秋、空と彼女の想い (後編)

 芹沢会長と宮内副会長。彼女達が一年の頃、千鳥さんもこの学校に居た筈で、何か関わりを持っていてもおかしくはない。
「鈴木君」
 立ち止まって考え込む僕を、藤野さんが不安そうな顔で覗き込んでいる。
「大丈夫。うん。今日は文化祭なんだ、そういう話は後回しにして藤野さん、何処から回ろうか」
「そうだね……、知り合いの子が占い屋やってるって言ってたから、そこに行ってみない?」
「占いか。面白そうだね。……あ」
 ヤバイ。
 例の視線が僕を追っているのを感じた。
 こんな時まで、視線は僕を見張っているのか。
 畜生。
 視線が気になって、藤野さんとクラスを回る余裕が無い。
 僕は思わず、藤野さんの腕を掴んだ。
「鈴木君?」
「悪いけど、これから撒くから」
「ええっ」
 戸惑う藤野さんを無視して僕は、彼女の腕を掴んだまま廊下を疾走する。
 途中、誰かとぶつかったりもしたが僕は構わず、視線から逃げる。藤野さんも僕に関して何も言わず、ただ、流されるままついてきている。
 そうして僕と藤野さんは、屋上まで到着した。
 屋上まで来れば僕も視線の主も逃げ場が無く、此処まで追ってくるバカも居ないだろうと思っての事である。
「此処まで来れば……、追って来ないだろ」
 僕は息を切らしながら、地べたに座り込む。藤野さんは立ったまま、息を落ち着かせていた。
「鈴木君……、一体、どうしたの」
 藤野さんが至極尤もな質問をする。
「ああ……。こうなればもう、藤野さんに白状するけど――」
 この時僕は、背筋がぞっとした。
 視線が。撒いたと思っていた視線が僕の後ろにあった。
 しかし僕はこれで手間が省けると思った。
 僕は藤野さんを守るように彼女を自分の背へ置き、僕は屋上の出入り口へ正面を向いて、声を上げた。

「そこに居るのは分かってるんですよ。出てきたらどうですか、宮内副会長」

 僕ははっきりと、視線の主の名前を言った。
「残念ね。あなたをつけていたのは宮内じゃないわ」
 僕の声に応じて屋上に姿を見せたのは、芹沢会長だった。
 あれ、僕はてっきり宮内副会長だとばかり。
 僕の内心を見透かしてか、芹沢会長がくすくす笑っている。
「あなたと初めて対面を果たした時、宮内があなたを睨んでたからそう思ったんでしょうけど。実は、私があなたを見張っていたの」
「どうして……芹沢会長が僕を」

「桜井千鳥の件よ」

 僕を前にして芹沢会長は臆する事無く、千鳥さんの名前を口にする。
「あなたが桜井千鳥を追っている事は、私の耳にも届いていたわ。高瀬先生が酷くあなたを心配していたようで、私もあなたの力になれたらと思って。私、桜井先輩に恩があるのよ。今更だけど、それを返せたらと思ってね」
 それが、芹沢会長と千鳥さんの繋がり。
「それならどうして――、僕に直接言ってくれなかったんですか」
「私の噂を知ってる?」
 芹沢会長に問われ、僕は思わず後ろに追いやっている藤野さんを見た。
 藤野さんは芹沢会長の話を聞いて、頷く。
「桜井先輩が自殺した日から――正確には、三年に上がった頃からだけど。私の所に嫌がらせのメールが何通も届いたり、生徒会室の前に猫の死体が置かれていたり、歩いていると上から水をかけられたり、していたのよ」
 それはまるで、有紀子さんから聞き知っている千鳥さんに向けられたイジメと、似ている。
「私、こんな風だから、一部の女子から陰口を叩かれてるのね」
 芹沢会長は僕に笑ってみせる。
 確かに、髪を茶に染めているのも、化粧が許されるのも、この学校では芹沢会長だけで。彼女が女子の嫉妬の標的になるのは、仕方の無い事かもしれない。
「私……、桜井先輩に憧れていたの」
 芹沢会長は、ぽつりと、千鳥さんとの出会いを話し始めた。

 芹沢会長が千鳥さんに会ったのは、千鳥さんが女子に梅の飴玉を配っている時だったそうだ。
 当時の千鳥さんは、由高のアドバイスを受けて、必死になって梅の飴玉を誰にでも配っていたらしい。
 芹沢会長は滅多に行かない三年の教室に用事があり、その時に千鳥さんと遭遇したのだという。
「これ、好き?」
 屈託の無い純粋無垢な千鳥さんの笑顔を見て、芹沢会長は彼女に惹かれた。
「私は……」
「好きなら一個あげる。いらないなら……、うん、無理しなくていいよっ」
 返事を怯む芹沢会長と、最後は沈みがちに言う千鳥さんと。
 勝敗は直ぐに決まった。
「貰います」
「ありがとねっ。これで、私と梅仲間だから」
 千鳥さんは満面の笑みを浮かべて実に満足そうに、芹沢会長に言ったあと、何処かへ行ってしまった。
 これで、芹沢会長と千鳥さんの出会いは終わる。

「それで後日、彼女が例の桜井千鳥だと知った。桜井千鳥の噂は、私達、二年生まで噂があったから」
「……そうか。芹沢会長も、千鳥さんの梅仲間だったんですか」
 僕の言葉に、芹沢会長が頷く。
「あれ以来、私が桜井先輩と会う事は無かった。彼女が学校に来なくなったせいもあるんだけどね。私が彼女の身辺を知ったのは、彼女が自殺してからだった」
 芹沢会長は何を思ったか、空を仰ぐ。
「私が校則を違反してまでこういう格好をするのはね、別に気取ってる訳じゃないのよ。桜井先輩を真似てるから。私は、彼女に憧れていた。だから」
「……それ、千鳥さんが聞いたら喜びますよ」
 僕も自然と、嬉しくなった。
 それから芹沢会長は、元の話に戻す。
「だから、私も自然と桜井先輩と同じ目に遭うようになった。桜井千鳥の妬みの対象として、私が選ばれた。でも私はそれに屈する事無く、桜井千鳥を超えてやろうと思った。生徒会を続けているのも彼女達にその強さを見せ付ける為よ」
「……」
 芹沢会長の強さは、千鳥さんには無いもので。
「タネを明かすと最初は、生徒会の仕事を放り出す訳にはいかないから、宮内にあなたをつけるように頼んだの」
 ああ、やっぱり僕の推測は正しかったのか。
「宮内もね。桜井千鳥と接点があったのよ。桜井千鳥は、彼女の師匠みたいなものらしいわ。詳細は、宮内から聞いて頂戴」
「師匠――ですか」
 芹沢会長と宮内副会長の存在を、千鳥さんは忘れずにいたのだろうか。もしも千鳥さんが二人にもう一度会っていれば、千鳥さんの未来も変わっていたかもしれない。
「その、宮内副会長は今日は……」
「彼女は今、知り合いの人を案内しているそうだから、此処には来ていない」
 宮内副会長にしては珍しく張り切って、気合が入っていたと芹沢会長が笑う。
 きっと、宮内副会長の好きな人なんだろうなあ。その人が羨ましい。
「桜井千鳥の件とはいえ、こんな私と君が仲良く密会していると知れ渡れば、嫌な噂が立つのが目に見えてるわ。私への嫌がらせもエスカレートするでしょうね。それを見越して私は、君を見張っていた。君が落ち着いた時に、秘密の場所で桜井千鳥の件が話せればと思って」
「なるほど、それで今まで僕をつけていたんですか」
 これで全部が繋がった。
「君は、桜井千鳥を何処まで知っているの?」
 僕は藤野さんを見る。藤野さんは僕の腕を掴み、こくんと頷いた。藤野さんは芹沢会長に由高と千鳥さんとの関係を話しても良いと態度で示してくれた。
 僕は迷わず、これまでの状況を芹沢会長に話した。

「……、そんな事があったの。正直、そこまでとは思わなかった」
 僕から千鳥さんの話しを聞き終わった芹沢会長は、溜息を漏らす。
「でも、私の方から此処まで足を踏み入れたのだから、私も保険医の件をあたってみるわ。鈴木君が出来ない事は、私が出来るかもしれないじゃない。生徒会長という役柄、先生達には信頼もあるしね」
「ありがとうございます」
 僕は芹沢会長に頭を下げる。
「藤野さん、だったかしら」
「は、はい」
 芹沢会長は今度は、藤野さんに向き直る。
「あなた、話に出て来た神崎君の幼馴染よね」
「そうです」
「それなら、神崎君を見張っておくといいわ。彼、桜井先輩の件で何をしでかすか分からない恐さがあるから」
「……」
 芹沢会長の忠告を受けて藤野さんは、押し黙る。
 僕は藤野さんを心配して彼女に声をかけようと思った所で。
 僕の携帯電話が鳴った。
 文化祭の日だけは、連絡を取り合う為に携帯電話の使用が許されている。
「すみません」
 僕は芹沢会長に断って、携帯電話に出る。
 相手は、牧原さんだった。
「何やってるの。休憩時間はとっくに過ぎてるわよ。それとも何、文化祭だから勢い余って杏奈とヤってる最中だった? 邪魔したかしら」
 ……本当に牧原さんは容赦無いな。
 牧原さんの声は一際大きく、隣に居る藤野さんと、芹沢会長に筒抜けだった。藤野さんの顔が赤いのは気のせいではないだろう。芹沢会長は僕に顔を背けて影で笑っているし。
「ごめん。直ぐに戻るよ」
 僕はそれだけ言うと、通話を切った。
「そういえばあなた、文化祭の実行委員だったわね。引き止めて悪かったわ」
「そんな……。芹沢会長から千鳥さんの話しが聞けたので、良かったです」
「私も君から桜井先輩の話しが聞けて、楽しかった」
 僕に向かって芹沢会長が微笑む。
「今後も何かあったら、私に相談して頂戴」
「ありがとうございます」
 芹沢会長が味方についてくれる。それだけでも、心強かった。
「それじゃあ、失礼します」
 僕は再び藤野さんの手を取って、屋上を後にした。


「よう、童貞卒業、おめでとさん」
 藤野さんと揃って教室に戻って来た僕に投げかけられた第一声が、それだった。
 にやつく由高を見て殺意を覚えたのは、これで二度目だ。
「杏奈と何処までヤったんだよ。後で教えろ」
「……、それで僕が教えると思うか」
 僕が由高を睨む。それでも由高は怯まず、へらへら笑っていた。
 全く。千鳥さんの件で進展があったのを、由高には教えるべきではないと考えていたが。
「ゆーちゃん、芹沢会長がね」
 早速、藤野さんが由高に話してるし!
 藤野さんから芹沢会長の話しを聞いた由高は、驚く風でもなく平然としている。
「はあ、なるほど。あの二人やっぱり、千鳥と関係があったか」
「やっぱり? どういう意味だ」
 由高の言葉を聞き逃さなかった僕に、由高はにやりと笑うだけで何も言わなかった。
 僕は不意に思いついた事で、背筋を震わせる。
 僕を文化祭実行委員に推薦したのは、由高である。文化祭実行委員になったからには一度は生徒会の芹沢会長と対面しなくてはいけない。そして、芹沢会長は僕と千鳥さんの噂を知っていて。これら全て由高が仕組んだ事だとすれば。
 ……考え過ぎか?
「鈴木君。例のオジサン達、来てるけど」
「え」
 教室に突っ立っていた僕を、牧原さんが怪訝そうな顔で見ている。
「例のオジサンて……、久住さん?」
「多分ね。鈴木君と話していた人と一緒だと思うけど。人数、増えてるから本人かどうか分からないよ」
 牧原さんが顎で示す先には、確かに久住さんと関口さん、そして有川さんと有紀子さんが居た。
 僕は牧原さんに断りを入れた上で、久住さん達の元へ向かった。
 途端、僕をいきなりデジカメで撮るのは関口さんだった。
「記念に一枚」
「……、いきなり撮らないで下さいよ」
 関口さんの暴挙に僕は苦笑する。
「コスプレ喫茶だっていう話だからどんなのかと思ったけど、案外、似合ってるわね」
 僕の格好を見てそう評価するのは、有紀子さんである。
「校内をうろついていたらまず、良ちゃんと会ってね。それから、有川達と会ったから梅ちゃんの所まで連れて来た」
 久住さんが僕に説明をした。
「別所さんは?」
「俺達は見ていない」
 僕の問いに答えるのは有川さんで。
 別所さんはまだ、知り合いの子の所に居るのか。
「とにかく、来てくれてありがとうございます。ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
 僕の言葉を受けて有紀子さんが微笑む。
「懐かしいわね、本当」
 有紀子さんは目を細めて教室内を見回す。
 その後で厨房側から藤野さんが出て来て、有紀子さんを発見。
「あ、有紀子さん」
「杏奈ちゃん。可愛いメイドさんねー」
 そして有紀子さんは藤野さんとも再会を果たし、二人が抱き合っている姿は絵になり、他の客達からも注目されていた。
 それから久住さん達は思い思いに席に座り、飲み物を注文する。注文を取ったのは藤野さんで、僕は彼らの話し相手に徹していた。
 と。
「別所さん」
 関口さんが席を立ち、別所さんの名前を口にする。
 見れば、教室のドアの所で別所さんが突っ立っている。最初は別所さん一人かと思ったが。別所さんは教室に入って来る様子が無かったので、おかしいと思った僕は久住さん達から離れて別所さんを迎えに、教室のドア付近まで移動する。
 そして。
 僕は此処で意外な人物と再会を果たす。

「……宮内副会長」

 別所さんに手を引かれて俯いていたのは、宮内副会長だった。
「周治君。彼女と知り合いだったんですか」
「……、まあ、それなりに」
 きょとんとする別所さんに僕は何て言っていいか分からず、曖昧に答える。
「別所さんの知り合いの子って……、宮内副会長だったんですか」
「此処で副会長は止めて」
 僕の名前の呼び方について、宮内副会長が声を上げる。
 いやだって宮内副会長は宮内副会長で、それ以外にどう呼べば。
「美咲でいいから」
「それこそ、呼び難いですよ」
「それじゃあ、美咲先輩で妥協してあげる」
 ……どうしたって名前で呼ばせたいのか。
 少し、宮内副会長の意外な一面を知った感じで、おかしかった。
「でも別所さん、どうして此処に?」
「彼女に校内を案内して貰ってる最中、丁度、周治君の教室を通りかかりましてね。此処に私の下宿先の子が居るから寄っていきませんかと、美咲ちゃんに話していた所だったんです。ねえ、美咲ちゃん」
「は、はい……」
 別所さんには、美咲ちゃんと呼ばれているのか。宮内副会長は顔を赤くして、別所さんに頷く。
 僕は、別所さんの前だと宮内副会長は何処か他人行儀で、いつもの冷静で芹沢会長の後ろに陣取っている彼女とでは、随分と人格が変わっているなと気付いた。

 ――彼女にしては珍しく張り切って、気合が入ってたわよ。

 僕は芹沢会長の話しを思い出す。
 もしも宮内副会長が別所さんの為にそうだったとすれば。
 それはまるで、恋する乙女のよう。
 そうだとすれば、宮内副会長の相手は。
 ……まさか、ねえ。
「何がおかしい」
 ああ、また宮内副会長に睨まれてしまった。
「何でもありません。別所さん、美咲先輩とはどういう関係なんですか」
「ああ、美咲ちゃんは僕の知り合いの親戚の子でね」
 別所さんの知り合いの親戚の子。なんだかややこしい、と思ったけど宮内副会長の前で言い出せなかった。
 まさかこんな所で宮内副会長と繋がっていたとは。
「別所さん。久住さん達、来てますけど……」
 僕は気を取り直して、今の現状を別所さんに伝える。
「うん。有紀子さんも来ているみたいだから、一応、挨拶はしておかないと。美咲ちゃんはどうする?」
「私は……私も是非、お供させて下さい」
 別所さんに問われて宮内副会長は少し迷いながらも、決断する。
 宮内副会長が一歩、教室内に入ると、客やクラスメイト達がざわついた。宮内副会長の肩書きは知らなくても、彼女を見ればその凛とした美しさに誰だって注目するだろうから、それは当たり前のような感じだった。
 別所さんも宮内副会長も注目を受けても気にする風ではなく、迷わず久住さん達が待つ席へと座った。
 やはり、久住さんは興奮して宮内副会長を舐め回すように見ていて、関口さんも思わずデジカメで宮内副会長を撮る。有川さんは無口で、有紀子さんは呆然と宮内副会長を見ているだけで何も言わなかった。
 別所さんが宮内副会長を紹介すると、今まで止まっていた場がようやく動き出したように見えた。
 最初に動いたのは久住さんだった。
「美咲ちゃんね。了解、了解。で、今、フリーなのかな? それならオジサン、美咲ちゃんだったら何でも買ってあげるよ」
 久住さん、冗談でも本当に警察に突き出されますって。
 しかし宮内副会長は、恐いくらい笑顔で遠慮しておきますと、久住さんの攻撃を交わしていた。
「あれ、宮内副会長じゃあないですか」
 噂を聞きつけた由高が、宮内副会長に話し掛ける。いつものにやけた顔で。
 宮内副会長は由高を睨み付けるだけで、応じはしなかった。
 由高は宮内副会長と別所さんが親戚関係であると知ると、世間て狭いですよねと、月並みな返事をした。
「でも副会長がうちのクラスまで足を運んでくれるとは、思いませんでしたよ。光栄です」
「よく言う。これも、あなたの計画のうちじゃないの」
 由高は笑顔のままで宮内副会長に話して、宮内副会長も由高を睨んだまま話している。
 何だ? 二人は初対面じゃないのか? この雰囲気だと二人は初対面ではないと思えるが。
「計画? 一体、何の話ですか」
「狸が」
 あくまでもとぼける由高を見て宮内副会長はそう、吐き捨てる。
「狸ね。それを言うなら俺と副会長、どちらが狸でしょうね。この場合――、副会長の方だと思いますけど?」
「……」
 由高は笑みを深くして、宮内副会長は押し黙る。
「由高君。一体、何の話しをしているんです? 君は、美咲ちゃんと知り合いだったんですか?」
 宮内副会長に助け舟を出すのは、別所さんだった。
「いえ。初対面ですよ、全くの。彼女は、生徒会の副会長として有名人で、俺は一生徒としてその名を知っていただけです」
 別所さんに由高は肩を竦めて苦笑する。
「へえ、美咲ちゃんは副会長なんてたいそうな肩書き、持ってるのか」
「そうなんですよ。校内で宮内副会長の名前を知らない生徒は居ませんから」
 久住さんの言葉を受けて僕はすかさず、話しに入り込んだ。
 そうする事で少し、場が和む。

「私、鈴木君と約束をしてるんだったわ」

 突然、宮内副会長が席を立ち、僕を見た。
 僕は当然、宮内副会長と何の約束もしていなかった。宮内副会長は戸惑う僕に目配せをしてくる。これは、宮内副会長の話に乗れという事か。
 僕はしかし、文化祭実行委員で此処を離れる訳にはいかないのだけれど。
「生徒会の用事と言えば簡単に抜け出せるでしょう。私との約束、忘れた訳じゃないよね」
「は、はい、それは勿論」
 宮内副会長の目が恐いので、僕は彼女に従う羽目になった。
「そういう訳で別所さん、私、鈴木君と文化祭を回って来ます」
「かまいませんよ」
 宮内副会長は別所さんに断りを入れ、別所さんは目を細めて宮内副会長を見据える。
「梅ちゃんは杏ちゃんといい、彼女といい、意外とモテるんだねえ。実に羨ましい」
「さあ、行きましょう」
 久住さんを無視して宮内副会長は僕を教室の外へ連れ出す。
 そして宮内副会長は教室を出た所で、僕から離れて歩き出した。僕は慌てて宮内副会長を追う。宮内副会長は僕の腕を取り、耳打ちする。
「行き先は、屋上。それまで他人の振りをして歩いて頂戴」
「え、一緒に回る予定では……」
「鈍いね。私、好きでもない人と嘘を吐いてまで回る気はないの」
「……」
 どうも僕の周りは、強い女性しか居ないようだ。
 僕は肩を落として、宮内副会長に従った。


「さて。梅の君。何が聞きたい?」
 再び屋上まで来た僕を待ち受けたのは、宮内副会長の冷ややかな声だった。
 僕は宮内副会長と向き合う。
「梅の君……」
「玲子から桜井千鳥の話を聞いたのでしょう。それなら、私が君を此処に連れ出した理由は一つしか無いわ」
 玲子。芹沢会長。確かにその通りで、僕は宮内副会長に隠さず、頷く。
「芹沢会長は、千鳥さんが宮内副会長の師匠みたいなものだって……」
「そうね。私と桜井千鳥は、そういう風な関係だった。ただ、私の方が一方的に桜井千鳥をそういう風に見ていただけ」
 宮内副会長は話を続ける。
「桜井千鳥の梅の飴玉の話、知ってるでしょ」
「……一応は」
 皆に認められたくて、梅の飴玉を配っていた千鳥さん。
 千鳥さんはその時、何を想い梅の飴玉を配っていたのだろう。
「玲子は桜井千鳥を超えようとして、私は桜井千鳥を崇拝していた。桜井千鳥の強さは、私には無いものだったから」
 宮内副会長が空を仰ぐ。芹沢会長と同じように。
「後から彼女の現状を知って――更に信仰心が増した。私にとって桜井千鳥は、神と同等なるもの。彼女が死んだ今、それが現実のものになったけれど」
「……そんな思考は、危険だと思いますけど」
「危険ね。そう、そういう思考は危険だわ。でも、私は誰かを拠り所にしないと生きてはいけないのよ。今の玲子と私の関係のように」
 いつも、芹沢会長を後ろで守る様に突っ立っている宮内副会長の姿を、僕は思い出す。
「私の今の拠り所は、玲子。玲子の嫌がらせを先に発見して排除するのも、玲子を嫌がらせから守るのも私の使命。玲子は第二の桜井千鳥だからね」
「……」
 自分の言葉に陶酔する宮内副会長は、何処か狂っているように見えた。
「私は、桜井千鳥を守れなかった。だから代わりに玲子を守るのよ。玲子の言う事は絶対で、玲子の指示がなくては私は動かない」
 それが宮内副会長の意志。
 僕は。
「千鳥さんの事……、どうして僕に話す気になったんですか。これは、芹沢会長の意志ですか」
「それも一つの理由だけど、もっと重要なのは、私は神崎由高が気に食わなかったから」
「由高とは、面識があったんですか」
 僕は今まで由高の口から宮内副会長の名前を聞いた事が無かった。しかし、先刻の由高と宮内副会長のやり取りは、顔見知りでなければ成立しないものだ。
「あなた、あの神崎と知り合ったのは、いつ?」
「え? ああ、高校に入ってからですけど……」
 宮内副会長から急に話には関係の無い質問をされ、僕は戸惑いながらも答える。
「そう。私よりも、あの子の方が危険よ。彼、桜井千鳥の為なら友人さえも犠牲にするから」
「……それは一体、どういう」
「私ね。何度か桜井千鳥の後をつけて、彼女の家まで押しかけた事があるの」
 宮内副会長はさらりと、とんでもない事実を口にする。
 この人は、千鳥さんのストーカーまでやってたのか。
「その時、桜井千鳥と付き合っているとかいう男が私の前に立ちはだかった。それが、神崎由高だった。神崎は、私が彼女を付回していると知ると、いきなり、バケツ一杯の水をぶちまけてきた」
「まさか。あいつは確かにうっとうしい所がありますけど、女性に対しては紳士的な振る舞いをしていますよ」
 僕は由高の友達という立場上、彼を援護する。
 しかし宮内副会長は首を横に振って、僕に続きを話した。
「二度と、千鳥に近付くな。それが、私へ向けられた第一声だった。アイツ、桜井千鳥の事となると女でも容赦しなかった」
「……」
 僕は、夏休みに起きた一件を思い出す。
 有紀子さんに向かって、手を出そうとした由高。それは久住さん達のお陰で未遂に終わった。もしもあの時、久住さん達が居なかったら有紀子さんはどうなっていただろう。
「心当たりがあるみたいね。私が影で桜井千鳥を見張っていると、何処からか神崎が現れて、水をかけて笑いながら帰って行く。それが何度か続いて、流石の私もキレて、神崎に向かって怒鳴ってやった。そしたら神崎の顔色が変わって」
 その時の様子を思い出したのか、宮内副会長が背筋を震わす。
「私に手を出した。アイツはハサミを持って、私の服を切り刻もうとした。私は恐くなって逃げ出した。私はそれきり、桜井千鳥の後は追わなかった」
「……」
 僕は、その話を信じられなかった。いや、信じたくなかったというべきか。
「この話を信じるか信じないかは、君の勝手。私も別に信じて貰おうと思って君に話した訳じゃない。ただ、アイツの裏側を知っていた方が、君の為になると思ったから」
「……、僕は今の話を信じたくはないですけど……でも、宮内副会長は嘘を吐くような人ではないと思っています、だから」
「今は、それでいいと思うよ。君にそれ以上の事は、無理だろうから」
 僕が上手い具合に言葉が出ない中、宮内副会長は柔らかな笑みを浮かべる。
「それから、桜井千鳥に関する情報をもう一つ」
「何ですか」
「私の親戚の子なんだけど。名前は宮内弥生。知ってる?」
 宮内弥生(ミヤウチ・ヤヨイ)。知らない名前だった。

「彼女、桜井千鳥が自殺した同じ日に、自分の部屋で首を吊って自殺した」

 宮内副会長の告白を聞いて僕は、素直に驚きを隠せなかった。
「君、桜井千鳥の自殺がニュースになった日、別所さんも呼び出されたの、覚えてる?」
「……そういえば、そんな事が……でも、まさか」
 確かに別所さんは千鳥さんが自殺した日、知り合いが不幸に遭ったらしく、夜遅く関口さんが運転する車で家を出ている。
「彼女の場合、遺書めいたものも遺されていたし、突発的なものでもないから桜井千鳥のように、そんなに大袈裟にはならなかったのよ。私は別所さんと同じく、彼女の葬式には参列したから、印象に残っているだけ」
「……その人の自殺と千鳥さんは、どういう関係が」
「宮内弥生は、この学校の卒業生よ。桜井千鳥と同じクラスだった」
 ああ、なんという事だ。
 此処でも桜井千鳥が繋がっている。
「彼女ね。桜井千鳥をイジメていたグループの中に入っていたらしいわ。高校を卒業して春休みに入ってから、桜井千鳥の事で何か悩んでいる様子だった、とは彼女の母親の話。自分のしてきた愚かさを、卒業してから初めて気付いた、と彼女の遺書にあったから」
 風が。
 僕と宮内副会長の横を風が通り過ぎる。
「多分、桜井千鳥のイジメの主犯格が弥生だったんでしょうね。彼女は何処かで桜井千鳥が自殺したという知らせを聞いたのよ。いいえ、その時学校側は、自殺者の名前までは明かさなかったかもしれない。けれど、その自殺者がこの高校の関係者であると知った弥生は、死んだのは桜井千鳥であると確信した。それで居たたまれなくなって、弥生は自分の部屋で自殺した。これが真相」
「宮内副会長は……」
「私ね。誰も恨んでないわ。私の今の使命は、玲子を守る事だけだから」
 宮内副会長が僕に向かって微笑む。その微笑みは言葉通りの意味だと捉えるには、十分だった。
「君も、桜井千鳥以上の守るべきものを見付けなさい。私のように。そうすれば君も、桜井千鳥から解放されるわ」
 千鳥さん以上に守りたいもの。
 一瞬、藤野さんの顔が思い浮かんだ。
 藤野さんは、由高の裏側まで知っているのだろうか。
 分からない。ますます混乱するだけだ。
「宮内弥生については、私よりも別所さんの方が詳しいかもね。私は彼女とは、正月とかお盆とか、季節のイベントでしか顔を合わせなかったから。同じ高校に入るからという話も、していなかった」
「別所さんがどうして彼女と?」
「弥生の親が別所さんと親しいのよ。彼女、卒業したらこの街を出る予定だったらしいわ。それで、セキュリティとか風呂場の具合とか色々、条件の合った一人暮らし用の部屋を見付けるのに一役買ってくれたのが、別所さんだって」
 成る程。
 別所さんは大家の仕事をしているので、不動産関係の仕事も舞い込んでくるのだろう。
「私も今日、別所さんを此処に招待するついでに、弥生の事を聞き出すつもりだったんだけど。君のせいで台無し」
「……」
 溜息を吐く宮内副会長に、僕は何も言えなかった。
 決して、それだけの都合で別所さんを文化祭に招待した訳じゃないですよね、とは宮内副会長に向かっては言えなかった。彼女の台無し、の部分にはそれも含んでいるように思えた分、僕は恐縮する。
「すみません……。僕が下宿先の人達も呼んだばっかりに」
「下宿の人達に罪は無いものね。全部、鈴木君の責任だから」
「……」
 宮内副会長にはっきりと言われ、僕は顔をひきつらせる。
「私の話はこれで終わり。これ以上の話は何も知らない」
「あの、千鳥さんと親しかった保険医の話、知ってますか」
「保険医? ……ああ、聞いた覚えがあるわね」
 僕の質問を受けて宮内副会長は、考え込んでいるのか黙り込む。
 そして思い出したのか、宮内副会長は鼻で笑った。
「ふん、あの男か。桜井千鳥は、神崎といい保険医といい、男運が悪かったようね」
「知っているんですか。僕、今、千鳥さんと親しかったっていうその保険医の事、調べてるんです」
「保険医について私が知っているのは、顔と名前と彼の悪い噂」
「教えて下さい」
 僕は宮内副会長に懇願する。
「私に聞かなくても、私以上に彼について詳しい人が、身近に居るじゃない」
「え」
 宮内副会長は僕に向かって、ある名前を告げる。
 僕はその名前を聞いて、愕然となった。


「宮内副会長とは、どうだったの?」
 僕が教室に戻ると、牧原さんが僕を睨みながらそう聞いて来る。
 牧原さんの後ろでは藤野さんが隠れている。由高の姿は無かった。
「ああ……、彼女は面白い人で、楽しかったよ」
「へえ、彼女に誘われては男冥利に尽きるわね、鈴木君?」
「……」
 牧原さんの言葉は、トゲが所々含まれている。
 文化祭も終了間近で、教室に外部からの客は居ない。くつろいでいるのは自分のクラスの生徒達だけだ。久住さん達は僕を待たずに帰ったらしい。
 今日の半分は牧原さんにずっと任せっぱなしだった気がした僕は、素直に牧原さんに謝った。
「ごめん。色々、手伝って貰っちゃって。後片付けは、僕がちゃんとするよ」
「そう、当然ね。でもそれだけじゃ私への誠意が感じられないわね」
「まだ、何か……」
 まさか金銭的な要求を? 僕は下宿の人達に世話になりっぱなしで、金銭的には余り余裕が無いんだけど。
「デート一回」
「え」
 今、牧原さんは何と言っただろう。
 僕は思わず牧原さんに聞き返す。
「今、何て」
「だから、私と一回デートしてくれたら、今までの迷惑は全部、水に流してあげる」
「でも」
 僕は牧原さんの影に隠れている藤野さんを見る。
 藤野さんとの話は、牧原さんも知っている筈だけど。
「ああ……、うん。事情は全部、さっちゃんから聞いているから。大丈夫、だよ」
「私も杏奈が居る前で鈴木君に申し出たのよ。デートといっても、買い物に付き合ってくれればいいだけだから」
 なんだ、ただの買い物の付き合いか。びっくりした。
 藤野さんも承知しているので、僕は牧原さんに頷く。
「ああ、そういう意味のデートか。良いよ。日時と時間、場所は?」
「そんなに急には決められない。決まったら後で連絡するから。この場合、私の都合でいいのよね、勿論」
「勿論です、はい」
 情けないが僕は、牧原さんの言葉に従う。
 それから僕は文化祭の後片付けに回り、由高や藤野さんとは一度も口を利かなかった。
 そして文化祭も終わり、夜になって僕は別所さん達の待つ下宿へと戻った。


「鈴木君」

 下宿に戻った僕を待っていたのは、関口さんだった。
 関口さんから僕に話しかけて来るのは珍しかった。
「今日の文化祭で聞けなかったから、聞きたいんだけど。今、いいかい」
「大丈夫です。何ですか」
「これね。過去のデジカメのデータが入ってるんだけど」
 関口さんが僕に差し出したのは、一枚のCD-Rだった。
「君、パソコン持ってた?」
「あー。その方面には疎いですね。パソコンも持っていません」
「そう。それじゃあ、休んだ後でいいから俺の部屋まで来てくれる? 見てもらいたい写真があるんだけど」
「今でいいですよ」
「そうか。それならついてきて」
 僕は関口さんに先導され、彼の部屋まで踏み込んだ。
 僕が関口さんの部屋に入るのは初めてだった。下宿の決まりという訳ではないが、僕は自分以外の他人の部屋に入った事がない。
 関口さんの部屋は、整理整頓がきちんとされていた。部屋には、難しそうな専門書のたぐいが並べられた本棚一つがあるだけ。あとは、小さな机。小さな机の上にはノートパソコンとプリンタ、そして僕には用途不明で名称不明のパソコン関係の機器に占領されていた。
「水に弱いから、水物持ち込まないでよ」
「持っていませんよ」
 関口さんがCD-Rをノートパソコンに挿入し、何かマウスで操作している。関口さんが僕を手招きし、僕は関口さんの後ろに立ちノートパソコンの画面を見る。
「あ……」
「これ」
 関口さんの指定した画像にはセーラー服を着た女子が笑顔で映っている。背景は学校ではなく、街の中で。女の子は彼氏と思われる男と一緒だった。
 彼氏と思われる男は、僕の知らない人物だった。男は高校生には見えず、成人しているようだ。整った顔立ちで、優しそうな顔をしている。しかし女の子の方は、僕の良く知っている人物だった。
「牧原……さん?」
「そうそう。今日、教室で君と話していた子と似ていたからさ、これを思い出してね。帰って確認してみたら案の定だ。一年くらい前だったかな。この付近をうろついている時にね」
 一年前というと、牧原さんがまだ中学生の時か。
「牧原さんはその時、この男との関係、何か話してましたか?」
「ええと、そこまで込み入った話はしていない。ただ単純に、あなたが気に入ったので写真を撮らせて下さいって交渉しただけ。男は優しそうで、俺の話については何も言わなかったよ。牧原さんの意見を尊重するとかで」
 関口さんの話に、嘘は無いように感じた。
「でさ。その子にこの写真、君から渡してくれない? データは残ってるから、いくらでも焼き増しが出来るからとも伝えておいて。写真撮るのはいいんだけど、モデルになった人とはその場限りだから何のお返しも無いのが殆どなんだよね。でも、その子は特別だね。今日、俺がその子に会えたのも何かの縁だからさ」
 関口さんは、あらかじめ現像していた写真を僕に手渡す。
 縁。
 この写真が僕の手に渡ったのも、何かの縁だろうか。
 縁は、千鳥さんを中心に繋がっているのは明白で。
「鈴木君」
「ああ、分かりました。明日でも、牧原さんに伝えておきますよ」
「あ、それからこっちは鈴木君に」
「え」
 関口さんは牧原さんの写真とは別に二枚ほど、僕に写真を手渡した。
「宮内さんと藤野さんね」
「……何時の間に」
 宮内副会長が関口さんに写真を撮られていたのは知っていたが、藤野さんまでとは思いもしなかった。
 手渡された写真には不機嫌そうな宮内副会長と、この日しか拝めないと思っていたメイド姿の藤野さんが写っている。
「どっちが鈴木君の本命か分からないから、二枚ともあげるよ」
 関口さんが笑う。
 僕はありがとうございますと関口さんに礼を言ってから、彼の部屋を出る。
 そして僕は、自分の部屋に戻って牧原さんの写真を鞄に入れる。それから、藤野さんと宮内副会長の写真が手元に残った。
 どちらも捨てがたいが此処は、藤野さんの写真を机の上に飾っておく事にする。今後、藤野さんのメイド姿を拝めるのはこの写真だけだろうから。

 そして僕は文化祭の疲れがどっと出たのか、夕食も食べずに眠った。