「それもそうだねえ。それでもカナには本命居ないの?」
「……居ないよ」
「本当に?」
「……えーと」
茜に凄まれては、中村さんのように簡単に否定する事は出来なかった。
と。
「おはよう」
「おはようー」
「おはよう、南君」
私に救いの手を差し伸べたのは。
茜と私の間に遠慮無く割り込んで来たのは、南太一である。背は高く、スポーツ刈りの頭で日に焼けたその姿は野球少年を思わせる。……実際、南君は野球ではなく何故か高校でミステリー研究会と言う怪しげな部活に入っている。事実、南君はスポーツに関する成績は良かった。南君は他にもまだ選択肢はあった筈だが、ミス研から離れる事は無かった。幽霊部員という訳でもなく、放課後には皆で集まって何か活動しているらしい、とは茜の話である。
こう見えて読書家だと、私達に白い歯を剥き出しにして爽やかに笑っていたのが、今でも脳裏に焼き付いている。
「昨日の話、カナにはした?」
「あ、まだだな、そういえば」
南君が茜から私へと視線を移す。
一体、何の話だ。
茜は南君と携帯電話で常に連絡を取り合っている間柄だ。携帯電話を必要としていない私には、彼らの仲に入る事は出来ない。
「有坂、前に確か成宮高校に知り合いが居るって言ってたよな」
あ。
急に胃の調子が悪くなった。
「……言ったような気はするけど」
「その成宮にさ、女みたいに綺麗で可愛い子が居るって話、聞いた事ない?」
……、初耳だった。
「成宮って男子校でしょ」
「だから、女みたいにって言っただろ」
首を傾げる茜に南君は「女みたい」を強調する。
「昨日、牧野達と街まで遠出したんだよ」
南君と茜は緑原団地の住人で、徒歩で学校に通っている。
此処、緑原に住んでいる人達は市街地を「街」と称している。緑原で買い物する場合、下にある田原区か市内に限られる。団地内にある寂れた商店街を利用するのは、車を持たない人達やお年寄りが主であった。
緑原から市内に出るにはバスで四十分以上はかかる。南君達も余程の用が無い限りは山を降りた先にある田原区で買い物をすませると言っていた。
「で、街で可愛い子を発見した牧野が彼女に声をかけたんだ」
牧野というのは南君の友達で、この年にして女好きで遊び人だ。私に会うなり一番に「俺と付き合わない?」と言って来た人でもあった(その時は流石に、南君と茜が牧野君を止めていたけど)。お陰で茜と南君と知り合えたので、牧野君には感謝している。
「牧野君て本当、懲りないよねー」
茜は南君からその話を聞いて牧野君を呆れるより、笑っている。
「牧野が例によってその可愛い子に、俺達と遊ばないって声をかけた。俺達が止める間もなくね」
その光景が黙っていても目に浮かぶよ、南君。
茜も南君が進んで牧野君に加担しているとは、夢にも思っていない。
「そしたらさ、その子が俺は男だって、冷めた目で俺達を笑ったんだ」
「あら」
「牧野がそんな筈は無い、女だろってその子にしつこく食い下がった」
……。
牧野君も自分が女と男を見間違える筈は無いと、自信があったんだろうか。
「彼女……いや、もとい彼がその証拠だって、俺達に学生証を突き出したんだ」
そこにあったのは成宮高校の学生証だったと、当時の様子を思い出しているのか南君は笑っている。
「あの時の牧野の顔といったら、無かったぜ」
「茜も見たかったなー、牧野君の情けない顔ー」
……茜さん。いや、此処で何か言ったら私も牧野君の巻き添えをくらってしまう。止めておこう。
「でさ、それで終わらなかったんだよ」
まだ続きがあるのか。
「彼が公道で勢いよく牧野をボロクソにけなした」
「えー、本当に?」
「そう、此処では言えないような罵倒をされたんだ、その子に牧野は。その子の剣幕に、牧野は何も言えなくてさ。いや、反論する隙が無かったというかさ。その間にギャラリーも増えるし、静観していた俺達は警察沙汰になるんじゃないかと冷や冷やしたよ」
……どういう子だよ。
まあ、男が女と間違えられたんだ、牧野君にも非があるのは明らかだ。
「牧野君、それで今日休んでるんだ?」
上目遣いで茜が南君に確認する。
そう言えばもうすぐ授業が始まるというのに、牧野君の姿が見えない事に今、気付いた。
「あいつ、ああ見えて意外と繊細なんだよ」
そうなのか。
南君のその言葉は何処か説得力があった。
「そういう訳でさ、有坂の成宮の知り合いに、その子に詳しい奴が居ないか聞いてくれない?」
……そう言われても。
私はその「成宮高校の知り合い」とは、高校に入学して以来、一度も会った事が無かった。どうにも出来ない。
「そのくらいの芸が出来る子なら、成宮でも有名人じゃないの」
「そう思って俺は有坂に聞いているんだよね」
茜と南君に見詰められて私は思わず俯いてしまった。
「……知っているかどうか分からないけど、一応、聞いてみるよ」
ああ。
本当は聞ける訳が無いのに、何を言っているんだ私は。
「良かった」
「でも、その子について知ってどうするの」
私はその疑問を南君に投げかける。
まさか、南君からの情報を元に牧野君がその子に復讐する……、訳無いか。
「ああ、その子の分析が出来れば、牧野が今後一切、その子に近付かせないようにする事くらいは、出来るだろう? また街でいつ、二人が顔をあわせるか知れないし」
……そういう事か。
それなら安心だ。
私は南君に頷いてしまった。
「でもさ、牧野君が男であるにも関わらず、その子が女だって勘違いしたって事はさー、その子、相当女っぽかったの?」
茜が南君を見上げる。南君はクラスの中でも背が高く、背の低い茜や私は見上げないと南君の顔が見えない。
「見た目、男っぽい女の子って感じ? そういや、今から思えば男物の服着てたな」
「へえ。私も一度会ってみたいなー」
茜は人から知らない人の話を聞くと、直ぐにその人に会いたがる。それが冗談ではなく、本気で言っているから始末が悪い。私はそんなに直ぐに知らない人に会う為に簡単に着いて行っては危ないよ、と警告するが、茜は笑顔で南君と一緒だから大丈夫、とあっさりと言ってのけた。そういう所が茜の凄い所だ。私には無い部分を、茜は持っている。
「成宮って男子校だよねー。その子、そんなに女の子っぽいなら、同じ男の子達から色々、告白受けてるんじゃない? ほら、マンガとかでも男同士の恋愛ってよくあるじゃん」
……。
祈りのポーズをして目を輝かせながら上の言葉を、私ではなく南君に向けて言う茜は、凄いのかどうか。
「……いや、流石にそれは現実では無いと思うけど、なあ?」
南君も茜には流石に困った顔して、私に助けを求める。
「多分ね」
私も困って笑って誤魔化しておいた。
さて、どうしようか。
私と「成宮高校の知り合い」は中学の時、八年間同じクラスだったというだけで、高校に入って別れた今では何の接点も無い。
学校から配布された名簿で電話番号と住所くらい分かるけれど、南君の話の為にその人に電話をかける勇気は私には生憎と、持ち合わせていなかった。……電話をかける勇気があるなら、今頃。