「えー。そうなの? 同じ高校に居る男友達がさ、市内で女の子をナンパしようとして、声をかけたら男の子だったんだって。見た目、本当女の子っぽいらしいのよ」
吉原君は私の話を黙って聞いてくれる。
ああ、吉原君のその性格は中学の頃から本当、変わらないなあ。
「で、聞いたらその子、成宮に通ってるんだって。女の子が男の振りしてるんじゃないかって、友達が疑いの目を向けていたら、学生証を見せてくれたらしいのよ。成宮高校ってあったから、それで男だって分かって」
「……その子、そいつらを凄い勢いで罵倒しなかったか」
お。
もしかしてもしかするかも?
「よく知ってるわね。そう、何か知らないけど街中で凄い暴言吐かれたって、その友達がげんなりしてたわ。まあ、その子にしてみれば、女に間違われた事に憤っても可笑しくは無いけど」
私は勢いに乗って話を続ける。
「話聞いてるとさ、凄い美少女だったらしいのよね。美少年ならぬ美少女風だって。それでいて男でしょ。そんなに可愛い子だったら、幾ら男子校でその子が男だと知っていても、同じ男が放っておくとは思えないのよね。吉原君、その子について何か知らない?」
話し終わった私は息を吐く。
南君、私はやりましたよ!
でも、吉原君は私の話に思い切り首を横に振っているではないか。
「え、知らないの。残念。会ってみたかったんだけどな。でも、成宮にもそういう子って居るんだね。居たら居たで、同性愛の標的になりそうで面白いんだけどなあ」
……。
ああ、もうどうにでもなれ。
茜のように上手い具合に言えないけど、私なりに頑張っている。
しかし、次で吉原君から徹底的な一言が。
「……どうして女って、そういう話が好きな訳?」
……吉原君の立場になれば、否定的にもなるわ。
「さあ、自分の知らない世界だからじゃない? 私からしてみれば、そういう話に興味が有るだけかな」
「それでもあまり、そういう事を公言しない方が身の為だと思うけど」
そう、だけど。
吉原君の言いたい事はよく分かっているつもりだ。
それでも、私は。
「うん。私は多分、吉原君だからこういう話をしてるんだと思うよ」
吉原君だから。
これがもし、中村さんだったら、こういう話はしていない。南君のように中村さんの知り合いから頼まれても、だ。
今度は吉原君が不思議そうに私を見ている。
吉原君は私がどういう気持ちで今の台詞を吐いたのか、分かっていないんだ。
気付けばもう、阿坂病院のバス停に到着している。吉原君が乗る筈だった、七時三十五分発の成宮高校行きはとっくに出発していた。
もうすぐ、私が乗る緑原高校行きのバスが来る頃だ。
押し黙っているままの状態では、私も吉原君も気が悪い。
「ごめん。今のは、あまり深く考えなくていいから」
「ああ、深い意味じゃ無いってのは分かってるから、大丈夫」
……うん。
私は大丈夫。
緑原高校行きのバスが到着する。
「それじゃ」
私は吉原君から逃げるように、それでもそれを悟られないように、手を振って表面では笑ってバスに乗り込んだ。
そして私はいつものように、後方にある席へと座る。勿論、窓際の席だ。
それでも私の目はまだバス停に居る吉原君の姿を、追っている。
私がバスが発進するまで吉原君を窓から未練がましく、追っていたら。
「何、見てるの?」
中村さんが私と同じように、窓から外を覗き込んでいる。中村さんは今日は、時間の余裕があってか珍しく私より先に乗っていた。
「……何でも無いですよ。ただ、外を見ているだけです」
「そうかな。此処からバスで通う成宮の生徒って多いよね」
……。
本当、嫌になる。
もしかして、私と吉原君が話している所を中村さんに、見られていたかもしれない。
「ひょっとして、図星?」
にやけた顔で私を見る中村さん。
……嫌な人だ。
「本当、そんなんじゃありませんから」
「ま、そういう事にしておこうか」
……。
ああ、此処で隙を見せてはいけない。
「そう言う中村さんは、彼女とか居ないんですか」
「あ、何、気になる? 俺の事。有坂さんひょっとして、俺に恋しちゃったり?」
……。
中村さんにはもう、何も聞かない方が賢いかもしれない。
此処は無視するに限るか? どうしようか。
私は、中村さんがあざとい事を忘れていた。
中村さんは私の前で顔を両手で覆う。
「うう、有坂さんにまで無視されたら、俺は泣くよ。此処で、思い切り泣いちゃうよ?」
……。
中村さんなら、本気で泣きそうで怖いわ。
「何、言ってるんですか。私が中村さんを無視する訳、ないじゃないですか」
「そうだよね」
もう既にいつもの中村さんに戻っている。
「……で、中村さんに彼女は居るんですか」
「居ないよ」
あっさりと告白する中村さん。
やっぱり、そうか。
「あ、今、やっぱり居ないじゃんとか思わなかった?」
「……」
「作らないんじゃない、作れないだけだからね、今は」
「……そうですか」
中村さんの弁明は私にしてみれば、どうでも良かったけれど。
私は中村さんのくだらない話を聞きながら、バスが緑原高校に到着するのを待った。
「おはよう」
緑原高校、教室に入るなり笑顔で茜と南君が私を待ち構えていた。
「どうだった? 例の彼について知り合いから何か話、聞けた?」
南君が私を見下ろしながら言った。