「あーもう、最悪」
一年三組の教室では、白木晶(あきら)が自分の席で頭を抱えていた。
ショートカットにした髪と日焼けした肌が、晶の特徴だった。
「晶、どうしたの」
「朝、学校新聞が張り出されたの、奈々子ちゃんも知ってるでしょ」
晶に清水奈々子が頷く。
昼休憩に入った今では晶の机の上には母親手製の弁当と家で用意して来たお茶が置かれ、奈々子の机の上には彼女自身が朝起きて手作りしたと言う弁当と、コンビニで用意したペットボトルのお茶が置かれている。
「それで朝から皆が私に質問して来るのよ。次、新聞に私とあいつの名前載せる気はないのかって」
晶は勢いでフォークを弁当にあるハンバーグに突き刺す。
その様子を見ていた奈々子がおかしそうに笑う。
「へえ、あいつって誰?」
「……奈々子ちゃん、何で朝、教室に居なかったの」
分かっているくせに、にやけて質問をして来る奈々子に、晶は逆に質問を返す。
朝、奈々子は晶と一緒に登校する。そのまま一緒にだらだらと教室で過ごすのが晶と奈々子の常であるが、今朝に限って奈々子は教室に姿を見せなかった。
「呼び出しがあったの」
「奈々子ちゃんに? また告白でもされたの」
奈々子は教室の中で一番の美少女だと目されているのを、晶は知っている。休憩に入ると何処からか呼び出しを受け、その大半が男からの告白だと晶は奈々子以外の人物から聞いているからだ。
「いえ、それとは違うけどね。守秘義務があるから、言わないけど」
「……」
奈々子は口元に一指し指を当て、妖艶に微笑む。それを奈々子にされてしまえば、対象が女であっても彼女が魅力的に映るから不思議だと、晶は羨望の眼差しで見ている。
「それにしてもいつ見ても豪華だよね、奈々子ちゃんの」
晶が奈々子の弁当を覗き込む。
晶の弁当のおかずは大半が冷凍ものですまされている。
晶と違って奈々子は手製だと言うにお洒落で色鮮やかなおかずが並んでいる。ナポリタンにミニオムレツ、ポテトサラダ、レタスに、定番のからあげ。そぼろご飯。それらは冷凍ではなく、きちんと過程を得て作られた、手の込んだものであると、晶は知っている。
「そう? 私は趣味でやっているだけよ」
「趣味でも凄いよ、毎日の事だし。私なんかお母さんが冷凍が安いからってさー、これだよ、幾ら安いと言われてもこんなんじゃあ味気が無いわ」
「それじゃあこれ、俺が貰うわ」
「あ!」
晶は好きなものを最後に食べるという癖があった。弁当のおかずとして入っている、冷凍のミニハンバーグは晶の好物の一つなので最後に食べようと取っておいたものだ。それを。
「ちょっと聡史、私のハンバーグ、返しなさいよ!」
「もう食べてるし、今更言うな」
憤慨する晶に高橋聡史はその証拠と言わないばかりに、もぐもぐと口を動かしている。
「ああ……、私のハンバーグ……」
「美味かった、ご馳走さん」
涙する晶と違って、高橋聡史は満足そうに腹を撫で回している。
晶が聡史を睨み返す。それに迫力が無い事くらい、晶は分かっているがそれでも好物を取られた恨みは計り知れない。
茶に染めた髪と笑うと白い歯が剥き出しになる聡史の手には、いくつかの惣菜パンが入れられた紙袋を抱えている。
「あんた、昼は食堂に居るんじゃなかったの」
聡史の紙袋を見た晶がその疑問を、口に出す。
聡史はいつも、友人と一緒に食堂に行っている。パンを購入した後で、食堂で男友達と食べる、それが聡史のいつもの昼だった。
「ああ、勇太が呼び出し受けてさ。その人達と食べるから今日は寂しく購買で」
「勇太君が呼び出しって珍しいね」
「先輩だから断れないって言ってたけど」
「ふうん」
聡史は近くにあった空いている椅子を引っ張り、晶の隣に置くとそこに座った。
「そのパン、頂戴」
「おい、それは俺が楽しみにしておいたコロッケパンだぞ。晶にはこれで充分だ」
晶が自分の机の上に置く聡史のパンに手が伸びるのを、聡史が阻止して代わりに晶に寄越したのは。
「ちょ、それ私が嫌いなクリームチョコパンじゃん!」
「え、美味いぞ。普通はクリームだけなのにこれだとチョコも一緒でお得な感じがして」
「私、それが嫌なのよ。何でクリームだけでいい所をチョコも一緒に入れてるのよ」
「俺は好きだけど。クリームとチョコが同時に食えるんだぜ」
「いやだから、私は一つのパンにそれらを一緒にするという発想が理解出来ないんであって、いらない」
「こんなんもあるぞ、あずきあんと白あん、苺ジャムとマーマレード」
「よくそんなん見付けたわね。私への嫌がらせか!」
「いや、そんな晶を見て面白がってるだけ」
「余計、タチ悪いわ!」
「――私には晶の方が余程タチ悪いと思うけど」
「え」
言い合っている晶と聡史の間に割って入るのは、今まで彼等の様子を静観していた奈々子である。
「何で」
「周りをご覧なさい」
「あ」
奈々子に言われて晶は周囲を見回し、ようやく合点がいった。
晶と聡史の様子を級友達が息を潜めて興味深そうに見守っていた、というか見られていたのに晶が気が付いた。晶に勘付かれて級友達も素早く顔を逸らす。
晶は急に気恥ずかしくなって聡史から顔を逸らした。
「おい、どうした」
晶の心境等知る由も無い聡史は、平然と晶の顔を覗き込む。
「聡史君は知らないの? 朝、張り出された学校新聞の話」
「ああ、何か朝、女の輪の中でそれ見てた勇太が騒いでたな。俺の長峰さんがーって」
「……」
奈々子は聡史が話している勇太のその様がありありと脳裏に浮かび上がり、頭を抱えて溜息を吐いた。
「あんなん、新聞部のお遊び企画だろ」
気にする晶とは違い、聡史は平然とコロッケパンにかぶりついている。
「でも次は晶と聡史君じゃないかって、話があるけど?」
奈々子が挑戦的な目で聡史を見やる。
晶は奈々子がそんな事を聡史の前で口に出すとは、思ってもみなかった。
「奈々子ちゃん」
「いい機会じゃないの。聡史君の気持ちも分かるわ」
小声で耳打ちする晶に、奈々子は平然と言い放つ。
晶は少しドキドキして、聡史の奈々子への言葉を待った。聡史は自分の事をどう思っているのだろうか。
幾ら幼馴染とはいえ、晶の方は聡史の事が気になる存在として、意識している。そう、小さい頃からずっと晶は、聡史を好きで、一途に想い続けていた。
奈々子も晶の気持ちは既に知っている。奈々子が晶の想いを知っているからこそ、今の話を聡史に持ちかけたのだ。
晶はこの時、少なからず聡史に期待を抱いていた。聡史も自分と同じ気持ちではないかと。
それが。
「そんなの、俺は関係無いよ」
「え」
奈々子ではなく晶が目を見開いて、聡史を見詰める。
「俺と晶はただの幼馴染だろう」
たった一言、簡潔にそして簡単に言い放つ聡史に、晶は愕然とする。
「……それはつまり、聡史君は晶に対してそれ以外の感情は持っていないという事かしら」
聡史の言葉には奈々子も動揺を隠せず、改めて確認する。
「そうだけど」
奈々子に聡史はあっさりと答えを返す。
「俺と晶はそういう関係じゃないんだから、学校新聞に俺達の名前が載る事は無いよ」
「……」
淡白な聡史に晶は押し黙る。
「あ、もしかして晶の方は期待していたとか?」
「そ、そんな訳無いじゃない。こっちこそ御免だわ、聡史となんて」
人の悪そうな笑みを浮かべる聡史に、晶は内心大汗をかきながら、それでも表では平然とした顔をして言い返した。
「……聡史君には晶以外に好きな子とか居るの?」
「んー……、今の所、別にそんな子は居ないけど」
「そう」
奈々子と聡史の会話に晶は何故か安堵する。
外側では笑顔でとりつくろっていても、内側では汗が噴き出しそうな勢いで緊張している晶。
そう、聡史とはただの幼馴染だ。それ以上も以下も無い。そう言われずとも、晶は聡史の感情はとうに見抜いている。それでも直接、聡史から言われれば、傷付いてそして落胆もしている。
「晶? 大丈夫?」
「え? あ、ああ、大丈夫だよ」
明後日の方向にあった晶を戻すのは、奈々子の心配する声。
「それにしても美味そうだね、奈々子さんの弁当」
聡史が奈々子の弁当の中身を覗き込んでいる。
「奈々子ちゃんのは全部、自分で作ってるからね」
「そこで何でお前が自慢げに話すんだよ。奈々子さんが言うなら分かるけど」
晶に聡史が笑う。
ああ、大丈夫。聡史と自然に話しているから。晶は聡史につられて笑う。
「晶も奈々子さんを見習えよ」
「聡史に言われる筋合いは無いよ」
「俺はやっぱり、料理出来る女が好きだなー」
「あら、それは私に対する告白かしら」
むくれる晶を無視して、聡史が何気無く言うのを奈々子は微笑して応える。
「俺は奈々子さんだったら歓迎するよ。新聞に名前を載せるのも」
「それは駄目だ!」
いきなり、三人の中に入って来て声を上げるのは、聡史の友人である小松勇太であった。
「奈々子は俺のもんだ! それだけは幾ら聡史でも許さねえ!」
「……勇太、落ち着きなさい。ここは教室よ?」
教室内で叫ぶ勇太に、奈々子は子供をあやす母親のように手馴れた風にあしらう。
男のくせに肩まで綺麗に髪を伸ばしている男、それが小松勇太である。普段は伸び切った髪は後ろで一つに紐でくくられている。
「やあ、待たせたねマイハニー」
「勇太、ここは日本よ?」
「それじゃあ俺の妻よ、待たせたな!」
「勇太、私はあなたの妻ではないわ」
「む、それならこれでどうだ、俺の可愛い子羊ちゃん、待たせたな」
「……勇太、それは寒いわ」
「後は何があったかなー」
「勇太、普通でいいのよ」
「お待たせー」
「そう、それでいいのよ」
ようやく奈々子から笑顔を見た勇太はそれで満足して、勇太もまた空いている席を引っ張って奈々子の隣にそれを置いて座った。
「……相変わらずだね二人とも」
勇太と奈々子の掛け合いに見ていられずに、晶は苦笑する。
「先輩の呼び出しはもういいのか」
「うん。それでまだ時間があるから来ちゃった」
「キモッ」
舌を出して身体をくねらせながら、語尾にハートマークが付くような調子で自分を可愛く演出する勇太に、聡史は呆れながらも笑っている。
「奈々子さん、こんな変態勇太止めて俺にしない?」
「それは俺を倒してから言って貰おうか、勇者サトシよ」
「普通、逆じゃないか。お前が魔王かよ」
「うむ。俺の前から、ナナコ姫をその手で取り戻した猛者は居ないのだよ」
「なるほど。それが出来れば俺は魔王ユータから、ナナコ姫を奪い返した勇者サトシになる訳か」
「そうそう。魔王ユータの前では、勇者一人倒すのは、赤子の手を捻るより容易いわ!」
「好い加減にしなさい」
はっはっはとノリに乗って高笑いする勇太に、奈々子は容赦無くその頭を叩く。
「昼ご飯はどうしたの」
「ああ、先輩達と食堂ですませたよ」
ふざけるのが終わり、奈々子に勇太は真面目に応える。
勇太は晶と聡史の前であっても構わず、奈々子と常に密着状態にある。今でも奈々子に何やら耳打ちして、奈々子も勇太に耳打ちをして互いに嬉しそうに何やら話し合っていた。いつも見慣れた光景なので晶は二人に対して何も言う事は無かった。