冬:雪解けと彼女の世界 (後編)

 由高は僕達に背を向けて、金網に手をかける。
「俺は、千鳥と杏奈の計画は、事が起きるまで全然知らなかった」
 由高は語る。
「だから、千鳥が飛び降りて自殺したと聞いた時は……、自分が千鳥を守ってやれなかった事が一番、悔しかった」
 由高の腕は金網を飛び越え、空中へ放り出される。
「梅の君。俺はね。千鳥も杏奈も同じように大切なんだ。杏奈が俺と比べられているのは知っていたし、恐らくは牧原も杏奈が自分と比べられているのを知っていた」
 由高は金網から身を乗り出す。
「どんな気分だったんだろうなあ、千鳥は。多分、千鳥は杏奈まで巻き沿いにしたくはないという思いがあったから、先に飛び降りた訳だけど。俺にはそんな気遣いは一切出来ないし、今後もしたくない」
「由高!」
 僕は慌てて由高に手を差し伸べる。
「梅の君。梅の君は、此処で俺が飛び降りたら、助けてくれるか」
 由高は此処で振り返り、僕へ顔を向ける。
「助ける。絶対に。お前も、藤野さんと同じだから」
「同じ? 俺と杏奈が? どうして」
 由高は本当に訳が分からないような、怪訝な顔をしている。
「そうだ。加害者と被害者。藤野さんは、千鳥さんを見殺しにした罪と、千鳥さんに巻き込まれた被害が生じている。由高の場合は、千鳥さんを助けられなかった罪と、千鳥さんに今でも囚われている被害者なんだよ」
「……物は言い様だな」
 僕の言い分を聞いて、由高は苦笑する。
「千鳥さんに囚われるのは良いけど、今、此処で飛び降りても千鳥さんの為にならない」
 それは、由高でも分かっている筈だ。
「ゆーちゃん」
 僕に支えられていた藤野さんが一歩、前に出る。
 僕はそんな藤野さんを、止めなかった。
「ちーちゃんは、ゆーちゃんの事、本当に好きだったんだよ。ちーちゃんが、ゆーちゃんが居るから今まで生きていられたって」
「それだったら!」
 由高は声を荒げ、金網に自分の拳をぶつける。
「それだったらどうして、千鳥は俺を頼らなかった! 俺を頼ればいつもみたいに、邪魔者を排除してやれた! 有紀子さんの存在も、千鳥の前から消そうと思えば消せたのに!」
 いつものように。
 由高が宮内副会長を排除したように。
「でもそれは、間違っている。ゆーちゃんのやり方が間違っている事が、ちーちゃんも分かっていたから」
 僕を代弁するように、藤野さんが言う。
「ちーちゃんは、自分のせいでゆーちゃんも傷つく事が嫌だったんだよ。ゆーちゃんが自分のせいで人を傷つける、それだけは止めて欲しかったって、言ってた。でも、ちーちゃんはそれを止める方法を知らなかった。私もゆーちゃんのやり方は間違ってると思っていた、だから」
 だから、藤野さんは千鳥さんの誘いに乗った。
「自分達の弱さがなくなれば、ゆーちゃんを止められるかもしれない――、それがちーちゃんの出した答えだった」
「嘘だ」
「嘘じゃない。ゆーちゃんは、ちーちゃんもだけど、私がほかの子達からイジメられた時も、凄く庇ってくれたよね。でも翌日、私をイジメた子が怪我で欠席していると聞いて、もしかしてと思った。ゆーちゃんの仕業だよって、ちーちゃんが悲しそうな顔で教えてくれたよ」
 千鳥さんは宮内副会長が自分の後をつけていた事を知っていた。そして、宮内副会長をを傷付けたのは由高の仕業だと、最初から分かっていたのかもしれない。

「ちーちゃんは、自分はゆーちゃんを止める事が出来ないし、弱い自分も変える事が出来ない、それだから自殺する決意をしたんだよ。ちーちゃんは、強い子だよ。自分の意志をやり遂げたんだから。これも、ゆーちゃんの力があったからだと思う。ゆーちゃんはやっぱり、ちーちゃんを支えていたんだよ。私は、ちーちゃんより強くなかったから、今でもこうして鈴木君と居る事を選んだんだよ」

 藤野さんが僕に微笑む。
 由高は。
 由高はしゃがみこんで、まるで魂が抜けたように項垂れている。
「俺は……、全部、千鳥の為だと思って、千鳥をイジメた奴を制裁していた。それが、千鳥の自殺の引き金になっていたとはね」
 ははは、と由高は笑う。
 笑いながら、泣いていた。
「由高も、今からでも遅くは無い。だから、千鳥さんと同じ道を行くな。千鳥さんを想うなら、今を歩け。千鳥さんに償いをしたいなら、未来を見ろ。僕と藤野さんがやってのけたみたいに」
 僕はそんな由高に手を差し伸べる。
 由高は顔を上げて、僕の手を掴んだ。
「全く……、梅の君には適わないな。俺より、お前の方が強い」
「僕の強さは、千鳥さんが居てくれたせいだよ」
 これも皆、千鳥さんのお陰だ。
 僕が由高と藤野さんと出会えたのも。有紀子さんの話が聞けたのも。牧原さんと秋野さんを知れたのも。芹沢会長や宮内副会長と協力出来たのも、全部、千鳥さんのせい。
 この一年で僕が見た千鳥さんの世界は、美しかった。そして、残酷でもあった。その中でも希望や未来は見出せる。今の僕達のように。
「帰ろうか」
 雪が本格的に降り出している。
 僕の言葉を聞いて、由高は立ち上がり、藤野さんと一緒に歩き出す。
 屋上への扉を開けると、どういう訳か芹沢会長と宮内副会長が佇んでいた。
「どうやら、全部終わったみたいね?」
「どうして、此処に……」
 僕の問いかけに芹沢会長が微笑む。
「君は、冬休み中の学校がどうして開いていたのか、屋上も勝手に上がれたのか、知ってる?」
「全部、会長の手配よ」
 芹沢会長に続いて、宮内副会長が補足する。
「牧原さんから連絡があったのよ。鈴木君が店を出た所で神崎君達に連れて行かれた、多分、行き先は学校だと思うって。だから私、高瀬先生に掛け合って開放して貰ったのよ」
「どうして……、牧原が」
 牧原さんの名前が出た事に、由高は狼狽している。
「牧原さんね。全てを知っていたのよ。桜井千鳥の計画を」
「牧原さんが?」
 それは、僕も初耳だった。
「牧原さんは、桜井千鳥本人からその計画を聞かされていたらしいわ。秋野さんの紹介で一度だけ会って、その後で桜井千鳥から一度だけ連絡があって、彼女と一度だけ話した内容がそれだった。牧原さんは最初、桜井千鳥のその話は半信半疑で聞いていたみたいね。でもその後、それが本当の話だと知った。牧原さんも恐くなって、秋野さんにも話せなかったみたい」
 牧原さんがその事実を芹沢会長に話したのはやはり、僕の存在が大きかったせいだと、芹沢会長は過剰に評価してくれた。
「今回も、事前に知っていながら誰も止められなかったと思うと、死んでも悔やみ切れないから、私達に助けを求めてきた。もし、万が一の事が起きたら、直ぐに止めてくれって。男二人はどうなっても良いけど、杏奈だけは守ってくれ、それが牧原さんの想い」
「……さっちゃん」
 芹沢会長の最後の言葉を聞いて、藤野さんはまた泣きたくなるのを堪える。
 牧原さんも、自分が藤野さんと比べられている事を知っていたのだろう。そしてそれが藤野さんの負担になっている事も気付いていたのだ。それでも牧原さんは藤野さんを突き放す事はしなかった。
 皆、誰かを想い、誰かを守ろうとした。
 これもまた、千鳥さんのせい。
 全ては千鳥さんから始まり、千鳥さんへ戻っていく。
 だから僕は今でも千鳥さんが好きだ。
 桜井千鳥。
 その人が、僕の大好きな人で、変わり無かった。


 そして、十二月も終わる頃。

「かんぱーい!」

 グラスとグラスがぶつかり合う音が響く。
 部屋には「有川浩志を送る会」と書かれた幕が壁に貼られている。
「たくさんありますから、遠慮しないで食べて下さいね」
 別所さんが朝から張り切って用意していた料理の数々が、藤野さんと牧原さんの手によって運ばれて来る。
「どうぞ」
「いやー、美咲ちゃんにお酌される日が来るとは、俺は幸せ者だなー」
 宮内副会長にお酌されて喜びを隠せないのは、久住さんである。
 久住さんの横では関口さんが、しきりに宮内副会長をデジカメで撮っている。
 宮内副会長は、渋々ながら、久住さんと関口さんに付き合っているのは。
「美咲ちゃん。これ、私の創作で試作品なんですけど、良かったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 料理を運んできた別所さんから串に刺さったフライを受け取る宮内副会長の顔は、心なしか赤い。
「あんな副会長、学校じゃまず見れないぜ」
 僕の横で由高が笑いながら耳打ちする。僕もそれもそうだと、由高の話に納得している。
 因みにこの場に芹沢会長の姿は無い。僕は芹沢会長も誘ったのだけれど、別所さん達と面識も無いから行く必要は無い、と一刀両断されてしまった。宮内副会長も来るだろうから誘ったんだけどな。宮内副会長は家に来た時、自分の代わりに行って来いと芹沢会長の指示があったから、と言っていたのは多分、別所さんとの事を知られたくないからだと思う。しかし、宮内副会長の別所さんへの想いはこの場に居る全員が既に知っているから今更そんな強がられても、説得力は皆無である。
 こんな中でも有川さんは有川さんらしく、静かに酒を飲んでいる。その横には有紀子さんが控えていた。有紀子さんは騒ぐ久住さん達を見て、楽しそうだった。今回の件が終わった事を、僕は有川さん経由で有紀子さんに連絡を入れている。有紀子さんは僕の話を聞いた後で、それから一言「お疲れ様」とだけ言った。僕は有紀子さんのその一言で、何もかもが救われた気がした。
 牧原さんと藤野さんも、別所さんの手伝いが終わって一緒に仲良く料理をつついていた。あれから藤野さんは元気を取り戻し、牧原さんも藤野さんに秋野さんが外国へ行ってしまった事の愚痴を聞いてもらっているようだった。
 有川さんを送る会では、皆がそれぞれ余興を用意してきていた。牧原さんと藤野さんは文化祭で着ていたメイド服を持参していて、それを着て歌って踊ってくれたのは印象深かった。久住さんは定番な腹踊りを披露し、関口さんはデジカメで撮った写真の展示会を別の部屋で開催していた。僕と由高は二人で組んで宮内副会長も無理矢理捻じ込み、三人での、こん身の漫才を披露した。宮内副会長が素で「何でやねん!」とツッコミを入れたのが一番ウケたのはどういう事だ。
 皆の出し物が終わってカラオケ大会、商品の無いビンゴゲームと続いて、有川さんを送る会は終わりを告げる。大人達はまだ酒を飲んでいるみたいだったけど、未成年の僕達はそうもいかない。先に藤野さん達を帰す事となった。
「それじゃあ、また来年」
 寒空の中、最初に宮内副会長が家を出て行く。
「また明日」
 声を揃えて由高、藤野さん、牧原さんの三人が出て行った。
 ばたん、と玄関が閉まる音を聞いて僕は寂しさを覚える。
 大人達はまだ宴会が続いている。
 僕の宴はもう、終わったのだ。
 何もかも。
 そう、思っていた。

「鈴木君。皆、帰ったの?」

 まだ玄関に居る僕に声をかけたのは、有紀子さんである。
 有紀子さんは有川さん達と違い、酒を余り飲まない人だった。
「話があるんだけど」
「何ですか」
「此処じゃなんだから、関口さんの写真展でね」
 僕は有紀子さんを先頭にして、関口さんの展示室へと入る。
 関口さんが今まで撮りだめしていたデジカメの写真が壁一面に貼られている部屋である。中には、夏祭りで撮られたと思われる僕達の写真や、文化祭の時の写真もあった。こうして見ると壮観である。
「凄いよね、彼。有川さんも、彼の写真の腕は認めているのよ」
 有紀子さんが関口さんの写真を眺めて、話した。
 そうなのか。
 有川さんと関口さん、犬猿の仲だと思っていたけど。
「関口さんも、有川さんの事は何処かで認めている。有川さんもまた同じね」
「それじゃあ関口さん、有川さんが居なくなると寂しくなるでしょうね」
 口では有川さんを疎ましく思っている関口さんだけど、それは僕でも何となく分かる。
「私ね。有川さんと出会えたのは、千鳥のお陰なのよ」
「え」
 思ってもみなかった有紀子さんの話を聞いて僕は、目を見張った。
「有川さん、千鳥と同じ高校で同学年の子を探していたのよ」
「どうして……、有川さんが」
 有川さんは、千鳥さんとは何の関係も無い筈だ。
「君のせいよ」
 有紀子さんは僕に向かって微笑む。
「有川さんは、新学期が始まっても誰とも口も利かず、落ち込んでいた君の原因が、桜井千鳥であると知ったのよ。桜井千鳥が死んだ日、有川さんが最初、君を迎えに来たでしょう」
 そうだ。
 あの日、僕が苦しんでいたのを有川さんは目撃している。
「有川さんはそんな君を不憫に思って、色々声をかけてたみたい。あの高校の出身の子が居たら迷わず紹介してくれって、そう、友達に頼んでた。それに引っかかったのが私。実際は同学年じゃなくて、一つ上の先輩だった訳だけど」
 有紀子さんが笑う。
 ああ。
 何という事だ。
「……有紀子さんは、有川さんの思惑を知りながら近付いたんですか」
「違うわ。保険医の事があって中々恋愛に踏み出せずにいた中でよ、事情を全部知っている有川さんが私に執拗に近付いて来たのよ。そんな有川さんに、私はあっさりと落ちてしまった。君に全てを話してあげる事を条件に、私達は付き合い始めた」
「そんなの……、有紀子さんは良かったんですか」
「私も最初、有川さんの手の中で転がる駒の一つでしかないと思ってた。有川さんの駒で良いから、有川さんをモノにしたいと思ったのも本当。有川さんと表面上は楽しく付き合えても、裏では千鳥の影がちらついていた」
 有紀子さんは目を閉じる。
「転機が来たのは、私が全部を君にぶちまけた後ね。有川さんも、そんな壮絶な過去が私にあったとは知らなかったみたい。私の全てを聞いて、その後で気が変わったって。私と正式に付き合う事にしたって、あっさりと私の前で言ってくれたの」
 その時の様子を思い出してか、有紀子さんがくすくすと笑う。
「有川さんはそれから、この家を出て、新しい家を買って、私と一緒に暮らしていくって約束してくれた」
 有紀子さんが触る左手の薬指には、ダイヤが埋められた銀の指輪が輝いている。
 僕は有紀子さんに示されるまで、指輪に気付かなかった。
「……、幸せなんですね」
 これは僕が心から思った事だけど、有紀子さんは顔を曇らせる。
「私、自分が幸せでも心の隅でまだ千鳥が居るの。千鳥が居るから、幸せになる資格は無い。そんな事ばかり考えていた。でもそんな私の背中を押したのは、やっぱり有川さんだった。有川さんは、千鳥の親に自分のした事を告白すれば、私の霧も晴れるだろうって、言ってくれた」
「千鳥さんの親に、ですか」
 それは僕達に告白するより勇気がいった事だろう。
 千鳥さんを失った両親からすれば、有紀子さんは犯罪者と同じ意味を持つ訳で。
「私も千鳥の親に会うのは恐かったけど、千鳥の霧を晴らす為にはそれしかないって、私の罪を償うにはそれが一番だって思った。何があっても私には有川さんがついている、そう思うと心が軽くなって、何でも出来る気がした」
 そして有紀子さんは千鳥さんの両親と対面を果たした。
 千鳥さんの両親に全てを話した有紀子さんは、千鳥さんの母親に泣かれ、父親に怒鳴られ、それでも耐えた。何度も頭を下げた。何度も声を上げて謝った。
「あの時の私、何であんなに必死になれたんだろうって思ったけど。これも全部、君と千鳥のせいよね」
 有紀子さんは僕を見て、苦笑する。
「千鳥の親は、私を憎んでいるとはっきりと言った。でも、憎んではいるけど、千鳥が自殺した原因はそれ以外にもあるから、私が全部悪い訳じゃないとも、言ってくれた。それだから千鳥の事を告白してくれてこちらとしても嬉しかった、そう言われた時は私が許された気がして、胸がいっぱいになった。それで」
 有紀子さんは鞄の中から一冊の赤い手帳を取り出す。
 その赤い手帳は、僕も見覚えがあるものだった。
 僕は赤い手帳を前にして、息を飲む。
「これ、千鳥の親から預かってきたものなんだけど。……君には覚えがあるんじゃない? 千鳥の赤い手帳。最後のページ、見て頂戴」
 僕は恐る恐る赤い手帳を手に取り、最後のページを見る。
 最後のページはアドレス帳になっている。真っ白なアドレス帳の上には、黒いボールペンで「鈴木周治」と大きく名前が書かれてあった。
「それ、千鳥の遺体から見付かったのよ。落ちた後も千鳥は大事そうに、その手帳を持っていたと、千鳥の母親が話してくれた。もし、この名前に心当たりがあるならその子に手帳を返してくれないか、と頼まれたの」
「……、ただ、名前を聞かれたから答えただけなのに」
 声が、体が震える。
「千鳥からすれば、友達が居ない中でその手帳を使う予定は無かった。だけど鈴木君の登場で、白いページが一ページだけでも埋まった。それだけでも千鳥は、嬉しかったんだと思う」
「うっ……、うううう」
 手帳にぼたぼたと水滴が落ちる。
 僕が赤い手帳を持って、泣くのを堪えているせいだった。
「……、手帳は、鈴木君が持つべきよ。……私はもう、有川さんの所へ行くから」
 そう言うと有紀子さんは立ち上がり、部屋を出て行く。
 僕は。
「うわあああああ」
 有紀子さんが出て行ったのを確認してから赤い手帳を持ったまま、僕は此処で初めて千鳥さんの為に声を上げて泣いた。

 こうして、僕と千鳥さんの物語は終わった。


 その後の事を、少しだけ話そうと思う。
 正月を迎える間もなく有川さんは、予定通り、別所さんの家を出て行ってしまった。
 それでも久住さんや関口さん、僕は相変わらず別所さんの世話になっている。
 正月は一度、実家へ戻った。それから直ぐに別所さんの家へ戻り、後の休みは由高と藤野さん、牧原さんとで過ごした。楽しかった。
 三学期はまたいつもの日々が繰り返されるだけだった。
 四月に入って新学期が始まり、二年に進級した僕は牧原さんと同じクラスで、彼女に誘われて正式に副委員長として立候補した結果、それがあっさりと受理されてしまった。僕しか立候補者が居なかった為だった。今では副委員長が板についてきたわね、と牧原さんに言われる始末である。牧原さんは一年の頃と同じく直ぐに委員長の役が与えられ、一年の時と変わらずその存在感を示している。
 由高と藤野さんとはクラスが別れてしまったけど、彼等とは今でも仲良くやっている。それから僕は、藤野さんと正式に付き合い始めた。由高や牧原さんにその事で良くからかわれるけど、僕と藤野さんは幸せでいっぱいだ。今週の日曜日、僕と藤野さんは初デートを決行する事となった。
 その中で僕は、放課後、下宿先に戻る為、桜並木の道沿いを自転車で走らせる。
 下宿先に戻った僕を待ち構えていたのは、一台の引っ越しトラックである。引っ越し会社の人達が忙しなくダンボール箱を家の中へ運んでいる。
 ひょっとして、新しい人がもう来たのか。
 四月に入って直ぐ別所さんが、新しい入居者が決まったと、僕達に話したばかりだ。
 僕は自転車を停めて、玄関へ入ろうとした所で。

「こんにちは。此処の住人ですか」

 人の良さそうな笑みを浮かべた男性が、僕を見て話し掛けて来た。二十歳前後で、シャツにジーンズという軽装だった。別所さんの話では彼は、大学生らしい。
 僕は彼に応じる。
「そうです、別所さんには会いましたか」
「はい。別所さんなら、僕の引っ越しの手伝いをしてくれています」
「僕も手伝いますよ」
「ああ、もう終わりますから大丈夫です。……、あれ、梅の香りが」
 彼が眉を寄せて、鼻をかぐ。
 僕はそんな彼を見て、少し笑う。
 そして、僕が彼に向かって言ったのは。

「梅、好きですか?」