12

 ……! あれは。
 吉原君。
 彼は制服ではなく私服を着ているが、あれは間違いなく吉原君だ。
 何だ、この偶然は。
 私は思わず息を飲み込んだ。
 吉原君の方は、私に気付いていない様子だった。
 これは、チャンスじゃないか。
 運命的な出会いと言っても過言ではない。
 このチャンスを生かして吉原君に話し掛けるんだ。あの眼鏡君が言っている話は、本当なのかどうか、聞けるチャンスじゃないか。
 それでもどういう訳か、私の足は動かなかった。
 視線だけは吉原君を追っているのに。

「ありがとうございましたー」

 店員の声が私を現実に引き戻す。
 駄目だ。吉原君が行ってしまう。追いかけなくては。
 動け。
 私は吉原君を追いかけるように、コンビニを出た。
 そして私の目に映ったのは。
「……どうぞ」
「ありがとう」
 コンビニの駐車場で、吉原君が買ったと思われる湯気が立つ熱いお茶受け取ったのは、私の知らない女の人で。
 セーターにロングスカート。腰まで届く波打つ綺麗な髪。吉原君の前に居る人物は、何処からどう見ても、女だった。
 吉原君は私に気付かないまま、その女と楽しそうに連れ立って何処かへ行こうとしている。
 吉原君に、声を。
 話しかけるチャンスではなかったのか。
 ……ああ、もう。
 バカみたいじゃないか。

「カナ! どうして何も言わずに出たのよ」

 コンビニから出て来た茜が、私の肩を揺らす。
「俺達、コンビニでの買い物終わったけど有坂の方は……」
 私の異変に最初に気付いたのは、南君だった。
 その時、私は下を向いて震えていた。唇を噛み締めながら。
「カナ?」
 流石に茜も冗談では無い、と悟ったのか私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「……帰る」
「カナ」
「ごめん、もう、買い物行く気分じゃないから」
「……」
 私の身勝手な発言に、茜と南君が顔を見合わせる。
「疲れたの? それなら、仕方無いね。もう、帰ろうか」
「そうだな」
 ああ。
 私は何て言う人間だ。
 こんなになるまで自分の気持ちを放っておいたのは、自分の責任なのに。友達にまで気遣わせてしまった。
 ……最低だ。
「カナ。大丈夫?」
「……うん」
 身体と心が追いつかない。
 もう、何もかも終わってしまう。
 次に吉原君に会ったら、私は。
 ……。
「カナ」
「……ごめん、一人で帰るから、二人は買い物を続けててよ」
 私は茜の言葉も耳に入らず、一方的にそう二人を切り離してしまった。
 最低だ。
 これは、私だけの問題なのに、自分を気遣ってくれた茜や南君に申し訳無い気持ちで、いっぱいだった。
 けれども、これ以上あの二人と一緒に居たら私は何か、取り返しのつかない事をしそうで、怖かった。
 ……怖かったんだ。


 月。
 私が茜や南君から、そして吉原君から離れても月はしつこく追って来る。
 それは私が月で、いつまでも下を歩いている吉原君を追っているような、そんな錯覚に陥る。
 どうして、何もかも上手くいかないんだろう。
 中村さんも、吉原君も。そして茜や南君に対しても、私は中途半端な存在だった。
 何もかも、投げ捨てて海にでも飛び込んでしまえばどんなに楽だろう。
 光も届かない海の底なら、私の気持ちも封印出来るのに。
 どうせ、そんな事は出来もしないのだ。分かっている。とっくの昔に分かっている。
 ……情けない。
 こんな時、中村さんだったらどう立ち回るだろう。あの明るさなら、次の日にはこんな事はすっかり忘れて、新しい彼女でも作っているかもしれない。
 ……それはそれで嫌だな。
 何で嫌なのか、自分でも分からないけれど。
 ああ。
 色々考えているうちに、私一人だけを乗せたバスは阿坂病院前に到着した。
 私はバスを降りる。ここで降りたのは私だけだった。
 コートを着込んでいても、外は寒かった。雪でも降るのではないかと思わせるような気温の中で、私は一人で歩き出す。
 と。

「有坂さん!」

 え。
 声のする方を向けば、バス停のベンチの前に中村さんが立っていた。
 何でこんな所に中村さんが居るんだ。