――宇宙で天気を気にするのは、バカな話だろうか。
ヘルタ・ステーションは封鎖され、職員達は自室に戻り休み中の、真夜中。
「ヴェルトさん、こんばんわ」
「こんばんわ」
姫子の星穹列車内は就寝時間で乗客達は部屋で休み静まり返っていたが、そこの主であるヴェルト・ヨウは健在だった。
ヴェルトは夜中でも列車内でいつもの席に座って本を読んでいて、は朝でも夜でも、彼がそこから移動して席を外した所を見た事がなかった。丹恒いわく『ヴェルトさんが動く時は、宇宙の危機的状況な時』だそうだ。
は星穹列車では姫子は怖い存在だといまだに思うが、ヴェルトに関してはあまりよく知らないままだった。
開拓者についている三月なのかはヴェルトを『ヨウおじちゃん』と呼んで親しそうであったが、そこから彼の私生活や実年齢を聞くのは怖いなとも思った。
にとってヴェルトとは『正体不明の男』であり、が丹恒目当てに夜中に列車に行けばヴェルトは毎回指定席に座っていて、そこで軽い挨拶を交わす程度の関係である。
丹恒にヴェルトについて聞けば『色々凄い人だ。尊敬はしている』と返答があり、姫子の事は『信頼はしている』と彼女について好意的であったために少し嫉妬したとか、しないとか。
ヴェルトはが来たのを知って本から顔を上げ、彼女に向けて言った。
「今日は、丹恒は乗ってないよ。彼はヘルタの任務で、開拓者達と別の星に遠征中だ」
「それくらい、知ってます。ステーション内が封鎖されてる夜中だと、星穹列車の方が電波の通りが良いって聞いたのでこっちに来たんです」
言っては、ステーションの職員に配布されている端末を取り出し、ヴェルトに見せる。
ヴェルトはと端末を見比べ、うなずく。
「ふむ。封鎖中で省力電源のステーションより、常時解放中の星穹列車の方が電波良いのは分かる。今日、君が此処に来たのは、仕事で別の星に遠征中の丹恒と何か約束してたのかい?」
「はい。仕事終わりに、ちょっとしたメッセージやりあう約束があって。あ、今日、丁度、雨ですね」
「雨?」
ヴェルトは、列車の窓から外を見詰める。
窓の向こうにあるのは、星と闇ばかりの宇宙空間だった。
星の海を走る星穹列車は天気を気にする必要はなかったし、宇宙に浮かぶヘルタ・ステーションでも同じ事が言える。
ある一つを考えるなら。ヴェルトは、に興味深そうに言った。
「今日が雨って、丹恒が出かけてる先が雨かどうかの話かい?」
「はい。丹恒の出かけた星は、丁度、雨季らしいです」
「そうでも、宇宙に居る君がその天気を気にする必要あるの? 丹恒であれば雨くらい、平気だろう」
「雨季だと、私の好きな花が咲く時期なんですよ。それ、現地で丹恒に写真に撮ってもらって、私の携帯端末まで送ってもらう約束してるんです」
「なるほど、そういうわけか。しかし、ヘルタ・ステーションでもヘルタをはじめ、開拓者達が現地で採取してきたものを研究員達が育てているし、ヘルタの趣味で絶滅した植物はデジタルで記録されてる。それ、ヘルタ・ステーションの一員の君であるなら、見学できるんじゃなかったかな」
ヴェルトはの話を聞いて、一応、納得はしたものの、丹恒がわざわざ、現地の星で植物の写真を撮る必要は感じられなかった。
は自信たっぷりに、ヴェルトに向けて反論する。
「自然界の花は、宇宙ではなくて自然の中である瞬間に咲いた時が最高に奇麗なんですよ。その瞬間を記録するには、開拓者や丹恒みたいに星を行き来出来る人間でないと、難しいと思いませんか? ステーションにあるデジタルで記録されただけの植物では、そこまで出来ません。ヘルタのコレクションでもそこまでのものは、なかったはずです」
「……、確かにステーションで記録されている植物は、自然界でしか現れないその瞬間を記録するのは難しいし、ヘルタのコレクションでもそこまで記録できないな。でもそれ、丹恒であるなら記録できるってのかい? 自然界だからこそ、その瞬間を記録するのは色々なタイミングが重ならないと、難しいのでは?」
「普通ならタイミングが難しいですけど、雨の時期であるならそう難しくないですよ。あと、丹恒であるならそれ記録出来るってのは、彼が静かな場所でジッと待つのが苦ではないというタイプだから出来る技です」
「そうだな。丹恒であれば静かな場所でジッと待つのは得意だから、タイミングがあえばそれの記録はできるだろう。丹恒からその写真送られてきたら、俺も見ていいかな」
「いいですよ。ヴェルトさんも多分、その瞬間見れば、最高な気分になれると思います」
「それは、楽しみだ」
ヴェルトは、自分相手でも臆せずに自信たっぷりに言うを、眩しそうに見詰める。
それからは写真が届くのを待っている間、ヴェルトに提案してみた。
「丹恒からその写真が送られてくるのを待ってるついでに、バーでお酒を注文しようと思って。ヴェルトさん、お酒、飲みます? ヴェルトさんのぶんも注文しましょうか」
「いや。丹恒か姫子か、どちらか君についてないと、君相手に飲むのは危険だ。主に俺の方がね」
「そうですか。それなら、私のぶんだけ注文してきます」
はヴェルトに断られるも、あっさりとそれを了解し、丹恒から花の写真が届くのを浮かれ気分で待っている間、列車内にあるバーに向かう。
は自分が酒好きで相手も酒好きなら一緒に飲みたいと思うときがあるが、相手が今は飲めないというのであればそれの強要はしないという信念があった。以前にそれで失敗した経験があるせいで。
ヴェルトはそんなに対して「優しくていい子だ」と思うと同時に、「迂闊に彼女に手を出したらいけない怖い存在である」と、その裏の顔を見抜いている。
「姫子といい、『なのか』といい、開拓者といい、おまけでか。どうも俺は、女性に縁が無いようだ……」
ヴェルトは自分が女性達の間ですっかり弱い立場になってしまった事に、嘆き、がくりと肩を落とした。
同時に。
「特別な力を持つ開拓者や姫子はまだしも、無力のまで負けるとは思わなかった、かな。ヘルタじゃないけど、丹恒もよくあの星から彼女を連れて来たものだよ、ははは……」
列車内でと姫子の三人でやった飲み会を思い出し、力無く笑うしかなかった。
ヴェルトは以前、がその見た目に反して酒豪であるという話を聞いて、姫子と一緒にその勝負に挑んだが途中で棄権した苦い経験があった。ヴェルトは情けなくも途中で資料部屋で休んでいた丹恒に助けを求め、資料部屋を出た丹恒はと姫子が朝まで楽しく飲んでるそばで女達の仕業に呆れつつもヴェルトを介抱したという。
その間。
「シャラップ。ええと、これとこれ、お願い。あ、紫色のお芋のチップスあるじゃない。おつまみは、これで~」
「カシコマリマシタ」
はヴェルトに遠慮せず、バーに行ってバーテンダーロボットのシャラップに向けて、慣れた風にお酒、そして、おつまみにあった、紫色のお芋のチップスを注文する。
ヘルタ・ステーション内では保存食用の乾物ばかりで、スタッフ達もそれに不満を持っていたが、姫子の星穹列車では惑星間を行き来しているだけあって、食料が豊富だった。
しかし、車掌のパムの都合でいつステーションに停車するか分からない、ステーションに停車しても階級が低ければ乗車券が買えずに中々乗れないもので、列車内の施設を利用できるにはそれなりの特権を持つ人間に限られた。
因みに階級が低いとエイブラハムが参加した万有応物課の飲み会は、Ⅳ階級の温明徳課長が乗車券を人数分取ってくれたのでそこまで気にする必要はなかったし、階級が低くてもステーションの研究員であれば列車内にある食堂を利用できたのである。
の場合はどちらにせよ、階級は低くても、丹恒という特権のおかげでいつ乗車しても良い身分ではあった。
は、お酒が注がれたグラスと紫色のお芋のチップスが盛られた皿をトレイにのせて、ヴェルトの近くの席に座り、さっそく、一杯。
「はぁー。万有応物課の皆は仕事終わりに飲む一杯が最高だっていうけど、私の場合は寝る間際に飲む一杯が至福だわ~」
ごくごくごく。は酒に関しては遠慮なく、グラスになみなみに注がれた酒をあっという間に飲み干してしまった。
と。
ぱちぱち。背後から拍手が聞こえた。ヴェルトだった。
「いつ見ても豪快な飲みっぷりだ。見ていて気持ちがいい」
「どうもです。おかわり注文しよっと」
ふんふん~♪ は鼻歌混じりに、手持ちの端末でバーにいるバーテンダーロボットのシャラップに酒の追加注文をする。
「ドウゾ」
「ありがとう」
すぐにシャラップが飛んできて、のグラスに酒を注いだ。
そのやり取りを見ていたヴェルトは、の手際の良さに感心した様子で言った。
「いやはや、慣れたもんだね」
「そうですか?」
「ああ。丹恒の手でこの列車まで連れられて来た当時、車掌のパムを見て悲鳴上げて座席に隠れた君はどこへやら、だな」
「うわ、それ思い出させないでくださいよ」
その時を思い出して顔を真っ赤にするだったが、ヴェルトはかまわず指折り数え、彼女の列車内での失敗談を笑顔で暴露する。
「それから、列車内でカップ式の自販機の前で使い方が分からなくて右往左往してカップ置かないで床を水没させた件とか、シャワー室でお湯と水の出し方が分からず水だけ出て悲鳴上げてバスタオル一枚で飛び出してきて騒ぎになった件とか、案内板の操作分からなくて道順をめちゃくちゃにして姫子とパムに揃って怒られた件とか、ヘルタ・ステーションでもお掃除ロボットを壊したり、自分の操作ミスで全部のドアをロックして自分とスタッフを閉じ込めたり……」
「ぎゃあああ! 黒歴史、黒歴史を掘り起こさないで!!」
うわあああ。は、丹恒の手で列車に連れて来られた当時、列車内やステーションに設置されてある機械の扱い方が分からなかったために色々な『やらかし』をやっていて、それを列車の主であるヴェルトにしっかりと目撃されていたという。
「ヴェルトさん、千年以上の差がある文明レベルが低い星から来た私では、この列車やステーションにある機械弱いの知ってますよね! 知っててそれ言うの、意地悪!」
「ははは。君には、さっきからやられっぱしだから、そのぶんは取り返さないとねえ」
「もう。そういうとこ、姫子と変わりないですね。こっちは、お酒飲まないとやってらんない」
うわー。は自分の数々の失敗を酒の肴にするヴェルトに対して反論できず、勢いよく二杯目を飲み干した。
「シャラップ、おかわり!」
「少々オ待チヲ~」
勢いで三杯目を注文すると、ロボットでありながらもの勢いについてこられずに慌ててお酒を用意するシャラップと。
「しかし、君の飲みっぷりは、ヘルタのヘルタ・ステーションはもちろん、アスターのカンパニーでもついていける人間、居ないと思うよ。此処で君についていけるの、姫子くらいか?」
「そうですね。姫子の飲みっぷりは、私も感動したほどです。姫子以外だと、開拓者が飲めれば良い相手になってたんでしょうが、彼女はまだお酒が飲めない年齢と聞いたので残念です」
「そうだな。開拓者が飲める年齢になれば、君の良い相手になったと思うよ。そういえば肝心の丹恒は、君の故郷で君の飲みっぷりを見て最初はどういう反応だったんだい?」
「あー……。丹恒は、私の故郷で私の飲みっぷりを見て最初、思い切り引いてましたねえ」
カラン。のグラスの中で氷が躍る。氷は、の故郷での思い出を映し出す――。
丹恒がの護衛について数日が経ったある日。
その日、は、自分の支持者の集会がある、と、嬉しそうに丹恒に話した。
『――集会?』
『そう。この国でも第二王妃であれ、私を支持してくれる国民は何人か居て、その人達が集まって、私を持ち上げてくれる会が今夜、あるんだけど』
『……それに俺もついていくのか?』
丹恒は最初、の支持者の集会と聞いて、彼女の前で思い切り嫌な顔をさらけだした。
『あなた、お酒飲める? お酒飲めないなら私の集会、きついかも。お酒飲めないなら、ついて来る必要ないわよ。あなた以外の、ほかの兵士つけていくから』
『いや、酒は飲める。酒が飲めるなら、その集会についていってもいい』
丹恒は最初、この国に来てから酒は一滴も飲んでいなかったので、それが久し振りに飲めるとあれば彼女の集会でも参加する意味はあると単純に思った。それ以前に、自分よりもほかの兵士をつけると簡単に話した彼女に少しいらだったのもあった。
外の世界から来た自分はまだ彼女に信頼されていないのかと、思えば。
『そうそう。その席で、不穏な動きをしている人間がいれば、報告ちょうだい。私の支持者しか参加できない会だけど、私の支持者ではない人間が紛れ込んでる可能性、なきにしもあらず、だから』
『了解。そういう仕事こそ、俺に任せろ』
丹恒はに耳打ちされて、しっかりとうなずいた。
聞けば、この国ではの敵は多いらしい。中央国家から第二王妃のを追放し、以外の女を国王にあてがいその権利を奪おうとする裏社会の男達が暗躍しているとか、いないとか。
丹恒は街はもちろんだが、城でも彼女に対する批判的な声を聞いている。
そのためは反レギオン軍が来なくても、この国で何度も危険な目にあっているとも、聞いた。
『……、そこが封建主義の怖いとこだな。それに関しては俺も笑えんが』
『ん、何か言った?』
『別に何も』
『よし、それじゃ、気合入れていくわよー』
『?』
丹恒はこの時、がどうしてその集会で自分が狙われるかもしれないというのに拳をあげて意気揚々としているのか、理解できなかった。
それだけではなく――。
『おい、お前の支持者の集まりという事は、そこに集まるのは庶民ではなく、上流階級の貴族達が招待されてる社交場じゃないのか。いくら護衛でも、マナー的に俺もいつもの兵服じゃまずい、スーツで行かないといけないだろう。それ、用意する時間くれ』
『あ、そういうの気にしなくていいわよ。そこは貴族達が集まる場所には違いないけど社交場じゃないし、私もドレスじゃなくて普段着で参加だから』
『は?』
丹恒はの支持者の集会は、第二王妃というだけあって上流階級の貴族達の集まりで、場所も彼らが所有する屋敷で開催される社交場かと思い焦るが、実際は違った。
夜。約束の時間になっては、化粧やアクセサリーでめかしこんではいるが、いつものドレスではなく、普通に黄色のワンピース姿で現れた。
『お待たせ―』
『……本当に普段着で参加するのか。その集会について、国王の了解は取ってあるのか』
『国王陛下は、私の支持者の集会の件は知ってるわよ。彼も何度か普段着で参加してるし』
『は? 国王も普段着でお前の集会に参加したのか?』
『もちろん、身分隠してだけどね。国王陛下は私の支持者を見れば、街の様子もよく分かるって仰ってくださったわ』
『そうか……』
国王も普段着で自分の集会に参加した事があると聞いて戸惑う丹恒と、彼の反応を見て愉快そうに笑うと。
そして、が意気揚々と丹恒を連れた先にあったのは。
『何だ此処。庶民が集まるような、普通の居酒屋じゃないか』
『あなたの言う通り此処、庶民が通う普通の居酒屋よ。このお店、お酒はもちろん、料理も美味しいの。私のお気に入り』
街中にある古びた一軒家が居酒屋になっていて、外にはテーブル席もいくつかあった。は迷わず、店の敷地内に入る。
と。
『王妃様!』
『!』
外のテーブル席に座っていたのは一人の大男で、大男はを見るなり興奮した様子で近付いてきた。丹恒は護衛らしくを守るように咄嗟に彼に向けて自身の槍を持ち戦闘態勢に入るが、それを制したのは本人である。
『毎回、参加、ありがとう。ほかの皆は揃ってるかしら』
『もちろんです。皆さん、首を長くして王妃様の登場を待ってます。……ところで、そちらの私に向けて槍を構える男性はどちら様で?』
男は筋肉質で力もありそうな大きな男だったが、丹恒の鋭い目、そして、彼が手持ちの槍を構えて戦闘態勢に入っているのを見て震え上がっていた。
は溜息を一つ吐いて、男に丹恒について説明する。
『彼、私の新しい護衛。私の兵士だから、大丈夫』
『ええ、王妃様といつも一緒だったロイさんはどうしたんですか。そういえば今日はロイさんの姿が見えませんね。まさか、ロイさん、王妃様をよく思わない連中から城を追い出されたのですか? あの人に限ってそんな事はないと思ってましたが……』
『いえ。ロイは、かねてからの夢だった自分の希望する戦場――、レギオン軍との戦いに出されたの。彼はその代わり』
『はあ、あのロイさんが……。ロイさんは確かに、自分の実力を確かめるために未知なる侵略者を相手にしたいと日頃から話してましたけど。となるとレギオン軍とやらの戦い、いよいよ、危ないんですかね?』
『さあ……。そこらへん、どうなのかしら。国王陛下が言うには戦闘バカのロイの参加で、レギオンとの戦況は、そこそこよくなってるとは聞いてるけど』
はここで、背後につく丹恒を覗き見る。
丹恒は大男がの知り合いだと分かると戦闘態勢を解除した後、黙ってうなずくだけだった。
はそれを見て、大男に告げる。
『多分、戦闘バカのロイの参加でレギオンの戦いは国に有利になってると思うから、安心していいわ』
『さすが戦闘狂のロイさん!』
大男はの言う事を信じるよう、拍手を送る。
そして。
『ささ、王妃様、どうぞ中へ。皆さん、お待ちです。あ、新しい護衛の方もどうぞ、どうぞ』
『どうも……』
大男はと丹恒を店の中へいざない、二人が入ったのを確認した後、『本日貸し切り』の看板を掲げてそのドアを閉じた。
『彼、このお店の店長。覚えておいて』
『了解』
中に入ってに大男の正体を打ち明けられた丹恒は、「道理で」と思った。
それ以前に。
『というか、俺の前任者のロイは何者なんだ。レギオン軍の最前線に出されるほどの実力者であり、それを裏付けるようには戦闘バカ、店長は戦闘狂……、俺のロイのイメージとだいぶん違ってたな……』
丹恒は自分の前任者のロイのイメージは、あのの我儘を何でも聞いていたというので紳士的な老人かと思ったが、どうやらそれとはだいぶん、違うようだ。
それから丹恒はこの時、その疑問をか店長に問い詰めていれば後の展開は大きく変わっていただろうと後になって気が付いて、同時に、ここでロイについて問い詰めなくて良かったとも思っている。
そして――。
『王妃様!』
わあ。が店に入るなり、彼女の支持者という人間達が数十人集まり、内訳はさすがに男が多いが女も何人か居て、歓声をあげ、彼女を囲む。
支持者達は上流階級の貴族というだけあって、普段着とはいえ、良いものを身に着けていた。
『いつも、ありがとう』
は店長の案内で指定位置に座ると笑顔で自分の支持者の一人一人と握手を交わし、彼らの『今年、子供が出来まして』とか、『息子に彼女がいるのが発覚して親として……』と、支持者の最近の話を真剣に聞いていた。そうやって、彼女を支持する集会は和やかに進んでく。
――……こうして見れば彼女は、本当に王妃なんだな。丹恒は店の隅で壁にもたれて不審者に目を光らせながらも、ここで初めてが王妃らしい振る舞いをしているのを見て、感心を寄せる。
それから、意外だったのは、支持者の中の人間はちゃんとを支持しているのが分かった事だった。
『王妃様が国王陛下と子を成して覇権を取れば、我が国も安泰ですな』、『王妃様のおかげで、この国は成り立ってます』、『王妃様、万歳!』と、本当にを支持し、彼女を持ちあげているのだった。
『……(に表立って陰口を叩いてた批判的だった国民達と、此処に集まる支持者達との落差が凄いな)』
丹恒は、への批判的な国民と支持者である国民の落差を知って、苦笑する。
そしてもう一つ分かった事は、についていたという前の護衛のロイへの称賛も凄かったという。
そして。
『彼、ロイの代わりについた、私の新しい護衛。よろしくねー』
『どうも』
支持者達はの新しい護衛だという丹恒を彼女から紹介されるも、『ええ、彼がロイさんの代わりですか?』、『細身の彼にロイさんの代わりができるのですか』、『王妃様に近付く敵の男達を撃退できたの、戦闘狂のロイさんだけだったのに』、『ロイさん以外の護衛は存在しないと思ってた』、と、口を揃えて、自分が前任者のロイの代わりが務まるのかと心配されてしまった。
……。
前任者のロイの役目と自分の役目は違う、そこまで心配される事はないが、丹恒は反論せずに黙ってその話を聞いているだけだった。支持者達は丹恒が何も反論してこないと彼に興味をなくしたように離れていき、再び、のもとへ集う。
そして――。
『王妃様、お酒の用意できました!』
の握手会が終わったところで、店長だという大男が笑顔で酒の瓶を何本か抱えて現れ、それをの座るテーブルに遠慮なく並べた。
丹恒は『次は、自らの手で支持者に酒を配るのか……』と、単純にその光景を見ていたが――。
『これ、これ。このお店に来たらこのお酒、かかせないのよね!』
は慣れた手つきで酒のフタを開け、自分のグラスになみなみ注ぎ、そして。
『はぁー、相変わらず、美味い!』
は支持者達、そして、丹恒の目も気にせず、グラスに注がれた酒を一気に飲み干したのだった。
そして、の前にお酒だけではなく、それにあわせたような、おつまみ――ステーキセットが出された。
その内訳は、250グラムのステーキが十枚以上重なっていて、それに大量の野菜炒めが盛られ、大量のライスも盛られてあった。見た目、五人前以上はあるだろうか。
はそれすらも、ぺろりとたいらげたのである。
『このお酒にあうように作られた、おつまみのステーキセットも最高! さすが、店長!』
『光栄です』
ははは。大男の店長は、の食べっぷりと飲みっぷりを見て、にこにこ、笑顔で彼女を見詰めるだけだった。
ほかの支持者達も『さすが王妃様!』、『いつ見てもその飲みっぷりに見とれるわぁ』、『王妃様、カッコイイ!』と、称賛の嵐だった。
ところで。
『王妃様、私と勝負していただけませんか!』
『いいけど、負けたら、いつものよう、おごりね~』
『了解です。前回は負けましたが、今回は負けません』
『あなたからそれ聞いたの、何回目だっけ~』
『ははは。さあ、何回目だったか』
に酒で挑んでくる男が一人だけ――かと思われたが。
『王妃様、彼の次に私も勝負を!』
『私も次!』
『王妃様に負けたら負けたで、彼女におごったという武勇伝が語れる! いざ!』
のもとには彼女と酒で勝負したいという男達が次々と列を作り、酒が飲めない人間や、ほかの女達も主にに向けて声援を送り盛り上げ役に徹して、場は異様な空間を作り上げる。
『……何だこの集会。というかあの女、なんなんだいったい』
丹恒はここで初めてが酒豪で大食いであるという事実を知って、更には酒で次々と対戦相手を倒していく様を見て、圧倒されるばかりだったという。