「晶。本当に、吉岡と付き合う気か」
「え」
学校が終わり、いつものように康一に送ってもらった後。
聡史の家で晶は聡史のベッドの上で寝転がって本を読んでいる。その傍で聡史は座椅子に座ってゲームに釘付けになっている。
晶と聡史にとってはいつもの風景。
その中で、聡史が不意に晶に告げた言葉は。
「何で」
「……」
晶は本を読むのを止めて、身体を起こす。聡史の方はゲームに夢中なのか、言った本人はそれから何も言わずに無言のままでコントローラのボタンを連打している。ゲーム画面では戦闘シーンが映し出されていた。
「あれからもう、大分経つだろう」
「……ああ、もうすぐ一ヶ月は経つかな」
「それで、何か進展はあったか」
「……さあ」
晶は康一と、聡史に言われるような「進展」は今の所、何も無かった。晶はそれは、聡史を前にして断言出来る。
「それが、どうかした」
「俺、見たんだよね」
ゲームの戦闘で自分の番が回って来ると、聡史は晶に続きを話した。
「見たって何を」
これはいつもの風景である筈なのに、いつもの空気はそこには無かった。晶は不安そうに聡史の背を見詰める。
「――吉岡が女と歩いている所」
「え」
思いも寄らない聡史の話に、晶は呆気に取られる。
「何、それ」
「だから、あいつに女が居るんだよ。それも、晶よりもとびきり美人な」
聡史のコントローラーのボタンを押す音が、晶の耳に大きく響いた。
「それ、何処で」
「校内だよ。休憩中、吉岡が昇降口で奈々子さんによく似た美人と仲良く何か話してたけど。俺以外でも勇太にもその場面、何度も目撃されてるし、晶は知らないのか」
「……」
よくよく考えれば、朝も昼も放課後も一方的に康一の方から迎えに来るので、晶は彼の校内での様子は皆目分からなかった。普段の康一が校内でどういう行動を取っているのか、あるいはその交友関係等、晶は考えた事も無かった。
「……それ、本当?」
「ああ。勇太にも聞いてみろよ」
聡史のその話で、晶の中で康一という人間の図が、常識が大きく変わったような感じがした。今まで、晶の中の康一はいつも笑みを絶やさず、決して明るい人ではないけれど優しい人で感じもいいという図があった。
それが。
「お前、吉岡に担がれてるんじゃないのか」
決定的な一言を、聡史は晶の前で言い放った。
同時に、派手な音がテレビ画面から鳴り響いた。聡史がテレビゲームで敵を倒した瞬間
だった。
「……まさか」
晶のその声はテレビゲームの音楽によって、聡史の耳には届かなかった。
「晶」
晶が立ち上がった音を聞いて聡史はようやく、画面から振り返った。晶が聡史の横に座る。
「そう言う聡史は奈々子ちゃんと、どうなる気」
「どうなってるの、じゃないかそこは」
「細かい事はいいから」
晶は目を細めて本人に気付かれないよう、聡史の横顔を盗み見る。高校生になって少し日に焼けた肌。少し凛々しいその横顔に、晶は魅入られる。
「……俺、奈々子さんの家に招かれてるんだけど」
思いもよらない聡史の言葉に、晶は凍り付く。
「何で」
「何でだろう。成り行きかな。今度、家に遊びに来るかって、奈々子さんに誘われたんだ。……どうすればいいと思う?」
どうすればいいと思う? それはこっちの台詞だと、晶は思った。
「勇太君は」
「あいつは来ないらしいけど……」
「それなら、良かったじゃない。勇太君抜きで二人きりになれるチャンスよ!」
晶は聡史に内情を見透かされないよう、必死になる。
「でも、俺はまだ迷ってるんだ。奈々子さんの傷を知っているから」
「……」
晶は聡史に押し黙る。
奈々子の傷。隠し通している奈々子の内情。
晶も聡史も奈々子の内情を深入りしてしまえば、後に引けなくなる。現実に戻れなくなる。それは晶も聡史も危惧していた事だ。
「怖いんだ。奈々子さんの内を覗く事で、自分の決心が揺らぎそうだ」
「……何よそれ」
「晶」
「……聡史の事だからどうせ、勇太君に遠慮していつまでも奈々子ちゃんに手を出せずにいるんでしょ」
聡史はただ、勇太に遠慮して奈々子の内に踏み込む事をためらっている。晶にはそう見えて仕方が無かった。
「意気地無し」
ぼそりと小さく呟いた言葉は、しっかりと聡史の耳にも聞こえている。
「何だそれ。誰が意気地無しだよ」
「勇太君に遠慮している時点で意気地が無いって言うのよ。男なら女からの誘いを断るもんじゃないわ」
「よく言う。お前も似たようなものじゃないのか」
「え」
何が似ているのだろう。晶は聡史の言葉の意味が皆目分からなかった。
「分からないなら分からないままでいいよ」
「何、それ」
「俺は晶の事なら、全部見通してるからな」
「え」
自分は聡史と何を言い合っているのだろうか。晶は泣きたくなった。
「例えば、俺は晶から横を向いているけどな、晶が俺をずっと見ている事くらい、全部お見通した」
聡史がいきなり晶の方を向いて人の悪い笑みを浮かべる。
全部、知られていた。晶が聡史の横顔を盗み見ていたのを。
晶は気恥ずかしくなって立ち上がる。
「晶」
「わ、私は別に聡史に遠慮している訳じゃないからね!」
晶は顔を真っ赤にしたまま、聡史にそう言い放つと彼の家を慌てて出て行った。
寒空の下に居る筈なのに、晶の体温は異常なまでに上がっている。
「今のでバレたかも……」
聡史の前で、きっと顔は赤くなっていたに違いない。自己嫌悪。それでもどうにもならない気持ち。
……もう、時間の問題か。晶は息を吐いて家に入った。