事もないだろうと思って」
「設定?」
開拓者はヘルタの説明を聞いてもわけが分からず、なのかと顔をあわせる。
その間。
「……ヘルタ、先にいく。模擬宇宙、開けてくれ」
「了解」
ヘルタは丹恒の頼みを聞き入れるよう、模擬宇宙の部屋を開けた。
「丹恒」
「セレンについては、ヘルタから話を聞いて判断してから来てくれ。それじゃあ」
丹恒は言うだけ言って、開拓者の前を通り過ぎて模擬宇宙の中に入って行った。
現実の部屋では開拓者、なのか、ヘルタの三人が残される。
ヘルタは辺りに誰も居ない事を確認し、それから、声を潜めて開拓者に向けて言った。
「セレンについては表向きは幹部の大事な一人娘であると研究員達に説明しているが、裏は違う。それだからここからは、内密に。この話は、ほかのステーションの職員に話さないで欲しい」
「姫子、ヴェルトは? それから、アスターもこの件を知ってる?」
「アスター、姫子は、ステーション内でこの件を知ってる数少ない人間だ。ヴェルトは……、知ってて知らない振りをしてる」
「了解」
ヘルタの話に開拓者は、しっかり、うなずいてみせた。
そしてヘルタは、その重たい口を開いた。
「彼女――セレンは、丹恒の失敗の象徴でね」
「丹恒の失敗の象徴?」
「丹恒がこのステーションにふらっと現れて、その実力を買われて護衛役として、私達の仲間入りを果たした頃、とある任務を課した」
「とある任務って、星核探し?」
「そう。今のように惑星単位ではなく、とある惑星のある国にあった星核を探せという、新入りにしては比較的簡単なものだった」
「うん。それは現在の丹恒からすれば簡単な任務だって思う。それで丹恒が失敗した、というのは?」
「丹恒と同時期に、星核狙いに反レギオンの軍勢が、その国に狙いを定めた。その国は、私達より文明も技術力も低くて星核はもちろん、外宇宙に関する学もない国だった。
しかし、彼らは天体から来た未知なる襲撃者――レギオン相手に、よくやっていたと思う。彼らは文明が低いとはいえ、壊れたレギオンの一部を改造して、強力な武器に造り変えたほどだったからな。その中、私達は、私達の技術を持っている丹恒一人でそれを切り抜けられると思っていた。しかし――」
しかし、それは上手くいかなかった。
「外宇宙ではなく国の中に、裏切り者がいてね。彼らは自分の国を裏切り、世界を裏切り、おまけに外の世界から来た丹恒を騙して星核を持ち去り、彼らは自分達が保護する対象だった一般市民を置いてその星から脱出した」
「な――」
「文明レベルが低い彼らではしかし、宇宙がそこまで甘くないのを知らなかったのだろう。彼らはレギオンが与えた船で惑星を脱して数分もしないうち、塵と化した。それはまあ、些細な話だ。
宇宙よりも惑星内部――地上では、その裏切り者達が反レギオンに星核を与えたせいで唯一、反レギオン軍に抵抗できていた軍隊はその間に全滅、国家も壊滅状態、反レギオンよりその内部の人間達が狂い、その中で人間同士の醜い争いを始め、女も子供も関係なく意味無く惨殺されるといった、地獄と化したのを見ればね」
「……その間、丹恒はどうしてたの?」
「丹恒は裏で姫子とヴェルトのサポートがあったとはいえ、一人でよくやったさ。その中でもわずかに命ある人間――狂っていない良心的な人間はできるだけ安全な場所に保護して、裏切り者に持ち出された星核を追いかけていった。星核は無事に見つかり、私達の手の中だ。私はその丹恒を称え、その後、丹恒に『なのか』を仲間につけた。
当時の丹恒は自分に仲間は必要ない、一人で十分だってつっぱねてたが、この件があって、『なのか』を受け入れてくれたんだよ。これから先は丹恒一人でやるより、なのかと二人の方が良いと思ってね」
「あ、それで、ウチと丹恒、組まされたんだ。そこにそんなわけがあったとは……」
開拓者だけではなく、なのかもヘルタの話に聞き入っている。
ヘルタは、続ける。
「私達は丹恒のその件を失敗とは思ってないが、丹恒は現地で自分に協力してくれていた人間が裏切ったとは思わず、その裏切り者を信用した自分がバカだったと、今でもそれを悔やんでいる」
「そこから、丹恒の彼女とどう繋がる? まさか、丹恒、その地獄から彼女を拾ってきたとか?」
「ちょっと違う」
「え」
「セレンは、その地獄を作った裏切り者の一族だったわけ」
「――」
世界は、思うほど優しくない事を彼女――セレンは、知っている。
知っていて、この世界に飛び込んだ。
それでも、と、思う。
それでもこの世界に飛び込んだ決意だけは、自分を褒めてやりたい気分だった。
自分が暮らしていた小さな国――そして、属していた星と見比べていけないのは分かっているが、分かっているけれど、その歴然とした差に時々、泣きたくなる。
模擬宇宙と呼ばれるシミュレーションの技術も、自分からすれば夢のような話だった。こんな技術が当たり前に存在するなんて。自分の父や兄が何十年と時間をかけて必死にやっていた研究も、ここでは一日足らずで達成できてしまう。
「……ええと、ここの職員の再限度は満点で、隣の席は……、ああ、あと、彼女の趣味のキャラグッズが足りてないな。ヘルタ、キャラグッズ系苦手だから仕方ないかー」
模擬宇宙は、ヘルタステーション内がシミュレーションとして再現されたものだった。その完成度は高いと評判ではあるが、職員の席が定期的に変わるため、それにあわせての調整をしなくてはいけなかった。
セレンは、その調査を行う担当の一人であった。
その中で、思い出す。
昔の話だ。一年前くらいの。
自分の国に眠っていた星核とレギオンを追いかけて外宇宙から来たという丹恒の手で自分の地獄と化した星から脱出し、列車に残された私を助けたのは、姫子という女性だった。
『あの、私、これから先、どうなるんですか』
『普通、私達やレギオンと関わり、私達の事を理解していない文明レベルの低い人間の場合、私達の記憶を消したうえで現地に戻す手配をするんだけどね。セレンの場合、丹恒と関わりを持ったせいでそれも難しくなってしまってねえ』
『どうして、丹恒と関わったせいで記憶を消すのが難しくなったんですか?』
『アンタ、現地で丹恒といい雰囲気になって、関係持ったでしょ。記憶を消してもそういう良い思い出は、何かのきっかけで思い出してしまうの。人間関係で――中でも、男女関係ほどやっかいなものはない。
丹恒には現地の女と関係持つな、現地の女とそういう雰囲気になっても相手の記憶消すからって、口酸っぱく注意してたんだけどさ。まさか丹恒が、現地の女を此処まで連れて来るとは思わなかったわぁー。こんなのルール違反で、私達からすれば丹恒、何やっちゃってくれてんのかしらって感じよぉ』
『……』
姫子は嫌味ったらしく大袈裟に言うも、何も反論できなかった。
『まあ、丹恒の記憶を消して現地に戻った所でアンタ、敵に国を売った裏切り者扱いされてるから、そこでの処刑は免れないわね。……丹恒もだから、アンタをこの列車まで連れて来たんでしょうけど』
『……』
姫子は他人事で軽い調子で言うも、私はその現実に唇を噛みしめるだけしかできなかった。
そのうえで、駄目もとで姫子に聞いてみた。
『あの。私が丹恒と一緒に列車の旅に出るというのは、できない?』
『無理。アンタ、城の人間ではあるけど軍の人間ではなかったから、それで反レギオン相手に何もできなくて丹恒の後ろに隠れてるだけだったわよね。それで、私達の護衛役を任されてる丹恒についていけると思ったの?』
『……』
うわあ。駄目もとで言ったつもりが、あっさりと拒否されて、はっきりと言われ、沈む。
『まあ、私もそこまで鬼じゃないし、アンタの境遇を考慮したうえで、一応、アンタにそれ以外の選択肢を与える事はできる』
『それ以外の選択肢というと……』
『記憶を消して現地に戻る以外に、この列車を出て私達の拠点――、ヘルタのステーション内で保護してもらうかの選択もあるって話よ』
『ヘルタのステーションでの保護?』
『そうでもアンタの星の小さな国の歴史と、私達の歴史は大きな差があって、アンタが私達の技術に――ステーションの科学力に追いつけるかどうか未知数なんだけどさ』
『それ、どういう意味ですか』
『そのままの意味よ。アンタ、今でも私達の技術――星穹列車の中の技術を目の当たりにして、震えてるでしょ。その証拠にこの列車に来た時に車掌のパムを見て悲鳴上げて、すぐに列車の座席に隠れたじゃない。パムもあれには傷ついたって泣いてたわよ』
『……』
列車の車掌だというパムは見た目、可愛い小動物系であったが、ロボットでもあった。それに免疫のないセレンはパムを一目見ただけで悲鳴を上げ、列車の席に隠れてしまったという。
パムはそれ以降、セレンの前に姿を見せていない。
それから姫子は私に顔を近づけ、挑戦的に言った。そこから逃げられないように。
『アンタに選択肢を与えるわ。記憶を消して地獄に戻って処刑を待つか、ヘルタのステーションに保護してもらうのもいいけどそこでの暮らしが我慢できるかどうかの、どちらか。どうする?』
姫子は戦えない無能力者の自分にそれの選択を迫るが、もう、その選択肢は自分の中で決まっていた。
私は姫子に向けてはっきり、それを告げた。
『ヘルタのステーションで保護してください』
ステーションで保護された先で待っていたのは、ステーションをそこの所長で経営者というアスター、そして、ヘルタ・ステーションを管理しているというヘルタだった。
ヘルタは自分には興味無さそうに、パソコンをいじっている。
この時に自分に対応したのは、アスター、一人だけだった。
『セレン。姫子の話していたよう、あなたの星の文明レベルと、私達の間には、千年以上の差があると診断されたわ』
アスターは半ば、同情的にそう話した。
『あなたの文明レベルではどう頑張っても、私達の技術に追いつけない。ヘルタのよう、機械人形になればそれも叶うけれど――あなた、私達の手で自分の脳や体をいじられるの、できそう?』
全力で、思い切り、拒否した。
『まあ、あなた達の星を反レギオンから守れなかった、その中で丹恒とあなたの関係を切れなかった私達にも責任はあって、それの落ち度を認めなければいけない』
アスターは姫子と違って優しく微笑み、そして。
『それを認めたうえで、此処まで来てくれた、あなたにあった仕事を見付けてあげたわ。頑張ってね』
アスターに与えられた仕事、それは。
『――ヘルタ・万有応物課?』
『セレンの能力の診断結果、セレンはステーション内ではそこの部署が一番相応しいと出たわ。万有応物課とは、ステーション内の資産の入出庫、棚卸し、カウントを全て行う重要な部署の一つ。できそう?』
『さっき、そこの課長さんだっていう温明徳さんから聞いたんですけど、ステーション内に不測の事態――、レギオン以外のモンスターが現れた場合も対応する重要な部署だとも聞いたんですけど?』
『それは、温明徳課長を含めた数名の精鋭部隊の話よ。丹恒以外――、現場での活躍が無理だった隊員達がステーションに残ってステーションを盾役で守る役目をしてくれているの。アーランの防衛課もあるけど、ア-ランの防衛課はそことは別扱い』
『そうですか……』
あら。アスターも優しそうに見えて、意外と手厳しいなと、ここで分かった。
『あなたみたいな新入りは討伐部隊じゃなくて、ほかのスタッフを補佐する役目を与えられるから、そこ心配しなくていいよ』
アスターは私の心配を聞いて、くすくす笑うだけだった。
そして。
『あなたの文明レベルとその真面目さを考慮して、誰もやりたがらなかった在庫管理――、倉庫番を担当してちょうだい。温明徳課長も私やヘルタの話に納得して、それに了解してくれたわ。セレン、できそう?』
『はあ、それくらいならできそうです。やってみます、いえ、やらせてください』
未開の国から来た自分の能力ではそこが一番相応しいと聞いて、与えられた仕事はその中でも比較的簡単な在庫管理であると聞いて、なるほど、それは自分にあっていると思った。
アスターに案内された先は、誰も立ち入らないような古い倉庫だった。倉庫内もカビだらけで、カビ臭かった。
『ここの倉庫の在庫管理をお願い。まずは、そうね、そこらへんにある古い書物やアイテムを惑星や歴史ごとに分類して、整理しておいて』
『この倉庫、誰もやりたがらなかったっていうのは……』
『そう、全体的にカビ臭くて暗いし、ホコリだらけで、たまに嫌な虫がわくの。定期的に掃除ロボットがくるけど、追いつかない状態でね』
『……』
『ああ、そこらへんに原始的なバケツとか、ホウキとかあるから、それ自由に使って。セレンの文明レベルなら機械メインより、そっちの方が良いでしょう』
アスターは言うだけ言って、自分にそのゴミ、もとい、ガラクタが散らばった倉庫を押し付けて何処かへ行ってしまった。
倉庫に眠るアイテムや書物を分類し、整理するという仕事は、もとから得意分野だったし、カビ臭い部屋の掃除も慣れたものだ。……嫌な虫は苦手だけど、悲鳴を上げて逃げるほどじゃない。元の所でも同じような仕事をしていたせいもある。
私は腕まくりをして、そこらへんにあったバケツに水をくんできて、まずは部屋の掃除に取り掛かった。
確かにカビ臭いし嫌な虫はわくしで、最悪な現場だったけれど、ステーション内の訳分からない冷たい機械に囲まれて過ごすよりは過ごしやすかった。
二日以上経って、アスターが様子を見にきた。その時、機械人形だというヘルタも一緒だった。
『へえ。あなたの文明レベルでは、ここのガラクタ整理するのに一週間以上、あるいは、嫌になって逃げ出すかと思ってたけど。おまけにカビ臭かった部屋の掃除までちゃんとしたんだ。確かにその真面目さは、丹恒も気に入るはずだわ』
私に全部を任せて再び倉庫に現れたアスターは、私の真面目な仕事ぶりに感心した様子で、おまけに丹恒がどうして私に目をつけたのかも理解した様子だった。
元の世界でも真面目で面白みがない、と、裏で笑われていたのを思い出す。
嫌な思い出の一つだが、今はそれを語る資格はない。
『ねえ、彼女、どう?』
『まあ、合格点じゃないの。私も丹恒が彼女を気に入る理由がなんとなく分かった』
ここではじめて、ヘルタの声を聴いた。
アスターは隣についていたヘルタに向けて、何やら耳打ちする。
私ではその内容は聞こえなかったが、今度はヘルタからその話をされた。
『これからはセレンに、ステーション内の備品の補充、それの管理を頼みたい。まずは、温明徳課長を筆頭に、職員達から必要なものが何かないか、聞いてね。真面目なアンタなら、備品をちょろまかしたり、多めに発注してそのぶんの費用を誤魔化すなんて、やぼったい悪事は働かないでしょうから。そうそう、それから……、これを』
ヘルタに手渡されたのは、ステーション内で支給されている職員専用の端末だった。
私はこの世界の科学技術が苦手だと伝えると、
『このステーションの職員に配布されてる端末使えば、倉庫の管理楽にできるから使った方がいいわ。文明レベルが低いセレンでもそれいじってるうち、使い方くらい、分かるでしょ。それから、ほかの職員――、丹恒とも話せるようになるよ』
ヘルタは最後、ニヤリと笑って、アスターと並んで、私の前から立ち去った。
私はヘルタから支給された端末をジッと見詰め、そして、迷わず、ヘルタがあらかじめ彼のアドレスを登録してくれていたのだろう、丹恒の項目をタップした。
丹恒。ヘルタのステーション内では、星核狙いの襲撃者が現れた時に護衛役として職員の安全を守る。それ以外は、宇宙を走る姫子の星穹列車に乗って、星核を調査する任務を請け負っているそうだ。
丹恒こそ、私を千年前から千年後の未来へと連れてきた張本人だった。
あの男は一応、現地で私と関係を持っていたが、私を列車に置いて行った後、何処かに行ってそのまま姿を見せていなかった。
丹恒は、私が丹恒についての記憶を消されて現地に戻ったのかと思い込んでるかも――とは、アスターの話だった。
『セレン? お前、セレンか? 姫子さんに記憶を消されて自分の国に帰ったわけじゃなかったのか?』
丹恒は思った通り、驚いた様子だった。
『というか、お前、それ使えたのか。誰に通信機借りたんだ?』
丹恒は最初、自分が職員の誰かに端末を借りたのかと、彼あてに通信してきた事も驚いていた。
ここでアスターとヘルタに仕事ぶりが認められて職員用の端末を支給されたと話せば『良かったな』と、何の感情もない素っ気無い返信があった。
それから丹恒に『列車で姫子に現地に戻るかステーションに保護されるかどちらか選択を迫られて、そこでステーションに保護されたいを選んだ。ステーションでは万有応物課に配属になって、倉庫の整理と在庫管理を任されるようになった』と告げれば、数分返信がなく、自分も『とうとう、飽きられたか……』と、ほったらかしにしていたが、数時間後に本人が走って来たのか息を切らした状態で倉庫に現れたのは驚いたのと同時に、笑ってしまった。
私は慌てて来たと思われる丹恒に向けて、まるで友人のよう、気さくに話しかけた。
『久し振り~。どしたの、そんなに慌てて。あ、私がここより文明レベルが低い所から来たせいで、ステーションの職員からいじめられてるかどうか、見にきたとか?』
『……、お前、いじめられるような女じゃないだろうが。元の国でも、陰口を叩いてきた女官に言い返してたの何度か見てるが』
『はは。それじゃあ丹恒は、どうして慌ててここまで来たの? 在庫管理の万有応物課なんて、現場で活躍する護衛役の丹恒と関係ないと思ったけど』
『お前は――セレンは、姫子さんの手で俺の記憶を消されて現地に戻されてると思っていた。まさか、ヘルタのステーションに保護されてそこでちゃんとした仕事を与えられるとは思わなかった、から』
『あら。丹恒のその言い方、私が丹恒の記憶を消されて現地に戻って、そこで裏切り者の一人として処刑されるのを望んでいたのかしら? そうなれば丹恒は晴れて私との関係は解消されて、別の新しい女とよろしく――』
別の新しい女とよろしくやってるんじゃないかという、彼の浮気を疑う発言は、何も言えなかった。
強引に腕を掴まれ、抱きしめられて、それから。
その時、丹恒から与えられたものにすっかり参ってしまって、ステーション内で保護された後も彼との付き合いを続ける事になったという。
ステーション内の倉庫で備品補充と在庫管理の仕事が軌道に乗り始めた頃、丹恒に聞かれた事があった。
『最初はどこ、希望してたんだ?』
『技術開発部か、通信系』
ははは。思い切り丹恒に笑われてしまった。
……確かに自分の属していた星の小さな国家の文明レベルでは、ステーション内で働くエリートな職員達より格下で、能力も月とすっぽん、だった。理解もしている。
それでも、笑う相手に向かって言ってやった。
『通信系なら、現場主義の丹恒といつでも話せると思って。でもこんな小さな機械一つでそれが簡単に叶うとは思わなかった』
ひといき。
『あと、技術開発部であるなら、星核についてと、それを狙うレギオンについても分かると思った』
『お前、それは……』
『――星核一つで私の国を、私の世界を、私の星をめちゃくちゃにした奴らをあらゆる手段を使って叩きのめすまで、私は此処で生き残ってやるわ。それまで、覚悟しておいて』
『――』
そうだ。
私が此処まで――自分の星を捨ててまでヘルタのステーションに来たのは、明確な理由があった。
そして、丹恒と恋人として付き合ってるのもその理由の一つに過ぎない――けれども。
けれども。
時は現在、ステーションの模擬宇宙内部にて。
「けれども、丹恒てば、せっかくの休み、私とのデート忘れるなんてどうかしてると思わない?」
「うわー。そりゃ引くわ」
「でしょ。おまけにレストランも予約してたのに、それないってー」
「完全に丹恒が悪いわ。それ」
あははー。
模擬宇宙の内部に再現されたステーションのカフェにて。
彼女――セレンは、自分を探しに来てくれたという開拓者、そして、『なのか』の二人とテーブルに座って女子会を開いていたのだった。
「――お前ら、何やってんだ」
そこへ呆れた調子で現れたのは、くだんの丹恒であった。