「どうした、今日は何時もより早いのか?」
吉原君があくびをしながら、私に聞いて来る。
「……ちょっと、余裕を持って行動したいと思ったの。私が緑原高校に着く頃は、いつも始業時間ギリギリだしね」
「そうなんだ」
これは建前で、本当は吉原君に会いたくて無理して時間を合わせている。
そんな事、本人を前にして言える訳が無いけれど。
「吉原君の方はどうしたの。昨日は遅刻しそうで、今日は、あくびばかりしているから寝不足?」
「ん、まあ、昨日、色々あってだな」
色々?
何があったか知らないけれど、吉原君は疲れているようだった。
「有坂は緑原高校だよな」
「そうだけど……、それが、どうかした」
吉原君から私に話し掛けられるのは、いつ以来だろうか。少し気分が良かった。
「あのさ、あの辺りに団地が出来たのって、確か二十年くらい前だよな。その前に、緑原山に何があったのか、知らないか」
おお。
これは昨日、南君が話していた内容と近くないか。
「さあ……、私は知らないわ。どうしたの、急に」
「いや、ちょっとした好奇心でね」
私は南君の話を思い出し、吉原君を見詰める。
「そういえばあの辺、昔から奇妙な噂が絶えない場所だったわね」
「ああ、化け物の話なら、俺も知ってるよ」
その話ではなく、UFOの話だけれど。吉原君はその話を知らないのだろうか。
「吉原君、最近の……、UFOの話、知ってる?」
「いや、俺は知らないけど」
やはり、吉原君は南君の話を知らないようだった。
吉原君の聞きたい話と合っているかどうか分からないが、私は吉原君に南君から聞いたUFOの話をする事にした。
間を繋げるには丁度いい。
「緑原山の山頂で、月を見上げていると、時々、訳の分からない浮遊物体が、此処の所、相次いで目撃されてるのよ」
私は吉原君に話を続ける。
「緑原山からしか、それは目撃出来ないらしいの。ある研究員が、噂を聞いて、緑原山の山頂から月を眺めていた。その時、噂通りに謎の浮遊物体を目撃したんだけど、同時刻、研究員の仲間が緑原山ではなく、緑原付近で同じように月を見ていたのに、その人にはその浮遊物体は目にしていないと証言しているのよ。……変な話でしょ」
一気に話し終えた私は、吉原君の前でも構わず息が上がっている。
吉原君は私の話を聞いて、何か考えているようだった。
「吉原君の知っている化け物の話も私も知っているけど。他にも色々、高校で緑原に住んでいる子から変な噂を聞いた事があるのよ。皆、緑原周辺で起こっているらしくて。確かに、自然が残っている所だから、何かあってもおかしくは無い場所だと思うんだけど」
「へえ……、俺は、そんな話は知らなかったよ」
「団地になる前の話も、その子に聞いてみようか」
勿論、南君に、だ。
私はこれでまた中学の時と同じように吉原君と何か、接点が出来るかもしれない――、そう、期待していた。
それなのに。
「あ、いや、いいよ。多分、岡田なら知ってるかもしれないから」
岡田?
聞き慣れない名前に、私は素直にその疑問を吉原君に投げかける。
「誰、岡田って」
「俺の学校の友達でね。昔から、緑原に住んでいるらしいんだよ」
「それじゃ、その子に聞いた方が話は早いわね」
……何だ。
期待するだけ損じゃないか。
それでも表面は頷いて、吉原君に納得している私は何だ。
此処で救いのバスが到着する。成宮高校行きのバスだ。
私はこの後出る緑原高校行きのバスに乗ると、吉原君に告げた。
「ああ、それじゃあ」
吉原君は私の気持ち等知らずに、簡単に成宮高校行きのバスに乗ってしまった。
私は、吉原君にとって不要な人間なんだろうか。
吉原君には居ても居なくても余り意味の無い存在、なんだろうか。
考える。
そりゃ、中学を卒業して、高校に入ってあの時まで何の連絡は取っていなかった私も悪い。仮にも中学時代は三年間、同じクラスだったというのに。
……何の用事も無しに連絡も取る訳には、いかないじゃないか。
その「用事」が思いつかなかっただけで。
だから。
だから私は、吉原君の背中を見ているだけで満足だった。同じバス停へ向かっているというだけで、奇跡に近いと言うのに。
それが。
私から吉原君に話しかけてしまった事で、「欲」が出て来た。
もっと、吉原君と話していたい。もっと、吉原君が私を頼ってくれるように、という「欲」が私の中で膨らんで行く。
……。
私は。
「……何をやっているんだ」
「え、俺と話しているんじゃないの?」
……。
見れば不思議そうな顔をして、中村さんが私の顔を覗き込んでいる。
そうだ、此処はバスの中だった。
考え事をしていたせいで、中村さんの話は全く頭に入っていなかった。
今朝も例によってバスが発進する寸前になって乗り込んだ中村さんの事を、私は全く視界に入れていなかった。
吉原君の事があったせいかもしれない。
「有坂さん、その様子だと俺の話なんか全然、聞いてなかっただろ」
「……」
ええ、全くその通り。
「ひどいなー。俺の為ある話を聞かないとは」
……そんなに為のある話は、今までありましたかね。
「ひょっとして、俺以外の男の事でも考えてたとか? 嫌、私、そんな子に育てた覚えはありませんよ!」
……一体何のキャラですか、中村さん。
でも、ちょっとおかしかったので不本意だけど笑ってしまった。
「うん。人間、暗いよりは明るい方がいいからね、俺みたいに」
本当に太陽みたいに、中村さんは私に笑ってみせた。
私の顔はそれにあてられたのか、少し火照っていたかもしれない。
「顔赤いけど、もしかして俺に惚れたとか?」
「!」
まさか。
私は慌てて中村さんに首を横に振って否定する。
中村さんの太陽に、あてられただけだ。多分、そうなのだろう。
私が好きなのは中村さんではなく、吉原君なのだから。
緑原高校、教室内。
「雨、降りそうじゃない?」
「そうかな」
「俺、傘持って来てないわ」
朝は晴れていたのに昼間から曇って来た空を、茜と私、南君は不安そうに見ている。
天気予報では午後から雨と言っていたけれど。それが正確な情報かどうか、分からなかった。
「天気予報では午後から雨だって言ってたじゃん。南君、見てなかったの」
「いや、帰りまで持つと思ってさー」
成る程、天気予報では確かに茜の言うよう、午後から雨だと言っていた気がする。
私は一応、傘を持って来ている。天気予報が頭にあったせいだろう。まあ、持って来ていなくても、置き傘くらいは用意してあった。
南君は帰りまで待つと思って傘を持って来ていなかったらしい。確かに、朝の晴れた天気では傘は必要無いと思い込むかもしれない。
では、中村さんはどうだっただろう。あの人は傘を持っていただろうか。その辺の記憶は曖昧だった。
……。
……何で中村さんが此処で出て来る?
中村さんはあの年齢なのに免許等は持っていないように思うが、帰りもあのバスを使っているなら傘は必要だろう。
でも。
……。
「有坂はどうしたんだ、悶絶してるぞ」
「カナは今、人生の窮地に立たされてるんだよ、きっと」
一人で悩んでいたら、南君と茜の会話が聞こえて来た。
いや、この程度で人生の窮地に立ってると言ったらこの先はどうなるんだ、茜さん。
「雨、降りそう。帰りまで持てばいいけど」
「そうだねー」
南君の願いに茜が同意する。
しかし南君の願いは叶う事は無かった。
五時間目辺りから心配していた雨が降り始め、放課後には本格的に傘が無いと帰れないくらいまでに降っていた。
「うわあ、雨降ってるよ。俺、どうしたらいいんだ」
下駄箱で南君が思ったより降っている雨を見て、頭を抱える。
「大丈夫。私が南君を入れていってあげるから!」
少女漫画のように背に花を背負っていそうな茜が、笑顔で自分の傘を南君に差し出す。
「……それでか?」
南君が茜から退く。
南君が茜から退く気持ちは大いに分かる。茜の持っている傘は無地ではなく、花がプリントされたものだった。
「大丈夫、大丈夫。私と南君だったら」
その自信は何処から来るのですか、茜さん。
南君が私を見る。その南君の目は助けて、と訴えていた。私は置き傘の存在を南君に伝えようと思った、が。
不意に視線を感じたその先にあったのは、茜の笑顔で。
私は茜の笑顔が怖かったので、私は南君から顔を背けてしまった。
「さ、行きましょ、南君」
「……はい」
南君も茜の笑顔には適わないらしい。
南君は仕方なく茜が持つ花柄の傘に入って行った。
さて、私はどうするか。
傘はきちんと持っているし、南君のような心配は私には無かった。
では、何をどうするのか悩んでいるのか。
「……」
私は置き傘は折り畳みだったので、それを鞄に入れてから傘を差して学校を出た。