「……で、友達から始める事にしたのか?」
康一は本当に晶を家まで送ってくれた。その光景を二階の部屋から、聡史は見ていたらしい。家に入った晶を電話で自分の部屋まで呼び出したのは、聡史である。
自分の部屋で聡史は座椅子に座りテレビを見ている。晶は聡史のベッドの上で腰かけていた。それがいつもの彼等のスタイル。
事の顛末を晶から聞き終えた聡史は、晶のその話に不信感を抱いている。
「うん。吉岡君、いい人そうだしね。そういうのも悪くないかなって思った」
「晶を一目惚れしたって言ってる時点で怪しいんだけど」
晶の期待とは裏腹に、やはり聡史の態度は素っ気無かった。
「何よそれ、私に魅力が無いとでも言いたいの!」
「ほら、吉岡が晶のそういうガサツな所を見ていないせいか?」
「うっ」
聡史の指摘を受けて晶は、猫を借りたように大人しくなる。
「そうそう、吉岡の前ではそうやって、しおらしくしておけよ。いつもの晶を見せたら吉岡も減滅するだろ」
「……うう、奈々子ちゃんみたいにいかないのが辛い」
奈々子はいつも冷静で落ち着いている。それでいて、品がある。日本人形のような女の子。それが清水奈々子。
「だからお姫様も、魔王の相手もしていられるんだよなあ」
「聡史」
聡史の目は晶ではなく、何処か遠くを見詰めている。
「ま、その吉岡が晶の何処を見て惚れたのか知らないけど」
「……それは余計だって」
「その話に晶が乗るなら、俺もそれに乗ってやろう」
聡史は晶に人の悪そうな笑みを浮かべる。
「俺は極力、晶と一緒に居るのは避けるよ」
「うん」
聡史は晶に気遣っているのだろう。晶も聡史には感謝するが、心の何処か隅では落ち着きが無く、妙に苛立っている自分が居た。
どうしてだろう? 吉岡の話は晶も満更ではなく、そう、自分を好きだと言ってくれたのは嬉しかった。
晶は嬉しい反面、心が痛み、泣きたくなった。
「晶?」
「え、いや、何でも無いよ」
「おかしな奴だな」
聡史が座椅子から立ち上がり、ベッドに上がって晶の横に座る。
聡史は隣に居る晶をジッと見詰める。突然の事に晶の心臓は落ち着き無く、音を早める。
「さ、聡史」
「しかし、吉岡もこんなのの何処がいいんだろうなあ」
瞬間。
「バカっ!」
晶の手が聡史の頬を叩いた。豪快な晶の声と、その音が聡史の部屋に響いた。
何かを期待していた自分が恥ずかしい。晶の顔は真っ赤になっている。聡史も晶の変化に気付いて彼女の肩を掴んだ。
「晶、もしかして俺に何か期待していて……」
「……思い上がらないでよ。わ、私はそういう風に思ってた訳じゃないからね!」
晶は立ち上がり、聡史の手を振り払う。
「晶」
「とにかく、私は吉岡君と友達になったからね。それじゃあ!」
聡史に赤くなった顔を見られないよう、背を向けて晶は早足で部屋を出る。
晶はそのまま聡史の家を出て行き、自分の家に戻った。
「おはようございます」
翌朝。
玄関を開けた途端、さわやかな笑顔を振りまく吉岡康一の姿があり、晶は呆気に取られる。
「よ、吉岡君」
「はい?」
「一緒に行くって、約束した覚えは無いんだけど……」
康一と一緒に登校するという話は少なくとも晶は、昨日の時点ではしていなかった。
「友達なら、送り迎えくらいするものですよ」
「……そうかな」
「そうですよ。それとも、白木さんの方に何か予定がありましたか」
「……特には」
「それなら、問題無いでしょう」
そう言い終わった康一の後ろで、隣の家の門が開いた。
「あれ」
「さ、聡史」
隣の家から出て来たのは、当然の様に聡史であった。
……最悪だ。晶は焦りの色を隠せなかった。
「え、いや、これはその」
「へえ、あんたがあの物好きな吉岡君?」
「そうです。……あなたはもしかして、白木さんの幼馴染ですか」
焦る晶を無視して聡史は挑戦的な目で康一を見上げ、康一も細い目を益々細めて聡史を見下ろしている。
「晶と一緒に行く気か」
「ええ、友達とはそういうものでしょう?」
「そうだな。それは間違ってはいないよ」
「そうだ、君も一緒にどうですか」
「俺は遠慮しておくよ。二人の邪魔はしたくないしね」
康一の誘いに聡史はあっさりと断りを入れる。二人の遣り取りを聞いていた晶は、居ても居られず、康一の腕を取った。
「吉岡君、聡史は放っておいていいから、行こう」
「いいんですか? 僕はどちらでもかまいませんが」
「いいんだよ。うん、ほら早く!」
晶は康一の腕を強引に引っ張り、聡史の見えない所まで歩いて進んだ。
聡史が追って来ないのが分かると、晶は康一から離れて歩き出した。晶の後ろから康一の声がかかった。
「あの人が例の幼馴染ですか」
「そうだよ。でもあんまり、昔のように一緒には居られないけど」
「どうしてですか。いい人そうじゃないですか」
「……さあ、どうしてだろうね」
晶は立ち止まり、康一に悲しいとも嬉しいともつかない、曖昧な笑みを浮かべる。
康一は晶に追い付き隣に立つと、晶の手を取った。
「よ、吉岡君?」
「……これも友達だからですよ」
戸惑う晶に、康一は優しく微笑み返す。
晶はそれが嬉しくもあり、そして悲しかった。
「説明してもらいましょうか」
吉岡と別れて居室に入って来た晶を待ち受けていたのは、奈々子と勇太であった。
「晶ちゃん、あいつと付き合う気か?」
「……まだ、分からないけど」
何処か怒っている感じの奈々子とは違い、勇太の方は純粋に、そして興味津々な目を向けて晶に尋ねる。
晶は時間のある限り、昨日、康一から持ちかけられた話を二人にしてみせた。
「ふうん、それで聡史の奴、時間ギリギリに来るつもりか」
晶から話を聞き終わった勇太が、腕を組んで背を反らせる。
勇太の言うよう、聡史はまだ教室に姿を見せていなかった。
「それで、晶はその人の話に乗ったのね」
「うん。期限は次の学校新聞が出るまでだから、まだ時間あるしね」
「……晶がそう納得しているなら、私は何も言わないわ」
「ありがとう」
奈々子は本当に、いい友達だ。晶は心底、そう思う。
「これで、晶ちゃんの方は上手く行ってるんだっけ」
上手く行っている? 何が。勇太の言葉に晶は目を瞬かせる。
「何の話」
「勇太!」
「あ」
勇太を叱るのは奈々子だ。奈々子に勇太は何かに気付いて、頭をかいている。
「やべ、今のは無しね。晶ちゃんもいい人見付かったみたいで、良かったじゃん」
勇太の額から嫌な汗が落ちているのを、晶は見逃さなかった。
「本当に、何でも無いの。いつもの勇太の悪い癖だから、ね」
「……」
晶は勇太を庇う奈々子の笑顔が逆に怖かった。奈々子に引きながらも晶は、二人に不信感を抱いていた。
奈々子と勇太は自分に何か隠している。奈々子にいたっては、昨日のうちから様子がおかしかった。何か、あるのだろうか。晶は奈々子を見る。
そこへ。
「おはよう」
聡史が教室に入って来た為、それ以上の話をする事が出来なかった。そして丁度いい具合に授業開始を知らせる鐘が鳴った。
「白木さん、お客さんだよー」
「え」
昼休憩、いつものように奈々子と弁当を食べようと席につく晶を呼び出したのは、康一だった。
晶は呼び出しに応じて教室の戸の前に居る康一を見上げる。
「な、何でここに」
戸惑う晶とは違い、康一の方は余裕の笑みを浮かべている。
「一緒にお昼でも、と思いまして」
「……そんな約束は」
「していませんよ。けど、お昼くらい一緒にいいじゃないですか。それともほかに約束がありましたか」
「晶、私の事なら、遠慮しなくていいから」
「奈々子ちゃん」
何時の間にか奈々子が晶の横に立っている。晶はそれに驚愕する。
「私は勇太と一緒に食堂に居るわ。……ごゆっくり」
最後の部分を上目遣いで康一に言い放った奈々子は、二人を横切って廊下を歩いて行く。
「それでは、行きましょうか」
「あ、ちょっと待って下さい、お弁当……」
「そうでしたね。ここで待っていますよ」
いつもと変わらず笑みを絶やさずにいる康一を背に、晶は焦って弁当を鞄の中から取り出してまた元の場所へ戻る。
そうして晶は康一と一緒に教室を出た。
「いい天気ですねー」
晶と康一は昇降口の扉の隅に座り込み、食事をしている。
空は目が痛くなるような晴天で、陽気は少し肌寒かったがそれは気にする程でも無い、丁度良かった。
「……吉岡君もお弁当?」
「はい。姉の手製ですけどね」
「へえ、お姉さんが作ってるの? お母さんじゃなくて?」
「うちは共働きなんですよ。だから僕の世話はいつも姉がしてくれるんです」
少し照れ臭そうに持参していた弁当のフタを開ける康一。
晶は興味深そうに康一の弁当の中身を覗き込む。そして。
「……」
姉が一人で作ったにしては豪華過ぎる中身に、晶は絶句する。
「はは、これ、昨夜の残り物なんですけどね」
「そ、そんな事無いよ、凄いよ、吉岡君のお姉さん!」
晶は、康一の弁当の中身がそうとはとても思えなかったので素直に声を上げた。肉じゃが、えびフライ、卵焼きにキュウリの漬物。チャーハンで握ったおむすびは、どれも凝っていて美味しそうだ。
それに比べてうちはどうだろう。また冷凍もので済ましている母親は、康一の目にどう映るだろうか。
「白木さんの所も、美味しそうじゃないですか」
「……全部冷凍ものだけどね」
晶は康一に笑うしか無かった。
「そうでも、朝その為に起きて作って貰えるというのは、幸せですよ」
「……うん、そうだよね」
弁当の中身が冷凍ものでも母親は晶の好物でもある、ミニハンバーグはいつもきちんと入れてくれているし、卵焼きだけは手作りで通している。その部分だけは晶も母親に感謝している。
「吉岡君の所、家事はお姉さんがやってるの?」
「はい。両親は朝早くて夜も遅いんですよ。姉が僕の母親代わりのようなものです」
「……大変だね」
晶の所は康一と違って学校から帰れば母親はきちんと台所に立っている。父親も遅い時があるがそれは稀で、いつも夜の八時には帰宅して家族揃って一緒に夕食をとるのが白木家の日課である。
幸せな、家族。世間から見れば白木家は幸せな家族に映るのだろう。
晶は以前、奈々子の家庭も康一と似たようなものだと、聞いた事があったのを思い出した。それでいつも朝早く起きて、自分の為に弁当を作るのだとも。